●リプレイ本文
不破 梓(
ga3236)は兄妹の健康状態を考え、救出後に診察を行えるように本部へと手配をかけた。
「ある程度飢えを凌げる環境にあるとはいえ対象は子供だ。保険をかけておくに越したことは無い‥と思ってね」
梓の言葉に、ファルル・キーリア(
ga4815)も頷く。
「そうね。それに恐怖とも戦っているから精神的にもケアが必要かもしれないわ」
今も恐怖に震えているであろう兄妹を思い、何ともいえない気分になる。
「ああ、バグアやキメラに囲まれた時の恐怖は俺もよく知っている。何としてでも助け出してやろう」
普段はやる気のかかりが遅いベーオウルフ(
ga3640)も、兄妹の状況下を知ってやる気を入れ始めた。
「フフ‥兄妹の心のケアは任せてください」
そんなやり取りを聞いていた玖堂 鷹秀(
ga5346)が、そう言いながら保温ポットを取り出した。
「この飲み物はリラックスに最適な優れものです。ストレスを緩和し、心の興奮を鎮めてくれるのが『セロトニン』という物質で‥‥」
「‥胡散臭いわね‥。それ貸してみて」
なにやら怪しい説明をする鷹秀の言葉を遮って、リズナ・エンフィールド(
ga0122)が保温ポットを引ったくる。そして中身を少し飲んでみた。
「‥‥‥ただのホットミルクの気がするけど」
怪しい飲み物かと思ったが、中身はミルクだった。ほんのり甘い。
「そうともいいます。隠し味はハチミツです」
平然と微笑を浮かべる鷹秀に、リズナが苦笑いする。構わず鷹秀は言葉を続けた。
「ちなみにハチミツには神経衰弱、疲労回復に即効性を発揮し、主な成分にはビタミン、必須アミノ酸など重要な栄養素が‥‥」
「そ、そう。分かったわ。分かったからその辺でいいわ」
ウンチクを語りだす鷹秀の言葉を、リズナは右手を出して遮った。
高速移動艇で町の郊外の近くに降り立った一行は、キメラや事務所の場所確認を行う事にした。
建宮 潤信(
ga0981)、ベーオウルフ、ファルルが双眼鏡で現場の状況を見る。
マンティスキメラは事務所の手前に1匹、民家の近くに2匹、そして遠くに1匹が行き来していた。
(「兄妹の命、今度はオレが護ってみせる‥‥」)
潤信は自らの過去の境遇と重なり見え、人知れず心に誓いながら、他の能力者達にも双眼鏡を貸し、場所とキメラの位置を把握させた。
「しかし厄介なヤツらだな‥‥」
ヴォルク・ホルス(
ga5761)がその光景を眺めながら言う。
人間ほどの大きさがあり、中には赤く染まった鎌を持つキメラまでいて、その手の鎌もかなり強力な様子が伺えた。
「状況を考えると‥、素早く動かないと二人が危険ね」
マンティス達が陣取っている光景と周辺の地図を眺めながらファルルが言う。
「ええ。事務所の手前と民家の2匹をどうにかして引きつけている間に、救出するのが妥当だと思うけど‥」
「戦闘を聞きつけて遠くにいるキメラが寄ってくるかもしれないっすね」
リズナの言葉に、リュアン・ナイトエッジ(
ga4868)もその可能性を付け足した。
「キメラ達を事務所から遠のかせて戦う陽動班と、事務所へ向かう救出班とに分かれよう。力は分散するが確かだと思う」
と、梓が提案する。
「救出班は子供達を落ち着かせて行動させながら、もしもキメラが不意に現れた時に対処しなければならない役割だ」
さらに付け加えて梓が言った。
「私が救出に向かうわ。子供達を安心させてあげたいの」
一番にリズナが救出に名乗り出た。
「そうね。私も同じような気持ちよ。一刻も早く助け出してあげたいわね」
ファルルも救出班に手を上げる。兄妹を落ち着かせて行動させるためには、男性陣が迎えに行くよりは良い結果で出そうなので、2人が救出班にすんなりと決まった。
「では俺が全体的な援護を請け負おう」
そこでベーオウルフが2人の援護として名乗りを上げた。異論は無く、救出班が決まった。
「では私達は陽動班としてキメラを誘き寄せて、救出班の安全面を援護する形になる。戦闘は避けられないだろうから戦略も計算しておいて欲しい」
梓が陽動班の役割を説明した。
「ああ。せいぜい暴れさせてもらうだけだ」
と、ヴォルクが気楽に言う。
「暴れるのは構わない。だがあくまでも『救出班への援護』としての陽動だ。それを忘れないで欲しい」
ヴォルクの言葉に、梓が静かな瞳を向けた。
「‥‥了解だ。俺達の陽動の良し悪しで一転することもあるという訳だな」
梓の真摯な態度に、ヴォルクの『陽動』に対する意識が改善される。
潤信も相槌を打った。
「俺達もそれを肝に銘じて行動しよう」
●陽動作戦。VSマンティス。
「初の対キメラ戦の実験、いえ実戦ですよ‥‥ふっ、中々に緊張するものですね」
鷹秀はそう呟いて、眼鏡をグイッと人差し指で押し上げた。緊張していると言う割にはその口元には微笑を浮かべている。
「自分も緊張してるっす。でも踏ん張って頑張るっすよ」
リュアンも緊張を押し切り、意志を固めた眼差しで今から戦場になろう場所を眺めた。
「最初は私が前に出よう。隙を見せたヤツから順に潰していってくれ」
梓が言う。
「皆さんお待ちになって下さい」
戦闘準備を仕掛けた梓たちを、鷹秀が引きとめた。
「どうした?」
ヴォルクが尋ねると、鷹秀がおもむろに超機械一号を取り出した。
「取り出だしたるは超機械、タネも仕掛けもございます。これは武器を強力にしたり傷を治療できたりする人類の科学を駆使したスーパーハイテクマシーンで、その構造は‥」
鷹秀のウンチクが始まる。‥‥のを全員が遮った。
「用件だけを言え、用件だけを」
ベーオウルフがつっこむと、「これは失礼」と言って、超機械を操作し始めた。
「皆さんの武器を強力にする電磁波が流れます。皆さん思う存分に武器を振るって下さい」
フフっと鷹秀が微笑する。
「何だか自分達も実験される気分を感じるっす‥」
「考えるな。‥集中だ。集中」
リュアンの言葉に、潤信が真顔で言った。
キメラの注意を引く為に、潤信が照明銃を撃った。その光にマンティスがこちらを見る。
「ドコの殺虫剤よりもキく様にしてやるぜぇ!? 覚悟しとけよ虫ケラがぁ!! 虫が人に手ぇ出そうなんざ1億年早ぇんだよ!!」
鷹秀が覚醒する。突然口調が変わった。
超機械一号を両手に持つその姿は、どこかのマッドサイエンティストのようだ。
そんな声を聞き、マンティスがゆっくりと歩みを進めてくる。
そして、口調が変わったのは1人だけではなかった。
「おぃおぃ!! カマキリよぉ。俺が相手になってやるからかかって来いよ!!」
赤いコートを翻し、覚醒したヴォルクがマンティスに向かって挑戦的な口調でこちらに誘った。
「2人とも‥口調が変わっているな‥」
潤信が苦笑いする。
「逆に頼もしいような気がするっすよ」
だがリュアンは楽しそうに言った。
「私達の役割はキメラを引き付ける事。あれ位でもちょうどいい。さぁ陽動開始だ」
梓がフッと笑ってディガイアを構えた。その眼差しは誠実で、何者にも負けない強い意思がある。
「まぁ一番頼もしいのは不破嬢だがな」
「そうっすね‥‥」
凛とした梓の姿に、潤信とリュアンが口を揃えた。
やがて事務所前にいたマンティスが、陽動班へと襲い掛かってきた。
梓はすかさず前に出ると、キメラの攻撃を受け流しながら、隙を見て豪破斬撃で一撃を浴びせて後ろに下がる。
同じく隙を見てヴォルクが小銃「スコーピオン」で鎌手の部分を撃って攻撃を加えた。
そして潤信が急所突きでキメラにダメージを与え、獣の皮膚で防御を固めたリュアンがファングを繰り出す。
マンティスはひたすら鎌で素早い攻撃を仕掛けてきた。
無傷というわけにもゆかず、傷を負った者には鷹秀が練成治療で傷口を治癒する。
梓と潤信の連携攻撃で、一匹目は倒せたが、やがて他のマンティスも姿を見せ始めた。
「やっぱり隠れていたんっすね。気合入れなきゃマズイっす」
包囲されないように、リュアン達は距離を取りながら戦闘へと突き進んだ。
●兄妹救出。
陽動作戦によりマンティス達の意識が梓達へと向けられた頃、ファルル達3人は事務所へと向かった。
もちろん左右、上への警戒をしながら背後を取られないように歩いていく。
順調に進んで辿り着いた事務所の扉には、鍵が掛かっていた。
「葉音くん、いる? 2人を助けに来たわ。ここの鍵を開けられるかしら?」
そう小声で尋ねると、小さな声で「分かった」と言う声が返ってきた。
そして、おそらく妹も抱えながらなのだろう、床を貼ってくる音が聞こえてくる。そしてカチャリと鍵の開ける音がした。
一度3人は中へと入り、再び中から鍵を掛けた。
「葉音くん、花音ちゃん。もう大丈夫、助けに来たわ。これからお母さんたちの場所に向かうから、もう少しだけ頑張れるかな?」
ファルルが小声で言う。
「助けに来てくれた‥俺は大丈夫だけど‥‥花音が‥」
少年は焦心した表情になってはいたが、まだ精神は安定しているようだった。
だが、妹の方はガクガクと体が震え、声を出さずに涙だけを流していたのだろう目元が赤く腫上がっていた。
「もう大丈夫、お姉ちゃん達が必ずママ達の所に連れて帰ってあげるからね」
リズナが花音に目線にあわせ、頭を撫でながら優しく穏やかに微笑んだ。
花音がリズナの服をギュっと握る。
「だからもう少しだけ泣くのはガマン、出来るかな?」
そんな様子を見守り、柔らかく花音を抱きしめて頭を撫で続けた。
「‥‥うん。ママの所に帰る‥」
小さな声が呟く。
「お姉ちゃん達がママの所に連れて行ってあげるからね」
リズナが優しくそう言うと、花音もコクンと頷いた。
ファルルは脱出に備えて、フォルトゥナ・マヨールーに貫通弾を装填する。
そして陽動班に無線で連絡を入れ、今の状況を伝えた。
『了解っす。自分達もそちらの援護に向けて戦法を変えていくっす』
無線からリュアンが応答する。陽動班も、2匹目を倒して3匹目4匹目を相手にしているようだった。
「私が花音ちゃんを抱きかかえて移動するわ。葉音くんは任せるね」
そう言ってリズナが花音を抱きかかえ、葉音はファルルにしっかりと預けられた。
事務所の窓から様子を伺っていたベーオウルフの合図で、3人は子供達を連れて事務所を脱出する事にした。
兄妹を連れ出した3人は事務所から出て警戒しながら歩き始める。
事務所の窓から見た限りでは、キメラの姿は確かに無かった。
だが。
「上‥‥いる‥」
ふと事務所を振り返った葉音が、驚愕したような視線を隣の家の屋根に向けた。
「隠れていたのか‥‥いや、こちらが背を向けるのを待っていたと言う方が正しいか」
ベーオウルフが舌打ちする。そのキメラは陽動班にも目を向けず、器用に姿を隠していたようだ。
しかも確実にこちらに気が付いているようだった。
「リズナ、ファルル。先に行け。俺がここで食い止める」
「駄目。1人で敵う相手ではないわ。私達の一人でもここで欠けたら兄妹の安全は確保されない」
ベーオウルフの言葉に、ファルルがすかさず否定を返した。
「『私達』で片付けるのよ」
そう付け加える。
「葉音くん、少しの間だけ花音ちゃんを守っていてくれるかな?」
リズナがそう尋ねると、葉音が頷いた。周囲の安全を確認して葉音に妹を託す。
「大丈夫、二人には指一本触れさせないわ」
ファルルの強い言葉に、妹をしっかりに抱きしめた葉音がコクンと頷く。
妹の方はしっかりと目をつぶって葉音にしがみ付いていた。
「一瞬で終わらせるわ‥」
ファルルは貫通弾を装填したフォルトゥナ・マヨールーを構えた。強弾撃と鋭覚狙撃を発動しマンティスへ撃ち込む。
その反動でよろめくキメラに、覚醒したリズナとベーオウルフが一気に畳み掛けた。
隙を与えない連打攻撃でキメラがゆっくりと倒れた。仕留めた様だ。
「今のうちよ」
リズナが再び花音を抱き上げて、3人は高速艇の方へと向かう。陽動班が視界に見えた。
だが屋根の後方から更にもう一匹のマンティスが姿を見せる。
「今ならまだ距離を離せるわ! 走って!」
ファルルが葉音の手をしっかりと握り、ベーオウルフが4人を守るようにして走った。
「みんな! 2人を救出したわ!」
リズナが声を上げると、梓達も頷いた。
追いかけてきたマンティスを梓達が遮り、4匹程を相手にしながら後ろへと下がっていく。
「出発前に大口を叩いた手前もあるからな‥‥殿は私が請け負う。行け」
梓が言った。
まずは花音と葉音を連れているリズナとファルルをその場から逃がし、鷹秀、リュアンが後に続く。
次々と姿を現して襲い掛かってくるマンティスの攻撃をかわしながら、しんがりを務める梓を潤信らがフォローし、その場から全員が後退していった。
マンティス達を撒き、全員が無事に高速移動艇に辿り着いてその場を離れた。
「お疲れ様。みなの連携があったからこその救出だと思う。何よりも全員が無事でよかった」
梓が言う。先ほどの戦闘までは厳しい顔つきだった彼女だが、今は優しい微笑みを浮かべていた。
(「‥‥気がつくと梓さんを目で追ってたりするんだよな、俺」)
ヴォルクが独りごちる。あの勇姿に見惚れた、というのが今の感想だ。
他の者達もホッとした表情を浮かべていた。
「よく頑張ったね、もう泣いてもいいよ?」
リズナが優しく微笑むと、花音はそれまでずっと溜めていた恐怖心を一気に吐き出すように、みるみる涙が溜まっていく。
「思いっきり泣いて怖かった事、辛かった事、全部洗い流しちゃおう?」
にっこりと微笑み、リズナは花音を優しく抱きしめる。花音もリズナに抱きついて大声で泣いた。
ファルルも、葉音もその様子を微笑ましく見守る。
「葉音くんもよく冷静に耐えました。流石はお兄さんですね」
鷹秀がポンと葉音の肩に手を置いた。葉音が顔を向けると鷹秀が微笑んでいた。手には保温ポットを持っている。
「いざという時に落ち着いて行動する事は中々できません。ですから今後何かが起きた時もその冷静さを忘れてはいけませんよ」
その言葉に、照れくさそうに葉音が笑う。
「うん‥ありがとうお兄さん」
お手製のホットミルクをもらい、子供たちは美味しそうに飲んだ。
「鷹秀さんが覚醒するとマッドサイエンティストみたいになる‥‥というのは純粋な少年には黙っておく方がいいっすね」
「そうだな‥‥」
鷹秀と子供達の様子を見ていたリュアンの呟きに、潤信も苦笑いで頷いた。
両親と兄妹が再開を果たし、そして健康や精神的な検査を終え、子供達が戻ってきた。
「お兄ちゃんお姉ちゃん‥‥ありがとう」
目元は腫れているがフワフワした微笑みと、指先から伝わる暖かい子供達の体温に、能力者たちは救出成功の実感を噛みしめた。