●リプレイ本文
●カルンバ
「久しぶりなんだよーミルさん」
飛びつくように抱きついてくる高縄 彩(
gc9017)を、待ち構えていたミル・バーウェン(gz0475)は照れながら抱き返す。
「今回もよろしくだよ、ふれんど」
「あまり動けんが、こちらもよろしくじゃよ、ミル――負傷するとはまったくもって不覚じゃ」
やや動きがぎこちないが毅然として立っていた、本当ならばゆっくりと養生したい美具・ザム・ツバイ(
gc0857)。
だが無理を押すのには、彼女なりの訳がある。
今回からミルの会社の社員募集が始まり、姉妹の何人かの就職先として考えているため、その視察に来たという訳である――それだけでもないが。
「まあそんなわけで、今回は秋月殿にご同乗させていただくとするかね。かまわんか?」
「ええ、構いませんよ」
黒いスーツ姿の秋月 祐介(
ga6378)が快諾、改めてミルに向き直った。
「今回はよろしくお願いしますよ、社長」
「君はもう、こういった仕事はしないのかと思っていたよ」
シニカルな笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「年金も低額で、それでは食っていけませんからね。戦後は気楽な楽隠居生活‥‥と思っていましたが、そうもいかない様で」
世知辛いねと頷いているミルを、彼は眼鏡の奥で値踏みしている。
(ある意味単純な依頼ではあるが、必ず何か裏の意図がある筈‥‥ならば、その狙いは何か。そして、それを読み切った上で組むに値するか、それを見届けませんとね‥‥)
祐介が値踏みしている横で、モココ(
gc7076)がぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします、ミルさん。オーストラリアの為に頑張ろうと思います」
「君には理由があるものな――ま、この仕事が軍のためになり、ひいてはオーストラリアの為になるからね。頑張りたまえ」
「軍の為にというのはあれですが、まあ、こういう任務も民間に移さないといけないのは確かですからね――さて、今回はよろしくお願いしますね?」
クラーク・エアハルト(
ga4961)が握手を求めると、ミルは名残惜しそうに彩から離れがっちり握り返す。
「その通りだ――よろしく頼むよ、エアハルト。君の要望通りの物資は積み込んである。シスターの側のトレーラーが君のだ」
トレーラーに視線を向けると、視線に気づいたシスターがニッコリと笑顔で返す。
「ありがとうございます。それとミルさん、出発前にこれを渡しておきますね」
一枚の小さな紙切れを差し出され、それを受け取りざっと目を通す。それは履歴書であった。
「ふむふむ、我が社に入社希望かね?」
「いえ、就職前の職場体験ということで今回は」
「保留、か。意思はあるというのは、覚えておこう」
履歴書を受け取り、振り返ると――彩が大事そうに、両手でミルにメモ書きを差し出した。
運送に就職希望――それも花マルで囲われていて、熱望具合がよくわかる。
そのメモ書きを受け取ったミルは、実に嬉しそうに頬をほころばせていた。
「嬉しいよ、彩。私と一緒に来てくれるんだね」
「なんか、愛の告白みたいじゃね」
地図を広げ皆とルート確認をしていた美具が、思った事を口ずさむと慌てたミルが違うからねと必死に弁明をする。
その後ろで、彩がちょっとだけ残念そうな顔をしているのに美具は気づいていたが、口には出さずにいた。
そこに1台のバイク――AU‐KVパイドロスが、静かに停車。またがっているのは身の丈2m以上の大男、魔津度 狂津輝(
gc0914)であった。
「んだよ、もう集まってたか」
ヤレヤレとやる気なさげな狂津輝はAU‐KVを持ち上げ、トレーラーに載せる。その際に積んであるドラム缶に気付き、ミルに振り返る。
「おいよぉ、積んである燃料って何?」
「軽油だよ」
「ふーん‥‥まあいいや。助手席に座ってっから、誰か運ちゃんをよろしくな。俺のタッパじゃ運転席は狭すぎる」
手をヒラヒラさせ、とくに挨拶もなしに助手席に乗り込む狂津輝。そんな横柄な態度にミルは苦笑し、手の空いているスカーに手振りで行かせる。
「自分はボマーさんをよろしく頼みますよ。面識も少しありますしね」
「あの、それじゃあ私は、あまり面識ありませんけど、グレイさんを‥‥」
各自の同行者が決まっていく――そんな中、彩がクイクイとミルの袖を引っ張る。何を言いたいか察したミルだが、残念そうな顔を浮かべるのであった。
「すまないね、彩。私はここを動くわけにはいかないのだよ」
「そっかー‥‥残念なんだよー」
2人だけの世界を展開している2人を無視し、傭兵達はトレーラーに乗り込むのであった。
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ロングリーチまでの道を走破するクラーク。
到着した夜のロングリーチで食料品、医療品、水を支援センターに引き渡す。
「では、引き渡しの書類にサインを‥‥独り言ですが、ここら辺のUPC軍の働き具合はどんな感じなのですかね?」
「ありがたいものですよ。一度の支援は少ないですが、細かく来てくれますからね――ただ、一度回してもらった分を時折、あとで他の町が不足したとかでいくらか回収するのも、たびたびあるのですよ」
そうですか、ありがとうございましたと礼を言って、シスターの元に戻る。
「今日はここで休みましょう。どうぞ先にお休みください」
「ん、悪いわね」
――シスターの寝息を聞きながら、眼帯に手を触れ運転席で夜空を見上げる。
(まあこういう仕事も必要でしょう‥‥さて、戦争しか知らない自分はこの先どうするか)
早朝に出発し、ミッチェル等を経由し、セントジョージにたどり着き、そこでも物資を引き渡しては同じ事を尋ねると同じような回答があり、怪訝な表情をする。
(ここでも同じ事が――もしかして、各地で?)
早朝、ガネダを目指し、そこからセントラルコーストへと向かったが――。
「少々、ここら辺の道はいまいちですかね――それに怪しい気配も漂ってますし、同じセントラルコーストでもニューカッスル側のルートのがよさそうですね」
山側の珍しく鬱蒼とした森が多い地域。
遭遇こそしていないが地図に記載、急ぎその場を後にしてシドニーへと向かうのであった。
やや夜遅くに到着し、物資を引き渡して同じ事を聞けば同じ答えが返ってくる。
「ミルさんはこの事を知っているのかな‥‥戻ってミルさんに報告いたしましょうか」
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美具を助手席に、ボマーを補助シートに座らせて、祐介はトレーラーを走らせていた。
ノーマントンで止まらずその先のクロンカリーまで走らせ、ボマーに運転を交代してもらいロングリーチを目指す。
「さすがに主要道路の橋はしっかりしたものじゃが、なるべく避けたい所じゃの。このサイズの車両では、いつ崩落するかわかったものではない」
双眼鏡片手に、周辺の様子や路面の状況を確認しながら、地図に事細かに書き込んでいく美具。
ロングリーチで朝まで休憩、それから祐介の運転でチャールビルへ。
「そういえば、今の仕事場はどんな感じですか? もしかしたら御厄介になる事もあるかもしれませんのでね」
「楽しいっスよー。お嬢の無茶振りは多いけど、決してできない事を振る訳じゃないスからねー」
(能力に見合った仕事を回す、というわけですね‥‥)
当たり障りのない話から、ミルという人物像に探りを入れている抜け目のない祐介。それに美具は気づいているが、自身にとっても知りたい事だったので、黙って祐介とボマーの会話に耳を傾ける。
「なんか引く手あまたそうなのに、うちに就職するんスか?」
「ま、正直能力者の今後はそう楽観できたモンじゃないと思えましてね‥‥。そういえば社長は、今回の仕事で何か言ってましたか? 」
「うーん、今後の新しいお仕事の為に自分なりのルートが欲しいとかなんとか‥‥」
「ほう――」
興味を惹かれ、思わず声が出てしまった美具。
(美具の宇宙空間清掃事業団の後ろ盾になりうるかどうか見極めるためにも来たのだが――ふむ)
興味を惹かれたのは祐介も同じらしい。
(狡兎死して走狗煮らるとならぬように警戒しておきませんとね)
低い笑いを漏らす祐介。美具も何かを含んだ笑いを漏らし、訳のわからないボマーはキョトンとしているのであった。
チャールビルで交代し、バークへ。そこで再び朝まで休んだのち、交代してウェリントンを目指していた。
そのルートに関して、美具が意見する。
「ここからはナインガン、オレンジを行った方が良いように思われるが?」
「最短で言えばそうですが、ほぼ等間隔で走りつつ、ついでに首都キャンベラを通るのも悪くないかと。
シドニ―周辺の海岸沿いは船で運ぶという手もありますが、内陸は陸運に頼らざるを得ませんから、そこを押さえるのも手かと思いましてね」
「ふむ、なるほどの」
美具のナビゲートもあり安全かつ状態のいい道路を選び、無事にウェリントン、キャンベラと経由してシドニーへ。
(途中で現状を聞いてみましたが、復興が遅れ気味以外は大きな問題はなさそうですね――あとは社長の出方を見て、今後を決めるとしますか)
物思いにふける様にパイポでゆっくりと吐き出し、美具と共に今回のルートの安全性や状況を地図に書き込んでいくのであった――。
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「ミルさんも行ければ良かったのになー‥‥」
彩は1人でノーマントン、そしてブラックバル、クロイドンへと進み、持ち寄った道具や食料で一旦休憩。寄った町々で物資を細かく配り、キメラの目撃情報を集めたりする。
それからジョージタウンに始まり、ほぼ各町停車を繰り返しながら、少し脇道にそれてアンザックアベニューに寄ってはほとんどの町に寄りながら、イニスフェールへ。
停車を繰り返しながらもブリスベン、そこから南下し大小さまざまな町にも寄りつつシドニーへと向かう。
道もあまり主要ではないところも通ったり、迂回路を探したりと、多少主旨とはズレがあるものの情報収集としては十分な成果を果たしていた。
「むー結構家があった所も、まだあんま人は住んでなかったり、道もそんなに整備はされてないんだねー。キメラは全然いなかったけどー」
1人で呟くが、返事がない事にことさら寂しさを覚え、彩はすぐに引き返すのであった――。
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「燃料だけか‥‥次の時には燃料以外の物資も持参するか」
やる気のなさそうな狂津輝は、助手席からスカーにこの道真っ直ぐとか、指示を出すだけであった。
ノーマントンから2つほど町を経由し、イニスフェイルへ。
そこで一晩休んでからケアンズに向かった狂津輝は、ケアンズで外を眺めながらポツリと呟く。
「あー運ちゃんよ、ここで燃料置いてってやってくんねーか」
重機の燃料としても使える軽油を、規模が比較的大きいためか慢性的に不足気味であるケアンズに補充する――やる気は欠けているが、意外と現状を見ていたようである。
スカーは指示通りに燃料の一部をケアンズの支援センターに引き渡し、再び出発。
ポートダグラスまで行って、少し長いがレークランドダウンズ、クックタウンへとたどり着いたのであった。
「安全な道のりでしたね。最短とはちょっと言い難いですが」
スカ―の言葉に、不満げな顔をしている狂津輝。彼としてはキメラにヒャッハーしたかったのだが――彼にとっては残念な結果であった。
「ツマンネー、退屈だー‥‥とっとと帰ろうぜ運ちゃんよ」
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マウントサプライに向かいながら、手元の地図に町や道路の被害状況を書き込みつつ、景色をよく観察し、キメラの潜めそうな危険な個所をチェックしているモココ。
時折、チラチラとグレイの表情を盗み見ては、口を開こうとして、結局言葉が出ないまま閉じるを繰り返していた。
そんなモココに気付いていたグレイが煙草の煙を吐きだし、吸い殻を空き缶に捻じりこむと、どうしたお嬢ちゃんと話すきっかけを作ってくれる。
「‥‥どうしてあなたはミルさんについて行くんですか?」
「そりゃ、おもしれーからかな――どうしてそんなこと聞くんだい?」
「戦争が終わって自分にできることを探してて、ミルさんの会社に入ろうかとも考え中なんですけど――私って‥‥よくよく考えたらあまりミルさんのこと、知らないんですよ」
モココの独白のような言葉に、黙って耳を傾けていたグレイが、低い声で笑う。
「なんで笑うんですか」
「いや、ワリィワリィ。俺だってよ、お嬢とは10年以上一緒だが、飴好き、ゲーム好きな商人で、なにか目的があると言う事以外、そんなに知らねぇよ? けどそれでも楽しく付き合える――全て知ってる必要なんかねぇじゃんかよ?」
その言葉に、モココは目から何かが落ちるのを感じた。
「知った気になるより、知らなかった事を知る事が出来た、その方が面白れぇさ」
「かもしれませんね――初めて見た時とは随分変わった気がしますね、ミルさん」
「だねぇ。丸くなったと言ってもいいかもしれんが、ますます何を考えてるかわからなくなってきて、よけいに面白くはなってきたか‥‥それもこれも、お前さんらのおかげかね」
ちょっとだけ嬉しそうに微笑むモココ。
「ミルさんが変わったみたいに、これから‥‥きっと世界は変わるはず。いえ――変えてみせます」
話しやすさから色々な話をしている間に、レーベンスホーから北上、そのまま一本道を3つほど町に立ち寄りつつ、クックタウンへ無事にたどり着く。
ルートはもとより、ミルの事をより知る事が出来て、彼女としては満足な成果であった――。
●カルンバ
各自の報告書にざっと目を通す、ミル。
「秋月の等間隔ルートはほぼそのまま使えるね。バーク以降は美具の意見もいれて、二便に分けてと――キャンベランの状態を知る事が出来たのは嬉しい誤算か。国立大学が綺麗な状態とかいうし、そこも考えるとしよう。
クラークのキメラ情報も大きいな。やはり追い込まれていたか――それと抜くために行われていた物資回収再配布もなくなれば、復興も早まるだろう。
モココや魔津度のルートは安全で悪くはないが、少し立ち寄りすぎかね――上手く中間地点のみを経由すれば、一日でクックタウンまで行けそうだと分かっただけでも、大きい」
「私はどうだったかなー?」
「彩のは‥‥細かすぎ、かな」
親友の努力を買いたいが、依頼は依頼と割りきっているミルは苦笑し――彩の頬にキスをする。
「な、なにするかなー!」
たじろぐ彩に、親愛の印さと微笑み、真顔に戻る。
(安全の傾向がわかったからには、これで他の道のルートも推測しやすくなったが――強化人間のアクションが何もなかったのが、気になる。何か動きを見せると思ったのだが‥‥)
ぎしりと椅子の背を鳴らし、天井を仰ぎ見る。
「‥‥まだ、戦争は終わっていないと言う事かね。だが計画は動き出す、か」
『【落日】民間委託 終』