●リプレイ本文
●1650時
盛大に開かれたドンチャン騒ぎ。飾り付けられたホールとバイキング形式料理。30余名が夕方から豪華に楽しむ。嫌な事ばかりの辛さを払拭するように、意識的に笑う。スペイン人らしい強さが、そこにあった。エールと香草の匂いが立ち込める。笑い声が増えてくる。
誰か何かやれー! 徐に誰かが。待っていたと舞台に上がったのは。
「え、ちょ‥‥」
「アロンソ、出番だ。動くなよ」
囃し立てる指笛の中、月影・透夜(
ga1806)が机全体を脇に寄せ、北西隅に広がりを作る。案外ノっている。
村人が手伝いアロンソの身体に射撃場の的を書き、さらに頭と両肩に水風船がつけられる。またその四方で村人が1m大の木材を縦に支え、準備万端。
「‥‥楽しい事になりそうね」
アロンソと数m離れた斜めにロッテ・ヴァステル(
ga0066)が位置し、
「うー‥‥人前で何かするのは苦手ですけど‥‥頑張るのですぅー」
真正面には長弓を持った幸臼・小鳥(
ga0067)。有名なアレをやると気付き、歓声が大きくなる。
『姐御ォ!』『こっとりちゃぁん』
遂にファンまでついたようである。
「よくやるな‥‥」そんな光景を眺めていた龍深城・我斬(
ga8283)が「本人も楽しそうだからいいけど」
鶏と牛乳に舌鼓を打っていた所「兄ちゃんもやろうぜー」といつの間にか3人の方に押しやられていた。これも謎のハプニング力か。
「丁度良い。我斬、持ってくれ。最後に行くからな」
「俺、のんび‥‥いや中で警備するつもりだったん‥‥」
透夜が角材と棍棒を我斬に持たせ、アロンソの横1mに立たせた。
「諦めなさい」
「私を信じて‥‥動かないで下さい‥‥ねぇ‥‥」
目を瞑りごくりとアロンソ。
「行くわよ‥‥!」
ロッテがメダルを上に弾く。静まり返る。ゆっくり、だが確実に宙を舞い、落ちてくるコイン。
チャ。床に着いた瞬間。
ロッテが豊かな胸元から卵を取り出すや、横に駆けつつ3個の卵を的へ。さらに手を着かず伸身側転中に残りを左手で放つ!
一方で透夜は四方に立つ角材の左手前に接近、カデンサで刺突、半回転しつつ奥の角材を薙ぐ。
そのまま穂先を床へ、そこを支点に向こう側へ移動。着地直前に槍を抜き、反転する要領で上から角材を叩き斬る。着地、直後軽く槍を蹴り上げ、最後の角材を柄で突いた。
「我斬!」
そしてアロンソ横の我斬の角材へ。踏み込み回転。上着が風に舞う。同時に槍が空を切り、我斬の角材に向かう!
そんな2人に負けまいと小鳥は素早く3本の矢を番え、
「私が全部‥‥1番に的に当てますぅー。んーっ‥‥ふぇ」
小さな手で同時に放とうとした瞬間、くちっとクシャミが漏れた。
3人の攻撃が唸りを上げて炸裂する!
「ッ助‥‥!」
アロンソの祈りも虚しく。ロッテの水入り卵がパァンと両肩と腰の的で破裂し、次に小鳥の矢が頭と右肩の風船を穿つ。びちゃっと半分濡れ。もう1本の矢は足の間の床に急角度で刺さり、別の液体が漏れそうである。客、驚愕。
だがそれだけに終らない。四方を倒し終えた透夜が、回転払いを我斬に繰り出す。
ギィン! 我斬が懐から抜いた菖蒲で間一髪槍を受ける。
「‥‥一般人だと死んでるぞ」
「だから、持たせただろう?」
にやり、と透夜は棍棒を半ば奪い、低姿勢から今度はアロンソ最後の風船を突いた。ずぶ濡れ。だが客は。
割れんばかりの大歓声。
ロッテがアロンソに近付きタオルを頭に投げ、乱暴にごしごしと髪を拭いてやる。
「あぐッ」
「水も滴る良い男、かしら? 少しは怒る事も覚えなさい」
「ロッテさんもノっ‥‥」
「盛況だから‥‥いいんですぅー」
小鳥のツッコミハンマーが鈍い音で炸裂した。
●1755時
「さって、前回の件もあるし空にも気を配っておかねえと」
「悪かった。魔弾でやってみたくてな」
透夜、我斬が四方警備でケイン・ノリト(
ga4461)、諫早 清見(
ga4915)と交代し、基本編成に戻る。これで現在警備は彼らと智久 百合歌(
ga4980)、勇姫 凛(
ga5063)で、次に百合歌と凛が休憩、さらにその後透夜、我斬が中と交代という繰り返しになっていた。
「警備なんて暇な方がいいし、早く私も楽しみたいわね」
「凛も、早くここに夢を届けてあげたい‥‥」
百合歌、凛は共に舞台と関り深く、持ち場で体が動きそうな様子である。が、警備も大事。夕陽に赤く染まる森が風に騒いだ。
「俺、影絵台本作ってきたからさ、地下に避難する時はそれで落ち着かせてほしいんだ」
清見が村の女性にお願いする。その間にケインは親子に向けた日本伝統芸の準備を終え、舞台前に進み出ていた。
「皆さ〜ん、今日は楽しみましょう〜」
では僭越ながら、と突然背中から朱の和傘を取り出し、ばっと開いた。それだけで欧州田舎人にはオリエンタルなのだが、さらにケインは升を放り、傘で受け、回し始めたではないか。
どよ‥‥!
和風神秘に放り込まれる村人。気に留めず跳ねるような升を操り、ケインは朱を回す。
「何でも投げていいですよ〜‥‥あ、流石にアロンソお兄さんは回せませんけどね〜」
「えー」
子供は何故か残念がりつつも、次々に食器を放り投げる。皿。皿。コップ。玩具。皿皿皿皿‥‥。
「わ、え、それは‥‥っ」
予想以上の嵐にケインがバランスを崩す。が、その時!
「ッ俺の歌を聴けぇ! てのはあれだけど、少しでも楽しくなってほしいな」
いつの間に来たのか、清見が舞台に上がり、叫んだ。その声量は客全てを清見に向かせるに十分。その間にケインは体勢を立て直し、見事に回る物を上に飛ばす。さらに落ちてくるまでに閉じた朱傘で宙を突き、払い、腰を落とし袈裟に斬る!
手首で傘を回し、左腰に佩く。同時に落ちてきた皿を全て取り、綺麗に礼をして締めた。
「ありがとうございます〜」
「ううん、俺もケインさんの、驚いた」
小声で。そして拍手喝采の中、清見は舞台縁にギターを持って腰掛け、一方で雰囲気を壊さぬよう静かにロッテと小鳥が警備に出て行った。
明るい、清見らしいポップスが流れる。コードが鮮やかに変わり、快いアップテンポ。客は一層楽しむ。女性を口説き、振られる男を見、彼に微笑んだ。百合歌と凛が途中で入ってくる。舞台の清見と一瞬視線が交錯。凛は客の間をローラーブレードですり抜け踊る。客、興奮。
1曲が終わり、次は一転して落ち着いたバラード。
♪‥‥鳥は歌う 旅の空を‥‥
泣き、笑う。全ての感情を吐き出すように。
「次はオリジナル『いのちのうた』、聴いてね」
ギターが旋律を奏で、清見の声が心を包む。百合歌が突如柔らかなヴァイオリンの音色を合わせ、2つの色が溶けた。人を想う強さと、慈しむ愛。暖かいメロディに客は目を瞑り、給仕で楽しむように滑っていた凛も優しく踊る。そして瞬く間に最後の一音が鳴り、余韻が消え‥‥、
『Bueno!!』
称賛の声が中を埋め尽くした。
●1900時
森がざわめく。警備の前で。何かを恐れ、何かを憐れむように。
「私の音楽を聴く事は許しません」
ケインと清見が、透夜、我斬と警備交代するのを見つつ、百合歌がホール全員に宣言した。挑発とも取れる言葉に客は騒然とするが、次の瞬間には熱くヴァイオリンをかき鳴らして無理矢理注目を集め、
「一緒に、楽しみましょう。スイングしないと音楽じゃないわ♪」
唐突に流れる高音から中音、再び高音へ。踊るような弓使い。敢えてビブラートせず、中世からロマ劇団が来たかのよう。どこか伝統的な主旋律。所々にブラームス的に優美で激しいニ長調を挟み、かと思えば楽譜などないように奏でる。
湧き上がる高揚感に包まれる聴衆。説明など無意味。百合歌が今奏でているのは譜面もない魂。ただ、歌おう。踊ろう。純粋な感情を揺り動かす快さ。込み上げる歓びを分かち合うように、皆が目を潤ませリズムを取る。
「アロンソさんも、皆も、苦しいと思います。でも私達もいる。世界は独りじゃないから!」
『うぉお百合歌様ぁ!』
「みんな、一緒に思いっきり楽しもうよ!」
凛が給仕の盆を持ち連続ターンしながら客の肩に触れていく。釣られて立ち上がり、思い思いに音楽に身を委ねる。誰かが勝手に歌い出すと、百合歌は踊るように隣に移動し歌に合わせ、渾然一体となった盛り上がりを見せる。
「むぐ‥‥凄いな」
「流石本職、という所か」
窓際で空も見上げて料理を摘みつつ、我斬と透夜。村人は終わらない幻想に浸っていた。が、時は儚いもの。
『村中央、高高度に敵。警戒態勢』
ロッテの声が無線から響いた。それは百合歌にも聞こえており、
「ごめんなさい。少し‥‥」
「皆、百合歌サンは急激に腹が減ったらしい。それでその、大食いでな‥‥地下に行ってくれないか? 諫早サンが創った影芝居があるみたいだから」
「え、ええ、あはは‥‥」
百合歌に昏い笑顔で睨まれるアロンソだが、背に腹変えられない。そのまま誘導していく。我斬が正面口の影から銃を構え、外を見る。
「出来れば壕の外で処理したかったが」
「会場は任せた。すぐ戻るから料理は残しておいてくれよ」
透夜はアロンソの肩を叩き、外に飛び出す。手の甲の三日月が森の夜に映えた。
「凛、皆の所にいるから‥‥!」
凛が地下に向かい、他3人が敵降下付近へ急ぐ。
「皆、食べ終わるまで凛と楽しもうよ!」
アロンソはそれを見届け、裏の警戒へ回った。
「貴方達の事も、頼りにしてるから」
「解りやした、姐‥‥」
「その呼び方はやめなさい」
櫓の上でロッテがひとまず村の男を殴りつけ、余分に持ってきた4台の無線機を渡した。
「市販品だけど私達も使ってる新品だから、ここの中古より役立つ筈よ」
「あざー‥‥」
男が蹴り落とされる寸前、ロッテ自身の無線からケインの警告が鳴り響いた。
『気のせいかもですが〜、皆さん村中心の方の空を〜‥‥!』
●1945時
警備中だった4人も中心に集まる。一応外への注意も意識を4割向けるが、優先順位としてこのままにしておけない。ロッテ、百合歌が縮地の如く急行し、また透夜が全力移動で追従、この3人が最前となった。
「招待状のないお客様のお出ましよ」
百合歌の小銃を皮切りに、銃弾、矢が飛び、清見が爪の衝撃波を発する。周囲2羽に当り、それが墜落した所にロッテとケインが猛攻。鷹のような2羽の間に入り、ロッテがブレイクダンスの要領で両足の刃を振るう。さらに墜ちてきた1羽を、空中でケインが抜刀の勢いで斬り裂いた。
2羽の方はロッテが一方に爪先の凶刃を刺し込み、もう一方を我斬が小太刀で捌く。
「よう、不思議ぼっちゃん。遊び相手をお探しかい?」
見上げて、我斬。
「祭りを穢したくないの‥‥向こうで話さないかしら」
「うん。話してみたいなって。村が楽しいって、何が気に入ったのかなと思ったんだ」
ロッテが顎で南の方を示し、少しでもホールから遠ざける。清見は自然と誘導できるよう柔らかく接して情報を得ようとする。
「俺は清見。君は? あ、本名じゃなくてもいいけど」
清見が微笑み、釣られて少年の鷹が3m程まで降りてくる。透夜が秘かにカメラでその姿を撮る。が、夜のせいでフラッシュが目立つ。
「っ!?」
「あ〜と、で、なんて呼ばれてるのかな〜?」
ケインが無理矢理誤魔化す。
「っ、‥‥エリク」
「家族は‥‥いいか。何でここに固執するんだ?」
引鉄を限界まで絞りつつ我斬。
「だって。僕、ここで遊ばなきゃいけないんだもん」
「何故」
「なぜ。解んない。お兄ちゃんは」
「アロンソなら村人を守ってるわ。貴方からね」ロッテが姿勢を落として臨戦態勢で「その体は『本体』? 違うなら‥‥」
「解んないっ‥‥僕、来なきゃいけないんだよ!」
少年が鳥に掴まれたまま、妙に昂ぶってくる。何がスイッチなのか。
「何故‥‥、あなたは‥‥何故そちらにいるんですかぁ‥‥?」
「そちらって何‥‥! 僕は皆と遊びに来ただけじゃないの?」
小鳥への言葉には、決定的な何かがある気がした。だがまだ断定できない。今は。
「とにかく。今はお帰り願おう。お前達はゲストじゃないんでな。‥‥無事に帰す気はないが」
写真や言葉を考察する時間が欲しい。透夜が槍を脇に構える。
「ッ最後にこれだけ‥‥貴方は『誰』ですか?」
ケインの問いかけに、初めて気付いたような顔を浮かべる少年。キメラの挙動がぶれた。
「誰‥‥僕はエリク。‥‥エリク、あれ‥‥僕、エリ‥‥?!」
――――ァアアぁ■■ッ!!!
周囲の鷹が暴れ始める。少年の鷹が急上昇する。南下。百合歌と我斬が素早く撃つが、致命傷に至らない。
「逃がさないですぅ‥‥!」
小鳥の放った強烈な影矢が鷹胸部から羽を射抜き、少年が無防備に落下する!
間に合わない‥‥!
鈍く、嫌な音。駆け寄る。虫の息。
「っ遊、な‥‥怒、られ‥‥‥‥」
紅黒い血が口から零れ、少年の瞳孔が光を失っていく。
「怒られる‥‥?!」
ロッテの詰問も既に遅い。名も不確かな少年が動く事は、もはやなかった。
●敵は‥‥?
洗脳か。ヨリシロか。キメラ人形か。他の何かか。少なくとも土に帰る少年の肉体は生きていたように感じた。戦闘終結の報を受けた凛、アロンソも正面口に出てきた。7人が歩いていく。
「どんな理由であれ子供に刃‥‥子供の命を奪った事は‥‥」
例え敵でも。子供好きなケインが俯き独りごちた。
「皆! 凛と一緒に行こう。物語のステージへ!」
村人がホールに戻り、飲み直しだと騒ぎ始めた頃。給仕のエプロンを脱ぎ捨て、凛が舞台に飛び上がり。もやもやを吹っ切るように、殊更明るく舞台を盛り上げる。プロだった。
「音っ」
せっかくだからと昔馴染の清見が巧みに感じ取り、百合歌も伴奏に参加する。また百合歌は弾きながら、不安だったに違いない子供に手作り菓子を配って回る。
――笑お、君が君である為に 踊ろ、僕ら皆生きてるから
「大丈夫。凛達皆、夢見ていい」
――世界は繋がる 君がいれば、きっと繋がる
「ほら、皆だってもう、この物語の主人公なんだから!」
凛の歌がホールに溢れる。それだけで明るくなる。
透夜は隅に座るアロンソの方へ。そこには彼に寄り掛かって身じろぐ泥酔した小鳥と呆れるロッテ、対面でニヤニヤと観察する我斬の姿があった。
「‥‥身近な人を護りたい。それで十分さ。そういった人が集まれば自然と護れるモノも大きくなる」
どこか沈鬱だった彼に。
「だから、その意志を貫け。俺達はいつだって1人じゃない、アロンソ。辛い時は言えよ?」
今も、な。透夜が伝える。
一方舞台では、
「皆、楽しんでくれないと凛‥‥」
『凛ちゃんカワイ〜!』
「か、可愛いとか言うなっ」
つい反応する凛だった。
敵の姿は謎。だが少年の正体がどうあれ、後ろに本体――直接の黒幕がいる。ならば襲撃は終らない。決意を新たにする傭兵達。
しかしせめて今日だけは。全てを後回しに、底抜けに明るく振舞おう。そんな思いを胸に、彼らも宴会に紛れていった‥‥。