●リプレイ本文
●カント南・元空軍基地
作戦決行前日となる夜、凍てつく寒さの中、そこだけは熱気であふれていた。
そんな中、1人の赤崎羽矢子(
gb2140)が白い息を吐きぼやく。
「大人しくエアマーニェに従ってくれればこんな寒い思いしなくてすむのに‥‥」
やれやれと肩をすくめると、両拳を握ったヨダカ(
gc2990)が口を挟む。
「バグアなんて滅ぼすに限るですよ。死ぬ事を選んだのなら、素直に死なせてやるのです」
「死ぬ事を、ね‥‥死に場所でも求めてるんだか‥‥」
「そんな事は関係ないさぁ。ボクらの邪魔をするから殺す。それだけでいいよねぇ?」
レインウォーカー(
gc2524)が隣の夢守 ルキア(
gb9436)に問いかけるが、ルキアは眉一つ動かさずに頷く。
「それが敵の望んだセカイ。セカイはひとつなんだ。私タチのセカイにはいらないよ」
「そうさ、折角の空を封鎖するなんて。意地が悪いね」
空こそが自分のセカイとでも言うかのように、天を仰ぎ両手を掲げていたソーニャ(
gb5824)。キッとビシュケクの方角を睨み付ける。
「でも、ここの空、解放させてもらうよ」
「その意気よ」
ソーニャの言葉に応えたのは、今回の作戦責任者でもある冴木 玲(gz0010)少尉であった。
「みんな、寒い中ご苦労様ね――今のうちに確認しておきたい事とかはある?」
スッと手を挙げた新居・やすかず(
ga1891)。
「これまでに確認された罠の詳細を聞かせてください。道中の発見に役立てそうですから」
一拍おいて鐘依 透(
ga6282)が続ける。
「軍の方々なんですが、敵に気づかれない範囲で生身班行軍中の梅雨払い、目的地では戦場外の後方で待機して貰って、施設爆破とゴーレム撃破後に制圧助力をお願いしたいんですが」
その案は、傭兵達によって出された結論であった。彼らにその全てを任せていた玲は、素直にわかったわと頷くのであった。
「冴木少尉殿は生身で行動なのだよな?」
榊 兵衛(
ga0388)が今一度確認。玲はそうよと返す。
「冴木少尉殿達の任務成功の為にも敵の注意を引く必要があるか。ならば、せいぜい派手に暴れてやることとしよう」
お猪口を掲げて玲に笑みを向け、クイッとあおる。
「その余録で少しでも敵の戦力を削げれば、この後の作戦に寄与するだろうし、な」
「さて、久しぶりに陸戦ですか‥‥まあ全力で行かしてもらいましょう」
クラーク・エアハルト(
ga4961)がしげしげとお猪口を眺めていると、一杯いるかと聞かれたが、首を横に振る。
「作戦前ですから、ご遠慮いたします――」
(相変わらず酷い天気だな‥‥誰だ、こんな季節に攻めようなんて言った奴は)
強風と地吹雪に目を細めていたクローカ・ルイシコフ(
gc7747)だが、彼はにっと笑う。
「もっともこれくらい僕は慣れっこだけど」
後ろを振り返ると、わざわざ風の方角に顔を向け、目を閉じているイリーナの姿があった――どことなく、懐かしんでいるようにも見えた。
以前、一度だけ見ただけだが、きっちりと彼女の事は覚えている。クローカは歩み寄り、そんな彼女の横を通り過ぎざま横を向き言葉をかける。
「Как поживаетеГригорьевна? バグアに豊満が多い理由は見つかった?」
冗談めかしつつ通り過ぎる――だが彼と彼女は似た境遇同士、心中を察し、あえてその言葉であった。
久しぶりに聞いた母国語に目を丸くし、通り過ぎていくクローカの背中をずっと目で追って行く――と、クローカとすれ違いこちらに向かってくる見覚えのある顔――藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)であった。
彼女は皆のKVの兵装を眺めながら歩き、イリーナに気付くとにっこりと微笑む。
「最近ぶりじゃの、ボマー‥‥いや、イリーナ――氏はなんだったかの」
「今はイリーナ・グリゴロヴナ・アバルキナと名乗る事にしたんで、よろしくッス」
軍人ぽく敬礼をしてみせるが、冗談めかしたなんちゃって敬礼にしかなっていなかった。
だがそれでも、その名前から藍紗は彼女の決意を感じ取る――彼女の悲しみを知っているが故に。
「故人の遺志を継いだか、だが、死に急ぐでないぞ?」
「モチロンすよ。少なくとも母国を取り戻すまでは、死ぬ気にはなれないッスね」
「くっくっくっ‥‥凍てつき土地に春を到来させるという処だね」
闇の中、腕を組んで肩をすくめている錦織・長郎(
ga8268)がそこで佇んでいた。
(様々な経緯によりやっとここまで来れたものだしね‥‥この地の平定を成し遂げる為にも、勿論協力なのだよね)
彼も彼女の悲しみを知っている1人であった。だからこそ穏やかなれど、この作戦に意気込んでいた。
「いたいた、リトルレディー達。そろそろ出発だヨ」
ルキアの言うリトルレディー達の2人――イリーナと藍紗は顔を見合わせる。
どちらも見た目は少女と呼べる顔立ちをしているが、その実――。
「ふむ。リトルレディーと呼ぶには‥‥」
そこで言葉を区切る長郎――藍紗が足を踏みつけている意味を汲み取ったのだ。
首をかしげるルキア。
「なんでもないのじゃよ。さて、行くとするかね」
11機のKVとそのパイロットがカラ=バルタに到着し、未明にゆっくりと進軍を始めた。
(‥‥代鏡に乗るのも久しぶりだな)
進軍しながら『代鏡』――ミカガミに乗る透はそんな事を想っていた。
(一番乗りなれた相棒――今は反応鈍いと感じる事も多いけれど、出来ることをやろう代鏡‥‥精一杯)
「先ほど皆の装備も確認して思ったのじゃが、いや、これはまた高性能な機体が揃っておるのう、我が機体なぞ時代遅れも甚だしい、ここはエースの皆々様の活躍を期待するかの」
「同じ古参なんですから、こちらも頼らせていただきますよ――そろそろ警戒を始めますか。無線封鎖開始‥‥さて、どうなる?」
打ち合わせ通りに皆が通信回線を閉じる。
しばらく続く、無言の進軍――と、やすかずのピュアホワイトが腕を横に伸ばし、制止を求めた。
若干走る緊張。
雪に覆われ、多少の起伏はあっても何もない平坦な道。やすかずは周りよりもほんの少し高い根雪を、静かに、そして慎重に掘り分けると――あった。決して踏んではいけない物が。
立ち上がったやすかずは無言のまま横手の林に銃口を向け、歩み寄り、林には入らずそれでいて林のぎりぎり手前で進軍を開始する。
彼のつけたワダチに沿って、皆が一直線並んで進軍を続けた。
(罠の傾向からすると、地雷と、それを囮としたワイヤートラップのはずですが、やはり入ってほしい林の入り口には仕掛けませんか)
事前に罠の傾向の情報を得ていなければ、引っかかっていたかもしれない。そしてこれはダメージよりも、警報としての意味合いが強いのだろう――そんな事を考え、やすかずは前へと進むのであった。
「ほんの少し早く着いたわね」
軍の露払いもあったおかげで、ビシュケクがどことなく目視できる距離までたどり着いた玲達。すでにスノーモービルを降り、逆風と地吹雪の中、歩いての進軍だった。
前に随分キメラを潰したおかげか、比較的出会う数も少ないのも予定より早い理由かもしれない。
玲の後を続くイリーナに、長郎。そして5人の歩兵達――ふと玲は足を止めると振り返る。
「ここより先に近づくと気づかれる可能性もあるから、ここで少し待機しましょう。根雪を斜めに少し掘り下げて風をしのぐわよ」
玲の言葉に歩兵達はシャベルを取出し、手際よく横長の穴を作るのであった。それは軍からの教育をほとんど受けた事のない者には無いスキルである。
しゃがみ、穴の中で身を寄せ合う一同はチョコを口に含みながら凍傷にならないよう指先を動かして待機。
兵士から火を起こさなくとも熱くなる仕組みの施された、携帯ココアを受け取った長郎は素直に礼を述べる。
「感謝だね。さすがにこういう作業は、日々訓練しているだけあってお手の物だね」
「我々にできるのはこれくらいですからね」
熱くなったココアを飲みながら真デヴァステイターにサプレッサーを装着、そして貫通弾を装填。
ここまでの道のりから、この先の地理状態を予測し全員とハンドサインの確認。そしてその時を待つのであった――。
未明に出発し、明け方には到着してみせたKV一団。
地吹雪の流れに背に受け、なおかつ日の光を正面から浴びて影もろくに見せずに進攻できたおかげか、いまだ敵に発見されず、かなり近い所までやってきた。
回線封鎖を解除し、作戦が開始される。
「地形情報照合――確認。逆探知開始――狙撃手などひそんでる気配は、なしと」
「ロータス・クイーン起動――重力波感知、データリンク開始」
ルキアとやすかずが情報を集め、互いに整理して全員へデータリンクさせる。1機だけでも精度はかなりなものだが、それが2機となるとさらに心強い。
だがそれでも地吹雪による視界の悪さは、傭兵達に多大なストレスを与えるものであった。
「お前の眼を頼らせてもらうよぉ。斬るのはボクに任せてくれぇ」
視界の悪さが楽しいかのように、レインウォーカはにたりと笑う。
「視界が悪くては‥‥味方の姿も見え辛いな」
クラ−クのぼやき。
レーダーに映る味方機と視界に見える味方機を照らし合わせると、ほんの100mも離れていないはずなのにもかかわらず自分と対極の位置にいる味方機の姿を目視できない――それほどまでに、地吹雪の視界不良は酷かった。
「こうなると一気に攻めるが一番ってね」
「そういうこと――視界不良は敵にとっても発見しにくいと言う事だからね」
もう待ちきれない道化が、今にも飛び出しそうであった。
「行くぞ、クローカ。ああ、前に言ってたように終わったら雪合戦かなぁ?」
「ここの雪はやりにくいけどね――行きますか」
両翼の先端に位置する羽矢子とクローカが城壁へと一気に突進をかけると、陣形に沿って皆も一斉に突撃を開始――城壁まで100mを切るというところで、城壁の上から黒い物体と白い物体が飛びだす。
黒いゴーレムと、雪迷彩のゴーレム――だが、それらが地に着く前に羽矢子はレーザーライフルを構えていた。
「さ〜て。まずは敵の援護から潰していこうか――冴木達はまだ目標に到達してないよね」
無線で確認すると、もう少しよと返事が返って来たのをうけて、集中――そしてトリガーを引く。
地吹雪の小さな小さな合間を縫い、一直線に伸びたレーザーはキメラを排出する穴へと見事に直撃。小爆発を起こして穴は瓦礫に埋まってしまった。
そして地吹雪の隙間からチラリと見えた群がっている狼型キメラに向け、兵衛とクラーク、ヨダカの多連装機関砲が火を吹き、白い地吹雪がパッと赤く染まる。
「吹雪に隠れたって無駄なのですよ!」
「やっぱり敵戦法は、迷彩を活かしての奇襲かな?」
「そうでしょうね、きっと――まずは着色です」
横並びに着地した迷彩ゴーレムに向け、ラスターマシンガンで薙ぐと8機のうち2機が直撃し、雪迷彩の機体に赤いペイントがべっとりと付着する。
「指揮官機に注目を集めさせての奇襲でしょうからね」
回避したであろう先に向けてガトリングをやすかずが掃射していると、数発が弾け、赤いペイントを何機かに付着させる事が出来た。
(雪に擦りつけて、分からないようにされたら厄介だな)
ルキアもノワールデヴァステイターで大まかな位置を狙って、2度の射撃――1発だけ弾けたのが見えた。
そして次を構える前に、迷彩ゴーレム達は身を低く――それこそしゃがむといったレベルまで低くするが、それでも機動力を損なわず、地吹雪の中にすっぽりと消えていった。
それと同時に黒いゴーレムが動き出す。
「この動き、どう考えても有人機だよね」
「今更抵抗して何になるのさ? それとも、死に場所でも求めてるの?」
有人機と聞き、回線を開いて呼びかける羽矢子――意外にも即座に反応があった。
「生きる場所がここなだけだ、人間よ!」
黒ゴーレムが羽矢子との距離を詰めディフェンダーを振り上げるが、いち早くブーストで機体を滑らせ横にかわし、盾を地面に突き立てる様に構えて足を薙いできたゴーレムの一撃を防いで見せた。
その一瞬を狙って透がフィロソフィーを構えるが、やすかずの同士討ち注意の警告で、撃つ前に射線上に羽矢子を挟むよう移動される事に気づき、結局撃てないままゴーレムは再び地吹雪に身を隠す。
透のその一瞬の躊躇を狙って黒ゴーレムがガトリングを掃射、身を低くして回避行動に移った透だったが、足場の悪さも相まってかわしきれずに多少なりとも被弾してしまう。
「く‥‥射撃はやはりデメリットがあるかな」
「射撃は控えるべきか‥‥そうも言っていられないか!」
透の言葉にうなずきかけたクラークだが、合間で見えたゴーレムにプラズマライフルを反射的に撃っていた。狙いを定める時間が無い直感的な射撃だが、わずかな手ごたえは感じた――しかし、その直後に背後の雪原から2基のガトリングで狙われる。
「そうくるじゃろうなとは思うておったよ」
クラークの背後を藍紗が盾で守りぬく――ただ、ガトリングという性質上全部が防ぎきれるわけでもなく、盾に隠れていない部分に何発か被弾――もっともそこは古参らしく、動きに支障が出るような箇所では受けないので、ほとんどダメージは無かった。
「そこから出てこい!」
兵衛が咆えてスラスターライフルを撃つが、直撃した様子は感じられず、2機はこっちにまっすぐ向かってくる。
そして視界の片隅でこれ見よがしにガトリングを撃ちながらちょろちょろと、意識の邪魔をする黒いゴーレム。当然そちらにも注意しなければいけないし、目視がほとんどできない迷彩ゴーレムはモニターによる情報を確認しなければいけないので、意識を片方に向けきれないのだ。
だが黒ゴーレムの前へシアンにコバルトのラインが施された機体、ソーニャ機が躍り出る。
レーザーライフルを数発――回避する方向にブーストで詰め寄りクローで斬りつける――が、ディフェンダーで防がれ払うと同時に後退しながらもガトリングで足元を狙ってくる。
しかしまるで空を舞う様に機体を回転させ、ライフルで応戦するソーニャ。黒ゴーレムも不規則ながらも滑らかな動きで見事に回避してみせた。
「さすが、生き延びたパイロット。いい腕してるよ――相手にとって不足なし‥‥いくよ。楽しい舞踏になりそうだね」
(お嬢ちゃん、早くこの対空設備こわしてね)
「セット完了ッス」
城壁の外側にたどり着きイリーナは工作を開始すると、ものの1分もかからずに1個、設置が完了する。
「早いわね‥‥ちょっと待ってね。ここからは時間優先だし、やはりこの周囲だけ妙に暖かいから――」
そう言うと玲は荷物から取り出した制服のスカートをつけ、防寒のズボンを脱ぐ――その時、玲の正面でしゃがんでいたイリーナが何かに気付いたらしく、目をぱちくりさせて口を開いた。
「‥‥毛糸のパンツ、暖かそうッスね」
「ええ。祖母が編んでくれた物よ――おばあちゃんの知恵袋くらい、暖かいわ」
「‥‥あ――ええ?」
いつもとかわらない表情で淡々と語る玲の冗談か本気かわからないセリフに、後半の笑いどころのようなポイントでイリーナは笑うタイミングを逃してしまった。
「くっくっくっ、いわゆるおばあちゃん子というやつなのだろうね。意外といえば意外だが、古風な君らしいのかもしれないね」
遠くもない所で爆発らしき音が響く――が、地吹雪がひどくて様子が何もわからない。だが皆ががんばっているのだけはわかる。
いきなり長郎が後ろに向け発砲。飛びかかろうとしていた白い狼型キメラが赤く染まり、後方に弾かれていった。
「さて、急ぐかね。あまり悠長な事も言えないだろうし、後方は僕に任せてくれたまえ」
「頼んだわ――行きましょうか!」
イリーナを背中に張りつけさせると、駆け出しながらの抜刀――たったの一振りで、2、3匹のキメラが両断され、それらを前方に蹴りつけ道を切り拓く。
後を追い、脇に避けたキメラを退治してリロードしながらも、うっすらと笑みを張り付ける長郎であった。
スナイパーライフルで狙いを定めるルキアだが、モニターで位置を確認しながらの照準では全然撃つべきタイミングに間に合っていない。
そのうちに1機が、こちらめがけて突進してきていた。もちろん、目視はできない。
(近接戦の方が、迷彩っていうアドヴァンテージに対抗できるケド)
正面から向かい合い、こちらから踏み込んでノワール・デヴァステイターの銃身下部から刃を伸ばして斬りかかってはみる――が、やはり自分の性に合っていないのと、敵も立派な近接武器を持っているため切り結ぶというよりは、斬られないように受け流しながらかわすだけで精一杯であった。
そして再び地吹雪に姿を隠し、遠ざかっていくゴーレムにロングレンジライフルで追撃。やはり手ごたえを感じないでいると、再び別方向から近づいてくるゴーレムに気付くと、大人しく下がって透の後ろに回る。
「狙われているから、庇ってくれる? ま、できるダケ回避してみるケドさ」
「僕も硬い方ではないですけど、護衛はさせていただきますよ」
モニターのおおよその位置情報から、地吹雪に目を凝らし、違和感と射撃位置からおおよその距離と位置を予測して突進をかける。
射程に入ったと感じた瞬間、センチネルで挟むように連撃――そして弾を入れ替えたラスターマシンガンとフィロソフィーのダブルトリガーで畳みかけた。
すぐ目の前で火を吹き、着弾しながらも距離を詰めてくるゴーレム。ディフェンダーを振りかざす。
だがそれは透の思うつぼだった。
銃器を手に持ったまま、腕を腹めがけて突き出すと、腕から高出力エネルギーの刃が伸びてゴーレムの腹をやすやすと貫き、両断――やっと1機のゴーレムが沈黙する。
「1機撃墜です」
透の連絡に、スラスターとブーストで疑似ホバーを作り上げて雪の上を舐めるように移動し交戦を繰り返していたレインウォーカーがニタリと笑う。
「負けてられないねぇ――」
「やはり動きが厄介なのです」
機体を滑らせ、近くにいたヨダカのペインブラッドと自機のペインブラッドの背をあわせファランクスとレーザー砲で牽制をかける。ヨダカも多連装機関砲で牽制をかけていた。
「久しぶりのペインブラッドコンビだねぇ。派手に踊るとしようか、ヨダカ」
「了解ですよИたん――そこなのです! 長所を潰させてもらうですよ!」
一瞬見えたペイントに染まったゴーレムの脚めがけ、ヨダカのプラズマライフルが閃光を放つ――確かな爆発音。そしてこれまでずっと身を低くして移動していたゴーレムが立ち上がり、肩を上下に揺らしてゆっくりと逃げていく。
もちろんそのチャンスを逃すはずがない。
かなり雪原の歩行に慣れてきたヨダカが後ろを見せているゴーレムに向かって、距離を詰めていく――と。
「ヨダカさん、警戒してください!」
やすかずの声。その声と同時に、横合いから突如ゴーレムが飛びかかってきた。
「騙し討ちくらい予測済みさぁ」
滑るように移動してきたレインウォーカーがファランクスでゴーレムとヨダカの間を隔て、こちらに目標を切り替えてきたゴーレムのディフェンダーを機体をほんの少し滑らせ、僅かな移動で回避してみせる。
そして慌てて距離を置こうとするゴーレムの滑らかな移動に合わせ、レインウォーカーも滑らかに、ぴったりと張り付いていた。
「その動きは知ってるんでねぇ。それもお前達より遥か上のレベルの事を平然とやる奴をさぁ」
ディフェンダーの横なぎ払いに合わせ、機体を回転させながら斜めに沈むようにスライドしてかわし、ブラックハーツを起動させて増幅させると回転の勢いを利用してリビティナを斜めに跳ね上げる。
「これは物真似でボク流にアレンジしたモノだけど、まだ本家の技には程遠いねぇ。クラウン・マニューバーと名付けたい所だけど、道はまだ遠いかぁ」
愉しげに笑う道化。目の前の足から肩に向かって綺麗に両断されたゴーレムが、爆発――その勢いに乗ってヨダカがゴーレムとの距離を一気に詰めると、高電磁マニピュレーターによる放電攻撃で脚の関節を狙い動きを止める。
「ブラックハーツ、起動! 貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いなのです、だから首おいてけなのですよ」
手前に引いた緑色の大鎌の刃がゴーレムの首を撥ね、柄尻を上向きの下段に構えた大鎌で、股下からゴーレムを真っ二つに――爆発。
撥ねた首は柄尻で突き刺し、高く掲げるヨダカであった。
攻撃は盾で防ぎつつも、頭部や脚部、それに武器を狙って時には蚩尤で無力化を図っていたクローカ。
しかし視界の悪さのせいで決定打にかけ、なかなか部位破壊もできなかった。正しくは当たってはいるが、軽微な損傷程度に収められつつ、次々に他のゴーレムがやってくるため、単体のみにダメージの蓄積もできないのだ。
何よりも彼は陣形の先頭であるため、狙われやすく、味方のフォローもうけにくい位置である。幸いなのは、彼自身もこの悪天候には馴染んでいるため、比較的皆よりは目視による反応がしやすい事であった。
「まあまだ撃破目的ではないのだけどね」
あくまでも歩兵支援の陽動に徹しているのだから、目的自体は大いに果たしているといえる。
何度目かの敵機接近――だが今度は横手から藍紗がゴーレムに並び、至近距離のガトリングを盾で受けながらもビームコーティングアクスで足を払う。
それを真横にスライドしてかわすゴーレムだが、その動きが突如止まった。その足にワイヤーが絡んでいる。
「長く御剣隊で戦働きをしておるからの、不利な戦場はいくつも潜り抜けておる」
視界不良による不利を減らすどころか、逆手にとってワイヤーを忍ばせるあたりは、さすがの年季であった。
ぐっとワイヤーを引っ張り、バランスを崩したところをアクスの一撃――ビームコーティングされたアクスは、やすやすとゴーレムの胴体を分断する。
「流石だね。不利を物ともしないかぁ」
「50機で、千や万の軍勢を押し留めた事もある。それに比べれば、この程度の不利で臆していては、共に歩む英霊達に笑われてしまうわ」
見た目は小さいながらも、その経験の多さは伊達ではない。
「その通りだ。不利と嘆く暇などないのだからな!」
身体は正面に横へと駆け抜け、地面ごと抉るように千鳥十文字を縦横無尽に振り回して2機からの連携攻撃を弾きながら兵衛が咆える。
槍で受け、時には逆方向へのブーストで慣性制御のような動きを見せて追随し、僅かな被弾はあるがそれでも巧みに回避して決して距離を取らせようともしない。
たださすがに現れては消えるを繰り返す2機相手に、まだ一撃もくわえる事が出来ずにいた。
その頃やすかずは、羽矢子とともに対地砲台潰しに専念していた。そして潰しながらも、ずっと考え続ける。
(気温、気圧、気象状況から言えば、これほどの強風と地吹雪は不自然ですね――もしかしてこの反応は‥‥)
ずっと気にはなっていた城壁角の反応――そこに伏兵でも潜んでいるのかとも思ったが、明らかにそれはレーダーサイトからのものであった。
「誰か4つのレーダーサイトを破壊してください!」
直感の結論を信じて叫ぶやすかず。
「オーライ!」
「任せろ!」
「ここからなら、いけます」
「了解したヨ」
羽矢子、兵衛、透、ルキアがやすかずの言葉に応え、グレネードを、スナイパーライフルを、フィロソフィーを、ロングレンジライフルを構え、一斉に掃射――4つのレーダーサイトが無残な姿へと変化するのであった。
「‥‥風が止んだわね」
「どうやら今の射撃によるものなのだろうね」
最後の設置を施しているイリーナに近づかせまいと玲と長郎が狼型と交戦していると、風が止み、地吹雪がほとんどおさまったのだ。
そんな彼らに向かって、これまでのキメラよりも倍以上大きい3m超えの狼型が走ってくる。
「イリーナさんを頼むわ」
「了解だね」
長郎は銃口で眼鏡を直し、数で押し寄せてくる狼型を前に銃とオーブの交互撃ちで応戦。その間に玲は刀を上段に構え大型に向かって雄叫びを上げながら突進していった。
「イィィィィィィィエァァァァァァアァァア!」
空気と大地を叩き割るような気合いのこもった一閃――大型が一撃で正中線から綺麗に2つに分かれる。
「設置完了ッス! あとは起爆のみ!」
「ならばすぐこの場を離脱するだけだね」
イリーナを走らせ、追ってくる狼型を蹴散らして離脱を開始する長郎達であった――。
「勝機!」
2機を相手取りながらもレーダーサイトを狙撃した兵衛が獰猛な笑みを浮かべ、地吹雪が止んでほとんど丸見えとなった間抜けな恰好の2機を睨み付け、一歩踏み込んで千鳥十文字をすくいあげる様にふるい、一直線だったゴーレムを左右へと分断――すると同時に電光石火の一突きが2機を貫き、あれほど苦戦をしていたのが嘘のように、勝負は一瞬で終わったのであった。
「この距離なら、行けるか‥‥ブースト及びスルトシステム起動」
勝機を悟ったのはクラークも同じであった。機内に甲高い音が響き渡り、操縦桿をぐっと握りしめる。
「勝負といこうか? ‥‥どれほどの負荷がかかるか」
プラズマライフルで牽制――敵が自分の領域に踏み込んできた。
弾ける様に飛びこんだクラーク。敵がディフェンダーを構える前に駆け抜けていた――ゼロディフェンダーを横に傾かせたまま。
ずるりと、上半身が地面に落ちる。
「やらせるかっての!」
城壁の上に跳んでいったゴーレムの後を追い、城垂直離着陸能力で飛びあがり城壁ギリギリを抜け、城壁の上でガトリングを構えようとしていたゴーレムの前に立つ羽矢子。
今までの視界不良で極限まで高められた集中力の前には、陸にあがった河童の如く緩慢なゴーレムのディフェンダーをかいくぐり、ハイディフェンダーを突き刺して床に叩き伏せる。
「じゃあねっと!」
もうじき爆破の気配を感じ取り、全力でその場を離脱――その直後、城壁の数か所が爆破。激しい轟音と共にではあるが城壁は綺麗に真下へぺしゃりという感じで崩れ堕ちるのであった――。
死角からの爪を屈んでのまわりこみで回避し、黒ゴーレムはがら空きの胴体にディフェンダーを振るうが、既にソーニャの姿はなく高速で下がりながらレーザーライフルの連射――かと思えば突進して、黒ゴーレムの突きを舐める様に前に出たままかわし体当たり――ではなく、回り込んで背後からコクピットを狙うが読まれていたのか振り返りざまにディフェンダーで防がれ、零距離からのガトリング。
高速で舞う様に回避するソーニャは実に楽しそうだった。
「踊れ! エルシアン! ほんと、あなたとは空で会いたかったわ――どぉ? 対空設備がなくなったところで空でやるっていうのは?」
「断る!」
すでに守るべき物もないのに、意固地になってソーニャを狙い続ける黒ゴーレム。
「そっか‥‥じゃあもう終わらせなきゃね」
少しだけつまらなそうにつぶやき、滑るように突撃をかける――ガトリングも装輪走行の軸足変化による不規則なコマのように動き回り、距離を詰めて頭部へ爪の一撃。
それはディフェンダーで遮られるが、本命は下段からの突き上げるような雪村の一撃だった。
黒ゴーレムは一瞬だけビクンと跳ね――沈黙するのであった。
城壁が崩れ去り、城壁内部にいた狼型が大量に溢れ出てくる――が、その前にレインウォーカーとヨダカが横並びで立ち、多少の牽制をして注目を集めながら後退していた。
「さぁ、見せてやろうヨダカ。ボクらの切り札をさぁ」
「了解だよИたん!」
レインウォーカとヨダカのエネルギーが膨らんでいく。
「行きますよИたん! ヴォルテッククラスター、発射なのです!」
「嗤え」
ヨダカのフォトニック・クラスターとレインウォーカーの真雷光破が重ね合わさり、前方広範囲にわたって狼型が次々に焼けただれていく。
その横を通り抜け軍は一気に攻め上げる。ここまでくると、もはやビシュケクは墜ちたも同然であった――。
「雪合戦? いいヨ。やろっか」
事前に言っていた通りに、レインウォーカーとルキア、クローカにヨダカも交えて雪合戦をしていた。ややルキアがなにやら運よく当たらないとか、皆に気付かれにくいとかあるが。
「くっくっくっ、それにしてもさすがは人類のエースだね」
「まだまだよ。なにせ、力や速さで優っていてもいまだに祖父から一本も取れないもの」
玲が苦笑すると、長郎は肩をすくめるのであった。
「ご苦労様じゃな、イリーナ殿。満足かや?」
「ひとまずはッスかね。ここから先は私では役に立てそうにないから、あとは信じて待つのみッスよ」
「リトルレディー達も雪合戦、参加しない?」
ルキアの誘いに、参加するすると子供のようにはしゃいで駆け出す――と、途中足を止めて視野は意地の悪い笑みを浮かべる。
「まあ見た目と違って、御年26じゃがの」
実年齢に驚き、知らなかった者はしげしげと藍紗を眺め、その横のイリーナもポツリと漏らす。
「私ももう30ッスけどね」
それには隣にいた藍紗も驚いて、イリーナの顔をまじまじと見てしまった。
駆け出すイリーナはクローカの後ろへ。そして最初の問いに答えた。
「Все нормально! 資料は偽物だった! それだけッスよ!」
雪玉を作り始めるイリーナに、クローカは笑みで応え――その腕をつかんで止める。
「それはちょっと、反則だと思うよ」
閃光手榴弾に雪を固めていた、イリーナであった。
この都市で一番高い鉄塔に登り、嬉しそうにずっと空を眺めつづけるソーニャが空を掴むように両手を広げて呟いた。
「この空はもう、自由だよ!」
『【RR】ビシュケク解放 終』