●リプレイ本文
蒼 琉(gz0496)が腰を浮かせようとしたところで、タイミングよく誰かが玄関を開け、あがりこんできた。
「琉さーん、あたしと一緒に二年参りにいこー♪」
真紅の晴れ着姿で登場した刃霧零奈(
gc6291)が、琉に飛びつくように抱きつく――と、生嶋 凪(gz0497)、それに津崎親子の顔がややひきつるのであった。
(夢とはいえ、少々この状況は‥‥)
昔からの馴染で妹のように接し、親を亡くした隙間を埋めあうようにお互い寄り添って生きようと結婚までしたことのある凪。バグアとして現れた彼女だったが、もうこの世にいない。
救ってくれた恩人で、記憶のない自分を面倒見てくれた感謝しても感謝しきれない、KVの先生にして自分が愛した寂しがり屋の女性、津崎 渚。凪によって、その命は失われた。
恩人の娘にしてつきっきりで看病したり、甲斐甲斐しく世話を焼きつつ、ずっと想いを募らせてきた津崎 海。まだ生きているが、その数年の想いを少し前に断ち切ったばかりだ。
そんな彼女たちの前で、零奈の見せつけるような(事実、見せつけている)行動は、どう考えても油を注ぎ込んでいる以外に他ならない。
さすがの朴念仁でも、居心地の悪さを覚える。
「零奈、なんというかだ――落ち着けというべきなのか‥‥」
そんな彼の心境などお構いなしに、零奈は琉の頭を胸元に押しつけ、嬉しそうに頬ずりをする。そしてふと思い出したのか、そのままの体勢ではっきりと述べた。
「この下はもちろん、ノーブラだよん♪」
ガタリ。
凪と渚が立ち上がる。その表情は能面のように、静かで穏やかという見事なまでの、無表情。
さすがに海はまだ子供なだけあって、顔を赤くしてうつむいている――おまけで言えば、ナイフに刺したパンをかじりつつ、メイ・ニールセン(gz0477)は呆れているのか、ジト目であった。
「‥‥さて、琉。行こうか?」
「‥‥行きましょうか、琉さん」
ともに笑顔で言ってのけるが、テーブル上の固く握られた両拳がぶるぶる震えていて、琉はむうっと呻いてしまう。
後ろの方で愉快だと転げまわっていたスーツ姿のトナカイ(もはやトナカイの姿ではないが)が立ち上がり、パチンと指を鳴らすと――場面がガラリと変わった。
結構な人であふれかえっている境内。両脇の夜店では、客引きの声がお互い競い合っている。
奥からは太鼓の音が鳴り響き、その音に琉は疑問を抱いた。
毎年恒例の伝統ある奉納太鼓――しかしそれは、年明け直前から始まるはずのものだからだ。
「ふふーん。二年参りという刃霧の要望通りに、少し時間だけ戻しておいてあげたよ」
気がつけば零奈は隣に、面白くなさそうな顔をしている凪と渚はすぐ後ろ、海は実に面白そうだと顔に書いてあるメイに手を引かれている。
「さて、私は『私』でもあるからね。ここらで行かせてもらうよ――へいるとぅーゆー!」
何か飛ばす様にびっと2本の人差し指を琉に向け、人ごみの中にトナカイ、ミル・バーウェン(gz0475)は消えてゆく。
(あのトナカイめ‥‥)
隣を歩く零奈はこの状況を不思議と思わずに、腕に絡みつき胸を押しつけ存分に甘えていた。彼女がここは夢の中というのをわかっていないというのが、よくわかる。
そもそも普段の彼女は、自分を師匠と呼ぶ。名前で呼ぶ事はない――それが自分の願望なのか零奈の願望なのか、琉はよくわからないでいた。
「今この時を、楽しめばよいのですよ」
すれ違った誰かに耳打ちされた――ような気がする。誰かが通ったはずなのだが、誰も通り過ぎ去っていない。
だが、声には聞き覚えがあった。琉が感謝している1人の、クラーク・エアハルト(
ga4961)だ。
(この状況を楽しめ、か‥‥)
「やーん、さむーい♪」
零奈が背後にまわり、両腕を回してこれでもかと言わんばかりに強く密着する――その後ろからはとてつもない威圧感を感じる。
それこそ、敵として対峙した時以上のプレッシャーだ。
2人は琉達を追い越し、片手ずつ取ると強く引っ張ってずんずんと足早に歩こうとする。
「さっさと行くっさ、琉」
「琉さん、早く」
零奈を引きはがそうとしているのかもしれないが、足早に引っ張った程度で離れるほど、零奈も甘くはない。
それに――琉自身も、なんだかんだと零奈から離れたくはなかった。だから歩調を零奈に合わせている。
共に歩むと、誓ったのだから。
女の戦いに参加できない海は少しだけ寂しそうにし、そんな彼女をメイはなでるのであった――。
「あれ‥‥私なんで一人で‥‥」
気がつくと、1人で境内にぽつんと立っていたモココ(
gc7076)。
あたりを見回し、自分がなぜここにいて、なぜ1人なのか――わからない。
「確か『お姉ちゃん』と一緒に来てて‥‥うろうろしてたら会えるかな」
そんな事を呟きうろうろしていると、人ごみに押され、つんのめって前のめりに転んでしまう。
「いたた‥‥このくらいで転んじゃうなんて‥‥」
地面に着いた自分の手を、なぜか凝視してしまう。膝をついたまま、手を持ち上げ少し擦り剥いた掌を見つめた。
そこに、いつもあったはずの物がない。そんな気がしてならない。
自分は無力な普通の女の子のはず。だけど何か力を――狂気を持っていた気がする。そんなはずはないのだけれども、そんな事を考えてしまう。きっと、1人だからだろう。
擦り剥いた手に息を吹きかけ、友達の顔を思い浮かべた。
「新年から海ちゃんと会えるといいな――多分、海ちゃんの好きな人も一緒だろうし、その人も見てみたいな」
向こうのが年下だけど、よく会うずっと前から友達に、妙に一緒にいたいと思う。新年だからだろうかと、首をかしげるが、答えは出ない。
そもそも子供だから、会いたいに理屈なんていらないと納得する。
後ろから、誰かが立たせてくれた。
「まっすぐ行けば、会いたい人に会えますよ」
知らないけど知っているような男性の声。その言葉に背中を押され、彼女は一歩踏み出していた。
時折視界の片隅に眼帯をつけた男性が、映る。道行く人も初めて会う人ばかりなのに、なぜか知っているような人ばかりのような気も、する。何かを思い出さなきゃいけない事がある気は、する。
だが今はそんな事、関係ない。
まっすぐ歩けば、海ちゃんに会える――そんな確信があったし、今はそれだけでいい。
(例の蒼さんは鈍感らしいけど、確かめてみたいな)
歩きながら、ふと思い出した。
(そういえば、能力者を見るのは初めてかも‥‥たしか、いつも戦ってるって聞いたけど‥‥どんな人なんだろ)
海を見つけ、自然と駆け出す。
「海ちゃん! あけましておめでとう! 今年もよろしくねっ」
敬語ではない自分に違和感を感じながらも、両手の平を突き出した。
「あ、モココさん、あけましておめでとうございます! こちらこそだよ」
メイの手を離し、モココと向かい合って両手を合わせ、嬉しそうにはしゃぐ海。
その様子にメイは優しく微笑み、じゃあたしも挨拶があるからと黒髪褐色肌の女性と、スーツ越しでもわかる筋骨隆々な男のもとへ、両足で走っていくのであった。
「えっと、あの人が好きな人?」
前の方で女性3人に囲まれている男性に目を向ける。
「うーん‥‥だった、かなぁ。フラれちゃったからね」
一瞬だけ寂しそうに笑う海の横顔に、モココは胸が締め付けられる。
好きな人に想いが届かない。それがどんなに辛い事かは、よくわからない。ただ、好きな人に受け入れられなかったらと思うと、たまらなく胸が痛む。
自分には好きな人がいる。いるはずだ。誰かは思い出せないが、いる――それだけはわかる。いつも笑顔を向けてくれるあの人が、いつも傍にいてくれていたはずだ。
だがそれも、よくはないがどうでもよい。そのうち思い出すだろう。
「でも、もういいんです。そのぶん神様にお願いする事、減ったから」
「そっか‥‥一緒にお願い事しに行っても、いいかな」
「もちろんだよ! 私達、友達なんだし」
自分を当たり前のように友達と言ってくれる彼女には、なぜか感謝してもしきれない。
何故だろうとは思うが、今は願い事を考えるのが先だ。
きっと、着く頃には決まっているはずだから。
普通の女の子として、おしゃべりしながら海と肩を並べて歩く。当たり前の風景にあたりまえの日常、全て当たり前のはずなのに、すごく嬉しい――それと同時に、焦燥感もある。
ずっと感じる謎の違和感が解決できないまま、社まで来てしまった。
(‥‥もし、違う世界があるのなら‥‥あの3人も‥‥)
誰かの願い――それはすぐに叶う。
「凪姉様!」
「凪姉様!」
金髪の幼い少年と少女が凪にかけより、その腰にしがみつく。幸せそうな笑顔で。
「リリー、メリー、来てたんだね‥‥一緒に行こうか」
双子の頭をなで、優しく微笑む――その視界に一瞬誰かが横切った気がした凪は顔をあげ、辛そうに顔をゆがめた。
あの人に会いたいと、胸が締め付けられる。
「大丈夫?」
「大丈夫?」
双子に心配され、大丈夫と笑顔を取り戻した凪は賽銭箱の前に立っている琉と肩を並べた。その逆サイドには零奈と渚もいる。
琉達が賽銭を入れ、手を合わせる――と、無意識なのか牽制なのか、零奈は願い事が口から洩れていた。
「琉さんと一緒になれますように」
そしてすぐに両手を広げ、再び琉に背後から抱きついて、至近距離で笑顔を向ける。
「琉さんは何をお願いしたのかな? かな?」
回された腕にそっと手を添え、普段より大胆な零奈にふっと笑顔を返した。
「俺もな、これからも一緒でいられるようにと願ったさ」
聞こえていたはずなのに零奈とは若干意味合いが違うのは、実に彼らしい。
だがそれでも零奈は嬉しいと言って、頬を摺り寄せ、息がかかるほど耳に口を近づけ囁いた。
「ねぇ、琉さん‥‥これから、あたしとイイコトしちゃわない?」
色っぽく、熱を帯びた眼差しで、すぐ後ろに未成年がいるにもかかわらず大胆なお誘い。
「そ――うぐっ」
口を開こうとしたところ、両脇を肘鉄でこずかれる。いや、突き刺さるといったレベルの鋭い肘鉄であった。
バグアと能力者の肘鉄は堪えたらしく、さすがに呻いてしゃがみ込んでしまう。
(夢なのに痛いとは‥‥いや、夢の中の俺が痛がっているだけか‥‥)
横槍ならぬ横肘鉄をいれられ、不満顔の零奈はそっぽを向いている凪と渚相手に頬を膨らませ、ぶーぶー文句をたれる。
「せっかくいいところだったのにぃ‥‥」
「はん、なにがいいところっさ。小娘が色目使うのは早いってもんさね」
零奈と大差ない身長の渚が眉根を寄せ、びしっと零奈を指さす。
「そうですよ。私だって、そこまで進むのに何年かかったと思ってるんですか」
指折り数えている凪。なにやら10以上数えている気配である。
一緒にいた年数でははるかに及ばないライバル2人だが、それでも零奈は一歩も引かない。
「あたしだって、スタイルは負けてないし、それに20歳のピッチピチの肌だよぅ? 琉さんも若い方がいいよねぇ?」
下手な事は言えない――それくらい朴念仁でも察して、黙りこくる。
若さを持ち出す零奈の前に、この中では最年長で、生きていれば32歳の渚が鼻で笑った。
「なに言うっさ。琉はねぇ、子持ちの熟女が好きなんだよ。熟した物を食べるのが好きなのっさ」
風邪でもないのに、ひどく咳き込んでしまう琉。
零奈よりは上、琉より下という、丁度入口とも呼べる年齢の凪が思い出すかのように下唇に人差し指を当てる。
「幼馴染の妹属性好きですよ、きっと。頼られる事は好きなくせして、結構甘えたがりな面がありますし‥‥それでいてけっこう‥‥」
頬を染め上げ、火照った顔を冷ます為に手で挟み込み、身もだえしている凪。
その凪の言葉に、渚は腕を組み、やや苦笑いを浮かべ頷いていた。
「あーうん、けっこうなぁ‥‥ちょっと身体が持たなかったさ」
「ですよねー‥‥」
「待て待て待て待て、話を作るな!」
クールな彼だが、たまらず叫ぶ。
(あのトナカイめ、おかしな設定を‥‥!)
恥ずかしい争いを展開している大人達はよそに、海とモココはせーのでお賽銭を投げ入れ、手を叩いてお参り――顔を上げた海が、零奈と同じ質問をモココに投げかけた。
「どんなお願いしたのかな?」
「‥‥これからも‥‥こんな日々が続けばいいのになって」
寂しげに笑ったモココ。何故こんなに虚しいのか――わからないけど感覚的にわかる。わかってしまう。
思い出せはしないけど、戻らなければいけない。帰らなければいけない。あの人の所へ――。
「私、そろそろ行かなきゃ‥‥待ってる人がいるからね‥‥」
「そっかぁ‥‥でも、また会えるよね」
それが当たり前と言わんばかりの屈託のない海の笑顔に、モココは力強くうんと頷き、雑踏の中へと消えていった。
トナカイこと、ミルはいつもの部下を引き連れ境内を歩いていた。
その集団の先頭には紋付袴姿の錦織・長郎(
ga8268)と、紅白半々ぐらいの地に金の昇竜が描かれた晴れ着姿のシスターが肩を並べていた。
「悪いね、長郎。わざわざ案内してもらって」
「なに、年改めの良い機会なのでね」
くっくっくっといつものように笑ってみせる。
(まあ、僕自身はシスター個人との関わりなのであるが、先々の見通しから考えればその後援たるミル君との付き合いも考慮に入れなければならないし、色々お互いに面倒みる必要も有るだろうからね)
ミルにちらりと視線を送り、そして隣を歩くシスターに目を向ける。
長い金髪をまとめ、簪も付けているシスターが小首をかしげて見つめ返す。
(ここで纏めて機嫌を取っておくのは必然だろうね)
「将来を見据えれば、当たり前なのだろうね」
肩をすくめる長郎だが、わけのわからないシスターは微笑むだけだった。
もっとも、ミルの方は手に取るように何を考えているかわかっていたが、何も言わずにいた。
なんだかんだで付き合いも長いから、自分が察している事を長郎は察しているだろうと思っての事だ。
日本人の長郎は、スカー以外の不案内な一同相手に初詣の風習を説明し、手順などを導いていく。
さすがに大人の集団で、精神的にも決して幼くないだけあってそれほど目立ったエチケット違反もなかったが、ただ一度だけ、ミルが鈴を何度も何度も鳴らした時、両肩に手を置いて咎めた。
「興味が有るのは承知だがはっちゃけ過ぎかね、ミル君」
「すんませんっした!」
手を離し即座に詫びを入れると、わかればよろしいのだよと改めて手を合わせる。
(さて、折角UPC軍に就職できた事だし、現場に到れば幸運不運の巡り合わせで状況は変化して、その場その場の流れで対処しなければならないし、幸運に傾ければ作戦の成功と僕自身の生還に貢献できるのであろうから――僕の願いはそれぞれの作戦において有利なご加護がありますように、というところかね)
すぐ隣で肩を並べる女性の事を思い浮かべもするが、それは願わずにいた。
「君も『一緒にいられますように』とか、願う口かね?」
「いや――」
ミルの問いかけに、肩をすくめる。
「男女間の仲については不断の努力こそが必要なのであって、維持するのはお互いの意思であるべきさ」
「ふむー‥‥」
どこぞでまだ女の戦いを繰り広げているところに目を向けるミルは、努力しようと誓うのであった。
「さて――それじゃ我々は適当に過ごすのでね、君ら2人はごゆるりと、だ」
ビッと指を立て、ミルはシスターをその場に残して女狐ーと叫びながら、メイの傍らでスーツ姿の男性に寄りかかっている黒髪褐色肌の女性に向かって突進していく。
残されたシスターと長郎は顔を合わせ互いに微笑むと、日の出がよく見え、2人きりになれる所へと移動するのであった。
「はっはっは、うぃーうぃっしゃあめりくりーすまーす!!」
「わーい、うぃーうぃっしゃあめりくりーすまーす!!」
軽快な音楽と共に、ミル――ではなく、空飛ぶトナカイが引いているソリに乗って、ルーガ・バルハザード(
gc8043)とエルレーン(
gc8086)。2人とも、もちろん赤いサンタ服に白ひげも装備していた。
キラキラと輝く星の海、星をかき分けてソリは飛ぶ。
「やあ、やっとクリスマスの後処理まで終ったな‥‥疲れたろう、エルレーン?」
弟子を労うルーガは、実に優しげな表情であった。
「うーん、今年も大変だったねえ‥‥でも、子どもたちがみんな喜んでくれてよかったの」
クリスマスで見る事が出来た子供たちの喜ぶ笑顔――思い出してエルレーンはうっとりしている。
薄暗くぼんやりしている海岸が、うっすらと、だんだん明るくなっていく。
「あ‥‥ルーガ、夜が明けるよ!」
「どうやら、新しい年がやってくるようだ」
ぐんぐんとソリは進み、ゆっくりと昇る美しい初日の出に目を奪われる2人。
――いつまでそうしていただろうか。
ハッとしたルーガはトナカイに鞭を入れる。
イテーっと間抜けな声を上げ、必死にソリを引っ張るトナカイ。速度が増していく。
「さあ、今年も。この美しい世界が、美しいままでいられるよう!」
ぐんぐん。ぐんぐん。
いつしかソリは、人の住む町の上へとやってきた。
「さあ! 今年のメインシーズンまで残していても仕方ない、全部やれ、エルレーン!」
「おっけー!さあ、素敵なきらきらしたものたち‥‥地上のみんなのところにとんでけーなのっ!」
エルレーンがぶちまけた袋の中身――それは輝き、喜び、きらめき、星屑、雪の結晶。
それらを盛大に、余すことなく派手にばらまき、それは地上にいる皆のもとへと到達する。
「みんなが今年も、しあわせになれますように‥‥!」
手を合わせ、エルレーンが祈る。
「それでは今年も‥‥うぃーうぃっしゃあめりくりーすまーす、あんだはっぴーゅーぃやーッ!」
「じゃあ、また今年もよろしくね‥‥うぃーうぃっしゃあめりくりーすまーす、あんだはっぴーゅーぃやーッ!」
朝日の光と共に、地上に降り注ぐ煌めく雪。
琉を挟んで、実に恥ずかしげな言い争いを繰り広げていた零奈、凪、渚達だったが、煌めく雪を見て口を閉じ、空を見上げる。
そこで零奈は琉をきつく抱きしめ、大きな声ではっきりと言い切った。
「琉さんへの想いは誰にも負けない自信があるんだよ? ぜぇーったい! あたしが琉さんの彼女になるのー!」
――すると2人は穏やかな笑みを浮かべ、零奈の肩に手を置き、任せたと言い残し雑踏の中に消えていってしまった。
いつの間にか、リリーとメリーもいない。
煌めく雪は、恋人を祝福するのであった――。
「雪‥‥?」
朝日の光を浴び、晴れているのに不思議だなと思っていたモココの頭の上に、ぽんと手が置かれる。
「幸せにね」
目を見開かせ、ぐるりと首を回して背後を振り返った。
人が多くて誰が言ったのかわからない――が、黒髪のショートボブで、黒い服を着た女性の後姿に目が釘付けになる。
絶対に忘れてはいけない人の後姿――自分を変えてくれるきっかけになった人――目から大粒の涙が零れ落ちる。
「‥‥きっと、幸せになってみせます」
聞こえるかわからないが、震える声で何とかそれだけでも言葉にすると、黒髪の女性は、手を挙げ雑踏の中に消えていった――。
キラキラと光り輝く結晶のシャワーの中、朝日がシスターの横顔を照らす。それをまっすぐに見つめる長郎。
決意の眼差しだ。
彼はシスターを抱き寄せ、その耳元で囁く。
「シェリル君、陳腐で拙い言葉だが――愛しているよ‥‥残りの人生、僕と共に歩んではくれないかね」
その言葉が信じられなくて目を丸くさせ、彼の横顔を眺めてしまった。
緩まぬ腕に、真っ直ぐな視線――聞き返すのは野暮というものであり、そして言うべき言葉はただ1つ。
「‥‥喜んで」
溢れ出る気持ちを抑える様にゆっくり微笑み、涙がこぼれる。そしてお互いの意思を確かめるための口づけを、固くかわすのであった。
――いつまでそうしていただろう。ゆっくり唇を離し、シスターは視線を落し、自分の下腹部に向ける。
「‥‥これで、3人一緒になれるわね」
身に覚えがあり察した長郎は、いつものようにくっくっくっと笑い、そうだねと囁いて、再び、口づけをかわすのであった――。
雑踏を歩いていた凪。
自分のかつて愛した人は託してきた、もう思い残す事は何も、ない――そう思っていたが、足を止める事はなかった。
いつの間にかリリーとメリーもいない‥‥自分は1人だ。
「こんばんは、凪さん――もうおはようございます、かな‥‥お久しぶりですね」
いつの間にか目の前に、クラークがたたずんでいた。久しぶりに見るその顔にホッとし、歩を止める。
「おはようございます、エア――クラークさん」
他人行儀な名字ではなく、名前で呼びたくて訂正した凪はニッコリと微笑んでみせた。
「良ければ、少し付き合っていただけませんか?」
手を差し出すクラーク。首をかしげながらもその手に重ねると、クラークに誘われ再び歩き出す。
「どちらへ?」
「そうですね‥‥貴女と2人っきりで居たいのですよ」
――するといつの間にか、窓から月が見える、海辺の館のダンスホールに2人だけでいた。
先ほどまで朝日が差し込み、雑踏の中であったはずだったと、見回している凪。クラークは微苦笑する。
「細かい事は気にしないで‥‥一曲、お相手願いませんか?」
手を取ったままくやうやしく片膝をついたクラークの服装は、いつの間にかシャスール・ド・リス隊長の時に着ていた白い制服に変わっていた。
また、凪自身も赤いドレス姿に――クラークの白い制服と相まって、実によく似合っている。
「‥‥喜んで」
彼の言葉を信じ、気にしない事にした凪が答えると、すっと立ち上がりクラークは両の手をつなぐ。
「ドレス姿、似合っていて綺麗ですよ?」
嬉しいですと凪。
そして曲が流れ、2人はゆっくりと動き出す。
(言えなかった事も多いけど、全てを語る事が出来ないのならば‥‥せめて一曲。手向けとなるかはわかりませんが)
「こうやって、もっと凪さんと‥‥一緒にいたかったな」
「私もです、ね」
一緒に海で月を見た。ショッピングも楽しんだ――だが思い出は全然、足りない。いくらあってもいいのに、もう思い出が増える事は、ない。
「――私の両親は駆け落ちだったらしく、親以外の家族がいなかったんです」
彼女の独白を、踊りながら静かに聞いている。
「そんな両親がいなくなって、1人になり‥‥寂しかった。1人でいる事が、いやだった。そんな時に――あれ?」
ふと首をかしげる。1人でいた時、誰かが傍にいてくれた気がする――思い出せない。ただ、嬉しくて楽しかった事だけを覚えている。
「私、楽しく過ごしていた気がする――なんでだろう‥‥もしかしてクラークさんが、ですか?」
違う事は分かっているが、この場はそういう事にしておこう――混乱させるだけだと。
「妻とは違うのですが、一緒にいて楽しかったのですよ」
彼の本心だ。
凪はそれ以上何も言わず、ただ黙ってクラークと視線を合わせたまま、踊りを続ける。
曲も最終楽章、楽しいひとときも終わりが近づいていた。
これが終われば、別れが待っている。決して2度と会う事の出来ない、別れが。
「貴女の魂が平穏が訪れます様に‥‥」
曲の終わりに合わせ、彼は願いを込めてそっとキスをかわす――。
ここで突如、世界は真っ暗に。
その真っ暗な世界に誰かが立っていた。美具・ザム・ツバイ(
gc0857)である。
なぜかその手には何故か、フリップが。
それを「こちら」に向け、どこからともなく流れるベンベンと言う音に合わせてめくる。
「そう、そこはミル・バーウェンのい・な・い世界! いや、ミルがバグアとなって傭兵たちとの戦いに敗れた世界。
ミル・バーウェンは死んでしまったのだー」
ジャーンッと鳴り響き、真っ暗だった世界が一転してオーストラリアの風景に。
「楓門院の残党に拉致され、救出に向かうも未知のバグアに敗れミルを助けることができなかった。再び現れたミルは敵とし立ちふさがる。こうして、オーストラリアの武器商人は全てバグアの手先になってしまった」
拳を作り熱く語り、外野からツッコミの声がするものの、ガン無視である。
「先の楓門院討伐戦で生死を共にした美具とミルは、いつしか親友以上の仲になっていただけに、この展開は残酷の一言に尽きるっ!」
場面が楓門院 静紀との戦いに切り替わり、何故かミルと手を合わせ立ち向かっている美具の映像。すぐに切り替わり敵と成り果て、不敵に笑うミルへ必死に手を伸ばしている美具の映像に、語り部の美具が涙している。
「大戦終結後のオーストラリアで再び蠢動し始めるネオバグア・ミルを相手に、美具達傭兵は勝てるのであろうか!?」 怪しげなマントを羽織るミルをバックに、凛々しく映っている美具(とその他)。近日公開という文字がでかでかと映し出された。
「限られた世界で激闘を繰り広げるミルと美具。乳クラーベとか、お互いの資産に物を言わせた買い占め競争とか、実にあほらしい依頼の連荘の末に迎えた最終決戦」
風呂場のシーンやら株式市場やらとぱっぱ、ぱっぱ、めまぐるしく映像が変化し、オーストラリアの背後に大きく映るネオバグア・ミルの姿。その手でオーストラリアを鷲掴みにしている。
「オーストラリアの武器流通を一手に握ったミルはUPCをも操って、再び世界に覇を唱えた。空中に浮上する屋久島」
屋久島が大地の鎖を引きちぎり、空へと浮かんでいく。
「そこに乗り込んだ美具らが見たものは‥‥!」
ここから極端に早送りされ、いつの間にか倒れているミルを、語り部の美具が抱き上げ、泣きながら叫ぶ。
「ミル死ぬな、美具はそなたの事が1000倍も好きであった!!」
●ゴールドコースト・ホテル
「ミル死ぬな、美具はそなたの事が1000倍も好きであった!!」
その全力の告白に目を覚ました美具は、むっくりと起き上がる。同じベッドで寝ていたミルも起き上がり、顔を見合わせる。2人ともワイシャツ姿で、大きいベッドには他に2人、ぐっすり眠っている。
今の寝言を完璧に聞かれた――そう思った美具の顔が赤くなる。
しかし、ミルの反応はごく普通で、ちらりと自身の薄い胸を目で確認。ぱんぱんと手でも確認――そして頭を抱えて血でも吐き出しそうなほど、苦々しく言葉を吐き出す。
「私の夢かぁぁぁぁあ!」
トナカイではない、リアル世界のミルは思わず半泣きになってしまう――そんなミルの反応の薄さに、美具はワイシャツを引っ張って抗議した。
「なんじゃ、その――美具の告白はスルーかや?」
自分から反応をうかがうのも癪だが、無視されるのはもっと癪だったのだ。
だがミルはニンマリと笑い、ほんの一瞬だけその唇にキスをして、一度伝えた事を再び繰り返す。
「愛しているよ、美具。家族的なものかもしれないが――そう言ったよね?」
あいかわらず行動が読めない破天荒な彼女に、美具はただ黙って顔を赤くしてうつむくしかなかった――。
同じホテルの別室。
目を覚まし、身体を起こして立てた膝の上に肘を乗せ、乱れた自分の髪をくしゃりと。
そして隣にいる長郎に目を向けるシスター。お互いに、裸のままだ。
「えっと‥‥夢――夢、ね。でも待てよ待てよ‥‥」
夢を思い出し、つい自分の下腹部を見てしまう。心当たりはあるが、当たりではない。
「いやいやいや、できていないし――ちょっと今回のは怪しいけど‥‥」
頭を振り、夢の中のプロポーズを思い出すと頬が緩んでしまう――が、しょせんは夢なのだ。
「夢の中で言われてもねぇ‥‥」
「同じ事を今、言ってもいいのだがね、シェリル君」
ぎょっとして寝ているはずの長郎に目を向けるシスター。彼は横になったまま、笑っていた。
なんで夢の中の事を知っているのか、そんなことはどうでもよく――ただ、同じ言葉を今聞きたいか、熟考する。
その答えはすぐに出た。
「花束を用意してくれたら、聞いてあげるわ――」
そして彼女は長郎に身を重ね、口づけをかわす――。
その隣の部屋。
目を開けると、すぐ正面に琉の顔が。
一瞬驚きはするものの昨夜の事を思い出し、頬を赤らめながらも幸せそうに笑う。
「任せた、か‥‥」
2人に託された想い――そんなもの、頼まれるまでもない。とっくに覚悟はできている。
ただ1つだけ、2人の言葉に納得してしまう。
(けっこう、ね‥‥うん、なるほどだよぅ‥‥)
●某所神社
「人に幸せを運ぶのも確かに良いが――そろそろ私も幸せになって、いいのではないだろうか。なあ、エルレーン」
晴れ着姿のルーガは隣の弟子に同意を求めるが、そうだねぇとあまり同意しているような返事は得られなかった。
「私は、おししょー様と一緒なら幸せなんだと思うなぁ――まだ、幸せってよくわからないけどっ」
弟子の可愛い発言に、頭をなでて答えるルーガはふっと笑い、それもそうだなと余裕を見せる。
お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、神前に進み背中が平らになるまで2度、深々と頭を下げてから、胸の高さで手を2度打ってから―――。
「結婚、結婚、結婚!」
「ルーガぁ、声に出てるよぉ‥‥」
エルレーンの言葉など聞こえぬルーガは、深々と頭を下げる――渇望とは、この事なのだろうか。
●
目を開けると、真っ先に掌を確認――やはり、ある。
はぁとため息をつきながらも、モココはしっかりと目を開けて、起き上がった。
「受け止めて、守る為に使うって決めたんです――私は」
●
「戦場で見る夢は切望である」
そんな事を誰かが言っていた気もする。ぼんやりとクラークは夢の出来事を思い出し――そっと胸に秘め、願う。
(ただ安らかに、眠ってください‥‥)
それぞれはそれぞれの過ごし方がある――ただ1つだけ存在する、共通点――人は常に人を想っているのだという‥‥。
『【初夢】夢の初詣 終』