●リプレイ本文
ふわふわと、足元の定まらない『どこか』を神名田 少太郎(
gc3155)は歩いていた。
普段の彼の視点よりも、ずっと高い。身長180センチはあろうか。夢特有の高揚感に包まれながらも、何度も経験した記憶が蘇り、彼は夢だと気づく。
「何度も見た夢だけあって、覚めた後がまた悲しい‥‥」
ふと、呼ばれたような気がしてそちらに向かう神名田。
よくわからないそこには、学生服姿の皆川葉月が手で顔を覆い隠し、泣いていた。
神名田は自分の身体をまさぐり、どこからかハンカチを取り出すとそっと彼女に差し出すと、泣きながら彼女はハンカチを受け取り、涙をぬぐう。
そこで彼女と初めて視線が合ってしまい、わたわたと辺りを見回しアイス屋を探した。
すると忽然とアイス屋が出現し、神名田はアイスを買いにいく。
「すいません、バニラ、コーンでひとつ」
「了解した」
そう言ってアイスを差し出す終夜 無月(
ga3084)。
受け取った神名田はまだグスグスしている皆川の元へと戻った。
「夢とはいえ、女の子に泣かれてるのはこっちも気になりますから。よろしければ、話を聞かせて欲しいな」
アイスを差し出して二カッと笑う。
差し出されたアイスを手に取り、皆川はポツリポツリと喋り始めた。
「私、皆川葉月って言います。学生です‥‥いえ、でした。友達とお喋りに夢中で、窓から転落して――気づいたら幽霊になってたんです」
足のない足を見せる彼女。
「楽しかったあの時‥‥なんで楽しかったのか、思い出せないんです。なんで死んじゃったのか、思い出せないんです」
「そっか‥‥僕、傭兵なんですが、去年までは学生でした。勉強したり遊んだり。でも、戦争は続いている、このままじゃきっと駄目だ。そう思って世界を旅することにしたんです」
ぐにゃあと、背景がゆがむ。
平和で穏やかな地域、襲撃の後など不穏な地域、さまざまな戦場の跡地が背景として現れる。
そんな地域を説明しながら2人で歩き、いつの間にかブティックなどが並び立つ街並みを歩いていた。
一緒にショーウィンドウを見たり、公園を歩いたり、浜辺を歩いたり。
一通り歩いた神名田は変化の見られない皆川に、眉を寄せて困ったような笑顔を向ける。
「これは本当の僕ではありません。夢です。でも夢ならきっと目を覚ましますよ」
そういい残し、神名田の姿は薄くなっていき、消えていった。
そして代わりにセラ・ヘイムダル(
gc6766)が姿を現す。
「こんばんは! 私はセラ・ヘイムダルですヨ。 あなたは?」
ペコリとセラが頭を下げる。
「私は‥‥皆川葉月です」
皆川が名を返すと、ぐにゃあと背景がゆがみ、机と椅子の並ぶどこかの教室へと変化する。
背景の時計は、ちょうど昼休み時間を指していた。
2人は1つの机を挟み、向かい合って椅子に座っている。
「昨日のテレビでこんなんやっててー」
机の上にプリンと醤油が現れると、セラは醤油をプリンにかけ始める。
「プリンに醤油をかけると‥‥」
スプーンで醤油まみれのプリンをすくい、開いたままの皆川の口へと差し込むのだった。
「ウニの味になるんだってー」
「‥‥まっず。プリンはプリンのままでいいじゃんか」
「やっぱり?」
セラが笑うと、つられるように皆川の顔にも笑顔が浮かぶ。あまり大事ではないような、他愛のないお話。
「将来の夢? 私はお兄様の花嫁になる事‥‥ぽっ」
頬を赤らめて、セラは頭を振りつつ続ける。
「お兄様は押しに弱いヘタレラッキースケベだから、私が押し倒してリードしなきゃなのですヨ」
ぐっと拳を作り、将来設計を熱く語るセラを前に、皆川は苦笑いを浮かべるだけだった。
「あなたは? あなたの夢はなんなのかな?」
話を振られたみな側の顔が曇る。
「私――私は‥‥」
言葉が出てこない皆川を察したセラは、パタパタと手を振って遮った。
「あ、いいですよ、無理に思い出さなくてもネ」
変な空気なってしまった。
腕組みをし、セラが考え込むと世界は加速し、西日が差し込む時間になった。
そして教室には学生服姿で身長145センチの神名田、エルレーン(
gc8086)、そして何故か男物の制服に身を包んだ夢守 ルキア(
gb9436)が座っている。
学生服姿のルキアは、嬉しそうに制服を見せびらかす。
「みてみてー、カッコイイ?」
「似合ってますよ」
神名田の言葉に気をよくし、笑顔でガタガタと椅子を前後に揺らしてサイダーとグミベアを取り出すと、机に並べる。
と、そこへスーツに身を包んだ無月が教室に入ってきた。
「君たち、学校で飲食禁止ですよ‥‥」
その姿で察したルキアは近寄ってサイダーを1本差し出す。
「まあまあみかがみ君、コレで手を打ってくださいよ」
「ワイロは感心しませんが、今回は許しましょう‥‥」
サイダーを受け取ると、無月も空いている席に座って輪に加わる。
万事解決したルキアがニコニコと席に戻ると、皆川にも1本差し出した。
「さ、泣き虫なお姫様、今日は一緒に遊ぼうよ」
それから5人は他愛のない話を続けた。
「現国はキライ‥‥いっつも悪い点ばっかり。葉月ちゃんはいいねぇ、国語得意だから‥‥」
「私は‥‥そんなに得意じゃないよ。点は悪くないけど、よくもない‥‥かな」
「この間行った雑貨屋さん、かわいかったねぇ! また行きたいねぇ、葉月ちゃん?」
「この間‥‥ごめん、わからないや。でも、いいお店なら行きたいな。楽しそうだし」
「楽しいって言えば、料理の練習とか長距離走の練習とか、だんだん上達してるって実感できるのが楽しいですよネ♪」
「それは‥‥わからないでもない、かな。なんかそんな話したよね」
「かもかも。あなたは?」
「私は運動あんまできないし、実感はちょっとないかなぁ。そういう楽しさが、あるって――わかる、けど‥‥
「文化祭も終わっちゃって、授業ばっかりで退屈だねぇ‥‥どっか遊びに行きたいね、葉月ちゃん」
まくし立てるようなセラとエルレーンの会話をテンポよく応えていたが、ふと口を開けたまま止まる。
目が宙を彷徨う。
そして、言葉を続けた。
「退屈、でもないの、かも。今が――そう、今けっこう楽しいと思うの‥‥うん、今が一番、楽しいんだ。いや――楽しかったんだ」
うっすらと死ぬ前を思い出してきたのか、皆川は頭を抱える。
「一番楽しいトキ、今って言うのは同感だよ。今は今しかないんだから」
ルキアの言葉にドキリとする。
「でも、私は今がもうないから‥‥もう皆と一緒にいられないから‥‥」
「私たちは、あなたをおいていかないよ。葉月ちゃん、だって私たちは‥‥葉月ちゃんを忘れないもの」
エルレーンはスッと銀のピアスをひとつ、差し出す。それは彼女の右耳についている物と、同じだった。
「‥‥私の、大切にしているもの。いつでも、見たら私は必ず葉月ちゃんを思い出す。だから‥‥一緒なんだよ、ずうっと」
沈み行く夕日を受けてキラキラと紅く輝く銀色のピアスを、そっと受け取った。そして日が落ち、黄昏時は、やがて過ぎる。
「死んじゃっても、一緒なんだ‥‥」
「友人達と一緒に楽しい毎日を過ごす事そのものが、楽しかったのかもしれないですネ」
セラの言葉にハッとする。
「そっか。私、一緒に過ごす時間が楽しかったんだ」
「そこから振り落とされ、独りぼっちになり誰とも時間を共有できなくなった‥‥それが心残りなんじゃないかな」
ピアスをギュッと握り締める皆川。
「死んじゃって、それを壊したことに後悔していたんだ」
突然、机や椅子はそのままに教室は月明かりを受ける夜の屋上へと変化した。
いつの間にかルキアがステージに立っていて音楽が流れ始める。
アイドルである彼女の得意な曲Blaze Dashである。
「たとえ傷付き 心折れそうになっても 止まれない 止まらない――」
さびの部分を歌った彼女はポーズを決める。
「月の光を、星の光を受けて、それに負けないように私は歌うんだ。そう、私はルキア、ヒカリって意味」
突然の事に一同眺めていると、そのまま1曲歌いきったルキアが静かに言葉をつむいだ。
「後からは悔やめない、私はずっと死と隣り合わせの場所にいるケド――きっと、気まぐれな死神がくれた時間」
ついっと高い空を見上げる。
「暗い夜は恐怖を与えるかもしれないケド、同時に喧騒も消えて自分って言うセカイが明確になる自分自身の時間なんだ――葉月君。君のセカイはどう?」
つられるように上を見上げていた皆川は、その言葉で目を閉じ、数瞬の間を置いて、閉じた瞳から一筋の涙が伝う。
「私は――楽しい時間を残して消えるのが、怖いんだ」
ステージから降りてきたルキアが、ギュッと手を握り締める。
「君のコト、記録する。記録、記憶、消えないよ、私がいるから」
「僕も忘れません」
神名田も握られた皆川の手に、己の手を添える。
「私も」
エルレーンが手を添える。
「私もですヨ」
セラが手を添える。
少し離れて見ていた無月が、コツン、コツンとゆっくり、近づいてくる。
「想いは貴女の様にたとえ忘れてしまう事があっても、なくなることは決してありません‥‥」
コツンコツン。
「心の奥の宝箱に、大事にしまわれているのです‥‥」
コツンコツン。
「そして人と人との繋がりの中で、その宝箱は手渡され、輝き続けます‥‥」
コツンコツン。
「死では、それを絶つことはできません‥‥」
スッと、無月も手を添えた。
「忘れませんよ‥‥貴女のことは‥‥」
彼らの心を感じた彼女。もう片方の瞳からも、涙を流す。
――その瞬間。
彼女の体が光に包まれ、徐々に分解されつつ天へと上り始めた。
「――みなさん、ありがとう。私は思い出しました。楽しかった理由を。
そして、わかりました。
一緒にいた時間まではなくなったりしないって言うことを」
皆川の姿がもはや光と見分けがつかないほど、透けている。
「私、行きますね。ここにいてもいなくても、私がここにいたと知っている人がいると思えば、消えてしまうことももう怖くありません」
「終わりは次の始まり、だそうですよ。良き人生を過ごして下さいネ♪」
セラが手を振ると、一瞬、光が微笑んだような気がしたのだった――。
●どこぞの野営地
焚き火を中心に皆が横になっていた。
「‥‥夢?」
むくりと起き上がる神名田。
立ち上がり、いつもどおりの視点の高さに、悲しさを覚える。だが、ゆめだったとはっきり自覚できた。
「すごい夢、見ましたヨ」
「私もです」
セラとエルレーンも起き上がってくる。
「私も、だよ」
ルキアが眠そうに起き上がり、目をシパシパさせている。
「少女の幽霊が出てきませんでしたか‥‥」
岩に背を預けていた無月の言葉に、一同うなずいた。
「やはり、みなさんで同じ夢を見ていたんですネ」
「葉月ちゃん、成仏できたのかな」
「できたんじゃ‥‥ないかな、きっと」
パンパンと体の埃を払う 神名田。
「起きちゃったし、見張り代わってきますね」
そう言うと、離れの焚き火へと向かっていった。
歩きながら、悲しい彼女のために神名田は願った。
皆川の意識が戻らないだけで、医療機関で治療を受けている事を、願うのだった――。
『お願いだから・終』