タイトル:【落日】おいしいごはんマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/08 03:16

●オープニング本文


●カルンバ
「おや、ドライブ。お早い御帰りで」
 偶然市内で見かけた自分の部下に声をかけると、ドライブと呼ばれた彼はびくりと肩をすくめ、ゆっくり振り返った。
 部下の態度に訝しみ、怪訝な表情のミル・バーウェンは近づき、見上げるように胸をそらしながら手を突き出す。
「さて、例の報告書は出来上がったのだろう?」
「それがまだなんですな――ちょっとばかり困った事がありまして」
「ほう?」
 うっすらとした笑みはそのままに、真剣な表情を浮かべるミル。優先すべき事を優先しないほど困った事であるならばと、腹をくくったのだ。
 だが表情を引き締めたミルとは裏腹に、ドライブの顔は苦笑いにしかなっていなかった。
「いえね、腹がすいたのでクックタウンで唯一の飯屋に入ったのです。そこがまた、店は広く、唯一の飯屋だというのに昼時に1人も客がいない事に嫌な予感を覚えましてな」
「ほう‥‥」
 話の流れのきな臭さに、ミルは眉根を寄せ、渋いものを口にしたような顔をして話の続きに耳を傾ける。
「メニューの少なさに驚きつつも、頼んでみたらやたら遅い上に、見た目もよろしくない、期待の持てないものが出てきまして。予想通りに不味かったわけですな」
「へー……」
 腰のポーチを外し、ぶんぶん振り回す。ドライブの頬には、一筋の汗が垂れていた。
「文句をつけたところ、長い庇護生活で料理を忘れ、料理をまともにできる人間があの地域にはほとんどいないそうでして。それにガラの悪い客も多く、難癖つけてはただ飯だったりして、一般人も入リにくい状況なんですな。
 もともと調理技術も何もない人が、恐らくは儲かる商売として一念発起して始めたが見ての通りの閑古鳥ですと、そこの店長のロッドさんに泣かれまして」
「それで?」
 じりじりと、ドライブとの距離を詰めるミル。じりじりと、後ずさるドライブ。
「これも復興の一環、上司に相談してみましょう、と――」
「ドライブ君?」
 にっこり微笑む。ポーチが随分いい勢いだ。
「お、お嬢? そのポーチは銃とか入ってて、結構な凶器だと思うのですよ」
「ドライブ君、キミは何をしてるのかな?」
 仏のような笑みにまでなったミルを前に、ドライブは決して背を見せずに後ろに下がっていく――警戒心全開である。
 と、そんなミルの背中というか、腰あたりに誰かが抱きついてきた。
「どうしたのさ、ミル姉ちゃん」
「エリック――むう、抱きつき癖がうつったか」
 ここ最近発見された自分の癖が、確実に自分の弟分にも付きつつあるようで、苦笑いを浮かべ、ポーチを回すのをやめた。
 ほっと胸をなでおろすと、彼は真剣な表情を作り身振りを交えて話し始める。
「実際、ああいう店がちゃんとするというのは生活環境として十分な復興を意味するものだと思うのですよ、お嬢。
 現状ではほとんど貯めるだけしかない状態で、美味いモノに金を払うというのも、悪くはないと思いますぞ」
「ふむ‥‥」
 腕組みをして、口元を押さえる。
 毒気の抜けたミルを必死にたたみかけ、熟考させる事に成功したドライブがこっそりグッと拳を握りしめていた。
(一理ない事もない――だからといって一軒のお店を優遇して支援したところで、うまみも少なければ反感も増えるのみだが、それでも働き口としては代表的な部門――)
「ご飯のお店かぁ‥‥僕らみたいのはなかなか入れないんだよね。高いし、遠かったりして気軽に行けないよ」
 エリックのボヤキに、ハッとする。
「安くて近くて気軽な店を出しつつ、それが全てそろっていて、なおかつ少しお高い美味いモノも食える本店という形にすればいいのか。そうすれば集客もしやすいし、技術指導やノウハウを本店にさえやれば、あとはどうにでもなる」
「というと?」
 ミルは腕をばっと広げる。
「本店はチェーン展開を視野にした店にして、一部料理を移動式屋台で出してみればいいのだよ。我が国のフィッシュ&チップスとか、日本のらあめんとかおでん、アメリカのホットドックやらなんやらとね。
 近場に構える事が出来て安価で提供、なおかつ本店の宣伝にもなり、その本店で技術を学び、ゆくゆくは他の町に支店を出せるようになれば、効率よく行けそうだ」
(だいぶ心にゆとりが生まれ始めたのか、軍の格安有料炊き出しにそろそろ不満の声も聞くし、どうにも仕入れ品より質も悪いような気もするから、ここらで彼らの仕事をまた一つ減らしておこう――おいしいごはんのお店が増えるのもいい事だしね)
 エリックの頭を撫でつつ、さらに思考を巡らせる。
(ガラの悪い客が多いと言っても、ちょっと気性の荒い程度では戦場を駆け抜けた猛者達には小鳥の囀りだろうし、キメラ相手でなくていい分、エミタを除去した者でも勤まるのは、いいかもしれん――それに、なにかやたら食事処を開きたがる傭兵も多いという不思議現象も、昔からあるしな)
 目を閉じ、頭の中でそろばんと、募集要項を組み立て始めている彼女に、エリックは首をかしげていた。
「ミル姉ちゃん、お店やるの?」
「私はオーナーかね。実際にやってもらうのは、私の知り合い達だね――功労者である彼らに私ができる事は、彼らの選択肢を増やす事だから、今回の話もまあ悪くはない」
 ドライブに親指を立てると、表情の緊張を解いたドライブがほっと息を吐きだし、それではまた後ほどと言ってそそくさと逃げる様にその場を後にした。
 残されたミルとエリック。エリックは依然、腰に抱きついたままである。
「それにしても姉ちゃんは、人がいいね。他人のためにそこまで親身になるなんてさ」
 エリックの言葉に意外そうな顔をしたミルは肩をすくめ、少し違うねと呟く。
「私のは常に損得を考えた上での行動なので、偽善さ。それに私はね、悪人なのだよ。エリック」
 首をかしげる少年に、難しい話かねと微笑んでみせた。
「もっとも偽善だって、やらない偽善よりはやる偽善の方が断然マシだ――偽善偽善だと文句ばかりたれて何も行動を起こさない人間より、ずっといい」
「――やっぱりミル姉ちゃんは、人がいいよね」
「大馬鹿な目標を掲げた、偽善者の悪人だよ、私はね――さて、傭兵諸君には技術指導や、屋台のノウハウ、店舗名など今回は色々自由にやってもらうか。彼らにとっても、人間社会へのリハビリや息抜きにはなるだろう」
 エリックを引きはがし、ポーチから大玉の飴を取り出して自分とエリックの口に放り込むと手をつないで歩き始める。
 甘さに、口元が緩む。
「‥‥できればうちの社員として登録してもらえば、ゆくゆくの展開にも有利だが、そこは強要できまいな。でも誘いはかけてみるかね」
 上を見上げる、ミル。雲よりも高い、空よりも高い所を見据えて。
 そしてポツリと呟くのであった。
「もう一つの目標も、やっと現実味を帯びてきた。待っていたまえ、ソラよ――」

●参加者一覧

夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
レインウォーカー(gc2524
24歳・♂・PN
美空・希(gc3713
13歳・♀・EP
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD

●リプレイ本文

●クックタウン
 クックタウンにある唯一の食事処の一室にて、夢守 ルキア(gb9436)、レインウォーカー(gc2524)、美空・希(gc3713)、エドワード・マイヤーズ(gc5162)の4名と、依頼主のミル・バーウェン(gz0475)、何やら困惑気味で部屋の隅に店長ロッドが集まっていた。
「コンセプトは、幅広いターゲット、家族や子供にウケる店」
 ホワイトボードの隅にそう書き込んでいく、男装の麗人ルキア。読み書きが下手なだけあって、地味に読みにくかったりする。
「希が書記をするであります。企画を出すのは苦手なのですよ」
 企画提案型ではないと自覚している希が立ち上がり、手を差し出してペンを受け取るとボードの前に立つ。
 手の空いたルキアは、とりあえず議長的な位置の上座に座り、テーブルに肘を乗せ、手を組んで顎を乗せ話を続けた。
「本店は少し高め、オーストラリアの物資を使用し、量も少し多めで家族連れをターゲットにするのはドウかな。煮込み料理や焼き料理は、作りやすく誰が作っても一定の味は出せる。大量仕入れで安く、量を多くを目指すトカ」
「ふむ。それならリーズナブルという点を考えれば500C前後が妥当かな? ステーキとか高価そうなメニューも出来れば1000C以下に抑えたいところだね」
 腕を組み、椅子を軋ませるエドワード。提案しながらも、使う食材とコストを考え、いくらで仕入れれば店が回せるか計算し、見積もりを紙に書いていた。
「そこは任せるよ。私は料理苦手だからね――移動式の屋台はドウしようか?」」
「カフェとしてやったらいいんじゃないかね? パスタやサンドイッチ等の軽食に、ケーキ、アイス等のスイーツ類を提供とかね」
 希が軽食、甘味カフェと書き込む――すると、スッとミルが手を挙げる。
「口を出す気もなかったが、1つ。そこまでの食材を積むとなると、あまり小回りの利かない乗り物になってしまうのではないかね?」
 それもそうだねと、顎に手を当ててエドワードは頷く。すると黙って進行を眺めていたレインウォーカーも、小さく手を挙げる。
「屋台でのクッキー販売を推すよぉ。お菓子と娯楽に飢えたお子様向けに安くて旨い、遊び心のあるクッキーとかねぇ」
 お子様という言葉にルキアが反応。話に食いつく。
「いいね、子供向け。子供に対する認知度を上げる。一家の要は子供なんて、言うしね。店への地図やカードを付けたりトカもね」
「そうそう。トランプを模した形で味も4種類用意しよう。スペードはプレーン、クラブはチョコ、ハートはストロベリー、ダイヤはハチミツ味って感じで。
 1袋に4種類2、3個ずつ入れてオマケにトランプのカードを1枚つければいいかもねぇ。カードを集めたり、友達同士で交換とかも出来るだろうし」
「なるほどね。トランプの裏に地図というのもいいだろうし、クッキーならばお菓子の王道。作りやすく失敗しにくく、作り置きも利くしね――思ったのだが、船を使用してみるのはどうだろう。クッキーワゴンだけでなく、時間によってカフェスタイルになるのもいいかもしれない。
 あと、予約制として食事と同時にクルージングを楽しめる内容とかね‥‥」
 クルージングという提案には、ルキアもレインウォーカーも表情からは読み取りにくいが、親指を立てたりと賛成の様子だった。
「と言っても、今回はそこまで準備する時間はないだろうカラ、船とかは今後の展開として盛り込んでおこうか。現地の地形にあわせて船か車かとか、変更できたりトカね」
 希がホワイトボードに、予定としてくくる。
「それと、お店の名前だケド。現在進行形ってコトで『ING』ってのはどうだろう。全部大文字で」
 キュキューッとボードの中央に『ING』と、少し大きめにわかりやすく希が書く。
 改めて文字で見て、頷く2人。
「うん、いいんじゃないかね?」
「現在進行形で進み続ける、良い名前じゃないかぁ。決定だねぇ――ところでだけどねぇ。店のマスコットなんでどうだろうかぁ」
 マスコット? と書き込む。ちらりとレインウォーカーはミルを一瞥し、薄い笑みを張り付け続ける。
「鍋に入ったタヌキを推すよぉ。名前は『たぬきんぐ』で」
 狸という言葉にがたりと椅子を鳴らして立ち上がる、ミル。その表情は驚きに満ちていて、レインウォーカーを凝視していた。
「狸はオーストラリアにはいないであります、きっと質問されるでありますよ」
 珍しく希が意見すると、薄ら笑いを浮かべたまま、レインウォーカーは楽しそうに続ける。
「タヌキとは何かと聞かれたら? 店のオーナーの真の姿とでも答えておくよぉ」
「なんで君が私のパジャマについて知っている!」
 自分で狸といえば、いつも愛用している全身パジャマのタヌキスーツの事しかない。そう思ってミルはレインウォーカーに問いただすが、さてねぇと意味ありげな表情をするだけで答えようとはしない。
 そのうちにエドワードが、ああお嬢のあれねと手を叩いて納得していた。
「なんで君まで知っている!」
「まあ噂はかねがね、だねぇ。あらためてだけどよろしく、社長。ボクもお嬢って呼んだ方がいいかなぁ?」
(前から弄り倒したいと思ってたんだよねぇ)
 そんな邪な事を思っていても微塵も表情には出さず、人の心を読み取る能力に長けたミルでさえもつかみどころがないらしく、好きに呼びたまえよとむすっとして椅子に座り直すのであった。
「希は姉妹から聞いてるであります――マスコットがそれで決定として、そこで社長にはしばらくキャンペーンたぬきとして店頭に立ってもらいたいであります」
「寝言を‥‥人にパジャマ姿で立てと?」
 希の提案に、ふくれっ面のミルが眉根を寄せて尋ねると、希はぐっと握り拳を作る。
「きっと子供たちにも大うけであります」
「じゃあ決定だね」
 希の太鼓判に、あっさりと決めつけるルキア。本人の意思とは無関係な事に驚いたミルが、やや悲愴な顔をする。
「決定なのかね! 私の拒否権はっ」
「きみは私達にお店のプロデュースを任せた。それなら決定権は私達にあるよね?」
 ルキアの有無を言わさぬ正論に、半泣きのミル。昔の、どんな時でも凛としていた姿の面影はない。
「服装は自由だけど腰エプロン、それに『ING』とタヌキの刺繍を入れる、それでいいよね?」
 反対意見がないのを確認し、ルキアは立ち上がる。
「じゃあ決めるコトは決めたと思うから、エプロンはこれから作るよ」
「僕は調理のプロデュースと言う事で、お嬢と店長と相談し、具体的なメニューと材料の発注をするかね」
「希はとにかく現場職員として、皆さんの提案の実現に尽力するであります」
 いそいそと部屋を出ていく希、それに続いてルキアが出ようとするとゆらりと前に立つ、レインウォーカー。首をかしげるルキア。
「どうしたの? レイン」
「試しに参加したけど、中々――こういう仕事も悪くないねぇ、ルキア。お互い愉しむとしようかぁ」
 最も信頼する戦友の言葉に、ルキアは笑顔ながらも顔をほころばせ、クッキー作り教えてねと戦友の胸を小突き、後にするのであった。
「さぁて、仕込んでくるかぁ」


 開店当日、開店4時間前。
 調理担当のエドワードは誰よりも早くやってきて、スープ類の仕込み、肉や魚、野菜等の下ごしらえをしていた。
 本来ならば3時間程度で十分終わる仕事なのだが、店長のロッドに手順などを教えながらなので1時間余裕を見たのだ。
「戦うのがお仕事の傭兵さんなんですよね?」
 手際の良さに感心していたロッドがコック帽にコックコートのエドワードに質問すると、じゃがいもの皮を包丁で綺麗に一本繋ぎで剥いていた彼は手を止め、ふと眼鏡の奥で過去を振り返るような遠い目をする。
「昔にね、情報収集の為にコックとして潜入したのだよ。その時、情報と共に調理の技術も盗んだという訳さ。別に盗む気だったわけではないが、これは癖でね」
「癖?」
 1個を剥き終わらせ、次を手に取ると再び剥き始める。
「平たく言えば、相手のいいところは聞く、見る、書く、可能であれば撮る。ま、これはスパイ活動に限った事じゃないけどね‥‥」
 何を言いたいのか察したロッドは、エドワードの手元を凝視するのであった。

「新装開店『ING』』オープンでありますよ!」
 ミニスカメイド服でやる気全開空回りの希が、満面の笑みを浮かべ店先で声を張り上げて客を呼び寄せていた。真面目さと一途さで誰にも負けていないかもしれないが、若干のずれを感じさせるあたり、結局基本ドジっ娘なのだ。
「ほらほら社長。笑顔でありますよ」
 隣で全身タヌキスーツ姿のミルが薄い笑みを張り付けたまま、むすっとしていた。そんなミルの背後から、誰かが小突く。
 UPCの軍服に階級章をつけ、腰にお手製のエプロンをつけたルキアだった。
「笑顔、ダヨ。笑顔と注文の繰り返しは、徹底しなきゃ。君がオーナーでしょ?」
 そう言われてしまっては、笑顔を作らざるをえない。客商売について一応、わかっているからだ。
 ミルの素直な態度に、ルキアは満足げに頷く。
「胃袋ダケじゃなく、ココロも掴まなきゃ」
 ぽんと背中を叩き、店内へと戻っていく。
 その後の開き直ったミルは笑顔を振りまき、群がる子供達や女性と握手をするのだった――が。
 1人の少年がポツリと漏らす。
「ところで、これなんて生き物?」
 その一言で、まわりが静まりかえる――子供だけでなく、道行く大人も気にしていたようであった。
「タヌキをモチーフにした『たぬきんぐ』だよぉ」
 店の裏から顔を現したレインウォーカーがその質問に答えると、当然、次の質問が来る。
「タヌキって何?」
 問われるとニィと笑い、小首を傾げるてオーナー様を見ながら答えた。
「店のオーナーの真の姿さぁ――さて、ボクは移動式屋台についてくよぉ」
 本当にそれを言うだけ言って、ロッド共に去っていくレインウォーカーであった――。

 販売しやすいように改良を施した小さな軽のワゴン車一杯に、菓子作りは得意な彼がロッドとルキアに教え込んで作成したトランプを模したクッキーがつまさっていた。
 子供の集まりそうな地域を狙って車を止め、販売を開始すると、好奇心旺盛な子供達が寄ってきて、クッキーにトランプカード付、しかも値段も子供向けであるだけあって、子供自身で買えたり、同伴している大人も気軽に買っていってくれる。
 そのうちに遊びの天才である子供達は、買った直後にトランプの数字勝負をしかけ、勝った方が相手からクッキーを1枚頂くという遊びをしだしたり、だぶったカードのトレードなどを開始する。
 途中、あきらかにカタギではないようなゴロツキ風な男が場所代をなどと言ってくるが、階級章を見せて、彼もだよと言うだけで、そそくさと去っていくのであった。
 ただ、傭兵でもないのに傭兵であるように説明されているロッドが困惑気味な表情を浮かべていると、レインウォーカーはシレッと言う。
「階級章見せて、彼もだと言っただけさぁ。勘違いしたのは向こうの勝手だよねぇ?」

「いらっしゃいませであります!」
 とにかく笑顔笑顔、ひたすら笑顔で接客の希。時折、コップをひっくり返す、オーダーミスするなどはご愛嬌。笑顔で乗り切っていた。
 もちろん、その影でルキアがしっかりとアフターケアのサポートをして、後につながるように店員が注意すべき点をしっかりと記録している。
「なんだこの薄いスープは!」
 突如ガタンと椅子を鳴らして立ち上がリ叫ぶ、やや強面の客が1人。
 即座に希が駆け寄り、どうかしましたでありますかと声をかけると、見下ろして威圧感を与える強面の男。
「スープが薄くて不味い! こんなもんで金とるのか!」
「まあまずは座るでありますよ」
 氷が入って汗をかいているグラスに、冷たいお茶を注ぎテーブルに置くと、倒れた椅子を戻して手を引っ張って座らせると、その正面の椅子に希も正座で座るのであった。
 思いもよらぬ力だったのに虚を突かれた男は、先ほどの勢いを失い、騒がしくない程度の声で目の前の希に、やれ味が全体的に薄いだの、ややこじつけ感があるクレームだが、それでも真摯に対応する希。
「ふむふむ、つまりは店員一号になりたいのでありますか」
「違う!」
 クレーマーもお客、歯牙にもかけないなら店にちょっかいすらかけないと、本気で信じている希。こんな態度なのも、単に気恥ずかしいだけでありますと、1人、勝手に納得していた。
 脅しも効かないと気づき始めた男は、コックを呼べとがなりたてる――その言葉に待ってましたとばかりに、エドワードがすぐ駆け寄る。
 180センチと長身の彼が、コック帽をつけているとさらに圧巻で、加えて傭兵と明かしていなくとも傭兵独特の雰囲気のせいなのか、男は気圧されしていた。
「調理担当の者ですが‥‥」
 気圧されした男が口をもごもごさせていると、代わりに希が味が薄い事を告げる。
「それは大変失礼致しました――では」
 紳士的かつ穏やかに接するエドワードは懐からソルトミルを取出し、ゴリゴリとスープにふりかけスプーンでかき混ぜると、どうぞと勧める。
 勧められるままに口にする男は――それ以降、何も言わずスープをきれいにたいらげると、ごちそうさんと金を払って店から出ていこうとする。
 入口でルキアが一礼し、まっすぐに笑顔を向けて続けた。
「気に入らないトコがあるなら、コレからに期待して。この店の意味は『現在進行形』さ」

 閉店し、改善点や反省点を述べ、最も効果の高い手段を話し合っている傭兵達。
「クッキーは正解。トランプ以外を模していくのも、面白いんじゃないかねぇ」
「味に関しては、彼にとっては薄かった――労働者である人にとっては、塩分を少し余計に欲しいのだろうね。それとやはり傭兵や軍関係者は、1人くらい入れておくといいかもしれない」
「とにかく真摯に対応であります! 心に余裕がないだけで、根は良い人達なのでありますよ」
 意見を取りまとめ、マニュアルを作成し、プレゼンの準備を進めるルキアであった。

●説明会
「――以上で、プレゼンを終了するよ」
 壇上のルキアが説明を終えると、喝采というほどではないが、まばらながらも力強い拍手が響き渡る。
 確かな手ごたえ――それを実感したミルは満面の笑みを浮かべ、傭兵達を出迎える。
「うんむ、ご苦労だった諸君」
「いいんだよぉ、愉しめたしねぇ。それじゃあこれで依頼は完了――ああ、そうだ。一応言っておくけどボクは社員になるつもりはないよぉ。ボクは戦いをやめられないし、やめるつもりもないんでねぇ」
 就職話を切り出そうとしたところでレインウォーカーの釘により、ミルは肩をすくめて、残念だと呟く。
「ま、戦力が必要な時はいいなぁ。格安で手伝うからさぁ」
 ひらひらと手を振り、そして傭兵達は戦場に戻るのであった――。

『【落日】おいしいごはん 終』