タイトル:【海】『G』の殲滅マスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/28 20:48

●オープニング本文


●屋久島・一湊海岸
 ズザザザザザ‥‥ズザザザザザ‥‥ズザザザザザ‥‥ズザザザザザ――。
 早朝の砂浜で右足を引きずりながら、何度も往復して走っている人影。張り付く前髪をかきあげ、長身の彼女は休むことなく、ひたすらに走っていた。
 随分長い事走り続け――やっと止まった頃には、全身汗だくである。
 息を整え、ひょっこひょっこと海水浴客用のシャワー室へ。
 汗と潮風でベタベタなシャツを脱ぎ捨て、全身の汗を流し、ULTのオペレーターの制服に着替える。
「さて、ご飯かしらね」
 紫がかった赤い髪の女性、メイ・ニールセン(gz0477)はすっきりした顔で民宿、海の家へと戻るのであった。

「おはよー海ちゃん」
「‥‥おはようございます、メイさん」
 メイの軽快な挨拶とは対照的に、どよんとした顔の津崎 海が挨拶を返す――ここ数日、海はこんな感じであった。
 具体的に言うと、生嶋 凪(gz0497)との決着がつき、無事に帰ってきた蒼 琉(gz0496)を見て、一発で怪我をしている事を看破し、心配かけまいと誤魔化していた撃沈から今までの事を洗いざらい聞き出した後からか。
 ――いや、少し違う。
 その話を聞いた海は激怒したり心配したりはしたが、最終的には生きて帰ってきてくれて嬉しいという話になり問題はなかった。
(問題はその夜、蒼があたしの親友に呼び出し受けて、2人して帰ってきた時あたりからか)
 親友に、格納庫に来てほしいと伝えてくれと頼まれていたメイ。師弟関係であるから、海戦についての何かだろうと思っていた彼女は、その日その場所で何があったかは知らないし、わからない。
 それはもちろん、海も同じはずなのだが――その時からずっとこんな感じなのだ。
 電話が鳴る。
 のろのろと電話を取る、海。
「はい、こちら民宿海の家でございます――申し訳ございません、現在改修工事の為に本館はお休みさせていただいておりまして‥‥お食事などは用意できませんが、浜辺の近くにコテージがございまして、そちらなら――」
 表情は暗いクセして、電話越しではいつも通りの実に明るく、軽快な喋りを繰り広げる海。商売人の鏡というか、プロである。
 もしゃりと、クロワッサンにかぶりつきながら、さすがは津崎 渚の娘だとメイは感心していた。
 チンッと受話器を置きカレンダーに書き込んでいると、再び電話が鳴り響く。
「はい、こちら民宿海の家でございます――あ、お久しぶりです‥‥ええ、はい――わかりました」
 保留を押し、受話器を置いた海がメイに明るくない方の声で、声をかけた。
「‥‥メイさん、リズさんからお電話です」
「リズっちから?」
 オペレーターの後輩であり、まだ伝えていないが実の妹であるリズ=マッケネン(gz0466)からの電話である事に首をかしげ、受話器をとる。
「はーい、リズっち――」

●ULT出張所・居住スペース玄関前
「というわけで、リズっちが遊びに来る前に、ここをなんとかせねばなりません」
 青い顔で微笑む、メイ。
 メイの後ろの居住スペースは何の変哲もない建物ののはずなのだが、今はどことなく不穏な空気を漂わせている。
 事情を聞き、メイの手にある『水を入れると煙の出る商品』を見て自分が呼ばれた理由を察した。
「つまりは俺にゴキ――」
「聞こえませーん!」
 頭に商品を乗せ、耳を塞ぐメイ。その名すら、おぞましいようである。
「――つまりは俺に『G』の殲滅、駆除を頼む、そういう事だな」
「いえーす、ざっつらいと!」
 にこやかに頭をかがめ、その商品を琉の前に差し出す。
 溜め息をつきながらも、それを手に取る琉。色々迷惑もかけたし、彼女がいなければ海も危なかった事を考えると、文句は言えなかった。
 水のペットボトルもぶらさげ、琉は1人『G』の住処へと足を踏み入れる――。

 当然の事ながら、日中では『G』の影も見えない。
(人を襲う訳でもないしな)
 窓は閉め切ったまま、部屋の戸を全て開けていく琉。多少台所にガサガサと音がした以外、とくに見当たらない。
 基本的に物が少なく、前任者の置いていった食器棚やタンス、あとはベッドあたりにでも隠れているのだろう。
 居間の床に商品を置く――と。
 羽音が琉に向かって飛来する。
 とっさにペットボトルではたき落そうとし――FFによって防がれる。
「くっ!」
 しゃがみ、かわすと、その途端にどこに隠れていたのかというほどの数の『G』が姿を現し、編隊を組んで琉に突撃をかけ続けてくる。
 玄関へと後退しながら無駄だろうとも思いつつ、ペットボトルで払いのけると、編隊を組んで飛んできた『G』は簡単に払いのける事が出来た。
 玄関から外へと出る琉。開けっ放しの玄関からは、1匹も出てこようとはしない。実に恐ろしいほど統率されているようである。
「‥‥どうやらボスの『G』キメラが『G』を支配し、統率しているようだな」
 そこまで苦手でもないはずの琉も、先ほどの恐ろしい光景に、汗をぬぐう。
「ある程度生身戦闘できんと、ちょっと退治できそうにないな――」
「あんた、生身戦闘からきしだものね。能力者としては」
 メイの言葉に、海戦KV一辺倒だった琉が苦笑する。
「生身近接戦闘は君の――うぐっ」
 どすっとまだ傷の塞がっていない腹に拳がめり込み、悶絶する。
 何事もなかったように思案顔のメイは、やがて仕方ないと呟き、出張所の方へと向かう。
「くっだらない事だけど、頼るしかないわねぇ。みんなに‥‥ああ、あと海ちゃんも元気づけてもらうかしらね」

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
南 日向(gc0526
20歳・♀・JG
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
エルレーン(gc8086
17歳・♀・EL

●リプレイ本文

●屋久島・ULT出張所居住スペース前
「けっひゃっひゃっ‥‥我輩が〜‥‥大願も成就できず‥‥16年積み重ねた憎悪でも勝てなかった相手をあっさり倒された‥‥ドクター・ウェストだ〜――わ、我輩は、結局化け物にはなれなかった〜‥‥」
 全身包帯姿のドクター・ウェスト(ga0241)。今日は最初から魂が抜け出ていた。先の大規模作戦で重体し、なおかつ積年の恨みを自分の手で果たせなかった彼は、ここ数日、こんな状態らしかった。
「うわぁ…いっぱいいるぅ――いっぱいいると、きもちわるいねぇ」
 窓から中をうかがい、気持ち悪いと言いながらもあまり気持ち悪くなさそうにしているエルレーン(gc8086)が目をぱちくりさせている。
「ゴキ――Gって本当にどこにでも現れるんですね。もう少しかっこよければいいのに」
「かっこよくても怖いわよ!」
 エルレーンの隣で同じように覗いていた南 日向(gc0526)の言葉に、身を震わせるメイ・ニールセン(gz0477)。
 親友の意外な姿に、刃霧零奈(gc6291)は首をかしげていた。
「メイさんがGをここまで怖がるとは、意外だなぁ」
 何気なく言った一言。
 しかしその言葉は藪蛇だったようで、くるうりと悪い笑みを浮かべたメイが振り返る。
「何言ってんのさ‥‥あたし、報告書読んで知ってるわよ?」
「何を?」
「あんただってク――」
「きーこーえーなーいー!」
 耳を塞ぎ大声を上げる零奈。親友だけあって似た者同士であった。
 ぎゃあぎゃあと零奈とじゃれあっているメイの背に、Gの逃げ場はないか建物周辺を確認し終えた日向が声をかけた。
「ところで、海さんなんですけど‥‥」
「ん? ああ――ここ最近元気ないんだよねぇ」
 2人して腕を組み首をかしげていると、ばつの悪そうな零奈がむうと呻き、重々しく口を開く。
「それなんだけどねぇ‥‥多分原因はあたしにあるかな」
 皆の注目を集める零奈――メイの様子を窺い、照れながら続けた。
「師匠と付き合う事になりましたっていうか、付き合ってるんだよね」
 そのカミングアウトに合点がいったのか、ウェスト、日向、メイは大きく頷いた。まったくわからないエルレーンだけは我関せずと言わんばかりに、室内を覗き込んでいるままだ。
 へえとだけ呟くメイ。親友の意外とそっけない反応に、零奈はかくりと首を曲げる。
「そんだけ?」
「そりゃーまあ、驚きはあるけど――わりと今更な部分もあるし。心情的には海ちゃんを応援はしていたけれどもさ、実際問題年齢がダブルスコアとかはきついかなとは思ってたもん」
 あっけらかんとしているメイ。その代わりに、日向がしっかりとショックを受けていた。
 彼女も海の想いを知る一人だったからだ。そして応援もしていた――自分と少し重ね合わせ。
(海さん、多分感づいてますね)
 ウェストも同じ考えに至ったらしく、何やら思案顔であった。
「とにかくまずは、Gの殲滅をお願いよ」
 気を取り直したメイが本題に話を修正するが、全身包帯のウェストが腕を交差させ、大きなバッテンを作り上げる。
「ゴッキーといえど我輩は地球の生命には手を出せない!
 方策だけは彼女達に示したので、我輩はそこまでだね〜」
「‥‥まあ、そんな姿で無理をしろとは言わないけどね」
「そんなわけで我輩は、少々ウミ君に会ってこようではないか〜」
 言うが早いか、返事も待たずにウェストはさっさとその場を後にする――というよりは能力者の側、とりわけ一度洗脳された能力者の側にはいたくない――そんなところなのかもしれない。
 戦争が終わったと言っても、彼の能力者不信が完全に治ったわけでもないのだから。
(いつか『処分』せねばなるまいね〜)
 エミタ鉱石すら嫌っている復讐者は、彼女達の顔を頭の片隅に焼き付けておくのであった。
「こんなにいっぱい‥‥何を食べてたのかなぁ」
「ホントにいっぱいだねぇ‥‥1個じゃ心許ないから、もう少し追加しようか」
 両手に一個ずつ構える零奈。
「では突撃のです!」
 水とバトルスコップを携えた日向。堂々と正面から入っていく。ついで零奈もGキメラに注意しながらも住処へと侵入するのであった。

 人がいたら隠れる――その習性は変わらずなのか、2人が侵入するとあれほどいたGの姿はなく、不気味なほど静かであった。
「いきなりは襲ってこないのです」
「あたしらがご飯を持ってきてくれるわけだからね‥‥ちょっと待ってね、南ちゃん。まずは目張りしておくからさ」
 養生テープで換気レジスターや立てつけの悪い窓の隙間などを、手際よく塞いでいく。日向の方は食器棚などの扉を開けていた。外ではその様子を、じっとエルレーンが見ている。
 和室と脱衣場にも例の商品を設置すると、いよいよ日向の出番であった。
「ではいくのです!」
 和室の『例の商品』に水を注ごうとすると、やはり奴らはやってきた――が、べちんと冷静にスコップで叩き落とすと飛来するGを気にもせず、水を注ぎこむ。
 吹き出す煙――急ぎ、脱衣場と居間のにも注ぎ込むと、煙は室内に充満――Gをはたきながらも、目に涙をためている日向。
「煙が目にしみるのですっ」
「退避退避!」
 2人が出口へと向かうとG達も出ようとするが、そこは日向がさせまいとスコップを振り回し、外へ出ると玄関ドアにも目張りを施し、第一ミッション、完了。
 効果のほどを見守り続けている続けているエルレーンが、わーとか、おおーとか声を漏らしていたのであった。

●民宿・海の家
「お邪魔するよ〜」
「あ、ウェストさんこんにちは」
 メイの前と違い、いつも通りに接する海。だがやはりどことなく、覇気がない。
「ウミ君、何か悩んでいるようだがドウしたのかね〜。コノ変なオジサンに話してみないかね〜」
「いえ、別に――というわけでもないです、ね‥‥ちょっと、失恋しちゃっただけですよ」
 やはりやはり蒼 琉(gz0496)との恋愛絡みであったなと、表情に出しはしないがウェストは悩みに納得していた。
 それと同時に少しの安堵も覚えていた。能力者が関係する恋愛は否定的な彼は、琉と海の恋愛についても本来は否定的だったのだ。
(そういえば我輩もフリーディアもコノ歳頃にはいろいろと悩み事やらあったね〜)
 今は亡き妹を思いだしながら、簡単には打ち明けないだろうと思い至った彼は、現在G退治に来ている事を告げ、掃除を手伝ってほしいともちかけ、海を外に連れ出す事に成功していた。
 道すがら、特にたわいない事を話していると、ずいぶん遠く、正面から自転車に乗った少年がこちらに気付き――わざわざ自転車を止め、自分や海にじっと視線を向けていた。
 少年のその表情からピンときたウェスト。話の切れ間にあわせて、少年を指さす。
「ところで、アノ少年は誰かわかるかね〜?」
 目を細める海。
「幼馴染、ですね。まあ同年代の子はみんな保育所から一貫して同じ所に行くから、皆幼馴染なんですけどね」
 この距離ですぐに海だと判別できたあたりで分かりやすすぎなのだが、あえて黙っておくことにする。
「ウミ君、彼に手伝てもらえないかね〜。我輩は見ての通り、あまり役立てそうにないからね〜」
 ウェストの提案に、聞いてみますと言って駆け出す海――結果はもうだいたいわかる。
(さあ、少年よ、『オゼンダテ』とやらは立ててやったぞ〜)

●ULT出張所・居住スペース前
 しっかりと効果が発揮されるまで、建物の外で時間を潰していると、海と少年を引き連れた、ウェストが戻ってきた。 ただ、零奈は海を見てやや表情を強張らせる。
 連れてくるだけ連れてきて、ウェストは傷に響いてきたと言って出張所へと姿を消すのであった。
「海さんお久しぶりのです――積もる話がありそうですけど、まずはキメラを退治してくるのです!」
 びしっとポーズを決めた日向。その間に零奈がドアの目張りを剥がし、エルレーンとともに踏み込んでいたので、慌てて後を追うのであった。

「初めて使うけど‥‥こうかな? えいっ、えいっ」
 家具を動かし、隙間と陰で弱っているがなんとか生き残っているGに超機械αの電磁波でピンポイントに焼き払っていくエルレーン。しっかりと冷蔵庫の下なども見逃さない。
「さすがしぶといのです」
「でも――元気なのはキメラってのは確かだね」
 唯一、今でも元気に飛んでいるGに詰め寄った零奈が力任せに払いのけ、腕を白く輝かせたエルレーンが床に叩きつけられてもぴんぴんしているGキメラに先ほどと同じ威力の電磁波を浴びせ、トドメをさす――だが、1匹だけでなく、他にも何匹か元気なのがいる。
「まあこれだけの数いれば、1匹なわけないよねぇ‥‥」
「1匹いたら100匹、のです!」
 とはいえ、しょせんは超小型Gキメラ。高速で飛ぶと言っても所詮は虫。銃弾に比べれば遅いそれを零奈も日向も払いのけ、エルレーンが次々にトドメをさしていく――が、エルレーンはナンカチガウ感があるらしく、眉をひそめていた。
「うーん、でもぉ‥‥やっぱり私、剣で戦いたいなぁ」

 退治が完了した彼女達は、そのついでに清掃を始めていた。ウェストが連れてきた少年には自転車と言う事もあり、洗剤類の買い出しに行ってもらい、女性陣4名だけが残されていた。
 溜め息の多い海。チラチラ海を気にしている日向。気まずい顔をしている零奈。何も変わらぬエルレーン。
「‥‥それにしても、G‥‥は」
 ふと、エルレーンが口を開く。
「もしかして、女の子はみんな‥‥怖がるもの、なの?」
 真顔で首をかしげている。ふざけているわけではなく、本気のようだ。
 苦笑した海が、みなさん慣れてますけどワリとそうですねと返すとエルレーンはにこりと笑ってみせる。
「そっか! じゃあ‥‥今度から、そうするね!」
 そう言って床に散らばったGの死骸に目を落すと――。
「きゃーーーーっ、Gこわぁい!」
 かなりわざとらしく、怯える真似をしてみせる。違和感丸出しであるが――彼女にはまだそういう感情が理解できないのだから、しかたがなかった。
 だが場の空気は少し和らいだ事を感じ取り、日向は海に近づき、そっと耳打ちした。
「‥‥辛い恋、のです」
 その一言で感づいている事を感づかれていると理解した海は――泣きそうだが決して泣きださない顔のまま、年齢がとか魅力がとか、ただただ、自分が諦めるための理由を述べ連ねるのであった。
 聞きに徹し、吐き出したい言葉をただ黙って、全て吐き出させる日向。聞いている彼女も、時折、辛そうな表情を浮かべる。
 もう伝える事もありませんねと、全て吐き出し終えたと思ったところでがっしと海の肩を掴み、正面からまっすぐに向き合う。
 ほぼ同じ高さの目と目が、お互いの表情を映しだす。
「言わずに相手を気遣うのは大事かもしれません。今の関係が壊れてしまうとおもうと怖い気持ちはわかります。でも、大事なのはケジメをつけることですよ、海さん」
 ここにいるのは、もしかすると未来の自分の姿かもしれない――そう思うと、よけい言葉に力がこもった。
「憧れる恋が結構つらいのは知ってるのです‥‥でもここで想いを伝えなければ、きっと想いは毒になって辛い思い出になってしまいます」
「でも――言わなければ嫌われる事もないですから‥‥」
「海さん、蒼さんがこれを言われたぐらいで嫌いになると思いますか? もし嫌いになったら私がぶん殴ってあげます。
 ――だから胸を張って言ってきてください!」
 必死の日向の想い――それが海に届いたのかこくりと大きく頷くと、言ってきますと言い、この時間にいるであろう小屋へと向かうのであった――。

「おや、海。どうした?」
 ダイビングのレンタル道具一式を点検していた琉は、息を切らせて飛びこんできた海に声をかける。
 息を整え、深呼吸1つ――そして海が口を開いた。
「男性として好きでしたが、もう諦めましたので幸せになってくださいね、琉さん」
 突然の告白に琉は少しだけ驚いた表情を見せ、やがて優しく微笑んだ。
「――ああ、わかった。すまないな、海‥‥家族として、これからも大事にする事を許してくれ」
「こちらこそ――家族でいてください」
 笑顔を浮かべ、踵を返すと静かに小屋の外に出て、扉を閉める。
 小屋の外では零奈が外壁に背を預け、立っていた。そんな彼女はしゃがんで、琉の家族と向き合う。
「その‥‥海ちゃんの気持ちを知らなかった訳じゃないんだけど‥‥その、ね‥‥あたしも女だった訳で‥‥」
 汗をたらし、しどろもどろになりなっている零奈。だがそんな零奈を前にしても、海は笑顔を向ける。
「大丈夫です、吹っ切れましたから――ちょっとニブイ人で苦労しますけど、お願いしますね」
 それだけを言うと頭を下げ、行ってしまった。
 海の許しも得、ほっと一息つくと身だしなみを少し整え、扉を開ける。
「やっほ師匠」
「ん、こんにちはだね。零奈」
 せっかく身だしなみを整えたのにも関わらず、いつもと同じ反応に、少しだけショックを受ける。
「それだけ‥‥? 今日は綺麗だねとかもなしかぁ‥‥」
 小声で文句を言いながら、ストンと琉の後ろに座って後ろから抱きしめた零奈。
「俺からすれば、君はいつも綺麗だがな」
 文句が聞こえていたのか、琉がさらりと言いのけた。その不意打ちに、零奈は首まで赤くする。
(ニブイのにズルイから、ほんとに苦労するよ)
「今日は随分甘えるな」
 零奈の心中などお構いなしに、朴念仁は首をひねって零奈の顔を覗き込む。
 そんな彼に長い時間唇を重ね――離す。
「折角会えたんだし‥‥それに恋人‥‥だし‥‥」
 小声で伝えると、琉もそうだなと笑い、再び重ねるのであった。

 掃除も終わり、色々あそぶのですと息巻いていた日向に、珍しく海の方からパドボで川から紅葉を見ましょうと声をかけてきた。
 最初は少年やエルレーンもやると言っていたのだが、道具が2人分しかないと言う事で断念。
 今こうして、水面にも鮮やかに映る紅葉であふれた緩やかな川を、海と日向、2人でいた。
「何の事かと思ったら、立ち漕ぎのボートだったのです」
 ふんはーと珍しい体験に、いい景色を堪能している日向が喜んでいた。
「スタンドアップパドルボーディングって言うんですよ――ちょっとコツはいるんですが、さすがですね」
 ボートを並べる海。俯き、そしてぽつりと呟いた。
「私、泣かないように頑張りましたよ」
 言葉が震えている――日向は海のボートに上手く乗り移り、ギュッと抱きしめる。
 肩を震わせ嗚咽する海の頭を、優しく、優しく、いつまでも、なで続ける日向。
「よくがんばったのです――海さんの経験は無駄にならないはずです」
(そう信じたい‥‥がんばろう、私も)
 広く、大きく、美しい山の中。少女の泣き声を、静かに、優しく受け止めてくれるのであった。
 いつまでも、いつまでも――。

『【海】『G』の殲滅 終』