●リプレイ本文
「うわ、空からオッサン降ってきたわー」
「ん、へんな天気ー。なんかへんなのもいるし」
皆の思いを代弁したのは植松・カルマ(
ga8288)と舞 冥華(
gb4521)だ。あまりの展開に唖然とする8人だが、一方で体は即座に次の行動へ移っていた。
左右に散開する8人。遮蔽物に身を隠し、敵陣を窺う。
「ぬう!? いきなり隠れおった!」
何やら喚くガンボはとりあえず無視だ。
「あの布陣、何だか嫌な感じ」
「血の気の多そうな奴にしては、随分悪趣味な取り巻き‥‥」
東の岩陰に智久 百合歌(
ga4980)、西の木陰にシフォン・ノワール(
gb1531)。2人が各々の感情を漏らすと、それぞれ付近に隠れた味方が口を開いた。
「ああ、全くな‥‥!」
シフォンと同じ木陰に屈んだ龍深城・我斬(
ga8283)が舌打ちした。ロッテ・ヴァステル(
ga0066)と幸臼・小鳥(
ga0067)もやはり西の樹を上手く使う。
「偵察どころじゃないわね‥‥」
「子供に‥‥あんな‥‥あんなぁー‥‥!」
「落ち着きなさい」
小鳥を諫めるロッテ。握った拳は白く変色し、小鳥でなくともその抑えられた怒りは感じ取れた。
小鳥が深呼吸して地図を広げる。
「停戦ラインは‥‥越えないようにして‥‥懲らしめてやりましょぅー」
シフォンがこくと首肯し、鷲の名を冠した弓を握る。そして秘かに南下して西から敵に当たろうとした時、戦場に少女の声が響いた。
「ねぇあんた」
●少女の機転
「アフリカの、子供‥‥」
百合歌の近くの岩陰に屈んだ愛梨(
gb5765)はぎりと奥歯を噛み締めた。同じ岩陰に伏せるカルマが散弾銃に弾を込め、
「確かあの辺不干渉地帯ッスよね」
「ええ。後ろの方の子はまだ越えてない筈」
地図を確認する百合歌。百合歌に抱きついた冥華が「めんどいー。ゆりか線ひーてきてー」と無茶振りすると、百合歌は頭を撫でつつ「じゃあ一緒に行きましょうか」と適当に躱し、敵を睥睨した。
焦れたようなガンボと、虚ろな目の子供。
そろそろ動かねば大男が何をするか解らない。百合歌が腰を浮かせたその時、愛梨が声を張り上げた。
「ねぇあんた、ガンボとか言ったっけ。いいの? ライン越えちゃって。バリウスの指示じゃないんでしょ?」
この調子では偵察できそうもないと考えた愛梨の苦肉の策。少しでも情報を得ようとしたそれは、暇を持て余した敵の興味を引くに充分だった。
「うむぅ。我は知らん! だが確かドゥアーギ殿が何か言っておった」
「ドゥアーギ?」
「ぬお!? 貴様、何故あの方の名‥‥ははぁ、さてはスパイ!」
「いやあんたが今言ったし」
「何だと!? この女、卑劣な話術を使いおる‥‥」
頭痛がした。
愛梨が上手く気を引く傍ら、東西に分かれた8人は静かに敵を挟み込むべく移動する。
「何処から来たの?」
「言わん!」
「‥‥その子達はどうしたの」
「知らん!!」
「何でここに来たの!」
「脚じゃ!!!」
「理由訊いてんのよこの馬鹿!」
「ぬぅう、もうよい! 我からゆくぞ!」
大音声で宣言するや、敵が脚を溜めて踏み出した――と思った次の瞬間。
敵は空間移動したかの如く、愛梨の隠れていた岩を粉砕していた。AU−KVに小石が当る。敵が拳を引くのがコマ送りで見えた。愛梨が薙刀に手を伸ばす。寸前、敵の左拳が装甲をぶち破り、腹にめり込んだ。
「早く闘るぞ、人間」
「ッ‥‥るさい、ばぁか」
愛梨の口から黒い血が溢れる。辛うじて薙刀を払うが敵は難なく受け、拳打を繰り返した。
僅か数秒。漸く傍の3人が反応する。
最短距離を突く百合歌の鬼蛍。大上段から下されるカルマの魔剣。2つの軌跡が吸い込まれ、敵は2人に意識を向けた。愛梨が竜の翼で距離を取り、代って冥華が近接する。
「へんなおっさんはたんとー者におしつけるのにー」
「変? 素敵なオッサンと言えい!」
瞬く間に冥華に掴み掛った敵が頭突。それだけで装甲に亀裂が走り、冥華の視界が回る。
強引に割り込むカルマ。百合歌と目配せし、同時に斬りかかる!
「戦いてぇんだろ? なら超ツエー俺とヤれやゴルァ!」
まるで瞬間移動。だが違う。単純に強靭すぎる足腰で砂を掴み、跳んだだけだ。それが、比較的離れていた西の4人には判った。
「あの図体でよく動いたものね‥‥!」
ロッテと小鳥が岩陰を飛び出す。
我斬とシフォンは、ロッテ達が弾雨を抜けて東へ向かい敵を背後から攻撃するのを見届けると、さらに南下していく。
「無茶苦茶ね‥‥本当に面倒だわ‥‥」
「ある意味扱いやすそうだがな」
俺が突っ込むから援護頼む、と我斬。シフォンが小さく頷き、僅かに隆起した砂山の端に屈んだ。
我斬の明鏡止水が光を反射する。シフォンが矢を番えた。
「‥‥百合歌、冥華、愛梨」
『愛梨さん、大丈夫?』
『まだ、ね。カウント後に射撃、10秒したら吶喊で』
『ん、冥華のべおうるふがとどろきうなる』
淡々と数えるシフォン。そして。
鷲の矢と電磁波。銃より慎ましい音を立て、東西の攻撃が子供を襲った‥‥。
●少年少女の存在理由
「‥‥躊躇う理由はないわ。撃ち抜くだけ‥‥」
シフォンが一息に矢を番え、射る。虚を穿つ矢が次々少年の胸に突き立ち、敵15体のうち、6体が西に向き直った。機械的に銃撃する敵。砂山が銃弾をせき止める。さらに一矢を最も近い少年の頭部へ。片目を貫き、液体が散った。我斬が突っ込む。
反対側、百合歌はチューブを銃撃する。それは過たず管を破り、蒸気のような何かを噴出させた。愛梨の指揮棒が少女を指す。冥華が飛び出した。
「どかーんってふっとばすー」
東を向く敵は9体。そのどれもが胸から上だけ見るとあどけない子供ばかり。百合歌と愛梨が痛む心を無視するように得物を振るった。
「あまり、苦しませたくないわね」
「‥‥ん」
手近な少女に躍りかかる2人。百合歌の横薙ぎが敵を北へ弾き、愛梨の刃が胸を裂く。
至近からの銃撃が3人を襲う。何故か照準は腰より下のみ。脚を撃たれるが、構わず反撃する。
冥華の斧が1体の体を粉砕し、百合歌の刀が首を飛ばした。愛梨の薙刀が心臓を貫くと、百合歌もまた安らかな死を与える。
敵は腕を垂らし、腰近辺から撃ちまくる。入り乱れ、我斬も含めた乱戦になっていく。シフォンの矢が快いリズムで1体の頭から腹までの正中線を貫いた。我斬の豪腕が少年を屠る。
「この手応えのなさ‥‥」
自爆もなければ必死の抵抗もない。むしろ敢えて殺されているような気さえした。百合歌も引っ掛りを覚えるが、やる事に変りはない。血潮を浴び、彼らは子供を殺していく。そして。
「悪いな。本当に悪い、が。俺達が確実に勝つ為に、お前らにも働いてもらう」
我斬の手によって、それは行われた。
「あなたのような人は‥‥一切の遠慮は‥‥しないのですよぉ!」
小鳥のロケットパンチがガンボの背を叩き、ロッテの脚払いがガンボに直撃する。だがびくともしない。敵は正面のカルマに薙刀をぶつけると同時にロッテの脚を踏み抜き、地響きすら起した。
「ッ‥‥!」
「軽い、軽いのう!」
圧倒的迫力。間近で見上げると黒い巨木のようだ。
「ロッテサン跳ぶッス!」
上半身だけで跳ね、腰を捻って左ハイ。カルマの一閃と合せ、敵が僅かに体勢を崩した隙にロッテが敵から抜け出した。カルマが敵足元に散弾をぶちかます。さらに小鳥が連射!
よろめく敵。カルマが渾身の力で突くと、敵は服が裂ける勢いで大胸筋に力を込めた。
ずん‥‥!
カルマの力でも刃半分しか通らない。嫌な予感。3人が示し合せたかの如く飛び退くと、刹那、敵が両腕を広げて回転した。砂塵が舞い、暴風が叩きつけられる。敵が肩を怒らせ四股を踏んだ。
「足らん、魂でぶつかれい!」
「るせェ! 付き合ってらんねーよ!」
「なんと惰弱な‥‥正面よりぶつかる事こそ漢の本望! そうではないのか!!」
「俺ァ戦う事じゃなくて勝つ事が好きなんでね。ここで死ぬつもりは無ェんス、よぉ!」
剣戟。カルマの剣とガンボの薙刀が重々しい音を響かせる。ロッテが懐に飛び込み腿を裂いた――直後。
それは、起きた。
●REC
「そこのおっさん、こっち見ろ!」
「うむぅ!?」
その場の誰もが動きを止め、声――我斬に注目する。
この時既に子供は我斬が首を掴んだ少年だけ。そして傭兵が何故子供を人質のようにしているのか疑問に思うより早く、我斬は、少年の腕を斬り落した。
少年の絶叫が木霊する。洗脳か何かしているくせにそこだけは人間そのもの。傍の百合歌や愛梨すら唖然とした中、我斬は平然と両腕、さらに右脚を切断した。
「ふん、無反応ね。やっぱこいつらはお前にとっちゃただの駒か」
「なにおう‥‥!?」
「何を憤る! これは戦争だぞ。敵対してきた以上、何されても文句は言えん。まして先に手を出したのは、お前らだ」
残る左脚を叩き斬る。鮮血が我斬の手を染め、少年が痙攣した。砂地に達磨となって横たわる少年の傷口からは血がしとどに溢れ、急激に彼を死が蝕んでいく。
ガンボはそれに視線を『向けず』激昂した。
「貴様! 我を、この我を試すかあああああああああああああ!!」
ガンボが我斬のみに囚われ、そちらに踏み出す。そこをロッテ達が狙う!
「今が‥‥チャンスですぅー!」
「往ねやオラァ!!」
ロッテとカルマ、前後同時の攻撃が敵を穿つ!
間髪入れずロッテのハイが敵顔面を捉えた。カルマの魔剣が光を集束させ闇色に瞬く。両断の剣が一閃二閃。敵が初めて呻き声を漏らした。小鳥が大胆に肉薄して零距離から胸に散弾を撃つ撃つ撃つ!
「ぬ、ぐぅ‥‥!?」
「まだ‥‥ですよぉー!」
超機械の拳が敵の腹を抉る!
会心の連撃。小鳥が離れんとして――上から振り下された拳が肺まで突き刺さった。さらに敵は薙刀の柄で殴打し、小鳥の体をボロ布のように捨てる。
一瞬にして様々な感情が駆け巡るロッテ。敵を殺すその為に低く懐に潜り込むロッテ。彼女を蹴り飛ばし、ガンボが我斬に向かって跳んだ。黒き弾頭と化した敵は最短距離をぶち抜き、頭から我斬の腹に直撃する!
「が‥‥!」
くの字に折れる我斬の体。我斬が後ろに吹っ飛ぶより早く敵は彼の髪を掴み、強烈な頭突きをカマした。頭蓋が割れる。血が噴出した。我斬はほぼ無意識に剣を振るう。腕で受ける敵。
いち早く我に返った百合歌が斬撃を飛ばす。敵が我斬を放した。その隙に我斬は照明銃をガンボ目掛けて放つ。閃光が辺りを白く染め、命からがら我斬は遮蔽物まで駆け抜けた。
「人間‥‥我を苛立たせるな。貴様らはただ戦っていればよいのだ!」
「勝手な事を」「ん、たたかってばっかりじゃつかれるー」
愛梨が顔を顰め、冥華が斜め上に同調した。
百合歌、シフォンも合せ、距離を取って敵を囲む。敵が舌なめずりするように4人を見回した。そしてガンボにとって初見だったシフォンに狙いをつけ、敵が切先を彼女に向けた。その時。
「そんなに暴れたければ地獄でやってなさい‥‥!」
気配を絶って忍び寄ったロッテとカルマが、左右から巨躯を貫いた‥‥!
●罠
「ぬうぅ!?」
ガンボが吐血しつつ薙刀をぶん回す。
予想外の苦戦でひとまず傭兵から離れんとしているのか。が、満身創痍のこの状況で『本気で』形振り構わなくなられるのはこちらとて怖い。素早く計算した愛梨はずっと気になっていた南――バグア側の岩陰に向き直り、ちょっとした賭けに出た。
「いつまでもそこに居ても無駄よ。こっちから侵犯する事はないからね」
斜に構え、余裕綽々といった体で。腹は破れ、視界は薄暗い。嘔吐感が逆に意識を繋ぎ止める極限状態の中でやってのけたそれは、
「‥‥成程、それは残念です」
見事本命を引き当てた。
青白い肌とスーツ。岩陰から現れた痩身の男は、何かを懐に仕舞いながら無表情でこちらを見据えた。皆が動きを止める。
「では邪魔者は退散するとしましょう」
「あんた」愛梨が顎でガンボを指し「さっきこいつが言ってたドゥアーギとかって奴?」
無言のまま踵を返し、男は離れていく。傭兵達はそれを一瞥し、ガンボに視線を戻した。
距離を取って包囲してはいるが、何をするか判らない怖さがある。ロッテ、カルマが頷き合い、同時に敵へ突っ込んだ。敵が大地を超振動のように踏み鳴らし、局地的地震を引起す。体勢を崩す傭兵。その間隙を衝き、敵は限界まで脚を溜め、一瞬で天高く跳び上がった。
シフォンが素早く空へ矢を射るも届かない。大音声が轟いた。
「はっはぁ、人間を侮っておったわ! 今日で終らすのは勿体無い、また闘り合おうぞ!!」
負け惜しみか、他意はないのか。
「ん、にどとくるなー」
「また、めんどくさいのが‥‥」
冥華はけろっと手を振り、シフォンはげんなりと呟く。
名ばかりの『停戦』を遵守したその意味に、気付かぬまま‥‥。
<了>
ピエトロ・バリウス要塞近郊。
手ずから作った小さな墓を前に、彼女達は祈りを捧げていた。
「Kyrie eleison――主よ憐れみ給え」
百合歌がロザリオに詠う。包帯ぐるぐる巻きでロッテにおぶさった小鳥が目を伏せた。
「今できるのは‥‥これくらいですがぁ‥‥」
「せめて安らかに‥‥ラ・ソメイユ・ペジーブル」
十字を切るロッテ。
愛梨はそんな3人と墓を、離れてじっと見つめる。
「動くのが、遅かったんだ」
独りごちた後悔は誰にも届かない。
腹の傷は物理的に塞げるが、心はどうしようもなく砂塵に曝され続ける。愛梨はじくじく痛む胸を自ら抉るように、子供達の顔を思い浮かべた。
乳歯が欠けた子。頬に取れかけの絆創膏があった子。きっと笑えば可愛いえくぼが見れたであろう子。
――土地を解放できても‥‥人がいなきゃ‥‥。
意味がないなんて事、ない。だって土地を、故郷を取り戻したくて頑張ってる人を知っているから。でもその人も家族や旧友や、喧嘩した人がいない故郷を眺めたらどう思うだろう。
「‥‥あたしは」
彼らに救いを齎す事はできない。だから、進む。きっとそれが逃避ではないと、信じて。
北アフリカ某所。
それを見つけたのは、要塞へ移動中のとある小隊だった。
「ビデオカメラ?」
絶妙に砂を被らない所に放置されたカムコーダ。スーツのポケットにも収まる大きさで、兵が手に取ると、なんと壊れてもいない。別の兵が録画部を開き、再生してみる。
そこには子供達が映っていた。映像は荒い上に胸から上のアップで状況は不明だが、何やら能力者らしき人間に殺されていっている。最後には拷問の如く手足を切断される少年の姿。
「これ、は‥‥」
兵は同僚に見せ、同僚は上官に届ける。小隊長は中隊本部に、そして大隊へ。緘口令を敷かれたその発見だが、その映像は機器が要塞へ届くまでに様々な人の目に触れてしまう。
噂は尾ひれを伴いUPCアフリカ軍内を駆け巡り、遂には士気に無視できない影響を及ぼすようになった。
「拙いな。今の状態で敵が攻め込んできたら‥‥」
上層部の1人が顔を歪めて呟く。
そして、生前のバリウスなら敵の隙は逃さない、と。