●リプレイ本文
ザワザワザワ‥‥――。
リズが黒い箱を壊した瞬間から、周囲の不穏な空気を傭兵達は感じ取っていた。
「狩りの時間である」
そう淡々とつぶやいた美紅・ラング(
gb9880)は振り返り、高坂 永斗(
gc7801)と見つめあった。
「永斗、力無き者達の護衛は任せる。守ってやれである」
「ああ。厄介だが仕方がない。守りを固める」
永斗の言葉に美紅は安心したようにうなずくと、周囲の偵察のために駆け出していった。
くるりと、永斗はリズに向き直る。
「無茶な事をする。無駄に仕事が増えてしまった」
「すいません、高坂さん」
やってしまったリズはすまなそうな顔はするものの、その表情そのものはスッキリとしていた。
「ハハッお前さんも、なかなか無茶してくれるじゃねぇか。仕方の無ぇ馬鹿だな」
多少なりとも縁のある荊信(
gc3542)が、リズの背中を叩いて豪快に笑う。
背中を叩かれたリズは軽く咳き込むが、荊信にニッコリと笑って返す。
「ええ、馬鹿になるのも必要だなって思ったんです。おかげでスッキリしました!」
誇るようなリズの態度に、少し意外そうな顔をしたのちニヤリと荊信も笑って返す。
「だがそれがいい。ハハッ、嬢ちゃんが意気を見せるってんなら、それに応えにゃあならんな」
コンと自らの鎧を小突く。
「俺も、コイツでの初陣だ。皆遮盾の名にかけて、しっかり守らせて貰うぜ」
「ところでさ、リズ。ここらへんのキメラだけど、犬と狼、あと猪がいて熊は恐らく居ない、だったよね。鳥型や猿型のような、上から来るキメラはいないのかな?」
多く箱とリズに関わってきた明神坂 アリス(
gc6119)が、親しげに声をかけた。
「それは基地の防衛上、熊以上に重点的に殲滅したようですね」
アリスは少し考え込んでから、口を開く。
「じゃあお2人には、ここからちょっと離れた木の上にでも避難してもらおうよ。それで僕とかも木の上で護衛すると」
「おう、いいんじゃねぇか?」
「そうだな。その方が護衛しやすい。地上にいて、近づかれたらアウトだ。流石に死なせる訳にはいかんだろ」
アリスの提案に、荊信と永斗が承諾し、リズもうなずいた。
「まずここから離れるぞ」
永斗が研究員を立たせ、アリスがリズの手を引く――その背に、荊信が声をかけて苦無を差し出した。
「ほれ、持って行け。気休め程度だが、幹に刺して使えば簡単な足場程度にゃあなる」
「ありがとうございます、荊信さん。どうかご無事で」
ハンフリー(
gc3092)滝沢タキトゥス(
gc4659)蒼唯 雛菊(
gc4693)立花 零次(
gc6227)が視界を開くために、枝や草を伐採していた。
「自然を傷つけるのは気が進みませんが‥‥」
「この際、仕方ないですよ。それにしても、こんな武器で枝を切り落とすなんて、捨てたもんじゃないですね」
マチェットで枝葉を切り落としているタキトゥス。
他3人は斧や大剣に無理なく切れる木を短時間で伐採している。
「やれやれ、面倒な事になりましたね。ですが、その信頼に応えないわけにはまいりませんか」
「そういうことだな」
「やることが豪快ですの。でも嫌いじゃないなぁ」
(何か裏があるとは思ってはいましたが‥‥思ったとおりでした。それにリズさんの想いも、わからなくもないですね)
箱への縁が、アリスと同じく深いタキトゥス。伐採をしている最中に、リズ達が通りかかる。
「キメラは我々に任せ、リズさんは彼の監視をお願いしますね。妙な動きをするようならお知らせください」
「了解しました、立花さん」
零次の言葉に会釈して立ち去ろうとするリズに、思い出したように再び声をかける。
「ところで、この辺りの木って、切っても大丈夫なのでしょうか? いまさらなんですけど」
「それは‥‥ちょっとわかりかねます。ただ、この島全体が開発予定区域なので、伐採予定ではあると思います」
「まあ、ここまで切っちゃったんですから、あとは流れに身を任せるとしますか」
肩をすくめた零次は、伐採を再開する。
「‥‥私の行動は、浅はかだったんですかね」
リズの独白が聞こえたアリスが、口元に手を置いて先ほどの光景を思い出している。
「まさかリズがあんな思いきったことするとはねー。最初に会った時に比べて、気持ちが強くなったのかな?」
「そうですね‥‥父を‥‥養父をあんな目にあわせた箱を壊してやりたいとは、最初っから思ってはいました。ですけど、箱を壊してもどうにかなるって思えるようになったのは、アリスさん達のおかげです」
「そっか。ま、それだけ僕らを信頼してくれてるなら、期待を裏切るわけにはいかないね――あと、僕はアリスだけでいいよ。境遇も似たようなものだからさ、僕ら姉妹みたいなもんだよ」
ニッコリと笑って自らの胸を叩くアリス。
「わかりました、アリス。宜しくお願いしますね」
「中身って気体だったんだねー。ちょっと意外」
ガッカリしたようにつぶやくクラフト・J・アルビス(
gc7360)。クンクンと匂いを嗅ぐが、火薬の臭いくらいしかしなかった。
箱をつまみあげ、体中にこすり付けてからもとの場所に戻して立ち上がると、近くの手ごろな木を『キアルクロー』で伐採していく。
残された箱の元に、トゥリム(
gc6022)がたたずんでいた。そして、黒い箱を観察する。
「あ、あの箱だ‥‥」
危険なものとは知らずに、つい先日に開けちゃダメと言ってしまったトゥリム。責任を感じてしまい、彼女は思いつめた表情をしていた。
「あれって危険な物だったんだ‥‥じゃあ僕の罪は‥‥」
「そろそろ気配が強まってきた。全員、一度木の上に避難して欲しい。箱に群れてきたところで、コイツをくらわせてやるのである」
偵察から戻り、箱の近くの大木の上で双眼鏡を使っていた美紅が、閃光手榴弾をとりだして皆に警告した。
美紅の警告に傭兵達は伐採作業を中止し、荊信の提案でなるべく一箇所に纏め上げてキメラのための通路を作ると、丈夫そうな木に各自登り始めた。
「俺はちょいと登るのは難しそうだからな」
纏め上げた木の隙間に、身を潜ませる荊信。
「そうだ。誰かあの箱の揮発性物質を地面に広げてはくれまいか? 蒸散を促し、短期決戦にするのである」
「了解した」
ハンフリーが箱に近づき、箱を拾い上げてまじまじと見つめる。
「何とも探求心と功名心を擽りそうな玩具だ。薬になりえぬ毒でも座視できんのは、研究者の性か」
箱をひっくり返し、地面に何度も叩きつけてから木の上へと急ぐ。
「来た‥‥」
美紅の登っている大木の下で、草に身を潜ませているトゥリムがつぶやいた。すでに目を赤紫色に輝かせ『探査の眼』と『GooDLuck』を発動させていた。
纏め上げた木の通路から計6匹の犬型が走ってきて、箱の臭いをかいでいる。
美紅は黙って閃光手榴弾のピンを抜く。
(26‥‥27‥‥28‥‥)
ひゅっと箱にめがけ、投げつける。
ぽとり。
――カッ!
強烈な閃光と音がキメラ達を包み、キメラはその動きを完全に止めてしまった。
「今である」
眼帯の奥の瞳が鮮紅色のオーラで燃え上がり、『スカーレット』で犬型キメラを1匹撃ち貫く。
「おっしゃあ!」
盾で閃光を防いだ荊信は瞳の色を真紅に染め飛び出すと、『S−01』で発砲。
「攻撃を開始する」
深緑のオーラをまとったハンフリーが荊信と同じ犬めがけ、閃光の届かない木の上から『NGーDM』を発砲し、1匹を仕留めた。
そしてハンフリーが木から飛び降り、着地する。
眼を青くしたタキトゥスが、木の上から『鋭覚狙撃』で犬に狙いを定める。
「当たれ――いや、当てる!」
彼の『ヘリオドール』から放たれた一撃は、見事に犬の眉間を貫き、タキトゥスも地面へと降り立った。
目を閉じて閃光をやり過ごした零次が、闘争本能に静かな火を灯し静かに魔創の弓を構え、頭部めがけて1射。たったの1本で、犬を仕留める。
「一射絶命――意味合いは少し違いますが、言葉的にはぴったりですね」
弓をしまい、木から降りるとリズ達のいる大木へと急いだ。
「無駄撃ちはしないぞ? 弾が足りなくなる」
左目から顎にかけて赤いラインが走る永斗が『狙撃眼』を使い『真デヴァステイター』の射程を引き上げ、かなり遠めにいる犬に狙いを定め発射。
三発直撃を受けた犬は絶命する。
「上からキメラを見下ろす気分はどうだ? リズ氏」
「さすがにコレだけの距離があると、安心感がありますね――それに、アリスたちがいますから」
ニコリとリズに微笑みかけられ、二カッとアリスも笑顔で返す。
草葉に隠れていたトゥリムが立ち上がり、残った1匹の犬めがけ『クルメタルPー56』を発砲し、足を止める。
そこへ地上に降りた雛菊の『氷牙』が牙をむき、一撃のもと屠りさる。
「警戒し、散るのだ。犬と狼多数、遅れて猪が8匹向かってきているのである」
美紅の言葉に、ハンフリーと荊信、そしてクラフトが箱の周囲に固まった。
タキトゥスはそこから少し離れ、木に身を寄せる。
雛菊は伐採した木で出来た通路に立ち、『氷牙』を構える。
トゥリムは美紅のいる大木の下で待ち、零次はリズ達のいる大木の下で待ち構える。
アリスや永斗は木の上だが、警戒は怠らない。
「きたな!」
雛菊が真っ先に跳びかかってきた犬の正面から『急所突き』で突き刺すと、横なぎに振って後続の犬ともども切り裂く。
「お前らの足よりも氷牙の刀身の方が長いんだよぉ!」
雛菊の横を他の犬や狼が通り過ぎる。
その前にクラフトが躍り出ると、爪を一振りし注目を集めると『疾風脚』でスピードをあげて、箱から少し離れておびき寄せる。
「こっちだよー。俺の相手してねー」
何匹かの狼をクラフトがひきつける。
「お前らは私が相手だ!」
誘いに乗らなかった犬達にハンフリーが大声で気勢を上げ、1匹めがけて『雷遁』を直撃させると、複数の犬がその足を止めた。
そこへ足を狙い、発砲。
「的だらけか‥‥望むところだ!」
完全に足を止めた犬に、タキトゥスが射撃を繰り返し肉薄すると『オーラブルー』を抜き放つ。
「ズタズタにしてやる、ありがたく思え」
「俺も見せ場をつくらねぇとな!」
まだ残っていた犬と狼たちに荊信は『制圧射撃』を行い、縫いとめる。
そこへ雛菊が肉薄し、突き、切り払っていく。
「猪、来るのである!」
「ならばこの皆遮盾荊信が盾となる」
「私も忘れてもらっては困る」
ずいっと荊信が箱の前に立ち盾を構え、ハンフリーが『弾き落とし』を使用すると、猪が6匹、荊信めがけて突進してくる!
「おおお!」
気合一閃、猪の突進を受け止めきる荊信。
動きが停止した猪に、クラフト、雛菊、タキトゥスが肉薄し、一瞬にして3匹屠り、美紅とトゥリム、そして近距離からの荊信の銃撃で残りも倒れた。
「はぁ!」
同じく2匹、猪の突進を受け止めたハンフリーは、裂帛の気合と共に猪の眉間を『ノコギリアックス』でかち割る。
「‥‥あれは何であろうか」
怪訝な表情の美紅。それもそのはず、何かが木々をなぎ倒し、こちらに向かってくるのである。
その地響きがどんどん近づいてくる――と。
ズガァァァン!
木々が弾けるように吹き飛び、一匹の巨大な猪が荊信めがけて突撃してきた!
不意を突かれ、盾で受けることが出来なかった荊信――だが。
「チッ‥‥調子に乗るなよ、盾は沈まねぇッ! 」
気合と共に『渾身防御』でダメージこそはなかったものの、そのまま圧されてリズ達のいる大木に激突させられる。
「ぐぅ‥‥」
さしもの彼も呻き、膝をついてしまう。
そして最悪の事態が。
「キャァァァ!」
自分達が落とされない事で手一杯だったアリス達が、落ちそうなリズをつかみ損ね、リズが大木から落下する。
ジャッ!
落下した瞬間から零次は『迅雷』を使い、リズを地面に叩きつけられる前に拾い上げた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ‥‥大きいですねぇ。相手にとって不足は無し、とでも言っておきましょうか」
距離的に不利を悟っている零次は冷や汗を垂らし、刀に手を伸ばす。
「おい、無視するんじゃない‥‥俺が相手になってやる!」
タキトゥスが挑発するも、あまり意味はなさなかった。
ガンガンガンッ!
主の眉間に上から撃ち込まれるが、さほど効いた様子がない。
ザッと永斗が降り立つ。
「堅い。俺じゃ撃ち抜けないか‥‥あんたの安全が最優先だ。大人しくの俺達の後ろに隠れてろ」
「俺も混ぜてー」
クラフトが『瞬天速』で主に一気に肉薄し、ペイント弾を目にぶちこみ、一瞬で離脱する。
視界をふさがれた主は、天を向いて怒りの雄叫びを上げる――そこに。
ズドン!
主の眉間に風穴が開く。木の上からアリスが『練成弱体』美紅が貫通弾で『部位狙い』を使い、そのたった一撃で、主はゆっくりと倒れるのだった。
「任務、終了である」
「無事か? ‥‥五体満足なのは確かだし、無事に決まってるか」
それだけ言い残し、美紅の元へと向かって歩いていった。
研究員に手を貸しつつ木から降りてきたアリスが、リズに抱きつく。
「ゴメン、リズ。危ない目にあわせちゃって」
「いえ、いいんですよ、アリス。こうして無事だったわけですから」
「まったく、もったいない‥‥」
しれっとした研究員の喉元に、氷の視線を投げつけながら雛菊が氷牙を突きつける。
「もしキメラを操って何かしようものなら‥‥私がキメラごと叩き斬る。例えそれが人類のためと言っていても、だ‥‥」
「研究員の人に罪があるなら、開けるなと言った僕にも非があるのでは‥‥」
トゥリムが心の内を独白する。制裁も覚悟の上でだ。
「そんなら運んできた俺だって非があることになっちまう。安心しな、トゥリムの嬢ちゃん。お前さんは悪くないさ」
ダメージが抜けないのか、荊信は座り込んだままタバコに火をつける。
「そうですよ。トゥリムさんは立派に仕事をしてくれただけなんですから」
「‥‥ありがと」
「で、何でこれからキメラ寄せの臭いがでてたのー?」
箱を持ち上げるクラフト。
「たぶん、わからないままですよ」
「ふーん‥‥写真撮っていいー?」
「いえ、それはだめです」
「チェー」
「機密事項‥‥おっと、元機密ですかね。まさか運んできたものを破壊する事になるとまでは、予想できませんでしたが」
タキトゥスがハハハと、さわやかに笑う。
「多少は刺激的な日でしたけどね」
零次も穏やかに笑う。
「全くもって浅はかであるぞ! 今度からはもう少し考えるべきである!」
まだ木から降りてきていない美紅が、大声で叫んでいる。
「だが確実に破壊せねば、他に好奇心を持つ輩がこれをどうにかするかもしれんからな。これもまた正解の1つだ」
「ありがとうございます、ハンフリーさん」
ハンフリーが箱を拾い上げ、リズに手渡す。
壊れた箱をみつめ、リズがぽそりとつぶやいた。
「父さん、あたし頑張ったからね‥‥」
『BlackBoxOpen! 終』