タイトル:とある山荘の一夜マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/01 22:25

●オープニング本文


 雪深く、吹雪に閉ざされた山頂。
 海抜1881mに建てられたその元ティーハウスは今、静寂に包まれていた。
 かち、こち、かち、こち。時計の音が妙に大きく感じる。
「‥‥あ、コーヒー持ってきますね」
「ついていこう」
 依頼人の娘アンネ・ホフマン(18)がいたたまれなくなったように厨房へ入っていくと、傭兵2人が護衛の為に得物を持って追従した。後に残された傭兵達は、じっと待機し続ける。
 ぱちぱちと暖炉の火が音を立てる。吹雪が窓を叩いた。
 外は白と黒に覆われ、ここ――ケールシュタインハウス自慢の景色は全然見えない。それが残念ではあるが、仕方のない事でもある。何故なら、12月といえば普通ここは営業を停止しているのだから。
 それなら何故ここに来たのか。答えは簡単だ。普段ここで働く娘が無くした物を探す為。その為だけに、親が傭兵を雇った。
 なんと贅沢な。
 正直どうかと思う程の過保護によって傭兵達は娘を伴って山荘にまで来たのだが‥‥その過保護は、偶然にも本当に娘の命を守る事に繋がった。
 11月から閉ざされていた山荘に、キメラが棲み着いていたのだ。
 扉を開けた娘に迫る影。傭兵が咄嗟に彼女を庇うと、その影は慌てて姿を隠した。
 それが、7時間前の事だ。
 それからアンネの探し物を手伝いつつキメラも探して、現在2100時。
 探し物は見つかったもののキメラは見つからず、そのうちに吹雪いてきてこの有様、というわけである。
「あの娘が能力者だったら、徒歩ででも下山するのに」
「でもキメラもまだ見つかってないし、放置するのも問題かも」
 やはり山荘で少なくとも一晩は明かす事になりそうだった。
「あの、コーヒー、どうぞ」
 アンネが申し訳なさそうにホールに戻ってくると、挽きたての芳しい香りが漂ってきた。

「さて」
 この後どうするか。
 山荘内のどこかにキメラが1体――あるいは2体か3体かいるとはいえ、接触した時の感じでは油断さえしなければ大丈夫だろう。では、この閉ざされた世界でキメラ退治以外に何をしようか。
 のんびり身体を休めるのもいいかもしれないし、思索に耽るのもいいかもしれない。また現在レストランであるだけに緊急時に備えて備蓄してある食料もある筈だから、何かを作って料理に舌鼓を打つのもいいかもしれない。はたまた誰かと友好を深めるか。
「『こんな殺人鬼がいるかもしれない所にいられるか、わしは部屋へ戻る!』」
「‥‥」
 アンネが突然「のヮの」こんな顔してお約束をのたまった。傭兵が疲れたように反応してやる。
「‥‥どうぞどうぞ」
「え、あ、嘘ですごめんなさい」
「てか部屋ってどこだよ」
「‥‥。‥‥てへぺろ★(・ω<)」
 はたき倒したくなった。アンネの全開のおでこと相まって、わしゃわしゃと前髪を下ろしてしまいたくもなってくる。
 ‥‥まぁ、それはともかくとして。
 山荘の一夜は、まだ始まったばかりだった。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
レヴィア ストレイカー(ga5340
18歳・♀・JG
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

「トランプやろーぜトランプ! 大貧民!」
 相変わらずのKY(褒め言葉)で静寂を破ったのは植松・カルマ(ga8288)だ。勢い込んで荷からカードを取り出すカルマに、レヴィア ストレイカー(ga5340)が反論する。
「う、植松殿! まずは守りを完璧にし、然る後に‥‥」
「まま、一晩ずっと突っ張ってんのも疲れんじゃねースか!」
「無駄よ‥‥カルマが調子に乗るとほぼ止まらないわ」
 ロッテ・ヴァステル(ga0066)が憐れむようにレヴィアの肩をぽんと叩いた。その拍子にロッテは自身の体に引き攣った痛みを感じ、ほんの僅か眉を寄せた。
 独り座って珈琲に口をつけつつも、キア・ブロッサム(gb1240)はそれを見逃さない。が、敢えて何も言わず、嘆息した。
 ――隙を見せた、方が‥‥キメラも‥‥。
「‥‥護衛はナイトに御任せして‥‥さっさと済ませてしまいたい、かな‥‥」
「同感だ。こんな所では‥‥、‥‥ゆっくり考え事もできん」
 ホールの壁に体を預け、杠葉 凛生(gb6638)。凛生とは逆の壁際でじっと窓の外に目を向けていたムーグ・リード(gc0402)の瞳が、少し、揺れた。
 再び沈黙の帳が下りる。
 と、カルマが焦れたように突如「っしゃ大貧民なもー決定で!」なんて小さな横暴を振るい、テーブルを3個くっつけた。
「ほら皆テンション上げてくッスよぉ! 席ついて席、8切りと革命返しアリアリな!」
「そしタラちょと待てねー、僕夜食作ってくるヨ」
「チョッパヤで! ぼちぼち始めてるッスから」
「腹が減っては24時間戦えますかって言うカラね。オナカ空かせとくといいヨ」
 ラフに着崩した格好のままラウル・カミーユ(ga7242)が厨房へ向かう。
 キアがラウルの後ろ姿を秘かに目で追う。カルマは端正な顔立ちをへにゃと崩して笑うラウルに対抗するように、気合を入れた。
「‥‥皆大貧民解るッスか。解んねーならこのイケメンが直で教えちゃうッスよぉ」
 卑屈に人気を取りにいくカルマである。
 そこに、幸臼・小鳥(ga0067)がこれだけは譲れないとばかりツッこんだ。
「大貧民じゃなくて‥‥大富豪ですぅー! 大貧民なんて名前‥‥後ろ向きすぎますぅー!」
 ‥‥割と、どうでもよかった。

●第1の殺人
「んー、何があるカナーっと」
 厨房地下の貯蔵庫を覗くラウル。腰に差したアルティメット包丁が暗闇に鈍く光った。
 明りを点ける。チーズやら米やら保管の利く食材がずらりと並び、ラウル、嬉しい悲鳴だ。
「リゾットとー、スープ‥‥野菜あったラいいんだケド」
 米その他を持って鼻歌を口ずさみながら厨房へ。手早く食材をざく切り。鍋に火を入れ、スープの灰汁を取りつつ米を煮込む。気付けばホールから盛り上がる声が聞こえてきて、時計を見ると30分過ぎていた。
「早くオイシイの作って僕も混ざりタいナー」
 味見。うん、なかなか。皆どんな顔で食べてくれるだろう。暖炉がついてるけど結構寒いだけに、はふはふ言ったり誰か零したりして、仕方ないなーなんて拭いて。
 想像すると自然に笑顔が溢れてくる。皆でお泊りみたいで楽しみだ、とラウルが火の具合を見ていた、その時だった。
 死角から、命を狩り取る凶刃が伸びてきたのは。
「っ!?」
 気付いたのはその刃が肌に触れる直前。咄嗟に右へ倒れながら包丁で払うラウル。首から血が噴き出る。ボウルがぐわんと床に落ちた。さらに凶刃が迫る。ラウルが床を転がって避け、敵を確認した。
 妖精のような体に不似合いな凶悪な鎌。
「敵発見ダヨ、支援‥‥!」
 ラウルが報告する間もなく追撃してくる敵。背が厨房の壁についた。ラウルが一撃を覚悟した、瞬間。
 ガァン‥‥!
 どこかから銃声がしたと思うや、眼前の敵が傾いだ。すかさずラウルは包丁で払い、懐から出した拳銃を敵に押し付け、引鉄を引いた。
「‥‥僕の料理、待ってル人いるんだヨ」
 黒い血潮が飛散する。ラウルが立ち上がって鍋を見る。影響なし。安堵の息を吐く。
「‥‥誰だっタんダロ」
 銃撃してくれた人は。まぁ食べながら訊くか、とラウルは火を止めた。

●第2の殺人
 ラウルが夜食を持ってきた時、最初に目に入ったのは窓際に戻るキアの後姿だった。波打つ銀糸が美しく、仄かに‥‥硝煙の臭いがした。ラウルが礼を述べるとキアは「仕事‥‥ですけれど」と舌打ちを堪えるように返した。
 ロッテが痛む体に鞭打ち、立って出迎える。
「無事だったかしら、ラウル‥‥」
「ん、余裕だヨ!」
「敵の詳細を。正体さえ判れば護衛も格段にやりやすくなります」
 レヴィアが真っ直ぐな瞳をラウルに向けると、彼はこれでも食べながら、とふにゃんと相好を崩した。
 かくしてアンネを中心にロッテ、小鳥、レヴィア、ラウル、カルマが囲んだ卓に料理が到着する。
 蕩けたチーズの香りが鼻腔を擽り、ボルシチ的な赤いスープが目を潤す。レヴィアがトマトの匂いを鋭く見抜き、スープを脇に避けた。
 カルマがスプーンでごろっとした人参を掬い、口に含んだ。途端に温もりと程よい酸味が体を満たす。
「スープは缶詰のトマトと野菜だケド」
「いやそれでこの美味さって何スか! やっべマジパネェ‥‥思わず口からビーム出そうなレベルで!」
「それは褒めてるの?」
 静かにツッこむロッテである。
 アンネがこんな事で大丈夫なのかと苦笑した。レヴィアが彼女の手に優しく触れ、微笑する。
「警戒してる相手を前に下手に動けば、滅ぶのは己自身。それはキメラも同じですから。どこぞのスパイ映画のように全てを掻い潜って貴女を襲う事はまず不可能でしょう」
 いくらノリが良くても一般人は一般人。それで少しはアンネの気も楽になったようだった。
 一方でラウルの招きを断り、各々別の壁際であるいは珈琲を啜り、あるいは外を眺めていた3人は。
「‥‥モウ、一度、探索、シテ、キマス‥‥」
 ムーグが言葉少なにホールを後にする。止めんとしたロッテを遮り、キアが口を挟んだ。
「私が‥‥つきますので。元より此方から‥‥キメラを探そうと思っていましたし、ね‥‥」
「‥‥了解。何かあればすぐ‥‥」
 解っているとばかりわざとらしくドレス裾を摘み、仰々しく一礼するキア。そして扉に向かい、通路に出ようとした時、ほんの一瞬足を止めてみた。
 すると。
「‥‥‥‥、‥‥俺も、行こう」
 相反する感情に翻弄されたまま、凛生が我知らず口を開いていた。

「探査の目でも‥‥視えません、か」
 薄暗い通路。
 とぼとぼ歩くムーグの15m後ろを隠密潜行で尾行しつつ、キアが凛生に訊く。凛生は立ち止まって勘を研ぎ澄ましてみるが、どうも思考がぼやけ、山荘内にまだ何かいるとしか判らない。
 銃を脇に構え、凛生が肩を竦めた。
「すまんな」
「‥‥それは、敵の隠密性の問題‥‥? あるいは」
「ああ。余程臆病らしい」
「臆病。臆病、ですか。ま‥‥ご自由に‥‥」
 絶妙に嫌な所で引くキア。凛生は苦虫を噛み潰したような表情で前を行くムーグの背を見つめた。よりによって今見たくなかった、彼の背を。
 敵の気配はまだない。
 雪山は人を凍らせる。だったら。
 凛生は胸の奥で希う。じくじく痛む心を無視して。
 だったらもう一度だけ、俺の『時』も凍らせてくれ。

『戦友』
 霊験あらたかな町で宣告された言葉は、ムーグの心を蝕み続ける。
 解っていた。凛生とて苦しんでいる。だからこそ迷いを断ち切る為、自分達の為に敢えて言ってくれたのだ。それは解っている。でも、それでも。どんな言葉を当てはめるべき感情なのか知らないけれど、知らないままのソレに縋ってはいけないのか。必ずソレをはっきりさせないといけないのか?
「‥‥ドウシタラ、良い、ノ、デショウ、ネ」
 それは一般的に忌避されるべき灰色の逃避だと言われるかもしれない。それは解っている、けれど。
 ムーグがいつの間にか曲がっていた長身を伸ばし、前を見た。右と左に道があり、どちらに行こうかと逡巡する。
 直後、うなじを何かが駆け抜けた‥‥!
「ッ、‥‥!?」
「伏せろ!」
 男――凛生の声。咄嗟に前転して銃を構えるムーグ。銃声が響く。敵が跳ねる。ムーグが跳ね起きて振り向くと、キアと凛生が狭い通路に並び立ち、じっと敵の動きを見定めていた。
 歴戦の強者の目にすら影しか映らない速さ。敵が跳弾の如く縦横無尽に通路を駆ける。キアのドレスが裂け、盾を潜って凛生の脇腹を抉る。
 見られたら殺すとばかり、臆病なくせに逃亡を考えない敵。幾度もの襲撃の末、漸く目が慣れてきた。すれ違い様にキアが蛇の爪を振り上げる!
 肩口から出血。代りに敵が床に不時着した。その隙を逃さず、凛生とムーグが同時に攻撃する。断末魔もなく絶命する敵。2人が息を吐き――目を、背けた。
 面倒そうにキアが血を拭う。
「‥‥杠葉、探査の目を」
「‥‥、おそらく、もういない」
「おそらく、ですか‥‥」
 キアは2人に背を向け、歩き去った。

●山荘の一夜
「昼は景色も綺麗で‥‥良かったのですけどねぇー」
 2330時。小部屋に篭り、ソファにだらーんと横たわった小鳥が言うと、立ったままのロッテがコンコンと窓を叩いた。
「世の中そう上手くは回らないものよ‥‥いや、此の場合は回ったのかしら」
「アンネさん‥‥大丈夫でしょうかぁー」
「カルマとレヴィアが傍についてるから‥‥私達は私達にできる事をやるだけよ」
 服の端から包帯が見え隠れする2人。その負傷中という点を逆手に取り、敵を誘き寄せる囮として今ここにいる訳だが、敵はムーグを襲撃して以降何の兆候も見せない。
 となると部屋でのんびりするしかない2人で。1人になった方が囮としては良いかしら、とロッテが思案していた時、小鳥が口を開いた。
「ロッテさんも‥‥座りましょぅー」
「いえ、私は‥‥」
「ここ‥‥ここですよぉー」
 ソファの背側にころんと寄る小鳥。うつ伏せで上目遣いに嘆願する小鳥を見ていると、なんとなくロッテも無下にできない。
 ロッテがソファに横座りする。小鳥が腕を取り、引くと、ソファで2人の体が重なった。温かい。小鳥の指がロッテのそれと絡められる。
 心が溶け合う。
「にゃぁー‥‥」
「今日は随分甘えるわね」
「ロッテさんを‥‥過保護してあげようと‥‥思っただけですよぉー」
「嘘言いなさい、自分が寒かったんでしょ」
 耳元で囁くと、小鳥は悪戯がバレた子供のように幸せそうにはにかんだ。

 ずず。珈琲を啜る音がホールに響き、直後、
「ッに、苦‥‥」
「え?」
「あいや何でもねースよ、フフッ‥‥これぞオトナの俺ダンディ! 的な!?」
 首を傾げたアンネに見栄を張るカルマである。
 ラウルが口直しにと4人分のコーンスープを持ってくる。彼自身が真先にそれを口に含んだ。すると、
「っぁ、が!?」
 がたーん。ラウルが喉元を押え、ひっくり返る。カルマが駆け寄る。レヴィアが即座に周囲に銃を向けた。
「ちょ、ま、ラウルサン!?」
「き‥‥」
 アンネが悲鳴を上げそうになった、次の瞬間。
「なーんてネ☆」
 ラウルがけろっと立ち上がった。
 一同呆然だ。心なしか吹雪が強くなった気がした。アンネが腰を抜かしてへたり込む。レヴィアが慌てて支えたところで、カルマが猛然と声を荒げた。
「マジ卑怯すぎだわクソ! そーいうのは俺の役目っしょー!!」
 ‥‥そういう事ではない。
 気を取り直し、4人はホールの真ん中で卓を囲む。レヴィアが少女に声をかけた。
「ま、まぁとにかく。こんなノリの2人ですがおそらく自分以上の戦士でもあります。自分らがいる限り、どんな状況でもどんな相手でも、大丈夫ですから。アンネ殿には傷一つつけさせませんよ」
「は、はい‥‥」
 吊り橋効果とは同性でも通用するのか。
 レヴィアを見るアンネの目が変っている気がしなくはない。カルマがそれに気付き、慟哭した。
「ロマンスの神様の馬鹿野郎――!」

●Eins
 かつての独裁者はここで何を思ったのだろう。
 凛生はその人物が心を寄せた女性の部屋の中央に立ち尽し、吹雪の音に耳を傾けていた。目を瞑り、ただ暴力的な自然だけを感じて呼吸する。
 70年前の空気など、体に入ってはこない。煙草を銜え、火をつけようとして――やめた。窓に向かい、それを開ける。刺すような寒さが吹き込んできた。質素な調度品がかたかたと悲鳴を上げる。
 独裁者の吸った空気を感じられないのなら、この寒さの方がまだマシだ。
「‥‥何も見えやしねえ」
 窓の外は白と黒。山荘だけが煉獄に堕ち、天と地の狭間で浮いているようだ。
「‥‥寒いんだよ、クソ」
 寒風吹き荒ぶその中で、凛生はかつて独裁者が呟いたかもしれない言葉を、独り吐き出した。

 テラスには数cmの雪が積もり、ムーグが歩く度に大きな跡が残る。
 白一色にそんな跡をつけてしまう事への罪悪感を覚え、ムーグは困ったようにその場で立ち止まった。
「‥‥ム」
 意を決して壁際へ大股移動。安堵して壁に背を預けた。
「‥‥」
 そうして落ち着いてしまえば、鎌首を擡げてくるのは寂寥感、不安感、孤独感。
 ムーグが我知らず嘆息すると、白い息が風に消えた。
「‥‥イツカ、変ワル、ノ、デショウ、カ」
 線を、引かれた。互いの為だとは解っている。でも、その線がムーグの心を刻み、一部を切り取ってしまう。ただ1本の線が人を変える。いや、変らざるを得なくさせる。
 俯いたムーグの前に広がる、白い積雪。
 踏み荒してしまおうか。ふとそんな誘惑に駆られた。
「‥‥、‥‥雪ハ、苦手、デス‥‥」
 でも、もし。
 もしこの雪を滅茶苦茶に踏み荒してしまえば、何かが変るのだろうか。

●第3の殺人
 2500時。
 凛生の直感を端から信じなかったキアは、敢えて単独行動に出た。こんな馬鹿げた依頼で一晩ずっと気を張り続けるのは面倒なのだ。さっさと倒し、眠りたい。それに汗もかいたし。
 脳内で結論付けると、キアは従業員のロッカーへ向かう。
 黒いドレスを脱ぎ、下着を外す。どこぞからカルマが覗いていないか改めて確認し、隣のシャワー室へ。
 蛇口を捻り温度調節。適温になったところで白い肌に湯を浴びせた。
 たちまち湯気が立ち込める。視界の半分以上が白い靄に覆われた中、贅沢を堪能するキア。肢体を舐めるように湯が双丘を撫で、落ちていく。次第に朱が差してきて、キアは熱の篭った息を吐いた。
『上を向いて細い首筋を晒し』、鎖骨に指を這わせる。そして徐に瞼を閉じ――同時に、その場から跳び退った。
 1秒前までいた空間を裂く刃。銀糸がばらばらと切断される。キアは微塵も動じる事なく素早く扉を開け、バスタオルごと銃を取った。間髪入れず背後へ銃撃銃撃銃撃!
「‥‥これでゆっくり眠れそう、ですね‥‥」
 ダンスの如くターンして体にタオルを巻きつけるキア。開け放たれたままのシャワー室では、絶命した敵が醜悪な骸を晒していた。

 かくして山荘に静寂は戻り、一晩を明かした一行は無事下山する事となった。
 見つけたものと、見つけられなかったもの。
 色々な感情を、ない交ぜにしたまま‥‥。

<了>