タイトル:【叢雲】人知れぬ戦いマスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/02 03:02

●オープニング本文


 深遠なる宇宙。
 人類に残された最後のフロンティアなどと称されるその宇宙の、ほんの辺境銀河の水の惑星。その惑星に、ちょこんと寄り添う月。その月に程近い、狭い宙域。そんな小さな月の裏側の、小さなとある宙域で、彼らは秘かに近い将来への礎を築いていた。
『よーし、どうだ。連結はしっかりできたか? 確認しろ』
『コンピュータには正常との表示が』
『おいおい、てめえはママとフ●●クしてるクソ野郎か? 全部ママに任せてんじゃねえ、てめえのファッキン目ン玉かっぽじって自分で確認しに行くんだよ』
『いや宇宙ですよ!? てか大きすぎて全部確認な‥‥』『知るか! 行ってこい!』
 輸送艦でブロック毎に運ばれ、あるいは慎重に曳航されてきたソレら――大型キューブが1つ1つ組み立てられ、それら同士がさらに連結されていく。
 偶然この現場に派遣されていたベテラン整備兵ジョージ・ディランはその地味ながら壮大な光景を見ながら、班長というわけでもないのに荒々しく若い技術者に命令した。
『ファッキンビ●●みてえに大股おっぴろげてあんあん言ってんじゃねえぞ、男はきびきび動け、きびきび!』
『無理ッスよぉ! そんなテキパキやりたいんなら重力持ってきてください!』
『よーし分かった、てめえはママとフ●●クしながらちょっと待ってろ。俺がどこぞからファッキン慣性制御装置かっぱらってきてやる! その代わりな、イ●●野郎、俺がいねえ間にこいつを完成させとけ!』
『本末転と‥‥ああもうこの爺うぜぇ!』
 ‥‥みんな仲良く楽しい職場である。

 この職場――地球‐月間におけるL点、ラグランジュ点と呼ばれるそこは、人類にとって丁度良い地点だった。
 両天体との相対的な位置関係をほぼ変える事なく、比較的少ない労力で浮遊し続ける事のできる拮抗点。それは、地球と月の関係で考えると5つあった。そのうちの1つ、地球から見た月の表側には宇宙ドックが建造されつつある。そして月の裏側に建造されているのがこの直方体のキューブ――内部に物資を溜め込むタイプの集積地だった。
 慣性制御すら漸く少しは理解できたかどうか、といった人類にとって、労力が少しでも軽減できるL点というのは重要な戦略地点だったのである。とはいえ、敵本星や敵勢力との位置関係で考えた時、ドックや集積地の位置はあまりにも宇宙要塞カンパネラから離れすぎている為、防衛しづらいという可能性も秘めてはいたのだが。
 しかし背に腹は代えられない。それに、月に人類側の一大拠点を築いてしまえばこちらの安全性は増し、また拠点と示し合わせる事によって拠点の機能性も増すのだ。
 そうした考えのもと、UPC宇宙軍は月拠点建造に若干先んじてできるだけ敵に見つからぬよう大回りの軌道を用いた上で、L点での物資集積地建造に着手したのだった‥‥。

「異常は?」
『なし』
「月近辺の偵察艦隊からの情報によると、付近に分隊規模のキメラがいる可能性が高いです。発見した際は必ず全滅させるようお願いします」
 女性通信手がメモを片手に告げる。
 情報によると、敵はおそらく中型キメラ4と大型キメラ1。具体的な姿形は報告にないが、薄っぺらい印象で、気付けば近くにおり、また気付けば逃亡されていたらしい。
『了解』
 小型艦と着かず離れずで外を哨戒する傭兵が、短く返答する。艦のレーダーを眺めつつ、操舵手が左旋回した。
 左手には建造途中の集積地。さらにその向こうには月の寂しい地表があり、無性に少年的な心がざわついた。
「GMT――グリニッジ標準時1800時に哨戒任務交代です。あと90分、慣れない環境で大変かもしれませんが頑張って下さい」
 女性通信手が声をかけると、外の傭兵達が各々返答する。
 小型艦の中にもまた待機中の傭兵達がおり、それらで1つの哨戒班を構成していた。他にも幾つかチームがあるらしいが、彼らは詳細を知らされていない。
「ああ、そういえば」
 小型艦の艦長が口を開く。
「そこのブロック集合体、物資集積地になるようだが‥‥完成したら主にどういった物資があれば嬉しいか、傭兵の立場から意見・要望がある者は言ってくれ。参考にする‥‥らしい」
 生活用品、娯楽品、弾薬、予備武装、水素カートリッジ等、艦長が例に挙げた。傭兵が言う。
『参考、ですか』
「参考、だ。実際は分からんがね。‥‥ああ分かっている、私に文句を言わんでくれ。上も色々あるんだろうよ」
 中間管理職もつらいんだといった雰囲気を言外に滲ませる艦長。同情はするが、だからといって傭兵側としてもそんな愚痴を言われても困る。
『‥‥上の人共々、現場のあのお爺さんに教育されてきたらどうです?』
「やめてくれ。F言葉を連発する自分になどなりたくない」
 小型艦の艦長が心底嫌そうな声を漏らすと、クルーが生暖かい笑みを浮かべた。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
鷹代 朋(ga1602
27歳・♂・GD
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER

●リプレイ本文

「はァい、貴方のお耳の恋人DJイケメンことスペースカルマがお届けするゥこのイケメンレイディオ、早速お便り届いてまァす♪」
 植松・カルマ(ga8288)がブレス多めで無線に乗せる声はFM風で、聞く人の心を妙にぞわぞわさせた。が、カルマ機ピュアホワイトあげぽよカスタムは『お便り』と称したデータをきちんと皆に送受信している為、文句も言えない。
 何しろ外は宇宙。太陽光が月の表から斜めに少しだけ入り込む程度で、センサーこそ最も重要になるのだから。
 そんな皆の懊悩をよそにカルマのトークは続く。
「えー今のお便りはアンジェリナサンより頂きましたが。えぇ皆サン元気なようでーえぇ、そういえば俺もといワタクシ、先日‥‥」
 小型艦、KV内で待機するB班。止まる事ないカルマの話を適度に脳内で遮断し、他の3人は各々意識を集中する。
「しかし、見た目じゃ解らないものだな‥‥」
 ウラキ(gb4922)がカルマ本人の姿とそのKVを重ね合せ、しみじみ呟く。そして呟きながら、我知らず左手が胸元の紫石に触れている事に気付いた。
 ――月の裏‥‥遠い、な。
 ウラキは瞼を閉じて瞑想する。
 一方でまんじりともせずシュテルンG、シバシクル内でじっとしているのはカララク(gb1394)。小型艦が旋回する重力を感じつつ、腕を組む。
 ――宇宙、か‥‥っ。
 不意に脳裏を蝕む妙な感覚。僅かに眉を歪めた。と。
「これがどのように仕上がっているか‥‥」
 ヨハン・クルーゲ(gc3635)の声がした。カララクが「思い入れでもあるのか」と訊くと、ヨハン。
「いえ。陸ではよくオウガに乗るものですから」
「カプロイアフリークか」
「フリークかどうかは」
 スフィーダ機内で操縦桿を握り直し、苦笑するヨハン。
 ともあれGrau Flugelと名付けたそれがオウガからどう変ったか、秘かに楽しみではある。
 そうか、とカララクが適当に返事して時計を見ると1650時。カルマのラジオはまだまだ続きそうだ。

●遠けき地球
 同時刻、鷹代 朋(ga1602)は大切な人から贈られた時計に目を落した。仄かに心が温かくなるが今は哨戒中。朋が眼鏡をくいと上げ、観測に集中する。
 母艦と唯一リンクした朋だけに情報の鮮度は高い。上下左右と天――ドミニアのカメラを動かし暗黒を見晴るかす。
「異常なし、か。発見できないのか、いないのか‥‥」
「信じるしかないだろう。自らの機体を」
 アンジェリナ・ルヴァン(ga6940)が頻繁に操縦桿を傾け、ペダルを踏んでは離す。その度にアンジェリナ機ハヤテOCが噴炎を曳き機首の向きを変える。
「‥‥?」
 折角の実戦だとばかり機動を体に教え込むが、まだ納得いかないアンジェリナだ。ロッテ・ヴァステル(ga0066)機スレイヤーと幸臼・小鳥(ga0067)機フェニックスが小型艦の間近からそれを観察する。
「私達も慣らしておきたいけど‥‥無駄はできないのが、ね」
「消費が‥‥激しいですねぇー。そ‥‥それにぃ‥‥」
 小鳥は機内で自身の体を見下ろす。操縦服がぴったりすぎて何というか、成長予定の体が縮まりそうな気がしてくる。上から下までぺt‥‥将来にご期待下さいと主張しているのだ。しかも、
「この‥‥パイロットスーツがぁー‥‥」
「確かに窮屈ね‥‥」
 ロッテの体型を思い出し、1人で落ち込む小鳥である。一方でロッテも健康的な体なりに悩みはあるのだが。
「‥‥はち切れれば‥‥いいのにぃ‥‥」
「もう一度言っていいわよ、小鳥」
「初めての宇宙戦闘‥‥頑張りましょうねぇー!」
 ともあれロッテ機La mer bleueと小鳥機が艦の左右を浮遊する。最も遠くを飛ぶのがアンジェリナ機、中衛に朋機という布陣だった。

 そして1700時、哨戒交代となる。
 順に戻るA班と、真っ先に飛び出していくカルマ機。やれやれとばかり慎重に他3機が艦を離れたところで、朋機ドミニアが最後に着艦手順に入った。
『植松君、頼んだ』
「うィーす、まーた新しいお便り来ましたよー。マジ俺大人気DJすぎて困るわー」
 機内でドヤ顔のカルマ。ツッコミの激しい人が見れば顔面陥没間違いなしだが、朋はスルーして着艦。同班の人間も適当に反応して散っていく。
 A班が堅実とすれば、B班は敵発見を第一に考えた哨戒だった。
 艦近辺で管制に集中するカルマ機に、その付近を浮遊するカララク機。逆にウラキ機とヨハン機は積極的に艦を離れゆく。
「あ、そのゴミの裏、誰かオナシャス」
「解った、見てこよう」
 カルマの指示にウラキとヨハンが動く。
 集積地建造中に投棄されたらしき巨大コンテナ。その裏へ回り込んで周囲を警戒するが、センサーに反応はない。変形して一応箱の中も開けてみるが何もなかった。
「敵影なし。哨戒コースに戻る」
「了解。無駄手間サーセン」
「ただでさえ視認しにくい宇宙でさらに捕捉しづらい敵ですからね‥‥無駄なんてありませんよ」
 艦首前方へ戻るウラキ機と、逆に宇宙を『落ちる』ヨハン機。
 集積地の方では順調に作業が進んでいるようだ。時折周波数を合せると、例の整備員のF言葉が入ってくる。カララクは秘匿通信に戻し、センサーと練力残量を注視する。異常なし。
 一切無駄のない機動で戻ってきた友人機をカメラに捉え、呟いた。
「珈琲が飲みたい」
「‥‥」
「珈琲が飲みたい」
「‥‥」
「珈」「地球に戻れば淹れてやる。腹いっぱいになる程な」
「それは困る、珈琲で膨れた腹に被弾したらどうするつもりだ。黒い液体を撒き散らして俺は死ぬのか」
 本気で返すカララクである。
 カルマが「ンな愉快な事言えるならラジオのゲストやってほしいスねぇ」などと雑談に花を咲かせようとした、その時。
 ぽーん、と。
 各機とリンクして精度を高めていたカルマ機のセンサーが、反応を示した。方位0‐8‐0マーク3‐0‐5――距離500!
「近‥‥ッ敵サンのお出ましッスよぉ!」
 4機が戦闘態勢に移行する‥‥!

●分隊戦闘
 宇宙空間において500mはあまりに近すぎる。1秒を惜しむように散開、ウラキとカララクが左右から挟みこんでいく。
「カルマ、敵の数を」
「4。中型1匹足りねーッス!」
「どこにいる‥‥?」
 2人が周辺に目を光らせつつ機首を敵群へ。ヨハンが下から突き上げるように群に迫る。懸命に計器を探るカルマ。と、大型キメラからプロトン砲が迸った。カルマ機ごと艦を直撃。
「‥‥炙り出す、見逃すな‥‥」
 ウラキが射程限界に大型榴弾を放った。2発のそれは敵群の斜め後ろで炸裂し、その光が、一瞬だけ敵影を浮かび上がらせる!
「情報入力!」
「モチ! A班の皆サン、はぐれたアレ頼むッスよぉ」
『了解』
 400m地点に4匹と、約800m地点に1匹。事前情報通りの数。ならば、
「ヨハン機、前衛は任せる」「了解です」
 カララクとウラキ、2機が十字砲火の形で同時に榴弾とミサイルポッドを発射する。左右から迫るそれを敵群はフェザー砲で迎え撃つが、落しきれない。音無き爆発が宇宙空間で弾けた。
 スラスター全開のヨハン機。メテオブースト作動、鮮やかな光を曳いて閃光に突っ込む!
「快い加速です‥‥!」
 狭まる視界で敵を捉え、正確に大型へ迫る。そして敵前で急制動。敵の毒霧が機体を蝕むが構わず変形し、ヨハン機が鎌で薙ぎ払う!
『――■■!』
 脳内に直接響くかの如き咆哮。大型はそのままヨハン機頭部に噛み付き、長い体を巻きつけてくる。軋む機体。カメラいっぱいに敵口腔が映し出された、その時。
「忘れてもらっては困る」「ちょい痺れっかもッスけど我慢してちょーよ!」
 カララク機の突撃銃が火を噴き、カルマのG放電が敵群を覆った‥‥!

「先に行く。シークエンス『SS』、CRブースター‥‥点火ッ」
 発艦するや、ブーストに加え使い捨てロケットすら噴かせて極限まで急加速するアンジェリナ機ハヤテ。カルマ機から送られてきた離れた敵へ、彼女は脇目も振らず急行する。
「絶対に逃がさないで‥‥!」
「解っている」
 ロッテの檄に当然の如く返すアンジェリナ。その頼もしさを胸にA班3機は敵群へ。
 収まりつつある閃光。ヨハンが近接、ウラキとカララクが左右の中衛でカルマ機が艦右舷傍。3機は編隊となって敵群とカルマ機の間に入り、面で攻める。
 視界クリア。中型3匹が光線を放つ放つ放つ!
「艦は離れて!」
「早めに‥‥仕留めましょぅー。時間をかけて‥‥逃げられてもいけませんしぃー」
 右舷に1発被弾。急速に潜航していく艦を尻目に、3機とカルマが合流して敵と向き合う。
 が、不利を悟ったか、敵は素早く降下して逃げんとした。瞬間。
『逃がさん』
 カララク機から伸びたポッドが小型弾頭を撒き散らした。敵3匹が縫い止められる。ウラキの正確無比な射撃が敵を削り、すかさず小鳥、朋が撃ちまくる!
「ッ、逃がすかよ!」
「ロッテ‥‥さんー‥‥!」
 敵斜め後方に回り込んで包囲するカララク、ウラキ。正面から小鳥と朋。三方から加えられる銃砲火に、敵は逃亡を諦め反転する。
 が、それは。
「もう遅い!」
 ブースト及び特殊補助システム起動。白い力場に守られたロッテ機スレイヤー、ブルーが宇宙を駆ける!
「闇に抱かれて眠りなさい‥‥!」
 一気に肉薄したブルーは直前で人型変形、ダンスを踊るが如く支援砲火の合間を縫って至近の中型を両断する。さらに別の1匹へ腰溜めから最短距離を貫く刺突を繰り出した!
「退避して‥‥下さぃー! これで‥‥」
 小鳥機が追従して肉薄する。その翼は剣呑に煌いていたが――敵の紅色光が機体を揺さぶった。朋機ドミニアがフォローするように引鉄を引く。光線の嵐、嵐、嵐。それが残る中型を穿ち、息の根を止めた。
「早く援護に‥‥!」
「残る敵は大型1と中型1。逃亡されそーなルート逆算して送るッス!」
 ガラにもなくカルマが知的な事をのたまった。

「ッ、‥‥」
 アンジェリナは機内で膨大なGに耐え、僅かに眉を歪めて計器を見続ける。白く、狭くなる視界。シートに押し付けられる体。このまま火星にすら行けそうな恐ろしい加速が彼我の距離をぐんぐん縮め、気付けば計器の光点は中心と重なっていた。
 ――成程、1回限りというより1回で充分、といったところだ。
「戦闘に入る」
 機関銃で牽制する暇もない。逃げ腰の敵がたじろいだ瞬間を衝きアンジェリナ機が変形、大上段に振り被った大剣を振り下す!
 剣を伝う感触と鈍い音。ペダルを踏み込みスラスター制御、胴抜きの要領で薙ぎ払いながら駆け抜けた。イカの如き敵が触手を伸ばし、機体に触れんとしてくる。だがその動きは緩慢でまさに死に体。アンジェリナ機はむしろ慈悲を与えるように振り返り、天からの一撃をくれてやった。
「――完了。これより支援に移る」
 アンジェリナが深く息を吐く。身じろぎすると身につけていたクロスが肌に触れ、仄かに温かい感触を伝えてきた。

 敵の拘束から辛うじて抜け出したヨハン機。改めて鎌をかざして対峙する。
 周囲からは様々な光線や星の光、また太陽光が差し込み、それだけが時の流れを表しているよう。
 宇宙で人型のまま微動だにせず巨大蛇と睨み合って浮遊する。そのおかしさにヨハンが頬を緩めた刹那、敵が大口を開けて光を溜めた。操縦桿を斜め前に倒すヨハン。放たれる光。左腕がまるまる呑み込まれたが、いける。ヨハンが衝撃を殺しながら肉薄、大鎌で払う払う!
『――■■』
 咆哮を上げている姿を見ると脳内にまで響いてきそうな錯覚がする。その幻惑を振り切り、ヨハン機は鎌を振り上げる。何かの光を反射して煌いたそれが――
「戦闘終了です」
 無慈悲に敵へ吸い込まれた。
 血潮が宇宙空間に飛び散り、装甲を汚す。ヨハンはそれを避ける事もできず、嘆息した。
 ――帰ったら念入りに拭かないといけませんね。

●集積地――L2D
 その後も哨戒任務を続け1800時で任務交代となった一行は、小型艦へ戻ると疲れたように全身の筋肉を解した。とはいえ今は加速しておらず無重力の為、ストレッチなどできないのだが。
「やっぱり想像と違うわね‥‥」
 戦闘の感触を思い出しつつ艦橋へ向かうロッテ。その胸が無重力でふわふわ動いている――ような気がして、小鳥は自分のそれとのあまりの戦力差に愕然とした。
「‥‥む、むぅー‥‥」
 胸の辺りを両手でぺたぺた触る小鳥。それに気付いたカルマが胡散臭い笑みで、
「大丈夫ッス、そんな小鳥ちゃんも需要あるはずなんで!」
「需要とか‥‥言わないで下さぃー!」
 如何せん言葉のチョイスが悪かった。
 通路が終り、艦橋の扉の前へ。自動で扉が開くと、彼らの前にはTVで観るような光景が広がった。
 艦長はじめ小型艦らしい少人数のクルーと、前面パネルに映し出される宇宙映像。集積地近辺を漂っている今、月の淵から差し込む陽光が眩しかった。
「物資の件かね?」
 敬礼もそこそこに、彼らは本題に入る。
「やっぱ嗜好品っしょ! 娯楽がなきゃこんな所やってらんねーッスってマジ!」
 開口一番カルマが声高に主張する。艦長は「君はそう言うと思った」と苦笑する。
「や、まーアレよ? 水素とかもいるッスけど‥‥」
「弾薬等はこちらが言わずとも確実に来るが、嗜好品はアピールしなければ来ない。僕もそれには賛成しよう」
 思わぬ所から援護が入る。ウラキだ。
「ほう。堅物に見えたが割と柔軟なんだな」
「僕個人としては、中でも上質な珈琲豆があれば嬉しいくらいだ」
 薄く笑うと、神経質そうな艦長も釣られて口角を上げた。
 ヨハンが2人から1歩下がった所で言う。
「カンパネラから離れた基地となると、ストレスは大きいでしょうからね」
「あぁ、それと」
 ロッテが一瞬口ごもり、しかしきちんと付け加えた。
「生活用品も多く欲しいわね。‥‥女性用の‥‥。いざという時に必要だし‥‥」
「あ、あぁ〜、うん、成程な‥‥」
「‥‥その反応が‥‥嫌ですぅー‥‥」
 狼狽する艦長を見て逆に恥ずかしくなる小鳥である。
「す、すまない‥‥」
「ったくダメッスねぇ艦長サン、イケメンがその辺きっちり教えてあげるッスよ」
「た、頼む」
 未だにしどろもどろな艦長。
 小鳥が口を尖らせつつも許そうとすると、女性通信士が「セクハラです訴えます」と追い討ちをかけたのだった。

 通信からは変らずF言葉を連発する整備員の声。
 集積地の建造は、何かに追い立てられるように急ピッチで進んでいく‥‥。

<了>

 最後に着艦したカララク機は、ハッチが閉鎖されてからもじっと艦の外部カメラの映像を眺めていた。
 機械から覗く、深遠なる宇宙。遠くの星が微かに見えて、カララクは独り眉根を寄せた。
 ――俺、は‥‥。
 茫漠たる暗闇と一筋の光。
 カララクは目の奥に鋭い痛みを覚えるような既視感に苛まれ、眉間を指で押えた。宇宙に上がってから度々感じるものだ。
『――閉鎖は完了しています。搭乗者は可及的速やかに降りて下さい』
「‥‥了解」
 全く、少しはゆとりを持った方がいいのに。
 嘆息するうち、既視感は消え失せていた。カララクは息を吐き出し、無線に言った。
「ウラキ、珈琲が飲みたい」