タイトル:【崩月】宇宙からの誘いマスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/07 03:17

●オープニング本文


「ラグランジュ2へ資材集積拠点を設営に向かっていた分艦隊が消息を絶った。状況から、おそらくは通信妨害を併用した奇襲。予想以上の戦力が存在した物と推測される」
 月と地球、カンパネラやバグア本星などの配された作戦図を背に立つUPC士官は、そこまで語ってから傭兵達の様子を伺うように言葉を切った。見つめ返してくる視線に、頷いてから説明を続ける。
「予想会敵地点は、連絡途絶のタイミングからこの範囲。月の裏側であるために確認は出来ないが、おそらく間違いないだろう」
 スクリーンに、艦隊の予測進路と攻撃を受けた予想地点が表示され、そこから無数の矢印が延びた。そのうち幾つかは地球の重力に囚われ、大気圏へ突入する進路を描いている。そのうち幾つかは、既に地上に落ちた後のようだ。
「圧倒的な奇襲を受けた艦隊は、おそらく何らかの情報を我々に託そうとしたであろう。これらの可能性の中から、回収確率の高い物に急ぎ、向かってもらいたい。艦では間に合わん」
 最善は宇宙で回収することだが、危険が伴う。また、地上に落ちた物のうち幾つかはバグアの勢力地域へ強襲が必要だ。
「時間はそう多くは遺されていない。危険は伴うが、傭兵諸君の協力に期待する」

 ――アフリカ北部、ピエトロ・バリウス要塞。
 その求人をリィカ・トローレ(gz0201)――ヒメが聞いたのは、広報を担当する女性兵の1人と話していた時だった。
「エクスカリバー級の‥‥何だったかな、カリブルヌス、とか言ったかな。そこで何か、女性カウンセラーを急募してるって話なんですよ」
「カウンセラー?」
「はい。艦ナカ徒歩0分、皆仲良く明るい職場です!」
「わざわざ怪しい謳い文句にしない!」
「えへへぇー。あ、あと身分さえはっきりしていれば軍属に限定しないそうですよ?」
「んー」
 しかし、本当だとしたら面白そうな話ではある。カウンセリング関係の資格どころか勉強もした事はないが、実家にそういう本はあった気がする。人心掌握的な理由で。それにお金を払って優秀な家庭教師を雇えれば短期間で基礎を詰め込むだけならできるかもしれないし、いざとなればむしろ直接的にお金の力で‥‥。
 ヒメは顎に手を当ててそこまで思案し、思い出したように広報の彼女に礼を言って本場直輸入のマカロンを手渡した。
 ――面白そうではあるし、もしかしたらこれが私の最後の機会かもしれない。けれど‥‥。
 脳裏にはこれまで短くない時間、ここで関わってきた人や出来事。それに。
 それに、きっと。宇宙より地球、それも地に足を着けている時の方が自分らしくいられるだろう――そんなヒト達が、いる。彼、あるいは彼女とは、自分が宇宙に行ってしまっても時々は会えるだろうか。
 ――なんて。何でこんな事考えてるんだ。私は、私がやれる事をやる。それが義務で、目標で、生き甲斐なんだから。
 ヒメがそんな事を考えながら通路を歩いていると、何やら突然騒がしくなってきた。兵達が慌ただしく走って行ったと思えば、遠くから輸送機らしきエンジン音が聞こえてくる。緊急出動といった様相だ。
 と、そこに老執事がやって来て状況を説明してくれた。
 曰く、月の近辺で全滅したと思われるUPCの艦隊が四方に何か情報を詰め込んだカプセルを射出したようなのだが、そのうちの1つが中部アフリカ――それも熱帯雨林に落ちてきたのだそうだ。
 中部アフリカと言えば競合地帯である。しかも熱帯雨林となると、仮に正確な位置が分かっていても、回収自体大変になる。だからこそ可及的速やかに出動し、バグア側が偶然にせよ故意にせよカプセルを破壊する前に回収せねばならない、と。
「お嬢様」
「なに」
 若干目を細め、ヒメが老執事に目を向けた。すると彼はにやりといやらしい笑みを浮かべ、
「サバイバルの準備は既にできておりますぞ」
 などと報告してきた。ヒメが一瞬目を見開き、すぐに胡乱な眼差しに変える。
「‥‥悪いものでも食べた?」
「いえいえ。私めは人類の為を思ってですな」
 わざとらしくのたまう老執事に、ヒメが言った。
「爺やがジャングル好きなんて、ね。けれど、その年で子どもみたいに目を輝かせるのはやめなさい」

 ◆◆◆◆◆

 かちっとスーツを着込み、髪はべたっと撫で付けたオールバック。そのくせ顔はのっぺりとしていてあまり印象に残りそうにない。そんな紳士然とした姿で熱帯雨林の中を歩く男がいた。
 名はドゥアーギ。バグアアフリカ軍に属する男である。
 彼は自らが特別調整した人型機械体を中部アフリカに放ち、またその働きを暫く観察する為に熱帯雨林を訪れていた。
 蒸し暑く、耳障りな鳴き声もそこかしこから響いてくる。さらに茂みからは時折蛇等が飛び出て襲い掛かってくる事まである。
 劣悪な環境と言うしかないのだが、ドゥアーギは意にも介さず無表情で歩き、そして立ち止まった。
「この辺りでいいですかね」
 独りごちて振り返る。そこには何体もの機械体が整然と並んでおり、その一糸乱れぬ行軍にドゥアーギはひとまず満足した。
「君達は適当に暴れていて下さい。――の準備が整うまで、ね」
「かしこまりました」
 若い女の姿の機械体が静々と頭を垂れる。その拍子に、むやみやたらとひらひらした羽衣のような装束がはだけて白く実った双丘が露わになったが、その場の誰も反応を示さなかった。
 女の返事に対してドゥアーギは鷹揚に頷き、そして踵を返した。が、その時。
 木々に覆われた空の隙間。青空の中に白く棚引く何かが過ったと思うや、この世の終わりとすら思えそうな轟音と衝撃が、辺り一帯を支配した‥‥!
「ッ、何なんですか‥‥!」
 思いも寄らぬ事態に、苛立ちを隠す事なくドゥアーギが口元を歪める。
 どうすべきか。面倒だが事態を把握する為に近付くべきか。しかし、何が何だか全く予想もできないものを探すなどという事に労力を割くより、戻って予定を進めた方が有意義ではないか。
 ドゥアーギは僅かに逡巡し、後者――何も見なかったという選択をした。
 彼が何よりも嫌うのは、物事が思い通りに進まない事なのだ。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
ドニー・レイド(gb4089
22歳・♂・JG
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
水晶石(gc8753
20歳・♀・HA

●リプレイ本文

「そいえば、カウンセラー? とかって話聞いたけど」
 愛梨(gb5765)がヒメに言ったのは、植松・カルマ(ga8288)に樹上から周辺確認させている時だった。
「あんたの柄じゃないでしょ」
「‥‥」
 それはもう直球で。ヒメも自覚していた為、返す言葉もない。幸臼・小鳥(ga0067)が苦笑し、ロッテ・ヴァステル(ga0066)が頷いた。
「‥‥確かに」
「そ、それくらい解ってるから! でも実際の就職先と適性は別問題って言うし」
「勘違いしないで。私は賛成よ‥‥宇宙から護りたい場所を見るのも良いわ」
「ですねぇー。悪戦苦闘する姿が‥‥見たいとかでは‥‥ないですよぉー?」
 むしろ自爆している小鳥だが、ひとまずスルーだ。
 むむ、と若干口を尖らせるヒメ。愛梨は鬱蒼とした密林の奥を見つめ、嘆息した。
「別に、苦労する覚悟があるならいいけどね。周りに迷惑かけないなら」
「ご忠告どうも」
 口煩い侍女のようだと思うヒメだが、おそらく愛梨の方が年下である。そう考えると妙に可愛く感じるのだから困りものだ。
 ヒメが愛梨に謎の戦慄を覚えた時、上からカルマの報告が届く。
「アー、南東の方が何か怪しいスけど、高さ足りねーんで距離とかちょっと判らねーッスわ!」
「そ。じゃあ戻って!」
「うィース。あ、あと」
 注視する一行を前にカルマは堂々とのたまった。
「ッヒメっさぁんがカウンセラーならカウンセリングして! 俺の心と体を付きっ切りで!」

●密林を侵食する日常
 担当エリアを7つに分けたうち1つ、南のC区画に進んだ一行は、10人でローラー作戦を展開する。
 小鳥や月影・透夜(ga1806)、愛梨が茂みを刈って覗く一方、ドニー・レイド(gb4089)は上に何か引っかかってないか重点的に見る。またラナ・ヴェクサー(gc1748)が頻繁に樹上へ上ってカプセルの痕跡や敵影を探れば、ロッテは地上で列からやや突出する事で囮となった。
 水晶石(gc8753)はともすれば隣のドニーに接近しがちだったが、初めての依頼とあって仕方ない。
「水晶石さん、もう少しそっちを」
「も、申し訳ありません‥‥」
「あぁいや、大丈夫。それにいざという時は俺や、他にも頼りになる人がいるからね。安心して探そう」
 ありがとうございます、と水晶石が穢れもない微笑を浮かべ、探索を再開する。
 ドニーはその真っ直ぐすぎる視線を受け流すように、薄暗闇に目を向けた。

 その光景を見ていたカルマ。途端に5m程離れた所を探すヒメに向き直ると、
「ヒメさん、もっと近付いてもいいんだぜ? あぁいや、いざって時ァどんだけ離れてても俺が駆けつけるんだけどネ。だから安心して探そうッキリッ!」
「ありがとう、じゃあ爺やについていて」
 適当に流されていた。

「さぁ、て。件の物は何処にあるかしら?」
「1m程のカプセル‥‥です、から‥‥仮に減速無しに衝突していれば‥‥痕跡は大きい筈、ですが‥‥」
 ロッテが首と両肩を回して独りごちると、枝から飛び降りてラナが言う。
「‥‥想定通り減速していれば‥‥苦労しそうです、が‥‥」
「墜ちた跡がある事を‥‥お祈りしましょぅー」
 なむなむと小鳥が祈願し、屈んで腐葉土を探る。腕を動かす度に猫耳と腰が左右に揺れるのが小動物っぽい。
「何かあった?」
「ない‥‥ですぅー。で、でも私が足元を探せば‥‥効率良いですよぉー? 私の背の‥‥背のちいさ‥‥小ささを活かしてぇー!」
 見事な作業分担だ。しかもそれを小鳥自ら言い出したという快挙。ロッテは目頭が熱くなり、気付けば小鳥の頭を思いきりナデナデしていた。

●探索、そして
 1610時。
 30分の探索を終え、南のF区画に足を踏み入れたのはロッテ、小鳥、カルマ、ラナ、ヒメ。5人が列になり、やはり地道に探し歩く。
 が、痕跡すら見当らない。出発地での観測等を鑑みるに、どうやら東のDかGが怪しそうだ。とはいえここも探さねばならない訳だが。
「‥‥ッ、面倒な‥‥」
 ラナは不意に足元の土から跳躍してきた蛇キメラの毒牙を半身捻って躱し、流れのままに後転すると爪を振るった。一瞬の斬撃が敵を刻む。飛び散る血潮まで回避し、ラナはヒメの方を見やった。
「こっちゃ無事ッスよぉ」
「‥‥失礼‥‥」
 大丈夫そうだとラナは判断し、列から突出して歩き始めた。ロッテ、ラナがやや前、他3人が後ろという形だ。
 樹上に猿が現れれば小鳥が魔弓で威嚇し、倒れた巨木が前を塞いでいればカルマの豪腕が幹を叩き割る。そんな単調な作業を30分続け、5人は定時連絡がてら小休止を取る事にした。
「如何やら‥‥此の区画に異常は無いみたいね」
 ロッテが細い幹に背を預け、天を仰ぐ。幾重にも重なった枝葉が何十mと続き、空を覆っている。そろそろ灯りか暗視装置が必要になりそうだ。
 と、カルマがやはり空気を読まず盛り上がる。
「ヒメさん! 休憩といえばほら、アレっしょ!」
「?」「おやつ‥‥ですねぇー?」
 反応したのは小鳥である。
「小鳥ちゃん正解! ほらイケメンの好物といえば?」
「‥‥オイシイもの? 道化という意味で」
「ちっげ、あいやそれも好きスけど。チョコッスよチョコ! あーん、あ――ん!」
 うざい事この上なかった。しかも雛鳥の如く大口を開けて微動だにしない。女性陣、見て見ぬフリだ。
 このままにする訳にいかず、仕方なくヒメが小粒のスニッカーズを放り込んでやった。ありがてぇありがてぇと咀嚼し、カルマがわざとらしく感涙に咽び泣いて野菜ジュースを差し出す。
「はぁ」
 ヒメが疲れたように受け取った――直後だった。
 ガァン!
 耳を劈く銃声と共に、正確無比な狙撃が無防備なカルマを襲ったのは‥‥。

 A班はC区画から東へ移動し、同じく作業を繰り返す。
「カプセルの大きさからしてキメラに呑み込まれてなければいいが」
 透夜が懸念を口にすると、愛梨が爪先立ちで目を瞑り、鼻を突き出しつつ、
「それ以前にどこに落ちたか判らない可能性もあるけどね」
「そこは俺達の能力次第だ。ところで」
 言いかけ、透夜が素早く槍を左の樹に突き刺す。確かめると、巨大蛭が幹に張り付けられたように死骸を曝していた。透夜は顔を顰めて話を続ける。
「で、さっきから何をしてる?」
「‥‥こ、焦げた臭いとか、するかもだし」
 真っ当な理由があるにも拘らず何故か気恥ずかしくなる愛梨である。
 一方でドニーと水晶石は静かに探索し続ける。ドニーは生来の真面目さと兵役経験から、水晶石は緊張からと意味は異なるが、ともあれ2人は息の合った作業だ。
 そしてそれは、
「ブッシュに痕跡を発見」
 成果となって現れた。
 腕を振ってドニーが集合をかけると、4人が駆け寄ってくる。茂みを懐中電灯で照らす水晶石。その光は赤く、できるだけ発見されない工夫が施されているのが判る。
 高い茂みが人を遮るように広がったその向こうが、不自然に窪んでいた。上を見ると、やや離れた所に枝葉が薄くなった所がある。
 そこから覗く空はうっすら茜色に染まっていた。
「早く回収しよう」
「はいっ」
 率先して茂みを掻き分ける水晶石。透夜が周辺に気を配り、愛梨、ドニー、老執事が進む。茂みの先にクレーターのような跡が見えた。
 10分探しただろうか、1m程の泥に埋もれた目的の物を漸く発見した。
「目標の回収に成功」
 慎重にカプセルに触れるドニー。熱はなく、外見にも異常はない。ドニーが赤子を抱くように回収し、茂みから出る。
 そして無線を取り、回収の報を入れ――んとした時だった。
『――ちら――強化人――敵機械――至急――!』
 B班からの救援要請が、鼓膜を震わせた‥‥。

●蠢く戦場
 地を蹴り樹を切り、A班5人はF区画へ急行する。当然老執事は傭兵に着いていけないが、水晶石が隣につき、先頭のドニーが警戒する事で最低限の備えとした。
「状況は!?」
『――銃撃は正確――敵は緊密な連――』
 濃い緑が視界を次々流れ、その中を突っ切っていく。C区画へ到達、巨木と沼で遮られた道を迂回して南へ。
 ひたすら合流を急いだA班だったが、
「止まれ‥‥!」
 ドニーが制止する。透夜、愛梨が腰を落して左右を警戒した。透夜が舌打ちして槍を構える。
「音を立てすぎたか‥‥」
「それとも運が悪かったか、ね」
 愛梨が闇の奥を見晴かす。と同時に銃声が轟き、複数の発砲炎が闇を照らした。
 横っ飛びに躱す愛梨。ドニーが目に焼き付いたそれらへ素早く牽制射撃。透夜が一気に踏み込んだ。
「時間がないんでな‥‥押し通らせてもらう!」

 ガァン!
 正確にカルマの胸に着弾したそれはしかし、
「ッてぇ‥‥誰だゴルァ!?」
 痛い程度で済まされていた。
 カルマの怒声が響き、ロッテ、小鳥、ラナが素早く周辺展開。その間に無線連絡するが、闇の奥からは銃弾の雨が降り注ぎ、また雑音のせいで手早く伝えきれない。そのうち1体が闇から躍り出て肉薄してきた。
 魔矢を射る小鳥。腕で受ける敵。ロッテが一足で懐へ潜り込むや、短剣を前に体ごと突っ込んだ。矢を受けた腕で往なして敵が跳躍する。その脚をロッテのハイキックが弾いた。
「カルマ、いけるわね!?」
「モチ、ヒメさんには指一本触れさせねー!」
「ヒメ君は‥‥側背の敵の把握を‥‥」
「了解」
 ラナが囮となるかの如く大回りに、ロッテと相対する敵へ向かう。敵は打たれた脚を庇いつつ後退せんとしている。小鳥と敵方、弓と銃による支援が応酬し、その中でロッテとラナが目にも留まらぬ演舞を繰り広げる。
 カルマとヒメは警戒して下がる。少しでもC区画の近くにいればA班との合流も早くなる。だがその目論見は、
『こち――敵との交戦を開――――少し、遅れる』
 との連絡で瓦解した。
「目の前の敵を殺すしか道はないッスね」
「幸運にもカプセルは発見済みらしいし、まあ気楽なも」「危ねえ!」
 ヒメを押し倒すカルマ。その頭上を鈍く煌く刃が過った。ヒメの金髪がぱらぱらと地に落ちる。カルマは獣の如く跳ね起き、いつの間にか背後に忍び寄っていた敵へ斬りかかった。
「クソてめー100パー処刑確定だオルァ!」
 重い、もはや破壊そのものを振るうような斬撃が伸び上がる。両脚を切断して尚勢い衰えぬ魔剣。断末魔を上げて敵が地に転がると、カルマは大上段から剣を振り下した。
 圧倒的な死。それは、ロッテ達と対する敵にも衝撃を与えていた。
 撤退の色を見せる敵。闇の奥からの銃撃が激しさを増し、姿を見せていた敵が死に物狂いでロッテに飛びかかった。ロッテが躱し、強烈な蹴撃を連打する。小鳥が闇の中へ死点射を放ち、ラナが地を縮めて侵攻した。
「強化人間‥‥それも極めて‥‥高度な‥‥」
 茫洋と闇に浮かぶ敵影は2。片方が後退する時は片方が銃撃するという理想的連携だった。追撃は面倒そうだ。
 ラナは敗走する敵を捨て置き、A班と合流すべく駆け出した。

 強引に突破しつつ交戦するA班。彼らがB班の無事を知ったのは、左右からの銃撃を捌いている時だった。
「ドニー、背のカプセルは必ず守り抜け」
「了解。代りと言ってはなんだけど」
「ああ、あいつらの事は」透夜が水晶石達に接近せんとしていた敵へ突っ込む。「任せろ!」
 幹を蹴って跳躍するや、頭上から槍で薙ぎ払う。着地と同時に背後へ斬り上げ、水晶石と敵の間に割って入った。
 敵は銃撃を水晶石に集中してくる。物陰に向かう水晶石と老執事だが、回り込むように敵も移動して射線を外さない。遂に2、3と彼女達を捉えた。
「っ!」
 悲鳴を堪え、ステッキを翳す水晶石。電磁波が敵の1人を拘束し、その隙を愛梨と透夜が衝いた。刀と槍、2人の斬撃が十字となって敵を刻む!
「水晶石さん、こっちへ!」
「は、い‥‥!」
 ドニーと合流せんとする水晶石。が――その白い脚を、伸ばした腕を、傍若無人な鉛玉が紅に染め上げた。
 ドニーの眼前でくずおれる水晶石。老執事もまた腹に銃弾を喰らって地に伏した。
「くっ‥‥!」
 ドニーが水晶石の体を支えつつ倒れ伏す。
 守るものが多すぎた。中距離を維持して戦う複数相手では、どう考えても手数不足だ。
 その時、それを同じく悟っていた愛梨が、不意にこんな事を叫び出した。
「あたしは‥‥あたしは知ってる! あんた達の作戦は筒抜けよドゥアーギ!」
 それはハッタリ、賭けだった。
 以前見た機械体。それを裏で操っていたのがドゥアーギなるバグアだった。ならばこれも奴の仕業に違いない。だからこう言えば何か反応がある、と。
「折角ロケランでも撃ち込んでやろうとしたのにね! あはは、生憎不発だったけど!」
 果たしてその賭けは――失敗だった。
 木陰から黒幕が出てくる事もなければ、レコーダーから声がする訳でもない。愛梨の賭けは静寂の中で雲散霧消した。
 だがそれは、別の成功を齎した。そう、『静寂』だ。
『ドゥアーギ』という名に機械体が反応したのか、気付けば銃撃が止んでいる。
「?」
「ッ好機だ、やるぞ!」
 真っ先に動いたのは透夜。次いで愛梨が間近の敵へ肉薄する。袈裟斬り、返して逆袈裟。慌てて跳び退く敵。3体が集合して態勢を立て直そうとするが、そこに新たな戦力が到着した。
「カプセル保持者は‥‥退避を‥‥」
 神速の影が木々の間を抜け、瞬く間に機械体を襲う。翻る刃。波打つ金糸。それは全身を雷光に包まれた、ラナの姿!
 それが、完全に天秤の傾いた瞬間だった。3人が集合した敵に襲いかかり、次いでロッテ達も到着して加勢する。逃亡せんとした敵だったがそれも阻まれ、20秒と経たぬうち殲滅された。
 戦況が傾いてしまえばあっという間という戦闘の危うさを体現する、まさに紙一重の勝利と言えた‥‥。

<了>

 一行が出発地に戻ってきたのは1730時を過ぎた頃だった。
 密林の中の広場に待機していた高速艇にカプセルを持ったドニー、傷ついた水晶石と老執事を先に乗せ、残る7人も乗り込んでいく。
「リィカちゃん」
 最後尾。カルマの声に彼女が振り返る。勝気な双眸に射抜かれ、カルマはいつもの追従する笑みを浮かべそうになり、慌てて頭を振った。
 挑むように見上げてくるヒメ――リィカをじっと見つめ、
「宇宙行きたいとか聞いたんスけど」
「それが?」
「アー。ま、大変な時ァイケメンが手伝ってや‥‥」
 ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟るカルマ。少女は落胆したように高速艇に歩き出す。その腕を掴み、カルマが言葉を紡ぐ。
 格好悪い、己の『マジ』に向き合って。
「や、だから。‥‥宇宙行ってやれる事やりたいなら、やろうぜ。俺も手伝う。手伝わせてくれ。俺が、リィカちゃんを手伝いてーんだ。タマ張ってよ、マジで、ずっと」
 底を見透かされるのが嫌で、できれば逃げていたい本気。でもそれではいつまでも変らない。だからもう、誤魔化さない。
 漸く吐き出したカルマの本気。
 リィカは顔を伏せて深呼吸すると、掴まれた腕をゆっくりと払い、咳払いして言った。
「‥‥そ。じゃあ折角だから私がきちんと使い潰してあげる。だ、だから‥‥覚悟しとくように」

 そして、月を巡る戦いが始まる――。