タイトル:【叢雲】忍び寄る悪夢マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/12 04:11

●オープニング本文


 月と地球の拮抗点――L4。
 そこには、かつて幻の雲と言われたそれを再現したかの如き霞が広がっていた。天文学者が大喜びしそうな光景に見えなくはない。しかし今、調査艦隊の目の前に広がるその雲は、バグアの兵器であった。
 というのも、調査の為に接近したKVや艦に雲の中から光線が降り注いできたのだ。
 思いがけない交戦。適度に応戦しながら後退した一行は、雲に付かず離れずの距離を保ってデータの分析に入った。そして分かったのは――
 雲はその内部のどこかから光線を放つ事ができるという点。またこちらの非物理攻撃すら乱反射して威力を異常なまでに増幅させた上で、跳ね返す事ができるという点。雲を形成する微粒子のようなものにFFが張られている点。そして、雲自体にジャミング能力があるという点。
 調査艦隊と言うからには雲内部の調査をせねば充分に役割を果たしたとは言えない。が、その為にはかなりのリスクを冒す必要がありそうだった‥‥。

「状況は」
「ムラサメ、僚艦共に致命的損害はありません」
「そうか」
 エクスカリバー級巡洋艦ムラサメ。その艦橋中央に座する黛秀雄は雲を睨みつけるようにモニタを見つめながら、思考を巡らせる。
 ジャミングがあるからには、おいそれとKV編隊のみを行かせたり隊を分けて突入したりする事は危険すぎる。またこの『雲』が幻の雲と同等の広がりを有しているのなら、KVだけでは手に余る広さだ。その上、雲に突入すれば四方八方から攻撃を受ける可能性があるのだから、KV編隊が行った先に待つのはおそらく彼らの死だ。しかもそれだけ危険を冒していながら、もしも内部に確固たる敵性個体を見つけてもそれを打倒する為の打撃力が小さいのだから、全くどうしようもない。
 となると、内部を調査する為には艦隊ごと突入するしかないわけだが‥‥。
「艦長、ここは一度撤退し、しかるべき戦力を整えたのちに攻略した方が‥‥」
 艦橋要員の誰かがそんな事を言ってくる。
 黛秀雄はその言葉を認識した瞬間、カチンと、スイッチが入ったのが自分でも分かった。
「今のは誰だ! 名乗り出ろ!」
「‥‥」
「名乗り出んかぁ!!」
「「‥‥」」
「‥‥ふん、上官の命令も聞けん馬鹿が‥‥」
 一瞬にして沸騰した頭が冷める事はない。彼は肘掛けを掴んで荒々しく立ち上がると、堪忍袋の緒が切れたように言葉を続けた。
「‥‥よぉく分かった。ならば命令する。我々調査艦隊はこれよりコーディレフスキー雲へ突入して内部を調査、また敵性個体を発見した場合はただちにこれを撃破する!!」
「なっ‥‥!?」
「ふん、一度戻るだと? その間に雲がどこかへ消えたらどうする。また大型封鎖衛星が出たらどうする! 地中海のように生温い貴様らに合わせてスマートにやってやろうと思っておったがな、もうやめだ。‥‥いいか、我々は何だ!?」
「は、調査艦隊です!」
「調査艦隊とは何だ!!?」
「‥‥未知を調査し、脅威に備える事です!」
「否ぁ! 我々は捨て駒だ! 調査艦隊という名の先兵だ!! 先兵とは即ち命を捨てる事に他ならぬ! 命を以て本隊の道を切り拓き、勝利の礎となる事が仕事である!!」
 黛秀雄が泡を飛ばして怒鳴り散らす。
 真っ赤な顔。額に浮き出た血管。腕を大げさに振って長広舌を振るう彼の姿は、まさに猪丸の名に相応しい猪突猛進ぶりだった。
「いいか、命を捨てろ! 我ら先兵ただ眼前の未知に挑み、そして果てるのみ! 未知の脅威を既知の脅威とする為に命を捨てる‥‥それが我ら調査艦隊の使命である!!」
「‥‥‥‥」
「全艦最大戦速――目標、コーディレフスキー雲中枢!」
 調査艦隊は進む。決死の調査を敢行する、その為に‥‥。

 ◆◆◆◆◆

 かくして雲に突入した一行。
 せめてもの抵抗として周辺の雲を掃討する為に直掩KV編隊を展開し、雲の中心と思しき方位へ向かってただひたすら邁進する。そしてもしも内部に『敵』がいれば、あらん限りの銃砲火を浴びせて撃破する。
 ある意味分かりやすい作戦だった。

 ムラサメ艦橋。
 前面パネルは靄がかかったように雲を映すばかりで、暗き宇宙も何も見えなかった。僚艦との通信も雑音だらけで、通信管制はほぼ開店休業状態。一方で操舵手は360度全方位から飛来する敵光線の対応に追われ、息つく暇もない。
 緩慢な艦の回避行動とKVの献身的努力によって致命的損害をぎりぎりで避けつつ、ただただ艦は無音の中で航行する。
 黛秀雄がすっかり落ち着いた口調で「状況は」と尋ねながら席に座った。
 そんな時。
 彼の視界に白い雲が映った。モニタ越しではない。どこかから艦橋に侵入したらしき、雲だ。それがゆっくりと、入口の方から漂ってきていた。
「KVの補給か何かの時に入り込んだのか?」
 彼が胡乱げに呟いたその時。
 どさ、と。
 艦橋後方のコンソールで作業していたクルーが、足元から崩れるように倒れた。
「!?」「き、きゃあぁぁああああああああぁあああぁああああああああああぁああ!!」
「ッ‥‥非常警報!」
 女性士官の悲鳴が耳朶を打つ中、彼は素早く警報を発令した。
 艦内に煩く響くアラート。赤色灯が焦燥感を煽り、どうしようもない危機感を演出する。
「艦内に雲が侵入した。待機中の全クルーは艦後方へ集合。能力者は雲を発見次第これを撃破しろ」
 艦橋に詰めていた男性能力者が、非効率的だと悟りながらも雲に向かって剣を振るう。するとぱぢゅ、と何かが爆ぜるように雲が光った。
 手応えを感じたのか、能力者は袈裟に斬り、翻って払い、突く。刃が雲を斬り裂く度に、艦橋に侵入した雲は小さくなっていく。そして10秒もしないうち、雲は完全に消滅していた。
 よくやった、と黛英雄が能力者を労いつつ、クルーに酸素マスクの着用を命令する。自身もマスクを装着すると、くぐもった声で叱咤した。
「狼狽えるな! 仲間を信じて突き進め!!」

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
黒木 霧香(gc8759
17歳・♀・HA

●リプレイ本文

 耳障りな警報が響き、赤色灯が艦内を照らす。
 ひとまず警報だけ解除させる艦長を横目に、ロッテ・ヴァステル(ga0066)、智久 百合歌(ga4980)、メシア・ローザリア(gb6467)は強化服付属のメットを被り、周囲を警戒する。舞 冥華(gb4521)のみAU‐KVを装着してどことなくまったりしていたが、ともあれ軍能力者合せて5人は、艦橋の絶対防衛態勢を敷く事に成功した。
 が、懸念は艦首、砲術関連の現場だ。中央管制だけでなく彼らが手動で監視・補助せねばいざという時に何があるか解らないのだから。
「艦長」
 それにいち早く気付いた百合歌が言い差した時、ロッテが言葉を重ねた。
「艦内通信を借りてもいいかしら」
「何をする」
「激励よ‥‥一丸となって乗り切る為の、ね」
 通信士に目配せする艦長。ロッテは友人に語りかけるが如く、提案する。
 戦える者は機関室等の重要施設とその周辺に限定して防衛を。できれば避難クルーの護衛も、と。
「狼狽えずに、頑張りましょう」
 通信を終えると、ロッテは艦首へ向かうべく艦橋を飛び出した。百合歌が咄嗟に声をかける。
「ロッテさん、前をお願いね。此処は任せて」
 扉が閉まる直前、通路を駆け行くロッテが振り返る事なく右手を挙げたのが、百合歌の目に映った。
 さて、と気合を入れ――る寸前、今度はメシアがクルーと話していた。何やら鞄を渡し、艦尾を指している。
「これを後部で奮闘される方へ。必要になるかもしれませんので。お願い致しますわ」
 クルーが急ぎ艦橋を後にする。
 締まらないなぁなどと苦笑しつつ、百合歌は改めて気合を入れた。
「さぁ。晴れ女の百合歌さんが雲なんて吹き飛ばしてあげるわ!」

 ロッテの通信は後部の待機室にいた彼らにも当然届いていた。
「張り切って‥‥行きますよぉー!」
「待て小鳥」
「にゃっ!?」
 ぐいとメットごと幸臼・小鳥(ga0067)の頭を掴んで止めたのは月影・透夜(ga1806)だ。彼はそのまま壁に近付き通信で艦橋を呼び出すと、ナビを頼んだ。
「重要箇所は機関室、砲術管制、クルー避難場所及び避難経路、補給機や破損して封鎖したエリア。艦内映像で優先順位をつけてくれ。それに従って俺達が対処する」
『了解。ではまずそこから左の‥‥』
 指示を受け、駆け出していく小鳥と透夜。
 そんな彼らを見送り、黒木 霧香(gc8759)は僅かに目を細めた。
 ――優先順位、限定と言いながら選択肢が多すぎる‥‥あれでは‥‥。
「黒木君‥‥行きま‥‥」
「ごめんなさい、少し」
 促すラナ・ヴェクサー(gc1748)に一言入れ、霧香がやはり艦内通信に手を伸ばす。そして「空調で雲を押し流し、誘導できないか」と艦橋に伝えた。
「では、行きましょうか」
 楚々と会釈して微笑する霧香を、ラナがじっと見つめる。
 ――成程、やはり‥‥芯は兄譲り、と。
「‥‥これを。壮大な目的があっても‥‥人間はつまらない事で死にます‥‥ので」
 備え付けの酸素マスクを手渡し、ラナが言った。

●霧香の英断
「機関室に行く前に話があるのですが」
 霧香が言い出したのは、ラナが左右から挟みこむように爪で雲を払った時だった。トドメとばかり斬り上げて雲を霧消させ、ラナが振り返る。
「何か‥‥? 艦内構造は把握済みですので‥‥任せていただいて大丈夫かと‥‥」
「その点は信用してます、けれど」
 機関室を守るのは異論ないどころか、雲が動力炉に影響する可能性がある以上不可欠だ。が、動力保護を確実に行うには技術者が必要になる。加えて避難中のクルーも守らねばならないのだから、避難場所を機関室近辺に変更すれば一石二鳥ではないか。
「時間との戦いになりますが」
「‥‥」
 ラナは脳内で避難経路と現在地、機関室の位置を比べ、頷いた。
 2人が最寄の避難経路に行くと、数人が流れるように艦尾へ向かっていた。その中の2ツ星の襟章を呼び止め、先程の懸念を吐き出す。2ツ星は別の男を呼び寄せ、通路の片隅に4人が集まった。
 一刻を争う緊急事態で立ち止まった4人。そんな不思議な光景に、付近には人だかりができる。ラナが周囲を警戒するうち――霧香の案は呆気なく採用された。2ツ星が壁に触れる。
「こちら第――、避難場所を機関室――」
『了解。9ブロックの隔壁――』
 2ツ星が腕を振ると、集まっていた人が再び動き出す。目的地は機関室だ。
 霧香は自らの横を通り過ぎる彼らを見やり、胸に手を当て深呼吸した。
 自分が、動かしたのだ。絶対に彼らを死なせてはならない‥‥。

 通路の先には今にも雲に呑まれんとする人の姿。透夜はそれを認識した瞬間、小鳥の首根っこを掴んでいた。
「ふぇ?」
「すまん‥‥小鳥ロケット!」
「にゃ、にゃぁああぁあ!?」
 AAの力を存分に発揮して小鳥をぶん投げる透夜。美しい放物線を描いて頭から突っ込んでいく小鳥は、本能に従いねこなっくるを前に掲げて目を瞑った。
 べちーん。気付けば腹から床に墜落していた。
「ひん‥‥」「伏せろ小鳥!」
 涙目で小鳥が床に伏せる。直後、雲に肉薄した透夜が裂帛の気合と共に刺突を繰り出した。流れるように連翹分離、左右連撃で雲を払う!
 小鳥の呻き声とクルーの荒い息が耳に残る。その時、艦内放送で避難場所が機関室になった事が伝えられる。透夜が小鳥の手を引いて立たせ、駆け出す。その背に声がかけられた。
「あの、傭兵の方ですよね?」
「そう‥‥ですけどぉー‥‥?」
「艦橋の人からです。必要なら使ってと」
 クルーが組立式担架まで収納されたメシア特製救急鞄を小鳥に手渡す。
 小鳥はそれを有難く受け取り、駆け出した――!

●水を運ぶという事
 前へ、前へ、前へ!
 むしろ左右の扉が勝手に近付いてくると錯覚する程、ただただロッテは艦首へひた走る。
 艦外からは無音で鈍い衝撃が伝ってくる。薄気味悪いそれに耐え、ロッテは扉の隙間から室内に入ろうとしていた雲へ。勢いのままにロンダート、バク転から脚爪を振り下す!
「塵は塵へ返りなさい!」
 着地、間髪入れず回し蹴りで体勢を直し、短剣で薙ぐ。雲がロッテの腕に絡む。が、瞬時に加速するや、振り向き様の一閃で雲を払った。
 ロッテが息を整え、扉を開ける。そこには、
「ぬあぁ!」
 大量の雲に囲まれた偉丈夫。彼は懸命に槌を振っているが、流石に多勢に無勢。ロッテが瞬天速で雲に突っ込むと、大仰に得物を振り回して場を乱した。
「ここは退くわよ!」
「お、おぉ承知!」
 ブレイクダンスの如く低姿勢から蹴撃を放つロッテ。雲が包囲を緩めた隙に、ロッテと男が室外へ飛び出した。
 大きく息を吸って距離を取ると、2人は部屋から這い出てきた雲に仕掛けていく。
 ここよりさらに前部の現場が危険だとも解っている。が、中央と現場を繋ぐ道を放っていい訳ではない。その優先順位をつける事が、ロッテにはできなかった。

 メシアが監視の目を光らせ、冥華と艦橋要員が遊撃的に雲を襲う。百合歌は艦橋入口の内外で奮闘し、そのうちメシアがどちらかを援護する。
 慣れない刀を冥華が袈裟に下すと、重心を乗せすぎてよろけた冥華をメシアがハイキックでフォローする。脚を振り上げたにも拘らず下着が見えないメシアの見事な挙動に数人が目を奪われるうち、百合歌が扉外でショットガンをぶっ放し、悠然と艦橋に戻ってくる。
 まさに磐石。鉄壁の守りと言えた。
「とはいえ防衛戦‥‥少しの油断もなりませんわね」
「ん、冥華つかれた。お船こわしちゃだめだからすっごくちゅーいしなきゃーだけど、ぜんりょくぜんかいできなくてあたまぐるぐるするー」
「面倒くさい相手だけど、ね」
 百合歌が頭上の通風孔から侵入してきていた雲を斬り上げ、右左と払って撃退する。
「きっと後少しの辛抱よ」
 どうやら雲は艦の外壁から浸透する事はなく、破損部等の物理的な隙間からしか侵入できないらしい。内部隔壁は突破されるようだが、外から直接浸透されないだけマシだ。
 メシアがさて、と短く息を吐く。
「わたくしも艦首へ向かいますわ。お一人に任せるのは気が引けますので」
「了解。ここは大丈夫よ、だから」
 メシアと共に通路に出る百合歌。眼前には一直線の道。雲がそこここから湧き出てきた。百合歌はメシアを援護すべく、腰溜めに構えたショットガンを撃つ撃つ撃つ!
「安心していってらっしゃい!」

●絶対死守
 避難者に先んじて機関室に急行したラナと霧香が見たのは、制御盤や動力炉の近くで自らの仕事を果たし続けて倒れた機関士達の姿だった。そして今にも炉に取り付かんとしている大量の雲。
 ラナが地を縮めて跳躍する!
「黒木君は‥‥クルーと炉を‥‥」
「了解です」
 雲間に飛び込み、緋色の爪を振るうラナ。右に払って前宙、雲の外周をなぞるように斬り裂くと、炉を背にして銃を連射した。
 雲の一部が霧散するが、一部はクルーを炉から引き離さんとしていた霧香に伸びていく。霧香が人を引き摺り無理矢理横っ飛びで回避。牽制すべく剣を振るうが、雲は身を捩るように床へ広がり霧香の足に絡みついた。
「くっ‥‥」「黒木君‥‥!」
 薄ら寒い気配がぞぞぞと体を駆け上がってくる。苦し紛れに力を込めて歌う霧香だが効果はない。雲が腰、胸、首と這い寄り、遂にマスク越しに口すら覆った。抵抗する霧香の瞳に、扉付近で狼狽する避難者が映る。
 ――そうだ、私は、必ず‥‥!
「黒木君、10秒で‥‥向かいます‥‥」
「私‥‥より、炉と‥‥くるーを‥‥、‥‥‥‥」
「っ‥‥!」
 初対面といえ知り合いの妹だ。すぐにも救助したい。だが炉をやられて万一爆発でもすれば意味がない。ラナは独り、半包囲されつつ手応えの薄い雲を払い続ける。そして宣言通り10秒で周囲の雲を一掃すると、ラナは倒れた霧香の真上スレスレを、瞬天速の勢いのままに薙ぎ払った。
 雲散霧消する雲。しかし霧香は微動だにしない。ラナが胸中で黒髪の友人に謝罪し、霧香の脈を測る。どうやら最悪の事態は回避できたようだ。
 僅かに胸を撫で下すラナ。が、直後。
『もう駄‥‥保たな‥‥!』
 遠く機関室に続く通路の先から、悲鳴と怒号が聞こえた。
 ――1人、では‥‥ここの防衛だけで‥‥拙い、か‥‥。
 ラナが通風孔から新たに侵入しつつある雲を一瞥した、その時。
『‥‥ち着け! 雲は‥‥魔弾の名にかけ‥‥!』
 勇ましい声が遠くから響く‥‥!

 機関室に繋がる通路。渋滞して中途半端に立ち止まった最後尾。空調の甲斐なくそこに喰らいついた雲の群は、次々クルーを飲み込んでいく。このままでは全滅だ。追い詰められたその時、駆けつけたのは一陣の風だった。
「おぉおおおおぉぉおおおおお!!」
 迅雷から槍の一閃。反転と共に槍を頭上でぶん回し、風――月影透夜は床に叩きつけるが如く大上段から振り下す!
「艦が動かない、攻撃できない状態になるのが1番拙い、お前達は必ず生き残れ!」
「今‥‥助けるのですぅー!」
 遅れて到着する小鳥。透夜と小鳥が背中合せに雲を見据え、同時に動いた。
 疾風怒濤に連翹を操る透夜が嵐とすれば、小鳥は嵐の中で地を駆けるほんの少しヤンチャな猫。伸び上がるように猫なっくるで雲を削ると、ずっと見てきたロッテそっくりの軌道で拳打を続ける。小さな体を左右に振って右フック。後ろに跳んで距離を取ると、再び透夜と背中合せとなった。
「全部‥‥切り裂いて‥‥しまうのですよぉー!」
「いや。相手は雲だ、全部となると効率が悪い‥‥」
 後どれだけ時間がかかるのか。予定の時間はじき過ぎる筈だが、不測の事態が起ったのか?
 ――何にしても俺達にできるのは。
「眼前の脅威を討ち払う事だ!」
 透夜は防衛に重点を置き、苛烈に雲へ突っ込む。自らを囮にしてでもクルーを守る為‥‥!

●作戦の行方
 駆け、戦い、再び駆ける。ロッテは救出した男と共に艦首へ急行する。
 雲は破損した所かどこかから次々流入してきており、嫌でもコア間近だと解る。となれば主砲担当の者を守りたいのだが、問題は、
「キリがないわね‥‥!」
「だが諦める訳にいかん」
「当然よ!」
 両舷から迫り来る雲。無視しすぎれば文字通り雲に巻かれて終るのだ。どう考えても人が足りなかった。
 ロッテは瞬天速で一旦駆け抜けて包囲を脱し、転じて連撃を加える。男が槌をぶん回した。天井を伝った敵が2人の猛攻を掻い潜り、ロッテの頭上から急襲してきた。
 咄嗟に宙を蹴って躱さんとするロッテ。だが抜け出せない。ロッテが奥歯を噛み締めた、瞬間。
「失礼致しますわ!」
「!?」
 通路の向こうに目を向けると、全力で特攻してくる金髪の令嬢。彼女――メシアは、そのまま加速して懐に入り込むや、当身の如くロッテの体を突き上げた。
 そして宙に浮き上がったロッテの鼻先を掠め、メシアの蹴りが雲を削る!
「無事でしたかしら」
「ごほっ‥‥ありがとう、私好みの救助法よ」
「それは良かったですわ」
 ロッテ、メシア、男。3人となった艦首組は雲を突破し、遂に主砲付近まで辿り着く。
 彼らがそこで見たのは、1人を残して昏倒した現場だった‥‥。

「射程内、コア、捉えました!」「ようし、主砲はどうだ!」「それが‥‥」
 艦橋。慌しく報告が飛び交い、刻一刻と状況が変る最前線。そこの主は思わぬ時間ロスに頭を抱えていた。
 現場確認と調整が不充分で主砲がまだ撃てない。既に射程内なのにだ。
 忸怩たる思いで操作盤を叩きつける黛艦長。百合歌は扉を開いたまま外の通路を銃撃し、意識してゆっくり喋る。
「ロスと言ってもすぐ挽回できるわ‥‥それまで耐えればいいだけよ」
「ん、冥華つかれたけど、そこのおぺ子ががんばるっていってた」
「えぇ!?」
 和みつつも、攻撃の手は緩めない2人。獅子奮迅の活躍を前にそう言われると反論もできないが、焦れる事に変りはない。
 冥華の剣が操舵士の頭上スレスレを過り、雲を払う。百合歌は仕方ないとばかり入口から通風孔の雲を撃った。金属音と共に天井の一部が崩れる。すぐさま通路に銃口を戻し、引鉄を引いた。
「幾らでも来なさい。主婦として、霞だって料理してあげる!」
 百合歌が気勢を吐いた、その時。待ちに待った、現場の合図が――

「ッテェ――!!」

 間髪入れず迸る、艦長の号令と主砲の衝撃。
 前面パネルに映し出されたコアに向かい、反射すら許さぬ一条の光が伸びる。そして、尾を引く爆発を伴って駆け抜けた。
 閃光に包まれた艦橋。誰かが「よし!」と快哉を叫ぶ。誰もが勝ったと確信した。
 ところが。
「! 艦長、コアの熱量が増‥‥!?」
 観測が告げる間もなく、反撃の光が艦を掠めて宇宙を切り裂く!
「ぬぅ!?」
「そんな‥‥直撃した筈なのに!」
「言うな! 総員衝撃に備えろ、一時退避だ!」
 艦長が即断すると、艦はコアの脇を潜って中心から遠ざかり始める。そのGの変化を感じながら、艦長は再度操作盤を叩きつけた。
「しっぱい?」
「いいえ。今は退くだけよ、今は‥‥」
 歯に衣着せずに訊く冥華に、百合歌は紅い唇を引き結んで答えた‥‥。