●リプレイ本文
●屋久島・民宿改め、温泉宿「海の家」
宴会を控えた前日、エドワード・マイヤーズ(
gc5162)が朝一のフェリーに乗ってやってきた。
海の家では蒼 琉(gz0496)と、数日前に引っ越してきた刃霧零奈(
gc6291)が出迎えてくれた。
「やあよろしく頼むよ。とりあえずお土産とでも言うかね」
風呂敷包みを手渡すエドワード。その包みの中には、何故か大量の雪中大根が。
「とても甘くて品質もいい。好きに使ってくれたまえよ」
「ふむ、助かる――それはそうと、君はなぜ調理の手伝いをしてくれるのだ?」
「それは‥‥」
ほんの数日前、彼に指令メールが届いていた。
『お早う、マイヤーズ君。
さて今回のミッションだが(中略)UPC軍の少尉・冴木 玲を酔わせることが君の任務となる(中略)では、健闘を祈る‥‥』
いつものように『ボス』からの一方的なメールに、思わず苦笑してしまったエドワードは頭を振る。
「別にエージェントの血が滾るわけでもないのだがね‥‥」
「お嬢以下社員一同並び、これまでの依頼で知り合った能力者達が大挙押し寄せると聞きつけたのでね」
「なんだ、今の間は」
なんでもないよと肩をすくめ、そそくさと厨房へ逃げ込むのであった。
「こんにちはー」
高縄 彩(
gc9017)がやってきた。その手には旅行用の荷物とは明らかに違う、買い物袋があった。
「いらっしゃいませ、ようこそ、おいで下さいました♪」
言った後で、零奈は歯がゆい自分の言葉に照れる。
「‥‥なんてね。高縄さん、海ちゃんには言ってあるから、すぐ使えるよ。エドさんも居るけど、肝心なのは明日渡すお嬢にばれさえしなきゃだもんね」
「うん、ありがとうなんだよー‥‥誰に渡すか、バレバレだね〜」
こちらも照れたような笑みを浮かべ、記帳を済ませると廊下の奥へと消えた。
「では準備を続けるか」
「うん、師匠♪」
●当日・昼
「ここが屋久島、ですか」
作業用装備に切り替えてある自分のフィーニクスでやってきたゼロ・ゴースト(
gb8265)は、ぐるりと空を旋回し、着陸態勢に入る。着陸後、そのまま琉が格納庫として使っている倉庫へと。
「ようこそ、だな」
「初めまして、ゼロ・ゴーストです。それでは、相棒をお願いしますね」
フィーニクスに手を触れ見上げる彼に、琉は任せてくれと返事する。
(今後、こういう客も増えるのかもしれんな‥‥ここも拡大を視野に入れるか)
そんな事を考えている琉を残し、目的があるわけでもなく彼は時間が来るまで適当に、ぶらりと歩き出すのであった。
屋久島へと向かうフェリーの上、榊 兵衛(
ga0388)とクラリッサ・メディスン(
ga0853)が肩を並べ、海を眺めていた。クラリッサの腕の中には、1歳になったばかりの蔵人が抱かれている。
「‥‥やっと落ち着いてきたことですし、家族で旅行するのも良い時期かもしれませんわね。せっかくの機会ですから、楽しませて貰いますね」
「ああ。せっかくの、ミルからの誘いだからな、楽しませて貰うこととしよう‥‥む?」
クラリッサに向けて笑みを浮かべた兵衛の視界の端に、こういう場では実に珍しい人物が映った。ややくせっけのある黒髪を、センターパートのショートボブにしている女性――冴木 玲(gz0010)である。
首回りが少し広くカットされた黒のボーダー入りベージュカラーの袖丈が短いニットワンピに、黒に近いグレーのジョーゼットドレープスカート姿と、服装からしても滅多にお目にかかれない私服であった。
別の意味で残念なのは、その腰にはいつものように刀がある事である。
「‥‥奇遇だな、少尉殿」
「あら、こんにちは榊さん。ご夫婦で旅行かしら?」
何度か作戦で会っているだけに、お互い顔は覚えていた。
「なに、誘いがあってな――少尉殿も、ミル社長に誘われたのではないのか」
「ええ、そういう事になるのかしら。イリーナさんからのお誘いだから、似たようなものね――ずいぶん豪気な方みたいだけど、どんな方なのかしら」
同じフェリーに居るはずだが、顔を知らなければ誰がそうかなどわかるはずもない。
見れば驚くかもしれんなと苦笑する兵衛。
「まあせっかくのミル社長の好意なんだ、肩の力を抜いて楽しむことに専念した方が良いと思うぞ。俺から言うまでもないことだが、良い刀は時々は鞘で休ませてやらなくてはならないものだからな」
「――それもそうね」
「なら一緒に行動させてもらうか――これと言ってやる事ないからな」
会話に割って入ってきた須佐 武流(
ga1461)が、ほんの少しあくどい笑みを浮かべていた。
「まあ軽く付き合えよ。海があるんだし、泳ぐぞ」
「かまわないわ。この時期の遠泳も、鍛練になるものね」
「‥‥相変わらずだな、須佐は。少尉殿も、少尉殿だがな」
休めと言ったそばから鍛錬の話につながる玲に、ある種の残念さを感じる。これでは恋などする暇もないなと、心の中で深くため息を吐くのであった。
「それはそうと、ずいぶん前の話だけれども初宇宙戦で2人に助けてもらったわね。感謝するわ」
もうずいぶん前の話だというのに、謝辞を述べる律儀過ぎな彼女を前に、2人は少しばかり呆れるのであった。
柵に背を預け、2人そろって上を見上げているミルと美具・ザム・ツバイ(
gc0857)――なんとなく、手をつないでいた。
「美具とミルの間がこんなにまで変化してしまうとは、あの決戦時からは予想もつかんかったの」
「そうだねぇ」
運命の不可思議さに、2人、苦笑するしかなかった。
(だからこそ、今のままではいけんのじゃよな‥‥)
「やぁ、久しぶりだねお嬢。噂はいろいろ聞いてるよ、そっちも大変だったみたいだねぇ」
声をかけられ、ゆっくり視線を空から外すと、目の前のレインウォーカー(
gc2524)に合わせる。
「ま、色々あったさ――」
陰りを一瞬だけ見せそうになる――が、今の自分はその一瞬さえも許されないとわかっている。だからいつもの薄ら笑いを浮かべていた。
「詳しいことは知らないし聞く気もない。けど、今こうしてお嬢が笑っているのを見れて良かったよぉ」
「君にしては殊勝な事を言うね。お気遣い、感謝だよ」
用件はそれだけと言わんばかりに、レインウォーカーは背を見せ――首だけ捻って再びミルに視線を向ける。
「ああ、そういえばオーストラリアの店は順調かい? 監修したクッキーの売れ行きが気になるところでねぇ」
以前彼らにプロデュースしてもらった『ING』の話に、ぐっと親指を立てる。
「予想以上の順調ぶりだ。余裕がまだあまりない彼らに、プチ娯楽は当たりだったよ。子供だけでなく、大人にもウケているのだからね」
それはよかったよぉと、満足げな道化は後にするのだった。その代わりに、巫女服姿の藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)がやってきては、軽く手を挙げる。
「巫女さんライダー峠攻め」
「何!? その挨拶!」
「いやの、ここへ来る時峠道を走っておったら、偶然にも昔実家近くで攻めあった豆腐屋貼りの走り屋とやりおうて」
フッと目を細め、海のはるか向こうに視線を這わせた。
「久方ぶりじゃが、まだまだじゃの。昔のようにねじ伏せてやったわ――よく窮地も救ってやったせいか、峠の巫女神様などと称えおってからに‥‥」
「巫女服姿で単車って、どうかなぁ‥‥」
かかっと笑ってごまかす、藍紗。
各自のやり取りを展望室で見ていたクラーク・エアハルト(
ga4961)が、やや寂しげに笑う。
「今回も一人ですか‥‥まあ、のんびりとしてますよ」
生嶋 凪(gz0497)達と激闘を繰り広げた海に視線を向け、深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。
「まあ、暇な時にここに来れるのは平和と言う事ですよ」
そしてやっと屋久島が見え始めるのであった――。
「自然が豊かな良いところですわ。こういう所で暮らすのも良いかもしれませんわね」
兵衛はそうだなと、子供をあやしながらクラリッサに返事をする。
グラデーションの幅を変えたストライプに下半身は黒ベースで引き締め、軽く結んだ共布タイのドレープでほどよいシェイプラインを演出、着やすいストレッチ性のあるジャージー素材のワンピースに、カットワークと刺繍がポイントの編み込み風なインヒールシューズと、玲ほどではないがこちらも彼女の趣味としては珍しい服装姿のシスター。
彼女の傍らにはいつものスーツで身を包んだ錦織・長郎(
ga8268)が、随分と慎重に気を使いエスコートしていた。
(9週目辺り‥‥一番大事な頃合いなのでね)
2人分のエスコートである。慎重にならざるを得ない。
「ようこそおいで下さいました」
民宿で海が出迎え、その横には琉、そして零奈がいた。ミル達に傭兵達、それにメイの生徒達と、わりと広い玄関が一気に狭くなる。
「お世話になるわね」
クレミア・ストレイカー(
gb7450)が順に声をかけ、そしてメイへと向かう。
「どうもメイ。しばらくだったわね」
「ん、しばらくぶり――この前、授業中に覗いてたようだけどね。声かけてくれればよかったのに」
「邪魔しちゃ悪いかと思ってね。それにもう、あそこに行けばいつでも会えるもの」
そうねと笑顔で答える――と、そうしているうちに子供達は靴のままあがりこんだりと勝手気ままに動き始めたので、メイは慌てて子供達を追いかけようとする。
「ゴメン、まだちょっと手が離せなさそうだわ」
すっかり先生というか、保護者らしいメイを眩しげに眼を細め、ニコリとするクレミア。
「そんじゃ、また後でね」
お互い手を振り返し、その場を後にした。
駆け出した子供達だったが、先に回り込んでいた零奈の前に集まり、先生だ先生だとはしゃぎ留まっている。
「みんな、お久しぶりだね♪ 元気にしてたかな? それと日本ではあそこで靴を脱ぐんだよ。みんなも脱いできてね」 笑顔で諭すと、素直に頷いた子供達が玄関へと戻っていき、子供達の後を追いかけていたメイに手を小さく挙げた。
「メイさんも、お久しぶり。今日はゆっくりしてってね――何かあったら、あたしも手伝うしね?」
「ありがと。でも大丈夫というか、あんたはあんたで大忙しでしょ若奥さんの女中さん」
「う――まだ、だもん」
顔を赤くする零奈に、どうせもうすぐでしょと片目を閉じ唇の端を吊り上げる。
「ま、がんばろ。お互いにね」
「うん♪」
タッチをかわし零奈は厨房へ、メイは子供達を連れて部屋へと向かう。
その後ろでは自分の大事な人ですと、クラフト・J・アルビス(
gc7360)をモココ(
gc7076)が海に紹介していた。
「よろしくー」
「私達、もうすぐ結婚するんだ!」
海はパッと笑顔でおめでとうと伝え、モココはクラフトには聞こえないよう、顔を近づけ手を口元に当て、できるかぎりの小声でお願いする。
「実はね‥‥お願い事があるんだけど‥‥か、家族風呂って、予約できたり‥‥?」
「だいたーんっ」
海はぐっと力強く親指を立て、まさしく袖の下で雅の湯というタグの付いた鍵を差し出す。
「鍵を貸しておくから、これで入りたい時にいつでもだよ。友達特典だね」
「あ、ありがとう‥‥今回はあんまり一緒に居れなくてごめんね、海ちゃん。あと、ちょっと小さいけど、チョコあげます――あげるね」
さっと小さなチョコを取り出し、鍵と交換する様に渡すのであった。
ありがとーとお礼を言う海に、どういたしましたと、やや不慣れな言葉使いを返すモココ。
2人して顔を見合わせ声を立てて笑い、海はモココとクラフトを部屋へと案内する。
「おや、ゼロさん? 久しぶりですね?」
「お久しぶりですエアハルトさん」
荷物を置いて出ようとしたところを、入ってきたゼロに鉢合わせた。
「また、家の方にも来てくださいよ?」
口を開こうとしたゼロを押しのけ、随分な急ぎ足で武流が、そして玲がついで薄暗くなり始めた外へと向かう。2人とも水着で。
「武流さんもお久しぶりなのですよー」
背中に声をかけたが足を止める気配はなく、首だけを捻って軽く手を挙げる。
「ああ、久しぶり――悪いな、今は時間があまりなくて。暗くなりきる前に泳ぎきるぞ、玲さんよ!」
「望むところよ」
縁取りが白い、シーブルーの水着。肩紐のないブラのセンターにはシルバーのリングに股上の浅いショートパンツタイプとなかなか似合っていて、レアな玲。ただし、ここでもその手に刀が。残念だ。
「相変わらずですね‥‥」
「エアハルトさん、それではまた後で」
ゼロが小さく頭を下げ、自分の部屋へと戻っていく。入れ替わるように琉が食器類を手に、通りかかった。
「クラークか――ゆっくり相手する暇もなくてすまんな」
「いえ、いいのですよ。今は1人のほうが、気楽な事もありますからね――さて、宴会まで少し時間もありますし散歩でもしてきますよ」
ごゆっくりとという言葉を背中で受け、1人、海の家を後にするクラーク。ここでも海へ視線を向け、寂しげに笑う。
「‥‥さてさて‥‥いつまで感傷に浸るつもりなのかね、自分は――」
そんなクラークの横を子供達が走り抜け、メイが追い、クレミアが他の子供達と共にゆっくり歩いて追かける。
途端に現実へと引き戻されたクラークは再び、ゆっくりと歩き出すのであった。
たとえ覚醒せずとも能力者同士の全力の遠泳は凄まじい速度で、あっという間に陸地に戻ってきた武流と玲。
水濡れの水着姿が珍しく、せっかくだからと、しっかりと言うかちゃっかりと言うか、カメラに収めていた。
ちゃんと本人の承諾はとってある。写真そのものは、撮られ慣れているのかもしれない。
「アンタの身体能力に挑戦したいんだが、ビーチフラッグなんてどうだ」
「いいわよ」
「これが地面に着いた時、スタートだ」
投げられるコイン――砂浜に音もなく落下、と同時に2人は動き出した――が、武流が半分も行かないうちに玲はすでにフラッグを手にして立っていた。
武流もかなりの高位の能力者だ。しかも速さには自信がある――だからこの差は意外である。
「ごめんなさいね、うちの流派はあの状態から駆け出すための訓練もされてるのよ。それと歩法もね」
「‥‥もう一度だ」
何度か挑戦するが、洗礼された動きの前にはいまさら多少の工夫を凝らしたところで、多少差が縮まる程度で勝てる気配が全くしなかった。
ただ、何度目かの起き上がる際に武流の指がほんの偶発的に玲のリングに引っかかり、一連の動作を途中で止める事の出来ずブラが切れ、胸が露わとなる。
「‥‥ッ!」
いつも冷静で表情の変化が少ない彼女でも、その状態では頬を染め上げ両腕で胸を覆い隠すのであった。
「‥‥わりぃ」
案外こういう事態に遭遇したことが多い彼は冷静にタオルを彼女にかけると、海の家へと視線を向けた。
「そろそろ戻って、温泉でも浸かるか‥‥」
「琉君、盛り付けはこんなでいいかな?」
「ああ、上出来すぎるくらいだ――スマン零奈、運んでくれ」
「了解♪」
琉が調理し、エドワードが盛りつけ、零奈が運んでいく。会場の準備は海が1人でせっせとやっていた。
(1人分と比べるとずいぶん調味料も多い気がするのに、味はちゃんと調ってるんだから、不思議)
家庭料理しか経験のない零奈は調理を眺めつつ、そんな事を思っていた。まさしく将来のための勉強中である。
調理に時間がかかり予定時刻よりも少し遅れている厨房サイドが戦場ではあるが、やはり客側サイドはのんびりとしたもので、おおむね楽しいひとときであった。
――そんな中、1人、新しく出来上がった縁側に腰を掛け、ぼんやりとしているゼロの姿が。
海から戻り、あまり長風呂をしなかった浴衣姿の玲(長時間の入浴が苦手らしい)は温泉上がりのほてりを冷ます為、少し距離をあけてゼロの横に座る。
玲に気付いたゼロが声をかけた。
「こんばんは、ブルーファントムのエースさん」
「こんばんはね――もうその肩書きも過去のもので、必要のないものなんでしょうけどね」
苦笑とも取れる笑みを浮かべ、ゼロもつられて苦笑を浮かべる。
「平和、ですねぇ‥‥今までの戦いが何だったかと思えるほどの平和です」
月を見上げる。赤くない、普通の月を。
「貴女はどう思いますか? この時間を――2度と戦いのない、安泰だと思いますか? それとも‥‥」
言葉を区切り、伏し目がちに庭へと視線を落とす。
「争いの前の静けさなのでしょうか?」
ゼロの問いに目を閉じ、空気の匂いを嗅ぐように大きく息を吸ってから見開く。
「戦争はまた必ず起きるわ。それは明日か、1年後か、10年後か、100年後かわからないけど――戦争のたびに2度とこんな悲惨な事の無いようにと反省しても、人類は戦争を繰り返してきたのだもの。これは多分人類に限らず、すべての生物にとって戦いは常について回ると言う事なのでしょうね」
玲の横顔に見惚れていたゼロに、ふっと微笑みかける。
「だから平和な時は悩まずに、平和を満喫しましょう」
大人の女性特有ともいえる色気にゼロは少し顔を赤くし、視線をそらすと、ほうと息を吐く。
「未来はわからないものですからね‥‥ついつい愚痴っぽくなってしまいます」
「仕方ないわ、未来は希望と不安に満ちてるのだもの。少々の愚痴もでるわよ――さ、準備できたみたいだから行きましょうか。そう『今』を楽しみに、ね」
「紳士淑女様の皆様、今宵は集まりいただき感謝の極みじゃ」
なぜか司会を務める美具。
「まあこういう席じゃ、長たらしい事は言わんでな。ミル社長の挨拶と乾杯の音頭をとってもらおうではないかね」
上座に座るミルを手招きし、皆の前に立たせるとノンアルコールで満たされたグラスを渡して一歩下がった。
グラスを片手にしたミルはコホンと咳払いし、酔う前に少しだけ君らに話があると前置きをする。
「この場を借りて少しだけ発表させてもらおう。今、私はとある計画を進めている。
ハンターライセンス制度――依頼を請け負わずにキメラを退治してもらい、そのキメラごとに見合った褒賞を渡すというものだ。ま、昔からある賞金稼ぎのキメラ版だね。
今後、軍や傭兵に依頼するにはあまりにも小さいキメラ事件が多く発生するだろう。組織というものは個別に小事の対応ができないから、その小事すべて、諸君らが自由に対応できるよう取り計らうつもりだ」
意外な真面目話に、傭兵達は黙って聞き入る。
「――ま、そんな難しい話は後日として今は今を楽しむぜ、やろーども! グラスをかざせ! 腹の底から声を出せ!」
一転していつもの悪ふざけの顔に戻った彼女はグラスを高々と掲げ、大声で叫ぶ。
「乾杯!」
「かんぱ〜い!」
彩の誰よりもよく通る大きな声が響く。こういう宴会が初めてで、随分テンションも上がっているようだ。
「次いで‥‥」
「美具よ、堅苦しい進行はなしだ!」
抱き寄せ、引っ張りながらのっしのっしと席に着き、グラスを一気にあおると、空のグラスに彩が少し楽しそうにお酌する。
その姿は、若い女の子をはべらせているおっさん社長そのものであった。
「おいしいわね」
酒はとらず、まず焼き魚に箸を入れる玲。やはり魚が好きらしい。
「俺はあまり得意ではないのだが‥‥もしかしてあんたも弱いのか?」
「どうなのかしら‥‥とにかく禁じられてるから控えるわ」
頑なな玲の横で、どう切り崩そうか思案にふける武流であった。
「これまでも色々ありがとうございました、榊さん。失礼します」
「おっと、すまんなクラーク――こちらこそ、感謝の限りだ」
空の杯を満たすと、その隣のクラリッサが頭を下げ、どうぞと言ってお酌を返そうとする。
「ん、あまりお酒は強い方ではないので少しだけ‥‥」
「僕からのお酌も宜しいかね」
半纏に浴衣姿の長郎が水玉の浴衣に半纏姿のシスターを引き連れて、兵衛に酌をしようとしていた
顔見知り同士がそんな挨拶をしている間、モココがクラフトの顔も見ずに料理をひたすら口に運んでいた。今考えている事を思うと、まともに顔をあわせるには恥ずかしすぎるからだ。
「モココがこうゆうのに誘ってくるなんて意外だねー。ところでそれ、お酒だよー」
さっきからモココが飲んでいるのはクレミアが持参し、雪中酒といっても去年のだけどねと振る舞っている日本酒であった。
日本の法令的にはあれだが、彼女やクラフトの生まれた国から言えば大丈夫な年齢である。
「だ、だいじょうぶです、だいじょうぶです‥‥」
お酒には案外強いのだが、もうそんな事も関係なしにテンパっている。
「やあモココよ、今にも爆発しそうだな」
べったりの美具と彩を引き連れ、ニヤニヤと愉しげなミルが前に座り顔を近づけた。
「来月の14日に、白いお返しとかで式のお誘いをかけるかもしれんから、覚えておきたまえ」
「は、はひ」
ちょっと舌が回らなかったモココが、14日と言う言葉で反射的にチョコを差し出していた。
「こ、これをあげま、あげるね、ミル、さん」
「ふふーん、50点てところか――ありがとう。では引き続き楽しみたまえ。さて――」
立ち上がると、少し大きな声で名前を呼び上げる。
「エアハルト、それと榊! スマンが少し話がある、来てくれ!」
9時も近くなり、ずっと厨房にこもっていたエドワードが腰を上げる
「いよいよ迫って来たか‥‥では、ミッション開始といくか‥‥」
コース料理の最後の締めとして、前日から仕込んでおいた2種類のデザートを盛りつけ始める。
1つ目は豆乳ケーキ。くせのない麦焼酎を使用している。
2つ目はマンゴーシャーベット。マンゴー酒がたっぷりと。
それらを持って彼は初めて、会場に顔を出すのであった。
「やあ、皆さんどうもどうも」
仕掛けを配り終え、眼鏡の奥でじっと玲の表情を凝視していた。
(さて、あとは冴木嬢が口にするかだ‥‥)
玲はどちらもまず一口。そして美味しいと漏らす。
「甘味と言えば祖母のおはぎくらいだったから、新鮮だわ」
甘味と呼ぶあたりは、らしすぎる。しかも1人暮らししてすでにもう何年もたっているというのに、どうやら彼女にとっては初の洋菓子らしい。
だが残念な事に、これくらいで酔ったりはしないようだ――だが。
「一杯どうかなぁ? 同じ戦場で戦った仲なんだ、酒の誘いを断るほど無粋じゃないよねぇ?」
レインウォーカーが隣に座り、ウィスキーの入ったグラスを差し出すと、それもそうかもしれないわねと頑なだった玲が若干緩んできたのは、確実にこの仕込みの効果であった。
ぐっとストレートのウィスキーを一気に――その様子を見ながら、自分も貢献しなきゃねーとクラフトが動き出す。
「冴木さんおつかれー。はい、珈琲」
何故このタイミングで珈琲? などと言う疑問も抱かずに、受け取ると一気に飲み干す。クラフトが平然と飲んでいるせいもあるのだろうが、それはモンクスコーヒー。酒がたっぷりと入っている。
飲み干した玲の動きが止まったので、レインウォーカーは近くにいたドライブとさりげなく席を代わってもらう。
「‥‥トロ」
「トロ?」
武流が箸でなんとなく大トロの刺身を持ち上げると――ばくんと玲が噛みつく。
もぐもぐと幸せそうに噛みしめ飲みこむと、拳をぶんぶん振り回し再び叫ぶ。
「とぉぉろぉぉ!」
美具達には話があるからと席を外してもらい、兵衛とクラーク、それに零奈と琉の4人を廊下に呼び出していた。
「君らには知っておいてもらいたいと思ってね――渚と水城‥‥おっと、君らには生嶋凪と呼ぶべきか。彼女達の事を」
呼び出された4人はやっと、何の話をするのかを察した。
「興味がなければ聞き流してくれ。まあ、順を追って話そう」
腕を組み、壁に背を預ける。
「渚は復讐の為、武器と戦い方を教えてくれとスカー経由で私の所にたどり着いた。
そして能力者となった初期の段階から、彼女は海専用機のテストパイロットを志願した。だからこそ、海限定で実力も相当だったのだな。
とはいえテスト機を持ってくるわけにもいかずに、あんな機体で戦っていたのだね。
なんとかめでたく白ゴーレム撃破――ま、ここら辺は知っているであろうから割愛として、実はこの時点でまだ水城凪なのだよね。新聞などはうちの部下が気を利かせ、生嶋凪で掲載する様に働きかけていたみたいでな。
だから私は彼女と会った時、生嶋凪と名乗られても水城凪と気付けなかったのだがね」
「そして?」
「‥‥遺族に謝りたい、調べてくれと私に頼んできたのでね、調べたさ。だが水城家の元をたどれば、どうにも『私の世界』では少し名を聞く水城家だったようでね。しかも運悪く遺産問題の真っただ中だった――唯一の孫である凪に全財産をとか、もう相続争いさせるためだけの遺言付でね。
そんなタイミングで凪と結婚、しかも凪だけ死にました。残された亮一君は、どんな目にあうかな?」
思ったよりも暗い話に、沈黙せざるを得ない。
「だから渚は私に『蒼 琉』と言う戸籍を用意させ、生嶋亮一と凪は死んだと言う事にした。君の人生を守る為にだね」
会場の声が随分騒がしく聞こえる。
「もちろん津崎には死ぬまで内緒だが、君らくらいには知っておいてもらいたくてね。渚と、生嶋凪の人生を――話は以上だ」
戻ろうかと言ったところでクラークが口を開く。
「ああ、ミルさん一つだけ伝えておく事が。就職に関しては再考中という事で‥‥別の職にも少し考え出したもので」
ほうと、次の言葉を促すと、クラークは咳払いをして、ぼそりと。
「‥‥保安官――自分は制服着てるのが好きなんですかね‥‥」
「君の人生だ、君の好きにやりたまえよ」
苦笑し会場に戻るミルを見送り、少し夜風に当たってきますよとクラークは外へと向かう。
その際、琉の耳元で彼は伝えた。
「‥‥今度はしっかりと抱きしめておきなさい」
立ちすくむ琉を残し、クラークは外へ。兵衛はクラリッサが顔をのぞかせたので、一緒にコテージへと。長郎とシスターも抜け出し、部屋へ向かって行く。クレミアもメイがいると思うからと、温泉へ向っていくのであった。
「なんだこれは‥‥」
会場に戻ると、玲がトロトロ叫んでいる。
「私めにお任せを!」
ドライブが箸で大トロをつまみ、玲の前でふりふりと。その視線は、くれるの? くれるの? と期待に満ちていた。 そして――自分の口に運ぶ。ショックを受け目を丸くし、口を三角形にした玲は半泣きで振りかぶる。
「いぢわるー!」
玲の拳を顔面に受け、吹き飛んで壁に激突――そして沈む。大の男が水平に飛ぶさまは、圧巻だ。
「ド馬鹿野郎、無茶しやがって‥‥」
「予想を軽く上回りやがったなぁ。恐るべし、冴木 玲」
崩れ落ちるドライブの横に座っていたレインウォーカーが悠長に呟いていたが、ずんずんとこちらに玲が歩いてきている。
「と言うか、今気がついたけど僕の逃げ場がないじゃないか!?」
部屋の隅に退避したのが間違いだった。
立ち上がり最大速で逃げようとしたが、進行方向をことごとく玲がたったの一歩で立ち塞がり、逃げ道を塞ぐ。
天井を見上げ、上からとも思ったが――手が届かなければ腰の獲物を抜く気がして、動けずにいた。
「そこまでにしとけって、玲ちゃんよ」
肩を掴もうとして――玲の空気投げで武流が宙を飛ぶ。
「っく!」
覚醒し、身体を捻って地面に着地すると顔のすぐ前に玲の拳がぴたりと。
(これはやばいぞ!)
汗が拭きだし全力で逃れると、数cmしか動いていないのに、もの凄い拳圧が顔の横を通り過ぎる。寸勁などと呼ばれる類だ。
こうして高位の能力者対決が始まった。
「ボマー! 責任とれ――っていねーし! 総員退避! 命知らずの大人だけ残って、退避だ!」
ミルが叫ぶと、一部を残して素早く退避するのであった。
子供達が就寝し、静かになったメイの部屋で飲み交わすクレミアとメイ。互いの近況を話しつつも歓談していた。
「お嬢はともかく、メイにも是非紹介したい子がいるのよ。能力者の子でね‥‥」
「へぇ‥‥じゃあさそのうち、連れてきて。いつでも受け入れるからさ」
「ありがとう――」
あぶなかったッスーと廊下を歩いていたボマーは、ふと開いてる部屋で立ち止まり、中を覗き込んでしまった。
浴衣姿で窓際に腰を掛け、金の指輪を月に向けて覗き込みながら1人、飲んでいる藍紗の姿があったからだ。
「‥‥なんじゃ? 覗き見とは良い趣味じゃの」
「気になっただけッス。その指輪は?」
「コレか? 今は道を違えた男を繋いでいた鎖じゃ」
その言い方に、未練を感じたボマーが、未練スかと洩らす。
「未練か‥‥吹っ切ったつもりでいるんじゃがの、それにもう同じ道を歩く事は決してないからの」
「死んだんスか?」
「残念ながら故人ではないよ、元気かどうかは知らぬが今も生きているのは風の頼りに聞いておる」
くっと酒をあおり、月を見上げる。
「戦いの中で得て、そして失った絆‥‥それでもなお戦い‥‥その後に残ったのは‥‥一体何なのじゃろうな」
戦いの虚しさを知っているボマーは、答える事が出来なかった。
「今後はどうするかの‥‥最前線で戦い続けるか‥‥実家に戻るか‥‥それともミル殿の下でゆるりと暮らすのもいいかもしれんの」
普段の余裕はどこへやら、やや寂しげだ。
「お嬢の下では平穏から離れるッスけどね。見てれば飽きないっすけど」
「うむ。胸のことで悩む姿は中々可愛いではないか‥‥我か? 我はそこはもう通り過ぎたからの。からかい甲斐がなくてスマぬの」
「ナカーマッスよ!」
親指を立て元気なボマーを前に、藍紗は少しだけ心が安らぐのであった。
「月が綺麗だな‥‥」
コテージでそんな言葉伝えた――すると子供を寝かしつけたクラリッサは微笑み、私も愛してますよヒョーエと、彼の伝えたい想いに言葉で返した。
「‥‥知っていたのか。この言葉の意味を」
「まあ、愛する旦那様の国の事ですものね――」
そして2人はゆっくりと楽しむのであった。
クラフトさん! お、お風呂行きましょう――と、待避勧告のどさくさと酒の勢いで家族風呂に誘ってみたが――タオルを巻いて温泉に浸かったあたりで酔いが醒めてきて、ここまで来て今更ながら恥ずかしくなり湯船の隅で三角座りしていた。
しかもクラフトに顔も向けないほど、恥ずかしい。大胆すぎたと。
「ホントモココって大胆になってきたよねー」
恥ずかしがってるモココを楽しみながら、わざわざそんな事を言ってみる。
桶に水を溜めそっと近づいて背中にたらすと、わひゃうと悲鳴を上げ立ち上がると、タオルが落ちてしまった。
「アハハ、やっぱりモココおもしろーい」
そう言いながらも後姿とは言えさすがに彼女の全裸を前に、緊張はしてしまう。タオルを湯船から拾い上げ、立ち上がりそっとその肩にタオルをかけると、びくんとモココが反応する。
緊張は伝染する、その言葉通りであった。
長い沈黙。意を決してモココが口を開いた。
「私を‥‥た、たべ‥‥何でもないです‥‥」
言ってみたい気はするけど顔を赤くしてうつむき、尻すぼみにかすれていく。
「えっと――身体、洗ってあげるー?」
さすがのクラフトでも恥ずかしいとは思いつつも、場の空気を和らげるために言ったその言葉に、モココは言葉で返せなくとも、頷くのであった――。
部屋でシスターの背中を、長郎はさすり続けていた。彼の手を握っているシスターの指が、微かに震えている。
「まあ不安なのは理解できるから、こうして傍に居るのだがね。
手馴れてない様子は承知してるので、知り合いの経産婦に頼んで妊娠経過日誌のコピーを取り寄せ、前半分でも訳しておいたのでね。受け取って貰えるかね」
それを渡すと、シスターはありがとと洩らす。喋った事から少しは落ち着いたのかと、彼は肩を強く抱きしめる。
「何、拙速な縁では有るが、こうして結びついたのだからお互いの有りの儘を受け止め合って、前に進んで行きたいと言うのはどうだろうかね。あと申し訳ないのだが――」
彼女の左手を取り、その薬指にアメジストの指輪を通す。
「改めて婚約指輪を用意したので、受け取って貰えるかね」
「――受け取らないわけ、ないじゃない」
顔を上げ、そっと唇を重ねるのであった。
ミルが自室で横になり、手紙に目を通している――前と同じように、ドア下にあったのだ。
「下位で対処して目的が正しいならば、犠牲になるのも甘んじて受け止めようね――か」
「どうかしたのーミルさん」
当たり前のように側に居る彩と美具を前に、何でもないさと手紙を胸ポケットにしまいこむ。
「とりあえず、はい!」
豪華なラッピングが施された箱を2つ――ミルと美具に差し出していた。
開けると色々な種類の生チョコトリュフだった。それを見て、今日が何の日かを改めて思い出す。
「ああ――宴会前にグレイたちに渡していたのもチョコか」
「あっちは抹茶生チョコだねー。でも、こっちはー‥‥ほ、本命とかだし? 美具さんも『特別』だから」
奇妙な3人の関係だが、それでもうまくいってるのはお互いが大事だからだろう。
チョコをミルと同格扱いで受け取った美具は、ちょっとまじめな話があると2人を正座させ、自身も正座で向かい合うとコホンと咳払い1つ。
「‥‥今後のことじゃが、ミルパパが同性結婚を認めてくれるいい方法をね。幸いにも国によっては現法で同性結婚は無いがパートナーシップ法は認められているので、事実上の同性結婚は可能。美具の実家とミルの家がくっつくのであれば損はないと言えるので、これを建前として――」
チョコに視線を落し、ちらりと彩に目を向けて再び咳払い。
「‥‥高縄殿を養子縁組として迎え、血縁関係を結ぶことを1つの方法として提案する。あくまでも1つの方法なので固執はしないが――」
2人顔を見合わせ頷き、そろって美具に飛びかかる。
「なんじゃお主ら‥‥」
「考えてくれて、ありがとなんだよー」
「ふふーん美具よ、その提案も覚えておくから、いざその日は覚悟しろ!」
部屋に戻るなり、顔を赤くしたままモココは大きなチョコをクラフトに押しつけると、あわせる顔がなくて自分の布団に潜りこむ。
(結局キスくらいしか‥‥!)
電気が消され――布団にクラフトが入ってきた。
「たまにはやってるしいいでしょ? こうゆう時なんだしさー」
モココは振り返り、ぴったりとくっつく。このぬくもりと、この距離が自分にはピッタリなんだと思いつつも。
(そういえば、冗談で添い寝するのはいつものことだけど、寝るのは初めてだっけ)
自分の激しい動悸を自覚しつつも、小さく丸くなっているモココが可愛く、つい抱きしめてしまう。
「モココ‥‥ずっと大切にするからね‥‥」
――だが、モココから聞こえたのは寝息だった。酔いは醒めても、醒めきっていなかったのだろう。
これが自分達にはらしいのかもと、珍しくらしくもない苦笑を浮かべ、モココを抱きしめたまま髪に顔をうずめ、深い眠りに落ちるのであった――。
男性用の浴場に清掃中の札がかかっているが、誰かが入っていた。
「今日は忙しかったね‥‥」
のぼせたわけではないが、赤くなりながら湯船で琉に寄りかかる零奈――お互いに、水着もタオルもつけていない。
「民宿って大変だけど、楽しいね。お客さんの笑顔見るの嬉しいし♪」
「今日みたいなのはそう無いがな」
「それと‥‥その‥‥もしかしたらかもだけど‥‥できちゃった‥‥かも」
耳元で恥ずかしそうにぼそりと伝えると、琉は口元を吊り上げ、低い笑い声を漏らす。
「我ながら引きが強いとでも言うか‥‥おめでとう、零奈。そして、ありがとう――」
口づけをかわし、零奈はそっと目を閉じる。
唇を離し、ふと思い出した琉が問いかけた。
「そういえば今日は14日だったのだが――」
「う‥‥ゴメン師匠、完っ全に忘れてた」
「そうか――まあ大丈夫だ。また貰うだけさ」
何をの部分を零奈の耳元でそっと伝えると零奈はさらに赤くなってうつむき、うんと短く答えた。
その答えに満足した琉は耳元から離れ、首を鳴らして天を仰ぎ見る。
「今夜はお互いに、眠れなさそうだな」
(さてさて、相変わらず道が定まらない自分ですね。まあ凪さんとは‥‥ここでしっかりとけじめをつけときましょうか)
ブランデーの入ったグラス片手に波打ち際で月を見上げていたクラークだが、その足にこつんと何かが当たる。
視線を落すと、ひび割れたサングラスが。しかも見覚えがある。
拾い上げ、薄暗い月の光の中に照らしその持ち主の名前であろう刻印を確認。
「――やはり、彼女のですか」
突っ返されましたねと苦笑すると、それを大事そうにポケットへ。そしてグラスを掲げると、海にその琥珀色の液体を静かに捧げる。
「献杯――どうか、自分達のこれからを見守って下さい」
「何やってんのよ‥‥」
静かになった宴会場を覗いたクレミアが、呆れたように呟く。
逃げなかった悪い大人達(主にミルの部下)が死屍累々としていて、横たわった武流の頭を太ももで挟み腹部を殴打している『れいちゃん』。すでに武流はピクリともしていない。
「甘い物ほしー」
そう言って着崩れた浴衣のままずるずると自分の席に戻ると、巾着を漁り――自分で買ったチョコの包み紙を開けるとボリボリ噛み砕き、満足げな顔をするとその場に崩れ落ち、幸せそうな顔で寝ていたとさ。
こうして冴木 玲の寂しいバレンタインは今年も終えたという――。
『【LC】玲ちゃんで遊ぼう 終』