タイトル:パリの灯マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/05 02:23

●オープニング本文


 欧州、フランスはパリ。
 その真ん中を流れるセーヌの川面は穏やかで、10月も下旬の夕空を鮮やかに映していた。
「ふむぅ。よろしいとは思いますが、ティンと来るものがありませんねぇ」
 シテ島。セーヌ川の中央に浮かぶ最も古きパリ。
 ノートルダムから程近い広場に彼――チャールズ・ムンテはいた。彼の周りでは多くの人間が忙しなく動き回り、各々のやるべき事をこなしている。まさに優秀な指揮者に統率された群集であるかのように。
「座長ー。舞台この辺でいッスかー?」
「そちらはそれで構いません。あぁ、照明さん」
「はい」
「フットはできるだけ近づけて。スポットライトは2本です。サスも吊れますので本日の演出を考えておいて下さい」
「分かりました」
「いつもながらホリはありませんけども」
「はは。ハムレットにホリなんか無粋ってもんです」
 ハムレット。シェイクスピアの有名悲劇。つまり、古典だ。
 彼らが話す間にもみるみる作業――簡単な舞台の組立は進んでいく。広場の一角を占める形で巡らされたちょっとした天幕から、夕空が透けて見えた。
 照明が自信満々に自らの作業に戻るのを座長は眺め、ため息をついた。
「私は刺激がほしいというに。‥‥刺激。ふむぅ、刺激‥‥」
 彼はふと思いついた。
 今、この世界でおそらく最も刺激に満ち溢れているのは、傭兵ではないだろうか。ならば彼らのアイディアを取り入れれば、もしかすると定石に凝り固められた古典も違う輝きを見せるのではないか。
 いや、無論いかにも古典らしい古典も大好きなのだが。
 新世代のマイニンゲン一座であるなどと自称する座長が心の中でそんな事を考える。
「さて、そうと決まれば」
 座長は今宵限りのパリの公演に傭兵の演出を取り入れる事を決意するや、急いで連絡を取り始めた。

 ◆◆◆◆◆

 夜の帳が下り、街の灯がパリを彩る。
 月明かりと人工の灯りに薄ぼんやりと照らされた広場の一角には暗闇の中で煌々と輝く舞台があり、観客達は一夜限りの公演を今かとばかり待ち侘びていた。
 脇に集った傭兵達に座長が言う。
「あなた方に演出をお願いしたい場面は第5幕第2場、つまりラストです」
 王妃――ハムレットの母が毒を呷って死に、ハムレット自身は友人と決闘して相討ちとなる。その上で彼は最期の力を振り絞って父の仇である現王まで殺し、果てる。そんな彼の死出の旅を讃え、軍楽と弔砲が辺り一帯に鳴り響く。
 4つの死が物語を一気に収束させる名場面である。
「照明と音響と役者の演技指導。書き割りを作る時間はありませんが、小道具なら何とかなります。とにかくそれらの演出を考えていただきたいのです」
 演技指導の場合は実際に舞台に立つ事はできないが、照明と音響に関しては実際にやってほしいとのこと。
「あぁ、演りたければローゼンクランツやギルデンスターンを実際に演じて下さって構いませんよ。殺される場面だけ捩じ込みましょう」
 ラストまで2時間強。
 ほぼ照明・音響・演技指導だけで座長を満足させるのは難しいかもしれないが、ともかく思うようにやるしかない。

 シテ島。
 そんな舞台とは離れた場所で、セーヌ川をじっと見下ろしている傭兵がいた。
 その傭兵は深く息を吐くと、小さく独りごちた。
「行くべきか行かざるべきか、それが問題だ」

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
L45・ヴィネ(ga7285
17歳・♀・ER
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
メシア・ローザリア(gb6467
20歳・♀・GD
ロシャーデ・ルーク(gc1391
22歳・♀・GP
リック・オルコット(gc4548
20歳・♂・HD

●リプレイ本文

 ――Kyrie eleison Christe eleison Kyrie eleison‥‥

 夕闇に包まれた古い教会。ロシャーデ・ルーク(gc1391)とリック・オルコット(gc4548)は影の深いその教会の前に立っていた。
「元司祭としては気になるのかな?」
「‥‥ここは、私の原点だから」
 ロシャーデは小さく詠う。祈りの詩を。
 蔓の這った煉瓦の外壁。重そうな両開きの扉。静まり返った空気。――磨き上げられた、ステンドグラス。
 ぎぃ、と扉が開く。突然の事にロシャーデが息を呑んだ。果たして教会から出てきたのは、
「? どうかされましたかな」
「‥‥いえ」
 見ず知らずの司祭へ、言葉を返した。
 ――違う人‥‥仕方ないわね、7年も前だもの。
 ロシャーデが薄く自嘲し、踵を返す。
 リックが大股で彼女を追い、手を取った。反射的に腕を引いた彼女を強引に引き寄せ、腕の中に彼女を収める。
「コゼット」
「‥‥オルコット君」
 コツ、と額を合せる2人。リックは不意に肩を竦めておどけてみせた。
「置いていくのは勘弁してくれ。パリは初めてでね」

●ある道化の演出
「やっぱさぁ、アレッスよ。悲劇より喜劇のがよくね?」
 舞台裏、開演直前の役者達を前に植松・カルマ(ga8288)がそんな事をのたまった。
「というと、死なない?」
「いやいや。テーマは幸せな死後の世界みてーな感じでッスねぇ」
 疑問符を浮かべるハムレット役にカルマが首を振るや、大げさに両手を広げて天を仰いだ。
「『ああ、俺は孤独だ! 友はおれども心は許せぬ宮廷生活。父を殺され女と別れ、裏切り裏切られの茨道』。はいピンスポどーんサスばばばーん、パパもママも勢揃いきたー!」
 カルマがオフィーリア役の金髪女性(21)の目前で崩れ落ち、彼女の手を取る。手の甲に口付ける振りをして言葉を続けた。
「『オフィーリア、私のした事は間違いではなかったのだな。私は、愛されてよいのか?』『ええ、貴方は愛されておりますわ、こんなにも』」
 1人2役で成りきり、役者顔負けの動きで思いを表すカルマ。
 ぐっと拳を握って立ち上がると、素に戻ったように自嘲した。
「ま、ガキくせーとは解ってるんスけど。なんつーか、死が身近にある身としちゃ三流でも楽しい方が好きなんで」
 こんなのが来ちまって悪ぃッスね、と自分の後頭部を叩くカルマ。そんな下っ端気質溢れる彼の手を、今度は逆にオフィーリア役が握った。
「何を言ってるの。早く指導して、舞監さん」
「‥‥ッスね。じゃ個人レッスンをホテル」
「お・こ・と・わ・り」
 満面の笑みで手を振り解かれた。

 オ・プランタン。
 老舗として今なおパリに本店を構える百貨店の前にロッテ・ヴァステル(ga0066)と幸臼・小鳥(ga0067)は立っていた。
「にゃぁ‥‥強引ですぅー」
「ごめんなさい。でも1人で来るのも虚しいから、ね?」
「うー‥‥いいですけどぉ‥‥お洋服とか‥‥気になりますしぃー」
 照れ隠しなのか、未だに肩というか首に腕を回してくるロッテに小鳥が苦笑する。「大丈夫ですよぉー」なんてお姉さん風を吹かせて腕を解き、小鳥がえへんと薄い胸を張って手を繋いだ。
 夜の街と落ち着いた照明が建物の曲線美を浮き上がらせる。2人が意気揚々と店内へ足を踏み入れた。
 その、背後。
「遅くなってしまいましたわね‥‥」
 メシア・ローザリア(gb6467)は人混みに紛れ、足早に過ぎていった。

「3人で来れなかったのは残念だな‥‥」
 宮殿方面からシャンゼリゼを西に歩きつつ呟いたのは、随所にフリルがあしらわれたブラウスとミニスカに身を包んだL45・ヴィネ(ga7285)だった。そのヴィネに腕を絡められたイレーネ・V・ノイエ(ga4317)が、返す。
「それはまた次の機会があるだろう。今は、折角の華の都を最後までヴィネと楽しみたい、な」
「姉様‥‥♪」
 ヴィネがぎぅーとイレーネの腕を胸にかき抱くと、彼女の豊かな双丘が窮屈そうに形を変えた。イレーネは咳払いしてスーツの襟元を正す。
 細身の黒いスーツがイレーネの身を引き締める。深呼吸して右手の路地を指した。
「確かあれを少し入った所だったな。さ、食事にしよう、ヴィネ」
「ああ‥‥♪」
 2人は小さなレストランに入っていった。
 パリの夜は、様々な思いを呑み込んで更けていく‥‥。

●各々の休暇と道化の熱演
「あれと‥‥それ。後、こっちも買っていきましょうか」
「ふぇ‥‥そんなに‥‥ですかぁー?」
「折角だから‥‥」
 煌びやかな店内を女2人で回るのはロッテと小鳥である。
 ロッテがマネキンを指差してそれらまるまるを買い上げる一方、小鳥は慎ましく桃色ショートのファーブーツを買っていたりする。後で取りに来ると店員に告げ、2人は上のフロアへ。
 冬物一色の洋服エリアを漁り、バッグや小物を見て回る。普段飾らないロッテもやはり年頃の女の子らしく、花がモチーフのネックレスなんて着けてみたりしていた。
 ――可愛い‥‥ですねぇー。
 小鳥が慈愛の目でそれを眺めていると、
「‥‥あれ、小鳥にどうかしら‥‥?」
「あれ‥‥?」
 ロッテが徐に手に取ったのは、他ならぬ薄すぎる下着だった。しかも黒。さらにレース。ついでにぱんつの方は何故か前の怪しげな所が開きそうな。
「い、いいいいいらない‥‥ですぅー!? 何で‥‥どうかしらとか‥‥思うんですかぁー!?」
「折角だから‥‥」
「折角じゃ‥‥ないですぅー!」
「そう‥‥」
 妙に悲しげなロッテから無理矢理視線を外し、小鳥は別の下着に触れた。ふわふわ素材でブラに猫の刺繍があり、お洒落と可愛さが調和している。小鳥が意趣返しとばかり目を輝かせた。
「じゃあ‥‥ロッテさんにはこれを‥‥お勧めしますぅー」
「まぁ其れは置いておくとして。早く次のフロアに行くわよ」「って‥‥スルーですぅ!?」
 素早く戦術的撤退を行うロッテに抗議しつつ小鳥はついていく。何とも『普通』な女学生の姿がそこにあった。
「お土産も何か探さないとね‥‥」
 ロッテが小鳥の手を取り、ほんの少し微笑した。

 間接照明が卓上と2人を照らす。店内に充満する木と料理の香りが心地良い。スピーカーから流れるピアノが快いリズムを刻む。
 ヴィネが澄み切ったコンソメを口に含むと、途端に芳醇な野菜の風味が鼻腔へ抜けた。
「さっきの広場の大道芸、凄かった‥‥」
「あれだけ賑やかな中、1発で成功させるとは度胸があったな。エリート気質の参謀どもなど見習ってほしい程だ」
「何というか、新鮮だった」
 姉の苦言に苦笑してヴィネが素直な感想を伝える。ナプキンで口元を拭くと、それに合せたようにメインディッシュが運ばれてきた。
 ホロホロ肉のシチュー。スプーンで肉を崩して口に持っていく。
「生まれはフランスではなかったか?」
「パリは殆ど来た事がなかった‥‥」
「そうか。だったら‥‥まあ。お姉ちゃんも嬉しい」
「?」
「その、だな。確実にヴィネの記憶に残るだろう?」
 視線を外して赤ワインをぐいっと飲むイレーネ。ヴィネは義姉のそんな様子に釣られて妙に気恥しくなり、唐突に眼鏡の位置を直した。
 ペリエのグラスを手に取り、ちびと喉を潤す。
「‥‥、私が飲めればもっと姉様に付き合えたのだが」
「それは将来の楽しみに取っておこう」
 義妹の想いが心に染み渡る。イレーネがグラスを目前に掲げると、ヴィネはおずおずとそれに合せてきた。
 ワインとペリエ。どちらも『フランスの誇り』に違いはないのだから。
「しかし良い味だな、これは。後でシェフに話でも聞いて、自分も試してみるか」
「姉様の、フレンチ‥‥!」
 早くもそれを口にする日が待ち遠しくなるヴィネである。
 姉妹の夜は穏やかに更けていく。

 舞台上を群衆が目まぐるしく動き回る。その中で英王の側近に引き摺られたローゼンクランツ――カルマが登場すると、群衆は水を打ったように静まり返った。中央に引っ張られたカルマが必死に抗弁するも王達は無言。
 側近が剣を頭上に振り上げる。光が鈍く反射した。カルマがその刃を見つめたまま両腕を天に差し出す。
「悪人は不幸な最期を、善人は不運な最期を。それが悲劇らしい。‥‥ハムレット!」
 暗転。月明りだけが舞台を照らす中、剣が振り下ろされる!
「果たして君の最後は悲劇か、喜劇か。僕は暫し観劇させてもらおう!」
 舞台は進む。終幕に向けて。

●全てこの世は
「ふぅ‥‥充実した買物だったわね」
 オ・プランタン前。
 両腕いっぱいに紙袋を提げて店を後にしたロッテと小鳥。ロッテが立ち止まって夜空を仰いでいると、小鳥が不意に紙袋を路上に置きわたわたと懐を探し始めた。
 ロッテが首を傾げて歩み寄ると、小鳥が「ありましたぁー!」と歓声を上げた。
「何?」「えへへぇー」
 小鳥は何かを企むような笑顔で携帯を握り締め、辺りを見回す。と、
「ここは有名な百貨店ね。入る?」
「いや。今日はいい」
「そう」
「それより俺は、2人きりになりたいね」
 自分のコートを隣の女性に掛ける男。ほんのり頬を染めた女性が男と手を繋ぎ、小鳥の傍を過ぎていった。
「小鳥? どうしたの?」
「な、何でも‥‥ないですぅー。それより」
 携帯を開き、カメラモードに。自撮りの要領で目一杯腕を遠ざけた。
「ロッテさんー‥‥」
「え、えぇっ」
 突然の事にそっぽを向きかけるロッテ。が、小鳥の寂しげな顔が見え、気付けば頬がくっつきそうな程密着していた。
 ロッテが中腰で、レンズは下から。背景に店のアーチが入るようにして小鳥がカウントする。そしてレンズが瞬くや、カシャと機械音が鳴った。
 確認画面を見る。そこにはぎこちなく微笑するロッテと、彼女に抱きついて破顔した小鳥が並んでいた。

 カルマが袖から舞台の成り行きを見守る。
 場面は既に終盤。王妃が中央奥で崩れ落ち、ハムレットは遺体の前で友人と決闘する。友人は妹を失った悲しみや王に翻弄された苦悩を胸に、ジリと間合いを取る。
「植松さん」
「あん? どうかしたスか、オフィーリアサン。もうすぐなんで準備オナシャス」
「そうね」
 薄暗い袖。小声で話す為に女優とカルマの距離は近い。吐息が肌を撫でた。
 剣戟の音が響き、ハムレット達の決闘が終る。幽鬼の如き彼が逃げ惑う王を刺殺した。
「いつも、宇宙人と戦ってるの?」
「まー俺ァ適当にこそこそしてるだけッスけどね」
「嘘」
「や、マジで。そんなんだから愛に飢えてんの。ハムレットと一緒よ俺」
「嘘ばっかり。教えてあげる。シェイクスピアの『道化』は‥‥」
 女優が舞台に上がる。ピンで照らされたハムレットを抱き起こし、優しく口づけた。途端にフットが全体をぼんやりと浮かび上がらせる。そこには彼を中心として死んだ友人や父や、母がいて、誰もが微笑していた。
 ハムレットが宙へ手を伸ばす。オフィーリアはその手に頬を寄せた。
「『貴方は』愛されてますわ。こんなにも」

 外灯とランタンだけが墓地を照らす。
 ざ、ざ、と土を踏む度に嫌な音が鳴り、彼女――メシアは眉を顰めた。触れる空気は冷たく澄んで、吸い込む毎に幽世へ近付いていくかのよう。
 1歩ずつ、墓の前を過ぎていく。
 ――2年‥‥早いものですわね。
 そして1つの墓前へ。
 目を伏せ、跪く。一輪の薔薇を墓前に横たえ、瞳を上げた。
 ローザリア家の紋章たる、薔薇の花。それが墓に現実的な彩りを与える。
「‥‥久しぶり、と言うべきかしら」
 尤もわたくしはひと時も忘れた事はないけれど、と苦笑し、息を吐く。揺れる金糸がうざったくて、瞼を閉じた。蘇ってくるのは、たった1つの残酷な光景。
 自分の気まぐれで遠出した、その道中。人類圏といえどもキメラは現れる。それを失念――いや、そんな事を考えた事すらなかった自分への罰だったのだ。彼のような執事や、護衛の命が奪われたのは。
 今も耳に、目に残っている。彼らが為す術もなく肉を引き裂かれ、血の雨を降らし、それでも尚『お嬢様』を逃がさんとキメラにしがみつく姿。執事は『お嬢様』の背を押して駆け出させ、自らは敵に向かっていった。
 何度、時が戻ればと夢想したか判らない。もっと危機感を持っていれば。もっと早く能力者の素質があると気付き、力を得ていれば。
 そう、これは力ある者の責務を怠っていた昔の自分への罰なのだ。
 ――だから、だからこそわたくしは。
「この力でそれを贖えるのなら、幾らでもこの身を捧げましょう」
 だからどうか、お願いします。
 主よ、わたくしが歩き続ける為の力を。そして、お許し下さい。
「愛しております‥‥エイリアス」
 一陣の風が墓地を抜けていく。
 メシアは靡く金糸を押えると、膝をついたまま背を伸ばし、執事の墓石に口づけた‥‥。

 死者への愛を確かめる者がいるならば、生者の幸せを噛み締める者もいる。
 セーヌ川の畔、ロシャーデもといコゼットとリックは揺蕩う水面を眺めていた。
「パリはあなたのお気に召したかしら」
「勿論。穏やかな街並みだね」
「それはオルコット君自身が今穏やかだからじゃない?」
「バグアどもとドンパチやってんのに穏やか、ね」
 純粋に笑うリック。彼のコートを羽織ったままのコゼットが、腕を絡めた上で手を握る。互いが互いを失わない為に。
 点々と外灯の下だけが照らされた川辺。リックは片手を柵に乗せ、川面を見たまま彼女の感触を確かめる。
「まあ、観光なんて殆どした事なかったからなぁ」
 自嘲するようなリック。その姿はなんとなく、突然消えそうな、そんな雰囲気がした。
 コゼットは彼を振り向かせると、その胸に体を預ける。咄嗟に支える彼を、コゼットが間近から見上げた。
「これから沢山する事になるわ」
「だと嬉しいね」
 彼女の銀糸を梳るリック。流れのままに頬を撫で、顎を少し持ち上げた。
 目を瞑り、自らの髪を耳に掛けるコゼット。そんな甲斐甲斐しい彼女の唇を、リックのそれが塞いだ。
 吐息が漏れる。胸が溢れる。何かを確かめるように2人はキスを続ける。リックの舌に翻弄されるコゼット。んん、と彼女が白い喉を鳴らすのが解った。
 どれ程そうしていたか。リックは唇を甘噛みし、漸く彼女を解放した。
「は、ぁ‥‥」
「愛してるよ、コゼット」
「‥‥知ってるわ」
 2人は導かれるようにもう一度口づけた。
 セーヌ川は流れ続ける。流転する世界を表すように。

<了>

 2200時。
 食事を終えホテルに戻ってきたヴィネは、満足してベッドに倒れこんだ。ごろんと仰向けになると、上着を脱いでネクタイを緩めるイレーネが視界に入る。
「姉様」
「どうした?」
「いい、すごくいい」
「? それよりヴィネも服を脱いだ方がいい。皺に‥‥!?」
 イレーネの言葉は最後まで続かなかった。何故ならば、
「姉様っ‥‥脱げなんて、そんな‥‥!」
 跳ね起きたヴィネが思いきり抱きついてきたからである。
「姉様、今夜はずっと‥‥♪」
「お、おい‥‥」
 ぎぅうぅ〜と堪えきれなくなったように全力で甘えるヴィネ。イレーネは苦笑して髪を撫でた。

 華の都、パリ。
 全ての愛を許容する都市である。