●リプレイ本文
●桜の村
傭兵たちは事件解決のために、まずは昼間に村を訪れ、それぞれ班を作って調査に乗り出した。
「この手の話は世界中のどこでもありますね。それも、木の精か木そのものが魔物と化した場合の2種類が殆どです」
冷静に分析をするのはアセリア・グレーデン(
gc0185)だ。
「そうだね。日本でもこーゆーホラーじみた話はよく聞くわ」
まさか今年最初の花見がこんな形になろうとは‥‥と思いながら篠岡 澪(
ga4668)は言う。
「とにかくまずは聞き込み調査をしましょう。まずは妙なものを目撃したという人に話しを聞きにいきましょうか」
そう言って歩き出したのはティム・ウェンライト(
gb4274)だ。
村は静まり返っていた。この小さな村で何人も人が消えているのである。安心して生活が出来るはずがない。
澪とアセリアの案で、3人はまず謎の光を目撃したという住人を尋ねることにした。
「ごめんくださーい」
ティムが元気よく声をあげると、玄関の扉が小さく開く。隙間から顔を覗かせたのは、随分と歳をとった老婆であった。
「なにかようかい?」
警戒心を隠さずに尋ねてきたが、ティムはなるべくフレンドリーに返事をした。
「こんにちは、おばあちゃん。俺たちはこの村の事件を解決しにきた傭兵だよ。おばあちゃんが目撃したっていう奇妙な光について聞きにきたんだ」
「ああ。あの日のことかい」
老婆の警戒心が少し薄くなった。事件を解決しにきたと聞き、安心したのだろう。
「どんな色の光で、どんな動きをしていたのかしら?」
澪が細かな情報を聞くと、老婆は少し考え込んだ。
「そんな特徴のある色ではなかったかしらね。白くてふわふわしているようだったわ。動きは‥‥そうね。まるで桜の花びらが落ちていくようだったわ。それは綺麗だった‥‥」
事件の原因かもしれないその光を思い出しても、老婆は恐れるどころかうっとりとしている。
「それはたくさんあったの?」
「そうねぇ。それほどたくさんってほどでもなかったわ。せいぜい3つか4つくらいだったと思う」
なるほど、と言いながら澪は老婆の様子を観察する。老婆には悪影響はなさそうだ。それは男性ではないでだろうか。
「それでは、この地域で神隠しの伝承があるというのですが、おばあさんは何か知っていますか?」
アセリアが質問する。威圧感を与えないように鎧を外した軽装姿だ。
「神隠しね。私が小さい頃に少しだけ聞いたことがあるけど、最近はとんと聞かなくなったよ。確か‥‥桜の近くには精がいて、そいつらが男の子をさらっていくとか‥‥。すまないね。細かくは覚えていないよ」
「そうですか。それじゃあ、いなくなった人たちって、消える前に様子が変だったとかはある?」
今度はティムが質問をする。
「いや。そんなことはなかったよ。しいて言うならば‥‥どの人も桜が咲くのを楽しみにしてたってことくらいかね。昼夜問わず桜の様子を見に行っていたみたいだよ」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
傭兵たちは丁寧にお礼を言い、老婆の家を後にした。歩きながら、3人は情報を整理する。
「他の人にも話を聞いていきましょう。まだ夜まで時間がありますし」
ティムは無線機を用意しながら言う。3人は他の住人を探して歩き出した。
文献調査班を担当したのはマヘル・ハシバス(
gb3207)とレベッカ・マーエン(
gb4204)、守剣 京助(
gc0920)だ。
文献調査といっても、どこに文献が集まっているかわからない彼らは、まず村の警察へと向かった。ついでに警察からも情報を得ようという考えである。
レベッカは警察官を捕まえ、自らの素性を説明したあとに尋ねた。
「桜の木の周りに行方不明者の遺留品や血痕等の争った形跡等の有無を聞かせて欲しい。夜逃げなら管轄外で終わりなんだが痕跡も無く消えたとなるとおそらくバグアの仕業だろうな」
バクアの仕業と聞き、警察官にも緊張が走る。彼は急いで手帳を開き、警察が調べた情報を報告した。
「ええと、どうやら桜の木の周りには遺留品や血痕等は残されていないようです。仰るとおり、痕跡もなく消えてしまっています」
「そうか。それでは、住人に事件が解決するまで桜に近付かないように徹底しておいてくれ」
「りょ、了解しました!」
「あと、情報収集のために神隠しの資料を探しているのだが、そのようなものが置いてある場所はあるか?」
「そういう場所でしたら‥‥図書館がいいかな。本官が案内しましょう」
警官の案内で、3人は村の中にある図書館に辿りついた。図書館といっても、個人の宅を改造したような小さなものだ。
「時間は無い。手早く探すのダー」
レベッカは関係のありそうな本を手に取り、覚醒。情報処理能力を上げて分析を始めた。
マヘル、京助の二人も手分けをして資料を探す。
「神隠し、ねぇ。今回の事件と関係はあるのかな‥‥っと。この辺か?」
京助が読んでいるのは、この地域の歴史を記録した資料である。それによると、およそ300年前には実際に『人が突然消える』といったことがあったらしい。
「ホントにあったのか‥‥でも大分昔の話だな」
他にも資料を探そうとしたとき、マヘルが声を上げた。
「皆さん、ちょっと来てください」
2人が駆け寄ると、マヘルは自分の読んでいた本を2人に見せながら言った。
「これはこの村の伝承に関する資料なのですが、ここに神隠しに関することが書かれているみたいです。ですが‥‥私には読めなくて。2人は読めますか?」
その本はかなり古いものらしく、書かれている文字も昔の仮名遣いなどであって読むことがかなり困難のようだ。レベッカはもちろん、日本人である京助にも読むことが出来なかった。
そこで、マヘルはこの図書館の管理人に読んでもらうことにした。管理人は内容を要約しながら読んでくれた。
「大昔にこの村では突然人がいなくなることがあったわけですが、この本によると、その理由を昔の人は桜に見入られた、と言っていたそうですね。桜の木の精が男を連れ去り、その精気を吸って桜を咲かせる‥‥と。ここにはそう書かれています」
「なるほど。その対処法なんかは書かれていないのですか?」
「ええと‥‥昔神隠しがあったときは、桜の木にお供え物を置いたみたいですね。木の精を沈めるために」
「ふむ‥‥それじゃあ、今回の事件と同じような点はないのか?例えば、今回は桜の近くに光が目撃されているのだが」
レベッカが質問する。
「いえ。そういう記述はありませんね」
なるほどと言いながら、レベッカは頭の中で情報を整理する。
(ということは、今回は昔の事件とは似て非なるものなのか?)
「ありがとうございます。最後に、私たち以外にここを調べた方はいらっしゃいますか?」
マヘルの質問に管理人は首を振る。
「いいえ。こんな辺境の村の図書館に来る方などいませんよ」
調べたい情報はだいたい集まった。3人は管理人に礼を言い、図書館を後にした。
その頃、桜の木とその周辺を調査していたのは吹雪 蒼牙(
gc0781)とライフェット・エモンツ(
gc0545)だ。蒼牙のAU‐KVに乗り、桜を目指す。
「ちょっと運転荒いと思うけど、我慢してね」
「うん‥‥大丈夫。よろしくね‥‥」
桜は村から少し離れた、森の近くにあった。近くには畑や田んぼがあるが、周りにはあまりひと気がない。
その場所に、満開の桜の木が立っていた。ほんのりとピンク色の花びらが空に大きく広がっている。
「うっわー!綺麗だなぁ!なんか秘境って感じ!」
調査ということも忘れ、思わず感嘆の声を出す蒼牙。ライフェットも桜の木にしばし目を奪われていた。が、はっとなって蒼牙に声をかける。
「吹雪さん‥‥大丈夫?なんか変になってない?」
「ん?ああ、大丈夫みたい。変な感じもしないよ。どうしてだろうね。やっぱり夜じゃないからかな」
蒼牙自身も自分の体を確かめてみるが、何も変化はない。
「周りも特別変わった様子はないよね。ひと気がないくらいかな」
キョロキョロと周りを見渡すが、静かな空間が広がるのみだ。
「やっぱり‥‥夜じゃないと‥‥原因がわからないね。犯人は‥‥夜行性なのかな」
と話しているところへ無線連絡が入る。
『蒼牙さんとライフェットさん?こちらティムです。そっちの方は大丈夫?』
「ティムさん?こっちは大丈夫ですよ。それより、どうしたんですか?」
『こちらで村の住人の皆さんから情報収集をしていたんだけど、先ほど桜の方に向かっていった人がいるって聞いたんだ。念のために引き止めておいてくれない?』
「了解しました。こっちの調査もだいたい終了したので、その人と合流してから村に戻ります」
2人は桜の木を後にして、村へと戻っていった。すると、桜の方へとゆっくり歩いてくる人影を見つけた。念のため警戒をしていると、その人を見たライフェットが思わず声を上げた。
「わ‥‥もしかして、ガイツさん?あっ、ボクの事‥‥覚えてる?」
村から向かってきたのは、桜を見るためにやってきたガイツ・ランブルスタインだった。
「君は前に雪山でお世話になった傭兵さんじゃないか?どうしてこんなところにいるんだ?」
「覚えててくれたんだ‥‥。えっと、ボクたちは‥‥事件の調査で‥‥」
「事件?この村で何かあったのかい?」
「ライフェットさん。この人と知り合いなの?」
「うん‥‥この人はガイツさん。世界中を旅している冒険者なんだよ」
ガイツは状況がまだ飲み込めてないようだったが、とりあえず挨拶を交わす。
「ガイツ・ランブルスタインだ。よろしく。君も傭兵なのかい?」
「はい。僕は吹雪 蒼牙と言います。ガイツさん、この先は危険なので一旦村に戻りましょう」
「ど、どうして?俺は『桜』とやらを見に来ただけなんだが‥‥」
そこで蒼牙とライフェットが事件について話した。
「そんなことになっていたとは‥‥。それでは仕方ないな。一旦引き返そう。それにしても、またライフェット君に助けられるとは‥‥これも何かの縁かな」
3人で村に引き返したときには、もうだんだんと夜の気配が近付いてきていた。
●夜桜事件
日が落ちて集まった傭兵たちは、班ごとに集めた情報を報告しあった。
その結果、文献調査班の情報から、お供え物を持っていくことにした。村の人たちに協力してもらい、食べ物と酒を用意した。
目撃者の証言から女性に影響がないことが確認されたので、女性陣を中心に行動することとなった。
傭兵たちは万が一のことに備え、戦闘準備をして夜の闇に沈む桜のもとへと向かった。
不気味に静まり返った道を傭兵たちは歩く。森の音。静かなさえずり。木霊するのは風の声。
空にはうっすら雲がかかり、月明かりさえ無い自然の闇であったが、京助の持つランタンのお陰で少量の明かりが道に灯っている。
「なんか肝試しをしてるみてえだな。案外、今回の犯人は幽霊かもしれねぇぜ?宇宙人が侵略してきてるこの御時勢、幽霊が居たって可笑しくねえさ」
京助の軽口に澪はいたって真面目に返事をする。
「あんた、そんなこと言って本当に幽霊が出てきたらどうするのよ?」
「‥‥え、本当に居たら?‥‥はは、逃げていい?」
満面の笑みでそう答える京助。とは言いつつも、歩をちゃんと進めている。
「みんな!あれを見てください!」
アセリアが指差した方を見ると、桜の周辺に何か光るものが4つ、飛びまわっていた。
「あれが‥‥今回の犯人‥‥?なんか、綺麗‥‥」
ライフェットが思わず呟く。
正体を掴むために傭兵たちは桜に近付いていく。
「吹雪さん。守剣さん。ティムさん。大丈夫?」
敵が現れたので異変が起こると思い、マヘルは男性陣に声をかける。しかし‥‥。
「いや、別に大丈夫だぜ」
「俺も何もないよ」
「僕も大丈夫です」
3人とも自分の体を確かめるが、別段変わった様子はない。
その瞬間、光が光弾を放った。傭兵たちはぎりぎりのところで避ける。
「おい!こいつやる気だな?よし、きやがれ!俺が成仏させてやるぜ」
蒼牙は覚醒し、戦闘態勢を整える。と同時に、急に態度が変わった。
「さっさと倒したほうがよさそうね」
ティムも覚醒と同時に急に女性らしくなり、そのままの手つきで盾を構えて光弾から仲間を守っていく。
「桜は‥‥傷つけない‥‥よ」
「この景観も守るのダー」
光弾が桜を傷つけないよう、ライフェットとレベッカは桜を守りながら戦う。
他の傭兵は積極的にスキルを使い、攻撃をしていく。だが、相手は物理攻撃に強く、なかなか攻撃を与えられない。
そこで、援護に回っていたマヘルとレベッカが攻撃に移る。
マヘルは『練成弱体』で相手の防御を下げ、レベッカは『電波増幅』を使って知覚力を増幅。そのままエネルギーガンを放った。
傭兵たちの攻撃を受け、光の玉はふっと消えるようにしてなくなった。
「一体‥‥なんだったんだ?本当に幽霊だったのか?」
京助は少し身を震わせながら武器をしまった。
「いえ。おそらく、バクアが作ったキメラでしょう。あのような光体の妖精なんかは西欧でもよく噂される魔物ですからね」
アセリアが武器を片付けながら言う。
「結局、昔の事件と今回のことは偶然の一致だったということでしょうか。それじゃあ、神隠しに遭った人たちは‥‥」
マヘルは口をつぐむ。澪は足元‥‥桜の木の下を見て、首を振る。
「まぁいいじゃないですか!敵は倒したんだし!それよりお花見しましょうよ!」
蒼牙がマイペースに言う。
「夜桜なんて素敵じゃない」
「そう‥‥だね。ガイツさんも‥‥呼んでこよう」
澪とライフェットも花見に賛成のようだ。
「ガイツかー。久しぶりにあの人の話を聞くのもいいかなー」
レベッカはそう言いつつ、そっとお供え物を桜の木に置いた。
「こりゃあ絶景だなぁ!はるばる日本にまで来たかいがあったってもんだ」
思わず感動の声を上げるガイツ。先ほどのまで空にかかっていた雲は消え、月が桜を照らしていた。その神秘的な光景に誰もが心を打たれていた。
散っていく花びらが月明かりに照らされ、光を放つ。
「これでまた、俺の冒険に新たな1ページが刻まれたな!」
ガイツは上機嫌であった。
「ガイツさん‥‥また、お話を聞かせてよ」
「お。俺もガイツの冒険の話を聞きたいな。危機に陥った時の対処法、とかさ」
「そうだな。危機に陥ったときはまず、選択をするんだ。自分の中で本当に必要なものと、今必要でないものをしっかりと見定めることだ第一だな。そうだな。昔俺がまだ駆け出しの冒険者だった頃の話だが‥‥」
ライフェットと京助はガイツの話を聞きながら花見を楽しみ、澪は桜を見ながら鼻歌を歌う。他の傭兵も桜を囲んで談笑を続けていた。
その様子を、ぼんやりと光る女性が微笑を浮かべて見ていたことは‥‥誰も気付いていない。