●リプレイ本文
すぐ脇に整備された道があるにもかかわらず、鬱蒼とした林の中、身を潜めながら移動している傭兵が3人。
時雨・奏(
ga4779)、キリル・シューキン(
gb2765)、エドワード・マイヤーズ(
gc5162)の3名である。
終始無言で歩く中、キリルがポツリともらす。
「バーウェン貿易‥‥ずいぶん、物騒なところからの依頼だな‥‥。しかもミル・バーウェン‥‥世界悪女ランキングがあればトップ10に入るぞ、あいつは」
少々個人的に苦い思い出のあるキリルは、毒づかずにはいられなかった。
「だが、まだ年端もいかないお嬢さんなんですよ? 助けて然るべきだよ」
「それにまあ、イザという時に優先的に動いてもらわにゃ、何のために投資してるんだって話やな」
(とはいえ部下の名前とか出さへんとか、割と非合法な連中か。まあどうでもええわ)
「さて、そろそろ見えるはず‥‥あれかな?」
木々の間から建物が見え始める。もちろん建物だけでなく、ヤギ角のライオン型キメラが寝そべっているのも確認できた。
「圧倒的に情報不足やな。見取り図もないから、対象のいそうな部屋もわからん始末や」
「入り口は正面に1つ。ここからでは裏口が確認できないが、1階に窓が一切ないようだから、恐らくないな」
「正面から、か。まー周囲にマフィアの気配がないのが、救いやな。キメラもしっかり5匹おるし」
目を細めて眺める2人を尻目に、エドワードは無線機を取り出して呼びかける。
「こちらエド、建物確認したよ。入り口は一箇所のみと推測、キメラ5匹は建物に寄り添って就寝中さ。マフィアの影はこちらからは確認できないが、とりあえずこちら配置につきましたよ、どーぞ」
「わかりました、エドさん」
通信を終え、無線機をしまう結城 桜乃(
gc4675)。
「救出班、配置に付いたそうです。キメラは5匹、しっかりと建物周辺にいるようです」
「了解しました――しかし護衛対象がまだ子供だったとは‥‥」
資料を思い出し、セレスタ・レネンティア(
gb1731)は声に出していた。
子供と言う単語に、ピクリとカノン・S・レイバルド(
gc4271)は反応する。
(‥‥子供。子供が危ないね)
失った右目を押さえ、右目を失った日のことを思い出す。
バグアの襲撃から、妹の手を引いて逃げていたあの時。
(あの時、手を離さなければ今は違っていたのかしらね)
もしもの仮定話を振り払うように、頭を振り、残った左目には決意が溢れていた。
(助けが必要な子供がいて、その手を引けるくらい、私は強くなった)
決意を決心に変え、1人静かに闘志を湧き立たせるカノンであった。
「子供とはいえ武器商人ですから‥‥侮らない方がよさそうですね。マフィアすらも相手にしているようですし」
D‐58(
gc7846)の言葉に、今度は不破 炬烏介(
gc4206)が反応を示す。
「――まふぃ、あ‥‥武器、商人。死‥‥を売る、商人――共に‥‥影‥‥の、住人――傭兵、も。同じ‥‥な、のか‥‥?」
「我々も普通の一般人から見れば、同じにしか見えないでしょうね‥‥」
機械的ながらも、どこか、もの悲しげに目を伏せるD‐58。
「今回の保護対象者はかなりの大物みたいだね‥‥と、依頼に集中、集中っ」
ペチペチと自らの頬を叩く桜乃――しかし一向にその表情が緊張しない。
「でも、色々見てみたいし‥‥開発してる武器とか気になるな‥‥」
「桜乃君、武器を売る人間であって、作っているわけではないのでは?」
カノンの言葉にハッと目を覚ます、桜乃。
「ところで、早期にキメラを排除してしまうと、マフィアが接近するのが容易になってしまうかもしれませんね‥‥」
「そうね、安全を考えて丁寧に掃除しない? ‥‥時間をかけるのは面倒だけど」
(子供に能力者と同じ感覚で無茶はさせられないものね)
「速やかに排除するか丁寧になるかは、キメラの力量次第でしょう」
先行くセレスタの一言に、一同納得する。
「‥‥どちらにせよ、手を抜いて勝てるキメラだと思うのは危険ですか‥‥」
「そのようね。倒せる時に倒すべきなんでしょうね。‥‥面倒だけど」
ピタリと、先頭を歩くセレスタが足を止めた。
「セーフハウス確認、行動を開始します」
アンチマテリアルライフルを取り出し、地面にセットし自身も寝そべり、貫通弾を装填する。その左腕には蛇が這ったようなアザが浮かび上がっている。
突然の戦闘態勢移行であったが、そこは歴戦の傭兵達。
「任務確認‥‥キメラを攻撃します。‥‥戦いが全ての私にとっては面倒がなくていいですね‥‥」
D‐58の言葉を皮切りに各々覚醒し、頷きあうと一斉に駆け出す。
「一撃で仕留めます」
1匹の頭部に照準を合わせ、引き金を、引く。
すさまじい反動と轟音と共に、貫通弾が撃ち出される。
その一撃は見事にキメラの頭部を撃ち抜き、1匹、目を覚ますことなく永遠の眠りについた。
アンチマテリアルライフルが開戦の狼煙を上げ、キメラ達は一斉に起き上がる――が。
「遅い、もう一発!」
通常弾を装填し、建物には当たらぬよう胴体を狙い、引き金を引く。
先ほどより小さな轟音をあげ、キメラの腹部に着弾する。
流石にその一撃では仕留めきれはしなかったが、深手には違いない。明らかによろけていた。
立ち上がり、サブマシンガンに切り替え、皆に遅れて突撃を開始する。
走りながら牽制程度にS‐01を撃っていた炬烏介は、弾が切れると即座にパイロープへと切り替え、さらに加速した。
「――餅、は。餅屋‥‥コエは‥‥言う――『裁キ‥‥ヲ。存在、ガ‥‥罪、故ニ』――死ね、よ‥‥バグア」
他の3匹を無視し、弱っているキメラに詰め寄る。
「死ね、よ‥‥みっともなく‥‥『虐鬼王拳』‥‥!」
紅蓮衝撃を乗せたスマッシュを頭部に叩き込む!
炬烏介の全力攻撃を受けたキメラは短い悲鳴の後、昏倒し、動かなくなった。
牽制攻撃で散らばっていたキメラが、突然の来訪者に牙を剥いて威嚇を始める。
そこに疾風で距離を詰めたD‐58の、ロートブラウが走る。
不意を付いた攻撃ではあったが、3匹とも傷が浅い。が、注意をそらすには十分だった。
隠密潜行で背後に忍び寄った桜乃が、機械剣αで連続で切り刻むと、カノンが両手のS‐01で牽制射撃を続ける。
(私たちがキメラを引きつけている今、彼らも潜入しているのかしら?)
「‥‥混乱を避けるためにしばらく動かないでと言ったのだし、大丈夫よね?」
D‐58と背中を合わせるカノン。
「大丈夫、でしょう」
互いの背中を押し合って反動をつけ、キメラに突撃をする2人。
D‐58の攻撃にあわせて、桜乃が陰から斬りつけ、カノンの牽制でひるんだ所に炬烏介の拳が繰り出される。
そしてセレスタの到着。たちまち建物周辺は混戦となってしまったのだった――。
二発目の銃撃の直後、1人入り口に近づく影がいた。キリルである。
彼は隠密潜行を使用し、入り口の安全を確認すると手をこまねいて、時雨とエドワードを呼び込む。
室内は窓がないだけあって、照明が点いていても薄暗かった。
「‥‥そういやマフィアは、何処や」
建物に侵入した時雨がもらす。
「ふむ、少々待ちたまえ」
眼が金色に輝くエドワード。探査の眼を発動させたのだ。
「調度品の陰などには、気配を感じない。撃退系のセキュリティも特になさそうだ――ただ、扉がなにか臭いな」
覚醒を解き、指し示した扉に慎重に近寄る3人。扉は頑丈なだけでごく普通のものだったが、中からは開けれず、容易に壊せない作りだった。
「悪知恵の働くヤツだけあるな。トラップではない罠とはね」
「やな。扉は閉めないでおこか」
ミルの人となりを理解しつつある3人。
微かに2階から電子音がする。
警戒する2人をよそに、エドワードはぐんぐんと2階を進み、電子音のする部屋へと入っていく。
「迎えに来たよ! お嬢さん!」
エドワードのテンションとは裏腹に、ベッドの上で寝転がってゲームをしていた銀髪の少女が、ゆっくりと振り返る。
「うむ、ご苦労だね。傭兵の諸君」
感動的な状況を思い描いていたエドワードの肩が、がくっと下がる。ほっそりとした彼女を見て、エドワードが気を配る。
「もしかして栄養失調かな?」
「あえて言うならおいしいもの不足」」
固形の携帯食料をポリポリとかじる。
そこに時雨達も到着した。
「はいどもー割と24時間サービスな傭兵やで、宅配物の引取りに来ました、お荷物のご用意お願いしまーす‥‥ってなんや、えらいノンビリしとるやんな。警戒とかしないんかい」
時雨の指摘に、ゲーム機を閉じて懐にしまうと、ベッドの上で胡坐をかく少女。
「これでもセンサー過敏なものでね。チンピラ達とは気配がまるで違うよ。ま、見てたし」
窓を指さす。そこから見ていたのであろう。
「狙撃される心配はしないのか?」
「彼らの武器にここを突き破れるほどのものは無いさ。で、君は私に何か個人的に恨みのありそうな目をしているね」
キリルがスッと前に出る。
「‥‥実物を見るのは初めてだよ。ミル・バーウェンで間違いないな? 昔、お前のおかげでエライ目に遭った者だとだけ、告げておく」
「ふむ。私のせいか。たぶんそれは、君だけではないだろうけどね」
「なんや、ごっつい神経しとるな。そんな神経逆なでて大丈夫かいな」
時雨が呆れていると、キリルが無言で近づき――ボディアーマーBをミルに着せる。
「‥‥気休めだが、着ていないよりは遥かに安全だろ。お前の売った『商品』なら、容易くぶち抜いてしまう可能性も有るが」
それだけを言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。
ニっと口元をさらに吊り上げるミル。
「君らはプロだからね。依頼を優先するだろうさ」
「こちらエド、お嬢さんは確保したよ。入り口の裏で待機しているから、外のキメラは宜しくだ!」
通信が聞こえたカノンが、1匹のキメラを誘うように二丁拳銃で牽制する。
「‥‥キメラは殺すわ、当然じゃない。とどめを刺すのも面倒だから‥‥」
誘いに乗り、マーシナリーアックスに持ち替えたカノンめがけ、飛びかかってくる――そこを流し斬りで側面に回りこみ、さらに両断剣を乗せたスマッシュを叩き込んで1匹を屠った。
「一撃で死になさい」
牽制しつつ、要所要所で当てているセレスタへ、カノンの時同様に飛びかかってくる。
だが、予備動作で読んでいたセレスタはナイフに持ち替え、紅蓮衝撃を使用し、流し斬りで側面に回り込み、渾身の一撃を振るい、深手を負わせて叫んだ。
「不破さん、今です!」
「死ね‥‥よ!」
炬烏介が隙を突き、頭部へと一撃お見舞いしてそのキメラも撃沈する。
「‥‥あちらは終わったようですね。敵の残存戦力は‥‥」
キッと残り1匹を睨みつけたところで、突如D‐58が迅雷でキメラの前から姿を消す。
「ぐわぁ!」
悲鳴と共に、入り口には手足から血を流した男が転がっていた。
「侵入は、させません」
機械的なD‐58の言葉に、のた打ち回っていた男が青ざめて黙り込む。
D‐58と共にキメラにまとわりついていた桜乃だったが、1人になった事でキメラに感知されてしまう。
あわやピンチといった時、セレスタが援護する。
「カバーします! ご無事ですか?」
「感謝します、セレスタさん――やはり接近は少々厳しいですね」
離れる桜乃。セレスタのサブマシンガンで足を止めているキメラに、炬烏介が飛び込んで脚をすくいあげる様に殴りつけ、キメラを転倒させる。
そこに、迅雷で戻ってきたD‐58のロートブラウが、突き立てられるのだった――。
「キメラ排除完了、周辺警戒に移ります」
いたって平静なセレスタが周囲を警戒しつつ、建物の側によっていく。キメラ討伐組も集結する。
カノンが動けずにいた男に銃口を向けて立っている。
「‥‥人間を殺す趣味はないけど、邪魔をするなら容赦する理由もないわよ」
「もはや戦力もあるまいよ」
中から入り口を開けて、ミルが出てくる。
時雨、キリル、エドワードも出てくる。転がっている男を見て、時雨がミルに提案する。
「‥‥マフィア連中、サービスで始末しとこか? それとも持って帰る?」
「いや、始末は結構。狙撃の心配ももうないだろうし、これはこの場に捨てて行くさ。さて、帰るとするかね」
ハウスからやや離れたところに車が止まっていた。
時雨が近づき、コンコンとガラスを叩く。
「宅配便でーす、お届け物の確認と受領書にサイン頼むでー」
聞いていた人相と違う。ミルのほうに目配せをする。表情に変化はない。
(うーん、このお嬢さんの部下にしては人相が悪そうな?)
いかにもガラの悪そうな外見に、首をかしげ、少々胡散臭げにエドワードが見る。
(人は見かけによらずっていうけどさ、かえって疑ってしまうんだね?)
ミルの表情を伺う。常に張り付いた笑みからは表情が読み取れない。
「何だか引っかかるね‥‥?」
車から出てくる男2人。傭兵達の間に緊張が走る。
「まあご苦労様だね」
ミルが2本指で自分の喉を押さえる。
ザッと茂みから人影が飛び出し、途端に2人の男がボンネットに押さえつけられ、ナイフを喉元に突きつけられていた。
「よう、お嬢。ワリと元気だな」
「狙撃手は無力化しておきました」
「ご苦労。そして、傭兵の諸君もご苦労だったね。報酬はちゃんと振り込んでおくので、さらばだ」
押さえつけた男をトランクに詰め込み、3人は車に乗り込む。
「待て――怖く、は。無い‥‥のか‥‥? ――死、をモノとも、しない。心‥‥傭兵、ら――と。似ている‥‥」
車で走り去ろうとする3人に、炬烏介が呼び止める。
興味が湧いたのか、ミルが窓から顔を出して答えた。
「死も売り物だから、商人が商品にビビッてちゃお話にならない。君らのとは覚悟の方向性が違うだけさ」
「――死を売る‥‥商人。――死、とは‥‥何、だ‥‥」
その質問に少し考え込む、ミル。
「そうだな‥‥逆に問おう。何故わからぬものを問う?」
「質問、の意図‥‥わか、ら‥‥無い。――ヒト、が。分から、ない‥‥から。訊いた」
「ならば、意図がわかるようになった時、再び同じ質問をしてくれたまえ。その時、改めて答えよう」
「俺にも言わせてもらおう‥‥もう、お前が死んだ方が世界平和の為なんじゃないか? 恨み抱えすぎて移動する火薬庫状態だろ」
キリルの言葉に、嘲笑をまじえる。
「一部に平穏はあるだろうが、平和はないよ。私ほど人類の平和を愛するものは、いないだろうしね」
ミルの言葉に部下の2人が吹き出す。
「死神が言うな」
「ほう、では君達はさしずめ『死神を助けた者』というわけだ」
窓を閉め始めるところに、時雨が手で止める。
「待った。わしも一言――またのご利用まっとるでー縁があればな」
その言葉に、ミルは親指を立てて答えた。
「ああ、今後も贔屓させてもらうよ。傭兵諸君」
『武器商人もただの人さ・終』