タイトル:【AL】遥かなる大地マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/17 18:25

●オープニング本文


 バグア本星を巡る最終決戦が始まるより僅かに前。
 彼ら――ピエトロ・バリウス要塞に残る戦士達は穏やかに、しめやかに、次の『戦い』の準備をしていた。
 ある者は宇宙の決戦へと赴いた仲間を思いやり、ある者はアフリカの残敵掃討を続ける為に身体を休める。またある者はアフリカ大陸の復興を掲げて方々への連絡を行い、別の者は仲間の死を悼んで自らが立ち上がる為のけじめをつける。
 誰もがほんの少しの休息ののち、再び飛び立っていく。バグア・アフリカ軍がほぼ壊滅した筈であるからといって、全てが片付いたわけではないのだ。
 戦士達は要塞で羽を休め、次なるステージへ上っていく‥‥。

「残敵掃討がもう少し終われば‥‥帰れるんだな‥‥」
 夕刻。
 アロンソ・ビエル(gz0061)は要塞内に備えられている小さなバーの片隅で、ちびちびとグラスを傾ける。
 アフリカの戦争を通じて大いなる自然に触れ、そしてバグア軍とずっと戦い続けた。故郷を殆ど出た事のなかったアロンソにとって、ここはもはや第二の故郷とも言えるようなものだった。だからこそ全てを見届けたい。そして傭兵という身分はそれを許してくれる。
 とはいえ故郷スペイン、ラ・マンチャの様子も気になった。バグア云々の話ではなく、みなはどうしているだろうか、復興できているだろうか、という意味で。
 勿論一時的に帰る事もできた。が、一旦帰ってしまえば今までアフリカで積み上げた己の何かが壊れそうな気も、した。
 それが良い事なのか悪い事なのか、分からないけれど。

 UPCアフリカ軍、某機械化歩兵師団所属、ララ・ブラント少尉は静かに仲間の共同墓地を見つめていた。
 毎日、毎日。これで何度目だろう、大きな墓石を見舞うのは。
 多くの兵が命を失った。彼女の小隊も多くの死者が出た。歩兵は言うに及ばず、部下のKV乗りも3人死んだ。
 彼女は小さく部下達の名前を呟く。死なせてすまないと、今までありがとうを。なんと傲慢なと彼女自身もいつも思うが、墓参りとはそんなものなのだと納得させる。
 もう暫くここにいようか、それとも新たな任務の準備でもしようか。
 砂を多分に含んだ風に髪が揺れる。彼女は目を細め、深呼吸した。

 要塞の一角。猫の額のようにとても小さな、ほんの片隅。
 控えめな木が1本だけ立っているその傍に、誰が立てたのかも分からないような小さな小さな慰霊碑があった。何を慰撫しているのかも分からない、碑と呼べるかも分からない小さなそれだ。
 碑は誰に邪魔される事なく、じっとこの地を見つめる。この地の、復興を。

『ごめんね。助けられなくて、本当にごめん』
 かつて少女の手によって作られた数基――もとい『基』と数えるのにも違和感を覚える程度の数個の小さな墓が、要塞の外壁の傍にあった。
 何も知らぬ者が見れば墓とも気付かないであろう、それら。それらは子ども達の墓だ。敵として葬られた、身元も知れぬ犠牲者達の。
 吹き曝しの風が砂を運んで石を覆わんと、あるいは傷つけんとしてくる。だがそれらは決して埋もれる事はない。何故なら少女が思い続けているから。そして同時に、聡明な少女は砂が一定以上溜まらない『砂漠の死角』に墓を立てていたから。

 大型の輸送ヘリがバラバラと音を立てて滑走路に降り立つ。
 傷病者棟に入院中の暇を持て余した兵達が何だ何だと部屋からそれを眺めていると、ヘリの後部が開かれ、なんと巨大な檻が出てきた。しかも檻の中には気持ちよく熟睡中と思われるライオンやそういった野生動物達だ。
「おいおい、一体いつから動物園になっちまったんだ?」
「そりゃお前、俺達がここで惰眠を貪ってる間にだろう」
「てこたぁ、つまり俺たちゃあいつらと同居しねぇといけねぇのか?」
「眠るのがお仕事同士仲良くってな!」「ヘイ、オットー。ちょうどよかったじゃねぇか、ゴリラ仲間ができるぞ!」
「ミハイロフ、あんたはせいぜいデカイ猫から逃げ回るんだな。ヌーみたいに鈍重なあんたを見たらあの猫が興奮しちまう」
「「HAHAHA!」」
 何やら元気そうである。
 保護していた野生動物達も少しずつ元の場所へ戻し、入院している者達もいずれ原隊に復帰していく。彼らのような者達の希望が潰えない限り、アフリカはきっと蘇る。そんな活気が、傷病者棟にも溢れていた。

 ――そして、彼らは‥‥。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 静謐で、動けば壊れそうな空気。遠く兵達の声が届くが、それもこの世界を前に頭を垂れる。
 外と内を隔絶しているかの如きその中で、幸臼・小鳥(ga0067)は双眸を見開いた。迷いなく弓を打起し、力を込めて引分け。しっかと狙いを定めて息を止め、澱みなく右腕を引き伸ばした。
 一閃。
 重々しい空気を切り裂き、一矢が的を射抜く。小鳥は息を吐ききり、弓を下した。
「むぅー‥‥」
「いつ見ても美しいわね、ニッポンの弓道は‥‥」「ひやぁあ!?」
 と、後ろからロッテ・ヴァステル(ga0066)が声をかけた途端に神聖な何かが霧散する小鳥である。ロッテが苦笑する。
「さっきの凛とした自分を保ちなさいよ小鳥‥‥」
「あ‥‥あれは‥‥えいぎょー用ですぅー。それよりロッテさんは‥‥どうしてここにぃー?」
「少し飲みにでも行かないかとね。広大な大地を見ていたらつい‥‥」
「何で大地で‥‥お酒ぇー‥‥」
「水、的な‥‥?」「謎ですぅー」「あぁもういいじゃない‥‥細かい事は!」
 ロッテがガバッと小鳥に襲い掛かるや、小脇に抱えて駆け出す!
「っいにゃ!?」「貴女も飲める年齢でしょう? 一杯だけよ一杯だけ‥‥」
「にゃぁあん」
 その姿はまさしく少女を手篭めにする悪徳お代官そのものだった。

●魔弾一行のひと時
 からん、とグラスが音を立てる。月影・透夜(ga1806)はマスターに適当に酒を頼み、片肘をついた。
「アロンソ。お前はここの戦いが一段落したらどうする?」
「それが、な」
 自分でも何故か決めきれない、と肩を竦めるアロンソ。辛口のシェリーを飲み干してグラスを戻すと、マスターが注いでくれた。
 軽く揺らして香りを楽しむ。
「戻ってもいいんだが、どうも踏ん切りがつかない」
「宇宙に行く気はないのか?」
「今さら宇宙童貞の俺が行ってどうなる」
「分からんぞ。それらしく突っ走れば意外と突破口を拓けるかもしれん」
「囮かよ」
 くっくと笑いを噛み殺し、透夜がグラスに口をつける。
 仄暗い照明が銀のリングに反射する。どこかエスニック風の音楽がアンニュイな雰囲気を醸し出していた。
「‥‥何を悩んでるのか知らんが。まぁどの道を選ぶにしろ今までの経験は役に立つ。お前は自分で決めた事をやり遂げたんだから」
「俺がどこまで貢献できたかも分からんが」
「胸を張れよ、ドン・キホーテ。自信を持って己を貫け!」
 道化だった彼は旅の終盤に『本当の騎士』を経験した。機知に富んだ郷士は騎士へとなった。一瞬の夢だったかもしれないが、確かになったのだ。そして騎士の自分を信じてくれた人もいた。
 ならば貫かねばなるまい。ラ・マンチャの男として恥ずかしくないように。
「戻ろうとも戻らずとも俺は俺、か」
「当然だ。それに」
 透夜が区切ると、何やら遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。その声はみるみる近付くと、バーの入口で何事か問答し始めた。
 透夜がにやりと笑い、
「お前もそのうち今以上の決断をしないといけない時がくる。この程度で立ち止まるな」

 その声はロッテ達だった。マスターが引き止める。
「お客様、未成年の入店は‥‥」
「にゃっ‥‥? 私‥‥ですぅー?」
 猫のように小脇に抱えられたまま自分を指差す小鳥。こてんと首を傾げる小鳥だが、その仕草こそ見るからに未成年だ。マスターが頷くと小鳥は「にゃー!」と憤慨して見せた。すっくと立って懐をがさごそし、
「わ、私‥‥大人ですぅー‥‥! これ‥‥これぇー!」
「小鳥‥‥不憫な子‥‥」
 身分証を見せて漸く入店を許可される2人である。小鳥が涙目で身分証を仕舞って店内を見回すと、透夜が片手を挙げているのが見えた。
「あら‥‥」ロッテが僅かに声を高くして「同席、いいかしら」
「マスター、2人に軽いものを」
 先程は失礼を、とマスターは謝りつつ棚に揃えられた瓶から何本か選び、シェイカーに注いでいく。
「勝利の前祝ね‥‥」「最後の晩餐には意地でもする気はないな」
 とくとくとグラスに注がれる色鮮やかなカクテル。緑から青へ移ろうそれはエーゲ海を思わせた。
 乾杯。
 ――と。ゆっくり歩くような速さで始まった酒宴だったのだ、が。

「マスター! マティーニを!」
「ヴォトカで?」
「Est libre.小鳥、飲んでる? ねぇ、透夜もアロンソも!!」
 気付けばこんな事になっていた。
 白い肌を紅に染め、ガッと男どもの肩を引っ掴み、何が楽しいのか思いきり笑うロッテ。その姿は都会に適応していた野生児が本来の棲家に戻ったかのようだ。
 いち早く避難せんとした透夜だが、相手は小隊で共に前線を張るロッテだけに一筋縄ではいかない。ミシ、と肩が悲鳴を上げた。
「お、おいロッテ‥‥」
「なぁに透夜。貴方ももっと飲みなさい! さぁ!!」「ぅおぷ!?」
 強引にグラスを口に突っ込まれる透夜。窒息しかけて何とか飲み干すや、彼女の腕から逃れ距離を取った。
「くっ‥‥あまりはっちゃけると‥‥いやいつもの事か問題ないな」
 俺に被害が及ばなければ。
 透夜が牽制しているとどうやらロッテは標的をアロンソに変えたようだ。これ幸いと透夜はチェックを済ませ、アロンソに言う。
「女性をエスコートするのは男の役目だ。ちゃんと連れて帰れよ!」
 戦術的撤退の判断が早い透夜である。
 一方取り残されたアロンソは、
「にゃぁ‥‥あちゅいれすねぇー」「それは拙い倫理的に!?」
 秘かにこちらも酔っていた小鳥が突然脱ぎ出して何かもうアレだ。上下お揃いの花柄下着(●学生っぽい)がちらり。薄暗い照明のせいで無駄に煽情的と思ってしまう自分に絶望した。
「ありょんそさんとあった時は‥‥こんな長いつきあいと‥‥おもわにゃかったれすぅー。頼りないおにーさんが‥‥こんなになっれぇー‥‥みぃんなにみせにいかにゃいとぉー」
「私は伸びると思ってたけど。生意気な‥‥叩き潰したくなる目をしてたわ!」
「うわあ」
「わらしも‥‥思ってましたぁー! 戦いをちゅみ重にぇれつよくなるってぇー!」
「小鳥? 私は、目が合った瞬間に気付いてたと言ってるの。分かる?」
「わ、わらしも‥‥そうれすぅー! 頼りにゃかっらのいっしゅんれすぅー!」
「はぁ? 矛盾してるでしょう!」「しれませんよぅー」
「なにこれこわい」
 何故そこで張り合うのかも謎だが、それより問題なのは2人が自分越しに口論している事だ。しかも大音量。絶賛羞恥プレイ中である。
 こんな時、男には3つの道がある。逃げるか、耐えるか、心を殺すかだ。アロンソは最後のそれを選んだ。
 瞳のハイライトを消して感情を無くし、機械的に酒を飲む。それだけだ。
「ありょんそさん‥‥わからずやのおもちおっぱいを‥‥何とかしれくらさいぃー」
「あぁこれは配慮が足りなかったわね。小鳥には『無い』のを忘れてたわ!」
「うにゃぁあぁ‥‥」
 敗北の2文字から逃れるようにアロンソにしがみ付く小鳥。その光景だけを切り取ると、泣き腫らす少女を支える青年的なノリだった。
「‥‥ありょんそさん‥‥すk‥‥」「あぁ! アロンソ、外で特訓するわよ!」
「え」「早く!」
 有無を言わせず連れ出すロッテ。ついでにマスターも笑顔で早く帰れと告げているのが、アロンソの目に映った。
「騒がせてすまない」
「いや。戦いが終ったらまた来ればいいさ」
 かくしてバーを後にした一行。
 が。彼らの酒宴はまだ始まったばかりだった‥‥。

●暗夜行路
 茜色の光が大地を彩る。
 基地内で2人の娘が狂乱の扉を開かんとしている頃、愛梨(gb5765)は小さな墓の傍で屈んで祈りを捧げていた。黒目がちな瞳を見開き、かつて愛梨が手ずから作った墓を目に焼き付けるように。
「‥‥ちょっとは片付いたよ。貴方達が安眠できるには、まだ足りないけど」
 戦いに勝つ為に、己が切り捨てた子供達。そう思うとどうしようもない澱みが込み上げてくる。
 捨てるとか諦めるとか。そんな事、自分は絶対にしないと決めていたのに。
 ――ごめんは、もう言わない。謝ったところで赦す訳ないもんね。だって。
 だってあたしは、あいつを絶対赦さないから。
 ――だからごめんは1回だけ。代りにこの地を取り戻し、賑やかにする。それが、あたしの答え。
 愛梨は真正面から墓を見つめる。この手にかけた子供の肉の感触が、苦悶の表情が蘇り、吐きそうになった。逆流しかけたそれを呑み込み、前を見据える。
 進まねばならない。過去を受け入れ、確かな現実を踏み締めて。
 愛梨は荷からペットボトルを取り、布に水を染み込ませる。膝をつき、その布で墓を拭っていく。丹念に、慈しむように。
 ――あたしはこの子達と一緒。1人じゃ立てないかもしれない。でも。
 1人じゃないから、立つ事ができる。1人じゃないから、進む事ができる。そしたらこの子達に賑やかな未来を見せる事も、できる。
 一通り綺麗に拭い、立ち上がる。乾いた風が吹き抜けた。
 ――信じても‥‥いいよね、こんなあたしでも。人を‥‥自分を‥‥。
 愛梨のささやかな願いに返事をするように、遠く基地内から陽気な兵達の声が聞こえた。

 傷病者棟の陽気な声を聞きつつ、ムーグ・リード(gc0402)は移送されてくる野生動物を目を細めて眺める。
 やっと復興の第一歩を踏み出せるのだ。
 獣臭い風を全身で受け止める。懐かしい記憶が止め処なく溢れ、眩暈がした。少しずつこの地にとっての当り前が当り前に戻っていく。それが、嬉しかった。
 ぐる、と喉を鳴らして眠る百獣の王を乗せた檻が、傷病者棟の脇を通過していく。入院患者の歓声が一際大きくなった。
「‥‥アリガトウ、ゴザイ、マス」
 動物を保護してくれた関係者に。傷を負ってまで戦ってくれた兵に。この地で頑張ってくれた全ての者に。ムーグは幾度となくその言葉を繰り返す。
 橙の暖かな日差しが眩しく、彼は右手で顔を覆う。眩しすぎて、何かが溢れそうになった。ムーグはそれが零れ落ちないよう空を仰ぐ――と。
「アレ、ハ‥‥」
 遠く視界端に、あの人の姿が過った。

「美しい、な」
 1秒ごとに姿を変え、地平線の彼方へ沈む夕陽。雄大なパノラマを眺め、もといそんな景色に自身が溶け込む感覚すら覚え、杠葉 凛生(gb6638)は独りごちた。
 屋上の風はざらついていて、口を閉じても砂が入り込む。唾を吐き捨て、淵の鉄柵に腕を置いた。体を預けると、ぎぃと錆びた音が鳴る。
 ――随分劣化が早いもんだ。
 凛生は舌打ちし、次にそれを打ち消した。
 気付けばここができて2年以上が経っているのだ。凛生は赤茶けた柵に目を落し、深く息を吐いた。
 空は刻一刻と橙から紫、黒へ色を変えていく。急激に冷え込む空気を肌で感じ、凛生は改めて思う。言い聞かせるように。あるいは何かを拒絶するように。
 ――奪還、したのか‥‥。
 その時、ぎぃとやはり錆びた音を立て背後の扉が開かれた。振り返る事なく、声をかける。
「そろそろここも改築しねえといつか吹き飛ばされんじゃねえか? なぁ、ムーグ」

 背を向けたままの凛生をムーグはじっと見つめる。後ろ手に扉を閉めると、耳障りな音が空に消えた。
「‥‥ソウデス、ネ。長ク、復興ノ、象徴、トシテ、残ル、ヨウ、シナクテハ」
 ゆっくり柵に近付き、地球の丸みを知覚できる程の大空を仰ぐ。目線を下げると、知り合いの少女が滑走路脇を歩いていた。活発な少女は黄昏に彩られ、大人びて見える。
 それが少女らしい自然な成長なのかは、ムーグには解らなかった。
「本当ニ‥‥私達ハ、凄イ所ニ、立ッテ、イマス、ネ」
「‥‥月並な言葉だが。おかえり、とでも言ってくれてるんじゃないか。母なる大地とやらも」
「成程‥‥デハ。タダイマ‥‥遅レテ、スミマセン‥‥」
「ロクでもねえ不良息子だな。何年母ちゃんを放っておいたんだ」
「シ、仕方ナイ、ノ、デス‥‥家ノ、前ニ、鯰ガ、居テ‥‥」
 声を殺して2人は笑う。前を見たままただ純粋に。この穏やかな世界が壊れぬよう、おそるおそる。
 ムーグはひとしきり笑い、徐に言った。
「‥‥凛生サン、ハ」
 戦いはほぼ終り、復興という終りなき旅が始まらんとしている。自分はその旅を一生続けねばならない。なら、貴方は?
「‥‥ドウ、スルノ、デス、カ」
 ムーグの問いに凛生は無言で答える。底冷えする風が吹き、慌てたように夜の帳が下りてくる。
 凛生は懐の煙草を取ろうとし、やめた。
「今後、か」
 味わうように息を吸い、吐く。
 新宿の――己の世界のケジメはとうにつけた。後は自分自身の落し前だけだ。それこそロクでもなかった自分の。その為にも。
「お前の」
 百万言が喉元でつかえる。凛生の脳裏に、いつかムーグに答えた『大人らしい』返事が蘇った。
 いや。凛生が秘かに自嘲する。
 ――大人らしいなどと虚飾に彩られたお為ごかしはもうやめろ。俺が怖かっただけだ。言質を取られるのが、再び喪う恐怖に怯えるのが!
「――お前の」
 凛生が隣に目を向ける。ムーグの真摯な視線と正面からぶつかった。
「力になりたいと思っている。希わくはこれからも‥‥傍で支えていきたいと」
 肌寒い風が言葉をすぐさま押し流す。だがムーグが聞き漏らす事は、なかった。
「‥‥ソウ、デスカ」
 言葉にすればそれは契約になる。契約とは両者を縛る鎖。確かにいつでも引き千切れるものだけれど、繋がっているという、ただそれだけのちっぽけな事実が必要なのだ。気持ちさえ通じていれば言葉はいらないなんて、綺麗事だから。
「デハ、是ガ非デモ、此処ヲ、改築、セネバ‥‥ナ、長ク‥‥」
 想いが溢れて言葉が出ない。声が震えて言葉にならない。我知らず嗚咽が漏れた。
 凛生が懐の煙草に手を伸ばし、銜える。火をつけ、柵に背を預けて空を仰いだ。すっかり夜空だった。
「長い旅に、なりそうだ」
 紫煙を燻らせると、煙越しに瞬き始めた星が見えた。

●そして決戦へ
 共同墓地。そこに愛梨はどれ程いただろう。
 多くの戦いを思い返し、眼前で命を失った人の姿を思い描く。1人1人全てを背負うような聖人君子ではないが、でもできるだけ覚えていたいとも思う。忘れられるのは誰でも嫌だから。
 彼らの戦いの積み重ねがアフリカ、引いては地球の解放に繋がってきたのだ。
「後は本星だけだよ‥‥」
 万感の思いを込め語りかける。決戦に勝利する人類の姿を、彼らが見に来てくれるように。
 と、そこに誰かの足音が聞こえた。横目に確かめる。
「先客か」
 男――透夜が言った。
「もう行くけどね」
「急ぐ必要はないだろう。俺は俺で戦友に挨拶できればそれでいい」
「そ」
 透夜が碑と向き合う。碑にそっと触れ、合掌した。
 ――勝利を持ち帰ってくるぞ。俺は、必ず!
 負ける訳にいかない。自分自身の為にも、この戦争で散った者達の為にも。
「‥‥これが終ったらやりたい事、あるか?」
「あ、あたし? 当然でしょ。未来はこれから始まるんだから」
「そうか。‥‥俺も、同感だ」
 透夜は満足げに頷くと、夜空を仰いだ。きっと勝利を手にするであろう、その戦場を‥‥。