タイトル:【落日】お嬢を導いてマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/01/23 06:51

●オープニング本文


●カルンバ・スラム街
「――これはいったい、どういう事かね‥‥」
 瞬きもせず、茫然とたたずむミル・バーウェン(gz0475)の前に広がる、無残な姿のスラム街。
 貧しいながらも必死に生きる人々の活気であふれていたはずのそこに人影はほとんどなく、いつも店を広げていた露天商の姿はなく、かわりに地面が無数に抉られ、どす黒く染まっている。
 むせかえる真夏の熱気に混じり、ミルのよく知る臭いがまだわずかに残っていて、何があったのか――考えたくはないが答えは1つしかない。
「まあ、強化人間の襲撃ってやつだねぇ――時期的に言えば、ナイフが襲撃された時とほぼ同時だったか」
 ナイフ――メイ・ニールセン(gz0477)が元パークス天文台で襲撃を受けたのは知っている。
 だが、こっちの事は聞かされていなかった。
 背後で飄々としているグレイを、睨み付ける。
「‥‥知っていて、報告しなかったな」
「まあなぁ。お嬢は色々楽しんでたようだし、水差しちゃ悪いと思ってね」
 確かに浮かれていた故にそれを咎める事が出来ないミルだったが、とても大事な事を思い出し、その足は自然と駆け出していた。
(エリック‥‥!)

 真夏でも、そこだけは寒いほどに冷やされていた。綺麗に整理され大量に並べて置いてある、寝袋の様なもの。
 その中の1つにミルの弟分、エリックが目をつむり、横たわっていた。
 ――その体には、無数の銃創が。
 ファスナーを下して顔を確認したミルは――固まっていた。
 そっと頬に触れる。
 固くて、冷たい――。
「お嬢――」
「わかってる」
 ギリっと歯を食いしばり、眉間に深くシワを寄せる。
「言いにくいんだが――」
「わかっている!」
 額を、物言わぬエリックに合わせる。唇を強く噛みしめ、口の中に血の味が広がる。
「奴らの使っていた武器――」
「わかっていると言ってるだろうが!」
 いつもふざけ気味で飄々としている彼女にしては珍しく、その声にはありありと怒気をはらんでいた。
 そして絞り出すような、かすれた声で続ける。
「――自分の商品だという事くらい、私がわからないはずなかろう‥‥!」
 建物の破損被害、銃創、それらを見れば自分が民間の企業に卸したPDWである事くらい、察していた。
 そしてとても小さな声で、彼女は漏らす。
「これだから母様を殺した武器なぞ、嫌いなのだ‥‥」
 ――何事もなかったように立ち上がると、彼女は眼鏡を外し、それをケースに収めてポケットに。その目は吊り上り、睨み付けるようなまなざしで口をへの字に結んでいる。
 そこに、いつもの笑みはなかった。
「投降の可能性も含め放置してやっていたが――いつの間にか私は、ぬるくなっていたようだね。
 グレイ、襲撃した奴らの一部はまだここに潜伏中だろう? 私への報復が目的にしても、拠点に襲撃をかけて軍からそう簡単に逃げおおせる訳がないものな。いくら豪州軍といえど、3度目の襲撃に動かんはずもないし」
 ミルの問いかけにグレイは渋い顔でうなずき、既に特定はしてあると答えると、ミルは颯爽と歩き始めた。
「なら彼らを呼んでおいてくれ。いつも通りの『仕事』だとな」

 集まった傭兵の前に立つミル――何人かの傭兵は違和感を感じた。知っている彼女と、少し様相が違うからだ。
「さて、諸君も知っての通り強化人間によるゲリラ的襲撃を受けた。地区が地区だけに対応も遅れ、取り逃がしたものの奴らの一部はまだ潜伏していることが判明した。
 そして潜伏先も特定済み、加えて計算上奴らのPDWは弾切れだ」
 そこまで説明すれば、もはや何が言いたいのか察しはつく傭兵達。ただ、次の無益な言葉は予測できなかった。
「発見次第、1人残らず処分したまえ」
 室温が一気に低下した――ような気がする。それほどまでに冷たく、淡々としていた。
「強化人間は保護しましょうなんぞという世論など、握りつぶすのみ。
 テロっておいて、いまさら武器がないからと投降させん。世論が味方して、失敗しても保護されるだけだろうなんて甘い考えをされては、無差別に被害が広がるだけだ。
 見敵必殺、サーチアンドデストロイ。一片の容赦もなく、うち滅ぼすのみ――では諸君、任せたよ」
 その場から立ち去るついでに、入り口横のグレイへ声をかける。
「武器を卸した企業に、口を割らせろ。協力者ならば、寄り添いあって潜伏している大元の場所を知っているだろうからな。頼んだ」
 ミルが立ち去り、若干のざわめきを見せる傭兵達にグレイだけはいつもの飄々とした態度で前に立った。
「わりぃな、お前さんら。ちょっとお嬢が昔に戻っただけでね――お嬢の言ってた通りに、潜伏中のやつらは既に武器がない。引き時を間違えた奴らなんざ、ろくに訓練も受けてない一般人に毛の生えたような素人だろうから、発見されれば投降してくるだろうさ。
 それの処遇についてはお前さんらに、委ねておく――今のお嬢じゃ、決して冷静な判断とは言えないのでね。
 つっても、あんまもたもたしてると逃げちまうだろうから、この後すぐ動き出してくれや」
 じゃ任せたぜと、彼も傭兵達を残して自分の仕事をしに戻るのであった。
(メイくらいいれば、お嬢に冷静さを取り戻せたかもしれんが――今のままではいかんねぇ。報告しとくか)

 依頼を受け、一度だけ顔出ししておこうと思った傭兵達。
 うっすらと開いている部屋から、けたたましい音が鳴り響く――それに驚いた彼らは、そっと中の様子を窺った。
 床に散乱する無残な姿のカップたち。テーブルには座らず、額をこすりつける様に突っ伏しているミルが、両拳を震わせていた。
「何のために武器商人になったのか思い出せ、私よ‥‥!」
 その様子に声をかけていいものか迷っていると、傭兵達に気づいたグレイが中を窺い、そして声を潜めて傭兵達にお願いをした。
「今のお嬢は色々揺れてる――今まで通りの計算高い甘ちゃんか、昔の先を見ない悪党のどちらになるかで。
 まさに今すぐやらねーと、もう聞く耳持たないだろうが――強化人間どもも、今すぐ行かなきゃ逃がしちまうだろうけれども――ま、どうするかは任せた。せいぜいお嬢を導いてくれや」

●参加者一覧

日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD

●リプレイ本文

 ミル・バーウェン(gz0475)がどうしてこうなったのか、エドワード・マイヤーズ(gc5162)がグレイから聞き出すと、かいつまんでこうなった経緯を話してくれた。
 ミルに懐き、またミルも可愛がった弟分のエリックが、自分の武器で殺されたと言う事を。
 話を聞き、複雑な表情を浮かべエドワードは十字を切る。
「何だか知られざる内面を見てしまったような気がするね‥‥」
「エリックってあの子だよね? 知った子が亡くなるってのは‥‥辛いね‥‥」
 刃霧零奈(gc6291)は沈んだ表情を見せ、再び、荒れた部屋を覗き見る。
(あたしも、ちょっと前まであんなだったんだねぇ‥‥でも、お嬢には今までの『計算高い甘ちゃん』のままで居て欲しいな)
「ミル・バーウェンには武器商人として自分の行いが人にどんな影響を与えたか見る義務と、17歳の女の子として逃げる権利があると俺は思う」
 大事な妹を失わせた苦い経験のある日野 竜彦(gb6596)は、ミルの取り乱す気持ちと同時に、バグア支配域で生きるために選択肢を選ばされた強化人間達の内心も、考えられずにいられなかった。
 だが自分の愚かしさを確かめてほしいし、無力さを嘆いて逃げても構わない――今のミルが憎んでいるのは無力さと愚かしさだと感じたから。
「どうりでな‥‥」
 殺戮兵器と勘違いでもしているのか? と疑念を抱いていた月野 現(gc7488)は経緯を聞き、その『命令』の意図を理解した。
(能力者・強化人間は機械的に命令を受けて殺戮を行う武器ではない――能力者として、友として俺はわかってもらうためにミルの命令を拒絶するつもりだったがな)
「導けとは言うが、俺はミルの本心を見極めて与えられた選択肢から解答を決断をさせる。他者の意見に流された生き方はさせない‥‥それが立場ある者の姿だからな」
「じゃが、今回はそうも言ってられんのだよね――すまんが美具はここに残るでな。そっちは任せたのじゃよ」
 かつて姉妹を失い他人事とも思えず、いつもと違う雰囲気を感じ取った美具・ザム・ツバイ(gc0857)は、室内へと踏み込み、ゆっくり振り返ったミルのもとへまっすぐ向かってきつく抱きしめる。
「‥‥私は強化人間を殲滅せよと言ったはずだが?」
「家族が道を踏み外そうとする時に、止めない選択肢などない」
 今この場にいる誰よりも、必死さを隠せない美具。
「――ここは、彼女に任せるかね」
「そうだね。美具子、頼んだよ――と、そうだ。ここに無線機を置いておくからその気があればあいつらの話も聞いてみてほしい」
 竜彦は床に無線機を置き、2人、かけだす。。
 零奈も駆け出そうとするが足を止め、顔だけ覗かせた。
「お嬢、あたしはあたしが知ってるお嬢に惹かれたんだよ。荒れる気持ちは解るけど、一人じゃ無いんだ。皆の言葉に耳を傾けてね?」
 それだけを言って駆け出す――現は駆け出さずに室内へ――ともう1人、室内に踏み込んできた。
 これまでずっと終始無言で、眉根を寄せていたモココ(gc7076)である。
「これは、私からの餞別です」
 黒い炎を噴き上げているその手にはS‐02――それの引き金を躊躇なく引く。
 弾丸はミルの頬の産毛をかすめ、後ろの棚に銃痕を作り上げる。しかしミルは驚きも、怯えもしない。
「何のマネかね」
「今のあなたなら、自分が自分だけのものでないことくらいわかると思ってました――さようなら」
 侮蔑にも似た眼差しを向け、一方的に決別を告げると、彼女は行ってしまった。
「やれやれ‥‥モノは大事にしろと教わらなかったのか?」
 場の空気を変えるために現は呟き、割れた棚のガラスと、床に散らばるカップを片付ける――それを冷ややかにミルは目で追い、そして力を決して緩めない美具に視線を落とす。
「君も行ったらどうかね」
「‥‥面識は薄くとも、ミルの家族であれば美具にとってもエリックは家族同然――敵の動向を察知できなかったのは美具らにも責有りじゃ」
 エリックに反応しミルの腕に力がこもるが、離しはしない。
「殺す必要がない者を殺せば、殺戮者になり下がる。理性や良心を失い、殺したいなら好きにしろ」
 無論、俺がその前に立ちふさがり全力で止めるがなと、聞こえる程度の小声で小さく付け足す。
「敵は憎いが死とはある意味救い、死者の無念には到底届かない。生かして生まれてきた事を後悔させてやるべし」
 世論はどうしたと現は思ったが、口には出さない。まだ伝えるべき言葉が、終わったわけではないのだから。
「じゃが、ネマ達やエリックの犠牲が豪州に暴君を生み出すのでは意味がない。命を自分の意思ひとつで動かすためにここまできたのではなかろう」
 ギリっと歯ぎしりするが、言い返しはしない――少しは冷静になって来たかと、ミルの様子から判断した現がもう少し口を出す。
「俺は生命が奪われぬよう、護る為に武器を手に取った」
「私とて、その為に武器商人になったのだ!」
 これまで激情に焼かれながらも冷徹を装っていたミルが、吠えるように叫ぶ。
 やっと本心が見え始めてきたと、現は続けた。
「誰もが許容が出来ない過去を抱えて、胸に秘め今を生きている。後悔をするなと言わん。怒りを覚えるなとも言わん。だが罪を裁くのは依頼者や傭兵の私情ではなく、法のはずだ」
「法で裁くなど、甘ったれの考えだ!」
「必要なのは甘ちゃんである事を諦めないリーダーであり、だからこそ皆が集ってミルの力になる。
 口で言わずとも皆がそれを望んでいる。後先なき支配はバグアと同じで失敗は確実。旧態に復しても何も変わらん」
 ミルの顔が歪んでくる。
「君らは――君らは私にどうあれというのだ」
「どんな生き方を選択するかは自分で決めろ」
「今を諦めずに続ける事が大事。だからミルはミルのままでいいんじゃ。美具達を置いていかないでくれ」
 自分のまま、自分で決める――それは、放棄した答えでもあった。自分が取るべき道などわかっていた。
 ただ、自分の愚かしい失敗を受け入れるのが辛くて、他人事として切り分けて選択し、立ち止まっていた‥‥それだけなのだ。
「私が止まらぬ人間だと知っているだろうに‥‥私が――私が、エリックを殺したのだと受け入れて、突き進むしかあるまいよ‥‥!」
 大粒の涙を浮かべ、覚悟を決めた日以来ぶりに、声を出して――泣いた。

 少し出遅れた分、高速移動を繰り返したモココが零奈を追い越し、誰よりも先に港へと急いだ。
(終わらない被害に何処を見ているのかわからない世論。痒い所に手が届かない軍‥‥一体この国のことをわかっているのは誰なんだろう)
 少しずつしか進まない現状、そしてその大きな流れに対して小さな小さな自分――苛立ちが募るばかりである。
 コンテナの上を飛び回り、細い通路を駆け抜け、ざっくりと倉庫周辺の状況を調査。
 ついでに内部も確認。ちゃんと、いる。
 それが終わった頃に零奈が到着し、注意して移動しつつ、死角がなくなるように監視にあたる。
 そしてようやく竜彦とエドワードが到着――まだ強化人間達は動き出していない。
 正面から見えない腰の後ろに、送信のみにした無線機と閃光手榴弾をぶら下げ、竜彦はエドワードに頷く。
「あーあー、悪いことは言わない。大人しく出てきなさい。ここに潜んでいることはすでに承知しているよ」
 ‥‥沈黙。
「出てこないというのであれば、こっちにも考えがあるよ」
 考える時間を与え、再びエドワードが呼びかける。今度は少し脅しをかける様に。
「もう一度言う。神妙に出てきたまえ」
 それでも応答がないとわかると、竜彦ともども、手を小さく上げ、ゆっくりと入口へと向かう。
 武器を構えず、静かに開けると――ぬるい殺気と、怯えた眼差しが竜彦を出迎えた。
「見ての通り、武器は持っていない――なんならこの鎧も脱いだって構わないから、少し君達の言い分を聞かせてもらってもいいかな」
 エドワードは眼鏡の奥で、鋭い眼光でトラップがないかを瞬時に確認。
 全員を正面に見据え、視界に入るように距離を置く――バイザー越しに、彼らの表情を盗み見る。
(6人で条件は同じ素手なのにもかかわらず、まるで自信のない表情――本格的にこれは一般人そのものか)
「なんで、スラム街を狙ったんだ?」
 数の優位でなんとか余裕を取り戻したのか、顔を見合わせ、ポツリポツリと呟くように話し始める。
「‥‥潜伏生活はミルとかいう武器商人のせいだと聞かされて、本人の周りにはおっかないのがいるから、それの持ち物を壊せばいいって‥‥」
 持ち物――エリック少年の事だろう。グレイから少し聞きかじったミルへの報復というのは、当たっていたのだ。
「誰から?」
「さて‥‥誰なんだろうなぁ。仲間からそう聞いたくらいだし」
(彼らは捨て駒なのかな)
 逃げ遅れたのも確かかもしれないが、置いてかれた――そんな気がする。
「どうして逃げ遅れたわりに今まで見つからず、潜伏できたのかな」
「そりゃあ、ここはもともと住んでたからなぁ。様相は変わってたけど、大差なかったから勝手知ったる何とやらだ」
「‥‥へえ」
 建物の外の気配が膨らんでいるのが、わかる。
(まだ落ち着いてくれ、モココさん)
「そうなると知った顔もいたんじゃないかな?」
「おお、いたいた。ばれたらやばいと思って、まあ真っ先に――」
 銃を撃つ仕草。別の気配が膨らんでいる。
(穏便に、刃霧さん)
「こんな身体になったんだ、弱い者くらい苛めて楽しまないとなぁ」
 下卑た笑いが倉庫に響く。とうとう、すぐ横の気配までも膨らんできた。
(まあ、もういいか。どうせろくな事は聞けないね)
 同情も嘲笑もせずに黙って聞いていた竜彦だが、これ以上はさすがに聞くに堪えない。
 彼らのこれまでの経緯はわかるが、だからと言って免罪符にはならないからだ。
「とにかく、わかった――取るべき道は2つ。大人しく捕縛されるか‥‥」
 ずっと押し殺していた『敵』に向けるべき殺気を放ち、言葉を続けた。
「力づくで捕縛されるか」
 先ほどまで随分余裕を見せていた彼らだったが、青ざめ、歯を震わせる――そのうち2名がその空気に耐え切れず、薄いトタンでできた左右の壁を突き破って外へ逃げ出す。
「やれやれ‥‥素直じゃあないねぇ‥‥まったく」
 溜め息交じりに文句を吐きだし、その姿がふっとかき消え逃げ出した強化人間の前に立ちはだかる。
「酷いコトしないから、素直に応じてくれると嬉しいんだけどねぇ?」
 突如現れた相手にビビり、素人丸出しの動きで殴りかかってくる。
 眉間を押さえ頭を振り――瞬きした次の瞬間すでに零奈は懐に飛び込んでいて、その炎拳は鳩尾に突き刺さっていた。
「面倒だけど、これもお嬢の為ってね!」
 ミルの言葉には従わず、決して殺さない零奈であった。
 その反対側ではモココが足を打ちぬき捕縛していた。
「何故‥‥まだ繰り返すのですか‥‥? もう戦争は終わったのに‥‥」
「被害者が残ってるのに、終わるわけがないだろう!」
 その言葉に思わずムッと来て、銃口を口に押し込め睨み付ける。
「ホントは今すぐにでも撃ち殺したいですよ」
 覚醒を解き、銃口を離すと伏し目がちのまま、続けた。
「でも‥‥どんな罪を背負っても‥‥あなた達も大切なオーストラリアの命に変わりないから――」
 外での物音が止み、無事捕獲できたのだなと判断した竜彦が無線で呼びかける――聞いているかもしれないミルへと。
「さて、どうするお嬢さん」
 一種の賭けだった。事後処理をミルに任せるのは。
 ――しばしの沈黙ののち、無線から声が流れた。
「‥‥そのまま軍に身柄を渡せば、君らの仕事は完了だ」

 無線を切り、強く握りしめたミル。
「それが、ミルの選んだ道か」
 少しずつ進めていた掃除も終わり、茶を用意していた現がその背に声をかけると、振り返った――いつもの笑顔で。
 そして無言で、椅子から不安げに自分を見ていた美具のもとに近寄り、ためらうことなくその唇に軽いキスを交わす。
「なな‥‥っ!」
 完全な不意打ちに赤くなる美具を前に、腕を組み、不敵に笑う、まさしく『いつものミル』がいた。
「フフーン。人を裁くのは法、愛すべき君らを人扱いするならば、彼らも人扱いせねばならん――という事だろう?」
「お、おう‥‥」
 美具の座る椅子の背もたれに立ったまま腰を掛け、現から紅茶を受け取る――ゆったりした時間が3人を包む。
 まだ紅茶が熱いうちに騒がしい足音が廊下を駆けて、扉を開き飛びこんできた。
「お嬢! ダメだよ、そういう自己完結したら。お嬢の人柄に魅かれて力になってくれる人達のこと思ってさ!」
「はっは、それはもう終わった話だよ、エド」
「お嬢、少しは落ち着けた‥‥?」
 ひょっこりと顔をのぞかせる零奈だが、場の空気を感じ取り胸をなでおろした。
「自分で決断できたのかな?」
 エドワードに手刀のツッコミをいれているミルを横目に、竜彦は椅子に腰掛け、顔を赤くしている美具にニコリと微笑みかける。誰よりも必死だった彼女を労って。
 そして入口から、おずおずと観察している人物に気付いたミルがさっとその前に立ちはだかる。
「モココ、さっきはよくもやってくれたものだね――お返しだ」
「いひゃいいひゃいっいひゃいでふ、みうさん」
 両頬を引っ張られ痛がるモココ――その耳元に顔を近づける。
「君の真意は理解したよ――」
 離れると背を見せ、頭だけ振り返る。
「私は常に君らの前を行く。付いてこれるなら、付いてきたまえ‥‥おっと、それと今後、私への敬語は禁ずる。それで発砲の件は不問――いや、チャラにしよう。友人としての言い方をするならね」
 突然の申し出に目をぱちくりさせ、はいとだけ答える――するとミルは眉根を吊り上げた。
「はい、ではなく、うん、だろうが!」
「う、うん!」
 無理やり訂正させ満足げに頷き、皆の顔が見える所に立つと、眼鏡を取り出し、かける――そして天を仰ぎ見た。
「――私がね3つの頃、大好きだった母様が殺されたのだ。それも物取りの凶弾でね――大泣きした私はその時に誓ったのだよ」
 視線を皆に戻す――まっすぐな、迷いのない瞳で。
「殺し合いをしたがる所にだけ武器が行けばいいのに、そうだ、私がそうなるように全ての武器を操ろう、悪人になって世界の武器の流れを自分で作ろう、とね。
 子供じみたバカげた誓いだろう? 生きているうちにできるかもわからん――それでもそれが私の目的‥‥信念だ。こんなバカに、付いて来てくれるかね? 諸君」
 問いかけられ、傭兵達は顔を見合わせ――当然と、力強く返すのであった。
「本気かね?」
「ああ、上手くいけば信念と友情は一生モノらしいぞ――友として助け、支えてやるさ」
 フッと笑い、現がミルの頭をなでる――と、皆も順に、現をならってミルをなでる。
 唇を噛みしめ、目元にしわを作り堪えながらも、ミルははっきりと述べた。
「みんな、ありがとう‥‥」

『【落日】お嬢を導いて 終』