●リプレイ本文
●本部
(宇宙ステーションで働く、か‥‥未開の地を開拓するというのもまた一興かのぅ?)
ミル・バーウェン(gz0475)の待つ食堂へと続く廊下を足早に歩きながら、藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)はそんな事を考えていた。
終戦からもうずいぶん経ったというのに、いまだに決めあぐねている。だからこそ、今回の参加を決意したのだ。
その横を颯爽と通り過ぎ去る黒髪の女性――アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)は、追い抜いたところでふと気づき足を止めて振り返った。
「お久しぶりです、藍紗」
「久しいのアンジェリナ殿――ミル殿にご用かの」
「そんなところだ――研究に従事するかは決めかねているが‥‥」
(今回のステーションがどういう場で、どういう意志によって造られているのか――それを見定め、将来の選択肢になりうるかが重要だな)
バグアに宇宙を支配され、宇宙空間に出る事が出来なかった人類。宇宙という場を使って行える研究は数多に存在し大きな一つの戦争が終わった今、人類は未来に生きなければならない。
その足掛かりとして、このステーションは大きな役割を果たすかもしれない――そう考えていた。
2人がミルの待つ食堂へと足を運ぶと、すでに先客がいた。
「ですからぁ、運用コストなど重視される時代が訪れると思うのですよぉ」
胸がこぼれ落ちそうな和服姿の宇加美 煉(
gc6845)が、柄にもなく真面目な事をミルと話していた。
「確かにソラに飛ばすためのコストは決してまだ安くないな」
「大型戦艦では問題なかったのですがぁ、小容量の機密空間となる小型の宇宙船ではぁ、空気と水がかなり限られるわけですよぉ。どちらも生きるのには必要だというのですが」
至極もっともな話に、ミルは頷き、黙って聞いていた。
「そんなわけでぇ、循環・浄化・再利用システムの小型化は最重要事項だと思うわけなのですよぉ。まずは何でも小型化なのです。医療分野も、人工透析器の小型化――最終的にはエミタサイズ程度にはしたいと思うのですよねぇ」
「ふむ、意外と考えてるね」
これまでに何度か会っている彼女だが、ミルにとっての印象は人生不真面目一直線、そんなところであった。
「そのためのテスト施設として――お風呂とか作るといいと思うのですよぉ」
「結局はそこかい! なげーフリだな!」
「お風呂はボクも賛成。あんなに作ろうって言ったのに、崑崙でも大浴場はまだできていないんだよ」
ミルの隣でちびちびとジュースをすすっていたソーニャ(
gb5824)が、唐突に割り込んでくる。
「どのみち水の貯えは必要だよ。ソラなら光であっという間に蒸留して再利用できるし、デットストックの有効利用は必要だよ。どうせ生活排水も再生利用するんなら、お風呂の水くらいいいよね」
「おまけに言えばぁ、ミルさんみたいな根詰めて煮詰まってくタイプの人にはお風呂での息抜きは大切なのです。ストレス解消、気分転換のリラックスは長期間の研究には欠かせないのですよぉ」
にじり寄る2人にミルはたじろいでいた。
「確かにまあそうかもしれんが‥‥必要かなぁ‥‥?」
これだけ言ってもなかなかいい顔をしないミルに業を煮やし、煉が見せつける様に胸をそらし見下ろすと、胸と器が小さいのですとぼやく。
「胸の事はイイヨ!」
「そんな事ではサービスシーンも作れないと思うのですよぉ」
「何のために作るの、それ!?」
ひとしきり突っ込んでから頭をふると、まあいいさと呟く。
「目的はあれだが、着眼点は悪くないし、なによりこちらの願いさえ聞いてくれるなら自由にと言ったのは私だしな。好きにしたまえ――君ら2人の目的は一緒のようだしね」
思いの外あっさりと許可が下りたので手を合わせ、地球を望むお風呂ってロマンですよねぇと、煉ははしゃいでいた。 ソーニャはというと、作るならコンテナ1個分の大きい奴が欲しいとテーブルをガタガタ揺らして、完成図を楽しみにしている。
「ねぇ、完成したらいっしょにお風呂に入ろうか。ソラで大きな湯船に身体を浮かせると、きっと飛んでる時のような気分になれると思うの。何となく気兼ねいらなそうだしさ」
外のはるか遠くに地球があり、コンテナ一個分の大浴場の湯船に全身を浮かべる姿を夢想しているソーニャに苦笑しつつ、何となくの部分に引っかかりを感じつつミルもそのイメージを思い描く。
「ああ、そうだねぇ。いつか視察に行くこともあるだろうから、その時はよろしくだ」
そして今しがたやって来た藍紗達に身体ごと向き直ると、両手を広げ歓迎した。
「やあようこそ、だ。2人――いや、3人とも」
藍紗とアンジェリナの間に、いつの間にか美虎(
gb4284)が少し偉そうに腰に手を当てて胸をそらして立っている。
「みんなの代表で来たのであります。いまこそIQ1300の天才、美虎の出番でありますから」
天才を自負しながらも、その頭の中では今回の作業工程などを綿密に練り始め、プランを考えては再度練り直すと、実は努力の人であった。
はたからはそうは見えないが――見えないという点では、天才で研究者というところもそうは見えないほど幼く見えるのだけれども。
「とりあえずミルさんには、カンパネラを飛ばした時に使われたであろう検査項目のリストを取り寄せてもらいたいであります。それで今回の確認事項リストを作成するであります。
それと大型の培養タンク一式を今回、持っていきたいのであります」
「ふむ、取り寄せておこう――それにしても、培養タンク?」
「美虎はクローン技術の研究を行う予定であります。IP細胞などを利用して研究を進め、強化人間の治療や戦傷からの回復に貢献したいからであります」
小さい割にはわりと考えている事に、ミルは感心し大きく頷いた。
「その手のはどこぞでも研究しようとはしているがまだ思うように着手できていないはずだから、大いに価値がある。用意しようではないかね」
「では我はその被験体にでもなろう。研究に直接役に立てるか怪しいが、そういう役割ならば協力させてもらおうかの。
それと持ち込むものじゃが、デブリ焼却用に自立稼働、できれば手動操作もできるレーザー砲が2門、欲を言えば4門欲しいかのぅ」
「やっぱ長期生活するなら重力ブロック必要だよ。無重力では人の骨も脆くなるしさ。ヤジロベェみたいにつなげて回転させればできるよね」
「まだ空論でしかないし、それも研究する必要があるのだろうけどね」
遅れてすまないねと、ゆっくりと廊下から姿を現した錦織・長郎(
ga8268)が肩をすくめ口を挟む。
「それに無重力ブロックから重力ブロックへの移動など、考える事が色々あるだろうしね」
「だね。だが完全人類技術による重力装置の開発はかなり有効だ。現在ではバグアの装置を利用しているだけだものな。
――とりあえず藍紗よ。レーザー砲は任せておきたまえ。つまるところ、それも『武器』なのでね」
にんまりと『武器商人』は笑みを作ると、横で美虎が頷き腕をぶんぶん振り回した。
「人数もそろったであります。現地で試行錯誤するのは無駄なので、事前に綿密な計画書を策定したいであります」
「そうだな。未開の所だ、微に入り細を穿つ計画が必要だろう――ここでの長話もなんだろうし、会議室でも使わせてもらうこととしよう」
アンジェリナがそう促すと、ミルを残しぞろぞろと移動を開始。ただアンジェリナ本人だけは、少し話す事があると残った。
「難病の治療薬開発――私も母親を流行病で亡くした手前、治すことのできない病、その病による恐怖がなくなることを目指す挑戦をしたいとは感じる。
剣しか握ってこれなかった自分が、新たにその手に握るものがあるのだろうかと自問していた日々でのこの話――自分に成せることがあるのだろうか、と」
「君も母親を亡くしていたのかね。まあ私の方は凶弾に倒れたほうだが――ま、あるさ。握るものが変わろうとも、本人が変わるわけではない。その領域に達するまでの努力を違うものに向ける、というだけなのだからな。
信念とたどり着く先が一緒ならば、必ず別の分野でもその領域に達するだけの力がある。自分の能力と可能性を信じたまえよ」
「ふむ‥‥」
己が『強さ』を求め、己に勝ち続ける事を選んだ彼女――戦いのステージを変えるべきか否か――だがまだ結論は出そうにない。
それに少なくとも、決断を急ぐつもりはなかった。
「少し考えさせてほしい」
「うむ、君らの人生だ。十分に納得の上で決めるがよかろう」
伝えるべき事を伝えきったといった表情のアンジェリナは、それでは失礼すると皆の後を追って行った。
(まあ治療薬は急がないとならんのだろうがな‥‥いつまで、もつのだか)
1人になったミルはそんな事を思いながら背もたれに体重をかけ、何気なくテーブルの上のポーチに目を向けると、その下に紙が挟まっていた。
「長郎、か」
心当たりの名前を呟き、その手紙を広げる。
『しかしながらだ‥‥死亡した故の結果が得たいので有って、本当に抹消される必要がないならば態々死ぬ事も無く、顔と名前を変えるだけで済むだろう。勿論その為には色々ややっこしい手筈を踏まないといけないけどね。
それにしてもだ。
例え本当の生死を問わず、その様に追い込まれたとしても復讐を考えるつもりは無いし『家族』にさえ間違った逆恨みをして欲しく無くて静かな余生を過ごして貰いたいものさ――』
「なるほど保険、ね。だんだんと見えてきたぞ――ん、もう一枚?」
重なっているもう一枚には――能力者の包括活動資料・希望――とだけ書かれていた。
「またずいぶんなものを要求してくるものだが、まあいいだろうさ。この希望、叶えてやるとするかね」
ミルは彼の様に肩をすくめると、希望を叶えるべく動き出したのであった。
●ソラ
「角度よーし、そのままゆっくり下へ動かすであります」
美虎の指示に従い、コンテナごとゆっくり下へと動くソーニャ機。
その間、藍紗機は周囲を最低限のスラスターのみでぐるぐると回っていた。
「レーダー、目視、ともに異常なしじゃ。まあこの浮遊デブリにも気をつけねばならんのじゃがな」
周囲を見渡すと、細かい金属片がかなり散らばっている。一部、ぽっかりとなかったりするのはコンテナに弾き飛ばされたのだろう。キメラに関しては運よく、その姿を確認していない。
「と、コンテナが飛ばんようにアンカーでつないでおくかの」
いまでこそ釣りあって制止はしているものの、いつ何時、何があるかわからないのが宇宙である。用心するに越したことはないと、作業に取り掛かっていないコンテナを連結しておくのであった。
「今であります。各自飛ばされないように気を付けるであります」
「承知している――藍紗、デブリは大丈夫か」
しばらくの沈黙。
「今しがた小さいのが来るようじゃが、軌道外じゃな。運がいいとしか思えん」
「まあ運は悪くないだろうね――とにもかくにも、居住区と格納施設の外部接続を開始するよ」
くっくっくっといつもより少し運のいい長郎は肩をすくめ、作業を続行する。アンジェリナ、煉も作業を開始するのであった。
「むむむ‥‥ソーニャさん、離して次のコンテナを持ってきても大丈夫であります」
「りょうかーい」
作業監督・美虎の指示に従い、次のコンテナを運びだし、同じように接続を開始。接続作業が3人で、しかも外部のみをまずとなると作業は思った以上にはかどった。アンカーでつないだおかげで、運ぶまでの距離も随分短縮されたというのも大きい。
なによりもデブリにもキメラにも今の所遭遇していないというのが、実に大きい。皆、非常に運がいいと呼べるかもしれない。
ただ美虎だけはレーダーにも映らないような、本当に小振りなデブリに当たりそうになったが、探査の眼で警戒していた長郎が直前で気づき通達、バハムートを装着していた煉がそれを焼き払い、事なきを得た。
結局初日で外部接続はすべて完了し、幸運な事にソーニャが漂流していた廃棄コンテナを2つ見つけ出してきた。
それを藍紗が回収し、組み込みを提案すると――。
「重力ブロックにしてお風呂の研究をしようよ!」
ということで、進行方向からするとIだが横から見るとエの形(煉考案)をしたミルステーションの近くに、余った機材も利用してヤジロベエのような形でお風呂ステーション(仮)が作られたのであった。
近くで飛行する輸送船に戻らず、KVはできたての格納庫に人型形態でなら十分に入るだけの高さと幅だったので、2機とも格納する。
そして酸素で満たした中央の居住スペースの一角に、申請がなくてスペースが余ったからおまけで持ちこめたクッション材で大きな寝床を作った藍紗がハーレムじゃなと、女性達に埋もれ(長郎はその寝床を辞退した)満足げに就寝。初日の作業はそれで終わった。
「今日は内部接続と最終調整だね」
「そうであります。気密の確認、構造上の応力検査など、リストはすでに作ってあるのであります」
カンパネラの流用だが、ちゃんと不要な項目は弾いてあるあたりは、さすがである。
そのリストを確認しながらも、ボクはソラに居たいからと外をKVで警戒しているソーニャ以外のメンバーで内部の接続を始めると、時折内部の照明が点滅する。
「たぶんデブリ焼却のレーザー砲が、稼働してるのじゃろうな」
「昨日接続していたのはそれか」
発案した藍紗はうむうむと頷き、それなら心持ち少しだけ安心して作業に集中できるなとアンジェリナは呟いた。
あまり慣れない無重力下での作業だが、エミタの高い順能力に、作業者が5人ともなると内部接続もすぐに終了するのであった。デブリへの警戒が、レーザー砲で減ったおかげでもあったりする。
そして各自、自分の研究スペースに持ち込んだものを設置するのであった。
ただ今一つ、この施設の意義がまだつかみきれないアンジェリナはそれを言葉にした。
「この施設は何を目的としているのだろうな」
「僕ら能力者と自分の為――難病の方はお父上の事らしいよ。個人の我儘も檮しつつ、先も見据えていると言ったところかね」
意外にも答えたのは長郎であった。今回の出発直前に、ミルの部下にして自分のよき人から聞かされていたのだ。
(色々考えてるという事かね。ならば僕も其れに応じての仕込みをしておくだけだね)
その回答にふむと、熟考する――自分はどうすべきかを。
ここに調理設備もつけたいのぅと藍紗がぼやき、お風呂にロマンと情熱を傾ける煉にソーニャ、がんばるのでありますと完全に研究者肌の美虎は鼻息を荒くして気合を入れていた。
こうして宇宙に、ミルステーションが誕生した――ミルの目的、第一歩である。
そして第一歩と言う事は、まだこれで終わりではないのだ――。
『【ミル】ソラへ 終』