タイトル:ドン・キホーテと夜の罠マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/06 17:36

●オープニング本文


 村と呼ぶのも憚られそうな、小さな集落がその森にはある。
 スペイン。ラ・マンチャ地方。その中でも北寄りに位置していたこの森は、今までなんとかバグアの完全支配を免れてきた。それも戦略的価値が皆無に近いという存在感の無さのおかげという点が多分にあるが、それでも細々と抵抗し続けているのは感嘆に値する事であろう。
 そんな村が、初めてと言っていい程にキメラによって蹂躙されたのが、2ヶ月程前。優秀な傭兵達の活躍によって死者もなかったこの事件だが、この時に、1人の男の人生は、音を立てて動き始めた。
 アロンソ・ビエル(gz0061)。
 自らの不甲斐なさを呪い、村の存亡を賭けた資金援助を受けて適性検査へと旅立った男。その賭けは見事に成功し、ここに村を守護する能力者が誕生した。
 しかし時代はまさに人類の存亡を賭けた戦争の真っ最中。傭兵になりたてのアロンソには未だ、悩みは尽きなかった‥‥‥‥。

「板持ってきてくれ!」「買い付け行った奴はまだ戻んねぇのか!?」「きゅーけー!」
 活気溢れる村中心。2ヶ月前に建物はほぼ壊滅状態にまで追い込まれ、これまではアロンソの不在などもあって本格的な再建に踏み出せなかったのだが、つい最近、その彼も能力者――敵と戦い守れる者として帰ってきたおかげで、ようやく踏み切れたのである。
「アロンソよ」
 村北西部。村長宅で、長い机を囲んで数人が話し合っていた。白い髭と髪をたっぷり蓄えた村長が続ける。
「わしらも敵に備えられるよう、村の外には四方に物見の櫓を建てた。備蓄倉庫と別に、囮となるような火薬庫も建てた。じゃが、バグア相手には所詮素人の域を出ん。そこでお前に、村の再建計画を一任したいと思う」
「はい。任せてください」
「うむ。やはりまず欲しいのは家、そしてみなで少しでも安心し合える場所じゃ」
 ゴホゴホと長老。かつてアロンソと意見が対立した親友が、言葉を受け取って言う。
「主に使う資材。コンクリは買わんとならんからな。必然的に少なくなる。日干し煉瓦は多少時間がかかる。木材は先日のキメラに薙ぎ倒された物が大量に余っているが、頼りない気がせんでもない」
「それに、どんな設備を造るか、って事か。皆の使えるものから、村を壁で囲むとか周りに壕を掘るとかまで」
 アロンソが先に言う。
「そうだ。あまり大規模な物は造れんが、せめてキメラの襲撃は安全にやり過ごしたい。当面はそんな感じとなる」
「‥‥難しい、な。というか俺、さっさと戻る方を優先して、その辺の座学は大して覚えてないんだ」
 バカン、と突っ込む親友。
「ッ仕方ないだろてめェ!」
「うっせぇ! 村の金で行っときながら、何で集団自衛とかそういうの覚えてない!?」
「一夜漬けで試験通ったからに決まってんだろ!!」
「んな意味ねぇ事すんなよバカが!」
「ッぐ‥‥、いや。それより今は村の再建が先だ」
「‥‥そ、そうだな」
 2人が口論の末にそう悟った時、村長が楽しそうに彼に告げた。
「また傭兵に依頼せねばならんの。‥‥今度はお前らの金でな」

 ◆◆◆◆◆

 黄昏時。
 アロンソは南の櫓で、遠くを見晴るかしていた。櫓と言っても、目立たないように周囲の木々と同程度の高さしかない。それに本当に村の近くに迫られた場合は、視界が緑に遮られてまるで用を為さない。しかし、そんな櫓でも陸上型への早期警戒を呼びかけ、あるいは飛行型による急襲を察知する事は出来た。
 空を見上げると、変わらない夕焼け。
「‥‥早く、強く」
 スペインもほぼ全土が戦火に包まれ始めた。最近は少し目立つ場所を歩けばワームにまで出遭える。村の戦いは、いつまで続くのだろうか。
 俺は、どこまで守れるのだろうか。
 アロンソがふと考えていた時、視界の隅に何か動く物を捉えた、ように感じた。
「‥‥何だ‥‥?」
 覚醒してよく目を凝らす。南。そこまで遠くない地点。そこに幌もない馬車らしきもの、そしてそれに乗った小集団があった。
「‥‥こんな時分に、劇団か何かの巡業か?」
 にしても、移動中にまで衣装を着込んで白い化粧をしているのは、どうなんだ。
 その日、村に何の異常も訪れなかった。
 だが何故か、アロンソには妙にその道化集団が気にかかったのだった――――。

――略地図――
              森 ↑北の村へ
      櫓                   櫓


   森     村長宅      酒場        森
←教会へ               八百屋



      櫓                   櫓
             森 ↓南の平野へ

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
ケイン・ノリト(ga4461
30歳・♂・FT
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM

●リプレイ本文

●3つの教室
「みなさ〜ん」「ぁ、集まってぇ‥‥」「「くださぁい」」
 村中央広場に、幸臼・小鳥(ga0067)とケイン・ノリト(ga4461)の声が響いた。2人はそこにミニ黒板や画用紙を用意し、さながら戦場の青空教室となる。雑然と材木の転がる中を子供達と、村で再建計画を話していた大人が集まってきた。
「村で活かせる基礎講座の始まりです〜」
 ケインは言うと、画用紙を捲って手作り感溢れる解説絵を自信満々披露した。
「じゃ〜、一緒に声に出して言ってみよう〜」
「はーい」
 いち。でかけるときは、まわりのひとにいう!
「いち! でかけるときは――」
 に。あぶないときは、おとなのいうことをきく!
「に! あぶないと――」
 さん。キメラにあったら、かくれてたすけをまつ!
「さん! キメ――」
 よん。おかしなことは、すぐアロンソおにいちゃんにいう!
「よ――」
 ケインは見事に子供達を操っていた。自由時間には逆に弄ばれる事も多々あるが、さすがに一方向に乗せてしまうやり方もまた、心得ていたのである。
 一方で大人を相手にするのは、
「つまり‥‥その、キメラにはぁ‥‥」
 あぅ。用意した移動式黒板に隠れる小鳥である。が、今日は何かが違った。ぐ、とささやかな気合を入れ直すと、そっと全身を晒して再開する。
「手旗信号は‥‥朝や昼‥‥、発光信号は‥‥夕方や夜使うのが‥‥いいかと思いますぅ」
 わたわたと旗を上げ下げ鏡をくりくりする小鳥を、軽食を食べつつ見守る村民。
「音を使った連絡は‥‥相手にも聞こえてしまうので‥‥使う時を考える必要が‥‥ありますぅー」
 画用紙にそれぞれのアルファベット対応表、頻出単語を書き込む。傭兵として至極まともだが、外見と反した本格指導に、男衆は感心して真剣になり、女性陣は、
「あらあらすごいのねー」
 うふふと近所の子供を誉める勢いに、涙目の小鳥である。
「だ、大事な事‥‥なんですぅ‥‥!」
「奥さん、しっかり聞いた方がいいですよ〜。あ、みんな今度はどんな所に隠れるか実際にやってみよ〜」
 ケインが上手く話を変える。そして木材を抜けつつ森に入ってみたり、息を潜めてみたりといった動きを見せる。
 その途中。一行はロッテ・ヴァステル(ga0066)とアロンソのいる東の伐採跡へ寄ってみた。そこには‥‥。

「より速く‥‥敵は待ってくれないわ」
 到着次第教育を開始して早1.5時間。たかがその程度に休憩を挟むロッテではなかった。
「ス、スナイパーにこれ以上の速さを求め‥‥」
「口答え、する気‥‥?」
 ロッテが目を細め、拳をゆっくりと握った。
「‥‥‥‥スイマセン‥‥」
「流れを感じなさい」
 静かに土を踏みしめ、近付く。
「戦闘の流れ。空気の流れ。内なる力の流れ‥‥世界の流れを」
 ロッテは突如懐に踏み込むや、覚醒した人間を当身で吹き飛ばした。アロンソが盛大に宙を舞い、幹にぶつかり落ちる。当たり所が悪かったか、咳き込みながら膝を抱えて土に横たわる。
 ロッテがそんな彼の眼前に歩を進める。徐にペットボトルを取り出すと、その口を真下に向けた。コポコポと流れ出る天然水が美しく陽光に輝き、無情にアロンソに降り注ぐ。
「‥‥何時まで寝てるつもり? 次は特製‥‥」
「アロンソさん‥‥そちらはど‥‥っはわ!? だ、大丈夫ですかぁ‥‥!?」「あはは‥‥想像以上かな〜‥‥!」
 村民を連れた小鳥とケインが、丁度そこに立ち寄った。必要以上に一般人を怖がらせるわけにいかず、ロッテは「休憩よ」と逆方向を向く。
 正直助かった‥‥。心から息を吐くアロンソである。
「わ、私救急箱とか、持ってきますぅー‥‥!」
 小鳥が駆けていくのを横目に、ロッテが森に開いた空を見上げる。キメラに抉られた傷跡。そこは、そんな場所だった。
「痛かったでしょうに‥‥」
 木々を撫でるロッテに、
「そ‥‥」
 ‥‥っちですか?! 突っ込もうとしてやめるケイン。が、かくいうケインも。
「みんな、小鳥さんが救急箱を持ってきたら、アロンソ君で手当ての練習しよっか〜」
『はーい』
「鬼か」
 あっちから戻ってくる小鳥サンが天使のようだ‥‥。アロンソが呟いてしまったのが、運の尽きだった。
「そう‥‥では、より『優しく』カワイがってあげましょう‥‥」
 少しくらいはいたわってあげようと秘かに思っていたロッテだったが、鬼発言に火がついてしまい。そしてその火は夕方まで続き。己の迂闊さを呪わずにいられないアロンソであった‥‥。

 一方。外回り班の5人はパトロールを、その際の所作の見本を見せる意味で村の男衆半分を連れてやっていた。昼間ならば櫓で不審者は発見でき、また1回目という事で全員で行く事になった。
 翠の肥満(ga2348)、智久 百合歌(ga4980)、勇姫 凛(ga5063)が櫓の1つに登り、周辺の大まかな地形をしばらく俯瞰して戻る。
「見張り方とか凛が気になった場所とか、メモ書きしておいたから。‥‥講義みたいなのは苦手だから」
 凛が村の男に紙を渡しつつ。
「アロンソさんが目撃したとかって不審な集団ともし戦う場合、やっぱり森の外か村の南の隘路ね‥‥」
「確かに。相手は奇術師、見通しの良い方が得策そうです」
 百合歌に翠が同意する。
「じゃあまずこの辺で鳴子作ろっか!」
「だね。この見回りの帰りに実地で堀の場所とか他の施設の話も決めよう」
 月森 花(ga0053)と諫早 清見(ga4915)が元気よく。
「それに関連して僕に一案」
 翠は言うや、コートからワイヤーと照明銃を取り出し、地表15cm程度の高さで道の近くの木々に仕掛けだした。
「こうしておけば‥‥いっちょ上がり! ワイヤーに引っかかればお空に光が打ちあがるって寸法です」
 3丁ありますから要所でこれも仕掛けていっちゃいましょ。などと解説しながら、続いて空き缶や木材を使った鳴子設置を手伝いに行く翠である。
「‥‥活き活きしてるね」
「掩蔽した罠ってのが好きなんじゃないかな」
 その背中を眺めて凛と清見。
「ボクだって頑張るよ!」
「あら。私も負けないわ」
 花はまさに、百合歌は意外と乗り気で森を駆け回る。
 こうして夕方まで実地を見る意味でも外を歩き、見事に森中に鳴子を設置したのだった。
 そして。
「この村の条件を考えると、凛、あくまで目立たない守り方が1番だと思う」
 半日自然と格闘した帰り、村の少し手前で。5人は村を囲むように壕を作る事を助言していた。時刻は18時を回っている。
「あと馬防柵とかでとにかく時間を稼いで‥‥」
 花がケイン作画「土の盛り方と鼠返しの図」を手渡しつつ、凛が補足する。
「生き延びる事が最優先だと思う」
 清見を始め皆がその方向で、施設の助言をしていく。
「解った。村長にも話してみよう」
 そうして昼の外回りは終わった。ただ一つ、まだ見ぬ道化集団の不安を残して。

●真夜中のサーカス
「舞踏場とか集会場とか、皆で楽しくできる所がいいと思う」
「その地下に隠れたりもいいかも」
「どこかへ抜けられる脱出路が必須ね」
 篭城だけだともたないから。
「あと訓練場とか!」「自家発電施設が欲しいかな」
 主に清見、花、百合歌が新たな村施設の説明をする。時刻は0時になろうか。警戒も兼ねた野外での寝食だったが、火を囲んだキャンプの様相を呈していた。
「あれから、変わりない?」
 凛が傷だらけのアロンソに声をかける。横では小鳥が角材と格闘して小さな犬(?)を作っていた。
「‥‥今は肉体的に死にそうだ」
「ヴァステルさんの個人授業‥‥僕も受けたいですよ!」
「そんな性癖はちょっと‥‥」
「あああフラレまくり人生っ」
 ロッテに一刀両断される翠である。
「一夜漬け‥‥ヤマの張り方が大事だよね」
「‥‥凛サン‥‥」
 複雑な表情のアロンソ。
「‥‥って凛、べ、別に‥‥他の仕事が忙しくて仕方なかったんだからなっ」
「え、一夜漬け? 悪いの?」
 あはは、と清々しく戻ってきたのは百合歌だった。
「‥‥能力者ってのは一筋縄じゃいかないな」
 アロンソは彼女のたおやかな外見との落差に呆然となる。
「でも――最初の気持ちを忘れてないのは嬉しいわ」
 百合歌が柔らかく。
「最近はここも本格的に危険だからな‥‥」
「目撃した集団、ね」
 こくりと頷くと、早くも立ち直った翠が。
「聞いた限り普通の怪しい集団ですが、どう動くのか‥‥」
 そんな緊迫感も一瞬で。
「ノド渇いたー」
 右手をやや振って隠し牛乳を掌に納めると、それを口に持っていく。その刹那。

 ガラガラガラン。

 南の鳴子が、危険を報せてきた‥‥!

●敵は、
 アロンソ含む9人のうち、パトロール班は森の外側に急行し、敵を発見できなければ段々村へ、残る4人は村で待ち構えるという予定を行動に移した。
 見回り班――花、翠、清見、百合歌、凛が隘路を駆け抜ける。勿論左右の森への警戒も怠らない。木々の波を走り、ほぼ直線の暗い道で快速を飛ばす。
「みんな頑張ってるのを邪魔なんかしたら‥‥赦さないよ‥‥」
 花がその性質を逆転させ、銃を持つ。駆けながら装填し、撃鉄を起こす。3人の獣人が前を行き、2人の狙撃手が隠密の如く目を光らせて。
 森の出口。空には三日月。暗さの為に判然としない。百合歌が先行して平野に飛び出してみるとそこには。
「偽サーカスに負けらんないっ!」
 清見の挑発が無音に溶ける。佇むのは幽玄の道化達『4人』の姿だった。

「二度とあんな‥‥蹂躙された村を子供達に見せたくありません。手加減無しです」
「アロンソさん‥‥少しずつ‥‥頑張っていきましょうねぇ?」
 村の南入口に立ち、ケインが納刀したまま気を吐く。小鳥の背後には作りかけの犬オブジェがあった。
「‥‥2人のうち1人しか助けられない場合、貴方はどちらを助ける?」
 共に貴方を必要とし、全てを信じたように見つめている2人を。ロッテが唐突に、無慈悲な命題を投げかける。それは正解のない悲劇。どちらを選んでも心を蝕み、例え逃げても取り殺される。
 しかし考えねばならない事だと、蒼い美貌は鋭く射抜く。
『敵性集団発見。ですがピエロとロバがいませんので村で警戒を』
 そこに翠の報告。
「答えは‥‥また今度。貴方次第で『ご褒美』が待ってるから」
 ロッテは軽く肩を叩き、前進する。丁度、隘路からロバが姿を現していたのだった。
 ピエロの姿は見えないが、まずは目の前の敵をやらねば。
 ロッテが拳法極意のように一瞬にして敵の眼前に到達すると、その勢いを左足で受け止め伸身前転の要領で回転した。踵に凶刃煌く右足を伸ばし、瞬天速からの縦回転という力の乗った一撃を急所にお見舞いする。ロバはなんとか鼻面を横にせんとするが、その攻撃はあまりに速すぎた。見切れず致命的に喰らってしまう。
「ケイン‥‥!」
 追走していたケインがそれに合わせる。スッと流れるようにロッテの横を抜け、神速の抜刀でロバを斬りつけた! さらにガラ空きの胴体に蛍火を深々と突き刺す。敵は最期に地を踏み締めようとし、力なく崩れた。
「さすがで‥‥」
 アロンソが気を抜きかけたその間隙を突いて。森から投剣のような針が飛来した。前衛でなく後衛の2人に。
「回避ですぅっ‥‥!」
 小鳥がいち早く気付き、隣のアロンソを引っ張り伏せる。が、小柄な彼女には一息に男を引き倒す力はなかった。僅かに傾いだ彼の左肩を、飛針は見事に貫いた!
「ッ‥‥!」
 小鳥が素早く矢を番え強弾撃でその方向に反撃する。小さく呻き声。アロンソも後方へ倒れつつ直感で撃つが、こちらは手応えが無い。
 次に動いたのは速さ自慢の戦乙女。森に入るのは得策ではないが、敵も飛び道具は使えない。またケインと自身の得物と耐久力を比べた時、彼女の方が攻撃に向いていたのである。
 浅い位置のはず。ロッテが分け入る。
 それと同時に、ケインは小鳥らの前に立ち、本体もしくは刃物が出てきた時に備えた。小鳥はアロンソの傷を診る。止血も出来た。あとはロッテがピエロを炙り出せば。
 そこに。
「大人しく舞台で眠りなさい‥‥!」
 木の枝を飛び移ってきた満身創痍のピエロが、3人の方に落下してきた。
「ロッテ‥‥さぁん!」
 小鳥がピエロの落下地点に連続して矢を穿つ。体勢を崩す敵。上空から跳んでくるロッテ。
「アンコールは無いわ‥‥」
 ラ・ソメイユ・ぺジーブル。3人の観客の前で、ロッテの渾身の右踵落としが敵の頭蓋骨を粉々に打ち砕いた‥‥。

●人形遣い?
 やや突出した格好の百合歌が、未覚醒のまま敵の眼前でうろたえてみせる。森の出口近辺の清見と凛はそれに合わせるように、
「智久さん!」
 咄嗟に駆けつけようとし、しかし身体の反応が間に合わない「演技」。
 敵の4人はそれに釣られたか、百合歌に殺到した。鞄持ちの仮面は後方、玉乗りと傘野郎と御者は相競うように。間合いに入る。その直前に百合歌の純白の翼が闇夜を彩った。
「‥‥来なさい下衆」
 一気に飛び退く百合歌。森の至近にまで誘き寄せる。身を潜めた狙撃手と連携、万が一の際には森に逃げ込む事もできた。
 敵にとっては目を瞑った次の瞬間には、すぐそこにいた旨そうな獲物が遠退いているという状況。突っ込まないはずがなかった。
 花が木の陰から夜より昏き弾丸を撃ち、無線連絡で少し遅れた翠がSES全開で引鉄を絞る。5発の銃弾が無防備な御者を永遠の眠りに誘い、2発は傘に弾かれる。しかしそこに突っ込むのは2人の獣人。
「本物のステージ、見せてやるっ!」
 清見が傘ごと敵本体を弾き飛ばす。さらに踏み込み腕を爪で引き裂いた。くぐもった悲鳴。初めて敵が音を発する。
「再建の為にも‥‥皆の夢の為にも、お前達の好きにさせない‥‥ッ貫けエクスプロード!!」
 真直ぐ突っ込んだ凛は速度そのまま愛槍に乗せ、体勢の崩れた傘の腹部を一気に穿った。爆発に溶けるように煙の如く消失する傘男。残るは仮面と玉乗り。仮面の方はなにやら後方で立ち尽くしている。玉乗りは‥‥。
「――遅いわ」
 百合歌が球の突撃を華麗に避ける。遠隔操作か、球には誰も乗っていない。が。
「っ――良いヴァリエーションね」
 球の陰から、本体が細剣で百合歌の腕をすれ違いざま突いた。表情を歪める百合歌。だが気合とばかりに、
「でもこちらは」
 後ろから追いすがり敵を薙ぐと、球の陰から力ずくで引きずり出した。
「協奏曲でいかせてもらう」
 遮蔽物もないそれは、森の味方の絶好の的だった。花の4連射が数秒にして敵の命を奪っていたのである。さらに翠が射程を活かして仮面を狙撃する。
「あとはおま‥‥」
 素早く再装填しようとした翠が見たのは。
 鞄の中身を使う事なく2発で倒れた仮面の姿だった。拍子抜けする5人。
「――死出の餞を」
 百合歌の旋律が、静かに幕を下ろしていた‥‥。

<了>

 ぱちり。
 誰もいなくなった森の中で、戦闘の直前に仮面の鞄から出ていた人形が目を開けた。
「あの玩具、欲しいな」
 人間のようなその声を聞いたのは、深い森だけだった――――。