●リプレイ本文
夜の静寂をぶち壊し、師団司令部が動く。整備士は傭兵のKVを緊急点検し、歩兵までそれを手伝う。通信士は後方司令部と慌しく連絡を取り、あるいは前線の報告を受けた。
この夜、西仏国境近辺は俄かに昼の騒がしさを取り戻していた。
「追跡中の車輌より入電! あと数分でここを通過との事!」
数十人が右左に駆け巡る。
「‥‥これ以上、私の故国に土足で踏み入る事は断じて赦さない‥‥!」
冷たい風に踊る髪を左手で押さえ、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が静かに右拳を固める。
「我が居合わせたのが運の尽きだ。心配せずとも奴には滅びしかありえん」
にやり、と漸 王零(
ga2930)。私的交友はなくとも比較的初期から隊長として戦い続ける2人。図らずも道路に1番近い位置で2人が並び立っていた。
「ええ‥‥どれだけ速かろうと‥‥必ず止めてみせる」
「お手伝い‥‥しま‥‥ひんっ」
とててと幸臼・小鳥(
ga0067)がロッテに近付く。途中転びかけ、しかし転ばなかった事に自分で驚いた。
「‥‥成長、ね‥‥」
頭を撫でるロッテである。
「なんとしても止めないと街は大変な事になるしね! ‥‥にしてもキメラまで走り屋になったのかな」
同じように王零に寄るのは棗・健太郎(
ga1086)。今4人のKVが急ぎ整備されているところだった。そこに2台のランドクラウンが後方から徐行してくる。
「公道で300キロ出すのは流石に初めてだな」
「敵の野郎‥‥俺の安眠を邪魔するとはいい度胸じゃねぇか‥‥」
それぞれ御山・アキラ(
ga0532)と白・羅辰(
ga8878)が運転席の窓を開けて。この2台がKVに先行してキメラに接近する作戦なのだ。車輌の始動の早さを活かした合同作戦だった。
「健全な肉体の為には十分な睡眠が必要だってのによ‥‥!」
「‥‥白さん、それ以上筋肉いるのか?」
ハンドルを拳で叩く白に同乗の砕牙 九郎(
ga7366)が律儀に突っ込むと「ちっげーんだよ!」と白が語りだした。これこそ苦労人のスキルである。
そんな1台を横目に、最高速に重点を置いたアキラ車に乗る槇島 レイナ(
ga5162)がはぁん、と熱い息を零した。
「スカイスクレイパー‥‥乗りたかったわ‥‥」
「仕方ない、な。今回はKVは空から回った方が確実だろう」
アキラが運転席から声をかけると、レイナは悲しげに頷き、新調した突撃銃の弾倉を確かめた。
「でも‥‥銃なんてあまり使わないからちょっと緊張するわね‥‥」
「銃は友達‥‥ですぅー」
と唯一の狙撃手の小鳥。和む一行だったが。
「来ますッ!」
歩兵の声と同時に震え始めた大気に、8人も現実に引き戻される。
‥‥ォォオオ――!!
轟音。臓腑にまで感じるこの質量。
「出る‥‥!」
アキラ車、ついで白の車輌が進発する。アクセルべた踏み。がこ、とシフトアップ。大音量のマフラー。エンジンに命が灯る。タイヤが道を噛み締め‥‥ぐぐ。一気に加速した!
ッ‥‥!!
生身には驚異的な速度。もはや師団司令部は遥か後方。が、その横を軽々追い越していく敵。
「いくぜッ!」
2台はブーストを点火した――!
「はぇ‥‥は、速いですぅー」
一方で未だ発進できないKV組。小鳥が暴風で捲れたワンピから指定水着が見えるのも気付かず、呆然と見送る。
「‥‥は、急いで追わないとぉ‥‥!」
小鳥は1人空回り気味に準備中のKVに駆け寄ろうとし、今度はしっかりべちゃっと転んだ。ロッテが首根っこを掴んで起こす。
「‥‥前言撤回。行くわよ」
「ばんそこ、いる?」
正真正銘少年の健太郎にまで気遣われる小鳥。鼻を赤くしてKVに走った。そんな3人を後ろから眺めつつ、
「‥‥転倒か。車輌を借り、バリケードを作るのも良かったかもしれん、な‥‥」
王零が遅まきながら戦術的な思いつきを見せた。
●チェイスオフ
「心置きなく走れるな、相棒。俺のドライビングテクが火を噴くぜ!」
アキラ車からやや離れて白の車も速度を上げる。200、220‥‥メーターが回る。ギアチェンジ。前方見えない敵と速度差が縮まる。座席に押し付けられる。線となって流れる景色。轟音が車内を支配した。KV班との通信が大声になる。280、300‥‥。
「ッくそ! あの野郎バカみてぇに飛ばしやがって!!」
ちったぁ止まれ! 白の後方座席、左窓際で照明銃を持ち九郎が毒づく。足下の狙撃銃が転がった。そこに、
『やりますな』
2台の無線に割り込む老人の声。バックミラーを覗くと、後方から爆音と共に1台のバイクが追跡してきていた。向こうがさらに速度を上げる。
『奴めの後方はお任せ下され‥‥!』
余裕だと言わんばかりに軽くバイクが左右に振られた。そら恐ろしい老人と言う他ない。
「すげー爺さんだ。魂のビートが聴こえるぜ‥‥!」
「了解した」
負けずに白、アキラが繊細に豪快に踏み込む。320、360‥‥! ブースト燃料がみるみる減る。エンジンは無限の動力を生み、ダウンフォースにサスが軋む。
「目標に接近中。攻撃するにはまだ距離が足りないわね‥‥」
「ッ‥‥やはりKVともレースとも違うな‥‥」
アキラの後ろで突撃銃を構えるレイナ。ようやく視認できた。400キロを突破。敵の背がはっきり近付く。百足のようなぜん動運動が気持ち悪い。
「目標捕捉‥‥」
敵の右後方から急接近する2台!
『照明銃発射する!』
『ブースト点火、追跡開始』
次々もたらされる追跡班の状況。それを耳に入れ、KVの4人は各コクピットで待っていた。緊急始動に時間が過ぎる。
「全く‥‥老体に無理は禁物なのに」
ロッテが、敵通過後に見たバイクの主を思い浮かべる。念の為確認すると、案の定1度面識のある少女の執事だった。落ち着きながら、しかし次第に虹彩の色を変えていく。
「たいちょ、置いてかないでね?」
独り最高速の遅いR−01の健太郎が王零に縋ると、
「この短距離では大した問題ではない」
王零は素っ気無く、しかし見捨てず返した。
30秒。KVの振動が大きくなる。
「一気に‥‥回り込むのですぅ‥‥! 街まで行かせる‥‥わけにはいかないですぅ‥‥!」
一瞬のうちに残り10秒が過ぎる。整備士が退避する。
「会場に先回りよ‥‥デコラージュ!」
合図と同時に4機が装輪走行、跳躍から戦闘機形態へ、一瞬で風に乗った‥‥!
●テイクオフ
眼下を一直線の道路が流れる。遠く暗い丘の影が波のように過ぎ行き、低空の風を切り裂いて翔る実感。惜しみなくブーストで音速を超える。重力が身近になる。
『車輌班、合流準備』
道路上に影が見えたかと思うと、ほんの数秒でその上空を通過する。前の車が横の物体に激突されるのを刹那だけ瞳に映し、王零が彼らに到着を報せた。
『早めに、お願いね‥‥っ』
多少乱れた声で、レイナ。もはやその影は後方に流れ、あとは彼らを信じるしかない。
十数秒。前方に街、そして軍司令部らしき影が見えた。変わらず続く道路へやや降下、4機が前後するように姿を変える。強烈に逆噴射。のち変形機動。胴体が折れ伸びる手足。重々しく頭部が露呈し、Gが全身にかかる。
ガァン!!
ランディング。敵方向――後ろ向きに着地。削れる道。さらに健太郎機が機関砲を道路に撃ち込む。ガガガ、数mに渡って捲れ返る。停止。4機は間髪入れず各々の武装を構える。
「ッ数十秒で来るわよ‥‥!」
低く脚に力を溜め、ロッテ機ワイバーン。背のグングニルが凶暴に光る。
敵の影が彼方に現れる。車輌のおかげでかなり遅い。
「あれだけ早い相手に‥‥当てられるか解らないですけどぉ‥‥いっけぇ!!」
‥‥ですぅ、と真っ赤な外套をなびかせ、小鳥機バイパーが射程を活かし狙撃する!
道路に弾着。敵が追い立てられやって来る。王零機雷電からも砲弾。いよいよロングからミドルレンジへ。
「さあ終曲の時間ね。此処が‥‥」
車は‥‥退避済み。
「終着点よ!!」
ロッテ機が急加速で飛び出した!
敵は九郎の照明銃をものともせず走り続ける。2台が敵側面に位置、アキラが片手で小銃を放つ。1発命中。薬莢が車内に転がる。次いで同車から、
「風穴を開けるまではいかないけど‥‥痛くしてあげるわ!」
レイナがセミオートで狙い撃つ。3連撃。彼女の勘に従った2発の銃弾が下部急所を穿つ。さらに連射しようとし、
ガギ!
「ったまに銃なんて使うとろくな事がないわね‥‥!」
即座に弾詰りを処理する。が、その間にこちらの存在に気付いた敵が勢いよく寄せてきた。酷い衝撃。アキラが辛うじて車体を安定させる。さらに側面中腹から透明な何かが飛んでくる! ブレーキ。車体前部にソレがかかった。金属が溶ける。
『酸に注意』
『了解!』
アキラの警告。九郎が答えると同時に今度はアキラ車の後ろ、白車に敵が襲い掛かる。体当たり。
「うおぉおハンドルやべェ! っく‥‥てちょッ! 風圧!!」
妙に叫ぶ白だが、加速と旋回重視だったセッティングのおかげでなんとか車線を変え、急ブレーキで辛うじて切り抜ける。
「今度はこっちの番だぜ!」
九郎が狙撃銃を足らしき場所へ撃つ。貫通弾の衝撃が敵をひきつける。もう1発。道を穿つ。続くように白の銃が火を噴く。同じく強烈な弾丸が下部を貫いた。
『こんくらいでいいだろ! 離れようぜ御山さん!』
白が急いで呼びかけると、アキラは了解、とランプを点滅、速度を急激に落とした。白の方はまだ少し残っていたが、アキラ車はもはやブーストの限界だったのだ。
『私が後方から離脱を援護致しましょう。非能力者の撃つ拳銃など、所詮気を引く程度とはいえ』
少しは役立たねば怒られますからな、と老人がバイクで猛烈に接近、敵真後ろから拳銃を撃つ。
前を見ると4機の味方の影。何事もなく最初通過させた事が、ギリギリの勝負を演出していた。
●フェイスオフ
「伊達や酔狂で【魔弾】隊長をやってはいないのよ‥‥!」
ワイバーンが弧を描くように突撃、健太郎が掘り返した道で敵がバランスを崩したところへ側面から突っ込んだ!
衝撃で前面モニタに突っ込みそうになるのを固定され身体が悲鳴を上げる。刺し穿つ。ぐぐ。一瞬持ち上がる。ロッテがペダルを踏み操縦桿を巧みに操る。機体を捻り機槍を抜いた。そこから緑の体液が溢れる。
「うっひょ‥‥KV戦はやっぱかっけェぜ!」
後方から追いついた車輌が止まり、運転席で白が騒ぐ。
「好きなのか?」
銃の狙いをつけながら訊いたのは九郎。白が目を輝かせて小銃ごと振り向いた。
「おお! あの人工筋肉! 軋むベアリングと‥‥」
「あああある意味地雷かよ‥‥」
騒がしい1台と、
「やはりレースはキメラ相手の公道より自転車のダウンヒルの方がいい」
「何か、あるの?」
「ふむ。敢えて言葉にするとすれば、何だろうな‥‥」
アキラ、レイナは静かに会話しつつ各自の銃を再装填、無意識に敵に銃口を合わせる。最後に大型バイクの老人がタイヤ煙を出しつつ停車した。
一方でKV戦闘はロッテの突撃から中盤戦に差し掛かっていた。ロッテ機が側面近距離、王零は雷電の堅さを活かして前面で敵を抑え、小鳥機と健太郎機が中距離で臨機応変に各隊長機と連携する。同隊らしい連携で絶え間なく動く。
「ッ棗!」
王零機が重機関砲で正面を雨のように穿つ。コクピットでは王零の左顔面が一瞬不鮮明に闇に染まり、さらに健太郎に示すように機内で闇が前に蠢動する。それと同調するが如く、健太郎が隙を突くように陰からディフェンダーで突撃!
『――■■ッ!』
可聴域外の声が轟く。王零の弾丸の入り込んだ箇所に切先を突っ込む。敵の前進が完全に止まる。
「私達もやるわよ!」
「動きが止まれば‥‥外す事はない‥‥ですぅ!」
何気に先程外したのが悔しかったか、小鳥がレーザーを連射する。敵の絶叫が明らかに変わった。知覚が弱点か。敵は苦し紛れに近くのロッテ機、王零機に暴れて身体をぶつけるが、余裕で受け止められる。
「終着点は地獄に変更ね‥‥自然に反する者、ディーテに沈みなさい」
素早くロッテが反撃に出る。酸を物ともせず、本物の獣よろしく跳躍。重力にスラスターを加え加速するや、上からグングニルの凶悪な一撃をお見舞いした!
ずぐん。不快な感触と共に半ば以上まで入り込む。敵は巨体らしい強靭な体力でなんとか耐える。しかし。
「我と相対した愚かさを呪うがいい」
漆黒の雷電が、背部から抜いた狙撃銃を前面中央に撃ち込む! 敵装甲を破る弾丸。
‥‥ァン‥‥! 銃声と時を同じくして、敵の巨体がふっと軽くなった。肉体が弛緩し、ロッテ機の機槍が敵の感触を失う。引き抜き虎のように着地。
「‥‥ラ・ソメイユ・ぺジーブル」
夜の幹線道路に転がった亡骸に、ロッテの声が永遠への道を無情に示した。
●テイクオン
「ええ、今回使用された車輌の修理、メンテ費用はこちら――というより、いらっしゃった所の師団長が持つ、と通信が。フランスの街を守ってくれてありがとう、とも届いています。では」
最後に軍の主計大尉が退出し、早朝未明の軍司令部幕舎は静けさを取り戻した。傭兵8人に加えバイクを駆った老人と、しばらくして追いかけてきたお嬢様、ヒメの姿もあった。
「良かった、わね」
「‥‥ああ」
レイナに、先程軍に車を任せたアキラが答えると、九郎が、
「確かに、結構な穴だったしなー」
と思わず口を挟んでいた。ただの感想で彼に全く他意はなく、また戦った勲章でもあるのだが、九郎が言うと妙に反発して苛めたくなる。謎だった。
「でも、なんか、俺達もレースしたくなってきたねっ」
今度天衝で大会やらない? と健太郎が突然の思いつきを言ってくるが、
「まあ‥‥どうだろうな‥‥」
と曖昧に濁す王零である。
「それにしても執事さん、俺にはあんたの滾るパッションが聴こえたぜ!」
白が椅子に逆向きに座り、何かやってたのかと爺やに言葉をかける。
「執事の嗜みでございます」
「んじゃどっかの峠で伝説の、とかは?!」
「まさか」
あくまで執事として一歩下がる彼。だがその彼から顛末を聞いていたヒメは身内の働きに不満があったか、不機嫌そうに立ち上がり出ようとする。礼をして追従する爺や。
「ヒメ、だったわね」ロッテがその背に、「専属の傭兵隊を雇うのも、良いかもしれないわよ」
しかしヒメは振り返らず、腹の底から震える声で。
「‥‥余ってる人材が、どこにいるのよ」
「ならば、やはり軍‥‥?」
「そんなの、私にもわから‥‥!」
その台詞が僅かに聞こえるかどうかのうちに、彼女は出て行っていた。非能力者の個人として戦う様々な苦悩が、彼女をぐるぐると包んでいた。
が、そんな雰囲気は、
「あぅ‥‥限界ですぅー‥‥」
入口から差し込む朝日に気付いた途端に眠くなり、こてんと机におでこを着地させた小鳥によって、完全に吹き飛んでいた‥‥。
<了>