●リプレイ本文
●レース前
轟 豪人に頼まれて演習場へとやってきた傭兵たちは、早速暴走行為をしている爾威駆のメンバーのところへと近付いていった。
「おいおい、なんだお前らは?ここが爾威駆のナワバリだって知らねぇのか?」
やってきた傭兵たちに向け、制服を大胆に着崩した青年が威圧的に言う。彼に続き、ぞろぞろと何人も近付いてくる。どの青年も、ガラが悪い。
「お前ら、人に迷惑をかけて走るなんてクールじゃないぜ」
まず口火を切ったのが、嵐 一人(
gb1968)だ。
「走るのが好きなのはいいですが‥‥人に迷惑をかけるのはダメですよね。うん」
エイミ・シーン(
gb9420)も頷きながら言う。
「なんだと?お前らには関係ねーだろうが!」
どこまでも強気な態度の青年たちに向け、ディツァー・ライ(
gb2224)はぼそりと呟く。
「やれやれ、バイクってのは精神を反映する乗り物なんだよな‥‥良くも悪くも、な」
「なんか言ったか?」
青年が反応するが、ディツァーは肩をすくめるだけで返事を返した。
「まぁまぁ皆さん、落ち着いて。もっと楽しくバイクに乗りましょうよ」
ジョゼット・レヴィナス(
gb9207)が間に入る。
「そうそう!みんなで楽しく走らないと!AU−KVだって泣いちゃうぞ?ここを占拠するのは止めてよね」
と紫藤 望(
gb2057)も続けて言う。
「ふん。俺たちをここから立ち退かせたかったら、俺らとバイクで勝負するんだな。もし勝ったら素直にどいてやるよ」
青年の1人が強気に言った。
「普通、ノ、運転、ハ、シマシタ,ガ、レース、ハ、初めて、デス。楽しみ、デス、ネ‥‥」
ムーグ・リード(
gc0402)は青年に向かって笑いかけた。
「今日はチームレースって事で、ひとつよろしく頼む。バイクの本当の楽しみ方って奴を教えてやろうぜ」
爾威駆の面々から少し離れたところで、ディッツァーは皆に声をかける。他の傭兵たちも口々に挨拶を交わした。
「よろしく。さて、我は早速バイクの点検をする。レースまであまり時間が無いようだしな」
月城 沙夜(
gb6417)はそう言うと愛車のミカエルのエンジンを温め始めた。
「それじゃあ俺はコースの確認をしてくるぜ」
「あ、私も行きます!」
一人とエイミはレース場に出てコースの下見を行なった。2人ともほとんど喋らずに、頭の中で自分が走るコースを組み立てていく。
「おい!そろそろやるぞ!」
爾威駆の青年ががなり声を上げた。
レースの開始である。
●チームレース
「サテ、ミナサン。準備ハ、ヨロシイ、デスカ?」
ムーグは番天印を構えて言う。レーススタートの砲手はムーグが行なうようだ。
「いつでもいいぜ」
「こっちも準備万端だよ」
一番手を走る青年とエイミはバイクの唸り声に負けない声を出した。
「みぃちゃん、頑張ってね!」
望は友人に声援を送る。エイミは力強く頷いた。
「ソレデハ‥‥ヨーイ‥‥‥すたーと!」
ムーグの番天印が、バスンと小気味のいい音を立てた。
2人は一斉にスタートをする。
まずは直線。勢いよく飛び出したエイミ。加速が早い分エイミの方が立ち上がりが早い。
エイミが少し有利のまま、大きなカーブに差し掛かる。
そこで相手はインコースを取ろうと速度を上げる。
かなりの速度を保ったままカーブを抜け、直線。そこで相手はまた加速。最高速度まで上げてきた。
最高速度で負けるエイミは、だんだんと追いつかれてきてしまう。
ほとんど並んでS字カーブに突入。エイミも負けじと懸命に体を揺らし、速度を落とさぬように進む。
S字を抜けたところにヘアピンカーブが見えてきた。エイミの狙いは、ここ。
「ふふっ‥‥さぁ、そろそろ本気で行くよ?コシュタ・バワー!」
愛車コシュタ・バワーの名前を叫び、挿すようにカーブを攻める。呼応するようにマシンが叫び声を上げ、一気にカーブを曲がる。相手はエイミについていけず、失速する。
次のヘアピンも強気に攻めると、相手との距離がまた開く。
続けて大きなカーブを曲がる。
そして最後の直線。そこで相手は加速をするが、カーブで稼いだ距離は埋められないようだ。
少しリードを持ったまま、次の走者が待つピットに向かう。
「ディッツアーさん!お願いします!」
ディッツアーに声をかけながら、ピットに入る。
「任せろ!行くぞ相棒!お前の加速を見せてやれッ!」
黒地に赤いファイアーパターンの入った愛車が唸りを上げる。
スタートから一気にエンジンを吹かして最大加速する。ディッツアーが発進したところでようやく相手も第二走者へとバトンタッチした。
「ふぅ‥‥」
走り終えたエイミは髪を優雅になびかせて、メットを外す。汗がキラキラと光を浴びる。
「お疲れ様っ!みぃちゃん、凄くカッコ良かったよー。あ、きみもどうぞー」
望が駆け寄り、エイミと走り終えた爾威駆の青年にドリンクを渡す。まるでマネージャーのようだ。
「ありがとう!」
「お、おう。サンキュー‥‥」
エイミは素直に、青年は若干とまどいつつもドリンクを受け取る。
「オツカレ、サマデシタ。こーすハ、ドノヨウナ状態、デシタカ?」
ムーグも駆け寄り、コースの様子を聞く。
「うん、とっても走りやすかったよ。最初のカーブを曲がったところが加速のチャンスかな。でも加速しすぎると次のヘアピンが怖いから気をつけなきゃって感じかな」
「ナルホド。アリガトウ、ゴザイマス」
「いえいえ。それじゃあ、一緒に応援しよう!」
コースの様子を皆に教えると、エイミはディッツアーに声援を送った。
ディッツァーは最初の加速で稼いだ速度を保ちながらカーブをアウト・イン・アウトで曲がり、立ち上がりで更に加速。S字カーブもほぼそのままの勢いで入っていった。バイクの運転に慣れているだけあり、運転に淀みがない。
どんどん加速していくディッツアーに、相手はなかなか追いつくことができない。
ヘアピンカーブも速度を保ったまま、攻撃的に攻めていく。
タイヤが焦げる匂いが広がる。
軋む音が響く。
見事二つのヘアピンカーブを乗り切り、ラストのカーブへと差し掛かる。ぐいっと大きく曲がり、カーブを抜けた瞬間にラストスパート。アクセル全開で加速した。
エイミが作ったリードを大きく広げて、ディッツァーはピットに入ろうとしていた。
その先には三番手のジョゼットがスタンバイをしている。
「ふふふ。こう見えてもバイクの扱いには自信がありますよ。幾多の困難を乗り越えてきた私に死角はありません!」
幾多の困難といいつつも、実態は大学の授業の遅刻を乗り越えるために無茶な運転をしてきただけだったのだが‥‥。
ディッツァーがピットに入った瞬間にジョゼットは勢いをつけて加速。一気にスタートを切った。
「行け!バイクを信じてアクセルを開ければ、必ず答えてくれるはずだ!!」
ディッツァーの力強い声援が風に乗った。
逃げ切りの走りが得意なジョゼットは、ディッツァーが作ってくれた差をなるべく活かそうと考えていた。
なるべく最高速度を保ち、追い上げから逃げ切るように走る。
インコースを狙い、最短のコースを進んでいった。
大学の授業に遅刻しそうな時、道無き道行き(道交法違反気味)を走り、障害物(人間であること多し。主に動きの鈍いおじいちゃんおばあちゃん)を華麗にスルーパスしてきた感覚を思い出しながら、S字の細かなカーブも器用に進んでいく。
しかし、マシンの性能に差が出てきたのか、だんだんと相手の走行音が近付いてくる。
二つのヘアピンカーブを抜けたところで、相手はすぐ後ろまで迫ってきていた。
「私の前後左右を走るんじゃねえっ!」
言葉とは裏腹にノリノリで叫びつつ、ピットまで最後の加速を行なう。
なんとかリードを保ち、次の走者の一人にバトンを渡した。
一人は回転がロスしない程度にアクセルを全開にし、見事スタートダッシュを切った。
一人が無事スタートしたところで、相手も間を置かずにスタートを切った。
ジョゼットはバイクを止め、メットを外す。ジョゼットの相手をした青年もバイクを止めていたのだが、ちらちらとジョゼットの様子を窺っている。どうやら、走行中のジョゼットの叫びが聞こえていたようだ。
「‥‥‥ていうのは冗談だよ?」
にっこりと笑って誤魔化すジョゼット。だがすぐに、
「いけーっ、ぬけろーっ、引き倒せー!」
とレースが見渡せる場所に移動して、両方を応援する。
さっきの言葉は本気だ‥‥と青年は恐れた。
「さあて。嵐を呼ぶせ!」
一人はレース前に考えていたコースを頭の中で反芻し、バイクを走らせる。
徹底したアウト・イン・アウトで速度を殺さないよう最小限のブレーキングでコーナーに入る。そして、コーナーでは思い切り良くハングオン。相手も負けじと一人に続く。
次のS字では最小限の体重移動・ハンドリングを行なう。出来るだけストレートに近づくようにコースを取り、駆け抜ける。
ヘアピンカーブも最小限の動きでこれをクリア。
相手との差が少し、広がる
ラストのカーブを曲がったあと、錬力を使い、思いっきりブースト。
貪欲に0.1秒を追求した走りだ。
幾多の走行術を使い、一人は大きく差を広げた。
ブーストの勢いのまま、弟五走者の沙夜へと繋いだ。
沙夜は一人からのバトンを受け、コースを進む。事前に準備を行なっていたため、AU−KVの調子はかなり良い。
タンクを膝で挟んで安定させ、やや顎を引いて空気抵抗を少くして走行フォームを確立する。
直線を進み、大きくカーブを曲がって進む。だが、S字に差し掛かったところで後続の相手のエンジン音が聞こえてきた。
ヘアピンに差し掛かる前にやや減速して負荷を軽減。そのままの速度でヘアピンに入る。
腰全体を使って体重移動を行い、車体を倒して遠心力でカーブを切る。
ラインギリギリのコースを取り、少しでも時間をそぎ落とす。
ヘアピンを丁寧に攻略したお陰で差を取り戻したが、その後のカーブと直線は相手の方が上手だったようだ。
ピットの直前ではあまり差が広がらなくなっていた。接戦の状態で次の走者のムーグが走り出す。
レースは初めてのムーグは、先ほどから熱心に他の走者の走りを見て走行方法を勉強し、走り終えた人たちにコースの攻略ポイントをチェックしていた。自身のキリン柄のバイク性能と比較して、最適なコースを想像していた
最初のストレートでブーストを使って加速。距離を稼ぎ、ディッツァーと一人のアウト・イン・アウトを真似して、最小限の減速で曲がる。
S字カーブもなるべく直線の形を取ろうとする。
相手のバイクがだんだんと迫る音がする。だが、負けてはいない。
ヘアピンは沙夜の体重移動を参考に体を動かす。まだ若干力任せで沙夜ほど器用ではないが、悪くない動きだ。
相手も劣らず力任せの運転をしてくる。
最後のカーブをほぼ同時に曲がったところで、アクセルをぐいと回してブースト。相手との距離が少し広がる。
ムーグの視界に、最終走者の望の姿が見えてきた。
「ムーグさんが来たよ!頑張ってね!望ちゃん!」
エイミはスタンバイしている望に駆け寄って声をかける。
「気をつけてね!」
ジョゼットも可愛い妹を気遣う。
「レースも戦闘と同じだ。気を抜くなよ」
沙夜も戦友を気遣う。
「みぃちゃん、ジョゼさん、沙夜ちゃん、ありがとう!任せて!」」
メットを被り、愛車に跨る。
「行くよHOLY KNIGHT、うちが命を吹き込んであげる!」
ムーグと相手がほぼ同時にピットイン。その瞬間に最終走者の2人はブーストでスタートダッシュを決めた。
ほとんどリードはないが、望はとにかく速く走る事に集中した。速度を保ったままキレ良くコーナーを曲がる。だが、相手も最終走者を任されるだけあってテクニックは相当のものだ。望の微妙な動きを読み、前に出ようとする。
望の一瞬の隙を突き、S字で望の前に出た。
先行された望は、それでも強気に攻める。ヘアピン前で相手にぶつかるギリギリのラインを強引に進む。接触したくないなら道を空けろと言わんばかりだ。
プレッシャーを与え続け、引き抜く隙を狙う。
相手に焦りの色が見えてきた。最後のカーブを曲がったところで、相手のバランスが一瞬だけ崩れた。
「今だ!HOLY KNIGHT、キミに魂があるなら応えて!」
望は叫び、最後の直線でブーストを仕掛ける。
一気に相手を抜き去り、そのままゴール。
見事、傭兵たちは勝利を収めた。
●レース終了
望はバイクを止め、メットを脱ぐ。接戦のせいかかなりの汗をかいており、その汗がキラキラと綺麗に輝く。傭兵たちは望に駆け寄り、ねぎらいの言葉をかける。
「ちくしょー!負けちまった!!」
爾威駆の面々は悔しそうに叫ぶ。望は爾威駆に近付き、言う。
「これで約束通り、もう演習場を占拠しないでくれるね?」
「‥‥仕方ねぇ。約束は約束だ。もう占領するのはやめるよ」
素直に応じる青年たち。彼らは単なる腐った不良ではない。単純にバイクが好きなだけだ。それが少し歪んだ方向に向いてしまっただけだったのだ。
「バイクってのは馬鹿をやるための道具じゃねぇ。人生に感動を一つ追加してくれる最高の友人だろ。付き合い方を、誤るんじゃねぇぞ」
ディッツァーは同じバイク乗りとしての心意気を説いた。
「そうだ。自分達だけでしか楽しめないってのがクールじゃないんだよ。どうせなら、走りで見る奴全てを惚れさせるくらいじゃないとな」
一人もうなずきながら同意する。
「そうそう。乗ってる人がそんなんじゃAU−KVが泣いちゃうでしょっ」
望もタオルで汗を拭きながら言う。
「バイク好きならサーキットで走れ。演習場で走って楽しいか?」
沙夜はきつい口調で諭すように語りかける。
「ああ‥‥そうだな。反省してるよ。ここでくすぶってちゃ駄目だよな。今度からは迷惑かけないように走ることにする」
青年たちは反省の色を示した。
「ふむ。わかってくれたようでよかった。しかし‥‥貴公たちのフォームを見ていたが、まるでなってなかったぞ。世界最速の走りを見ろ、フォームも綺麗だ。この雑誌のように、こうしてだな‥‥」
沙夜はいつの間にか持ってきていたバイク雑誌を広げて青年たちにフォームの講釈を始めた。元々バイク好きの青年たちは沙夜の周りに集まり、素直に聞き始める。
「でも今日はすっごい楽しかったです!今度は普通に勝負しましょうね!」
エイミは対戦相手の青年のところに行き、握手をした。青年もはにかみながら素直に応じる。
「ワタシ、モ、楽シカッタ、デス。アリガトウ、ゴザイ、マシタ。デモ、無茶ハ、イケマセン、ヨ?」
ムーグも同じく感謝の弁を述べていた。
(うんうん。よかったよかった。これでもっと野心を持って行動してくれるかな)
ジョゼットは傭兵たちと爾威駆の面々が楽しそうにバイクの会話をしている様子を見て、満足そうに笑った。