●リプレイ本文
「ふにゃぁあぁっ!?」
か細い悲鳴と銃声が重なって密林に反響する!
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が咄嗟に悲鳴の主――幸臼・小鳥(
ga0067)を小脇に抱え、アロンソを巻き込んで地に伏せると、僅かに顔を上げた。
「いきなり手荒い歓迎をしてくれるわね‥‥!」
「ひん‥‥目が‥‥目がぁー‥‥」
顔面から腐葉土に突っ込んだ小鳥が呻く。そこに、銃声に劣らぬ大音声が響いた。
「ロッテ、無事だな!?」
月影・透夜(
ga1806)だ。
「当然!」
「よし‥‥しかし、待ち構えていたというより互いに遭遇してしまったようだ」
先制できなかったのは痛いな、と透夜。木陰から前を覗いてみるが、途端に銃弾の嵐が頬を掠め、素直に顔を引っ込めた。
透夜が頬の血を拭い皆に「今は動くな」と警告する。龍深城・我斬(
ga8283)と舞 冥華(
gb4521)がやはり咄嗟に隠れた物陰で首肯した。
「後手に回ったか‥‥待ち伏せられてたんなら罠の1つや2つ‥‥」
「いや、それならより周到に奇襲する筈だ。回避できない程な」
「それもそうか。っかし、あの声‥‥」
「ん、へんなおっさんいきてた? あんなずたぼろーにしたのにちょっとすごいかも。むむ、冥華のぜかりあーといーしょーぶ?」
「知らん知らん」
我斬も冥華も先程の声に覚えがあった。
ガンボ・ドグサ。PB要塞を急襲してきた1人だ。
「まず態勢を立て直したいが」
我斬が暗闇の向こうを見据えSMGを構えた時、再び前方から男――ガンボの声が聞こえてきた。
「人間ども、せいぜい我を愉しませろ! どうした、来んのなら我からゆくぞぉ!」
「悠長な事は言ってられないな」透夜が決意するように、「仕掛けるぞロッテ。小鳥、アロンソ、援護頼んだ!」
言うや、低姿勢のまま木陰から躍り出た‥‥!
●思い巡る
耳を聾する銃声と、降り注ぐ弾雨。
ムーグ・リード(
gc0402)は巨躯を誇るが如く胸を張り、徐に無骨な盾をドンと構えた。
「怪我ハ、アリ、マセン、カ」
「‥‥悪い」
背後には杠葉 凛生(
gb6638)と黒木 霧香(
gc8759)。ムーグが肩越しに後ろを見ると片膝ついた凛生と不意に目が合い、すぐに背けた。敵の方を向くのだと自らに言い聞かせながら。
「‥‥『戦友』、トシテ、当然、デス‥‥」
空虚な言葉が密林に溶ける。
霧香は違和感を覚えるも、礼を言ってムーグに微笑した。
「さっきの声。敵、でしょうか」
「‥‥破天荒、ナ、武人、デス。トテモ、一本気デ‥‥トテモ、響く、声ノ‥‥」
踏み出す勇気も、どこに踏み出すのかも定まらぬ自分とは違う、ただ欲望に忠実な、敵。
無言でムーグは敵のいるらしき闇の奥を見晴かす。そんな彼に、霧香は疑問を覚えた。何で好意的なのかと。
「え、と。敵ですよね?」
「ソウ、デス」
「好きなんですか?」
閃光弾のピンを抜き、探査の眼を発動させていた凛生が数瞬動きを止める。ただの会話にすら神経質になる己に、反吐が出た。
ムーグが目を瞑り、深呼吸する。
「‥‥嫌いニハ、ナレナイ、デス」
「嫌いじゃなくて戦って、殺すんですか?」
「敵、デス、カラ」
「‥‥強い、ですね」
認め、受け入れた上で戦う。それは何かを異物としてただ排除するより、きっと強い。
霧香がムーグの大きな背を見つめる。ムーグはその視線を感じつつ、自ら囮となるべく前へ踏み出した。
「‥‥ムーグ」
凛生は百万言より尊いたった1つの言葉を掬い取れず、ただ目先の作戦を口にする。
「閃光弾を合図に突っ込む。少しの間、頼んだ」
●駆け引き
「久しいわね、ガンボ。此方も不完全燃焼だったのよ‥‥!」
「ここで会ったが‥‥100年目‥‥ですぅー。決着を‥‥つけましょぅー!」
ロッテが跳び、透夜が駆ける。小鳥とアロンソが一拍遅れて続き、鬱蒼とした密林を見通さんとする。左右からはリズムよく銃弾が放たれ、その度に足元で埃が舞った。
抑えた弾道。が、構わず4人は走る。暗い視界。ロッテ、透夜を先頭とした四角形を保ったまま。気付けば銃撃はなくなっていた。
そして10秒経った頃か。樹の上部を警戒していた透夜が、間一髪それを発見した。
「ッ上だ!」「ぬぅあぁああああああぁ!!」
考えるより先に動く体。透夜を除く3人が横っ飛びし、当の透夜は上――ガンボがボディプレスの如く飛び掛ってくるのを、両手の槍で受け止めた!
「おぉおおおぉおぉおお!」
「ぬぅうん!!」
ズゥン‥‥!
体が悲鳴を上げ、踏ん張った足が土に沈む。透夜は左右の槍を無理矢理払うと、素早く間合いを取った。
「相変らず堅いな‥‥だが!」
透夜とロッテが同時に地を蹴り、小鳥とアロンソが各々の得物を放つ!
ガンボがいるらしき正面奥へ4人が向かうのと相前後し、ムーグは盾を構えて前進した。敵銃撃は次第にムーグに移り、彼の目論見通りとなる。が。盾で受ける衝撃を鑑みるに、左右の銃撃がなくなってきていた。どうやら敵は前へ集合しているようだ。
背後からの凛生の狙撃が闇の奥へ消える。と、射線の先がパッと光に照らされた。日光を遮る枝を撃ったのだ。慌てて敵が右へ跳んだ。ムーグがさらに歩を進める。
その時、遥か前方で閃光弾が炸裂した。
「っし行くぜ!!」「ん? 冥華もいくー」
同時に飛び出す我斬と冥華。我斬は敵右翼、冥華はムーグと共に真正面へ。3人は瞬く間に森を駆けるや、40m先の茂みで突撃銃を構えていた敵の懐へ飛び込んだ。
3人が、3体へ。
我斬が混血の爪で引き裂く。ムーグが地獄の番犬を轟かせる。冥華が竜殺しの斧を振り抜く。
その、直後。
「――――っ!?」
甲高い声と銃声が『背後から』鳴り響いた。
凛生が長距離狙撃でムーグを援護する一方、霧香は凛生の傍で盾を突き立て、それに触れたまま瞑目して振動を感じ取っていた。
敵の位置を少しでも正確に把握する為。霧香の頬に一筋の汗が流れ、腐葉土へ垂れる。その些細な音すら邪魔な程、霧香は集中する。
「1時方向に‥‥複数‥‥距離60‥‥いえ、50‥‥?」
『おまかせー』
「別に‥‥10時から12時方向へ移動中の敵‥‥」
『応!』
「それと‥‥」
霧香がさらに読み解こうとした、刹那。
ガサ、と音がした。すぐ、真後ろで。
「杠葉さ‥‥――っ!?」
凛生が振り返る間もなく体を捻って発砲。同時に敵の銃が火を噴いた‥‥!
●機械体
魔矢がガンボに突き立ち、ロッテの短剣が腹を削る。間髪入れず左脚を蹴り上げ土諸共敵の腹を抉ると体を捻り、巻き込み気味の右ハイで敵を地に倒さんとした。が、強靭な肉体がロッテの右脚を受け、敵はその脚に手を伸ばす。
咄嗟に体を丸めて躱すロッテ。透夜が敵の右から神速の刺突を繰り出す。2、3、4と連続する刺突に、流石のガンボも受けざるを得ない。その間にロッテが退避し、代りとばかりアロンソが銃を連射した。それは跳弾となって頭上から敵を襲う。
「月影サン!」
「KVの攻撃も耐える奴だ、遠慮どころかオーバーキルでいくぞ!」
小鳥の一矢が脚を貫き敵体勢を崩す。透夜の左右の連翹が煌き、目にも映らぬ斬撃が敵へ叩き込まれた。
が。
「やるのう小僧!」
「お前を愉しませる為にやったんじゃないがな」
「そう言わずに愉しませてあげましょう、透夜」ロッテが敵頭上から渾身の踵落しを繰り出す! 「永遠に忘れられない、死の悦びを‥‥!」
ガァン‥‥!
ほぼ同時に放たれた銃弾は各々の標的へ過たず吸い込まれる。機械体の弾は霧香へ、凛生のそれは敵へ。
一瞬の静寂。直後、両者の後ろに血煙がパッと弾けた。
「っ!」「下がれ!」
横転しながら連射する凛生。敵は後ろへ跳んで霧香を狙い、1発が首を掠める。霧香は茂みに転がり込んでオーブを構えるが、その時には既に凛生と敵が至近距離の銃撃戦を繰り広げていた。
「前衛を引き付けて迂回。随分頭が回るじゃねえか」
「‥‥」
飛び交う銃弾。紙一重で躱し、あるいは致命傷を避ける両者。凛生が元の位置まで走り銃撃する。タタタンと敵は3点バーストで狙ってきた。爆ぜる足元。凛生は盾に隠れ、銃口だけ出して適当に応射した。敵が右へ回り込む。追って凛生が撃つ。霧香が予想進路へ闇弾を放ったが、敵は突如跳ねるように曲がった。
――野性の勘とかいうあれですか。
霧香が僅かに眉を顰めたその時、凛生が敵の着地点を狙い撃った。連射連射連射!
「ぐ‥‥!?」
敵が体勢を崩しつつ腕を振ると、不意に殺気が溢れた。迷いなく伏せる凛生。真上スレスレを何かが過り、幹に刺さった。凛生が敵に向き直る――寸前、その樹の上から、野良の蛇キメラが落ちてきた。
舌打ちして撃ち殺す凛生。が、その間に機械体は闇の奥へ逃亡していた。
「ムー‥‥」凛生が言い直す。「前衛に追いつく。走れるな」
「はい!」
打てば響く反応が心地良い。霧香は痛みを物ともせず駆け出した。
冥華は竜の咆哮で強引に弾いて敵陣形を崩し、自身も前進して斧をぶん回す。短い銃剣で辛うじて受ける敵。がくんと腰を落した敵へ冥華が大上段から振り下す!
「じばーくとか、する?」
「‥‥」
「わかんなーいだと冥華どっかーんってしないとだから、お助けしてあげたいけどだめで、でもいってくれたら冥華かんしゃのお歌うたう」
「‥‥」
「‥‥ん、冥華なむなむする。だから」
無言で交戦し続ける敵を、冥華が思いきり薙ぎ払う。が、敵は倒れないばかりか左へ逃げ、我斬と戦う機械体と合流せんとした。
一方我斬は、
「まーた人っぽい何かか。流石に今回は殺し方を選択できる余裕ないぞ!」
などと言いつつ押していた。豪腕が振るわれる度に紅が散り、同様に敵の斬撃が我斬の体を刻む。攻撃しては離れるを繰り返す両者だが、それはヒット&アウェイと言うより居合い同士の刹那の衝突のようだ。
そこに冥華達が乱入してきたのだ。戦いは一瞬で2vs2の乱戦へ激変した。
我斬が敵2体の間を駆け抜け撹乱する。冥華が正面から斧を叩きつける。敵は前後衛に分かれ、巧みに我斬達を削っていく。戦いは長期戦の様相を呈し始めた。
その時だった。凛生達から逃れた敵が、冥華の背後に現れたのは。
「冥華!」
「能力者‥‥排除‥‥」
虚ろな台詞と共に突き出された敵の銃剣が、冥華の体を装甲ごと貫く。
ごぽ、とどす黒い血を吐き出してくずおれる冥華。だが我斬に冥華の安否を気遣う余裕はない。1vs3。流石に我斬が頬を歪めた、次の瞬間。
「今、行き、マス‥‥!」
自らの敵を単独で撃破したムーグが、横の茂みから敵へ飛びかかった‥‥!
我斬が合せて敵へ突っ込む。と、どこかからの銃弾が敵を穿った。さらに闇弾の追撃。凛生と霧香だ。これで4vs3。
「霧香、冥華を頼む!」「はい」
勝利を確信して我斬がムーグに並び立つ。そしてその確信は、20秒と経たぬうち現実となったのである。
●ガンボ・ドグサ
「それが貴様らの本気かぁ!? 全力で我を殺してみせい!!」
ガンボがラリアットの如く体当りしてくると、ロッテは宙を蹴って頭上へ躱した。枝を掴んで回転、撓りを利用して踵落しを狙うが、ガンボは首を逸らして肩で受ける。すぐさま足首を掴み、膂力に任せて大樹へロッテを叩きつけた。
「ッ、‥‥!」
強烈な衝撃と、骨の砕ける嫌な音。ガンボがそのままロッテを弄ばんとした時、透夜が敵の右から猛然と突きかかった。
1本が2本、2本が4本、それ以上にすら見える神速の槍術。影が実体を持って襲うが如き刺突は、敵を次第に死へ近づける。だが鋼の肉体に致命傷を与えられない。透夜がロッテを救い出して一息つくと、小鳥とアロンソが容赦ない射撃を加えた。
「クソ、こうなれば俺が正面から敵を縫い止め‥‥」
「それは、私の役目よ」
命すら賭してガンボに決定的な隙を作らんとするアロンソを、ロッテが射抜くように睨めつけた。
「魔弾隊長たる私の‥‥!」
「いいや。俺と、お前の役目だ」
悠然とこちらを待ち構えているガンボを見据え、透夜。
彼とて満身創痍に近い。だからこそ、一気呵成に終らせる。ジリ貧で死ぬなど以ての外だ。
「ロッテ、奴の後ろへ。一気にやるぞ」
「死点射で‥‥決めますぅー!」
4人がガンボと正対する。
ジリと左に動くロッテ。敵がロッテを注視し、腰を落す。小鳥が4本の矢を番えた。アロンソの銃口が敵の心臓を狙い、透夜が半身で構えて槍を隠す。
木々が風にざわめいた。瞬間。
「疾ク、鎮メ、同胞‥‥! 貴方、ニ、魂、在ル、ナラバ!!」
ガンボと4人、両者の死角から巨漢の戦士が飛び出すと、一瞬でガンボへ肉薄して裂帛の気合と共に腹を蹴り上げた!
が。
「ぬぅう!? 見事なり、狩人! 正も邪も栄誉も恥辱もない、これぞ剥き出しの戦よ!!」
不意打ちで天地撃を喰らい、宙へ打ち上げられて尚、敵は笑っていた。ムーグはその姿に、どこか心が湧き上がる感覚を覚える。だがそれを確かめる余裕はない。
ロッテ、透夜が一気に詰める。小鳥が渾身の死点射を放ち、アロンソが宙の敵へ撃ちまくる。我斬まで駆けつけ6人となった力が、宙のガンボへ集中する。
一心不乱に、ただ眼前の敵を殺す為。そして、
「此の森で土に還りなさい‥‥ラ・ソメイユ・ペジーブル」
誰の一撃が致命傷となったのか。それすら判らぬ一斉攻撃が、敵を仕留めた‥‥。
‥‥‥‥
‥‥
‥
「は、‥‥それが貴様ら‥‥全力か‥‥!」
横たわったガンボが弱々しく口端を吊り上げる。血に塗れ右半身を失った姿は、薄暗い密林と相俟って酷く無残に見えた。
微かに上下する胸を見つめ、我斬が舌打ちする。
「それしか言えんのか、お前さんは。戦いしか楽しみがねえのかよ」
「『しか』か‥‥は、ははは、しか! しかか!」
「な、何だよ!?」
我斬の詰問には答えぬガンボ。我斬は苛立たしげに土を蹴った。
「クソ、もう知らん! さっさと此処でのたれ死ね、憶えててなんかやらねえよ!」
興味失せたとばかり周辺警戒に出る我斬。
刻一刻と死の影は濃くなっていく。ムーグは両膝をつくと、頭を垂れて瞑目した。
「‥‥楽しカッタ、デス、カ」
「‥‥、‥‥あのいちげ‥‥きさ‥‥たま‥‥‥‥」
同化して未知を学ぶバグアが何かを伝えんと口にした言葉は、けれどムーグの耳に届かず雲散霧消する。そして次の瞬間、ガンボは呆気なく永劫の無へ旅立った。
霧香が冥華を治療しながらムーグの横顔を見つめる。そこには、憧憬のような色が浮かんでいた。
付近の警戒から戻ってきた凛生が、丸まった背に声をかける。
「行くぞ。日が暮れる前に探索を終えねばならん」
「‥‥。一歩ズツ、進んデ、イル、ノ、デショウ、カ。アフリカ、ノ、解放、ハ‥‥」
「‥‥確実に、な。そして‥‥」
その先は凛生も、ムーグも口に出せなかった。
出せば、それが確定された未来になるから‥‥。
「アロンソさん‥‥怪我はない‥‥ですかぁ?」
「ああ、何とかな」
小鳥が微笑し天を仰ぐと、密林の間から茜色の空が垣間見えた。
ガンボは死に、人類圏の確立も少しずつ進んでいく。
アフリカの戦局は、終盤へ移行しようとしていた‥‥。