●リプレイ本文
●屋久島・南方沖
「遂に海にも潜ったか‥‥ハヤブサダイバーって感じかな」
重い空気を振り払うように、努めてさばけた口調で狭間 久志(
ga9021)はキットを装着したハヤブサの中で漏らす。
皆が何も言わない事にしびれをきらし、皆に聞こえるように久志は言葉を続けた。
「僕は『救助』に行くつもり。まだお通夜の空気には早いさ」
「そうだな――蒼の奴がやられたとは信じたくないが‥‥何にしても手がかりを見つけなくてはなるまい」
「ええ‥‥悪運は、強いと思うのですよ‥‥蒼さん」
そこそこ蒼 琉(gz0496)との付き合いが長くなりつつあった榊 兵衛(
ga0388)とクラーク・エアハルト(
ga4961)
も、死んだとは思っていなかった――彼がすでに一度撃墜され、生還している事を知っているだけに。
そしてもう1人。
「まあ、彼の事だ、またドコかに打ち上げられているのではないかね〜」
ドクター・ウェスト(
ga0241)、その人である。彼の場合2人とは違い、そこまで琉の生死には拘ってはいない――そこまで心配するほど、琉に情はない。
が、琉の無事を祈るであろう少女を知っている。彼にはそれだけで十分な理由だった。
「そう、気を失って海に投げ出されても死ななかった人だ。多分大丈夫‥‥」
久志は以前、琉の記憶を戻す際に色々調べ、彼の奇跡とも思える最初の生還を知っていなければ、ウェストの言葉に腹を立てたりもしたかもしれないが、今となってはその可能性もあると思えるほどに彼の悪運を信じていた。
ただ気がかりなのは、撃墜の報告を受けてから無表情で終始無言のまま、移動速度の遅い自分を牽引してくれている刃霧零奈(
gc6291)だった。
彼女が彼を師匠と仰いでいる事は知っている。それは決して軽い気持ちではないと言う事も――彼女の心中は察することができるが、どこまで冷静でいられるのか、それが心配であった。
(早まらなければいいんだけど‥‥最悪、牽制するしかないか)
「――早まらないようにね、刃霧さん」
「‥‥ん」
短くしか返答しない彼女に、久志は肩をすくめるしかない。
(師匠は大丈夫‥‥悪運は強いって言ってたし‥‥絶対生きてる‥‥)
噛みしめていた口の中に血の味が広がり、ギギュッと、操縦桿を握る手に力がこもる。
「捜索範囲は広いですが、分散する気になれませんね」
「ああ――邪魔になる敵には、早々に退散していただく事にしよう。それからだな」
「ですね‥‥とはいえ、出会うまでは捜索に専念させていただきましょう。自分は水上の警戒をしますよ。漂流物があるかも」
クラークは水面へと浮上し、海上に姿を現す。
上を見上げると、上空ではザ・殺生(
gc4954)のディアブロが旋回している。捜索している風ではない。
きっと、オレ様ちゃん最兇〜! と叫んで悦に入っているのだろうと、クラークはため息をつき、増設した補助カメラも全て起動、ソナーは常時アクティブと、隠密性を全く度外視してとにかく些細な情報も逃さまいと凝視する。
「ソナーもアクティブ、補助カメラも好調‥‥見つけられるか?」
ばらけるには危険すぎる海域を、ひと塊となって琉を捜索する一同。捜索範囲の外周から、渦を巻くように中心へと向かって移動していた。
モニターを凝視しつづけ、眼鏡を外し、拭いてかけ直す久志が思いついた事を述べる。
「生身で放り出され、かなり流されてる可能性も考えると――潮の流れも考えておく必要性がありますね」
「‥‥だが、捜索は一旦ここまでのようだな」
声色が厳しいものとなり、兵衛のリヴァイアサンは人型へと移行する。兵衛の声色と場の空気を肌で感じ取ったクラークが、潜行して兵衛の横に並ぶ。
「刃霧さん、切り離していいよ――刃霧さん?」
反応がない事を訝しんだ久志が再度呼びかけると、かろうじて零奈のビーストソウルはハヤブサを切り離す――いや離れたと言った方が正解だろうか。
「見つけた‥‥貴様ぁぁぁぁっ!」
憎しみを籠めた怒号を発し、人型に移行した零奈がベヒモスを振りかざして海底から姿を現した紅いクラーケンに向かって全速で突撃する!
「いきなりなんだい!」
有無を言わせぬ零奈の突撃に目を丸くしたジーン・グレイシスだが、そこは冷静に上昇しながらも後退しつつガトリングで零奈を迎え撃つ――が、零奈は機体への損傷もお構いなしに真っ直ぐ愚直にジーン機を追いかけるのであった。
2体のゴーレムも左右に展開しつつ後退し、あからさまに零奈を狙っている。
「早まるな!」
牽制の間もなく突撃されたので、言葉で制止するが今の彼女には届かない。
ゴーレムから放たれた魚雷をベヒモスで斬り払い、クラーケンの多関節アームから放たれるレーザーにも怯むことなく闇雲に突進していた。
アームの何本かは放たれる前にウェストがアサルトライフルで弾いて、零奈を援護する。
「レイナ君、落ち着きたまえ〜! ‥‥アレではまるで我輩のようだね〜」
普段憎悪で突撃しているウェストだが、先を越されたせいか、普段より冷静でいられた。零奈の後を追うウェスト。
「置いて行かれる‥‥!」
移動力を犠牲にした久志が舌打ちすると、その背を兵衛が押してくれる。クラークも一緒だ。
「‥‥狭間のハヤブサなら、戦力として申し分ないからな。期待させて貰うことにするな」
「そういう事です。それに、あの動きはあの時のゴーレム‥‥連携されると厄介か」
リリーとメリーを一度見た事のあるクラークが呟くと、兵衛は分断させるまでだと、片方のゴーレムに狙いを定めて久志を連れたままブーストをかけて追撃していった。
「なら自分はもう片方を‥‥」
琉が今も流されているかもしれないなど、心配はある。だが、敵と相対した以上はごちゃごちゃ考えていると足元をすくわれかねない。
「そう、負けるわけにはいかないのですからね、我々は」
ジーンを執拗に追跡しつづける零奈。機体による速度差はあれど、有無を言わせぬ前進と迎撃しながらの後退。距離を詰めるのはあっという間だった。
「貴様、師匠をどうした! 答えろ! 答えろよぉ!」
レーザークローをがむしゃらに繰り出す零奈。感情が篭りすぎたその攻撃は隙が大きく、クラーケンは回避している。
「生嶋様ご執心だったあの男なら、死んださ! 自らの魚雷の爆風でね!」
リリーとメリーの援護に期待をしたが、そちらにも傭兵が向かっているのを横目で確認し、舌打ち。避ける一方だったジーンは急加速で零奈の腹に艦首を打ち付け、生じたわずかな隙間と隙を狙ってアームを動かす――が、ウェストがきっちりとアームを撃ち落す。離れて見ている分、行動にも気持ちにも余裕があるのだ。
「ふむ、アレが我輩の普段の戦闘か〜‥‥」
観察していたウェストは、実に無駄の多さに気づかされる。
こうなっては自分が割り込むのは隙を見つけてから――それまでは零奈の損傷を減らすために動くしかなかった。
「あたしらと同じように――いや、それ以上に生嶋様に熱心に誘われたのに、断ったりするから当然さ!」
「貴様だけは絶対に許さない‥‥死ね‥‥無残な姿晒してくたばれぇぇ!」
二手に分かれたゴーレムに連携させまいと、その進路を妨害する様に小型魚雷をばら撒く兵衛。
「ここで大丈夫です、榊さん」
ガウスガンを構えた久志が移動先を狙って、射撃。回避のリズムを作らせない。
「ソラとは違って、ここでは読み合いの勝負だから‥‥こういうのは鬱陶しいだろ?」
だが、それは敵も承知のようで移動先を読ませぬように回避にフェイントを混ぜてくる。
そこに兵衛が前進しながらもガウスガンの牽制を織り交ぜる事で、フェイントの後を狙って確実に久志は当てていた。
「うー‥‥うっざいなぁ、あいつ」
ぼやくメリー。ガトリング反撃はしているが、その程度で怯むほど久志のハヤブサ『紫電』は軟くは無い。
兵衛が得意の獲物を手に、距離を縮めにかかる。だがそれはメリーにとっても好機である。
「僕とやりあうの?」
久志の射線の影になるよう兵衛を間に挟み、真っ向から兵衛に挑むメリー。
「俺を相手に正面からとは、舐められたものだ!」
兵衛が己のベヒモスを突き出す――が、タイミングが読まれていたのか大きく下降して兵衛の槍をかわすと同時に久志めがけ加速するのであった。
近寄らせまいと派手に粒子砲を放つが、工夫もしない直線的な攻撃はあっさりとかわされる。
「ふふー迂闊だね、後方が無防備なんだよー!」
プロトン砲のエネルギーを収束しつつ、太刀を振りかざすメリー。
しかし、本当に迂闊なのはメリーであった。
「それを待ってたんだ!」
振り下ろすよりも一瞬早くブーストをかけ、肩からメリーに当たりに行く久志。もとよりインファイトに持ち込むのが狙いだったのだ。
「格闘戦でハヤブサが遅れをとる訳にはいかないのさ!」
思いがけない激突で、後方に弾かれたメリー。太刀を掴んでいた腕がレーザークローで斬り落され、エネルギーが収束されていたプロトン砲に小型魚雷を撃ちこまれる。
小爆破を繰り返すゴーレム。
「お前では少々役不足だったようだな」
兵衛がメリーの斜め後ろから青い光の軌跡を描き、ベヒモスの一撃――ゴーレムに深々と突き刺さる。
「うぐぅぅぅ――そんなぁ! やだよリリー‥‥!」
一刀両断。コクピットを中心に2つに分かれ、ゴーレムは沈んでいくのであった――。
「メリィィ!」
3発の魚雷を、クローで払い落としていたリリーが叫ぶ。
沈みゆくゴーレムに向かおうとしたリリーの前に、人型に移行したクラークが立ちはだかる。
「悪いが、相手をさせてもらう――激昂しているのが自分だけと思うな」
突撃してくるゴーレムにガウスガンで狙いを定め牽制するが、激情に流されたリリーは多少の被弾は構わず、真っ直ぐにクラークへ向ってくる。しかも魚雷を大量にばら撒いて。
通常よりも大型化した前腕部で守るべきところだけを守り、かわさずに魚雷を耐えてみせる。
それなりのダメージを食らったが――まだまだ動く。伊達に関節部を強化してあるわけではない。
距離が詰まり、大きくハイヴリスを構えたクラークがタイミングを合わせ、ハイヴリスを突き出す――が、見え見えの動作にあっさりとかわされた――しかしクラークはハイヴリスを突き出しはしたが、発射はしていなかった。
「派手なモノに、注意をひかれたか?」
ズンッとレーザークローを深々と突き立てる。
しかしさすがにしぶとく、腕を犠牲にしてコクピットへの直撃は免れていた。後退しようとするリリー。
「それならもう一発だ! アクチュエータ、フル稼働!」
逃がさまいとブーストを一瞬かけて距離を調整すると、先ほどよりもはるかに鋭いハイヴリスの一撃を放った。
だがその渾身の一撃をクローで絡めるようにして流すと、凪のように蹴りを放つ。そしてクラークを踏み台に蹴りつけると、一気に加速をかけ――どんどん下へと潜っていく。
「ぐっ‥‥お前らなんか、凪姉様にかかれば――!」
捨て台詞と共に、逃げていくリリー。可愛らしい顔をゆがめ、ギリッと歯ぎしりしながらデーターを強制転送し、何度も額を叩きつけていた。
クラークは追いかけようかと思ったが、単機で追い回すのは得策ではないのと、今はそれよりも優先すべき事がある。
「そう、蒼さんを早く見つけないと‥‥おや、これは――」
「しつこいんだよ! 死にな!」
「お前が死ねぇぇぇ!」
イラついてきたジーンは、ダメージ覚悟で距離などお構いなしに魚雷を零奈に叩き込む。だがその覚悟以上に鬼気迫る零奈はいまだかろうじて動けるその身で片腕でクラーケンに抱きつくと、零距離からガトリングを撃ち尽くす。
ジーンもお返しと言わんばかりにガトリングを撃ち返す。
「癪なんだよ!」
残ったアームのレーザーで抱きついてきた腕の肩を焼き、だらりと垂れさがった所に加速をかけて離脱を図る。
と、そこに魚雷が降り注いできた――かと思えば、その全てが目標物に当たることなく誘爆。大量の気泡がジーンの視界を遮る。
(今だけは‥‥!)
トラウマに歯を食いしばって抵抗したウェストがエンヴィー・クロックでエンジン出力を大幅に増大させ、急速接近、結構な距離を一気に詰め、クラーケンのメインカメラを掴んでみせた。
「バ〜ニシング、ナッコォー!」
叫び声と共に零距離ロケットパンチ。メインカメラを潰しつつ、反動で離脱する。
「人類の兵器を利用した君達の負けだね〜。構造は把握済みさ〜」
「なら、そこかぁぁぁ!」
目を潰され怯んでいるジーンのクラーケンに、自身の血で染まった零奈はベヒモスを手放して拳による渾身の一撃を今しがた開いた大穴に捻じりこみ、コクピットに到達させ――『中身』を握りつぶした。悲鳴など上げさせる間もなく。
完全に沈黙したクラーケン。それでも零奈は息を切らせながらも、手を休める事はなかった。
「よせ、刃霧――もう終わっている」
刃霧のベヒモスを回収した兵衛が、刃霧の拳を止める。
「そうだよ刃霧さん。これ以上は、時間の無駄でしかないよ‥‥早く見つけよう」
「‥‥ん」
久志の言葉に、ようやく落ち着きを取り戻した零奈。
ただ1人、ウェストだけは首をかしげるのであった。
「大丈夫だと思うが、ウミ君より先に見つけろと言われているのかね〜‥‥」
零奈の支援に向かおうと思ったクラークだったが、丁度終わる瞬間を目撃し、いち早く海上の捜索に戻っていた。
「――あれは、まさか‥‥」
増設した補助カメラで海上にあるものを発見し、急行するクラーク。その状態ではあまり見ないが、見覚えのある形状――KVのコクピットであった。多少ひしゃげているが、間違いはない。
近くにビーストソウルを止め、浮かんでいるコクピットに乗り移りハッチを開く。
――そこに蒼 琉がいた。血にまみれてはいるが、しっかりと息をしている。
「蒼さん‥‥!」
「‥‥クラークか――なんとか助かった、か。凪に握りつぶされまいと、魚雷の爆風に巻き込ませたはいいが、このざまだ」
「生きていれば、それで十分なんですよ――」
ベストからナイフを取り出して絡みついた琉の長い髪を切り落とし、簡単な応急手当てを済ませると、ビーストソウルで通信を開く。
「奴らに発見されなかったのも幸運でしたね――みなさん、蒼さんを保護しました。怪我は多少ありますが、無事です。
それと、先ほどの戦闘で凪さんからの招待状を預かりましたよ」
モニターに展開されたのは、周辺の海上地図に、座標、そして死を恐れぬなら来いという文字であった――。
クラークの通信を聞いた零奈。
彼女はプツリと糸の切れた人形のように脱力し、コンソールに顔を伏せる――その肩は震えていた。
「よかった‥‥祈りが届いた――」
『【海】蒼 琉撃沈 終』