タイトル:【AP】今に至るわけマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/13 10:45

●オープニング本文


※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。

●縁

 紫がかった赤い髪の少女――いや、それこそ幼女と言ってもいいその女の子は、歳のわりにはかなり大き目のナイフで男の脇腹を突き上げようとした。

 ガキィン!

 決して遅くはないその一撃を、男は抜身のナイフの腹で受け止めると、容赦なく幼女の顔を蹴りつける。
 まともに喰らい、吹き飛ぶ幼女。

「まだまだだが、歳のわりにいい筋をしている」

 鼻血を拭い自分を睨み付けてくる幼女に、手を差し出す。

「どうだ? 物取りなんてやめて俺の子にならんか?」




 男の勢いに押され、なし崩し的に男の家に連れて行かれた幼女。そして金髪の女性と、少女を紹介された。

「今日からお前の母親になるレイニーと、姉のシェリルだ。よろしく頼むぞ」

 その日から幼女は男の娘となった。
 優しくもあり、時にはナイフの修練で厳しいその男に幼女は打ち解け、父親としても男性としても好きだった。
 そんなある日、妹ができた。小さくて、柔らかくて――本当に、可愛いと感じた。
 こんな日々がずっと続くのかと思った矢先、バグア来襲。
 運よく『初仕事』だった少女となった幼女と姉は遠くにいたため戦火を逃れたが、父と母、そして妹が巻き込まれ、命を落とした。
 ――幸せを求め、手に入れた幸せを再び失った少女は生きるのが辛くなるほど、ショックを受けた。
 だが、それ以上にどんな時でも生きる事をやめるなという父の教えに従い、仕事先でお世話になった教会に姉妹ともども身を寄せる事にした。
 幸せと呼べるかはどうかはわからなかったが、そこそこ楽しい日々を過ごしたそんなある日、1人の妖艶な美女がやってきてこう告げた。

「シェリル・ニールセンさん、メイ・ニールセンさん。今日から私が貴方たちの主よ」




「ということで、まあ今に至るわけよ」

 ある日の夜、そう、メイ・ニールセンは蒼 琉に自分のこれまでを話した。
 彼の過去を聞き、ならば自分の過去も――そんな流れだ。
 あまり人に話した事はないのだが、少しだけ酔ったのかもしれない。
 それに相手は自分の親友の旦那様だしと、心の中でぼんやりと思っていた。

「人に歴史あり、か。
 なんというかよくもまあ、いい意味でそんな性格のままでいれたものだな。
 俗にいう『グレても仕方ない』、そんな生き様だと言うのにな」
「父親のね、言葉だったから。
 弱肉強食、生きるために殺すのは道理だが、必要のない殺しは道理ではない。おかしいと思った道には進むなってね」

 グビっと一口。
 大きく息を吐きだし、うっすらと微笑む。

「そのおかげかこんな性格に。
 カワイイから守りたいと思ったリズを助け出せなかった後悔もあって小さい子好きだったり、父の面影を追って甘えさせてくれる男性に惚れちゃったりとか、小さいモノ好きのファザコンです」
「ファザコン気味なのは、海も一緒らしいがな」
「ああ、渚が言ってたわねぇ。父親を知らない憧れがちょっと強すぎるって」

 琉もちびりと飲み、ふと思う。

「他の皆も、昔はどうだったのだろうなぁ」
「どうだったのだね、さえきん」

 琉の呟きに、談話室にいたミル・バーウェンが冴木 玲(gz0010)に問いかける。

「私?」

 コーヒーカップをソーサーに戻し、腕を組んだ。
 カップの中で揺れる黒い液体を眺め、その揺れが収まった頃にやっと口を開いた。

「それほどすごい人生じゃないわ。5歳の頃くらいに軍人だった父と母が亡くなって、それからずっとおじい様の所にいるってくらいだもの」
「ふーむ」
「おじい様との鍛錬による鍛錬で、人体を素手で貫ける程度までにはなったけど、まだまだよね。もっと精進しなきゃ」

 ミルもメイも琉も、ずいぶん微妙な顔で口を閉ざし、何も言えなかった。
 真顔で言ってのけるあたり、本気である――そう感じ取ったからだ。

「蒼さんの言じゃないけど、こうしてみると皆の過去って聞かないし、どうだったのかしらね」

●参加者一覧

錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

●『セカイの完結』
 談話室で冴木 玲(gz0010)と、ミル・バーウェン、それにレインウォーカー(gc2524)を前に、夢守 ルキア(gb9436)は何となくだが、話し始めた。
「一番初めの記憶は、誰かに首を絞められているトコ」
(死臭と、硝煙の臭い、アルコール、血の臭い――それも覚えている)
「どういう経緯かは覚えてないケド、対人傭兵だった養父、カロンと一緒に各地を回ってたんだ。
 仲間がいたコトもあれば、2人だったトキもある。男装は、服もなかったし、ほとんどが男所帯でロクデナシの集まりだったからね」
 そんな中で過ごしてきた少女。どんな扱いを受けていたか、想像に難くない。
 笑顔のまま冷たい視線を窓に向ける。
「奴隷商に攫われたトキより、仲間に攫われたトキの方がショックだったかも」
 灰色の部屋、遠い窓と重い枷。そして毎夜毎夜汚しに来る体温の異常な熱さ――それらを今でもはっきりと覚えていた。
「でも悪いコトばかりでもない。ネッシー探しに行ったり。バケツアイスを買いこんで食べるのは、楽しかったね」
「そんな行動力なら、一緒に行動する仲間も入れ替わりが『色々な意味』で激しかったのではないかね?」
 対人戦場を知っているミルの言葉に、ルキアが頷く。
「うん、そうだね。戦場で命を落としたヤツ、途中で傭兵をやめたヤツとか多かったね。木に首くくったり、自分で頭蓋をぶち抜いたヤツもいた。ドラッグで身を崩して、歓楽街に沈むヤツもいたカナ」
「多いよねぇ、そんなのが」
 薄ら笑いを浮かべているレインウォーカーの言葉に、同じく薄ら笑いを浮かべているミル。
「良くも悪くも、ジブンに正直なヤツだ。カロンは」
 過去形ではない事に、多少の経歴を調べ上げているミルが少しだけおやっとなる。
「カロンは死んだのではなかったかね?」
「うん。病気にかかって、最後は銃もしっかり持てなくてね。手入れはしてるんだケド」
「で、最期は病気で死んだと」
「カロンの最期? 私が殺したんだよ」
 殺した時と同じ笑顔を浮かべているルキア。そして自分の手を見つめる。
「だって‥‥カロンは私のモノ。セカイが完結すれば、もう、変容しない」
 二度と帰って来ない、そんなコトはわかっていてもそれがルキアの抱くセカイであった。
 ぐっと拳を作り、ミルへと顔を向ける。
「私、待ってるんだ。対人傭兵時代の仲間がね、ちゃんと帰ってくるから待っててって。約束したから」
「なるほど、ね。まあ、君を大事に想う人がいるってことか」
「私を、大切だって言ってくれるヒトがいるよ。そんなに利用価値があるのかなぁ?」
 愛についてよくわからないルキアが首をかしげると、ミルが苦笑する。
「その人物については私もそこそこ知っているが――君に利用価値ではなく、価値を見出したのだろうね」
 ちょっと昔に商売で小競り合いをした事もある男を思い浮かべ、ミルは肩をすくめた。
「違いがヨクワカラナイケド、いつかワカル日がくるカナ――」




●『過去の名前』
 エドワード・マイヤーズ(gc5162)が、メイ・ニールセンと正面の蒼 琉、蒼 零奈(gc6291)達に腕を組んで自分の過去について話しだしていた。
「あれはいつだったかな――LHでの自室で大掃除していたら、とある記録帳を発見したのだよ。
 記録帳のタイトルは『英国国際諜報局に所属するハリー・オースティンレポート』だったはずだね」
 熱々の紅茶を注ぎ入れる。
「一見、地味でさえない、ごく普通のサラリーマンの風貌だが、やる気が無い素振りを見せながら、やる時はやるというようなタイプで、1960年代のスパイ世界では、やや名の知れたスパイだったらしい。
 そんな彼が無期限長期休暇中、突然行方不明に。活動がバレて暗殺されたとか、亡国に拉致され二重スパイとして洗脳されたとかそんな憶測が当時は飛び交っていたらしいね。
 しかしそのレポートには、驚くべき真実が記されていてね」
 一拍置いて、続けた。
「実は何らかの理由でコールドスリープされてしまったらしい」
「そんな事が可能なのか?」
 琉の問いかけに、肩をすくめ「らしいね」とエドワード。
「そして約30年後、ようやく解放。解放したのはUPC軍で、能力者の人材確保が理由だそうだ。
 適性反応があり、エミタを埋め込み晴れて能力者に転職した彼は、前の名前を知るものが少数ながらいる可能性から改名――これが元で、諜報員ハリー・オースティンは闇に消されたという。
 しかも記憶の改変までされ、自分が元ハリー・オースティンだと言う事を知らなかったのだね」
 メイが「その人の今の名前は?」と問いかけると、エドワードは二カッと笑って親指を立てる。
「エドワード・マイヤーズ。それが今の名さ」
「君が、か?」
「らしいね。
 もし解放したのがUPCではなくバグアだったら、そのまま強化人間にされて送り込まれていたかもしれない‥‥そう思うとぞっとするね。
 そういえば琉君も前の名前があったみたいだね。実はあの日、お嬢の話を盗み聞きしていたのだよ」
 琉の過去に関する話の事らしい。
「すまないね、諜報員の性だ。
 まあそんな経緯で能力者になったものの、諜報活動も並行して――なんだかんだで今に至るわけだよ」
 紅茶を一口。これで自分の話はおしまいという事なのだろう。
 談話室のミルがソファーの上で反転する。
「なんだ、エド。気づいていなかったのかね?」
「何がだい、お嬢?」
 エドワードが聞き返すとミルは、「何でもないさ」とソファーに座り直すのであった。


 後日、エドワードにボスから「アレを信じたのか?」と、そんなメールがきたとかなんとか。




●『生きろ』
 ありふれたどこかの戦場。
 鳴り響く銃声、そして悲鳴――意識が覚醒したから聞こえたのか、それらがきっかけで覚醒したのか、そんなどうでもいい事を考えながら、周囲の状況と旧式の自動小銃AKの残弾を確認する。
「爆風の衝撃による戦場での意識の喪失、生きて目を覚ませたのは奇跡か必然か‥‥」
 突如銃を構えて物陰から現れた男の頭部に、ありったけの銃弾を叩き込み、そんなのは重要じゃないと気持ちを切り替え立ち上がる。
(大事なのは今、ボクが生きていると言う事。ボクを庇って死んだ父さんの言葉を裏切らずに済んでいると言う事だ)
 生きろ。
 死が近づく度に何度も、繰り返し頭の中に響く最期の言葉。
「――生きてやる」
 1人になった所を傭兵に拾われ、戦いの中で人を殺す生き方を学んだ。そんなのを父が望んだわけじゃない事はわかっている。
 けど、今はこの生き方しかできない。
 顔についた血をぬぐい、自分が嗤っている事に気がついてしまうと、後戻りできないと悟った。
 より一層、愉しげに嗤う。
「戻れないなら、進むまでだ」
 空になった弾倉を交換し、まだ悲鳴が止まぬ戦場へと自らの足で進んだ。
 死ねば父を裏切ることになるから。
「そんなのは、ごめんだ」
 だから前に進み続けるしかなかった――


 唐突に目を覚ましたレインウォーカー。
 自宅兼ガレージに居ついた名無しの黒猫が、自分の鼻に甘噛みを繰り返していた。
「‥‥目覚まし猫?」
 寝起きでぼんやりしているレインウォーカーの言葉に、黒猫はにゃあと短く鳴いて応えた。
 言葉を理解したのかと苦笑すると、さっきまで見ていた過去を思い返す。
「過去があるから今がある。選んだのはボクだ――なら、選んだ道を歩き続けよう」
 黒猫の頭をなで、何人かの顔を思い浮かべた。
「それにボクはもう、独りじゃないしねぇ」
 その独り言に黒猫は満足げに短く、にゃあと鳴いたのであった――




●『滅尽滅相の誓い』
 事務所で大事な友人である社長と2人きりの時に問われ、ヨダカ(gc2990)は猫の頭を存分になで、「でゅふふ」と何故か笑う。
「ヨダカはですね、さる地方の軍閥の家系で育ちました。実は結構お嬢様だったのですよ?
 お婆様は元特殊部隊の隊長さんでサバイバルや戦闘の技術、お母様は現役の陸軍少佐、戦史や兵站と言った戦術論を教えてくれたのです。
 お父様は影に日向に力を振るう町の名士で、政治経済や芸術についてを教わりましたし、お母様の部下である軍人さんからも、現場の小技なんかをたくさん教わりましたね」
「わふーん、ポテチも食べ放題だったのですね」
 ポテチの袋に顔をツッコんでむさぼっている、三つ編みの社長。
「でもやがて戦線がヨダカ達の住む町に近づいてきて、バグア側に裏切った連中にお父様は謀殺されました。
 屋敷から逃げる時に敵を食い止める為にお母様が残って‥‥その後ヨリシロにされました。
 お婆様もヨダカを庇って敵に撃たれ、お母様の部下の軍人さん達も皆々ここで死にました」
 社長の動きが止まるが、ヨダカは続ける。
「その後、別の親バグア派の町まで逃げて、そこで息を潜めて生活してました。
 ストリートチルドレンのグループに上手く入り込めたので飢え死にする羽目にはならなかったですね。反バグア派の人達なんかと一緒に、食べ物を掠め取りながら暮らしていたのです」
 話の内容とは裏腹に、呑気に猫を膝の上においてノミ取りを始める。
「でもまぁ、そんな生活が長く続くはずも無く、捕まってキメラの材料にされました。リーダのトリスタンも皮肉屋のカールもむっつりミハエルも、皆死んでしまったのですよ。
 その時に偶々軍の反抗作戦があって、ヨダカだけが助かりました。そして適正が見つかって傭兵になったのですよ」
 ティッシュにくるんでゴミ箱に投げる――外れた。
 そのティッシュをじっと見つめながらも、ヨダカはゆっくりと口を開く。
「ヨダカはその時誓いました。滅尽滅相、1人も生かして返さない、バグアもバグアに味方する者も皆殺しだと」
 話し終えても反応のない社長に首をかしげ、猫を抱きかかえたまま近寄ってみる。
 そこにはポテチの袋を前に、力尽きて寝入っている社長の姿があった。
 ヨダカは優しい笑顔で、1枚ポテチをかじり、社長の頭をなでる。
「ありがとうなのですよ。一緒に居てくれて」




●『銀蛇』
「ボクかい?」
 ベッドの上で肘杖をつきながら、錦織・長郎(ga8268)が言った。
 その横では横向きで寝ているミルの部下シスターにして、長郎の妻、シェリルがこくりと頷いた。
「ふむ、取り立て面白いものではないのだがね。
 東京陥落前まではね、内閣情報調査室に所属していたのさ。無論、裏の工作員としてだがね。
 その当時はちょうどバグア勢がだんだん激しくなりつつあり、いずれ訪れる大攻勢への瀬戸際時勢だったのでね、悠長に育成ができないからと、まあさんざしごかれたものだよ。機関の長たる恩人にね」
 日を追うごとに旗色の悪くなっていった、あの時代を思い返す。
「だがあのしごきがあったおかげで、僕は今もこうして生きてこれたのだから、感謝の極みなのだがね。
 その後、関東方面で各基地間の連絡・調査を務めていたり、その頃激しかったと思われるオセアニア戦線の攻防に派遣されて、諜報連絡官、現地工作指揮を担っていたのだね。
 その頃から『銀蛇』の異名で呼ばれていてね。諜報工作の技術は無論、全て修めており、体力面でもレンジャーについて歩く程度にはあったわけだよ」
「体力面で言えばあたしはからっきしね。一般人よりはあるでしょうけど、うちの妹に比べればか弱い分類だわ」
 か弱いの部分で思わず笑ってしまう長郎。
「‥‥なにさ」
「いや、なんでもないね」
(僕ら能力者にとっても、最も恐るべき相手ではあるのだがね)
 1km先からヘッドショットを容易くこなす妻を前に、そんな事を思っても口には出さない。
「東京陥落より状況は激変してね。このあたりでミル君と初めて会ったのだね。
 組織改変以後はフリーだったけども『名古屋防衛戦』に到って、責任取って隠居してた恩人が小牧市の攻防戦で亡くなったのを機に、忘れ形見足る娘を保護下にね。きっと君と会う事もあるだろう」
 育児をしながら仕事に励む、忘れ形見の顔を思い浮かべる。
「エミタ適性が発覚しつつその時の職構成に不満を見せてね、ダークファイターへと移植・登録するも、名古屋付近の残務処理に従事してたのだね。
 2008年の夏に、気抜けして燃え尽きてた娘をショック療法で立ち直らせカンパネラ学園入学を薦め、それと同時時期にLHへ足を運び、改めてここを本拠地とみなして構えてだ。
 以降は得意分野で活躍しつつ、功績の蓄積により軍への復帰を狙っていて終戦を機に就職、今に至る訳だね」
 一通り話終わると、長郎はシェリルの頭を優しく撫で、眩しそうに目を細めた。
「まあそういう訳なだろけど、危険は続いても君と形作る家族の存在が、これからの癒しとして頼りにしたいね」




●『彼女の顔の傷』
 数年後の話。
 蒼 零奈は手術でかつての代償である腕の傷跡を消した――が、顔の傷跡だけは消さずに残していた。
 術後に大事を取って1日だけ入院する零奈。そのベッドの横で、琉はふと疑問に思った。
「顔の傷は消せなかったのか?」
 その問いかけに、零奈はそっと自分の傷に触れると、首を横に振った。
「消さなかったんだ。顔の傷はね、あたしにとって悲しい思い出と同時に大事な出会いの思い出でもあるからね」
 天井を見上げ、ぽつぽつと語りだす。
「4歳頃だったかなぁ? 両親と3人で家で過ごしてたら、キメラに襲われちゃって。
 最初の一撃で、お父さんが目の前で――お母さんもあたしを抱えて逃げようとした時に、目と鼻の先で殺されてね。
 恐怖で固まってるあたしも、一撃貰っちゃって‥‥まぁ、それがこの顔の傷なんだけどね」
 目を閉じ、壁にもたれかかる。
「子供ながらに死んじゃうだって思った時に、軍の人が助けてくれて、助かったんだよね。で、その時助けてくれた軍人さんが、義父さんなんだ。
 独身だったのに、何であたしを引き取ったのかって聞いたら『気紛れ』だってさ。
 それで一緒に暮らす様になったんだけど、襲われた時の恐怖がなかなか消えなくて、1人の時や夜になると、泣き叫んぶし、そうじゃなくても生気がなくて目が死んでたとか。
 何とか小学校に行くようになっても、日本人じゃないからさ。周りと髪や眼の色の違いで、いじめられたりで、無口で根暗な子供だったんだよ」
 琉が意外そうな顔をするが、この場は黙って話の腰を折らないでいた。
「でも、義父さんはずっと優しく受け止めてくれたし、笑いかけてくれてたんだ。だから、徐々に笑えるようになって周囲との違いも気にならなくなって‥‥」
 目を開け、琉に笑いかける。
「だから、そんな義父さんと出会えた思い出と、両親を失った気持ちを忘れない様にって――顔の傷は一生残しておこうってね 」
 立ち上がった琉が零奈の顔に顔を寄せ、そっと傷痕に唇を這わせる。
「これからは俺との思い出も追加してくれ」
「うん、当然だよ。琉さん――」




『【AP】今に至るわけ 終』