タイトル:【AW】感謝して――マスター:楠原 日野

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/20 17:55

●オープニング本文


●待ってろよ世界


 10m四方とかなり大きめな浴場に並々とお湯が満たされ、そこに1人の女性が入っていた。
 長い銀髪をまとめ上げ、その口元には常に笑みを浮かべていて、なかなかの美人である。
 彼女は湯船に浸かりながらも一面のガラスから、暗い外を眺めていた――と、突如青い星が見え、通り過ぎ去る。

「絶景かなってね――よくぞここまでできたものだよ」

 水をすくい、掌からこぼれるお湯――ここが宇宙だと言う事を忘れてしまいそうなほど、普通であった。
 苦節10年。ここまで水を溜めるのも苦労したが、やっと完成である。
 ちらっと、隅に設置されている1mほどの機械に目を向けた。

「あんなサイズで空気と、蒸気や排水の浄化循環再利用しているのだから相当な代物だな」

 一念岩をも通すとはよく言ったものだと苦笑し、湯船から上がる。
 脱衣場で服を着ると、カーボンナノチューブの通路からメインステーションへと。
 メインステーションでは様々な人が、各自の研究を続けていた。
 ここではほとんどの地域に重力がない。
 無重量下実験がメインなので、当然と言えば当然である。

「強化人間の生命維持は間に合わなかったが、クローン再生技術の方に着手始めたようだし、そこに期待だな」

 研究施設から別のチューブをつたって、新居住区へと移動。
 そこには重力があり、ごく普通に調理場もあったりとまるで地上と変わらない生活空間がそこにあった。
 ソファーに腰を掛け、想いをはせるように天を見上げる。

「特効薬こそまだ無理だが、進行は止めることができた――なんとか私が踏み越えるその日まで、生きててくれそうだなあの親父殿は」

 端末を立ち上げ、いくつかの画面を開いて目を通す。

「ふむ――あいかわらず『ギルド』は好調のようだな。ライセンス制度とマッチして、なかなか上手い具合に稼働しているようで何よりだ」

 端末を閉じて腕を組み、目を閉じた。

「ギルドにおける名声と、高性能循環システムの小型化。やっとあの大企業も、私に目を向けるようになった。
 交渉次第だが、これでバグア技術も吸い出せる可能性も出てきたわけだ。
 幸い、宇宙にも地上にも優秀な交渉人がいるからさっくりことは進むだろうが、まだまだこれからだな。私の誓いを果たすには」

 戦場は平和のために必要。だから戦争のあるところにのみ武器は供給するが、一般人には過ぎたる力。
 決して卸さない、卸させない。
 銃器がなければと包丁を振り回す輩もいるかもしれないが、それでも被害は格段に小さくなる。
 それを目標とする――そう幼いころ、自分に誓った
 だが全ての武器を管理すると言うのは、はっきり言ってまだまだ無謀な話である。
 それこそ絶大な権力で、世界の全てを掌握しない事には。

「ふふーん、待ってろよ世界。私が全てを管理してみせるその日まで‥‥!」

 銀髪の女性、ミル・バーウェンは、ぐっと宙で何かを掴みとるのであった――


●変わらぬ人


「久しぶりの『お仕事』ね」
「我々が動かなければいけないほどの事件は、もうほとんどないからな。小さいモノは民間の『傭兵ギルド』やらが対処してくれるからな」

 要領がよくないのか相変わらず出世しない上司の言葉に、黒髪の女性が頷く。

「みんな活躍してくれてるからね。まあ、私もライセンスは持ってるから、他人事じゃないけど――とにかくさっさと行って、さっさと終わらせてくるわ。
 うちの同居人さんが、お腹を空かせて待ってくれてるでしょうから。それに、明日には集まる約束もあるし」
「ほう――君にもやっといい人が?」
「やっとと言う部分に引っかかるけれども‥‥秘密よ」

 ニコリと微笑むと、刀を握り直して踵を返し『お仕事』へと向かう。
 それが、昔と変わらぬ今の冴木 玲(34歳・独身)の日常であった。




●努力は実を結ぶ

 書類全てを終わらせ、紫がかった赤い髪の女性は一度伸びをして、プハッと息を吐く。


コンコン


「失礼します、学園長。今年から始める、大学の話ですが――」
「うー‥‥任せたわ。どうせこれまでの一貫教育に大学が加わるってだけだもの」

 投げっぱなしにする彼女。

「そう単純な話でもないのですけど」
「いいじゃない。とにかく言っておいた通り、あたしは今日から屋久島に向かうんで、あとよろしくね」

 さっさと立ち上がると、メイ・ニールセンは部屋を後にするのであった。




●変わっても変わらぬ関係


「お父さん、迷いキメラが湾に出たんだって。ちょっと行ってきて」

 最近着物姿が随分様になってきた彼女が、自分の養父っぽい人物に声をかけた。

「ああ、わかった。団体客が来る夜までには戻ってくる」
「遅くなっても大丈夫だよ。お母さんがヘルプで入ってくれるみたいだし、他のみんなもいるから」

 平日の昼でも随分な人で賑わっている温泉宿。それに伴い、彼女の同級生ばかりだが従業員も多くいた。

「子供達の面倒があるんじゃ――」
「一番上の子が見てくれるよ。まだ10歳にもなってないけど、ずいぶんしっかりしてるよね」

 昔のお前のようだと言いそうになるが、ぐっとこらえる。
 1言えば、10になって返ってくるとわかっているからだ。

「‥‥まあそれなら助かる。計量と種族照合、報酬計算に結構時間がかかるからな」
「とにかく行ってらっしゃい、お父さん」
「わかった、行ってくるよ。海」

 ずいぶん成長した先生の娘に見送られ、後にする蒼 琉。
 あいかわらずスキューバ教室などマリンスポーツ全般のインストラクターをしつつ、宿の手伝い、そして時にはこうやって正式な依頼もなしにキメラ退治の『兼業傭兵』を続けていた。
 昔と違うのは、退治したキメラをしかるべきところに持っていくと、それに見合った報酬が渡される『ハンターライセンス制度』があるというところだった。

「退治するための弾薬も、ロハじゃないから助かる話だ――みなも元気にやっているのだろうかね」

 ある者は公務員をしながら、ある者は主婦をしながら、暇な時間にキメラを退治しているという。
 片手間の副業傭兵が随分いるらしい。

「明日は久しぶりに会えるのだし、近況を聞くとするか」




 これまでを語るには短い時間かもしれない。
 だがそれでも、思い出を振り返りたい時もある。

 全ての出会いと別れに感謝して――

●参加者一覧

/ ドクター・ウェスト(ga0241) / 榊 兵衛(ga0388) / 須佐 武流(ga1461) / 藤村 瑠亥(ga3862) / クラーク・エアハルト(ga4961) / 藍紗・バーウェン(ga6141) / 秋月 祐介(ga6378) / アンジェリナ・ルヴァン(ga6940) / 錦織・長郎(ga8268) / ルナフィリア・天剣(ga8313) / 狭間 久志(ga9021) / 天戸 るみ(gb2004) / エルファブラ・A・A(gb3451) / 長谷川京一(gb5804) / 日野 竜彦(gb6596) / クレミア・ストレイカー(gb7450) / 夢守 ルキア(gb9436) / 来栖・繭華(gc0021) / 美具・ザム・ツバイ(gc0857) / レインウォーカー(gc2524) / エドワード・マイヤーズ(gc5162) / シルヴィーナ(gc5551) / 蒼 零奈(gc6291) / モココ・J・アルビス(gc7076) / 村雨 紫狼(gc7632

●リプレイ本文

 2017年、未来研に所属していたルナフィリアは、ドロームに出向していた。
 能力者単独で制御する巨大KVと宇宙駆逐艦の折衷的なキングフォーゲルなるキワモノを考案したが、予算が出なかったらしく、断念。
 姉であるエルファブラにしても、妹の研究を手伝っていた時もあるが別方面へ手を伸ばし、KVの設計を行なって企業に売り込むフリーのKV開発者となっていた。
 骸龍の様な尖った電子戦機を開発してくれないのが密かに不満だったらしく、1度、後継機の案を売り込みに行ったが軍に売れないので無理と断られたらしい。方向性がやや違えど、似たもの姉妹である。
 18年に差し掛かるあたり、自分の研究が理解されない自覚はあったルナフィリア。
 研究内容への反発を考慮しリスク管理を徹底し、研究目的隠匿のため技術提携や研究の名目で外部に居た事が多かった彼女は、この頃からミルステーションにいる時間が増えてきていた。

 2020年、ミルステーションから朗報。
 途中1年ほど所在不明の期間もあったが、このあたりから宇宙と植物とに関する様々な研究成果を残しているアンジェリナが、世間から『宇宙で花を育ててる人』としてそれなりの知名度を獲得していた。
 そしてとうとう、ミルステーションでは推進装置を使った重力装置の開発に成功。
 そんなこんなで昔のままに忙しい日々を、ミルは過ごしていた。
 そんなある日。
 事務室に響くノック音。
「どうぞ。開いてるよ」
 返事をすると扉が勢いよく開き、ステーションの保安隊長兼寮母をしているはずの藍紗が両手を広げ、入ってくるなり大きな声で告げた。
「やあミル! お義姉さんだよ!」
「嘘こけ!」
 デジャブを感じつつ、ツッコミをいれ立ち上がる。
 だがツッコまれた藍紗はその顔が見たかったと言わんばかりの笑みを浮かべ、ふふっと笑った。
「これがあながち嘘でなくての‥‥ほれ、ここまで来て怖気づくでない。今更なのは承知の上じゃろう?」
 と、扉の外にいる誰かを引っ張りこむ。
 スポーティーな銀髪の男、ミルと父親の部下、ラインだった。
「まあ我から説明するとじゃな――」
 大雑把に説明すると、ミルはラインの顔をうかがう。
「本当かね」
「初めてお会いした時、貴女にパパの部下の人と尋ねられ、それを今までずっと訂正しなかったことは謝りますが、正真正銘貴女の兄です。お父上に確認してもらっても構いませんよ」
「まあ子を成したからにはいい機会じゃからと、お主の兄上と入籍する事になっての、我も晴れてバーウェンの一族というわけじゃ。ちょうど重力区画も安定した事じゃし、ステーションにてこのまま過ごして出産、育児と試してみようと思うのじゃよ」
「ふむ‥‥そうか。わかったよ、藍紗。おめでとうだね」
「お義姉さんと呼んでくれても構わんぞ?」
 いきなり呼べというのも意地悪な話だが、切り替えの早いミルにとっては造作もない。
「了解、お義姉さん。そうなると、ライン――いや、兄上殿と呼ぼうか。
 兄上殿もステーションで過ごせるように、なにかしら考えておこう。まあ対外折衝等を管理業務とかだろうかね。
 有能な連絡役がいなくなるのは多少寂しいが、とにもかくにも、兄上殿、そしてお義姉さん。お幸せに」




●そして
 様々な研究を行っているミルステーションに資材を搬入する輸送船。そこには『村雨ゼネラルカンパニー』の文字。
「ちぃーっす、受領のサインもらえますかね胸部装甲が残念なミル社長」
 昔とたいして変わらぬ姿の紫狼は現在、何でも屋を営んでおり、かつての夢であった能力の平和利用を掲げ一般人との懸け橋として1人、奔走している。
 そんな彼を『色んな意味で扱いやすく便利だから』と、ミルは資材搬入をよく注文しているのだ。
「いちいち余計な言葉はつけんでもいい」
 今やPADをやめ開き直ったミルがサインする。身長は昔よりもほんの少し伸びたが、胸は‥‥という塩梅だ。
「そういえば何でも、屋久島でちょっとした同窓会があるらしいぜ? 同窓会で思い出したが、ドクター・ウェスト。あのおっさんが死んでいたとは」
 ピクリとミルが反応する。
「経緯は知っているのかね?」
「らしい末路だったって話くらいしか? 俺は彼のブレない生き方を尊敬して‥‥」
 紫狼を前に、ミルは別の事を考えていて話の後半、すでに耳に入っていなかった。
(細かい話までは伝わってないようだが――やはり規制をかけても風の噂は消えんか。誰か彼か酒の席で漏らす場合もあるだろうしな)
 ドクター・ウェストは2013年の春、軍の施設を強襲、様々な被害を出すも、正規軍・傭兵合同防衛部隊を相手に激しい抵抗の末、死亡。それの報道規制や情報操作に、ミルも関与していたのだ。
 古参の能力者だからこそ、遺体は未来研に運ばれたとか言う噂くらいは耳にしているが、さすがにそれ以上は知らないし、知ろうとはしなかった。
「ま、肝心な話を知らないならいいか」
 ミルの呟きも、紫狼のトークでかき消される。
「あれから10年、あの時の墓参りをきっかけにミルへ何くれとなく助力を行ってきたな‥‥ま、商才はミルの方が上だが、お互い、去って逝った者たちの想いを受け継いでここまでやってきたんだ。
 滑稽でも愚かでもいい、お互い少しでも長生きして最期の瞬間まで足掻いてあがいて、足掻き抜こうぜ!」
 助力というあたりで首を傾げたくなったが、気持ちよく喋らせておこうとミルは黙っていた。
「今度は俺達の想いを未来に受け継いでもらう為にな。んじゃ、現地で会おうぜミル社長!」
「ああ、はいはい」
 嵐の様に去っていった紫狼に手を振り、思い立って研究所へと足を運ぶ。
 重力区画の一部だけ、まだ芝生と背丈の低い木ばかりだが確かな緑であふれていた。
 その中央にアンジェリナがごく自然な笑みを浮かべ、鉢植えを眺めている。
 ミルが入って来た事にも気がついていないようで、その姿を首に下げておいたずいぶん古いカメラでパシャリと1枚。
「‥‥社長、写真を撮る時は一声かけてくれと言っているだろう」
「いい笑顔だったので、撮りたくなったのだよ。それはそうと、屋久島で傭兵達の同窓会っぽいのがあるらしい。行ってみてはどうかね?」
「ふむ‥‥たまには学会以外にも出向いてみるか」
「OK。お義姉さんにも声かけておこう」
 アンジェリナを残し、ミルは居住スペースへと向かう。
 その途中、社員ではないがやたら出入りしているルナフィリアとすれ違い、同窓会について伝えると「最後に会っておくか」と、意味深な事を呟いて行ってしまったのであった。

「ふふ、エリックもアンジュも遊びつかれたのか、よく寝ておる。
 今のところ、2人とも特に問題なく育っておるの。この子たちが時代の先駆けとなり、幸せになってほしいものじゃ。 ――のぅ、旦那様」
「ええ、そうですね」
 寝ている子供を覗き込んでいる藍紗の後ろから、ラインが覆いかぶさるように藍紗を抱きしめながら、耳元で囁いた。
「お義姉さん、屋久島で同窓会があるそうなんで、アンジェリナと一緒にどうぞ。兄上殿は留守番!」
 扉越しに用件だけを伝える。お邪魔虫の自覚があったのだろう。
「‥‥じゃと」
 藍紗が苦笑し、無表情ながらも憮然としているラインに声をかけた。
「まあ構いませんよ。そのかわりに――」
「わかっておるわ、旦那様よ」
 妖艶に笑い、するりと帯を緩める藍紗であった――


 その頃の地上。
「せぁ!」
 42歳になろうとしている兵衛だが、今だ衰えを知らぬ槍の一突きで野良キメラはあっけなく絶命する。
 通報してくれた村人は安堵し、物陰から出てきて手を合わせ、頭を下げた。
「ああ、助かったよ榊さん。これ、うちの越冬キャベツ。持ってきなよ」
「それは助かるな。蔵人はともかく、8歳のくせしてよく食うからな。うちの双子様は」
 槍を肩に置き、我が子を思い浮かべ苦笑しながら頬をかく。
「そう言えば、しばらく留守にするんだってね」
「ああ。かつての仲間達といささか疎遠になっていたのでな。招待もあった事だし、赴くつもりさ」
 そのつもりで、屋久島には自分の所でとれた新鮮な野菜をすでに送っておいた。集まりの際、料理に使って貰うよう送り状に書き添えてある。
 戦後、安定してきた時期を見計らい、ギルドに登録し、ライセンスをとって日本の田舎に移住していたのだ。今や槍を持つ時間よりも、農作業の道具を持つ時間の方が長い。
「その間の畑は、皆が協力してみてくれるというから、ありがたい限りだ‥‥屋久島も久しぶりだな。ずいぶん長いこと足を運んでいなかったし、懐かしい顔と会えるのも楽しみだ」


「さて、諸君。悪いが俺は1週間ほどの休暇をもらう」
 北米・南米地区における保安業務に携わるが主に敵対者に対する先制攻撃を実施している、バーウェン貿易・非常勤保安要員チームの主任、クラークがそう告げた。
 さすがに41歳ともなると、かつての童顔はだいぶなりを潜め、歳相応の風格を持ち合わせている。
 何かあったのですかと部下に聞かれるが、唇の端を吊り上げ答えた。
「なに、古い友人に会ってくるだけさ」


「すまん、君が明日休暇なのは重々承知しているが、連れて行って面倒を見てくれ」
 さっくり仕事を終わらせた玲が、困り果てた顔の上司に呼び出されていた。
「おば‥‥おねえさん、よろしく」
 ぺこりと10歳前後の金髪の少年が頭を下げ、屈託のない笑みで続ける。
「僕の番号はDWC‐02。ある能力者の2番目のクローン体なんだって」
「へえ‥‥」
 信じてないのか、言い直す前の言葉が気になったのか、あるいは両方か。冷ややかな目をした玲が少年を見下ろすのであった。


 琉は元々の方向音痴もあり、さんざん迷った末に鹿児島湾の湾口部へ到着していた。
 問題はそこより先がKV進入禁止区域だと言う事。この時代、置き網などの多い地域ではよくある話だ。
「まあ漁港に1匹でたというくらいだから、生身でもなんとかなるが‥‥」
「もしかして、蒼さんですか?」
 振り向くと、どことなく覚えのある童顔な女性が立っていた。
 そして覚えがあるのは顔だけでなく、ぴっちりとしたボディスーツのせいで否応なしに注目せざるを得ない、童顔のわりにアンバランスでたわわに実った、スイカの如き胸にもどことなく覚えが。
 そう、昔、お母さんより大きいと評し「あの子はビッグになる、のです!」と海に言わしめた少女、繭華だった。
「お久しぶりですわ」
「ああ、久しぶりだな。もしかして、あのキメラ退治をしに来たのか?」
「そうですわね」
「それならば提案なのだが――」

 埠頭に立つ琉。少し離れて繭華が天狗ノ団扇を構える
 フリーで来たのだから囮として協力すると、琉が申し出たのだ。
 その様子をたまたま通りかかったノースリーブでフリルの付いた白いワンピースを着ている女性が、かなり遠くからだがそれでも琉に気付いた。
「あら? 懐かしい方がいらっしゃいますねぇ」
 キメラの気配を感じ、おおよその状況を把握した女性は両手で大鎌の柄を握りしめ、駆け出すのであった。

 小さな漁船くらいはありそうなカジキの形をしたそれが海から姿を現し、琉めがけて跳ねる。
「やらせませんですわよ」
 駆け寄った繭華が団扇を一振り――カジキ型は旋風に巻かれながら、上へ上へと昇っていく。
 そこへ白い狼――いや、白いワンピースの女性が繭華の横を通り抜け跳躍。
 大鎌を真横に一閃。
 見事2枚に下ろされたカジキは海に沈んでいく。女性は止める間もなく、軽やかに去って行ってしまった。
(誰だ?)
 キメラ退治完了後、2人とも謎の女性に首を傾げながらも繭華に海の近況など尋ねられた際、同窓会の事を伝えると「ちょうどいい機会ですのね」と言う事で、宿を引き払い、そのまま屋久島へ一緒に行くことにした。


 居住性を拡張したコンテナ搭載のクスノぺを従い、シラヌイから降り立つ、ドラッヘンネストという民間企業の制服姿に肩からコートを羽織っている人物。
 髪は腰の辺りまで伸ばし、度の入ってないスタイリッシュグラスで隠された端正な顔立ちは大人びた感じがするものの男性なのか女性なのか、今一つ判別がつきにくかった。
「まったく、美具子のやつ‥‥迎えに行けとか、急なんだもんな」
 ため息交じりにぼやくのは、まぎれもなく竜彦であった。
 竜彦は部下をその場に待たせ、メイの学校敷地内へと足を踏み入れる。
 行き場のない者達を集めヨーロッパで企業を興した竜彦は、かつてメイに矢神真一の遺言を伝えてからは何となくで連絡をとるようになっていた。
 ここへはたまに来ているため、ある程度顔パスなのだ――が、いまだにトイレなど男性用に入ろうとするとだいたい止められるのは、彼らしい。
 約束の時間まで校舎をぶらついていると、教室から出てきたメイと鉢合わせ、一瞬驚いたメイは微笑んだ。
「驚いた。どこのキャリアウーマンかと思ったわ」
「‥‥妹にも、キャリアウーマンみたいと言われましたよ」
 苦笑して返すと、メイは肩をすくめ「今準備するわ」と足早にその場を後にし、竜彦は外へと向かった。
 しばらくすると着替えたメイが出てきては、クスノペを前に首を傾げた。
「ああ、目的地に割と近い海域に突然変異種の大型キメラが見つかったそうなので新型のテストと新人研修を兼ねてね」
 竜彦がシラヌイのコックピットから身を乗り出してメイに告げると、シートに座る。
 クスノペを先導しつつ、コンテナでくつろいでいるメイと通信で最近の近況を話し合っていた。
「本社の仕事? ああ、部下に任せてきた。全て任せてみるのも、時には必要だしね」
「そうよね。うちの方も若いのに任せてきたし――そう言えばあの子、あんたに会うの初めてだったのね。あたしが仲良く喋ってたのを見て、学園長ってそっちの趣味の人でしたか? なんて聞いてきたわ」
「‥‥メイさん、もちろん俺が男だっての説明してくれましたよね」
「もちろん、秘密って答えてきたわよ」
「そこはちゃんと説明してよ!?」


 人の気配がしなくなった建物から、長い髪を黒いリボンで尻尾のようにまとめている男が直刀を片手に、出てきた。
 顔や服にこびりついている大量の血。
 彼のではない。だが彼は嗤っていた。
「テロ組織1個、壊滅と」
 そしてふと思い出す。もう何時間かしたら屋久島で開かれる、同窓会の事を。
 参加はどうしようかとも思っていたが、乾き始めていた顔の血をぽつぽつと振り始めてきた雨が流してくれると、今更ながらも参加を決めた。
「気持ちを切り替えるつもりで行くかぁ」
 そうして雨の中を、レインウォーカーは静かに歩きだすのであった。


 傭兵ギルド本部の談話室で喧騒の中、昔の姿とまるで変わらぬルキアがミルに報告していた。
「耳に入ってると思うケド、ギルドの方は落ち着いてるよ。対人に関しては光の当たらない場所のヒト、だし」
 最後にさらりと付け加えた言葉で、自分が『武器嫌いな武器商人』であるのを何となく気づいているのだなとミルは勘づいたが「今後とも頼むよ」と、サラリと流した。
 後継人がミルである事から、傭兵ギルドはミルが立ち上げたものと世間的には思われがちだが、ギルド長とも呼べる立場にいるのはルキアであった。
 もっともそれは一部の者しか知らないし、ルキア自身、広めるつもりもなかった。自分が武器であり続けるために。
「そう言えば今日ダネ。同窓会。一緒に行こうよ」
「むう‥‥よりによってというタイミングだから迷ってたが、誘われたなら仕方あるまい。
 ま、アンジェリナや藍紗も行くのだし、いいか」
「アンジェリナが?」
 2人の話に割って入ってきた、るみ軍曹。
 軍と傭兵との関係を円滑に繋ぐ部署の一員で、そんな役柄から傭兵ギルドとは面識がありライセンス制度に関して軍との架け橋になってるのであった。
 その働きぶりからすればもう少し上の階級についてもよさそうなのだが、途中、1年ほど退役してからの復帰なので仕方がないと言えた。
 そして、アンジェリナとは幼馴染である。
 そんな彼女だからアンジェリナの名前を耳にし、思わず割って入ってしまったのだ。
「うむ。気まぐれだから来てもすぐ帰ってしまいそうだが、会いたいならば会っておいた方がいいぞ。
 今ならたぶん、メイを迎えに行ってる日野に連絡いれれば拾って貰えると思うね」
「そうですね‥‥出張所の様子見と言うことで、ご一緒させてもらってもいいですか?」


 フェリーに揺られ、崑崙基地でバグア交渉会議地球側全権大使、その後、連邦政府バグア外交官と順調にのし上がり、いよいよ政界進出という祐介は久しぶりにのんびりとした時間を過ごしていた。
 そんな祐介の所に、長郎が歩み寄る。
「やはり貴方も来ていましたか。錦織さん」
「くっくっくっ、少々情報交換しておきたくてね。そういう君は政治活動の一環かね」
「そんなところですな」
 言葉少なくとも、互いの言いたい事をおおよそ察する程度に2人は親交があった。
「あちらは奥さんと子供さんですか。ハニートラップで何か問題になったりしないのですかね」
「適度に捌いているし、仕事柄と理解してもらっているからね。まあ、頭あがらず甘える日々さ」
「悪巧みしてる」
「おや、るなみょん。それは心外ですな。この秋月祐介、誠心誠意がモットーですよ」
「嘘だと思うんだ、それ」
 ルナフィリアが白々しい祐介のセリフにツッコミをいれると、長郎が低く笑っていた。
 そして小さく綺麗に折りたたんだメモ用紙をこっそり、ルナフィリアに手渡す。手のひらの中で隠す様にメモの中身を確認したルナフィリアが長郎に視線を向け、頷く。
「水面下では手放す意見が多くてね。その旨スムーズにいったね」
「ありがと」
 たったそれだけのやり取りで祐介は察していたが、あえて見なかった事にした。
 ただ、苦笑いして一言。
「ツキがありませんな」


 フェリーから10歳の息子の手を引き降り立ったクラーク。
「やれやれ‥‥この島に来るのも10年ぶりか」
「む、クラークか。久しぶりだな」
 声をかけられ振り返ると、昔の面影を残した兵衛がそこに居た。
「ああ、榊さんか。久しぶりだね――今では鍬を握る日々だと社長から聞いているが、本当かね?」
 兵衛はクラークのような反応は予想通りだと言わんばかりに苦笑する。
「‥‥俺が田舎暮らしで、槍の代わりに釜や鍬を振るっているのに違和感を覚える奴も居るかもしれない。
 だが、俺は今の暮らしを結構気に入っている。何もない村だが、気の良い人も結構居るし、土と共に生きる生き方というのは俺の性に合っていたらしい。
 ――ただ、子供達に俺と同じ生き方を強制するつもりはない。あの子らには自分にあった生き方を選んで欲しい。
 その為の選択肢を少しでも作ってやるのも、親としての、俺の役目だろうな」
「そうだな」
 頷いたクラークは大きく、節くれだってきた手で我が子の頭をなでる。
「待ちなさい! 勝手に動かないの!」
「いいじゃないか、おばさん!」
 クラークと兵衛に気付いていないのか、玲が金髪の少年を追いかけ通り過ぎ去っていった。
「あいかわらず、仕事に生きているようだな。少尉殿は」
「10年間で何をしていたのか‥‥」
 玲の過ぎ去った後をゆっくり、追いかける様に歩いていた人物がぼやく。
 顔の一部が銀色で、所々青く光る細いラインが伸びているが、紛れもなく武流であった。
「須佐か。全然老けてはいないのに、変わったな」
「まあな。宇宙開発関連で、ほとんどの時間宇宙生活にエミタの影響もあるんじゃねえか?
 そのうちまた月面行きだが、その前に現状確認のため、色々なヤツに会ってるんだが――玲ちゃんは相変わらずだな」


「当温泉旅館に、ようこそおいで下さいました。お久しぶりですね、皆さん」
 髪染をやめ、腰まで伸ばした金髪で着物姿の零奈が、到着した皆を出迎えた。
 普段は海の役割なのだが、今回は海も楽しみにしている人がいるし、皆に料理をふるまいたいということで、女将代理として今日は動く事にしたのだ。
 フェリー組が到着とほぼ同時に、ルキア一行、それに5匹の犬を引き連れたエドワードとクレミアも到着した。
「外に花見席を用意しておりますので、そちらでお楽しみください」
 ずいぶんと落ち着いた零奈が静かに微笑み、厨房へと向かって行った。
 そしてそれぞれが言葉を交わす。
「どうもお嬢。それと皆もしばらくだったね」
「お久しぶり、エド。それとクレミアのエージェント夫妻さん」
 メイが茶化すと、クレミアが今更ながらに照れ笑いを浮かべる。
「人生、色々あるものよね。エドに誘われるままエージェントやって、そのまま結婚とか‥‥それにメイも今じゃ学園長だものね」
「あたし的にはあんたの子供達にビックリよ」
 自分の携帯を取り出し、添付された画像を今一度確認する。玲もそれを覗き込んだ。
 男女の双子に2人の養女。ただ養女が昔報告書で見たことある人物にそっくりなのだ。
「ま、世の中にはバグアとそっくりな子が3人いるっていうし‥‥とりあえず、玲。ちょっと犬の散歩に出ない?」
「いいわよ」
 クレミアと玲が出ると、懐かしき屋久島を散策してくると者と、すでに飲みながら話す者もいた。
「や、社長」
「秋月か。進出の話は聞いてるよ」
「色々とやってきましたが、そろそろ機かと思いましてね。
 乳社長や伯爵の様に大企業トップが上に立つという現状は好ましくないですよ。財閥と政治の癒着と見えなくもないですから」
 パイポを胸ポケットにしまう。
「後は元能力者傭兵で政治に――なんてのもまず居ませんからね。そういうのが居ないと能力者がデカい問題を起こした時に真っ先に排除されかねませんよ」
「居ない事もないが、まあまだまだだからな」
「本来なら自分は参謀向きなんですけどね。惚れこめる程で、自分を使えるだけの相手を捜していましたが――いないなら、自分で自分を使うしかないでしょう。
 社長も悪くはないんですが、方向性が微妙にね」
 そりゃ残念とわざとらしく肩をすくめる。
「まぁ、政界にそれだけの人物がいれば面白いんですがね。とにかく、社長とはルールの中で今後とも宜しくやっていきたいものですな」
「ああ、そうだな。お互いの糧になるようにね――さて、すまんが私は行くところがあるので失礼するよ」
 祐介にそう言いミルが外に出ると、少し遅れてきたモココに出くわした。
「お久しぶりだねっ! 相変わらず――かな?」
「どこを見たのかはこの際つっこまんが、君をお待ちかねしてるのが花見席にいる。すぐに行きたまえよ」
 年甲斐もなくずいぶんとはしゃぎ気味のモココは誰なのか思い当たり、「またあとで」と手を振ると駆け出し、花見席にいる海にの姿を見るなり固まってしまった。
「う、海ちゃん‥‥?」
 髪をおろし、普段着姿でしかもすでに飲んでいるのか、少し顔の赤い海――幾分か成長した自分よりもさらに一回り、色々大きい。
「えっと、相変わらず‥‥じゃ、ないね‥‥」
「え、そうかな? そんなに変わってないよ。まあ少し成長してるけど、それはモココもだよね」
 昔と変わらぬ、屈託のない笑顔。本当に昔のままの海に、モココは目を細めた。
「うん、まあ私の方も、相変わらずかなぁ。
 結局まだ傭兵はやめられそうにないしね。子供達が大人になる頃には色々と、良くなってればいいんだけど‥‥」
 母の手になりつつある自分の手を眺めながら、だいぶマシになった狂気が子供達にいつか知られてしまうのではと今でも危惧してしまう――が、その手を海が握りしめる。
「大丈夫、自信を持って。今やモココは普通のお母さんなんだから、ね?」
 旦那さんとは別の安心を与えてくれる海。彼女の言葉が、自分に力をくれる気がした。
「また休みがあったらオーストラリアにも来てよ。旦那さんと子供達とで歓迎するから」
「うん――あ、お父さんおかえりなさい」
「ああ、ただいま。それとお客さんだぞ」
「お久しぶりですわね、海お姉さん。今日は他の方と積もるお話もあるでしょうから、私とはまた後日、お暇な日にということで」
「お久しぶり! 明日時間あるし、一緒にお出かけしようか、繭華ちゃん」
 海が微笑み、モココが微妙に複雑な顔をしている。10年前の自分と大差ない身長で、海よりも立派な繭華に色々負けた感じがするのだろう。
「久しぶり‥‥変わりはないようだね?」
「おお、クラークか。ああ、相変わらずさ」
「こっちは、まあそちらと同じで子供が生まれたよ。10歳になる息子だ」
 脇で少々退屈そうにしている子供に目を向ける。
「10歳――うちの凪早と同じかね」
「ナギサ?」
「凪に早い、でな。零奈が、2人にちなんでってコトでね。あとは下に琉夜、琉貴、零華とな――そういえば今、どこで何をしているんだ?」
「今は妻と一緒にマイアミだ――マイアミも良い所だぞ? 良かったら家族で来るとよい。仕事はね、バーウェン貿易で保安要員として働いている。現役傭兵でもあるがね」
「ほう、あの商人の――今日はシルヴィーナと一緒ではないのだな」
「娘は世界中を旅してまわっているよ。手紙は届くんだがね」
 と、そこに。
「お久し振りですね、おとーさん。お元気でしたでしょうか? それと、蒼さん」
 琉の後ろにはカジキ型を一撃で仕留めた女性が微笑んで立っていた。
「驚いたな――久しぶりだね、シルヴィー。日本にいたのだね」
 シルヴィーナは弟の頭を優しく撫でる。
「いい子にしていましたか? おねーさんですよ?」
「あら、シルヴィアちゃんですか? 見違えましたね」
 料理を手に穏やかな笑みを作る零奈。
「お久しぶりです、零奈さん。零奈さんこそ、見違えましたよ」
「ふふ、そうでしょうか。それはきっと、琉さんのおかげですね」
 料理を置くと、琉の腕に絡みつくようにぴったりと寄り添う。相も変わらずな仲であった。
「メイさんとかは、そのような浮いた話のひとつでもございませんか? 美人なんですし、勿体ないですよ。
 それに海ちゃんも、そろそろ一緒になって欲しいものですねぇ。
 高校にも行かなかったのですから、もう少し人生を楽に、楽しんで過ごしてもらいたいものなのですが」
「私が前に見た時は中学生くらいだったと思うのですが、早いものです」
 2人の視線に気付いた海は、笑って誤魔化していた。


 ミルはある写真展に来ていた。
 最前線に密着したギリギリの絵と、平和な空間でのほのぼのとした絵のギャップから、それなりの人気を博している長谷川京一追悼写真展に。
 京一は戦後4年目、戦場で流れ弾に当たり、死亡。享年39歳であった。
 1枚1枚を大事そうに眺め、そして『最初で最後の貴重な数枚』の前で足を止めた。
 煙草を吸いながらぼーっとしている京一が映った1枚。
 撮られたのに気づいて慌てて駆け寄ってくる1枚。手振れが激しくあまり綺麗に撮れていない。
 仰け反ったらしく、空が一面に写った1枚。僅かに手が入っている。
 その3枚が1つの額縁に収められていた。
「本人が写真を取られる事を激しく嫌った為、彼自身の写真は極めて少なく、おそらく身内事と思われる何らかの大会で撮影休憩中に撮られたと思われるこの数枚が残るのみである、か」
 解説を読み上げ、首から下げている古いカメラに、そっと手を触れた。
「君のカメラはまだ現役だよ、京一」
 寂しく微笑んでいたが、あの時の慌てた彼を思い返し、いつもの飄々とした笑みを取り戻す。
「今だから確信して言える。私は京一が、好きだった――じゃあね」
 そして自分が撮った写真の前を、後にするのであった。


 写真展に来ていたエドワードが佇むミルを発見し、読唇術も習得済みなエドワードはミルの呟きを前に声をかける雰囲気ではないのを察し、立ち去るのを待った。
 そしてミルが立ち去った後に、ミルが見ていた写真を眺める。
「これが最後の1枚か‥‥」
 これがいつのものなのかわかるエドワード。当時、一緒になった様々な依頼を思い出す。
「今度、墓を訪れるときはインド産の煙草を持っていかないとな。それと、ドクターには紅茶を‥‥ね」
 エドワードは知っていたのだ。兵舎の側にある「Duke West 1971‐2013」と記された小さな墓を。


(オリジナルが関わった島だから興味はあるんだけどね)
 DWC‐02が屋久島を散策しながら、そんな事を考えていた。
 記録で知っているが、自分の記憶にはない。当然だ。
「で、おじさんは僕に何か用?」
 長郎が木の陰からゆらりと姿を現した。
「君はドクターの2番目のクローン体、エリオットで間違いないね?」
 報道規制、情報操作、未来研の機密――そんなもの、長郎にとっては何の意味もない事。全てを知っていた。
 エリオットは答えない。だがそれが答えだ。
「元々傭兵時代からその言動は、戦後における僕が目指す理想――戦火を最小限にし人々を安寧に導くのを覆しかねないのでね。一般人と能力者の間に乖離を齎す発言は、差別無く安寧を望む理想を崩すのだよ。
 まあ、非効率に血を流すのは好きではないのでね。犠牲を最小限にする為に諜報機関は存在するのさ」
 そう言うと、銃口をぴたりとエリオットに向ける。
「だから、僕は僕で、オリジナルとは違うんだってば」


 少しぶらついていたルキアが長郎とエリオットの戦いを「相容れないなら、滅ぼしあうしかない。それもセカイ」と少しの間観察していたが、徐々に移動していたのでバトルハリセンを片手に割って入る。
「はい、それ以上は被害が出るから別の場所で。それに反撃してこなかったんだから、デュークとは違うってワカッテルでしょ?」
「‥‥保留、だね。覚えておきたまえ、エリオット君。銀蛇は、常に君の喉を睨み付けているのだねと」
 立ち去っていく長郎の背中を、ルキアは目で追う。
「――哀しいね。彼を避難しても、世界は変わらないのに。良くも悪くも、ひたむきだったよ。彼は」
 ウェストから受けた親切を今でも覚えているルキア。
「でもちょっと出歩きすぎだね、エリオット君?」
 見つかっちゃった、そんな顔をしているエリオットであった。


 エリオットと別れ、再び気の向くまま歩いていたルキアは偶然、レインウォーカーに出くわしていた。
「久し――」
 ルキアが口を開くと同時に、レインウォーカーは首筋めがけて抜刀。
 その居合の一撃に合わせ、ルキアの身体は自然と後ろへと下がり、カルブンクルスを引き抜いて狙いを定めたが、それと同時にレインウォーカーは左袖に隠した小型銃を取り出し、互いに近距離で突きつけあっていた。
「見た目と同じように性能も落ちてないようだねぇ、最高の銃。嬉しい限りだよぉ。道化の演出、どうだったかなぁ?」
「道化なのに、地味なパフォーマンスだね」
 相変わらずなルキアにニヤリと笑う。
「ま、心配なんか欠片もしてなかったけどねぇ。お前の活躍はボクの耳にも入ってたし」
「何してるの!」
 クレミアが怒鳴り、ずんずんとルキアの前に立ち顔を寄せ、声を潜めた。
「お腹にいるんなら、激しい運動は避けてちゃんと大人しくしなさい」
「確認みたいなモノだし」
 しれっとして悪びれていないルキアに、クレミアは頭を抱える。
 その様子に、5匹の犬を引き連れた玲とレインウォーカーは顔を見合わせたのであった。


「あらためて久しぶり、アンジェリナ。あの1年以来ね」
「ああ」
 一通り顔を見せ、すぐにフェリーの午後の便にあわせ港へ向かうアンジェリナとるみの2人は、話しながら歩いた。
「私の青春はあなたへの憧れで、友達なのにずっと背中を見て過ごして来た。
 でもあなたを追って傭兵になって、一緒に戦って、後ろを追うだけじゃダメだって気付けた。あなたにはあなたにしかできない、私には私にしかできない事があるんだって。
 その途中でお互い馬鹿もやっちゃったけど、私は後悔してない」
「私もさ」
 2人して微笑む。
「だから、今度こそ本当の意味でお互いのできる事で世界を変えて行こう。
 大きくは変わらないかもしれない。それでも、一歩ずつでも」
「そうか――」
「地球に降りて来る機会があったら、ちゃんと連絡頂戴ね」
 咎めるような口調だが、顔は笑っている。アンジェリナは深く頷き、はっきりと告げた。
「私の友人でいてくれて、ありがとう」


「――っ。少し驚いたな、まさか来ているとはな」
 疾風迅雷、神速。そんな2つ名で戦場を駆け抜けている瑠亥。昔に比べ彫りも深く、髭すら生やしている。
 たまたま立ち寄った屋久島の港で、最も多く戦場を共にしたアンジェリナとばったり出会った事に驚いていた。
「老けたな、アンナ‥‥」
「藤村こそ」
 お互いに微笑を浮かべ握手を交わす。
 何を話そうか――話す事はたくさんあるようで、そうでもないような。とりあえず結婚して子供がいる事だけは告げたが、アンジェリナからは浮いた話が聞けず、らしいなと瑠亥は笑うのであった。
 しかしフェリーの時間が来てしまい、アンジェリナが「そろそろ時間だ」と呟く。フェリーでるみが手招きしていた。
「行くのか?」
 頷きフェリーに向かうその背に、瑠亥はずいぶん使い込んだ2刀の小太刀を掲げた。
「安心して、昇っていけ。お前が剣を取って戻るときは来させんと」
 笑顔の瑠亥に、アンジェリナは少しだけ足を止め、振り返る。
「自分が変われば世界も変わる。私がこの10年、ずっと自身の心に刻んで来た遠い日の友人の言葉だ。
 藤村、私は変われたよ。だからこそ、今、自信を持って言える」
 穏やかな笑みで、続けた。
「――世界はこんなにも強く、こんなにもきれいだ。この世界に生まれて来て本当に良かった」


「あれからもう10年か‥‥」
 駐機場に停め、ハヤブサから降り立つ久志。近くに来たついでに、懐かしんで立ち寄ったのだ。
(蒼夫妻はあれからどうしてるだろうか。特に零奈さん。あの頃の危うさがもう感じれないなら、今度あのバンダナ男に顛末を聞かせてやりに行くか)
 そんな事を考えていると物音が。
 見回すと駐機場には、地面に着きそうな長い艶のある黒髪に対照的な白衣の女性が様々なKVを眺めていた。
「あ、れ‥‥ひょっとしてエルさん?」
「思わぬ所で懐かしい顔に会った‥‥久しぶりだな、久志。元気そうで何よりだ」
 久志が自分の今を話し「エルさんは?」と尋ねる。
「最近はKVの開発をしつつ傭兵も続けているな」
 そして会話がプツリと途切れ――何を話していいかわからなくなった久志が、思わず口にしてしまった。
「昔、エルさんの事、ちょっと好きだったんですよ。クールでちょっと人を寄せ付けない雰囲気で、しかも――」
 生れつきの無痛症で感覚がない、そこはさすがに言葉にしない。
「この人がそういうのを知って笑ってくれたら、綺麗だろうなぁって勝手に思って。
 でも、そんなの僕の勝手な欲求でしかないんで、何も言えなかったんですけどね」
「好きだった、か。思いもよらぬ話を聞いたぞ。正直自分のどの辺がいいのかよく分からぬのでな‥‥」
 またプッツリと途切れる。ハヤブサを見上げた久志はあることを思いついた。
「エルさん確かKVの整備士免許持ってましたよね。今度、僕のハヤブサ見てくれません? エルさんなら、安心して預けられるんだけど‥‥なんて」
 慣れ合うタイプではないと知っているが、それでも出会えた奇跡が惜しくて、そんなお願いをしていた。
「ふむ。我で良ければ幾らでも構わぬぞ?」


「エル姉、やっぱりここにいた」
 久志が蒼夫妻に会いに向かい、入れ替わりでルナフィリアがやってきた。
「ルナか――お互いこれが最後の顔合わせなのだろうな」
「うん、そうだね。じゃ、そういうことで」
 これが、正真正銘最後のやりとりであった。


「面子も中々愉快な奴らが多いなぁ。程よい緊張と気楽さ、気持ちを切り替えるのにちょうどいいねぇ」
 そうレインウォーカが呟いていたところに。
「ここは変わらんのう――そして会いたかったぞ、ミルよ」
 夜、苦節10年目にしてオーストラリア政府に入閣が決まり殺人的スケジュールの中、一晩だけの休暇をもぎ取った美具が辿り着くなりミルを抱きしめる。珍しく姉妹達も同伴だ。
 今では35歳で昔に比べればだいぶ背も伸び、女性らしく成長していた。まだやや低いのが悩みだが。
「ミル分補給補給――ここまで来れたのはミルのおかげじゃよ。共に道半ばじゃが、これからも共に参ろうぞ。そしてありがとう」
「何を言うか、美具。礼を言うのはこちらのほうさ」
 美具が入閣を決めたのは自分のためでもあるが、ミルのためでもあった。
「――そして言うべきは礼だけではなく、愛の言葉も、だろう?」
「じゃな。愛しきミルよ」
 そんな2人のやり取りをどことなく羨ましそうに眺めている玲の横で、武流が「もう諦めてしまうのも手だと思うぞ」と余計な事を口走って小突かれる。
 だがそれでも続けた。
「さぁて、俺が外宇宙に出るのと、玲ちゃんに春が訪れるのはどちらが早いか。確実に外宇宙に出るほうが早そうだ」
 昔と変わらぬやり取りに、皆、昔の様に笑い、この日という大事なひと時を過ごした。
 これからもまた、このような日が訪れる事を願い、感謝しながら――










 夜の砂浜。1人シルヴィーナは立ちすくみ、誰にも見せた事の無い狂気に満ち溢れた笑顔を浮かべた。
「ここまでは、計画通り‥‥あははははは!」

 傭兵達にとってはまだ終わりではなく、世界はこれからも続いているのだ。


『【AW】感謝して―― 完』