●リプレイ本文
「やつのブラを排除した者にはボーナスを与える! ぜひぜひ、がんばってくれたまえ!」
ジープの荷台で腕を組み、仁王立ちで高らかに宣言したミル・バーウェン(gz0475)だったが、傭兵達のあまりの反応のなさにがっくり肩を落とす。
そもそも、全員そろっていない。相手がアレなタッチーナ・バルデス三世(gz0470)なだけに、やる気も出ないのだろう。
「まあそうカッカせずにこっちに来て茶でもどうじゃ?」
「ちょうどいい茶葉もあるのだしね」
「とりあえずは無理して死にたくないし‥‥」
ミルと高官のいるジープの横で、簡易テーブルを組み上げ椅子に座りながら優雅に紅茶をすする美具・ザム・ツバイ
(
gc0857)と、高い位置からお湯を注いでいるエドワード・マイヤーズ(
gc5162)、それに青い顔でテーブルに顎を乗せているクレミア・ストレイカー(
gb7450)。
口をへの字に結んでヒラリと荷台から飛び降りると、大人しく席に座りエドワードから紅茶を受け取る。
「美具はこういう仕事は感心せんがなー。痛い目見たってわからん奴はわからんのだしな」
これだけの騒ぎになりつつあるのに、まだこちらに気付かず空に手を振っているタッチーナと、ジープの助手席でうつらうつらしている高官を一瞥し、ため息をつく美具。
「そう言わないでおくれよ、美具。それなら、なぜ来たのかね。しかもアレに関わる気皆無と見受けられる」
「ま、戦後の顔つなぎじゃな――それと変態は好きではないのじゃ」
くいっと一口。
「あたしはエドの付添かしらね‥‥見ての通りこの有様じゃ死んじゃいそうだし、来といてなんだけど救護班とお嬢の護衛かしら」
「マグロもいないし、死ぬ要素は皆無の気もするのだがね」
「豆腐の角に‥‥って訳じゃないけど、打ち所が悪ければそのまま死んじゃうかもしれないじゃない?」
「うそっ、マグロ型キメラが居ないってマジかよ――来た意味ねーじゃねーか」
日本酒片手に御剣雷蔵(
gc7125)が額を叩き、愕然としていた。
「あーあ‥‥やる気が失せてきた――とっとと終わらせて帰ろうぜ。ブラ破壊すりゃいいんだろ?」
「いつものブラとは違うみたいだな、胸元に盛りが見られる」
目を細めてタッチーナを確認したルリム・シャイコース(
gc4543)がポツリと漏らすと、ミルがぎくりとして胸元を押さえる。
「ああん? ブラを破壊とは‥‥PAD入りだからか。あんたのか?」
ミルが拘っているのがみえみえである以上、実に容易く予想できた。
「あれがミルさんの‥‥」
タッチーナの刺繍入りPADブラを確認したクロイツ・フリューゲ(
gc7343)、ミルの方に向き直り、身に着けている姿を思い浮かべ、赤面――鼻と口元を押さえる。
「‥‥大丈夫かね?」
「や、なんでもないです、大丈夫ですよ、ええ――ミルさんも見えないオシャレに気を使っているのですね、似合うと思いますよ」
余計な事を口走りつつ視線を合わせられないクロイツ。若干、ミルの視線が冷ややかなものになっているのに、気づいていない。
「またタッチーナが出たのかよ‥‥しゃーねえぶっ潰すかぁ。ついでに軍の連中にもお灸据えてやっぜ」
どう見ても口の悪い小学生にしか見えないビリティス・カニンガム(
gc6900)が、愛しの旦那様である村雨 紫狼(
gc7632)に後ろから抱きかかえられたまま、毒を吐く。
「しっかしバグアも馬鹿だよなあ〜。ほら、あの粘着メガネマンが『私は神DA☆』とか何とか、すっげー王道の死亡フラグ立ててたじゃん? アレは腹抱えて笑ったなー。
んな回りくどい再生怪人大集合なんかしなくても、タッチーナを100体ぐれー量産すりゃ、一発で地球大ピンチなのになー‥‥絶対に殺せない、変態度1000%のマグロ紳士軍団‥‥地球オワタ!」
ケタケタと、恐ろしい事を口にしている紫狼に、ミルが苦笑してしまう。
「タッチーナさんって、特別大きい害を及ぼした事のないバグアさんでしたよね? ならそんな排除しなくても‥‥」
「まあ害がなければ放置した方が、というのには俺も賛成ですかね」
タッチーナに面識がなく、わりかし平和主義の春夏秋冬 立花(
gc3009)と御守 剣清(
gb6210)が意見すると、ミルは黙って2人にポーチから取り出した双眼鏡を渡す。
「‥‥なんだあの変態は」
「ド変態を確認‥‥対変態戦闘の用意を‥‥」
考えを改めた2人がガチャンと、汚らわしいモノが映った双眼鏡を地面に投げ捨てる――投げ捨てられ無残な姿に成り果てたマイ双眼鏡の前に膝をついて、おおお‥‥と嘆くミル。
その横にトゥリム(
gc6022)がしゃがみ込んで、そっと耳打ちした。
「タッチーナをビジネスパートナーにする気は無いですか?」
「いや、さすがの私もアレを恋人に‥‥って、ビジネス?」
いささか不適当な言葉に首をひねると、トゥリムは続けた。
「酢味噌の香りのするマグロキメラを、史上初めてまともな料理に昇華させ、食用への礎を築いた身としては、マグロ漁師と卸売業者夢のコラボレーション!
まさに(鮪と金の)運命の出会いとしか思えない。いくら変態であっても、強化人間は何れ殺処分されてしまう哀れな存在で、密かに、タッチーナをどうするべきか悩んでいた自分にとってはまさに、渡りに船なんです」
「マグロ型キメラ‥‥聞いた事はあるが、商品価値としては計り兼ねんからなぁ」
「食してみれば、その考えも変わりますよ」
すっと立ち上がり、小さな体を大きく見せるために両手をあげ、みなの注目を集めるトゥリム。
「みなさん、ちょっとお願いがあります!
マグロ来い! と強く念じててもらいたいのです。運の力でマグロを呼び寄せる祈念作戦。強制はしませんが、できる方はお願いいたします」
普段は物静かで口数も少なく人見知りな彼女だが、事、食べ物が絡むとやたらと情熱的で饒舌になる。
彼女のお願いを聞き入れた数人の傭兵達は『GooDLuck』を持っている者は発動させ、祈り続けた。
剣清はさすがに参加する気にはなれないが、彼らの努力を見守る事にして軍人から車両を借りる交渉をしに行く。
「ところで軍と軋轢があるのは分かったが、意趣返しに付き合う気はねーよ? 興味もないし、軍にも顔ってもんがあるだろうし」
手を組んでマグロマグロと呟き続けている嫁をぶらぶらさせながら、紫狼が意外と真面目な事を口走る。
やっと少しはまともな空気になったかと、顔をあげるミル。
「ふむ、そこは承知しているさ――ま、だからこそあくまでもついでだ」
「というかなー増加装甲で欺乳なのはアカンで〜バーウェンちゃん! 俺的にはソッチの事実の方がキャーンなるんですが!」
再びがっくりとミルの首が垂れる。
「まーでも、味を占めて婦女子達の下着類を狙う様になったらマズイ!
ちなみに俺の嫁はブラはしてないぞー10さいだからー! しかしッ! 純白の輝きを放つ嫁の女子ショーツは俺が守るっ! パンツハワタサーンッ!」
嫁の胸とスカートをがっちりと押さえ、旦那としては正しいが色々正しくない事を絶叫していた。
相手にはもうしまいと立ち上がったところで、着物姿の女性がミルの隣に立って目を細め、薄い笑みを張り付けてタッチーナを眺めていた。
「あの豚、香港にいないと思ったらこんな所に――私から逃げられると思っているのかしら」
恐ろしく冷ややかな言葉を吐き出す南 星華(
gc4044)。が、すぐさま隣のミルにニッコリと笑いかける。
「貴女がミルちゃんね、こんなに可愛い娘ほっとくなんて世の男共はナニやってるのかしら」
突如鳴り響く銃声。高官の頭が揺れ、倒れ伏す。一瞬、場が騒然としたが血ではなくペイントであったので、全員が胸をなでおろし――何事もなく終わる。
「タッチーナさんを狙ったつもりでしたが、うっかり当たってしまいましたか」
クルメタルをしまいながら、中世的な顔立ちと長い髪の南 十星(
gc1722)が姿を現すと、星華と並んでぺこりと頭を下げる。
「貴女がミルさんですか、お噂はいろいろと――南 十星と申しますが、宜しくお願いします」
「どんな噂か気にはなるが、よろしく頼むよ」
落ち着き払ってまともそうな十星を前に、ミルもやっと平静さを取り戻す。
「これ、弟の十星なんだけど、此処に置いてくから良かったらこき使ってちょうだい――気に入ったら押し倒していいからね」
底意地の悪い笑みを浮かべ、星華はさっさと行ってしまった。残された十星はこめかみを押さえている。
「‥‥今回姉さんは何のために呼んだんだか」
「苦労するねぇ――まあ十二分に役目は果たしたかもしれんがね」
気絶している高官に視線を向け、意外と胸がスッとしてしまったミル。十星が笑う。
確実に2人の空間がそこにあるのを感じ取ったクロイツが、薄い笑みを張り付けたままであるがむすっと、間に割り込み、ただ黙ってそこに立っているのであった。
「なんだというのだ‥‥」
「んふふっ♪ 災難ねぇ」
黒のマイクロビキニに白衣という、今のこの状況にはあまりにも不釣り合いのようでいて、なぜか不釣り合いでない出で立ちの雁久良 霧依(
gc7839)が腕組みをして強調するかのように胸を乗せ、意味ありげな笑みを浮かべていた。
「‥‥どれに対して災難なのかね。確か霧依、だったかな」
「色々よ――でもこんな機会与えてくれて、ありがとね。考えただけで頭トンじゃいそう!」
がっしと紫狼からビリティスを奪い取ると、何やら無駄に艶めかしくビリティスの耳元で何やら囁いていた。
「っへ、そりゃあいいな――おいようミル。合図したら閃光手榴弾投げると、皆に伝えときな。合図は絆創膏剥がしな」「ふむ?」
合図の内容がわからずに首をひねるミルに、意味はすぐ分かるぜとだけ言い残し、霧依のバイクの後ろにまたがるのであった。
「すまない、遅れた――く‥‥ま、また奴か! エルレーンに奴を会わせるわけにはいかない――その前に片を付けてやる!」
遅れてやってきたルーガ・バルハザード(
gc8043)が相手がタッチーナと見るや、有無を言わさず飛び出し、まっすぐにタッチーナの元へと全速力で向かうのであった。
(如何に素早く、如何に問題なく追い返すかだ)
「バルデス三世さん、本日は一段とお洒落なブラジャーですねー」
鮪来いと念じつつも、誰よりも真っ先にタッチーナに接触していたのは未名月 璃々(
gb9751)。
戦闘に参加する気は全くない。だってインタビュアーだから――しかしその目は常にタッチーナのブラに釘付けなのだが、タッチーナ本人は全く気付いていない。
「寄せ上げタイプと、パッドINタイプとどっちが好きですか?」
「にゅほーん! 朕は紳士の名にかけて、人前ではもう漏らさないと誓った身! 当然横漏れ防止パッドだにゃー」
「朝のブラジャー選びにかける、時間は?」
「髭を整える時間で、一杯一杯だにゃ―。紳士として人前に出る以上、恥ずかしい恰好なんて許されざる行為! 朕は天下を代表する紳士なのだ」
聞きたい事を何一つ答えてないが、それでも璃々はめげない――というよりは、わりかし答えにも興味がないようである。どういう回答をしてくるのか、その反応が重要らしい。
「比較写真を撮りたいので、此方のインナーもご試着お願いしますー」
さっと取り出したブラを受け取ったタッチーナ。そのブラを今つけているミルのブラよりも下の位置に装着し、ニッと笑ってサムズアップ。見る人が見れば、実にむかつく絵である。
交換作戦が上手くいかずに一瞬舌打ちするような表情を見せた璃々だが、すぐに気を取り直していつもの空虚な笑顔を作り出す。
「お似合いですよー。いかがでしょう、ファッションショーを開いてみては? これだけの衆人環視の中、バルデス三世さんの魅力を存分に発表するのですよー」
軍や傭兵を印象付けるかのようにぐるりと手を広げる璃々。そこでようやく、タッチーナは大勢の人が集まっている事に気付いたのであった。
「おお、朕の魅惑のフェロモンがこれだけのファンを集めてしまったかにゃー? エベレスト級カリスマとなった朕にもはや神すら跪き、両足を脇に抱え込んで朕のソーセージにショックを与えてくれるだけの存在となったにゃー」
それはただの電気アンマではなかろうか。
「ほら、熱烈なファンがあなたを目指してまっしぐらですよー」
鬼の形相のルーガ。しかし、タッチーナは顎に手を当てキモく微笑んでみせる。
「紳士として、その愛を全て受け取るわけにはいかないっ。が、ここで邪険にするのも紳士の名折れにゃー。待っていたまえ全世界の紳士淑女のみなさん! 朕はここでさらなる成長を遂げ、朕が主役のレーティングA本格アクションを作ってみせるのにゃー!」
諸手をあげてルーガに走り寄っていく、どう考えても全年齢向けにできない夏の虫ケラ。
「そのブラジャーは貴様には必要なかろうッ!」
全力でブラを剥ぎ取りに行く――が、今日のタッチーナはいつもとひと味もふた味も違った。
ニョロンニョロンという擬音でも当てはまりそうなキモイ動きで、ルーガの拳を実に巧みによけていく。まるで風呂に浮かぶ垢の如し。さすが2割増し。
らしくないほど華麗にかわすタッチーナだが、慣れない事はするものではない。
足が動きについていかず、徐々に生まれたての小鹿の如くプルプルと震わせ、そのうち足が足に絡みつくようにもつれて派手に転ぶ。
地面に転がり、誰かの足に顔をぶつけて止まったタッチーナ。その見覚えのある足に、彼は視線を上へとあげていく。
「こんにちは、かれーまにあさん」
満面の笑みをたたえているエルレーン(
gc8086)が、そこに佇んでいた。顔をしかめ、自分の額をぴしゃりと叩き、しまったと呟くルーガ。
「ぬおーん、またお前か! 朕に快感を享受するのはいいが、朕の尻は朕の物だにゃー!」
「かれーまにあさんのお尻は私のものなんだからねッ! 他の誰にも渡さないんだからッ!」
互いの熱い想いがぶつかり合う――その隙に、ルーガはエルレーンを後ろからがっちりと羽交い絞めにした。
「く‥‥お、落ち着くんだ、エルレーンッ! 馬鹿に触るな! 馬鹿が感染ってしまうぞッ!」
力ずくで引きずり、帰ろうとするルーガ。
しかし筋力でも身長でも勝っているはずの彼女をもってしても、禁断のスイッチが入ってしまったエルレーンを一歩も動かす事が出来ずにいた。
今のうちにと方向転換してずりずりとを地面を這いずる、タッチーナ。もはや誘ってる?
「わぁいわぁい、また遊べるねー!」
壊れた笑顔と壊れた笑い声をあげ、ルーガに羽交い絞めにされたまま狂戦士は楽しそうに一歩踏み出すと、普段なら腕が白光に包まれるのだが、エミタがハイヒールを武器と認識したのか足が白光し、後ろに大きく振りかぶる。
「蹴ってあげる、蹴ってあげる、あなたのお尻が真っ赤にはれあがって破裂するまでッ!」
スパーン! といい音とともに、エルレーンの蹴りがタッチーナの尻にヒットする。
「おふぅうん!」
頬を染め、のっけから怪しげな吐息を吐き出す変態。それでも前進は止めない。
「あは、あはは、あははははははは! 待って、待ってよ、かれーまにあさぁん!」
どっしりと本気で腰を下ろして止めにかかったルーガなど意にも介さず、引きずって追いかけ、蹴り続ける。ハイヒールの先で突き刺す様に蹴りを入れると、変態はさらに甲高い声をあげて恍惚の表情を浮かべていた。
「最高ですよー、実にいい絵ですねー。変態キメラ全集の強化人間特設ページを飾るに、相応しいですよー」
一番変態として輝いている今この時を、璃々は全力でカメラに収めていると、突如として現れたバイクがタッチーナを轢く。轢くというより、踏みつけたまま停車するのであった。なにやら大の字型の磔台を牽引までしている。
さすがのエルレーンも、一時的に止まってしまう。
「ご主人様の顔を忘れてないわよね、この豚が。ずいぶんな粗相をしたようじゃない?」
星華から冷ややかな言葉を投げかけられ、その言葉にすらも頬を染めてしまうタッチーナ。もはや彼は階段を上るのみのようだ。
「紳士に向かって豚とは、何たる屈辱! 朕こそは全世界を代表する紳士オブ紳士、言ってしまえばケーキと言えばバタークリームのような存在だにゃー!」
「誰が喋っていいって許可したの? 息するのももったいない豚のくせして、悲鳴以外を垂れ流すんじゃないよ」
ピシッと縄を鳴らし、バイクに踏まれて動けないタッチーナの手を縛り、目隠しを施すと、硬鞭を振りかざす。
「あたしのだよぉぉぉッ!」
我を取り戻したというか、見失ったままのエルレーンが再びハイヒールのつま先で突き刺す様に蹴りつけると、タイミングを計って星華の硬鞭が尻を痛めつける。
蹴りと鞭のダブル攻撃。今のタッチーナにとって、これほどのご褒美はそうそうない。
「この快感が! 朕を! 更なる巨大な! 紳士へと! かきたてる!」
「すまん、エルレーン‥‥!」
もはやこうせねば止まらないと判断したルーガが、エルレーンに手刀を当て気絶させる。さすがはエースアサルトの手刀であった。
エルレーンを担ぎ上げるルーガは、すまないが下がらせてもらうと言い残し、その場を後にするのであった。
「そろそろ頃合いかしら」
さんざんいたぶられたタッチーナ。もはや声をあげるだけの気力もないのか、ぐったりしている。その顔は恍惚としており、目、鼻、口から色々垂れ流していた。
磔台に磔にされ、いよいよもって晒し者にされたタッチーナ。しかも股をこれでもかと言わんばかりに広げられ、固定されている。さんざんいたぶった挙句、磔にして気が晴れたのか星華は来た時と同じように、バイクでその場を去っていくのであった。
残された璃々はその見事な晒し具合に、さらなる感動を覚え、カメラに収めていく。
ブラの破壊――誰か思い出してあげて。
そこに一陣の風が到着する。脚を輝かせたルリムがシザーハンズを装着し、身を沈めていた。
(他人のブラを盗り身に付けるとは‥‥おぞましい)
一瞬だけそんな事を思い浮かべた彼女だが、すぐにいつもの機械的な思考へと切り替わる。そして地面すれすれから突き上げるようにシザーハンズをタッチーナの股間、斜め45度から突き上げる。
「のほぉぉぉぉん!」
再び悲鳴を上げるタッチーナ。気力がなくなったのではなく、とっくの昔に彼の精神はお花畑を歩いていたのだ。
シザーハンズを引き抜き、さらに奥行きの角度を調整し、再び斜め45度から突き上げる。
「朕の大事な一本、ごめんなさいっ! 朕は生まれ変わってしまうのかにゃー!」
再生はしているはずなのだが、彼の精神は確実に崩壊しつつあった。とっくに崩壊しているが。
執拗に突き上げてみたが、悶絶してもまるで堪えていない変態にルリムは目的を変更し、ブラに手を伸ばそうとする。 その動きにハッとしたタッチーナが、やせ細った身体で磔台から何とか逃れようと暴れだした。
「朕の良心をはぎ取る気かにゃー! そうなると倫に引っかかり、朕は多大なる迷惑料を払わねばっ! それだけは勘弁なのだにゃー! せっかくシール付ビックリなチョコ大人買いするために貯めてきた朕の努力を、汲んでいただきたく存じ上げ――や、やめるにゃー!」
タッチーナの都合など聞いていない。ルリムの魔の手はゆっくりとブラに近づいていき――。
「マ、マグロさ〜ん!」
「マグロ型キメラ、来てくれ、来るんだ、お願いだー!」
タッチーナの絶叫とかぶさるように、雷蔵も声を張り上げる。
すると。
空の彼方から、すごい勢いで近づいてくる暗雲が。
「あー‥‥本当に来たわね」
もう見物くらいしかする事のないクレミアが、双眼鏡で暗雲を確かめ、呆れたように漏らす。
端っこの方でせっせと穴を掘っていた立花も、顔をあげ、天を見上げるとその光景にぽかーんとしてしまう。
「マグロっぽいのが、飛んでる‥‥」
毛だらけの手足を生やした、鮪と言えなくもない生物が羽もなしに空を飛来している――バグアの超技術の無駄遣いにしか思えない光景であった。
「よっしゃぁぁぁぁ! 俄然やる気が出てきたぜ!」
ノコギリアックスとデビルシールドを手に取り、はりきって立ち上がる雷蔵。
だが、突然の恐ろしい数のキメラ来襲に動揺している軍を一瞥すると、侮蔑するように鼻で笑う。
「いいからテメーらは、邪魔にならない位置で大人しく観戦してろ。必要になったら援護してもらうからよ」
雷蔵の発言にカチンときた1人の若い兵が、なぜ軍人たる自分達が大人しく見ていなければならないのだと、雷蔵に食って掛かる。
「やる気が無い、戦闘意欲が無い、だから見てるだけにしてくれと言ってるんだ。怪我されたら嫌なんだよ」
ドヤ顔ではっきりとお荷物宣言。若い兵は反論するかと思いきや、黙りこくってしまう。思うところはあるようだ。
「ち、なんだってんだかな――」
雷蔵がやり取りしている間に、剣清がジープで磔台に突撃していた。キメラに気を取られていたルリムだが、ちゃっかりと避けている。
なぎ倒される磔台。
解放され、弾き飛ばされたタッチーナに一瞬で追つき、穏やかなはずの剣清がウサ晴らしするかの様に力任せに横腹に斬撃を食らわせる。もちろんすぐ治ってしまう。
斬撃が再生するのならと、峰でしこたま、八つ当たり気味に殴り続ける。
「おほほぅ、世界に名だたる紳士である朕を解放してくれた上に、快感まで享受してくれるとはっ! おめぇさんは実にいいやつだにゃー」
その言葉に剣清は無言でタッチーナのブラ――は色んなモノにまみれていたので思い止まり、頭を鷲掴むと、軍の方に向かって全力で投げつける!
「変態は紳士じゃねぇ! タダの変態だッ!」
珍しく熱くなり、マジレスしてしまった剣清であった。
投げ出され、軍の近くに転々と転がるタッチーナ。軍が後ずさる――と、その間に最大速のジーザリオが急停車する。
車から降りてきたのはフラフラとした足取りの霧依。彼女はのろのろと車の上に上り、ヘッドセットをわざわざ最大にして芝居口調で喋り始める。
「うう‥‥あのPADブラ‥‥やはりバグアの新兵器だったわ‥‥能力者のみに有効な毒念波発生装置ね‥‥」
身体をくねらせ、扇情的に踊りながら白衣を脱ぎだす霧依。きわどい姿の霧依に、兵士達が色めき立って彼女に注目している。
「抵抗に失敗したわ‥‥念波が、念波がくるっ‥‥ああっ! 体が勝手にっ…!」
ブラの紐に手をかけ、ゆっくりと、焦らすように艶めかしく外していく。
「嫌ぁっ‥‥こんな事したくないのにっ‥‥」
バッと一気にブラを取り除く。
ちゃんと大事な所には絆創膏が貼ってある。その時点でおかしいと気づいてもよさそうなものだが、熱を帯びた兵達の思考はすでに麻痺していた。
「見ないでぇっ‥‥」
顔を羞恥に染めながら、パンツも降ろす――もちろんここでも絆創膏(大)が活躍してくれている。
兵士の視線を釘付けにし、たわわな胸を揺らし踊り続ける霧依。
「やー遅れちゃったっす! ん‥‥あれは‥‥!」
ここ1ヶ月ほど入浴しておらず、暑い地域で力仕事しながら放浪し、着替えもせずにバイクで現場に到着した少々どころか相当危険な体臭を放っている雛山 沙紀(
gc8847)が双眼鏡で車上ストリップをしている霧依を発見し、激怒する。
「おのれ、バグアめ! うおおお! 霧依お姉様を自由にしていいのはボクだけっす! 霧依お姉様の胸! ふともも!
お尻を(以下略)! ボクだけなんすーっ! バグアめ…許さんっ! ゆ゛る゛さ゛ん゛ッ!」
遅れてきたせいというよりは、少々残念な頭の沙紀は操られているものだとすっかり勘違いしていた。
「愛するお姉様を返せっす! 雛山ブレイクっ!」
バイクの先端に付けたサーペンティンをタッチーナにめり込ませ、そのまま吹っ飛ばす。
放物線を描くタッチーナ。二転三転しやっと止まると、その前に怒りのオーロラを身に纏いし沙紀が仁王立ちで立ち塞がると、オセでしこたまタッチーナの股間を蹴り続ける。
「痛い痛い! これはどういうことかにゃー? おみゃーさんの攻撃は全然気持ちよくねぇーだぁー」
「当然っす! 愛の痛みっすから! 雛山ボンバー!」
セーラー服の袖をまくり、腋を露出させてラリアット! と見せかけて、後頭部を掴むと、自分の蒸れた腋に顔を押しつけさせる。1ヶ月という激烈なインパクトのある腋臭が、タッチーナの鼻孔をくすぐる。
「この豊潤で香しい香り‥‥そして後からくる剣道部の小手のような青春のあまずっぺー臭い――ふぉぉぉぉん! 朕の脳天をペガサスが駆け抜け、頭から落下してくるにゃー!」
相変わらずタッチーナが謎の言葉を発しているこの間にも、車上の霧依は踊り続けている――と、助手席からビリティスが霧依と同じようにふらふらと降りてきて、同じように車上に上る。
一部の兵士が別の期待をビリティスに注ぎ、紫狼がなにやら俺の嫁は誰にも見せん! と息巻いて騒いでいた。
「ぐぅぅ‥‥ごめん霧依っ‥‥念波がぁっ‥‥」
絆創膏に手をかける。それが何を意味するか――兵士達の興奮は最高潮に達していた――が、逆に呆れていた傭兵達やミルは絆創膏で思い出し、顔を伏せて目を瞑る。
「うぁぁっ‥‥剥がしちゃう‥‥絆創膏剥がしちゃうよぉ!」
ポケットの中ではすでに安全ピンを抜いた閃光手榴弾が2つ。
「ああんビリィちゃんらめぇ! 剥がしたらアウアウよ!」
ビリティスが今にも剥がす! という最高潮の瞬間を狙って、閃光手榴弾を放り投げる。
轟音に閃光。そして兵士達の阿鼻叫喚な悲痛な声――中にはなんとか目を瞑って直視を免れた、若い兵達もいた。先ほど発破をかけられ、少々自分達のあり方に疑問を抱いていた者達である。
兵が苦しんでいる間に、身体の自由が戻ったと白々しい事を言い、ビリティスは真っ直ぐタッチーナの元へ。霧依は服を回収し、ジーザリオで戦域から離れて行ってしまった。
「ああ、お姉様! ‥‥これでトドメっす! ひーなーやーまー、キック!」
タッチーナの股間めがけ、最速の跳び蹴りを捻るようにめり込ませる。これも快感に変換できなかったタッチーナは悶絶し、地面を転がり続ける。そして沙紀は霧依を追ってきた時と同じ勢いで、去っていくのであった。
スピネルを抜いたビリティスが、タッチーナの髪を一突き!
「てめえのヘアスタイルとヒゲ、前から気にくわねぇんだよ、剃り落すぜ! 渋いスキンヘッドに‥‥ならねぇな」
剃り落したはずの髪だが、一瞬にして復元する。その髪型すらも、すでにタッチーナ本体、と言う事なのだろう。
がっくりと落胆すると、どっか行きやがれと、うっすら全身を発光させたビリティスが殴り飛ばす。
「おふぅぅぅん‥‥しかし! 朕は負けない! ここで最高の紳士たる朕が負けたら、朕に力を分けてくれた世界中の紳士に顔向けできねーだにゃー!」
がばっと立ち上がるタッチーナ――しかし、既にその足は小鹿どころではないほどがっくんがっくんと震えていた。
「紳士の称号を返上してもらおうか? 君のような規格外のヨゴレには相応しくないのだよ」
呻いている兵士達を間を潜り抜け、エドワードがまっすぐにタッチーナへと向かう。紳士たる彼は、紳士を語る変態が許せないでいた。
動きを止めようかとも思ったが、今や立っているだけで奇跡のようにも見えるタッチーナには必要ないと判断し、そのまま突撃し、激突する寸前でスライディング、股下を潜り抜けタッチーナの菊にミスティックTを押し当て強烈な電流を浴びせる。
「ももももももももも! これは朕の変身する前触れかにゃー?」
あまり堪えていない変態の背中を蹴りつけ、尻を突き出す形で前のめりに倒させると、かつてバグアに占領された茨城県のネギ畑から採取されたイゲンネギを、紙おむつ越しに菊にブスッと。
しかしそれがいけなかった。身体全体に炎のようなオーラをまとわせたエドワードだったが、何かをする前にタッチーナは素晴らしき快感に身を震わせ、雄叫びをあげてバッタ如きの跳躍力を見せる。
跳んだ先には紫狼がまさしく『待ち構えて』いた。
「対強敵用のガチ必殺技を出さなきゃ、コイツは根を上げない強敵だ!」
薄く発光し、いつもより甲高い音を立てている天照を振りかざし、跳んできたタッチーナに残像を残しながらの連続で斬りつけていく紫狼。インパクトの瞬間、剣の紋章まで輝いている。
「おぽうおぽうおぽう! これもあんま気持ちよくねーのにゃー!」
変態は変態の攻撃を拒絶する――そんなところか。しかも変態の矜持なのかブラには手を出さない当たり、彼もまたザンネン紳士なのかもしれない。
さんざん切り刻まれてんてんと転がり、もうさまざまな事をされ続けたタッチーナの前に、真剣な表情をしたトゥリムがビシッと指をさして告げた。
「あなたは初心を忘れているの! マグロ型キメラを食用として売り捌き、人類側から資金をふんだくる言っていたあの頃の熱い気持ちはどこにいったのさ! 僕は散々あなたにマグロ漁師になれって言っていたのに、何で戦争の道具にしちゃうかなぁ‥‥いい機会だから、ミルさんにマグロを売り込みなよ!」
――表情が真剣な分、中身はがっかりであった。だが、本人はいたって真面目なのだ。
しかし思いの外、彼女の言葉はタッチーナの心に響いたようである。快楽に溺れていた変態の目に、紳士の魂が再び宿る。
「そうだったにゃー‥‥朕は人類から資金を巻き上げ、経済的混乱に貶めるつもり――でも、朕はマグロ漁師じゃなくてアイドルだから無理だにゃー」
「兼業すればいいんだよ! マグロアイドルとかさ!」
不思議な説得をしている間に、美具が腰をあげ兵士達の前に仁王立ちして声高らかに告げる。
「よーし、兵士のぼんくら共。美具が特別に支援してやるからありがたく思うのじゃよ」
好かれる気はない美具の容赦のない言葉。何よりもその手に持っているのがエアーソフト剣であるがゆえに、なおさら胡散臭そうに見えるのである。
「先ほど雷蔵殿から発破をかけられ、悔しいと思わなかったかね? 思わんならもはやただの犬コロじゃな」
美具の言葉にかっとなる若い兵が俺達だって上官さえ、と美具に食って掛かる――が、手に持っていたサブマシンガンをスッパリ、エアーソフト剣で叩き斬ると青ざめた顔で黙りこくってしまう。
だが、食って掛かるだけ見どころありと判断した美具が不敵に笑う。丁度都合よく、彼らの上官もおねんねしているのだから。
「ならばぼんくらを卒業してみせよ! 美具の指揮に従えば、主らを兵士に仕立ててやるのじゃよ!」
ジーザリオの中で先ほどの視線を思い出し悶えていた霧依の元に、忠犬の如き沙紀が駆け寄り、飛びつきスリスリと頬ずりをしていた。
「もっと早く来ればよかったっす‥‥」
「沙紀ちゃん来てくれたのね♪ 私は大丈夫‥‥相変わらず凄い臭い♪」
「あはは‥‥臭うっすか?」
臭いにうっとりしながらも、沙紀の耳元で囁く。
「後でお仕置きよ♪」
「はぅ‥‥わかったっす」
真っ赤になり俯きながらも、沙紀は実に幸せそうであった――。
トゥリムの説得が暖簾に腕押しというか、カレーに乗せるおたまの如くというか、まるで効果が感じられない間にタッチーナの周囲を、一定の距離を置いてぐるりと兵士達は囲んでいた。
「全部隊で包囲し、まずは逃げ道を塞ぐ。そしてそろそろ空のマグロにはご退場願おう」
優雅に椅子に座りながら、紅茶を片手に無線で指示を出す美具。その様子に不満げなミルがじと目で見ていると、カップをソーサーに戻した美具が肩をすくめる。
「仕事はしているぞ? 肉体労働をしていないだけじゃ――よし目標、上空のマグロキメラ、一斉射撃開始!」
効果のほどはもちろん期待はしていない。ただ全武装を使い切らせ、彼らに達成感を持たせるのが美具の狙いである。
だからこそ。次々にマグロが落下してくる事は、実に意外であった。外傷はないがピクピクと痙攣している。どうやら脳震盪を起こしているらしい。
「やる気の無い連中は後ろでの観戦がお似合いさと思っていたが、やればできるじゃねーか」
タッチーナそっちのけで落下したマグロに日本酒を飲ませてから、退治する雷蔵。こうする事で本来酢味噌臭い身が極上のマグロに変身するのだから、つくづく不思議な生き物である。
「あの軍の人は貴方の味方ですよ? さあ、助けを求めに行ってきなさい」
満身創痍のタッチーナに、ある程度の距離を置きながらも立花が軍を指さして惑わせていた。
「おお、心優しき――」
「キモい」
ギリギリの範囲だったらしく、一歩踏み出した変態に一撃お見舞いする。優しくされてからのその一撃が紳士の心をえらく傷つけたらしく、今までとは違った涙を滲ませ、内股で軍へと駆け寄っていく――その間に、立花は落とし穴を完成させ、カムフラージュを施し、やり遂げたという顔をするのであった。
当然、軍に追い返されるタッチーナ。
「タッチーナさん! こっちです! ここが安全です!」
落とし穴の前に立ち、誘ってみせるブラックな立花。残念な事に美具によって統率された兵士は、誰も追いかけてこない事であった。
手を振り、何も知らずに落とし穴まっしぐらのタッチーナ。あわや引っかかると思った瞬間、彼は空からの黒い影によって連れ出されてしまった。
「マグロさん‥‥! 朕のために危険を顧みず‥‥!」
マグロの腕に抱かれ、マグロの胸で涙を流すタッチーナ。ぐっとマグロはサムズアップで答える。
しかし、低空飛行はいけなかった。
「あなたは私の特別な人を怒らせました、だから私も怒っています」
漆黒の炎のオーラをその拳に纏ったクロイツが、張り付いた笑顔のままマグロとタッチーナの前に躍り出ると、全力で蹴り上げ――それと同時に瞬間的に上に姿を現して蹴り落として地面に叩きつける。
「漆黒の牙(ブラックファング)!」
地面に叩きつけ、目を回しているタッチーナの首根っこを鷲掴みにし、地面にこすりつけるよう押しつけながら全力疾走する。
「削岩走!」
すりおろすように擦り続けるクロイツ。削れる速度と再生速度が同じなのは予想外かもしれないが――ぶちっと、とうとう摩擦に耐え切れなくなったブラが地面へと落ちる。
走り去るクロイツ。その隙をついて終始狙っていた璃々が、ミルのPAD入りブラを回収する事に成功したのであった。
もはや誰もが同情できるほど(しないけど)ずたぼろのタッチーナを軍に引き渡し、一応の面目が保たれた彼らは気絶した高官と共にいい面構えで帰っていった。
璃々が軍とタッチーナコラを作ろうとしていたのでそれはとミルが止めると、胸がない方が着物は綺麗に見えますと矛先をミルに変えて着物の着用を勧めてきていたのであった。
後でと誤魔化しつつ、去っていく軍の土煙に目を向けるミル。
「上官がアレなくらいで、兵士そのものは実はそうでもなかったんだなぁ‥‥」
ミルがしみじみ呟くと、その横で星華が十星に何故か目つぶしをかましていた。
「十星の目にゴミが入ったみたいだから、ミルちゃんちょっと見てくれない
「ほう?」
ひょいと顔を覗き込むミル――油断であった。つらっとミルの頭を後ろから押す星華。
(いけない!)
目は開かないものの、気配を察した十星が頭突きを回避しようとちょっと首をひねる――それが悪い方向に作用しお互いの唇が触れ合ってしまう。
「ぬぁぁぁ!」
唇をぬぐい後退するミル。十星も顔を真っ赤にして動揺していた。
「すっすいません、私も初めてです‥‥あの、その――よければお友達から始めてみませんか」
「むう‥‥まあ友達と言う事でなら」
ちょっといい雰囲気になってきてしまったところに、再びクロイツが割って入るとにっこりとミルに微笑みかける。
「恋人募集中だそうで‥‥私も立候補しますね」
「何辛気臭ぇ面してんだ! これでも食えよ!」
がちっとクロイツの顎を押さえつけ、無理やりマグロの刺身をねじ込む雷蔵。
「うぷ‥‥やはり人は信じられません‥‥」
青い顔して膝をつく。返答のタイミングを逃したミルが、苦笑している――と、その前にエドワードとトゥリム、2人がマグロのステーキをどどんと並べる。
「さあ、堪能してみたまえ!」
「上手に焼けました」
キメラ料理を前に、ミルの視線が泳ぐ。
丸焼きに豪快にかぶりついているビリティス。その耳を甘噛みして、何やら怪しげな雰囲気の紫狼。無言で何度も箸を動かしているルリム。下処理に失敗し、酸っぱい臭いの煮物を作ってしまって青ざめている立花――誰も躊躇などしていないように見える。
「ええい――死なばもろとも!」
覚悟を決め、がふっと実食。その瞬間、ミルの表情が一変した。
「‥‥美味い――だが、必要なのはマグロキメラであって、タッチーナいらないのではないかねぇ?」
告白めいた事をされたミルを眺めていたルーガは、幸せそうに寝ている愛弟子の頭を撫でながら空を見上げ、今回もいい男はいなかったなぁとうっすら涙を流したとか流していないとか、とか。
ところで軍に拘束されたタッチーナ。ジープで引きずり回して移送していたら途中で落としてきたらしく、彼が今どこにいるのか、もはや誰にもわからないという――。