タイトル:【AL】我が愛しの故郷マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/18 03:26

●オープニング本文


 アフリカ大陸、アルジェリア南部。
 先日の一時休戦によるキメラ大移動によって一気に危険度の下がった一帯に、打ち捨てられた集落があった。
 侵略され、ずっと支配されてきた地域。そんな中でもひっそりと、あるいは家畜へと身分を落として生き続ける者達がいた一方、涙を呑んで故郷を離れた者達もいた。彼らは二度と戻れないかもしれない景色を目に焼き付け、故郷を後にしたのだ。
 そしてこの奇妙な平穏。
 耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだ彼らがこの機に故郷へ戻りたいと願うのは、けだし当然の事だと言えた。

「ねえ。宇宙船って幾らくらいするのかな」
 リィカ・トローレ(gz0201)――ヒメが前でハンドルを握る老執事に訊くと、老執事はあまりの突拍子の無さに唖然とし、ハンドルを取られかける。慌ててカウンターを切って凸凹した砂地を越え、辛うじて事無きを得た。
 最近は見なくなった半無限軌道――後輪のみを履帯へと換装したカブト虫は、地道に前を走るバン3台に追従する。
「な、何故そのような事を?」
「ん? 分かってると思ってたのだけれど」
「‥‥嫌な予感はしておりますが」
「そう。ならそれが正解よ」
 嗜虐的な笑みを張り付かせるヒメ。老執事がひきつった表情のまま「いくらトローレ家といえど破産しますぞ!」と悲鳴を上げた。
 が、ヒメはどこ吹く風で小首を傾げると、深呼吸して視線を前に向けた。
「それは置いておくとして」
「置く訳に参りませぬ」
「あの人達、自分達だけで帰ろうとしてたから思わず傭兵雇って同行したけど」
 ヒメは華麗にスルーして話を進める。
 砂漠を縦断するバンが砂煙を立て、それを避けるようにカブト虫(改)は斜め後ろをひた走る。
 バンの行先は彼らの集落。この地の奪還と一時休戦で一応安全であるとされてはいるが、やはり彼らだけでは危険すぎる。全ての人間を助けたいなどと傲慢な事は『あまり』思わないが、死地に丸腰で赴くような人間が目の前にいれば流石に手助けくらいはしたくなる。
「あとどれくらいだっけ、集落まで」
「‥‥はぁ。話によるとマリとの国境近辺ですから、残り150kmといったところでは」
「大丈夫?」
「タイヤ‥‥もとい履帯の予備がありませんので心許ないですが」
 と、老執事。ヒメが若干眉根を寄せて唇に指を当て、思案した。

 その、時。
 カブト虫の左横の砂丘が、何の前触れもなく爆ぜた。
「っ!?」
 咄嗟にハンドルを右に切る老執事。身体が横に振られ、ヒメが盛大に後部座席に転がった。それを気にする余裕もなくカブト虫は急ブレーキ、間髪入れず急加速。直後、真後ろが再び爆ぜた。
「敵襲!?」
「分かりませんが、巻き込まれればタダでは済みませんな!」
「どこから‥‥じゃなくてバンは!」
 ヒメが身を起こし、周りを見る、見る――発見。左後方で算を乱して3台が右往左往していた。バンの中にも傭兵は乗り込んでいた筈だが、衝撃で集落の人間が一斉に混乱したのだろう。そうなれば数の少ない傭兵が一瞬で彼らを落ち着かせて車をきちんと走らせるのは難しかった‥‥に違いない。
 となれば一刻も早くこの攻撃の元を絶つか、せめて邪魔せねば‥‥。
「お嬢様、あちらを」
 執事の言葉に左――東の遥か遠くへ視線を向ける。砂丘の影でできた地平線のやや手前、不自然に盛り上がった影があり、その影が僅かに動いたと思うや、ヒュルルと嫌な音がした。
「榴弾‥‥!」
 弾着。カブト虫前方で爆ぜる砂。執事が左に切ってUターン、バンの所へ向かう。
「象、かな。よく分からないけれどアレっぽい。なら‥‥」
 ヒメが足元を探り、目当てのモノを選び出す。AW50が2挺とM72が1つ。SESなど付いている訳がないが、命中させる事ができれば気を逸らすくらいはできるかもしれない。対物ライフルと使い捨てロケット弾だけに細腕では振り回すようには扱えない。カブト虫のドアを開け放ち、何とか両腕で外へ放り投げた。
「爺やは集落の人達を先導。傭兵もすぐ反撃に移る筈だから、私はそれまでせいぜい噛み付いてあげる!」
 低速のカブト虫から飛び出すヒメ。転がって衝撃軽減、立ち上がると、スカートを裂いて銃の所へ走った。
 榴弾は今もなおこちらを狙って10秒間隔で落ちてくる。ヒメが砂塵を被りながらライフルを手に取ると、弾倉確認、砂を拭ってうつ伏せになり、肩付けしてスコープを覗いた。
 高倍率のそれが敵の姿を明確に映し出す。息を吸い、慎重に引鉄に指をかけて狙いをつけた。1000m、いや1200程か。
「ワーム? 象っぽいけど‥‥鼻でも撃ってやれば狙いはズレる!」
 深く深く息を吐き、狙いを固定。揺れる視界の中、徐に引鉄を引いた。
 銃声!
 が、命中しない。ボルトを引いて排莢し、次弾を装填したところで傭兵の声が聞こえてきた。
「私はここにいるから、早く敵を!」
 ヒメは振り向く事なく言うや、再び狙いをつけ始めた‥‥!

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 着弾と悲鳴。
 その時愛梨(gb5765)の脳裏に過ったのは、後ろの彼らと故郷の大地を同じくする同僚の瞳だった。どこか俗世に失望したような。それでいてもがいて、傷ついて。
 ――だったら、あたしは。
「ちょま、落ち着くスよ!」
 植松・カルマ(ga8288)が宥めんとするが、混乱は収まらない。愛梨が車を急停止させるや、粋がるお嬢様のように振舞った。
「攻撃間隔からするに敵は1体だけよ。そこの金髪、見た目はアレだけどバカみたいに強いから大丈夫。だからあんた達はあの爺さんの指示に従って」
 ドアを開け、接近してくるカブト虫を指差す愛梨。カルマに目配せすると、彼は胡散臭い笑顔でサムズアップしてみせた。
「チョッパヤで戻ってくるんで、熱い抱擁で迎えてチョーダイ! あ、愛梨ちゃんもしたいなら俺にキ」
 至近弾。調子に乗るカルマを榴弾が遮った。

●間合い
「クソ、遠いな。何とか近付かんと一方的に嬲られるだけだ」
 龍深城・我斬(ga8283)が幸臼・小鳥(ga0067)の運転する車内で悪態をつくと、小鳥は榴弾とは別方向を見て反応した。
「ヒメさん‥‥相変わらず動きが‥‥早いですねぇー。私はヒメさんの方に‥‥行きますので‥‥我斬さんは‥‥車を任せはひゃあ!?」
「あっちはお願い。私達はヒメと、バンを見てるわ」
「は?」
 ロッテ・ヴァステル(ga0066)が遮るや、小鳥を小脇に抱えてドアから飛び出していく。我斬が慌てて運転席に移動しミラーを覗くと、2人が砂塗れで立ち上がったところだった。
 我斬が慎重にアクセルを踏む。
「あんたらも充分動き早えよ‥‥っと、すげえオフ仕様。クラリア、ナビ頼む!」
 我斬の言葉に、後部席のクラリア・レスタント(gb4258)は無線を握り締めて返した。
「が、がんばります!」

 キア・ブロッサム(gb1240)とラナ・ヴェクサー(gc1748)が後ろに停車した時、ヒメは照準を定めているところだった。
「M72‥‥お借りします、ね‥‥」
「了解。後方噴射に気をつけ‥‥なんて、釈迦に説法か」
 ヒメはスコープを覗いたまま。キアはロケット弾を肩にかけ、車の助手席に向かった。砂柱が次々青天に立ち上る。キアが座るのを待ち、ラナが発進させた。
 入れ替りでロッテと小鳥がヒメに合流する。その光景をミラー越しにキアが眺め、独りごちた。
「友情ごっこ‥‥しに来ている訳では無いのですけれど、ね」

「落ち着いて、且つ迅速に」
 小鳥、ヒメが銃を構える傍ら、ロッテはゴーグルの望遠で1200m先を見つめた。
 同時に敵の長い鼻が天を衝き、吐き出すように榴弾を飛ばしてくる。ロッテが慌てて隣のヒメを抱え、窪みに潜ってヒメの体を覆った。
 至近弾。強烈な衝撃が吹き荒れる。
「ッ‥‥拙いわね。どこかでペースを握らないと‥‥」
「イェーガーとしての‥‥腕の見せ所なのですぅー!」
 伏せ、スコープ越しに敵を見据える小鳥。スッと敵以外の景色が消え、自分の拍動さえ邪魔に思えてきた。呼吸を合せ、引鉄の感触を確かめ。
「北北西より若干の風」
 ロッテの情報が自然と脳内で変換される。照準線は目標やや下方右。息を吐き、止めた。ただ引鉄を引く為だけの力を残し、他の全てを切り捨て。敵が動く寸前、徐に指を絞った。
 ガァン!
 砂漠を抜ける銃声。直後、敵の鼻が奥に弾かれた。
「いいわよ、小鳥‥‥その調子で」
 小鳥がボルトを引くうちにヒメも発砲。それは敵手前の砂丘を叩くに留まったが、彼女の1発目より近い。
 敵が再びこちらを向く‥‥!

 2発の榴弾がヒメ達の方に飛んでいく。
 愛梨に掴まる事しかできないカルマ。奥歯をギリと鳴らした。
「愛梨ちゃん、もー全速で行っちゃって! てか音速超えちゃって!」
「だったら黙る!」
 アクセル全開で爆走する愛梨。時に砂を盛大に巻き上げ直進するその姿は、当然恰好の標的となる。カルマが敵挙動を観察して警告。愛梨はそれを聞き、強気に口角を上げた。
 琥珀の髪が靡く。風が体を撫でていく。
「これで、文句ないでしょ」
「おけー! マジ俺ら頭イカレてんじゃね!?」
「イカレてるのは」
 狙い通り榴弾がこちらに集中してきた。10秒ごとに前後左右で吹き荒れる嵐をあるいは躱し、あるいは致命傷を避け、愛梨は自身の危険と他者の安全を天秤にかけ続ける。
 腰に回されたカルマの腕の感触を覚えながら。
「あんたの馬鹿力よ!」

 無線から愛梨とカルマのテンポの速い掛け合いが漏れ聞こえる。クラリアはそれを聞き流し、淡々とナビし続ける。
「やや迂回したのが奏功してます。直進していいかも?」
「了解。射程入ったら即撃ちまくってくれ」
「当然です」
 我斬が速度を上げる。クラリアは体でそれを感じつつ、無線に目を落した。
 ――私は。
 カルマや愛梨やヒメや、他の色んな人が色んな事を表現していて。自分には趣味の延長のような絵だけ。だからいつも不安になる。自分が誰かの特別になれているのか。それを訊けたら、楽になるのか。
 ――リィカさんや、あの人にとって。
 もっと大きな私になりたい。
 そんな止め処ない思考は、
「ここまで来たら一気に行くぜ!」
 羨ましい、一本気な急加速に遮られた。

●反攻開始
 急停止。
 前につんのめってベルトに胸を圧迫されたキアは、咳込んで運転席のラナを睨みつけた。
「‥‥もう少々‥‥丁重にエスコートできないもの、かな‥‥」
 抗議しつつ素早く外に出て筒を伸ばすキア。車のボンネット越しに敵を見据え、M72を肩に担ぐ。照門を覗き、狙いを敵足元へ。
「丁重にして‥‥車が鉄の棺桶になるのが御所望‥‥?」
「その時は‥‥請求書を送りつけます、けれど」
 キアは後方確認するや、徐に発射した。衝撃が前後に突き抜ける。後方噴射が砂塵を巻き上げ、ロケット弾は中空で一気に加速した。
 2人が顔を覆い、車内に戻る。直後、敵の方から爆発音が轟いた。
「御仕事は手際良く、ね‥‥急いで頂けます‥‥?」
 キアが急かす。敵を見ると、砂塗れの象が怒りに任せて鼻をこちらに水平に向けたところだった。発進――遅い。至近弾が車を襲い、泥の礫がフロントガラスに突き刺さる!
「‥‥」
 貫通した礫が肩口を血に染め、露骨に苛立つキア。ラナは薄く笑ってハンドルを切った。

 噴煙止まぬうちに急接近した我斬達。クラリアがドアを開け放つと、激しい風が彼女の銀糸を弄んだ。
「我斬さん、先にここで降ります! 御武運を!」
「応! 俺もすぐ追いかける!」
 クラリアが得物ごと車外へ飛び出す。着地。膝、腰、背でくるんと衝撃吸収するや、即座に立って大口径機関砲を腰に据えた。
 クラリアは我斬が車で敵背後へ回るのを横目に見、雷の如き挙動で敵の斜め前80mへ。敵が気付くより早く弾雨をばら撒いた。
「魂、借ります! 轟け、デス・マシーン!」
 夥しい弾幕が敵顔面へ吸い込まれる。薬莢が次々足元に零れていく。敵の鼻が鞭のように砂を叩いた。砂の爆発。再装填したクラリアが前を見た時、砂煙の中から突如敵が突進してき――!
「やらせるかデカブツ!」
 間一髪。
 横合いから我斬が迅雷で突っ込むや、丸太どころではない敵の脚を薙いだ。
「多少硬かろうが」
 勢いままに我斬が反転。よろめく敵の同じ箇所へ、遠心力を加えた渾身の一撃を叩きつける!
「装甲ごと叩っ斬る!!」
 斬‥‥!
 明鏡止水が敵の前脚を半ば以上抉り、敵のバランスを崩す。
 ぎりぎりで敵をやり過ごしたクラリアは、息を呑んだ後に我斬に目礼した。
「危なかったですね‥‥」
「‥‥ま、まあこの調子でいくぞ!」
 大口径機関砲を構えたまま鈍い反応を示すクラリアに苦笑し、我斬が敵側面を窺う。そのうち正面からキア達も駆け付けてくる‥‥!

●一気呵成
 敵正面左右にキアとクラリア、後方左右に我斬とラナ。その光景を双眼鏡で眺め、ロッテは小鳥達に向き直った。
「巨体のおかげで誤射もほぼないだろうし、鼻を継続して狙うわよ」
「はぃー」
 砂塗れの小鳥が狙いをつける。榴弾に曝されつつ伏せたせいでワンピがずり上がってブルマが露わになっているが、今はどうしようもない。
 発砲。敵の耳を掠めて外れる。
 ヒメが身を起し、戦場を見晴るかした。
「どうしたの?」
「‥‥いえ。戦況把握に努めただけ」
 擦傷だらけのヒメ。彼女は最も敵の攻撃を集めたAU−KVを見つめ、再び視線を戻した。

「愛梨ちゃんハリー、Hurry up!」
「解ってるわよ」
 愛梨が一直線に走らせると、カルマが歓声を上げた。砂丘を越え、砂漠を駆け抜ける。
 榴弾が霰の如く降り注ぎ、速度を上げられなかった2人。それ故に他の被害が少なくなったのは確かだが、それで満足する2人ではなかった。
 敵が近接班に翻弄される隙に肉薄した2人は
「先に行って!」「よっしゃOKかしこまりー!」
 AU−KVから飛び降りるカルマ。間髪入れず敵から10mまで迫るや、鉄パイプを振り上げるノリで魔剣を斬り上げた。
「ッるァ!」
 軽く振った剣から迸る、恐ろしい破壊。それが一太刀で敵の鼻を両断した。
「オカワリいかがッスかねぇ!」
 再度ぶん回したカルマの一閃が敵前脚1本を切断する。
 傾ぐ敵。キアとクラリアの銃撃が敵顔面に集中する。敵は残る前脚で砂を弾き、口から幾重もの水砲を発射した。再装填の瞬間を取られたキア。2、3発まともに喰らう。クラリアの援護射撃が敵を後退させる。
「大丈夫ですか?」
「‥‥ええ」
 キアは不覚だとばかり目を細めた。

 敵が前方に気を取られたその隙を衝き。
「貯水部を‥‥叩く‥‥!」
 ラナが懐に飛び込んだ。
 異様に膨らんだ敵腹部。片膝ついた敵の下に潜るや、ラナは跳躍して両の爪で抉る抉る抉る!
 直後。腹を突き破って溢れた鉄砲水が、ラナを押し流した‥‥!

 金属の悲鳴が木霊し、濁流が敵から溢れる。
 その、ラナの作り出した絶好の機会を逃す者はこの場にいなかった。
「吶喊!」
 我斬の掛け声。が、それがなくとも愛梨を含めた6人の行動は揃っていただろう。刃が、銃弾が見る間に敵を削っていく。そして、
「砂漠に象を置いた趣味は買います。でも」砲弾の嵐が敵を削りきる!「絵にするなら本物以外あり得ません」
 硝煙が辺りに漂う。クラリアの胸元で、青のネックレスが静かに煌いた‥‥。

●ささやかな宴
 象の襲撃を退け再出発した一行はその後粛々と砂漠を踏破し、1830時、集落に到着した。
「イケメン、鰐食えるっつって聞いたんスけどぉ」
 とカルマが要求するまでもなく、集落中央では巨大な篝火が組まれており、集落の人々は久方ぶりの故郷を祝う事となった。

「お疲れ様‥‥」
 彼らの信仰と思しき神への儀式が済み、和やかな空気に包まれた集落。
 鰐肉のステーキを串に刺したロッテは近くにいた小鳥、我斬、愛梨に声を掛けた。手を挙げて応える我斬。口一杯に唐揚げが詰め込まれていた。
「んおーう」
 火を半分囲む形の4人。小鳥の横に腰を下したロッテが肉にかぶりついた。
 頬張った瞬間溢れる肉汁。鶏に似た、しかし若干野性味を感じさせる脂が口に広がる。蕩けそうな肉が舌で踊った。
「おいし」「にゃー! からい‥‥けど後味さっぱりな味付けと‥‥鰐肉の感触はぁー‥‥!」
 小鳥が鰐肉に衝撃を受けていた。そそくさと集落の人に調理法を訊きに行く小鳥を見、ロッテは柔らかく目を細めた。と。
「そういえば‥‥」
 ヒメを探してみると、火を挟んだ正反対にいた。クラリアと並んで談笑しているようだ。
「ヒメ」
 こちらを向いたヒメに、続ける。
「貴女の例のヒト‥‥頑張っていたわよ。何かしなくていいの?」
 ロッテが言い終える間もなく、ヒメはクラリアに泣きついた。

「な、なな何ですかっ?」
 ヒメに抱きつかれたクラリアは筆を落しそうになり、慌てて両手で持ち直した。
「ごめんなさい。絵の邪魔?」
「あ、その。私は‥‥このままでも、描けますけど」
 火から外れて独り絵を描こうとしていたクラリアを引き止めたヒメ。血の滲んだ脚の包帯が見え隠れし、クラリアは妙に緊張した。
「でも何で私を‥‥イケメンさんを誘えば‥‥」
「何ていうか。そういうの、違うから。私‥‥と、彼にとって」
「対象ではない?」
「そういう意味じゃなく。‥‥うー、もう話変えよ? 私は、今、クラリアさんと話したいの」
 心なしか普段より幼い気がするが、悪い気はしない。クラリアは微笑してヒメの手に触れた。

「あんたいいの? あの人、取られてるわよ」
 愛梨が散歩ついでにカルマに話し掛けると、カルマは執事との会話を中断して答えた。
「まままだああわ慌てるようなじじか‥‥」
「本気で反応しないでよ」
「なんつって。HAHA、イケメンは器がでけーんスよ」
「あ、そ」
 愛梨が歩いていく。
 一方でカルマは砂漠縦断が始まる前、ヒメが問われた事を思い出し苦笑していた。覚悟や『護衛』や、様々な事を。
 ――あの人は後ろで守って貰おうなんてガラじゃねぇ。『護衛』とか言ったらスネちまう。
「どうかしましたかな」
「あー、ほら。ウチューがどうとか聞いたんスけど」
 全く困ったものだと渋い顔の執事。カルマが鰐の骨付肉にかぶりつき、咀嚼した。
「今しか考える事の出来ねー俺と違ってあの人は未来を見てる」
 後ろどころかずっと前を走ってる。だから。
「俺ァ追いかけるので精一杯ッスよ。でも前見て突っ走るヤツがいねーと始まんねーじゃん? みてーな?」
「うむ‥‥」
 かといって宇宙に踏み出すのはどうだろう。が、それは別にして、カルマの台詞には執事として胸を打たれるものがあった。
 やや離れて鰐を堪能していた我斬が不意に言葉を挟む。
「まあやりたい事とやれる事が一致しないなんて珍しくねえからなー。そこでどう行動するかで人間決まんじゃねえか?」
「そこで突き抜けてこそのあの人ッス」
 何故かカルマが自信満々答えた。

 篝火から外れ闇に溶けた壁に、キアは背をもたれていた。
 煌々と焚かれた光が目に痛い。笑い声が耳に障る。キアは眉根を寄せ濁り酒を呷った。
「‥‥所詮報酬での繋がりなのに、ね」
 冗長で散漫、いかにもな安酒が喉に絡む。侮蔑の視線を酒や光の先に向けると、そこから誰かが抜けてきた。
「お疲れ様でした‥‥と」
 誰か――ラナは器を少し掲げ、キアのそれに合せる。キアは僅かに顎を引いて応えた。ラナが隣にもたれる。
「あの中は少々姦しい‥‥」
「奇遇、ね‥‥私も人が、煩わしいと思っていたのだけれど‥‥」
「私は、壁とでも思って下されば‥‥」
 露骨な皮肉を軽く躱すラナ。
 キアは手慰みに自らの銃を弄び、『壁』に向かって独りごちた。
「‥‥請求書‥‥楽しみにしていて」

 愛梨は集落内を散歩しながら同僚の背中を思い浮かべていた。
 大きくて、頼り甲斐があって、だけどつらそうな。見上げないと表情も読めないのに、しかも肝心の表情だってそんなに豊かじゃないのに、すぐ感情が読める。そんなばかみたいな同僚の、背中。
 ――あいつの故郷もこんな所なのかな。
 愛梨が夜空を仰ぐ。
 火薬の臭いが充満した空は、1番星しか見えなかった。