タイトル:【BD】断崖歌マスター:九頭葉 巧

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/28 22:14

●オープニング本文


 バグアの突きつけてきた脅しと共に、ボリビア領内へはキメラが侵入を開始していた。本格的な侵攻ではなく、これも脅しの意味合いなのだろう。
「‥‥でも、この国にはそれに抗う力がない」
 国王ミカエル・リアは項垂れる。中立を標榜するボリビアの主権を尊重し、UPCは駐留していない。援助という形で持ち込まれた僅かなSES武器や能力者らの力では、長大な国境線はおろか、人里を守ることすら困難だ。それゆえに、彼は。
「ULTへ依頼を出す。それならば国是を犯してはいない‥‥。そうだとでもいうのか? それで納得させるにも限界はある」
 一歩を踏み出した若き国王に、摂政のマガロ・アルファロは不快げに眉をしかめてみせた。

 山間部の冷たい風がジュリア・コープスの頬と長い髪を荒々しく撫でる。周囲は断崖絶壁。無骨な岩ばかりが並んでいて、緑が豊かとは決して言えないようだ。
 一挙に戦場となったボリビアの中でも比較的安全なとある都市にジュリアはいた。UPCと傭兵たちが早々にキメラを殲滅し、今ではそこは小さな拠点となっていた。通信機器や武器、食料などが運び込まれており、避難をしてきた一般人もこの都市に集まり、一刻も早い事態の収集を心待ちにしていた。
「あんたみたいな美人が傭兵をやっているとはな」
 絶壁から流れてくる風から長い髪を抑えていると、身なりの汚れた1人の男性が声をかけてきた。
「あら、どうして傭兵だってわかるのかしら?避難してきたか弱い一般人かもしれないわよ」
「雰囲気で分かるさ。傭兵たちにはいつも世話になってるんだ。それに、銃を抱えてる一般人は滅多にいないよ」
「それはそうね」
 ふふふ、と笑いながら答えるジュリア。話しかけてきた男も帽子を抑えながら少しだけ笑った。
「傭兵さんにお世話になってるってことは、あなたは避難民なの?」
「そうだ。たまたまここを旅していたときに、滞在していた町がキメラに襲われちまってな。傭兵たちに助けてもらって、今ここに避難してきたってわけさ」
 やれやれ、と言った様子で首を振る。
「旅?世界がこんな状態なのに?珍しい人ね」
「よく言われるよ。‥‥あんたはどうしてここに?きっと軍に依頼されたんだろうけどさ」
 ジュリアは崖をくり抜いて作られた道に視線を移す。道から少しでも外れれば‥‥崖の下まで真っ逆さまに落ちていってしまうだろう。
「あの道の先にある町に救援物資を届けにいくのよ」
「あんな道を進むのか?随分と‥‥大変そうだな」
「傭兵の仕事なんだから、危険はつきものよ。あなたも危険は承知の上で旅をしてるんじゃなくて?」
「‥‥違いないな」
 男も崖の中に作られた、狭い道を見つめる。
「残念ながら俺は手助けが出来ないが‥‥気をつけてくれよ」
「ふふっ‥‥ありがとう。あなたも気をつけてね、旅人さん」
「俺を呼ぶなら‥‥冒険者と呼んでくれよ。また機会が‥‥お互い生きてたら、また会おう」
 そういうと男は避難民用のテントへと戻っていった。ジュリアは再び、断崖絶壁の道を鋭く見つめる。

●参加者一覧

北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
イーリス・立花(gb6709
23歳・♀・GD
維暮氷魚(gb9376
17歳・♂・DF
有村隼人(gc1736
18歳・♂・DF
御剣 薙(gc2904
17歳・♀・HD
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
海原環(gc3865
25歳・♀・JG
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●山の上の町
 絶壁に囲まれた拠点。強い風が吹きぬける町に傭兵たちが集まった。
「どうも、STの北柴といいます。宜しくお願いしますね〜」
北柴 航三郎(ga4410)はいつもの調子で挨拶を交わす。挨拶に慣れてはきたのだが、正直なところまだ戦闘は怖い。
「‥‥補給物資を絶やしたら、生活は成り立ちません。今後の道の安全の確保のためにも、可能な限りキメラを排除しましょう」
 イーリス・立花(gb6709)は崖の道の先にいる人たちを案じる。
「そうですね。輸送物資は重要ですから」
 有村隼人(gc1736)も同じ気持ちだ。
「この救援物資を待ってる人達が居る。必ず届けないと!」
 御剣 薙(gc2904)も気合を入れる。
「キメラに会わずに済めばええけど、そうは問屋がおろさない‥‥」
 目撃証言が出ているのだからキメラとの戦闘は避けられないだろうと、犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)は崖の道を見る。
「運転は任せといて!山道でもどんとこい!でも飛行機だけは勘弁ね」
 犬彦の言葉を聞いて海原環(gc3865)は胸を張る。
「オレにできることを、精一杯やるしかない‥‥」
 初めての依頼で緊張を隠せない維暮氷魚(gb9376)はそう自分に言い聞かせる。
 そんな風に緊張している氷魚を見て、那月 ケイ(gc4469)は軽く声をかける。
「そんな緊張しなくても大丈夫。何かあったらバッチリ守ってくれるよ‥‥ジョシュが」
「僕ですかぁ?ま、そうですね。ヒオ君とともに那月さんも面倒見てあげますよ」
 ジョシュア・キルストン(gc4215)は肩をすくめて言った。
「久しぶりだ、ジュリア。またジュリアのピアノと歌を聴くためにも、今回の任務、きっちりこなさないとな」
 宵藍(gb4961)はジュリア・コープスに声をかける。
「そうね。しっかり荷物を届けましょ」
 そういうと、皆は崖の道へと進み出した。

●崖の上の道
「ひいぃぃ、高か‥‥」
 トラックの1台目、A班の航三郎は荷台で周りの警戒をしながら、つい言ってしまう。絶景と言えば絶景なのだが、その余裕など無い。
「上からって場合もあるから、気は抜けないな‥‥ってか、マジで凄ぇ道」
 思わず苦笑を浮かべる宵藍。彼も荷台から空を警戒していた。
「とはいえ、荷台に3人はちょっと狭いですね‥‥」
 イーリスも荷台で双眼鏡を手にして警戒をしているのだが、大量の荷物を乗せた荷台に3人は厳しそうだ。しかしそうも言っていられず、イーリスはトラックの側面を警戒する。
「無事に届けたいですね」
 車内の方では隼人が運転手の環を相手に言う。逆に車内の方は2人だけで余裕があった。
「ラリーってのは路面の凹凸よりもルートのアップダウンが重要でしてね」
 などと隼人に講釈しつつ、環は若干の余裕しかない道を進んでいく。脇には、事前に航三郎、宵藍、氷魚と共に集めた情報を集めて作られた地図が広げてある。
 一方もう1台のトラック、B班の方は氷魚が集中して運転をしていた。
「あーあ、僕も空が飛べたら気楽なんですけどね」
荷台の上ではジョシュアが緩く口ずさむ。
「6人乗りって随分デカイな、あっ、でも中は狭いのね」
 犬彦は車内を見回したあと、窓から車外に注意を向けていた。
 助手席ではケイが、双眼鏡で索敵に当たっていた。敵の気配を探ろうとするが、傷の痛みも軽いとは言えない。
「ほんとは俺が守れたらよかったんだけどな」
 横で運転する氷魚を見て、ため息混じりに小声で呟く。
 2台のトラックを先導して進むのは薙のAU−KVだ。キメラの接近や落石に注意しつつゆっくりと進んでいく。トラックよりは道幅に余裕があるが、それでも油断は出来ない。
 キメラへの警戒と険しい山道への警戒。2つが入り混じり、ぴりぴりとした緊張感が2台のトラックを包む。

「そろそろキメラが目撃された地点のはずだが‥‥」
 宵藍は地図の写しを見ながら言う。
「こちらA班、イーリス。何か発見したものはありますか?」
 早速イーリスがB班と先行する薙に無線連絡する。
『止まってください。予想通り‥‥来ちゃったみたいですよ』
 薙から残念そうな声の返事返ってくる。皆が前方を確認すると、巨大な図体と巨大な翼を携えたズーキメラと、大ワシキメラが接近しつつあるのが見えてきた。
「もう少し先に開けた場所があるはずだ。そこまで進めないか?」
 氷魚が無線でそう提案すると、環も同意して少しスピードを上げる。
「おっけー!喋ると舌噛みますよー!」
 トラックを止めた場所は、それまでの道よりも少しだけ道の幅が広くなっていた。だいたい5、60センチくらいだろうか。その若干の広さが、傭兵たちにはとても心強い。皆はトラックを降りて迎撃体制を取る。
「大切な物資、やらせるものか」
 宵藍はエネルギーガンを構えて覚醒。
「トラックを簡単に落とさせません‥‥」
 その言葉を最後に隼人も覚醒し、無言のまま武器を取る。
「み、皆さん!頼みますよ!」
 航三郎は『練成強化』を味方にかけて強化を促した。そこへまずは、動きの素早い大ワシ型のキメラが襲い掛かってくる。
 イーリスは『先手必勝』を使って近付いてくる敵に先手を取り、『自身障壁』で防御を固めた。そして、なるべく自分に攻撃の矛先を向けさせるように動いていく。
 同じくジョシュアも積極的に、目立つように行動してトラックや負傷中のケイに攻撃の目が向かないように注意する。
「ちょっこし、うちと遊んでってもらおうかっ!」
 犬彦は『仁王咆哮』を使い、敵の注意を引きつける。これもケイをに攻撃がいかないようにとの配慮だ。犬彦へと向かってきた大ワシキメラは、そのままの勢いで鋭い嘴を向けて攻撃をしかけてくる。
 しかし犬彦は嘴を拳銃で受け止め、そのまま近距離で、
「この距離なら、外れ‥‥ない!」
 撃つ。大ワシキメラが大きく仰け反ったところで犬彦は叫ぶ。
「ジュリア!頼むわ!」
 そこへ銃弾が瞬き、大ワシキメラは倒れる。
「いい腕だ‥‥うちにもその繊細さを分けて欲しいわ」
「あら。私だってあなたのタフさが羨ましいわ」
 2人は顔を合わせて少し笑い、すぐに続けてキメラを攻撃していく。
(簡単に近付けさせません‥‥)
 隼人は近付きつつある大ワシキメラに向けてシャドウオーブで攻撃していく。
 薙もエネルギーガンで射撃をしていき、懐に飛び込んでくるところを狙って器用にラサータでカウンターを放っていく。
 大ワシ型キメラをあらかた倒すと、甲高い声を上げてズーキメラが近付いてきた。その巨体から放たれる羽ばたきが、断崖絶壁から吹き荒れる風を更に強める。
「き、来ましたね!」
 航三郎はズーキメラが射程に入るやいなや『練成弱体』を放つ。電磁波が真っ直ぐズーキメラに飛んでいき、電磁波が絡みつく。
「弾ならたっぷりあるので。多少の無駄遣いは許容範囲内‥‥!」
「いっくよ〜!」
「弾をばら撒くだけならまかせとき〜」
 イーリス、環、犬彦は『制圧射撃』で銃弾の嵐をズーキメラに浴びせかける。
 それを見逃さず、宵藍は『刹那』でズーキメラの巨体を切り裂く。
(この一撃に耐えられますか‥‥)
 隼人はシャドウオーブから紫苑に武器を持ち替え『両断剣』を使いながらズーキメラの命を狙う。
 だが、それでもまだズーキメラは倒れない。攻撃の痛みのためにズーキメラは怒り狂い、大きく体を反らすと、そのままの勢いで体当たりを仕掛けてきた。
「やべっ!」
 体当たりの直線状にいたケイは、傷の痛みもあり、身動きが取れなかった。
 だが、そこへ『迅雷』で駆けつけたジョシュアがケイの前に出る。なんとか防御体制を取ったが、体当たりの勢いでジョシュアは吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
「ジョシュ!す、すまん!」
「だ、大丈夫です。それより、ヒオ君にシャキっとした所を見せないと。貴方は先輩なんですからね」
「こちとらケガ人だっての!‥‥ま、確かにやられっぱなしじゃ終われないねぇ」
 そう言うとケイは懐から閃光手榴弾を取り出し、大声で叫ぶ。
「閃光いくぞ!目ぇ閉じてろよっ!」
 閃光手榴弾はズーキメラの目の前で光を放つ。
「た〜まや〜」
 犬彦は閃光と音に備えつつも、ついつい口走っていた。
 強烈な閃光が目の前で発せられ、ズーキメラは奇声を上げながら大きく暴れ出す。
 崖の道が大きく揺れた。
「よし。さあ、ヒオ君。お友達パワーという奴を見せ付けてやりましょうか!」
「‥‥ああ!」
 氷魚はジョシュアの指示で協力してズーキメラを攻撃していく。
 宵藍もタイミングを合わせて『エアスマッシュ』の衝撃波を放つ。
 さらに薙もズーキメラが怯んでいる隙に跳躍。
「御剣流戦技、降雷蹴!!」
『竜の咆哮』を加えた前転踵落としで崖下へと蹴り落とす。
 光と音。そして度重なる攻撃に負けたズーキメラは、そのまま崖を転がり落ちていった。

「だ、大丈夫ですか、皆さん」
 航三郎は戦いを傷ついた皆に『練成治療』を施していく。多少の傷は負ったものの、キメラは全て撃退することができたようだ。道はズーキメラが暴れたときに少し崩れかけたが、広い場所で戦ったお陰でまだトラックの進める余裕は残っている。トラック本体も無事だ。
「さあ、もう少しだ。頑張ろうやん」
 犬彦は皆を元気付けるように言った。

●崖の後の町
 その後はキメラの襲撃もなく、慎重に崖の道を進んで行った。
 日も傾きかけた頃、ようやく崖の道も終わりを告げたようだ。徐々に道幅が広くなり、やがては断崖絶壁の方が少なくなる。
 広い大地を噛み締めるようにトラックとAU−KVが進んでいくと、町が見えてきた。目的の町である。
 環はブブゼラを鳴らしつつマイクで町民に向け、
「毎度お騒がせしております!特急便で御座いまーす!!」
 と元気良く言った。その声を聞き、町民たちは続々と家を出てきてトラックの近くに集まってくる。
 傭兵たちは続々と集まってくる町民たちに補給物資を手渡していった。
「皆さま白線の内側までお下がり下さい!なんちて」
 あまりに殺到する町民に向けててんやわんやの環である。
「押さないでくださいね〜」
 航三郎も同じく町民たちに圧倒されている。
「はい、どうぞ。大事に持って帰るのよ」
 子供の頭を撫でながら、イーリスは1つ1つ丁寧に渡していく。
「良かった、無事に届けられて‥‥」
 薙は町民たちに無事届けることが出来てほっと肩を撫で下ろす。
「無事、輸送完了ですね‥‥」
 隼人はようやく全ての補給物資を渡し終わり、一息つきながら烏龍茶を飲んだ。心地よく染み渡る。
「よし、君たちには音楽も届けてあげようじゃないか」
 宵藍は二胡を取り出すと、優しい調べを奏で始めた。
「あら、いいわね。ピアノはないけれど、私も歌を届けましょう」
 宵藍の演奏にジュリアが歌を乗せていく。町の人たちはすっかり聞き惚れていた。
「はぁ‥‥。女性を口説いてる暇が無かった‥‥」
 少し離れた場所で2人の演奏を聴きながら休んでいたジョシュアは、ケイの方をじっと見ながらぼそりと呟く。
「‥‥悪ぃ。でも、助かった」
 少しばつが悪そうに言う、ケイ。そこへ氷魚がやってきて2人の前に立ち、
「今回は多くの経験をさせてもらった‥‥ありがとう」
 と改めて御礼を言った。
「そんな改めなくてもいいですって」
「ああ。これからも一緒に頑張ろう」
 3人は笑いながら空を見上げる。
 歌と調べと笑い声が、風に乗って夕焼けの山々に飛んでいった。

<了>