タイトル:あれが白銀の王者‥‥マスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/22 15:15

●オープニング本文


●山岳地帯・雪原
 ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ――
 雪で覆われた山林。膝下ほどの深い新雪を踏み分け、2人の男が歩く。
 息を切らせて後ろを歩く若い男が、口を開く。
「親父、今日狩るのはあきらめた方がよくない?」
 親父と呼ばれた前を歩く男は、黙ったまま歩く。
「親父ぃ」
「しゃべるな。体力を無駄に使うと運ぶ時、もっと辛くなるぞ」
 喋るなと言われた息子は、ぶつぶつと不満を漏らしながらもついて行く。
 ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ――
 突如、前を歩く父が足を止めた。
 林の隙間から、こげ茶色の物体が動いているのが見える――鹿だ。
 父は黙って銃を構え、息子はもたもたしながら構えた。
 父の目配せに息子はコクリと頷き、引き金に指をかける。
 息子の指が動く瞬間――獲物が消えた。
 正しくは、ライフルのスコープには白一色しか映し出されていないのだ。
「何‥‥!」
 スコープから目を放し、獲物のいた所を直視した息子が絶句する。
 そこには鹿を咥えた熊よりも大きい、狼がいた。
 雪のように真っ白で、透けるような毛は日の光を浴びてキラキラと輝いている。
「あれが白銀の王者‥‥」
 あまりの美しさに、息子は眺めながらつぶやいてしまっていた。
「陽、逃げるぞ!」
 父の言葉にハッとした息子は、逃げる父を追いかけるように振り返って、走りにくい雪を掻き分けて走り始めた。
 だが、もう遅い。
 顔をゆっくりと逃げ惑う親子に向け、白い狼は牙を剥き、追いかける。
 その速度は、とてもじゃないが人間では逃げ切れるものではない。
 もちろんそれをわかっている父親は、逃げながらもライフルで牽制する――が、当たっているが当たってはいない。
「くそ、やはりキメラか‥‥!」
「親父、前にも一頭いる!」
 前方に向けて発砲した息子が、悲痛な声で伝える。
「右にも、少し小さいのがな!」
 無駄と知りつつも、父は発砲を続ける。
「危ない、親父!」
 叫んだ息子がライフルを振り回して、父をライフルごと左へと投げるように吹っ飛ばした。
 父のいた地点に、少し小さい方の白銀の狼の鋭い爪が空を切る。
 しかし、父を吹っ飛ばした息子の両足に他の二頭が食いつき、動けない息子の喉に牙がつきたてられた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
 父が叫ぶ。息子に反応は――ない。
 足に噛み付いた二頭は離れ、少し下がるとその場に座り込み、喉に噛み付いた一頭が『食事』を始める。
 父の背後は、すでに地面がない。白銀の狼どもは、逃げ場はないと踏んだのであろう。
「ふざけやがって‥‥!」
 ライフルを小さい方の白銀の狼に構えると、他の二頭が立ちふさがる。
「どきやがれ!」
 ボコン
 父が叫ぶと、彼の足元が崩れ落ちる。雪庇だったのだ。
「うあああああああああ!」

 川べりの雪山で、彼は眼を覚ました。
「ッつ‥‥」
 体中があちこち痛い。
 切立った崖を見上げると、相当な高さから落ちたのが伺えた。生きているのが不思議なぐらいであった。
 高く積もった吹き溜まりには、転がり落ちた軌跡がついており、この軌跡が奇跡の証であった。
 ゆっくりと立ち上がり、ライフルを拾い上げる。
 しかし、彼のライフルは肩にかかったままだ。
「陽‥‥」
 息子の名前をつぶやき、もう一本のライフルを担ぐと、川に沿って歩き出した。
 滝があって進めないかもしれない。他のキメラに出会うかもしれない。
 しかし、それでも彼は足を止める事はしないだろう。
 息子の敵を、とってもらうためにも――。

●本部・ブリーフィングルーム
「今回の依頼は鹿狩りの最中息子さんをキメラに殺された、地主さんからの依頼です。
 地元では『白銀の王者』などと呼ばれている、白銀の狼型キメラだそうです」
 オペレーターの説明にキメラの分際で王者気取りかよと、傭兵達は漏らす。
「彼らにとってはキメラという認識は最初、なかったものと思われます。
 ですが今回、ライフルがまったく通らなかったと話しており、キメラであるという確証が持てたため、我々に話が回ってきたんですね。
 地域は雪崩の恐れもあるような、山岳の雪原地帯、足を取られやすく、あまり重装備ですと身動きも取れなくなる恐れがあります。
 それと、目標は熊サイズ二頭の大型犬サイズ一頭、話によりますと熊サイズは小さい方を護るように動いていて、まるで親子のようだったと話しておりますが‥‥皆さんも知っての通り、キメラに繁殖能力はありません。なんらかの上下関係があるものと、推測されます」
 一同、黙ってオペレーターの話を聞く。
「出現ポイントはおおよそ絞れてはいますが、あまり自ら探す行動は避けたほうがいいと思います。天気は変わりやすく、だいぶ吹雪くみたいですからね。それではみなさん、ご武運を!」

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
荊信(gc3542
31歳・♂・GD
クラフト・J・アルビス(gc7360
19歳・♂・PN
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA
エリーゼ・アレクシア(gc8446
14歳・♀・PN

●リプレイ本文

●山岳地帯・現場近くの村
「うー寒々、さっさとやること済ませたいぜ」
 頭をポリポリとかきながらぼやく、地堂球基(ga1094)。
 軍用歩兵外套に防寒手袋と防寒対策はばっちりな彼だったが、細身の身体には寒さがこたえるようだった。
「綺麗ですが‥‥見惚れてばかりもいられませんね」
 朝日の昇る雪山の景観に目を細め、比良坂 和泉(ga6549) はつぶやく。
 ポスっと、和泉の外套に雪球が当たる。
 クラフト・J・アルビス(gc7360)の雪玉であった。
 何がしたいのか察した和泉も雪玉を作り、クラフトと雪を投げ合い始める。
「白銀の王者って言われるくらいだから、真っ白なんだよね。見つかるのかな?」
 雪合戦をしながら、クラフトがポツリともらす。
 覚醒して暗闇に紛れる事があるクラフトは、その厄介さを知っているだけに心配していた。
「大丈夫ですよ‥‥場所は絞れているわけですし‥‥」
 雪玉を握り締め、カッチカチにして終夜・無月(ga3084)が構えた。
 だがあまりにも危険すぎるその一撃に、荊信(gc3542)がその腕を掴み首を横に振ると、無月は表情を変えずにその氷玉を破棄する。
 安堵の溜息をついた荊信。ぶるっと身が震える。
「やれやれ、ずいぶんと冷えやがるな。ちぃとばかし、身体を温めておくかね‥‥」
 アルコール度数50度以上の白酒が入ったミニボトルを呷り、思い立ったように雪上を後ろ足で蹴った。
 多少ぐらつきながらも、スーっと音もなく滑る。
「ほぅ、どうやらそこそこは使えそうだな」
「ただいま戻りました」
 スレッドブーツの感触を確かめていた荊信の背後から、エリーゼ・アレクシア(gc8446) が声をかけてきた。ルーガ・バルハザード(gc8043)も一緒だ。
「今日はおそらく晴れだそうだ。ただ、昼過ぎ辺りから雲がかかる気配があるので、一時的に吹雪く恐れがある」
 気象情報を仕入れていたルーガが報告する。
「しばらく雪は降っていないそうなので、雪の表面は少し硬くなっていて、歩きやすいそうです。ただ、根雪の深さは60センチはあり、うち20センチは走るだけでも埋まるそうです」
「寒いし走りにくいとか、たまんねぇな」
 ぼやいた球基が雪原用ブーツで雪を強く踏み込むと、簡単に足が埋まる。
「今日は風もほとんどないため、まだ暖かいし動きやすい方だそうですよ」
「戻ったよ」
 マフラーを巻いた夢守 ルキア(gb9436)が姿を現す。
「倒せても倒せなくても、念のため、日暮れまでに帰って来なかったら、捜索をお願いしてきた」
「お、お疲れ様ですっ」
 雪合戦をしていた和泉が手を止め、しどろもどろにねぎらいの言葉をかけた。
「昼過ぎに吹雪く恐れがあるなら‥‥昼前が勝負ですね‥‥」
「だね」
「雪山の狼か‥‥なかなかに手ごわそうだな!」
 雪山を見上げ、ルーガが不敵に笑う。
「手ごわいだろうが、親父の意気に感じて受けたんでな。なら、後は成すだけだろ」
「まぁ、王者は息子さん食べちゃったんだっけ? ちょっと似たような経験あるし、できるだけのことはしたいしねー」
 相手がいなくなって雪合戦をやめたクラフトも、会話に混ざる。
「なぜもっと早く依頼を出さなかったのでしょう‥‥。むしろこれまで襲われた人がいなかったことが奇跡なんでしょうか‥‥。現場も思った以上に近いですし」
「綺麗だから守り神みたいな扱いだったみたいだよ。襲われても今までなら『仕方ない』だったようだね」
「それがキメラとわかった途端に、協力的ですか‥‥」
 ルキアの解説に、和泉が溜息をつく。
 そんな中、身を震わせている球基が一言。
「とりあえず、寒いしさっさと済ませようぜ」

●山岳地帯・雪原
 一面の銀世界の中、和泉と荊信が距離をとって前を歩き、その後ろをルーガ、球基、ルキアが固まり、その後方の両脇を固める形でクラフトとエリーゼ、そして一番後ろに探査の眼を使った無月が歩く。
「一面真っ白ですね‥‥」
 双眼鏡を覗き込んでいる和泉がポツリともらす。
「んー、白に白。まさに迷彩だね。目を凝らしても見えるかどうか」
 クラフトもよく目を凝らして辺りを見回すが、雪に反射した日の光に目をしぱしぱさせ、サングラスを着用しているエリーゼを羨ましそうに眺める。
「おびき寄せる方が効果的だよ」
 チラリとSASウォッチに目を向ける。もうすぐ昼だ。
「歩数からの距離と方角的に、ここらへんが犠牲者のポイントだね」
 ルキアの言葉に、皆は歩みを止め、時間と歩数、方角をメモしたルキアはブラッドソーセージを取り出し、ポトリとその場に落とす。
 風上に仕掛けたかったが、狼がどちらにいるかわからない以上は贅沢も言ってられない。
「味をしめてるとは思うんだよね。ヒトの味に」
「雲が出てきたな‥‥」
 ルーガが不安げにつぶやく。地表付近はほとんど風もないが、頭上を流れる低い雲はどんどん集まってドンヨリし始める。
「そろそろ‥‥勝負をかけたいところですね‥‥」
「センサー使うから、みんな静かにしてね」
 目を閉じ、どことなくルキアの周囲の空気が張り詰める。スキル・バイブレーションセンサーである。
「‥‥少し大きいのが、90メートル先の林の中に二頭――軽やかに歩いてる。鹿かな‥‥近くを子犬サイズが一頭――兎、かな」
 時間がかかりそうと判断した荊信がタバコを取り出し、咥えて火をつける。
「何か‥‥感じます‥‥」
 ポツリと、神経を張り巡らせた無月がつぶやく――と。
「右方向、距離80。熊サイズ二頭、大型犬サイズ一頭――こちらに向かって静かに動いてるね」
「右ですか‥‥いた!」
 ルキアの情報を元に双眼鏡で右側を確認した和泉が、思わず声を上げた。
 その言葉で一同は荊信、和泉が前になるよう陣形を整え直し、臨戦態勢をとる。
「どうやら‥‥察知した事を察知したようですね‥‥」
 雪煙がすごい勢いで傭兵達の元に向かって――3つに分断する。
「これでもくらっとけ!」
 カォン、ガォン、ガォン!
 瞳を真紅に染めた荊信がブリッツェンを取り出し、大きな音を響かせ雪煙に向けて発砲する――が、当たらなかったようで、雪煙は止まること突き進む。
「音が大きすぎるね。雪崩の恐れがあるよ」
「ッチ、しかたねぇ」
 ルキアにたしなめられ、荊信は舌打ちしブリッツェンをしまうと、颯颯を抜き放つ。
 左右に分かれた熊サイズの二頭が切り返し、荊信と和泉めがけて突進してきた。
「来なさい!」
「ハッ…抜かせるものかよ! 皆、悉く遮ってやらぁ!」
 2人が気合をいれると、二頭の牙が襲い掛かる!
 盾を使って牙を防ぎ正面から止める荊信に、チンクエディアで防いで横に流し、狼と向き合って対峙する犬歯の伸びた和泉。その和泉の背後から、大型犬サイズが襲い掛かってきた。
「真っ白だと、見にくいじゃん?」
 和泉と大型犬サイズの間にクラフトが割って入り、ペイント弾を三頭に向け、素手で投げつける。
 大型犬サイズはペイント弾に反応しかわしたが、腕に噛み付いていた熊サイズの二頭はかわせずに直撃した。
 だが素手で投げたせいか、ほんのりとしかペイントは付着しなかった。
 ――そこへ。
 ドシュドシュドシュ!
 漆黒の刃のナイフが突き刺さり、三頭の白銀の体毛に赤い血が広がる。ルキアのゲヘナだ。
「息子さんを奪われたお父様の悲しみ‥‥思い知るといいです!」
 ひるんだ隙を逃さず、銀色の光の粒子をまとったエリーゼが瞬天速で距離を詰め、鴉羽の二連撃で、荊信の腕に噛み付いている熊サイズの脚を斬りつける!
 思ったより硬かった脚は切断には至らなかったものの、十分な深手を負わせたエリーゼはキメラを踏み台に、再び距離をとった。
 脚を痛めた熊サイズキメラはキャインと悲鳴を上げ、荊信からおぼつかない足取りで離れる。
「喰らって‥‥吹き飛べッ!」
 ルーガの振りかざす刀・烈火から、鋭い風刃が疾走する‥‥紅蓮衝撃を乗せたソニックブームだ。
 足を痛めてかわせずに直撃したキメラが吹き飛ばされていく。
 吹き飛んでいくキメラを、長髪金眼と化した無月が瞬天速で追いかける。
「チャンスってやつか」
 追いかける無月に、球基が練成強化を施す。
「‥‥闇裂く月牙‥‥!」
 武器の限界を超えた破壊力を生み出す両断剣・絶を使用したティルフィングが、キメラを一頭、まさしく両断した。
 一頭を仕留めている間に、黒と白が入り乱れて動いていた。
 覚醒し、黒く染まったクラフトが高速機動で白銀の狼達と速さで競い合っていた。
「俺と王者、どっちが速いかな?」
 彼の雪の上とは思えぬフェイントを含めた高速移動に、熊サイズは翻弄され、ついていく事が出来なかった。
 だが、大型犬サイズはぴったりとクラフトと平行に移動し、フェイントなどにも翻弄される事なく、時折放たれるクラフトのキアルクローを難なくかわしつつも、常に攻撃の隙を窺っている。
 ズボッと、散々動き回って荒れた雪原に足を取られるクラフト。足を取られないよう警戒して大きくは動いていなかったものの、熊サイズの足跡にうまく誘導させられたのだ。
 その隙を逃さず、二頭の狼が一斉に襲い掛かる!
「この皆遮盾荊信が相手になってやらぁ! さっさとかかって来やがれ!」
「俺が相手してあげます!」
 荊信、和泉の2人の仁王咆哮に、熊サイズが立ち止まって二人を睨みつけた――が大型犬サイズはほんのチラリと見ただけで、止まらずにクラフトへ襲い掛かる。
「そうはさせんよ、下がるがいいさ!」
 ルーガのソニックブームが間に割り込み、大型犬サイズは喰らいこそしなかったものの、大きく後ろへと跳び退る。
 その間に体勢を立て直したクラフトも後退し、エリーゼの隣まで下がる。
「1人じゃ危険だろ」
 仲間が孤立しないように気を配っていた球基であっても、先ほどの場合は仕方なかった。
「どっちのが強いのか、確かめたくて。こいつらの関係、どんなのか気になるしね」
 少し息の上がっているクラフト。いつの間にかところどころ軽い傷を負っている。
「夢守さん、治療を頼む。俺は前衛2人の治療にあたるから」
「了解だよ、球基君。恐らく、大型犬サイズのが群れの指揮官だね」
 ルキアがクラフトに練成治療を行い、分析する。
「じゃー本当の王者は小さい方で、大きい方は子分狼なんだね」
「だろうね。指揮される相手がいなきゃ指揮も意味ないし、子分をさっさと仕留めちゃおう」
「賛成」
 淡々としたルキアと、賛成した球基が超機械を構える。
 荊信が弾き落としと渾身防御を併用し、跳びかかってきた子分狼の牙をその身で受け止める。
「よし、今だ! 後は任せた!」
 荊信に跳びかかっていた子分狼に狙いを定め、ルキアが強力な電磁波――ミスティックTで攻撃する。
 同時に、電波増幅した球基もPBで畳み掛けた。
 2人の光線が交差する。
 ギャイン!
 悲鳴を上げ、後ろ足で立ち上がり仰け反る子分狼。
 その腹の下に、クラフトとエリーゼが潜り込んでいた。
「おりゃっさ」
「これで!」
 クラフトの爪が子分狼の腹を、エリーゼの太刀が喉元を切り裂く!
 5人の連携攻撃に成すすべなく、子分狼は絶命した。
 その間、白銀の王者を和泉がチンクエディアでうまくいなし、1人でひきつけていた。
 そこに無月が加わり脚を狙ってティルフィングを振るうも、地の利もあり、王者の回避能力は相当高く、当てられずにいた。
 隙をついてルキアが王者に狙いを定め、再びミスティックTで攻撃する――が、マフラーのみの彼女では寒さにより命中精度に精細さが欠け、王者は素早く回避し、ルキア目掛けて突進してくる。
 そこへルーガがガードを構え立ち塞がり、牙の一撃を受け流し、ソニックブームを飛ばす。
「私に不用意に近寄るなよ‥‥犬っころ風情が!」
 ソニックブームをかわした王者の背後から和泉が詰め寄り、四肢挫きを発動させ、回避能力の高い王者の動きを止めた。
「今です!」
 千載一遇のチャンスを感じた一同。
 無月が動き出す。球基が練成強化を施す。ルキアが練成弱体を撃ち込む。
「一撃で終わらせます‥‥闇裂く月牙‥‥!」
 全てを斬り裂かんばかりの一撃が、動けなくなった王者に襲い掛かる!
 その一撃で王者の首は胴体と離れ、一撃で屠ったのであった――。

「テント用意できましたよ」
 吹雪いてきたためゴーグルを着用したエリーゼが、テントを設営し皆に声をかける。
「俺も設営完了しました」
 同じくテントを設営していた和泉。
 吹雪と寒さに身を縮め、それぞれ男女に分かれてテントへと入っていく。
「‥‥」
 そんな中、ルーガは動かなくなった王者の死骸を見下ろし、溜息をつく。
 白銀の王者と呼ばれた狼の成れの果て。その姿はキメラといえども惨めに映ったのかもしれない――が。
(美しい毛皮だな‥‥)
 見とれている背後から、エリーゼが声をかける。
「ルーガさん、テント用意できましたよ? キメラさんをどうするかは、まず吹雪が収まってからにしましょうよ」
「これでロングコートを作ったら高く売れ‥‥い、いや、何でもない」
 えらく俗物的なセリフが口を衝いて出そうになり、あわてて口をつむぐルーガ。そそくさとテントに逃げるように入っていった。
 首をかしげるエリーゼ。ふと、子分キメラの白銀の体毛の中に、光る物があるのに気づく。
 かき分けてみると、それはライフルの弾だった。弾には珍しく名前が刻んである。
「YOUITI――息子さんの、ですかね‥‥」
 その銃弾をしまいこむと、自身もテントへと避難するのだった。
 一方、男子テントでは。
「動いて暖まってるけど、一息てな」
 球基がポットセットで湯を沸かし、人数分のココアを入れると、皆に振舞いに行く。
 ココアを受け取ったクラフトが一言。
「コーヒーほしかったなー」

 一時的な吹雪をやり過ごし、相談した結果、王者の首と子分の尻尾を持ち帰ることにした一行。
 歩数や方角を記録していたルキアのメモのおかげで、迷う事なく無事、夕方には村へとたどり着いたのだった。
 そして依頼主である地主の元を訪れ、王者の首と尻尾を差し出した。
「仇は取ったよ、この死体は好きにすればいい」
 表情こそ笑顔ではあるが、ルキアの言葉には慰めも達成感も感じられない。彼女自身、彼の感情がわからないからだ。
「これで‥‥これで‥‥」
 震える地主。
 球基、和泉、無月、クラフト、荊信、ルーガが顔を見合わせ、気を利かせ外へと出て行く。
 残ったエリーゼが、そっと銃弾を地主に見せる。
「こちら、もしかして息子さんのですか‥‥?」
「‥‥ああ、そうだ。あいつが誰が撃ったかわかるようにするんだって、馬鹿な事を言いながら――」
 銃弾を受け取った地主が、あふれ出る涙に言葉が詰まる。
 嗚咽をあげて泣き崩れる地主。
 そこに、ルキアの綺麗な歌声が流れる。レクイエムだ。
 室内には息子を奪われた父の嗚咽と、ルキアの澄んだ歌声だけが響くのであった――。

『あれが白銀の王者‥‥ 終』