●リプレイ本文
ドイツ西部。地上。8機のKVが4機ずつに分かれ、今にも飛び立とうとしていた。周囲は長閑な平野。そんな中、暁・N・リトヴァク(
ga6931)が味方機、特にディアブロを駆る仲間を見て独りごちた。
「味方なら百人力、敵なら面倒、か」
「KVを無断使用し、無軌道に飛び回る‥‥ここまで理解の範疇を超えるといっそ清々しいですね」
むしろ操縦者の性格が面倒です。玖堂 鷹秀(
ga5346)の苦笑いが無線に乗る。すると命喰(
ga8264)が計器類を撫で、
「私の場合、コレを受領した時は非常に嬉しかったので気持ちは解らなくはないのですが」
それでも、全く、と呆れる。コレ――すなわちF−108ディアブロ。今回の『目標』も同機体だと思われた。また高価な新機体にも関わらず、こちらも彼女他数機がその赤いKVである。
「まぁ確かに‥‥い、いや。何も言うまい」
黒江 開裡(
ga8341)も同意しようとして、秘かに操縦席で恥ずかしげに俯いた。
「‥‥自制が効かないにも‥‥程がある‥‥」
「迷惑行為はいけないですよね‥‥」
クロード(
ga0179)と夕凪 春花(
ga3152)が別グループながら同時に嘆いた。そして、少し可哀想ですけど、と困った笑顔の春花と対照的なのが、
「我がイングランドの玄関口で、なんという‥‥っ!」
操縦桿を握り潰さん勢いのエリザベス・シモンズ(
ga2979)である。エリザベス――リズはさらに続ける。
「自制心無き力など只の暴力。そのような不埒な輩にKVを駆る資格はありませんわ!」
白雪のような頬を赤く染め、目標を見付けた瞬間に全火力を集中しそうな雰囲気である。
「はは‥‥落ち着きなよ。でも依頼人もそんな感じなのかな」
何があったんだろう。秘色・織(
ga8241)が独特の調子で窘める。
「容赦無く撃墜しろ、ですからね。新機体手に入れたからって調子こいてんじゃねえよ‥‥て事でしょうか」
あ、私はそんな事思っていませんよ? くっくと心なしか眼鏡が冥く光る鷹秀である。
「悪い。俺もその新機体だ」
「誤って味方を撃った、なんてないよね‥‥」
鷹秀と同じA班であり、やはりディアブロを操る開裡と織が冗談交じりに言ってみると、鷹秀は「そんな、ねぇ」と曖昧に返答した。
「ま〜、機関銃でちょっと誤射されたところで大丈夫だ。きっと」
頑張れ。初期受給のS−01に乗る暁が楽しげに応援した。
「そうです。それより‥‥」鷹秀が急に真剣になり話を変えて「一応発見後に投降を呼びかけるポーズをし、荒事はその後、という事にしましょう」
「ま、後から問答無用に撃たれたとかゴネられても困るしな」
開裡が賛成していると、その横のナイチンゲールに乗る春花が機内で可愛く声を荒げた。
「ふぇ!!? と、投降しようとした人を撃つのですか‥‥?!」
戦々恐々といった春花に鷹秀も逆に焦って、
「や、や、や。さすがにそこまで鬼畜では‥‥。ちゃんと本気で呼びかけますが、おそらく無駄だという事です。それに結局目標は後で絞られるわけですから、それなら撃墜した姿を見せた方が今後の抑止にも、依頼人の溜飲を下げるのにも役立つ、という意味で」
「‥‥‥‥にゃ、にゃー‥‥」
春花の大きなリボンがくてん、と恥じるようにずり落ちた。
「そろそろ‥‥行こう‥‥」
内心で可愛い、などと悶えているのをおくびにも出さず、クロードが最終確認に終止符を打つ。
「ええ。不届き者にはお灸を据えてあげましょう」
聖ジョージの加護のあらん事を。
リズの戦勝の祈りが各機体に響く中、8機は南北に飛び立っていった。肝心の編隊は、
A班:春花・鷹秀・織・開裡――ドーバーから時計回りに南下
B班:クロード・リズ・暁・命喰――フランスから時計回りに北上
となっていた。
●索敵
フランス中北部から捜索を開始したB班は、リズが付近の航空管制にまで連絡を取り、効率よく捜索していた。勿論バグアによるジャミング等により管制塔も広範に情報を持てるわけではなかったが、それでも4機のみでやるより余程楽である。
「っ誰であろうと規律を破り空を穢す者には正義の鉄槌を‥‥!!」
ぐぐぐ、と無意識に操縦桿を引いてしまいやや上昇するリズである。
「同じディアブロ乗りとして嘆かわしい限りです」
命喰がレーダーを注視したまま。
「自分の機体への愛情ってのは解るけどな」
高速で流れる景色を、暁が感覚的に把握していく。空は快晴微風。絶好のフライト日和と言えた。
「やって良い事と悪い事も解らない人には‥‥オシオキが必要」
クロードはR−01で、多少無茶な空中戦闘機動にでも付き合ってやる心積もり。
そこに。
「左前方を」
「これは‥‥」
一条の鮮やかな雲が、高高度の南西から西の方に伸びていた。見た瞬間、リズが速度を上げる。
「このわたくしが直々に成敗して差し上げますわ‥‥!」
「で、3倍早ぇのはドコにいんだか」
「強化してもさすがにそれはないだろ‥‥」
「若さ故の過ちか。世の中『赤い』だけでヤベェ性能のはいるもんだ」
「そ、そうなんですか‥‥すごいです」
鷹秀が春花に奇妙な知識を植えつける。
「いやそれは架‥‥」
「夕凪が納得してるならいいんじゃないかな。それと」
それ以上は危険だから言わない方がいい。織が開裡に忠告する。
「危険‥‥何でだ?」
「‥‥監視してる人間が。それに少し別になるけど。監視する人間を今度調査する人間までい‥‥」
「さくさく探しますねっ! んー‥‥痕跡もないです」
春花の幼い声が響く。
雲一つなく、空は青かった。眼下にはドーバーの割に静かな波。そこに。
ザ――。
『目標発見。ポイントは――』
南から、戦闘開始の無線が入った。
●アクマ
「‥‥いましたね。赤い悪魔」
「あ〜あ、なんつー挙動だ」
目標の後方からB班4機が接近する。相手はロールしながら木々スレスレを飛び、一気に回転しつつ空を駆け上がるところだった。主翼の端に雲をひっかけ跡には飛行機雲。確かに気持ち良さそうではある。
「ッ‥‥どなたか警告を。わたくしはあのような愚か者と会話などしたら、一瞬で全てを発射してしまいそうです」
リズが促し、クロードが受け取る。
『そこのKV、今すぐ帰投せよ。此方の指示に従うならば危害は加えない』
外部への拡声装置越しに。すると相手はようやく気付いたのか、ULTの一般的な周波数に合わせて通信してきた。
『なんでよ! わわ私は今大切な、そ、その‥‥初デートなんだから!!』
「‥‥デートですか」「‥‥おバカさん?」
口調は違えど同様の台詞が4つ漏れる。
『勧告はした。そのまま飛行するなら相応の報いを受けてもらう!』
『っ人の恋路を邪魔する気!!?』
「心置きなく撃墜致しましょう」
リズが4人の心情を代弁していた。
『馬鹿は死なねば治らない。「彼」共々1回死んでもらうぞ!』
クロードが快速を飛ばして200M程まで接近し、牽制に主翼近辺を狙撃した。高度を上げ滑るようにかわす敵。その隙にリズが敵前方目がけて4発のロケランを放ち、次いで暁がたっぷり積んだミサイルを敵周囲に撃ち込んだ。
爆炎に包まれる敵機体。しかし。
『そう‥‥私達の初めての共同作業! っああんディート様ぁ!』
妙な掛け声と共に敵は強引に機首を上げUターンすると、背面飛行のままクロードと正対してロケランを盛大に撃ち込んだ。16発の飛行弾がクロードに向かう。急制動による急降下と横回転。しかし尾翼に多少の被弾。
『速い‥‥! さすが愛のチューンを施された新型という事ですか!』
命喰が敢えて外部拡声で『うろたえてみせる』。
『っあ、あははははは! 私とディート様に敵はないわ!』
‥‥解りやすい。そしてディートというのは機体の愛称でしょうか。
呆れながら命喰は高度を取り敵の西に向かう。これで南東から西方向までは必ず交錯せねばならない。
西・南西を突破しようとすればクロードと命喰が、南・南東はもう1組のリズと暁がフォローする。
あとはこのまま締め付け、北方向からのA班を待てば包囲は完成となった。
現状最も敵に近いクロードがこっちに来いとばかりに、機体下部を見せ付けるように方向転換し、命喰の方へ飛ぶ。左翼を地面方向に、まさに空を駆ける実感。
敵は釣られるようにブーストして西の2機に向かうと、すれ違いざまに一条の光を放った。それは過たずクロードの胴体部分に命中する。致命的ではない。だが挙動が乱れる。さらにその勢いで敵が西に駆け抜けようとしたその時。
『えっと、申し訳ないのですが、撃墜させていただきますっ!』
北から、ナイチンゲールの機関砲が火を噴いた――――!
爆発的な推進力。駆け抜ける青空。
覚醒しているおかげで身体的損傷は負わないが、それでも身体にかかる負担を肌で感じる。薄皮一枚向こうにある絶対的な自己破壊。それを常に感じながら、能力者達は空を駆る。
「初のKV戦の相手がバグアならぬトチ狂った人間とは、いやはや」
開裡の声が無線に乗ったのも、もはや遥か後方。A班4機はひたすら南西を目指す。偏西風を切り裂くように4つの影が滑空する。高度を上げた。
『A班、東寄りから突入を。コースは――』
暁の天眼が戦場を俯瞰する。指示によって微調整しつつ、A班4機が2機2組に小さく分かれた。ドーバーを縦断しアミアンを横目に見る。真南の方には大きな街のような影があり、そこに入る河が上からはっきり判る。
1分も景色が流れただろうか。仏、ルーアンに程近い平野上空で、5つの機影を目視した。
「私が接近します!」
「援護してやるッ!」
春花に鷹秀がつく。2機ずつによる相互支援。一方で織と開裡は遠距離から広範にカバーする。
急速に近付くKV。レーダーの光る点が、重なった‥‥!
●愛ゆえに
南と西に、先程別れたばかりのKV。そして西に突撃していく赤いKV。これが目標。
春花が警告と共に機関砲を撃ちまくる。そのまま一気に相手背後に張り付こうと試みた。
『どんだけ機体に手ぇ加えたか知らねぇが、この包囲から逃げられると思わねぇ方がいいぜ!』
鷹秀が、次いで開裡、織が容赦なくAAMを発射する。激しく火を噴いて標的に向かう計4発の誘導弾。敵は懸命に機を振って回避に徹する。1発が下方に外れるも、残りはしっかりと追尾していき。
『はあぁんフレア積んどけば――! ごめんねごめんねディート様ぁ!!』
などという通信が届くと同時に。
接触。一瞬の空白と閃光。のちに爆発。ミサイルが盛大な視覚効果と共に敵に損害を与える。
『さて。その機体の命、‥‥喰らいましょう!』
命喰が宣告して機関砲を回す。そうして気を引いたところで、南からブーストで敵頭上に急接近する機体!
「高性能の機体でも隙だらけならば意味を成さない!」
暁の機体がその機構を変えながらレーザーの狙いをつける! が。
「っぐ‥‥!」
負荷が途端に増大する。機体のどこかから小さな部品の不吉な音が伝わり、自身の身体は急激なGに悲鳴を上げる。苦し紛れの光線は敵コクピット上を通過した。結果。
っ‥‥こんなの相手に無茶するもんじゃないな‥‥!
暁は変形を諦め、敵の至近を落下しつつ体勢を立て直す。ヘリの経験もあったおかげか。命喰の多少下でなんとか戦列に復帰できた。
その一連の攻撃が終わらぬうちに、リズがロケランを送り込む。ゆっくりと飛んでいったように見えたそれは、2発が敵の主翼に炸裂し、残りが味方と敵の間を縫うように落ちて途中で爆散した。
『あうぅぅあぁ!! うぅぅうぅ!!!!』
敵機体が体勢を崩して高度を下げる。
『ディート様、今手当てしてあげるから‥‥ッ!』
敢えて落下の勢いを殺さず持ち直すと、そのまま地表スレスレまで加速して北西に離脱を図った! クロードと春花が追いかける。
『ゆ、許さないからぁ!!』
そんな捨て台詞と共に、敵機から大量のロケット弾がばら撒かれる。白煙を上げて飛来する物量兵器。バレルロールで華麗にかわす者。迎撃にバルカンを撃ちつつ急降下する者。紙一重を見極め機雷を避ける駆逐艦の如く縫って駆ける者。各々が咄嗟の機動を繰り広げる。
「手は綺麗に心は熱く、頭は冷静に‥‥!」
「いい加減に観念してくださーいっ!」
クロードが練力による強化AAMを発射し、春花が敵機付近に捕縛の電磁結界を発生させた!
『っぁぁぅ!』
『恨むんだったら、テメェの馬鹿さを恨むんだな! ブチ抜け羅候!!』
トドメとばかり。鷹秀がブーストで急速に敵上空へ向かいつつ、試作型ながら凶悪すぎるそれの発射スイッチを押した。
途端に軽くなる機体。即座に機首を上げる鷹秀。そして放たれたリニア砲が。
激しい轟音と共に赤いアクマを空に散らせた。急激に速度を失って墜ちるディアブロ。墜落。ガガガと地を抉っていく。停止。
こうしてルーアン西5キロというところで、愛の暴走KVは黒煙を発しながらその生を終えた。
『‥‥ディート様‥‥私は、あなたが‥‥』
愛に生きる彼女は、ついに傭兵に救助されるまで緊急脱出すらせず。壊れゆく彼の傍を、決して離れなかった‥‥。
●夢の終わり
――帰還後。ハンガーにて。
「‥‥‥‥。おお。帰ってきたか。よしよしよくやってくれた!‥‥オカエリ。クレア君」
整備士、管制官、軍のお偉いさんの3人が揃い踏みで、出迎えてくれた。最後の「オカエリ」は今回の目標の彼女――クレア女史(25・彼氏なし)に向けたもので、笑顔が物凄く恐ろしい。
当の彼女は、愛機を亡くし自身は左腕骨折に右腕火傷という非常に悲惨な状況だったが、自業自得といった感が強い。彼女自身もひたすら「ディート様の死」のみを嘆いていた。
「疲れた‥‥一生ディアブロには乗らないな」
「‥‥虚しい、フライトでしたね‥‥仲間を撃つとは」
暁と鷹秀の声がハンガーに響く。
「‥‥その割に、容赦なかった‥‥」
鷹秀に突っ込むクロードである。
「おい」開裡がクレアに小声で「ジャパニーズDOGEZAとHARAKIRIのレクチャーしてやろうか」
が、彼女が答える間もなく、偉い人が彼女の首根っこを掴んで扉に向かう。
「‥‥本当に怒ってたんですね」
春花まで呆れ気味である。
「どうしてあそこまで?」
織が管制官に尋ねると、今までの暴走被害を教えてくれた。勝手な改造、寮の庭にKV持ち出し、KVと公園デート等。そして、今回。
「それは‥‥仕方がないのでしょう、ね‥‥」
命喰のパリッとしていた襟がへたれたような気がした。
「多少わたくし達もやりすぎた感じが致しますし‥‥み、見舞いくらいになら伺って差し上げますけれど」
リズが左目を赤くして。満身創痍で引っ張られていく彼女の姿には、さすがに同情を禁じえなかった。
「おイタが過ぎたな‥‥南無」
と開裡。
「ひぃぃいぃんディート様ぁぁ」
そんな彼女の泣き声が、いつまでも響いていた‥‥。
<了>