タイトル:ニューイヤーライブマスター:九頭葉 巧

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/17 22:34

●オープニング本文


 その場所はとあるファーストフード店の地下にあった。明るいファーストフード店の入り口とはまるで逆の、暗くて狭い階段。用がなければ簡単に通り過ぎてしまうだろう。
 地下へと続く階段の壁面には、様々なポスターが飾られている。いや、飾られているという表現は正しいとは言えない。乱雑に貼り巡らされている。ところどころ重なりあっているポスターたちは、その階段を下りていく者たちに強く主張する。
 俺を見てくれ。俺たちに興味を持ってくれ。
 趣向を凝らしたコラージュ写真もあれば、文字だけがでかでかと書かれているだけのポスターもある。一つとして同じものはないが、主張していることは皆同じであった。
 階段を下りると、その先には重厚な扉がある。文字通り、重くて厚い。外部を拒絶しようとしているようにも思える。
重苦しい扉を苦労して開けると、そこには受付がある。中に入るには多少の料金が必要なのだ。扉を閉めると、ここが外部の世界と隔たれた場所だと強く意識させられる。事実、この先は今まで生活してきた世界とは 全く違う場所だ。唯一似ている場所があるとすれば‥‥それはある意味でもっとも親しみのある場所。
 戦場だ。
 始まる前の独特の緊張感と、始まってしまってからの高揚感。狂乱と轟音が叫び出す異色の空間。
 ライブハウス「Spirits」だ。

 とはいっても、現在のSpritsの様子はそんなに恐ろしいものではない。
 本日のライブは終わったようで、演奏は聞こえてこない。その代わり、観客席にはたくさんの料理とともにバンドマンたちや観客、店のスタッフたちが談笑している。
 バンドマン、といってもここに集まるのはカンパネラ学園の生徒が中心だ。学園の周辺には様々な施設があるのだが、このライブハウスもその中の一つだ。
 音楽の好きな人はどこの場所でも必ず存在する。もちろん、血気盛んな学生たちも例外ではない。その情熱は留まることを知らず、いずれは必ず「自分もライブをしてみたい」と想い描く。そんな若者たちのために作られたのが「Spirits」だ。
 年末ラストのライブも終わり、この日だけはライブ終了後にちょっとしたパーティーを開いていた。もちろん、この店の店長(親しい人たちには何故かマスターと呼ばれている)のおごりで、だ。
 各々楽しそうに音楽談議に耽っている。ささやかだが温かい会合であった。
「そうだ。実は君らに頼みがある」
 パーティーもそろそろお開きかというところで、マスターが声を上げた。
「どうしたんスか、マスター?」
 バンドマンの一人がマスターに聞く。
「来年の頭に景気良くニューイヤーイベントをやりたいんだが‥‥実はまだバンドが集まっていなくてね。そこで君たちに協力してもらおうと思っているんだ。
 こんな世界情勢だからこそ、みんなには来年からも勢いをつけて頑張ってもらおうと思ってね」
「いいッスね、マスター!」
「そうだろう? なるべく多くの人たちに来てもらいたいから、入場料や出演料は取らないつもりだ。どんな人でも呼んでくれて構わないし、素人でもライブをしたいって気持ちがあるなら出てもらって構わない。もちろん、見るだけでも構わないさ。ま、ライブにかこつけた新年会だと思ってくれていい」
「おお! マスター太っ腹ッス!」
「そんな訳だから、みんな人をガンガン集めてみてくれ!」
「わかりました!」
「それじゃあ、今年はお疲れ様! 来年もよろしく!!」
「おーー!

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
小鳥遊神楽(ga3319
22歳・♀・JG
乾 幸香(ga8460
22歳・♀・AA
鷹代 アヤ(gb3437
17歳・♀・PN
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
ノルディア・ヒンメル(gb4110
18歳・♀・DG
ソフィリア・エクセル(gb4220
19歳・♀・SF
レティア・アレテイア(gc0284
24歳・♀・ER

●リプレイ本文

●ライブ前。午前。
 スタッフたちがライブの準備を進める中、出演者がライブハウスに集まった。本番までまだ時間があるのだが、準備を考えるとそうゆっくりもしていられない。
「みなさん、本日はよく集まってくれた。今日のライブを盛り上げるために今日は頑張ろう」
 マスターの挨拶から始まり、まずはリハーサルから始まった。
 バンドごとの要望を丁寧に聞き、マスターの指示で要望に対する音響と照明を綿密に決めていく。出演者もスタッフも真剣そのものだ。楽器の調整やパフォーマンスの確認に余念がない。
 時間はあっと言う間に過ぎていき、開場まで残り一時間となった。

●開場。Spiritsの様子。
「‥‥ん?こんなところに、こんなお店が‥‥」
 新年のはじめ。久しぶりに休暇をとってぶらぶらと散策中だった朧 幸乃(ga3078)は、ファーストフード店の横に置いてある小さな看板を目にした。そこにはライブハウス「Spirits」の名と、「本日ニューイヤーライブ開催!どなたでもご自由に!」の文字が書かれていた。
「‥‥ちょっと入ってみようかな‥‥」
 気まぐれに階段を下り、受付のスタッフに会釈。そして、重い扉を押してライブハウスの中へと入った。
 会場は独特の熱気に包まれていた。満員とまではいかないが、かなりの人数が集まっているようだ。まだライブ自体は始まっていないが、人々はどこか浮き足立っているようだ。
 幸乃はドリンクバーに行き、カクテルを頼む。本日は休暇と決め込んでいるため、少し強めのものを頼んだ。カクテルを受け取ると、少し移動してライブハウスの壁にもたれる。そこから見える人たちの楽しそうな雰囲気に、幸乃はほんの少しだけ頬を緩ませた。

 幸乃からほんの少し離れたところに、食事をのんびりと楽しむ女性がいた。澄野・絣(gb3855)である。ライブハウスに着物という少々不思議な格好であるが、当の本人は全く気にしていない。むしろ新年の初めのこの企画にふさわしい格好なのかもしれない。食事と飲み物を上品に食べながら、ライブの始まりを待ちわびていた。

すると、照明がゆっくりと落ちていった。観客のざわめきが大きくなる。そのざわめきに合わせて、ステージにスポットライトが点灯。光の中に田中 アヤ(gb3437)が立っていた。
「ども、田中アヤです!皆さんあけおめ!」
「あめおめー!」
 アヤの明るい挨拶に観客も元気よく返事をする。
「ありがとー!もうすぐライブが始まりますが、その前に今日のライブの説明とかあるんで聞いてくださいねー」
 はーい!という観客の声がライブハウスに響く。
「まずはモッシュやダイブ、その他の危険行為や暴力行為はしないようにお願いします。あと、マスターが提供してくれた食べ物と飲み物は自由に食べていいですが、食べ散らかさないように!あと、未成年のお客さんはお酒を飲んじゃいけませんよ!あと、今日はこの場所は禁煙ですからね!‥‥以上です。最後に一言‥‥今日は、さ、わ、げー!!」
「おー!!」
 アヤのあおりで観客のテンションも高まった。ライブハウス本来の姿が現れてきたようだ。最高の状態でニューイヤーライブの幕が上がった。

●Twilight
 アヤに続いてステージに登場したのは、小鳥遊神楽(ga3319)と乾 幸香(ga8460)だ。二人とも良い具合に色の抜けたジージャンに紺のジーンズを着用し、神楽は中に紫の長袖シャツ、幸香はクリーム色の長袖シャツを着ている。神楽の肩にはギターがかけられ、幸香はステージに置かれているキーボードの前に立った。
「こんにちは。私たちはTwilightというバンドです。今日はよろしくお願いします」
 慣れた口調で挨拶をする二人。観客からの拍手を受け、二人の顔が引き締まる。
「ありがとう。それでは早速聞いて下さい。『Take My Step』」


――キーボードの美しい旋律と共に曲が始まった。明るい音色だが、どこか悲しげに響く。その上にギターのコードが乗り、神楽の少女の独白のような歌声が響く。

“どうして、思い通りに行かないの?”
“どうして、こんなに自由がないの?”

誰だって、一度は行き当たる壁。
じゃあ、あなたはどうしたいの?
ただ悩むだけで、
立ち止まったままで
何がしたいの、
ねえ?

――問いかけるように、諭すように紡がれていく神楽の歌声。その問いかけに答えるような幸香のコーラスが優しく響く。

何も変わらない、と決めつけて、
文句ばかりを吐いて、

まだ、誰かが変えてくれるなんて、

そんな都合の良い事、
ありはしないと、気付いたら、もう

『現在(いま)』が気に入らないのなら、
俯いて立ち止まっていても駄目よ。
どんなに高い山だって頂きがあるように、
踏み出せば、そこから何かが始まるから、
その一歩は小さくても、その一歩はあなたを変えるから、

――新たな歩みを思わせるように、曲が盛り上がっていく。寂しさが消え、前進を思わせるサウンド。歌声。そして、ここで神楽は会場のみんなに呼びかけるように高らかに歌い上げた。

さあ、思い切って踏み出そう、
今日とは違う、明日の為に


 最後にしっかりと客を盛り上げ、Twilightの演奏は終わった。観客からは惜しみない拍手が送られる。
「やっぱりステージは良いわ。本当に生きているって感じがするから。わたし達の本当の居場所ってやっぱりここね、幸香」
 思わずそう言う神楽。幸香もその言葉に頷き、観客に笑顔を返した。

●レティア・アレテイア(gc0284)のソロ
 ステージ横の小さな控え室で、レティアはTwilightの二人に送られる惜しみない拍手と歓声を聞いていた。ほどよい緊張感が彼女を襲う。着ている服のチェックを行い、レンタルしたギターの最終調整を行いながら精神を集中させる。
 演奏を終えた二人が控え室に戻ってきた。レティアの様子を見て、幸香は気さくに声をかける。
「レティアさんも楽しんできてね」
 レティアは力強く頷いた。
「レティア・アレテイアさん。準備が出来ましたのでよろしくお願いします」
 スタッフの言葉を受け、レティアはステージへと歩み出た。マイクの前に立ち、一礼をする。観客から拍手が送られた。
「レティア・アレテイアだ。よろしく。初めてだけど、あたし、一生懸命歌うよ」


――レティアの淡々とした歌声と共にギターの音色が始まった。

未だ見ぬ夢を信じて
何故に人は歩み続けるの
想いを載せた夢は闇の中
信じてくれる人はいるのだろうか
あぁ あれは最後の願い
人達が夢見るのを止めても
あぁ あれは最後の願い
まぎれもなく夢見の人を待っている

――淡々とした口調が、曲が進むにつれて感情が入っていく。それに合わせて高ぶるギターのサウンド。そして、感情が爆発した。

心は変わる 願いは変わる
変わり行け 変わり行け もっと夢見になれ
一番最後に見た夢だけを
人達は覚えているだろう
幼い日に見た夢を 思い出してみないか‥‥


 荒々しい感情と共にレティアの歌が終わった。彼女の歌に圧倒されていた観客だが、徐々に拍手の音が大きくなる。大勢の観客から賞賛を受け、レティアは自然と涙を流していた。
(「今までとは違う場所‥‥。そう、違う場所なんだ‥‥」)
 一礼をし、レティアはステージを下りた。

●田中アヤとノルディア・ヒンメル(gb4110
 次にステージに現れたのは、先ほど前説を行った田中アヤと、その後輩のノルディア・ヒンメルである。二人とも黒いゴシック調の衣装に身を包んでいる。それに加えアヤはルビーの指輪と銀細工の首飾りを、ノルディアは白薔薇をあしらったレースのヘッドドレスをしている。
「また会ったね!みんな!次はあたしとノルディアちゃんが歌わせてもらうよ!」
「よろしくお願いします!」
 アヤとノルディアの二人は、それぞれアコースティックギターとヴァイオリンを手にしながら挨拶をした。拍手を受けながら準備を行う。
「ありがとう!それじゃあ、早速いきましょうか。大事な人を思い浮かべながら聞いてください。『シキ巡る歌』」


――優雅なヴァイオリンの音色とギターの柔らかい音色がゆっくりとしたリズムで響き渡る。前奏のあとに、アヤの歌から始まった。

出会ったのは 紅葉の頃で
キミはボクに 手を差し伸べて
「さあ、一緒に」って言ったよね

辛かったのは 粉雪の頃
ボクも キミも 傷ついて
キミが辛いと ボクも辛いよ

――アヤの想いを受け、ノルディアのよく通る声が重なるサビになる。

キミと出会った あの日から
ボクの運命(さだめ)が 巡り出す
くるりくるくる 巡りまわって
ボクの未来(あした)を 導き進む

――ノルディアがメロディーを引き受け、アヤのギターソロが始まった。ギターの音色は大切な人を思い出させるように優しい。

――ギターソロが優しく終わり、今度はノルディアの心を込めた歌声が始まる。会いたいあの人に捧げるように‥‥。

楽しかった 桜の頃は
ふたり 手握り 腕を絡めて
沢山 遊びに出かけたね

嬉しかった 花火の頃の
「二人で居たい」 キミの言葉は
今でもはっきり 思い出せるよ

キミと出会った あの日から
ボクの運命(さだめ)が 巡り出す
くるりくるくる 巡りまわって
ボクの未来(あした)を 導き進む

――二人の歌声のあと、次はノルディアのヴァイオリンのソロとなる。優雅なメロディーに観客は思わずうっとりとしてしまう。クラシックよりもポップな、しかしそれでいて上品さを失わないヴァイオリンの音色。
――大切な人への想いを胸に、二人は最後を歌い上げる。

たとえ季節が巡っても いつでもキミと一緒だよ?

キミと出会った あの日から
ボクの運命(さだめ)が 巡り出す
くるりくるくる 巡りまわって
ボクの未来(あした)を 導き進む


 二人の高らかな歌声で見事に曲を閉じた。観客の拍手が二人を包む。観客の中には涙を流している者もいる。きっと、大切な人を思い出したのだろう。
「ありがとうございました!」
 二人は仲良く礼をしてステージを去った。観客にも、そして二人の心の中にも温かいものが溢れるライブとなった。

●It draws close
 ニューイヤーライブも次のバンドで締めくくりとなる。トリを飾るのはソフィリア・エクセル(gb4220)とノルディア、神楽、幸香の四人だ。
「さぁ、今回も張り切っていきますわよー」
 控え室でメンバーに笑顔で声をかけるソフィリア。最後の打ち合わせも終わり、あとは演奏をするだけだ。他のメンバーも笑顔が溢れている。ライブを心から楽しんでいる笑顔だ。
「それではIt draws closeの皆さん、お願いします」
 スタッフにそう言われ、メンバーはステージへと歩を進めた。
「ノルディアさんの魅力、引き出してみせますわ」
 ソフィリアはにやりと笑う。神楽と幸香も同じように笑った。
「はい。お願いします」
 ノルディアも笑顔で答えた。

 トリのバンドということもあって、会場の熱気は最高潮であった。メンバーがステージに現れた瞬間、大きな歓声が起こった。メンバーの名前を叫ぶ観客もいる。手を振り、笑顔で返事をするメンバーたち。そのたびにまた、歓声がこだまする。
「みんな、本当にありがとう!ボクたち、It draw closeというバンドです!ボクたちでラストだけど、最後まで楽しんでいってね!!」
 ノルディアが観客に挨拶を交わす。
「よし!それじゃあいきましょう!It draw closeで『White rose』です!」


――神楽のギターサウンドと幸香のキーボードのアップテンポな力強い音をあげ、それに負けないノルディアとソフィリアの歌声から始まる白薔薇の歌。

誰かの為に 心を動かし
何かの為に 生きてゆける
一つの幸せ見つけたら そこに
咲き誇るよ 未来へと
Only your white rose

――高らかに歌い上げたあと、ふっと照明が暗くなる。バンドの作り出す音が一瞬静かになると同時に、観客席から横笛の優雅な音が。
――ぱっとスポットライトが付くと、そこには着物姿の女性、澄野・絣が横笛「千日紅」を吹く姿があった。サプライズの演出に観客から歓声があがる。
――絣は演奏を続けながらステージに上がる。そのタイミングに合わせて、神楽のギター、幸香のキーボード、そしてノルディアのヴァイオリンが加わる。
――間奏も終わり、またノルディアの歌声が始まる。声にノイズを加えた、少し不思議な空間へと変貌した。

What is necessary to be believed
You should head for where
It faces the dream of not fulfilling
Lets erase such feelings

――ノイズが消え、ノルディアの綺麗な歌声が戻る。

悲しみを超えて 歩き出す
その身に棘を 纏いながら
綺麗に見えても 儚くて
一輪だけでも 力強く

――最後の盛り上がりを加える神楽のギターソロ。
――ソフィリアが共に最後を歌い上げようとしたところで、壁にもたれている幸乃に気付く。ソフィリアは思わず幸乃に向けて手を振った。幸乃も手を振り返す。
――ギターソロが終わり、全ての音が一体となった。

誰かの為に 心を動かし
何かの為に 生きてゆける
一つの幸せ見つけたら そこに
咲き誇るよ 未来へと
Only your white rose


 爆発したような歓声と拍手。誰も異論を挟まず、心の底から賞賛を送った。
 鳴り止まない拍手を受け、ステージの上の五人は肩を組んで礼をした。

 こうして、ニューイヤーライブは大盛況のうちに幕を閉じた。

●ライブ後
 ライブが終わったものの、食事や飲み物を楽しむ時間はまだ残っていた。ライブに参加した人たちも今はリラックスしながら食事を楽しみ、出演者同士や観客と歓談を交わしている。マスターも上機嫌だ。
「あたし達の演奏はどうだった?」
 神楽がマスターに尋ねる。
「最高だったよ。二人とも経験があるだけあって上手いね」
「良ければ、またステージに立たせて貰えると嬉しいわ」
「もちろん。ぜひお願いするよ!」
 Twilightの営業活動も上手くいっているみたいだった。

 こうしてSpiritsの夜は更けていった。