タイトル:青き清浄なる・破マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/19 02:39

●オープニング本文


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 茫洋とした霧の中をたゆたうような浮遊感。
 これは夢だと理解していながら、どうしても起きる事ができない。何度も何度も繰り返し観てきた悪夢。この次に何が来るのか、それすら解っていて、だから早く逃げ出したいのに、愚かな自分は目を覚ましてくれない。
 そのうち霧がさぁっと晴れ、気付けば自分は瓦礫の中で蹲っていた。目の前には醜悪な骸骨のキメラ。圧倒的な恐怖が身体を支配し、震える事すらできない。そんな自分を見下して、表情などない筈の骸骨が嗤った気がした。
 死。
 それが心を覆った時、突然、骸骨や瓦礫や土や、自分の身体さえも弾け飛んだかと思う程の衝撃が、周囲を襲った。朦々と土煙が溢れ、視界は白一色。その白の中からぬっと現れたのは、いかにも正義面した新たな支配者だった。
『ブジカ?』
 ――いいえ、無事ではありません。
 新たな恐怖に耐えかねて一度だけ瞬きすると、目の前の支配者は消え去っていた。
 代わりに現れたのは、愛する弟の無邪気な姿。
『僕、がんばってくるよ! 父さんや母さんが早く安心できるように‥‥姉さんが幸せに暮らせるように!』
 反対したかった。あの時の支配者のようになるんじゃないかって、怖くて仕方がなかった。でも、言えなかった。輝かしい未来を夢見て、物語の主人公に成りきったようにジーノが言うから。
 次にあの子を見たのは、あの子の未来が閉じた後の事だった。あの子は何とかという物を埋め込んだ部分――右腕を、そして右脚を失い、焼け爛れた身体を隠すようにして車椅子で帰宅した。いや、帰宅させられた。
『カレハユウカンニモバグアノマエニタチフサガリシミンノ――』
 UPCだかULTだかいう所の職員が神妙に、けれどいつものルーティンワークだとばかり、慣れた様子で何か口上を垂れてくる。あの子の事を一顧だにしないで。職員の声色は吐きそうな程に生温かい。それでも嘔吐感に耐えながら、考えた。
 どうしてこんな事になったのか。考えるまでもない。支配者がいるからだ。バグアと能力者がいるからだ。
 ――だったら。
 だったら、そんな支配者のいない世界を作ればいいのではないか。きっと皆苦しんでいる。何故なら自分や弟はこんなにも苦しんでいるのだから。そうだ。幸せな、本来あった筈の世界を作ろう。弱者が生きる為に。弱者が幸せになる為に。
 青き清浄なる、世界の為に。

「――志、同志、いかがされましたか」
 エリザ・ブシェッタは同志タルティーニの声に、重い瞼を抉じ開けた。
 いつもの夢か。機嫌の悪さを隠そうともせず、エリザは「何かあったかね」と訊く。
「いえ。強いて挙げるとするならば明日の準備はいかがなものかと心配しておりますが。ただ同志が机に突っ伏して呻いていらしたので」
「‥‥前から思っていたのだがね、タルティーニ君。君は過保護というか‥‥遜りすぎではないかね? 我々は同志ではないか」
「いえ。党として纏まっていくには象徴たる存在が必要なのです。そして今の我々の中でその資格があるのは、同志、貴女以外にありませんので」
「‥‥はぁ、そうかね。あぁ、準備は既に終えているから安心していい。‥‥朝早いわけでもあるまいに、全く細かい男だ」
「それが私の役目ですので」
 ドイツ。幸せな世界を作る為の、新たなステージ。
 向こうでもきっと、同じように苦しんでいる人がいる。

 ◆◆◆◆◆

 イタリア南部、某市郊外。UPC軍基地。
「潜入によって得た情報によると‥‥」
 中佐が書類に目を落とし、確認するように述べる。
 党首はエリザ・ブシェッタ、20代女性。ただしその名で戸籍を調べたところ該当者はいなかった為、偽名であろう。そして最終目標は一般人による超国家的な組織を作る事。だが党員はまだ少ない。また本拠点は探り当てられなかったが、エリザ・ブシェッタを含む幹部数名が近々ベルリンだかドイツのどこだかに移動するとの情報は掴む事ができていた。
「諸君のさらなる調査の結果、移動するのは明日ではないかという話も出てきています。党内にまで偽情報を流して万全を期す可能性もある事から全面的に信用はできない情報ですが、それを信じて動くしかないというのも現状でして」
 ちなみに市内の監視カメラの調査は、映像が不鮮明な事に加えて膨大すぎる量の為に見逃しもあるかもしれないが、報告に上がっている限り気になる人物は見当たらなかったそうだ。つまり、ダメ元でも明日は全力で駅かどこかに網を張るしかないという事である。
 市内に空港はなく、最も近い空港までは車で2時間かかる。よって空港の検閲は向こうに任せる事とし、こちらで張るのは市内の電車、バス、あるいは主要道路等だろうか。
「むやみに騒ぎになるのは良くありませんので、現状、青の党なる反UPC団体の件はUPC本部や各基地等の上層部に触れを出しただけです。勿論ここにいる我々は我々の管轄内において全力を以て青の党を追いますが」
 逆に言えば、よそに行ってしまえば捜索が面倒になるという事である。だからこそ党首が移動する前に捕捉しておきたい。
 欧州の基盤を揺るがせない、その為に。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
伊万里 冬無(ga8209
18歳・♀・AA
大鳥居・麗華(gb0839
21歳・♀・BM
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

 アフリカ難民に扮した、もとい難民そのものであるムーグ・リード(gc0402)は、思索に耽りながら街中を歩いていた。
 組織が望む人材とは兵隊蟻と頭脳に大別できる。演説で蟻を得るとして、なら頭脳は?
 頭脳と聞いてすぐ思いつくのは官僚で、官僚と言えば純粋培養の人間と連想できる。つまり、
 ――大学?
 移動前日に活動しているかは不明だが、ともあれダメ元でムーグは市内唯一の大学に足を運んだ。悠然と構内へ入り、広場を目指す。そうして、
「‥‥見ツケ、タ」
 彼は、写真の女を捕捉した。

●前日準備
「そういや幹部とやらはここに来ねえのか?」
 郊外拠点、室内。
 以前と同じような上質のスーツを着込んだ杠葉 凛生(gb6638)が、架空の援助計画を話し合った直後に男に尋ねた。男は珈琲を嚥下して言う。
「幹部とはここのですか、それとも党?」
「‥‥党のだ」
 僅かに眉を寄せる凛生。紫煙を肺一杯に溜め込み、ゆっくりと吐き出した。
 曰く、党幹部は各地にこれから作る拠点から基本距離を置くらしい。各拠点は各々独立しており、それでいて緻密に連携していく。その調整をするのが、党幹部だ。軍で言えば最高司令部と各方面軍の関係に近いが、党ではエリザ達はあくまで助言者で同志に過ぎないそうだ。
「党本部は直接運営に関わらない?」
「あくまで象徴ですよ。我々は幸せに暮らすその為に、自然と身を寄せ合ったに過ぎません」
「成程な。しかしお前さんがそこまで心酔してるとなると会ってみたくなるな。党幹部になれば会えるのかね」
「はは、では今度話す時に推薦しておきましょう。それと、心酔ではありません。同情、いや共感です」
 そう指摘する男の表情は、UPCに対する煮え滾る怒りを必死に抑えているようだった。

 軍内部では明日の作戦に向けて上へ下への大騒ぎとなっていた。が、市内にその様子を察知される訳にはいかない。明日未明、軍は『偶然』検問を敷く事態に陥らねばならないのだ。
「市外に繋がる全ての道で検問を実施し、全ての列車、ヘリポート、船舶等を臨検する。また上下水道を含めた全ての地下も封鎖せねば」
 巨大な市内地図を前に天野 天魔(gc4365)が無茶を言う。中佐は渋い顔を隠すように机に肘をついた。
「何もかも全てを行う事はできません。地元警察を動員しても物理的に不可能です」
「それでも‥‥全てを捨てても遂行する。それこそが美しいと言えるのだけどね」
「どうしても実施するなら、各地点1人ずつになりますな」
 それではあまりに薄すぎて意味がない。結局検問に重点を置く事となり、彼の提案は下水道のマンホールを封鎖した上で道内に監視カメラを設置する事が採用された。
 天魔はやや憮然として窓際に歩く。今日も空は高く、演説は煩い。
 ――まあいい、かな。軍と俺達が協力する限り。
 走狗たる能力者が煮られない為には新たな狡兎が必要になる。彼は件の党やそれに類する思想に、そんなある種の期待を寄せていた。

 また別の卓では具体的に検問する場所の検討や、各交通機関への問い合せ等が綿密に行われる。
「以前は大した情報を得られませんでしたし、何とかしたいところですわね‥‥」
「ん、すねーくする?」
「スネーク?」
「びこー。だんぼーるかぶればだいじょーぶ」
「?」
 舞 冥華(gb4521)の言葉が全く理解できない大鳥居・麗華(gb0839)である。伊万里 冬無(ga8209)が市内最大の駅を丸で囲み、口端を吊り上げて嗤った。
「んふっ、んふふふふふっ♪ 今回は前のようにはいきませんです。必ず尻尾を掴みますですよ、そして‥‥♪」
「麗華、冬無がこわいー」
「あぁら、冥華ちゃんも何か悪いコトしましたです? でしたらご希望に沿って私がオシオキしてあげますですよ♪」
「してない冥華わるいことしてない」
 ガクブルして麗華に抱きつく冥華だ。
 と悪ふざけしつつ調査の方も欠かさない。冥華の肩に手を置き、麗華は鉄道会社に連絡し、指定席の予約を見せてもらう約束を取り付ける。冬無がついでに貨物車の積荷確認もと口を挟んだ。
「おー。冬無がむずかしーこといってる」
「さて冥華ちゃんはどんなオシオ(略」
 懲りない冥華である。

 地図には次々×がつき、検問所が増えていく。それらを確認しつつ、セシリア・D・篠畑(ga0475)とケイ・リヒャルト(ga0598)は空港、バス、電車、港それぞれの運行表をためつすがめつ見比べる。
 2人は空陸問わず近い時刻に出発する便に着目していた。つまり、一網打尽を避ける市内脱出方法だ。
「‥‥港湾まで‥‥車で90分として‥‥」
 港からイタリア北部まで約500km。そこからドイツまで陸か空で500km。あるいは一旦他国に渡る手段もある。が、そこまで周到に移動するかは不明だった。
「市内から北に出るバスルートは大別して3本、西が4本で東が1本。それだけなら大きく囲めば検問も少なくて済むけれど、問題は細道ね」
 また、今回の検問はわざと大々的に実施して圧力を加えるのも目的の1つとなる。やはり多くの道に人手を割く必要がありそうだった。
「当日のヘリの予約とかはなかったけど‥‥」
「‥‥バス、飛行機、船の予約はこれから確認します」
「了解」
 阿吽の呼吸で効率的に事務作業を進める2人。
 そこに潜入していた凛生が戻ってくると、すぐさま作業を手伝い始めた。
「アパートの解約や粗大ゴミ処理、書店でのドイツ方面地図の購入はどうだ。それに通貨‥‥はユーロで共通か」
 独自の視点――相手側の立場で考える凛生が加わり、調査に深みが増してくる。
 いける。
 調査段階で手応えを掴み始めたその時、凛生の携帯が鳴った。何気なく見ると、
『料亭に寄っていく。馴染みのシェフと会った』
 との旨のメール。相手はムーグだ。首を傾げ――そして唐突に理解した。
 ムーグがエリザとの接触に成功した、と。

●作戦決行
 朝。起床したエリザが見たのは、TVで緊急ニュースとして流されている検問の映像だった。
「む。何と都合の悪い‥‥」
「延期致しますか?」
「‥‥否。これ以上遅れればそのうち戦争が終結するやもしれん」
 終ってから――どちらかの支配が確立してからでは遅いのだ。
 エリザがタルティーニに言うと、この街で最後に見つけた幹部候補と会うべく外出の準備を始めた‥‥。

 当日早朝。秘かに配置についた軍は、朝一でTV、ラジオ各局に警戒を呼びかけた。
『アフリカより逃亡してきたヨリシロが市内に侵入した可能性があり、各所で検問を実施中です。市民には充分な警戒と協力――』
 街頭でも繰り返し流される中佐の声明を聞き流し、天魔は下水道へ下りた。
 ――向こうから逐次連絡が来る予定だけど、備えるに越した事はない。
 最善を期待し、最悪を想定する。それこそ物事を成功させる為に大切な事なのだ。
 そしてそれは、
「上手く穴にかかってくれればいいですけれど」
「今日こそお顔を拝見したいものですね♪」
「いちもーだじーん」
 唯一軍を置かず敢えて『抜け道』とした駅に張り込む冬無や麗華や冥華も、
『‥‥ここで団体予約のあったのは0910時、0944時、1026時、1300時、1800時、1833時‥‥』
『電車と同時刻が0910時と1833時で飛行機とが1300時。セシリア、解ってるかしら?』
『‥‥特に注意しておきます』
 最も多くのバスが発着する乗り場に張り込むセシリアや、最寄の港へ続く道と北上できる道の両方を監視できる地点に停車したケイも、
「市内で騒ぎを起して陽動なんて線はあるか? ‥‥とにかく上層部全体を捕捉さえすりゃあ、後はどうとでもなるんだが」
 郊外拠点に停まっていた車のナンバーを思い浮かべながら大都市ナポリに繋がる道を抑える凛生も、同様だった。朝早くから7人は人知れず張り込み続ける。
 検問の成果なく3時間、6時間とじりじり時が過ぎ、そして。
『Train』
 1755時、ただ一言のメールが携帯を震わせた。

「マサカ、彼ノ、ヨウナ、同行者、ガ、イル、トハ‥‥」
 日は沈み、茜色が刻一刻と黒に変りゆく大禍時。
 ムーグは隣を歩くエリザ、そして彼女が押す車椅子の青年を見下した。
「家族、デス、カ?」
「弟でな。独りにする訳にいかんだろう」
 痩せこけて全身を弛緩させた青年――ジーノは双眸だけが妙にギラついており、ムーグを見る目も厳しい。ムーグは居心地悪く視線を背け、駅へ進む。
 抜け穴と言う名の罠の下へ‥‥。

「来ましたです‥‥!」
 冬無が時計を確認する。1810時。
 エリザとムーグ、そして車椅子が改札外を張っていた冬無と冥華の前を抜け、中に入っていく。改札内の麗華に報告した時、ムーグからの連絡が入った。
『1833N』
 1833時発、ナポリ行。セシリア、ケイ、凛生の考えた方向性自体は合っていたのだ。すぐに冬無達は合流し、後を追う。
「ナポリ、となるとその先はどうなりますの?」
 単純に考えればナポリからローマに、そして国際夜行列車でベルリンか。ともあれ尾行に集中せねば。
「麗華はやくー。えりざにおいてかれるー」
 心なしかいつもより声が高い冥華に促され、電車に駆け込む――。

 何度か乗り換えるうち、ローマに着く頃には7人が合流し、尾行と休憩でローテが組める程度になってくる。
 ムーグは同じ車両から降りてきた天魔の姿を横目で秘かに確認し、我知らず息を吐いた。
「どうした」
「‥‥慣レ、ナイ、電車、デ‥‥」
「そうかね。だが次は中で眠れるぞ」
 車椅子を押しつつ、薄く笑って気遣うエリザ。ムーグは僅かに俯き、彼女から切符を受け取った。ゆっくり改札を抜け、CNLに乗り込む。扉が幾つも連なっており、車掌にその1つへ通された。
 中はムーグにとって狭すぎて腰が痛くなる程。とはいえ一応個室でベッドもあり、敵に襲われる心配もない。それだけで充分だった。
「さて、疲れたところ酷なのだがね」
 エリザが弟を補助してベッドに座らせ、自らも腰掛けてムーグに向き直る。
「イタリアでは時間がなかった故、あまり話せなんだ。少し話したいのだが‥‥なに、ただの雑談だよ」
「‥‥構イ、マセン。私モ、貴女ト、話シ、タイ、デス」
 アフリカを追われた話や欧州で所在無く放浪した話から、最近見たもの、趣味、子供時代の話まで、ムーグは若干の嘘を織り交ぜて色々な話を披露する。その1つ1つにエリザは反応し、またサバンナの話などに目を輝かせた。
「私にできる事はあまりに少ないが、君が故郷を‥‥己を取り戻せるようできる限りの支援をしよう」
「‥‥アリガトウ、ゴザイ、マス」
 と、いつの間にか出発していた列車が大きく揺れ、彼女が弟の体を支えた。そこでムーグが時計を見ると、既に2330時を過ぎていた。彼は懐の携帯を操作し、凛生と通話状態にしたままそういえば、と切り込んでみる。
「弟サン、ハ、バグア、ニ‥‥?」
「うむ? あぁ、うん、まぁ、な‥‥」
 言葉少なにエリザは語る。弟の事。家族の事。能力者の事。そして党の事。
「私には、いや我々には変らんのだよ、バグアもUPCも。甘い餌を撒くか否かの違いしかない。だから創る。逃げる為に。生きる為に」
 構成員の中には両者への憎悪から参加する人もいるだろう。だが自分は、ただバグアやUPCやそういった超越的な何かが怖いだけなのだと。
 無言のままエリザを見つめるムーグ。そんな重苦しい空気を断つように、彼女はベッドに横たわった。

「詳しくないが、一種のアナーキズム的な何かか?」
 同列車、座席。凛生が携帯から聞こえてくる話を聞いて独りごちると、さぁ、と冬無は興味なさげに一刀両断した。
 ――事情なんてどうでもいいです。多数派が異端としたものなら誰にも邪魔されずに破壊できる、ただそれだけですよ‥‥あは、あははははははははっ♪
「ん、よくわかんないけどかわいそかわいそ?」
「‥‥それでも、バグアはともかくわたくし達まで憎む、いえ恐れるのは許せませんわ!」
 冥華は目を伏せ、麗華は調子を崩しつつも憤慨してみせる。
 壁に体を預けた天魔は瞑目して面白げに微笑した。
 ――どう転ぶのか‥‥未だ不明瞭、と‥‥。

 先回りしてベルリンに向かうべく、ローマで空港へ向かったセシリアとケイ。2人は2400時前にベルリンに着くと、そこで凛生を通して話を聞いた。
「‥‥煽動は立派な犯罪、ですが」
 セシリアが淡々と言う。ケイは適当に頷くと、深呼吸してベルリンの空気を吸い込む。
「ドイツ、か‥‥」
 我知らず呟くケイ。鞄の中のカメラに触れ、準備を確認した。
 ここで逃す訳には、いかない。

●ベルリン
 朝日眩しい市街。
 駅についたエリザは携帯で誰かと会話すると、駅前でタクシーを拾う。ムーグが目を細めて周辺を把握しつつ追従し、暫くして降りると、そこは旧市街と現代が融合したような地区だった。
 ――Hacke‥‥sche?
 見かけた駅名を確かめて歩く。多くの店が軒を連ねる中、エリザは1件のカフェに入って奥の席に座った。
「リード君、すまないが黙って従ってほしい」
「? ‥‥ハイ」
 朝食を頼み、普通にパンとサラダを腹に収める。そこでエリザが席を立ち、トイレの方に姿を消した。ムーグも車椅子を押してそちらへ向かう。と、物陰から突然引っ張られた!
 ムーグが戦闘態勢に入る――より早く、女の声が聞こえる。
「静かに。このまま裏口から脱出する」
「‥‥UPC?」
「解らん、が、先程タルティーニ君に念の為と言われてな」
 ――コレ、ナラ、撒カレ、ナイ、筈‥‥。
 ムーグは尾行班に連絡するまでもないと思いつつ裏で会計し、厨房を通って外へ出る。
 空は初夏を感じさせる程に青く、高い。何もかもが見透かされそうな晴天の下、3人は進む。新天地での、仮拠点へ。
「リード君、これから共に理想へ邁進しようではないか」
 車椅子を押しながら、エリザはムーグに壊れそうな微笑を向けた‥‥。

<了>

 2210時、バー・ラインゴルト。
 凛生とムーグは2杯目を頼む事もなく、ただ静かにその場に、いた。何かを求めたくて、けれど手を伸ばせない。そんな、深海に。
「私、ハ‥‥」
 ベルリンの彼らの仮拠点は把握した。後はいつでも料理できる。
 だが、可能なら歩み寄りたい。妥協点は解らない。でも自分も彼らも、ただ幸せに生きたいだけなのだ。仮に今アフリカがバグアから欧州列強の手に渡ったら、自分とて列強と戦う。彼らと何一つ変らない。己の自由を守ろうとしているだけだ。
「‥‥甘イ、デショウ、カ」
 ムーグは濃い影を落した双眸を伏せ、グラスを見つめる。中の丸い氷にヒビが走り、からんと音を立てた。
「それが」
 凛生の脳裏に様々な言葉が浮かび、しかしそのどれもがちっぽけに思えてしまう。そうなれば口を噤むしかない。心優しき彼の奥底に蔓延る闇を払いたいのに、容易に手を伸ばせない。それは自分の為なのか、相手の為なのかも解らない。
 痛くて重い泥濘が凛生を雁字搦めにする。
「‥‥、さあ、な‥‥」
 どこに踏み出せばいいかも解らないから、立ち止まる事しかできない。
 そんな自分に、反吐が出た。