タイトル:極限を越えたスポーツ?マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/08 23:50

●オープニング本文


 宇宙要塞カンパネラに隣接した宇宙港に、1隻の巡洋艦が停泊していた。
 エクスカリバー級、カリブルヌス。
 ゴテゴテと装甲をいや増した姿は頼もしいようなそうでないような様相で、しかしなんとなく色々頑張ってくれそうではある。言うなれば、貴婦人ではなく田舎のおっかさん。クルーにとって親しみが持てると言えなくはない。
 そんな艦の艦橋、艦長席に腰掛け、彼――ゲイリー・ジョーンズ中佐は肘をついてため息を吐いた。
「ストレス。ストレスねぇ‥‥」
 この艦の運用理念というか、取扱説明書を読み直す中佐。
 曰く、最前線での露払い。曰く、中長期における任務継続性。その他諸々。
 中でもクルーのストレスの軽減だの何だのといったお題目の下、居住区画がかなりゆとり仕様だった事には、彼としては開いた口が塞がらなかった。
 訳が分からない。いや座学で確かにその辺も学ぶには学んだが、ミサイルを減らしてまでやる事ではないじゃないか。
 彼が本日何度目になるか分からないため息を吐くと、新人の女性通信士が声をかけてきた。
「そんなあからさまに『なぁ俺の愚痴聞いてくれよ』なんて態度だと、誰も近寄りませんよ?」
「‥‥」
 今がまだ任務外とはいえ、なかなか度胸のある新人である。
 中佐は無重力に弄ばれないように肘掛けを掴んだまま、ゆっくりと席を立った。
「‥‥いや、なに。航海前のレクリエーションでも考えていただけだ」
 中佐は、適当に言ったこの言葉をすぐに後悔する事になる。何故なら、
「艦内全クルーへ、艦長より命令です。ここを離れる前に宴会をする、飲めや歌えやの大騒ぎを心行くまで堪能しろとの事!」
「‥‥」
 何故なら考えなしに吐いたジョークを、この女性通信士は間髪入れず艦内に拡散したからである。中佐がこめかみを押さえ、訊く。
「‥‥名前は?」
「アーシア・フレーニ少尉であります、艦長」
「少尉‥‥君は出世するだろうな」
「ありがとうございます!」
 軽い皮肉も何のその、元気いっぱいに返す少尉。中佐はその声から逃げるように、艦橋を後にした。

 とはいえ、港を出る前から朝令暮改、しかもレクリエーションを中止なんて事にしてしまってはクルーの士気に関わる。それくらいは、中佐にも分かっていた。
 何しろこの艦はL2D――先頃完成したらしい月の裏側の物資集積地まで、長々と輸送艦を護衛しなければならないのだ。
「クソ。俺が何か考えるしかないのか?」
 女性カウンセラーでも雇って乗せた方がいいかもしれない。何より、自分の心労的な意味で。そしてカウンセラーを雇うなら、できれば人の心が読める女性にお願いしたい。ディアナ・トロイなんて名前だったら最高だ。
 中佐は通路をゆらゆらと浮遊しながら移動し、とある部屋の前を通り過ぎる。と、その時、彼の脳裏に天啓が舞い降りた。
 彼は慌ててバーを掴み、扉の前に戻る。そして『多目的ルーム』と何とも適当に名付けられたそこに入り、学校のよくある体育館より少し狭いくらいの何もない部屋を見回した。
「‥‥身体でも動かせれば文句言わんだろう」
 彼は呟くと、この部屋にちょっとした改造を施すべく、足早に艦を降りたのであった‥‥。

 ◆◆◆◆◆

 昨日まで多目的ルームと名付けられていた部屋は、鉄のよく分からない丸いバーが壁から6本伸び、さながら歯抜けのジャングルジムのようになっていた。
 いや、ジャングルジムというより体操の鉄棒を無秩序に部屋に突っ込んだとでも言おうか。何もなかった空間が、6本の鉄棒によって縦横斜めと適当に切り取られている。さらに壁には全面に謎の白いパネルが貼られていた。
 そんな室内を満足げに眺めた後、通路に並ぶクルー達に向かってゲイリー・ジョーンズ中佐は言った。
「ここはアスレチックルームだ。身体を動かしたくて堪らない奴の為に、俺が用意した。なんとこの部屋専用の遊びも考えてやったぞ」
「は、はぁ」
「よし、そこの貴様! あとそこの金髪とチビも、中に入れ! そして‥‥アーシア・フレーニ少尉、君も入りたまえ」
「私だけ名指しですか! もう、だめですよ、艦長には奥さんいらっしゃ」「入れ」「‥‥はい」
 中佐と少尉、そして機関士の3人。計5人が部屋に入る。
 中佐は他の4人にレーザーポインターを渡す。中佐と少尉が赤のポインター。機関士達は青。中佐はそれを確認し、扉の脇の壁に埋め込まれた操作盤を弄った。すると、突然。
『Ready――』
 機械音。直後、左壁の隅が赤く光った。皆がぼーっとそれを眺めるうち、中佐がその光点に向けて一直線に飛んでいく。そしてその光点にポインターで触れると、
「少尉、目の前の男を撃て!」
 中佐がその場で振り向き様にポインターを機関士の1人に向け、スイッチを押す。赤い光線が機関士に当たると、『Hit』と機械のアナウンスが流れた。
 考える間もなく、少尉も素早く目の前の男に向け光線を放つ。やはり赤い光が迸ると『Hit』と再び流れた。
「なるほど、お金と技術と時間を無駄遣いした高度なレーザーポインターごっこですね!」
「煩いぞ少尉!」
 得心したとばかり機関士から離れる少尉。機関士の方も慌ててポインターで撃とうとするが、青いそれはうんともすんとも言わなかった。
「先程の壁の光点があっただろう。あれに触れた者の所属するチームだけが撃てるのだ。そら、第2ラウンドが始まるぞ!」
『Phase2、Ready――』
 いい年した男4人と、人生今が花である筈の女1人。
 計5人の遊びが、始まった‥‥。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
ガーネット=クロウ(gb1717
19歳・♀・GP

●リプレイ本文

「にゃ‥‥ぁづっ!?」
「?」
 妙な悲鳴に、競技室内で準備運動に余念のないロッテ・ヴァステル(ga0066)が隣を見ると、幸臼・小鳥(ga0067)が屈伸しようとして床に頭突きしていた。
 何も掴まず上半身を屈め、膝を曲げんとした瞬間前転の勢いがついたのだろう。宇宙なら転ぶ事はないと過信したが故の悲劇だった。
「かくして私の友人は星になった。されど私は戦い続ける。あの子の想いも背負って‥‥」
「背負わなくて‥‥いいですぅー‥‥」
「じゃあ‥‥果てしなく遠いあれを上り始める?」
「坂も‥‥登らないですぅー!」
 涙目で漂う小鳥。猫装束に身を包んだ小鳥が力なく浮遊していると無性に色々したくなるが、ロッテは堪えて小鳥を引き寄せた。
 なでりなでり。小鳥はそんなロッテの手首をはっしと掴み、目を潤ませて言い放った。
「こうなったら勝負‥‥なのですぅー!」
「何がどうなったのよ」
「頑張って勝ちたい人は‥‥私のチームに‥‥集まれぇー、ですぅー!」
 室内や通路から興味半分に寄って来る人が数人。中には丁度誰かと組もうとしていた終夜・無月(ga3084)もおり、即席チームといえなかなかの戦力と言えた。
 能力者のみ、3on3対戦。小鳥、無月、黒髪の男が顔を合せる。黒髪がアイザックと自己紹介した。
「宜しくお願いします‥‥」
「そ、その‥‥が、頑張りましょぅー‥‥」
 やや気後れしてぐっと力を入れる小鳥である。
 ロッテはそんな相手チームを見やる。成り行きとはいえ悪くない。仲間の金髪男女と肩を組んだ。男がイェラン、女がエリカ。
「面白そうね。無重力でのスポーツというのも、興味あったし」
「どうします、姐さん」
「‥‥」姐さんという単語に僅かに反応しつつ「攻撃は貴方達に任せるわ。私は、攻撃権を奪う」
「了解」
 ロッテが顔を上げると、小鳥がロッテを見つめていた。
「さぁ小鳥、思う存分やらせてもらうわよ!」
「望むところ‥‥ですぅー!」
 視線が絡み、静かに火花を散らす‥‥!

●飲み物
 機関部に程近い通路をガーネット=クロウ(gb1717)は浮遊する。
 ごぅんごぅんと低く響く艦の心音が心強く、その心臓を見てみたい衝動に駆られたが、流石にそれは拙そうだと思い留まった。
 居住区画まで進む。所々剥き出しの管。点滅する事なく艦内を照らす照明。適度に清潔な艦内には、真新しい匂いと生活感が入り混じっていた。
「むやみに清潔より心地良いかもですね」
 壁に触れて進むガーネット。ふと僅かに美味しそうな匂いが鼻腔を擽り、彼女はそちらに向かった。
 そこ――食堂では、うさ耳少女が厨房の前でくるくる回っていた。
「‥‥ん。無重力。ぷかぷかと。漂う。感じが。楽しいね」
 最上 憐(gb0002)だ。どう見ても無重力に弄ばれているが、楽しいのなら仕方ない。
 憐が小さな体を伸ばして回転を止めんと四苦八苦する間にガーネットは厨房でお茶を頼む。
「大丈夫ですか?」
「‥‥ん。食前の。運動。だけど。私は。初宇宙だから。色々と。助言して」
「助言、できる程の経験は私もありませんが」
 厨房から手渡されたストロー付ボトルを脇に挟み、ガーネットは憐の腕を取って回転を止める。2人が椅子に座って暫くすると、厨房からドライカレーを持って兵が来た。
 香ばしい匂い。トレイに盛付けられたそれは美しいとは言えないが、充分食欲をそそる。憐の前に置かれたそれを彼女がすぐさまスプーンで掬う。
「‥‥ん。とりあえず。片っ端から。全部。出して。ほしい」
「はぁ。まぁ航海前ですので構わないですが」
 食べきれるのかと胡乱な眼差しで厨房へ戻る兵をよそに、憐は次々カレーを口に運ぶ。
 辛めに味付けされたルーが舌を刺激すると共に、咀嚼するごとに米の甘みが口内を癒す。野菜は砕かれてルーに混ぜられており、風味だけが鼻へ抜けた。
「‥‥ん。予想より。美味しいけど。ちょっと。物足りない。量とか。量とか。量とか」
「量だけですか」
「‥‥ん。これに。足りない物。それは。具が。足りない。水気が。足りない。風味が。足りない。そして。何よりも。圧倒的に。量が。足りない」
「主に量ですね」
 ガーネットはストローでお茶を飲む。喉を潤すそれはお茶そのもので、戦闘帰りの緊張感を和らげてくれる。
「‥‥意外と普通の味、ですね」
 こくこく白い喉を鳴らして嚥下するガーネット。そしてもくもくと食べ続ける憐。これから任務につく宇宙艦の中と思えぬ安らぎがそこにはあった。
 その時、艦内放送で今から試合が行われるとの案内が流れた。2人は顔を見合せ、観戦に行く事にする。が、その前に、
「すみません、お尋ねしたい事があるのですが」
 ガーネットが厨房の兵に、昔仕送りしていて今はしていない、あるいは退官等した知り合いがいないか訊いてみた。
「仕送り? それだけじゃあなぁ‥‥」
 答えは否。言葉少なに礼を言うと、彼女は「行きましょう」と憐に声をかけた。

●新感覚スポーツ?
 観戦室。
 憐とガーネットの前には、競技室内の様子が映し出された大画面モニタがあった。またここで応援すればその声は無線を通じて競技室に届くらしく、臨場感もそこそこだ。艦長が嫌々考えた割に凝った作りである。
「‥‥ん。ところで。負けた。チームは。罰ゲームとか。あるの? 顔に。墨塗ったり。服を脱いだり」
『いいわね。そっちで考えておいて‥‥』
 ロッテが腕を回しながら言う。そして、
『Ready』
 開幕を告げる機械音が鳴った。

 ぽーん。
 呆気ない程の気楽さで鳴った開幕ベルと共に、天井右隅が赤く光った。
「先手必勝!」
 ほぼ同時に反応するロッテと無月。2人の体がバーを潜り一直線にパネルに肉薄する。20m、10m、僅かな身長差でロッテがリードせんとした時、無月がバーを蹴って加速した。
 パネル上で交錯する2人。一瞬早く触れたのは――
「取らせません‥‥!」「ッ!?」
 無月が間髪入れず青い端末をロッテに向けるや、2本の光線を連射した。ロッテの眼前で溢れる青光。しかし彼女は驚異的反射で真後ろに上半身を反らす!
「回避集中!」「させません‥‥よぉー!」
 ロッテが後転して仲間へ声掛けした刹那、遠距離から強烈な小鳥の射撃が迸った。1、2、3、連続して過る光に流石のロッテも体勢を崩す。そして4本目の光が彼女の脚を貫いた。
『Hit』
「むふー‥‥まずは強敵を‥‥減らすのですぅっ」
 えへんと薄い胸を張って笑う小鳥。ロッテはバーを掴んで宙で静止し、室内を見る。仲間は無事のようだ。
 天井に無月、宙にロッテ、床に小鳥達4人。
 ロッテが背泳のスタートの如く両脚を曲げバーに密着する。そして、
『Phase2、Raedy』
 パネルの赤光を視界端に感じた瞬間、爆ぜた。
 瞬く間に壁に吸い込まれるロッテ。激突する。誰もがそう思った直後、ロッテはターンするように前転し、衝撃を殺しながらパネルに触れた。
「速攻!」
 振り向き樣に迫っていた無月へ赤光を放つ!
 が、ロッテが射撃した時には無月は既にバーを掴み、宙で無理矢理鋭角に曲がっていた。無月の脇を光が過る。赤組の他2人は小鳥を狙うが、小鳥は直感に任せて右へ跳んで躱した。拍子に猫耳がはたはた揺れる。
 僅か数秒の攻防。室内に言い知れぬ熱気が篭る。小鳥がごくと唾を飲んだ、次の瞬間。
『Phase3、Ready』
 息つく間もなく点るパネル。ロッテが跳ぶ。無月が駆ける。小鳥が端末をロッテに向ける。
 左右からパネルに迫るロッテと無月。ロッテが鋭い呼気と共に限界以上に手を伸ばす!
「私は、必ず私の役目を果たす!」
「やるからには全力。当然です‥‥!」
 無月が上から触れんとした、その下へ。横合いからロッテは右手を滑り込ませた。素早く反転して0距離の無月へ渾身の光線を放つ!
『Hit』
 一方赤組2人に集中攻撃された小鳥はやはり直感のみで屈むが、一条の光が彼女の腕を捉えた。小鳥は悔しげに唇を引き結ぶ。
 ロッテ、小鳥、無月が1発喰らった形だ。ロッテは額の汗を拭い、次の瞬間を待つ‥‥!

 第4フェイズの合図が響き、ロッテと無月が4度目の激突を繰り広げる。
 憐とガーネットはストローを吸いながら、激しく前後左右に揺れる画面をじっと見守っていた。
「‥‥ん。皆。童心に。返ってるね」
「楽しそうではありますが」
 運動効率は悪そうだ、とガーネット。
 そんな2人が観る前で、攻撃権は無月が獲得する。同時に無月がロッテを狙うが、ロッテはバーに足首をかけ、回転して躱した。一転して無月が赤組エリカを狙い撃つ。Hit。合せて小鳥が宙へ移動しつつエリカに連射した。HitHit。『Dead』と機械音が鳴り、エリカが退場した。
「一気に傾きそうですね」
 ガーネットの予測通り、試合は加速していく。
 第5フェイズ。
 前以て入口近くに移動していたロッテのまさにすぐ傍で、光が点った。素早く触れるや、ロッテは小鳥目掛けて肉薄する。小鳥がそれに注意を向けた瞬間、イェランの射撃が小鳥を捉えた。小鳥が無月の方へ逃げる。追い縋るロッテ。交錯する小鳥と無月。そして10秒が経過せんとした――寸前。
「油断大敵よ小鳥‥‥!」
 ロッテの意地が乗り移ったような射撃が、奇跡的に小鳥の背に命中した。
「にゃっ!? しまった‥‥ですぅー‥‥」
『Dead』
 意気消沈して退場する小鳥。
 これでロッテ、イェランvs無月、アイザック。分水嶺となりそうな次フェイズに攻撃権を得たのは、
「一気呵成に終らせます‥‥」
 無月だった‥‥。

 僅かの差で届かない。中空でそれを悟ったロッテは、跳躍途中でバーを掴んで急旋回した。無月が振り返る。ロッテがバーを離して壁へ。壁を蹴って入口側へ跳ばんとしたそこを狙い、アイザックの光線が迸る。
「くっ‥‥!」
 膝を抱えて回転しながら宙を飛ぶロッテ。間一髪アイザックの射撃を躱したロッテはしかし、次の行動に移るのが致命的に遅れてしまった。
 ロッテの瞳に映るのは端末を構えた無月。青光が膨れ上がり、その光がロッテの体に連続命中した‥‥!
『Dead』
 体を伸ばして回転を緩めるロッテ。バーを掴んで静止した彼女の指は白く、それが彼女の本気さを示していた。
 尤も、それに気付いたのは小鳥ただ1人だったが‥‥。

 試合は直後の第7フェイズ、無月が残るイェランを無難に撃破して呆気なく終了した。
 憐はそれを待って競技室へ向かう。
「‥‥ん。罰ゲームは。楽しく。したいね」
「そうですか」
 ガーネットは心なしか楽しげな憐の背を見送ると、艦内探検を再開した。

●月と地球
 GMT――グリニッジ標準時1900時、サロン。
 クルー達で賑わう中、憐はふわふわ漂ってハンバーガーを頬張りながら女性士官と話していた。
「‥‥ん。宇宙は。どう? 慣れた? 無重力とか。宇宙食とか。宇宙食に」
「どうかな。でも楽しいよ」
「‥‥ん。快適な。生活?」
「今はね。でもこの先はあまりカンパネラにも来れないだろうし‥‥不安かも」
 宇宙規模で考えれば月など近いものだが、地球をバグアに包囲されている現状ではやはり精神的に遠いのだろう。物資は節約せねばならず、しかも地上より補給し辛いのだから。
「まぁ、宇宙は夢だったからいいんだけどね」
「‥‥ん。頑張れ。私の。宇宙食の。為に」
 そして憐がハンバーガーを士官にあーんしてあげたその時、サロンにロッテと小鳥が入ってきた。ロッテは何故か執事的な衣装に身を包んでいる。
 ロッテが憐を見つけると、何とも言えない微苦笑で、
「‥‥お、じょうさま‥‥ヌードルをお持ち、しました‥‥」
「‥‥ん。くるしゅう。ない」
 ロッテが恥を忍んで袋ヌードルを手渡しして窓際へ急ぐ。僅かに頬を赤らめたロッテは、普段の彼女を知る者にとって不思議な魅力に溢れていた。いわゆるギャップ萌だ。
 自らの頭をガンガンと壁に打ちつけそうな気配すら感じさせるロッテ。小鳥は横でそれを楽しいような可哀想なような、二律背反する感情を抱いて観察していた。
「罰ゲームなのに‥‥奉仕相手が対戦相手じゃないのは‥‥何でなんでしょうねぇー‥‥」
「『考えておいて』なんて言うんじゃなかったわ‥‥」
 2人は窓から外を眺める。そこには施設や他艦に邪魔されて見辛いが、我らが地球が見え隠れしており、目を、心を安らげてくれる。ただそこにあるだけで安心する。まさに、母星だった。
「こうして見てると、やはり美しいものね‥‥」
「で、ですねぇー‥‥っ」
「‥‥小鳥?」
 ふとロッテが隣を見やると、小鳥が何故か宙で前回りを始めていた。しかもそれに抗わんとして変に体を曲げたせいで捻りまで加わり、1人体操状態だ。3、4、5回転4回半捻り。新記録おめでとう。
 なんて思う間に回転は加速度的に鋭くなっていく。
「あっ‥‥あの‥‥はぁっ‥‥ろ、ロッテさ‥‥にゃぁっ‥‥止ま、止まらな‥‥ととと止めてぇっ!?」
 涙目の小鳥だが、周りでは異変に気付いたクルーが「Oh! ファンタスティックゲイシャガール!」とか無責任に盛り上がり始めた。ロッテは彼らを見回すと、
「小鳥、折角だから期待に応えてあげたら‥‥?」「期待って‥‥何ですぅー!」
 渋々小鳥を助けたのだった。

 艦橋。
 ガーネットが許可をもらって入室すると、そこでは数人のクルーが各々コンソールに向かって作業していた。中央の艦長の傍には無月と通信士のアーシア少尉がおり、雑談に花を咲かせている。
 港内の様子を映し出している前面パネルを一瞥し、ガーネットが中央へ近付くと、話の合間を縫って輪に加わった。
「艦長席はやはり少し高いんですね。見晴らしはいいんでしょうか」
「ただの置物だよ。それより、楽しんでくれているかな」
「艦内を見学できるのは興味深いですね」
「例のアレはどうだろう」
 自分考案のものの評判が気になるらしい。ガーネットが容赦なく言う。
「‥‥運動だけがストレス解消の為になるとは限らないと思うのです」
「ま、まぁそうだが。では参考までに、君はどう処理しているんだ?」
「私ですか? 私は‥‥そうですね」
 思案する『フリをして』ガーネットが艦長を上から下まで舐めるように観察する。
 30代後半。中肉中背。薄幸そうだが普通の容姿。既婚者。中佐。それら全ての要素を加味し、ふと視線をずらす。そこには操舵を担う若い男性士官がおり、柔らかそうな金髪が非常に受けっぽい。
 ――成程。
 階級を盾に迫る艦長。嫌がる金髪の腕を取り、コンソールに押え付ける。そして強引にその唇を‥‥。
「‥‥説明し辛いですが、人の相性、的な」
「‥‥うん? 君は発散できているのかね」
「大丈夫です。ご協力ありがとうございます」
「?」
 要領を得ない艦長を尻目に、ガーネットは艦橋を出て行く。残された艦長達、呆然だ。
「何だったんだ」
「さぁ。それより艦長、早く待機に入って下さい。後12時間で出航なんですから」
「‥‥はい」
 相変らず図太い少尉である。

 ともあれカリブルヌスは最終準備にかかる。任務は月のL2までの輸送艦護衛。
 長い航海になりそうだった‥‥。