タイトル:【落日】戦闘は最後かもマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/02/10 22:23

●オープニング本文


●カルンバ
「またガキども集めて、洗脳教育や改造でもしようって言うのか!」
 男ががなりこみ、部屋へと入ってくる――怯える子供達。
 そんな男の前に、スーツ姿で大柄な女性がたちはだかる。男よりも背が高く、余裕の無さげな男とは裏腹に、ずいぶんと落ち着き払っていた。
「そのような事は致しません。むしろ、かつてのあるべき形態に戻ろうとしている最中なだけです」
「女では話にならん、上の奴を呼べ!」
「現在、ここは私1人です。ですから責任者は私と言う事になりますが――ところで、、無断で当敷地内に侵入したのですよね? 特にお会いになる約束もございませんでしたし、正門からではなく裏門から入られてきた気配は感じていましたので、多少はやましい気持ちだったのかと存じますが」
 笑顔を向ける、赤い髪の女性。
 男がどんなに凄んでみせても、まるで通じていない事にますます腹を立て、どけと言って彼女を腕でどかせようとするが、両足で立っているだけの彼女は大木のようにピクリともしない。
「どうなさるおつもりですかね」
「子供達を解放する。信用もできんしな」
 その言葉になるほどと彼女は頷き、右手で男の頭を掴むと――片手持ち上げてみせた。
「イテテテテッ!」
「この子達は自分の意志でここに通うと決めたのよ。勘違いな正義感丸出しで事情も理解しようとせずに、押しつけないでもらいたいわね」
 男をぶら下げたまま廊下を歩き、左手で男の懐から『何の為かはわからない』が、忍ばせていたナイフを取出し指の力だけでへし折ると、さすがの男も青ざめる。
「こちらから言わせれば、あなたの方がよほど信用ができないのよ。今一度、自分の行動がちゃんと正しいのかよく考えたうえで、また来て頂戴ね」
 そして開けっ放しの裏玄関から放り投げ、彼女が部屋へと戻ると、子供達が駆け寄り、口々に心配したと述べる。
 自分よりもはるかにか弱い存在に心配してもらえる。
 それが彼女にとっては実に心地よくて、子供達の頭を順繰りになでて微笑んだ。
「大丈夫よ、メイ先生は強いんだから」
 学校の教師――これが元オペレーター、メイ・ニールセン(gz0477)の選んだ道であった。

 男が裏口から叩き出されるのを遠巻きに目撃したミル・バーウェン(gz0475)は、苦笑する。
「あいも変わらずのようだね、メイは‥‥」
「あの人は変わらんでしょう。お嬢と違って大人なわけですからね」
 鼻に傷のある男、スカーがそんな事を指摘すると、珍しくミルはばつが悪そうに、まだ子供ですまないねと呟く。
 慌てふためいてこちらに逃げてきた男が、どけとミルを片手で追い払おうとしたところ、スカーによって腕を取られ地面に額をこすりつけられた。
「あまり苛めてやるなよ、スカー。彼は良くも悪くも『善良なる一般人市民様』だ。彼が悪くとも、彼だけが悪いわけではないのだからな」
「あら、お嬢。なにしてんの」
 ミルの姿を確認したメイが窓から身を乗り出し、ミルが手を振ると、手を振りかえす。
「いやなに、様子見さ――教師職は慣れたかね」
「まあね。もっとも、毎日のように暴漢様がいらっしゃるけど」
「当然さ。それも見越して、君に頼んだのだ――それにしてもやはり、もう両足とも大丈夫だったのだな。この前見た時に、少しおやっと思ったが」
「うん、そうなのよね‥‥色々つっかえが取れたおかげかしら。さて次の授業があるから、お嬢、またね」
 パタンと窓を閉め、教室へと戻っていく彼女の後姿に目を細めるミル。男を解放し、立ち上がるスカーはごく普通に感嘆していた。
「よくあの人数相手に、教えれますよねぇ。しかも年齢もバラバラ。俺なんて人に教えるほどの頭すらないというのに」
「基本努力家だからな。勉学についても私の所にいるうちにずいぶん身に着けていたし、オペレーターとしての経験も活かされてるのだろう――もっとも、まさか各地を少し廻って戦災孤児を集めるとは思わなかったがな。大家族だ」
 ミルの想定していた人数より、はるかに多い子供達がこの学校にいた。その全てが戦災孤児やバグアに心酔した親から逃げてきた子供、あとはは元能力者だったりする。
 寝泊まりは隣接する寄宿舎や、ケビン=ルーデル(gz0471)が開設した孤児院にという者がほとんどで、通っている者は皆家族と呼んでも差し支えない。
「ですねぇ‥‥そのおかげで到着が遅れ、危うくお嬢が――」
「もうその話はいいって! とにかく当面の問題は、学年分けに応じて教員の数も増やさねばならんし、しかも今のような事態に備えるためにも能力者も紛れていた方が都合もいいときた。それに生徒数も今後増えるのは間違いないし、現状でも机や椅子が足りないなどなどだ――まあそこも授業に取り入れるとかなんとか言ってたみたいだが」
 腕を組むミルに、スカーはもう一つと、指を立てる。
「ここにメイ――お嬢の関係者がいるという事ですね」
「そうだな。次狙ってくるとしたら、ほぼ間違いなくここだろう――エリックの事すら知っていたわけだし」
 少しだけ顔が曇るが、すぐに気を取り直す。
「だが、させん。スカー、すでに洗いざらい吐かせたな?」
「まあ。案外貝の様に口が固かったけど、熱したらまさしく貝の様に簡単に口開いてくれましたね。理由がお嬢への嫌がらせというのもアレでしたが」
(もう一枚、どこかが噛んでいそうな気もするがね)
 ほんの少しだけ、裏の顔をのぞかせる2人。
「ならばその企業に手伝ってもらって少し偽の情報をリークさせろ――そうだな、遠足があるからその道を通るぞ的なやつを流して、襲撃場所をこちらで操れ」
「で、そこを傭兵で取り押さえると」
「うんむ。ただ、今の奴らなら軽装しかないだろうから、多数のキメラも連れてくるかもしれん――それでもメイに気づかれたくはないな。やっと戦場から離れる事が出来たんだしね。
 ‥‥まあ、メイだと敷地内に踏み込んだ時点で気配を察するから、なかなか骨が折れるかもしれんが」
(そうなると、万が一とメイの意識をそらすため学校側にも誰か1人くらいは潜りこませておきたいが‥‥そこは彼らの判断に委ねよう)
「それとだ。今回は私が用事あるから、最低1人だけでも生きて捕えてもらおうかね。自爆の心配があるかもしれんが、なに、ちらっと私の前に連れて行く事を一言言えば、少なくとも私の前に来るまでは自爆せんだろう。
 別に取って食うつもりではない。彼らと話しておかねばならん事もある、それだけだ――それに、ここでちょっかいかけれる時間は、もうあまり残されていないしな‥‥」
 最後の呟きにスカーが首をかしげるが、なんでもないと笑いかけた。
「とにかくだ、待ち伏せしているであろう強化人間達を捕え、引き連れているキメラも殲滅、それでいて学校の敷地を踏ませない――そして最終的に私の前に連れてくる。上手くいけば、これでこの地域での戦闘は最後かもしれんので、気合を入れてもらうかね」

●参加者一覧

クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
美紅・ラング(gb9880
13歳・♀・JG
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN

●リプレイ本文

 開けた湖畔のキャンプ地で数人の男女がテントを張っていた。
「そこにも杭を打ってもらえるかのう」
 藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)がテントの角に杭を打ちながら、少女についでを頼む。
「ここでありますか」
 杭を打つ少女――私服で学校の生徒というリアリティを出そうとしているが、その剣呑な目つきがあまり只者ではない事を語っている美紅・ラング(gb9880)である。
 ただ普段の野営とは違う目的で動いている今に、ふつふつと愉しさがこみあげてきていた。
「何かお手伝いできることは‥‥?」
 おずおずと申し出るモココ(gc7076)だが、地味な服装にいつもの眼帯ではなくサングラスのクラーク・エアハルト(ga4961)が笑顔を向ける。
「一般人のフリをして遊んでいただければ、それだけで十分ですよ。――こんなの上手く誘き出せれば良いんですがと心配していましたが‥‥」
(気配丸出しで偵察とは‥‥)
 遠くの森の中でチラチラとした反射光に気付いていたクラーク。
 こんな所を昼間から双眼鏡で覗き込む相手――ミル・バーウェン(gz0475)に頼み、流してもらった課外授業の準備という偽情報に引っかかった強化人間に違いない。
(偵察に出るには、情報の真偽もまだ定かではないでしょうに)
「少々自分にはものたりないかもしれませんね」
 あまりにも色々な事が甘すぎる敵に、戦場しか知らない男は苦笑する。
「周辺住民の協力もあってじゃからのう。まあ今回で面倒なのは捕縛であって、奴らがたいしたことないのは知っていた通りじゃし」
「そうよね――とにかくメイの邪魔はさせないわ」
 クレミア・ストレイカー(gb7450)がメイの為にと、熱くなっていた
「まあややこしいのは大人達に任せるのである。美紅は適当に遊んでるから、よろしく」
 シュタっと丸投げのお願いをした美紅は、モココの手を引いて駆けだすのであった。戸惑いながらも、引かれるままについていくモココ。
「まあ彼奴らの注目は美紅殿達に任せ、我らはトラップの準備にいそしむかね」
「そうね――手間ばっかりかかるしね」
 これから釣りでもするかのようにクーラーボックスを担ぐ。
 中身は色々、釣り道具ではない物が入っている――ある意味これも釣り道具であるが。
「さてさて、向こうはどうなってるかしらね」

(この地での戦闘もいよいよ最後かぁ‥‥長かったねぇ。しかし、メイさんが教師とはねぇ、平和的でよかったよ♪)
 刃霧零奈(gc6291)は学校に向かう間、仲間達には悪いが浮足立ってそんな事を思っていた。
 お互い色々あったが、落ち着くところに落ち着いた――それが何より嬉しい。
「やあ来たね」
 校門に入った所で、背が高い初老の男性に声をかけられる。
「うん、遅れてごめんね、エドさん」
 そう、彼は潜入捜査はお手の物な元凄腕諜報員――いや現在進行形のエドワード・マイヤーズ(gc5162)であった。
「あ、いらっしゃい2人とも。お待ちしておりました」
 学校の玄関からメイが両手を広げ、しっかりとした足取りで2人のもとへ歩み寄る――ただそれだけの事に零奈は少し涙目でメイの手を取って、振り回す。
「お嬢から聞いてたけど‥‥よかったねぇ♪ ホント‥‥良かった‥‥」
 彼女の視線はメイの両足に注がれていた。そう、ちょっと前までは車椅子を使っていた彼女の両足を。
「大げさね‥‥とは言えないか。とにかく2人とも歓迎するわ。刃霧と、エド・ライヤーさん」
 ちゃっかり偽名まで使っているエドワード。
 こうして2人は臨時講師として、潜入するのであった。

 課外授業予定日まで、エドワードとクレミアは密に連絡を取り合っていた。特に変わりばえあるわけではないが、クレミア自身、メイの事が気にかかってしょうがないのかもしれない。
 クラーク達は薪を拾うついでや、森を散策する合間にトラップを仕掛ける。その間もずっと美紅やモココ、時には藍紗までが混じって存分に普通のキャンプを楽しむというか、はしゃいでいた。
 そして決行日当日。
 少し大きめの施設である宿泊ロッジから、楽しそうにはしゃぐ子供達の声が建物の外まで木霊する。
 そこに向かう道をノコノコと歩いている、多数のキメラを引き連れた強化人間達――離れの建物から周囲を警戒していたクラークが、間抜けたちを発見する。
「‥‥戦闘開始」
 無線のスイッチを一瞬入れて切る。それが合図だ。
(強化人間4、カンガルー型8、山羊角ライオン型9)
 冷静に数を確認しながらも強化人間の足取りもチェックを入れ、思わずため息が出てしまった。
「数は多いが、ほぼ素人か――ここでの最後の仕事かな」
 ケルベロスにサプレッサーを装着させ、呼吸を整える。
 近くではSE‐445Rにまたがったままのクレミアもサプレッサーを取りつけ、無線に向かって小声で問いかけた。
「エド、そっちはどうかしら?」

 どすんと、資料の詰まった箱を落すエドワード。箱の落下音でクレミアの声が紛れる。
 散らばった資料を集めるメイと零奈――エドワードはしきりに頭を下げていた。
「ああ、手伝わせて申し訳ない。何しろ資料が多くてね‥‥」
 屈み、自分も資料を集めながら零奈に近づき、こそっと耳打ちする。
「来たようだね」
「だね。あたしの方も小型無線で確認したよ」
 2人の会話が聞こえた訳ではないが、メイが顔を向けるとエドワードはこれ見よがしに腰を伸ばして叩く。
「あ〜持病の腰痛がまた再発しなきゃいいんだが‥‥」
「無理せず授業だけをしてくれても、よろしいんですよ?」
「そうもいかん。せっかくみんながんばってくれてるのなら、私も頑張らねばならんよ」
 再び箱を持ち上げると、教師エドは廊下に消えていった。資料を運ぶという名目で校内を巡回しているのだ。
「みんな、か‥‥じゃ、メイさん。行こうか」
 親友同士、肩を並べあって歩き出す――と、メイが苦笑する。
「にしても、あたしが言えた義理じゃないけど、あんたが体験とはいえ臨時の教師ねぇ‥‥とりあえず、慣れるまであたしも一緒に授業を進めるわ。と言うか、2人である程度分担した方が効率はいいんだけどさ」
「さすがに、教師は経験少なくてね‥‥助かるよ♪」
 一緒の方が意識をそらしやすいしと、内心で付け足す。
「ま、将来的に戦闘以外で仕事をというのは悪くないし、そのお手伝いは喜んでさせてもらうわ」
 メイの心遣いに、お嬢からの依頼である事がチクリと胸に刺さるが――これも彼女の為と零奈は開き直り、窓の外に目を向け今まさに戦闘のさなかであろう仲間達の安否を気遣うのであった。

 けたたましい音と共にロッジの扉が破られ、多数のキメラが押しかけてくる。
 だがそこで待ち構えていたのは子供の声がする数台のラジカセに、完全武装姿の藍紗やモココ、それと美紅だけであった。
「うわー、キメラだー。助けてー」
 あまりにも適当な悲鳴を上げながら、キメラが破った出入り口から逃げ出す美紅。ラジカセも楽しげな子供の声から一転、悲鳴などに切り替わる。
「ごめんね、私‥‥少しだけ許して‥‥」
 眼前に蛍火をかかげ、黒い炎を巻き上げ抜き放つ。その表情には狂気が宿っていた。
 飛びかかってきた山羊角キメラを力まかせに縦一閃。地面に叩きつける様に両断――死骸を飛び越え、カンガルーの脚を狙い斬りつける。
「あはははっ! もっと私を満たしてよ!」
 久しぶりに解放される狂気に酔いしれている、そう見えるほどにモココは次々と刀を振るっていた。
「負けておれんのう――」
 鬼面バイザーを降ろし、ゆるりと舞踏のような踏込で前に出ると鉄扇を横に薙ぎ払う。真横に構えた鉄扇の上にはカンガルーの首から上が。
 舞う様に自分の結界を作り上げ、踏み込むモノを容赦なく叩き伏せる華麗な動きの藍紗に、強引に力と速度と狂気で全てをねじ伏せているモココがたった2人だというのに14匹のキメラを圧倒していた。
「あれぇ? 私の身体ってこんなに軽かったっけ? ま、どうでもいいけどねっ♪」
 さらに加速させ、とにかく敵に突っ込んでは刀を振るい続けるモココであった――。

 走って逃げまわる美紅の後を、3匹のキメラが追いかけてくる。
「お助けー」
 茂みの中へまたぐように飛びこみ、追撃してきたキメラも茂みの中へと足を踏み入れると茂みを大きく揺らし、前のめりに3匹とも倒れ込む。
 その足にはワイヤーが絡んでいた。
「しょせんは獣であるな。飼い主そっくりなのである」
 冷ややかに見下ろし、茂みを揺らしながら音を立て、その頭部に銃口を押しつけ発砲。18発の弾丸をすべて撃ちきると少しだけ憂さが晴れる。
「まったく、残党は殺すななどとは面倒な話なのである」
 メイをからかうつもりが、思ったよりも人気者なのに興ざめして残党狩りに参加したものの、今度は依頼人の願いで強化人間は殺すなとのお達しに、ずいぶんと溜まっていたようであった。

 静かになったロッジ――破られた扉から中を覗き込む2人の強化人間達は凄惨な大広間に思わず嘔吐する。
 それはもちろん、ほとんど一方的に狩られたキメラ達の無残な姿にだ。
「遅刻かの? そんなコソコソせずに入ってくるといい、この檻の中にの」
 入口の横の教卓から、鉄扇にキメラの頭部を乗せて完全武装の藍紗が告げる。
「大人しくお縄につくなら、よし 抵抗するなら死なない程度に叩き伏せるゆえ覚悟せよ」
 藍紗に視線を向け、表情をこわばらせた強化人間の足元に、後ろからごろりとキメラの首が転がりこんできて、目を見開いて振り返ると、藍紗の対面側に蹴り足を上げたままのモココが笑っていた。
 視線がモココに釘付けになっているうちに藍紗は扇嵐で竜巻を起こし、強化人間を1人天高く舞い上げ自分の前に落下させると、2つの扇で足を挟み込む。鈍い音と、短い悲鳴。
「そう簡単に死ねると思うなよ、死んで楽にさせる気なぞ毛頭ないからの」
 踵を返した強化人間の前に、笑みを浮かべたモココがいつの間にか立っていて、足を撃ちぬく。
「ダメだよ? 逃げたらさぁ」
 悲鳴を聞き、さらに楽しそうに顔をゆがめ続けざまに発砲を繰り返し、殺しはしないが存分に痛めつけていた。
 目の前で仲間がなぶられ、扉の外にいた強化人間は逃げ出そうと後ろを向いたが、その足が撃ちぬかれる。
「降伏すれば、命までは取らんぞ? ‥‥死ぬほど痛いかもしれんが」
 どこからかクラークの声が聞こえるが、その方向まではわからない。
 だがそこであきらめるほど物わかりのいい奴らでもなかった。足を撃ち抜かれながらも駆け出そうとする。
「往生際の悪い奴らだ」
 逃げ出す彼らの前にバイクでクレミアが横切り、その足元に弾をばら撒いてその前進を止める。
「本当に往生際悪いわね」
 バイクを止め睨み付けると、生意気な事に睨み返してきた。もちろんそのくらいでは怯まない。
「なんだ? ミランダ警告でも読み上げるか?」
 銃を構えたままゆっくり姿を現したクラーク。装甲服姿は十二分に存在感だけで威圧できる。
「なんだっけ、あなたは黙秘権を行使する権利を有するとかだったっけ」
「‥‥お前らが我々に権利など認めるものか――同じ化物のくせに!」
「よし黙れ‥‥それとも、『過激な話し合い』がしたいかな?」
 少しは話し合いでもしようかとも思ったが、あまり面白い事は言いそうにない。
 隙があるわけではないが強化人間は2手に分かれ逃亡を試みる――だが振りきれるほどの足は無い。
「逃がしわないわよっ!」
 バイクで追いかけ追い越すと、後ろ向きにヘリオドールを構え、発砲。強化人間の目元にペイント弾が直撃し、視界を奪われた彼は悲鳴を上げしゃがみ込んでしまった。
 そこに美紅が姿を現し、両腕と両足を順に撃ちぬいていく。
「お前らも大概あほであるな。さっさと投降しておけば戦争被害者で済んだものを」
 もう1人は近かった森の方へと逃げたのだが、鳴子が逃げる方向を教え、その直後閃光と轟音が。だがそれでも足を止めない。
「やれやれ‥‥」
 クラークが一瞬で逃げ惑う強化人間の前に躍り出た。片目を押さえながらどけと凄み、ナイフを振りかざして突進してくるが、その腹にクラークの蹴り足がめりこみ、悶絶して前かがみに倒れ込むのであった。
「銃だけではないよ」

 猿ぐつわをかませ、布袋を頭にかぶせて拘束したあたりで、そこに1台の車が到着する。
「ふふーん、やはりもう終わっていたね。皆、ご苦労様だ」
「殲滅戦の方が、性分には合っているのだけどな‥‥」
「そう言うな、クラークよ。彼らには生きて伝えてもらわねばならん事もあるのでな――代わりではないのだが、そのうちに君の居住近くでキメラ狩りを君1人に任せるつもりだからね。その日までは我慢さ」
 苦笑し、腰に手を当てたまま言葉がよく聞こえる様にと前のめりに、拘束されている彼らへ顔を近づける。
「君らは被害者であり加害者だ。そこには同情もせんし非難もせん――誰に扇動されたかは知らんが、君らに導く者がいなかった結果だろう」
「黒幕なんてものはいない。あるのはほんの僅かな悪意とボタンの掛け違えだけである」
 大事を取ってミルの側で腕を組んでいた美紅が、口をへの字にしてそんな事をつぶやいた。その言葉にミルはゆっくり頷く。
「そうだな――だからそのボタン、私が正そう。君らのしたことを許すわけではないが、君らは生きてこの戦役の過ちを伝えていかねばならん。それがたとえ辛い余生であってもだ」
 スッと腰をまっすぐに立てる。
「今はまだ私の牙は砥がれている最中だが、他の強化人間達にも伝えたまえ。君らを私が導くとな」
 袋越しくぐもった嗚咽を漏らす強化人間達――そんな彼らに膝を折ってモココが語りかけた。
「急に変わることなんてできませんよ。あなた達も‥‥私達も‥‥でも、変われるように足掻いて生きましょうね」
 立ち上がったモココはミルに少女らしい笑顔を向ける。
「また何か用事があれば呼んで下さいね。いつでも行きますので‥‥あっ!」
「敬語禁止と言っただろう、モココよ」
 頬をつまんでみょいんと引っ張ると、モココは何か弁明しているが言葉にならないでいた。
「ふむ、イリーナもといボマー殿とイチャコラしておる間になにやら事件があった様じゃが、良き方向へ導かれた様で安心したのじゃ‥‥ところでミル殿は女もいける口かの?」
 その質問に苦笑するだけで答える事が出来ない、ミルであった――。

 帰り際、モココは学校の無事を確認――だが遠目から見るだけで、血濡れのまま純粋な子供達に会えないからと寂しそうに笑って去っていった。
 そしてクレミアに校門へ呼び出されたエドワードが、こんな事を尋ねた。
「む、彼女に会っていかないのかね?」
「いいのよ。いつでも会える機会はあるんだから‥‥」
 授業を進めているメイを遠くから眺めていた。その横で零奈がつまづいて転んだりしている様子に、ふっと笑みを漏らしバイクを走らせるのであった――。

『【落日】戦闘は最後かも 終』