●リプレイ本文
「フフ、この医療室は私が占拠させて頂きましたよ」
オサレ眼鏡をクイと上げ、カメラも回ってないのにバグアを演じるのは植松・カルマ(
ga8288)だ。
カップをスッと持ち、クッとキレよく飲む胡散臭い似非サラリーマン姿が何というか、
「うわ、すごくイラッとする」
辛辣にツッこむヒメである。
「ちょ、ひでー! 折角イケメンが約束通り帰ってきたってのに!」
「ならそれやめなさい。詐欺師みたいよ」
「詐欺師! 俺もとい私が詐欺師ですか、ハハハ。よろしい、ならば君は愛の犠牲者だ」「訳が解らない」
「おっと子猫ちゃんには早すぎたかな」
「あぁもう誰か早く来て」
ヒメの嘆きに、その場の医療スタッフ全員が頷いた。
●(偽)作戦開始
通路の一角に4人は集い、静かに辺りを窺う。
「敵はいないみたいね。フレーニ少尉、艦内図とかあるかしら」
首肯し、少尉が端末を操作して智久 百合歌(
ga4980)に渡す。百合歌が図を拡大して眺めるうち、無線から艦長の声が聞こえた。
『大丈夫かね? この艦は艦内環境の向上に重点を置いたせいで若干複雑でな。気をつけてくれ』
「心配しないで‥‥」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が瞼を閉じて深呼吸。ふっと力を入れるように覚醒し、
「必ず、おっかさんを助けるわ。居心地がいいし‥‥皆『家族』だからね」
『‥‥うむ、うむ!』
感じ入るものがあるらしい。幸臼・小鳥(
ga0067)は良心がやや痛んだが、苦笑を押し殺す。
「泣いて‥‥ますですぅー?」
『い、いや‥‥。ふぅ、いかんな、年を取ると涙脆くなるというのは本当のようだ』
少尉含め何やら良い話的な雰囲気でしんみりなった4人だが、首謀者が当の少尉だというのを忘れてはいけない。
百合歌が図を指して言った。
「こちらは少数で敵はバグア本隊への帰還が目的。なら重点的且つ迅速に敵を撃破するしかないわよね。艦橋、機関室、医療室、そして」
KV。
無線越しに艦長が息を呑むのが判った。
「艦長、分散して同時多発的に敵を撃破します」
『それで倒せるのか』
「『倒せるか』ではなく『倒す』んです。私達人類は、そうして生き残ったでしょう?」
百合歌の優しげな、しかし凄みを感じさせる微笑を少尉のカメラが映す。
ロッテが改めて周囲の気配を探る。敵影なし。4人が頷き、
「Aller!」
一斉に飛び出した‥‥!
ガッ‥‥!
ロッテの側転からの回し蹴りが敵に受け止められる(フリをする)や、その脚を軸に中空へ跳んでソバットを繰り出す。蟹バサミされた敵が床に引き倒されると、百合歌の追撃が敵の腹を貫いた。
『――グ、ギ‥‥!』
盛大に吐血して息絶える演技派。ちなみにバグアっぽい特殊スーツは整備班渾身の出来である。
その脇を4人は抜け、艦首側へひた走る。角を曲がると同時に襲いくる敵。小鳥とロッテの連撃が敵を沈めたところで先に分かれ道が見えた。百合歌が辿り着くや左右確認。敵影なし。艦内図を思い出し、振り返る。
「皆は右へ。私は左から艦外へ出てKVを見てくるわ」
「了解。ここまで来て‥‥死んだら赦さないわよ‥‥?」
「あら。私を誰だと思って?」
くす、と微笑して左へ駆け出す百合歌。
温かい色合いの通路を暫く行くと、CAUTIONと書かれた扉が見えてきた。百合歌は保護されたボタンを押し、中へ入る。小部屋で備え付けの宇宙服を身につけ、2つ目の扉を開いた。
パッと眼前に広がるのは暗黒の宇宙。百合歌が慎重に艦上を歩いていき、KV駐機所へ向かう。果たしてそこには、
「確か‥‥艦のKVの‥‥?」
KVに張り付いて何かをしようとしている、3人の姿があった。人かヨリシロかは、判らないけれど。
「ん、くるしゅーない。びそくぜんしーんじゃ」
艦橋中央でいつもと違う紅の着物に身を包み、ふんぞり返っているのは舞 冥華(
gb4521)だ。ここぞとばかりに艦長席を堪能する姿が微笑ましい、が、
「そこ、なにを笑うておる。わらわのしはーい下で歯をみせた者はおしおきであるー」
意外とスパルタな冥華艦長である。
北条琴乃。かつて冥華を愛玩し、次のヨリシロ兼親しき者としてバグアの長き旅に組み込まんとしたゼオン・ジハイドの13。その再生版が艦と冥華を乗っ取ったとの設定で冥華は演じていたのだが――なんとなく、懐かしくなった。冥華にとって彼女はバグアでなく、彼女だったから。
そんな冥華が逆に琴乃を演じている今に、虚しさを覚えた。
――香とかたけばよかったかも?
模造の着物を残念に思いつつ、冥華は次々作業を進める。
「そこなおまえ。おまえはしたい役じゃ。ころがっておれ」
「いぃ!? 俺もっと盛大に死にた」「わらわのゆーことがきけぬのかの?」
「‥‥」
強権を振るいつつ冥華は艦内映像を切り替えてみる。とそこで良い事を思いついた。
艦長の端末に各所の映像を割り込ませる。そこでバグア役に頑張ってもらえばより絶望を与えられる筈だ。
「準備じゃ、いくさの準備じゃー」
●死闘
『ん、わらわはこのかんをちょーだいした者である。このかんでにげ回っておる人間はもはや10名みまんとなった。あきらめておなわにつくのじゃ。とーこーすればわらわがかわいがってやる。とーこーせぬなら‥‥おまえたちのなかまがゆかいな事になるであろ。まぁそれもいっきょーだがの』
艦内に流れる放送を、百合歌は無線越しに聞いた。
が、微動だにせずKVを――傍の3人を観察する。
「無事、だったの?」
「‥‥」
無言の3人。KVの突起に掴まり、じっと百合歌を睨めつける。直後、
「――ニンゲン!」
「!?」
3人が、爆ぜるように突っ込んできた。
不安定な足場で百合歌が何とか刀で受ける。弾いて返し、衝撃波を飛ばすや近くの1人に撃ちまくる。敵が左右から挟み込んできた。下から爪が伸び上がる。1歩後退。そこに上から蹴撃が叩きつけられる。
爪の2人と蹴りの1人。3人の連撃が徐々に百合歌を追い詰めていき、とん、と背が艦装甲に触れた。三方同時攻撃が百合歌を襲う!
「くぅ‥‥でも負けられないの‥‥こんな所ではね!」
壁を蹴飛ばし加速、一気に3人を置き去りにして刀を一閃二閃三閃!
がく、と1人が膝から落ちる。動揺した2人を銃で牽制し、再度突っ込んだ。目にも留まらぬ2筋の煌き。そしてパッと2つの紅が、咲いた。
「‥‥ごめんなさい。貴方達を、救えなくて」
納刀して背を向ける百合歌。その姿はどこの時代劇かと見紛うばかりだった。
通路を行くロッテ、小鳥、少尉も当然放送は聴いていた。だからこそ、
「私が先行して乗り込むわ。艦長、いいわね」
『う、む‥‥だが1人では‥‥』
「艦長。此処は、やるしかない場面よ‥‥任せて。それに1人じゃない‥‥少尉もいるわ」
『‥‥解った』
ロッテと小鳥が視線を交わす。絶対の信頼を込めた、視線を。
次の四つ角をロッテと少尉は直進し、小鳥は右折する。
――宇宙艦で独り‥‥今、横の壁に穴が空けば‥‥たった独りで放り出されて‥‥死んじゃうんですねぇー‥‥。
不意に孤独感に苛まれる小鳥だが、その時間も長くは続かなかった。正面から、敵が来たのだ。
「――ニンゲン‥‥■■!」
えも言われぬ怖気が小鳥の首筋を撫でる。咄嗟に屈んで引鉄を引いた。躱す敵。ガガガと奥の壁を削る。敵が肉薄するや、背から何かを取り出し振り下した。銃把で受け、転がって敵側面を取ると、後転の要領で蹴り上げた。
「ゲギャアアウ■■!?」
――すごく‥‥リアルですぅ‥‥。
血糊を上げて絶叫するクルーにやや引き気味の小鳥である。ともあれ接射して止めを刺し、小鳥は医療室へ急ぐ。
何度か角を曲がり医療室の扉を開ける。そこには、
「いらっしゃいませ、ニンゲンサマ」
ヒメを後ろから羽交い絞めにして銃を構えた、顔見知りの姿があった。
同時刻。
艦橋に足を踏み入れたロッテと少尉を待っていたのは、血染めの少女だった。
「ん、よーきたのう」
「‥‥冥華」
何度も戦友として同じ戦場に立った少女。その少女は、もはや‥‥。
ロッテが唇を噛み締め、腰を落した。両腕を胸の前で構え、明確な殺意を以て。
「いえ。バグア北条琴乃。言葉などいらないわ。いざ尋常に!」
「うむ、わらわはまっこーしょーぶもきらいではない。――しょーぶ!」
内心びくびくの冥華が気丈に言い放つや、両者同時に動く!
●終幕
ガァン!
カルマの銃が火を噴き、弾が小鳥の頬を掠めていく。つ、と血が垂れた。汗か、涙のように。
「ヒメさんを‥‥放して下さぃー! 女の人に酷い事するなんて‥‥カルマさんじゃないですぅー!」
「かぁるまぁ? クク、ハハハハハ! いや失敬。そんな事よりご自分の心配をした方がよろしいのではないですか? 琴乃様の仰る通り降伏すれば、皆幸せになるのですがね」
口角を歪めて嗤うカルマ。これが見えないのかと言うようにヒメの首を絞め、白い肌に指を這わせる。びくと震えた。が、ヒメの双眸は前を向いたまま。小鳥のそれと、確かに交錯する。
失敗してもいい、一瞬の隙を衝いて。
「バグアの‥‥風上にも置けないですぅー! 人質なんてぇー‥‥」
「ハハハハ! 私は確実な勝利を望むのでねぇ!」
小鳥が膝をつく。カルマが勝利を確信して銃口を跪いた小鳥に向けた。瞬間。
ヒメが、カルマの腕を取って跳躍した。
「幸臼さん!」「今‥‥ですぅー! 悪いバグアさんには‥‥」
カルマの足元を撃つ小鳥。カルマがよろけた隙に膝下へ体当りするや、一気に持ち上げ床に引き倒す。
「アガッ!? なぐべ!?」「お仕置きのお注射‥‥ですよぉー!」
注射器型超機械を取り出すと、それ自体を突き刺すように水月へ打ち込んだ!
「こ、この私が! アッー!」
尾を引く断末魔が響き、次第にカルマが動かなくなっていく。
小鳥が一息ついて周りを見回すと、
「皆さん‥‥大丈夫でしたかぁー? 後で‥‥皆さん手当してあげますねぇー」
やられ役となった者を含め、言った。
一閃、二閃三閃!
火花が飛び散り金属が嫌な音を立てる。縦横無尽に立ち回るロッテと、中央で待ち構える冥華。ロッテが壁を蹴って冥華の側背から蹴りかかれば冥華はバハムートの装甲と斧を頼りに受ける。竜斬斧の薙ぎ払いがロッテを掠めて副長席に突き刺さると、引き抜く隙にロッテが頭上からの踵を打ち落す。
「ッ‥‥動けるクルーは逃げなさい! もっと‥‥激しくなるわよ!」
「かるい‥‥かるいのう」
斧を引き抜き様に振り上げる冥華。その遠心力を利用して体を浮かすや、転じて上から打ち込む!
甲高い金属音。ロッテのハイキックが過たず斧の横腹を叩く。ロッテが冥華の腹を蹴り飛ばすが、吹っ飛ぶ拍子に払った斧がロッテの胸を薄く裂いていく。
一進一退。まさに傍から見れば死闘と呼べる嵐が、艦橋に吹き荒れていた。いつ決着がつくとも思えぬそれに終止符を打ったのは、
「‥‥冥華もーだめ。つかれた」
そんな、ロッテにだけ聞こえる呟きだった。
盛大に吹っ飛ばされて少尉の足元まで転がる冥華。立ち上がらんとした時、少尉に目配せした。
止めを。痛くないよーに。
が、そのささやかな願いは儚く散る事となる。
「か、覚悟!」「折角楽しくなってきたのに、残念ね!」
一瞬躊躇して発砲した少尉と、躊躇う事なく床に伏す冥華を追撃したロッテ、2人の攻撃が丁度同時に入ったのである。
「う‥‥このよは‥‥むじょー」
艦橋を揺るがす轟音が響き、冥華がバタと倒れた。微動だにしない冥華を見、やや不安を覚えるもロッテが少尉を促す。
「‥‥状況終了。放送で艦内のバグアに即時降伏を求めます」
重々しく少尉が言うと、無線から「よくやった」と艦長の声がした。
●そしてネタばらし
百合歌が艦長を連れて艦橋へ入る。中はパッと見で惨憺たる光景だったが、コンソール等は無事だった。足元には着物の少女が横たわっている。艦長は冥福を祈り、席に向かう。
深く腰掛け、見回す。息をついた。
「‥‥皆、よくやってくれた。こんな時に自分が動けなかったのが無念でならない‥‥が、諸君のおかげで無事奪還できたのは素晴らしく思う」
静かに艦橋に入ってくる小鳥、カルマ、ヒメ。彼らの手には看板が握られていた。様式美の、アレだ。
「諸君は最高のクルーだ。それこそ俺、もとい私がいなくとも何とかなる程な。だが私を排斥するのはやめてくれよ? 私は改めて諸君と共にこの艦で職務を全うしたいと思っているんだ」
「当然です。艦長がいないと責任を被せる人がいなくなりますので!」
「‥‥ま、まぁ少尉の言葉もあながち的外れではないな」
はは、と笑う艦長。それが数日振りの笑顔だった事に、漸く艦長は気付いた。
そして今度は意識的に笑ってみた。どことなく晴やかな気分で立ち上がり、振り向い――、
「ドッキリだいせいこー!!」
そこには傭兵5人やヒメや、にやにやしているクルーが並んでいた。
「‥‥‥‥。‥‥ああマム、助けてくれ。今度こそ艦が乗っ取られちまった」
「ちょ艦長!?」
ふらっと崩れた艦長を支える一行である。慌てて百合歌が水を渡し、
「あの、ね、艦長さん。えーと。う、うふ。ごめんなさーいてへぺろ☆」
のヮの。こんな顔してのたまった。
「で、でもねほら、艦長さんも悪いのよ? 上が頑張りすぎちゃうと下は困るっていうか」
苦笑する百合歌にロッテが補足する。
「確かに前の戦いでは不覚を取ったけど‥‥それは誰の責任でもないわ。そして、それでも生き残った事は艦とクルーの功績でしょう。艦長‥‥いえ、家長でも少しは家族に甘えていいと思うわよ」
「‥‥そうか、それを伝えたいが為に。すまない、諸君。すまない‥‥ありがとう」
簡単に丸め込まれる艦長である。
かくして艦を舞台にした贅沢なドッキリ作戦は綺麗に幕を閉じたのだった‥‥。
<了>
サロンから外を眺めると、母なる星が大迫力で見える。赤い月の消え失せた景色は、ただ美しかった。
ヒメ――リィカは柔らかな金糸を撫でつけ、言う。
「帰港したら別の任務があると思うけれど‥‥何かしらね、次は」
「さぁねぇ。ま、俺がついてく事は決まってっけど」
「火星でも?」「もち!」
カルマが即答し、そういえばと話を変えた。壁に寄りかかり、リィカを見つめる。
「前言いかけた事、覚えてるッスかねぇ」
「‥‥あー、うん」
リィカはカルマの方を向きかけ、所在なげに視線を外した。朱の差した頬が仄暗い灯りに照らされる。
「まー、なんつーか」
「ちょ、ちょっと待って。色々心の準」「いーや、待たねえ」
カルマが左手でリィカの腕を掴む。右手で彼女の腰を引き寄せ、距離は0になった。
吐息が肌に触れる。体温が服越しに伝う。こつん、とカルマが額を合せると、リィカはびくと反応した。
「どんな形になるか解んねーけど。これからずっと一緒にいよう」
間近で視線が絡み合う。リィカが何かを言いかけ、ふと俯いた。体を預けて服に顔を埋める。
両腕を背に回し、くぐもった声で。
「‥‥そ。ま、まぁ? 私は構わないけれど?」