タイトル:あんたらプロでしょうがマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/06 12:17

●オープニング本文


●料亭旅館「WAKAKUSA」
「涼子さん、そろそろ例の在庫が尽きますヨ」
 和食の料理人っぽい姿をした金髪の少年が、座敷で足を伸ばしながら座りキセルを吹かす、鮮やかな色彩の着物に身を包んだ黒髪の美女に、そう告げた。
「あらぁ、もうかい。前回、ずいぶん頑張って捕ってきたみたいなこと言ってたワリに、存外たいしたことなかったんだねえ」
 プッカーと煙を吐き出し、身体を少年の方に向けると、着物の裾が少しはだけ、細く色白な足がチラチラと覗かせる。
「また馴染みのハンターさん達に、頼んどいとくれ」
「いえ、それがですネ…‥」
 裾から見える足に顔を赤らめながらも目をそらす少年が、言いよどむ。
「前のハンターさんは、仲間が1人やられたから、もうこれっきりにしておくと言ってましテ‥‥」
「なんだい、ヘタレだねぇ。傭兵なんかに頼まなくても、俺たちに任せろなんて大口たたいてて、これかい。こちとら、ダンナがやられたのに続けてるってぇのに」
 涼子はさも面白くなさそうな顔をして、カンッと火鉢にキセルの灰を落とす。その音に、ビクッと少年が肩をすくめた。
 苛立ちを察知した少年だったが、恐る恐る口を開く。
「涼子さん、もう店たたみませんカ? こんなご時世にこんな店をしていても、儲かりませんし、危険ですヨ」
「何を言ってるんだい」
 ビシッとキセルで少年をさす涼子。
「こんなご時世だからこそ、心に癒しを提供しないでどうするんだい。人間、適当に食ってただ寝るだけじゃ、戦いや戦禍によって疲弊した心を癒されないんだよ。おいしい食事に、くつろぎの場を与えるのがあたしらだって、死んだあの人の教えでしょうに」
 涼子の言葉に、何も言い返せずにいる少年。ただ、少年の心情を察してか、彼女も短い溜息をつく。
「まあ、あんたの心配ももっともだけどね。ここらへんが比較的安全と言っても、いつ危険に晒されるかはわかったもんじゃない。
 ――だけどね、名物美人若女将はこの程度で負けちゃいけないんだよ。今は人類が希望捨てちゃだめなんだよ。わかるでしょ?」
「‥‥わかりましたヨ。それで、どうしますカ?」
「そりゃあ、仕方ないからUOCだかに頼むさ。一応、キメラに関する話だからね。
 ――ついでにうちの旅館も楽しんでもらって、宣伝も兼ねておけばいいさね」
 肩をすくめる涼子を前に少年は(UPCですよ、涼子さん)と、心の中でコッソリ突っ込むのであった。

●ブリーフィングルーム
「この依頼はちょっと複雑なので、私が説明いたしますね」
 オペレーターがそう言い、資料を傭兵達に配布しはじめる。
「モニターではキメラの特殊討伐としか載せていませんでしたから、みなさんはまるで内容知りませんよね?」
 オペレータの言葉に、うなずく傭兵達。
「我々としても今ひとつ理解しきれなかったので、受け取った情報と条件についてを全てお教えします。
 まず今回のキメラは、他地域では今のところ確認されていないため我々もよくわからないんですが、殺傷力は低い『ヤドカリ』のような形とサイズのキメラだそうです。そのキメラが特定地域の特定ポイントに異常にいるそうでして、人のいない地域でしかも移動速度が遅いキメラなため遠出ができず、そこにしか自生していないコケを食べるしかないために、そこに集まっているのだと推測されています。数は把握されていません」
「一箇所に集まっているのに、把握されてない?」
 1人の傭兵が、首をかしげた。。
「はい。畳二枚分ほどにびっちりいるという事くらいしか聞いていません。
 繁殖能力のないキメラが、そんなにみっちりと一箇所にいるというのは、作ったはいいが失敗作として廃棄されたのでしょうね。
 事実、被害に関しては0に近く、近づかなければほぼ害がないようです」
 オペレーターの言葉に「まあキメラってだけで害だけどな」と傭兵が漏らし、何人かが失笑する。
「そうですね。だから討伐依頼がきたわけです。ただ、この討伐内容が厄介でして‥‥」
 何人かが資料を先読みし、ぎょっとする。
「全てを退治する必要はないが、なるべく多く形を残したまま退治し、依頼主である料亭旅館『WAKAKUSA』に届ける事。形さえ残るなら水没、姿焼きなど、方法は問わないそうですが、なるべく生で届けて欲しい、だけど生け捕りは禁止とのことです」
『なんじゃそりゃあっ』
 多くの傭兵が一度に突っ込んできて、オペレーターが苦笑いに汗を浮かべながらたじろぐ。
「わ、私もこんな条件は厳しいと言ったんですけど、能力も持たない一般のハンターですらできたことが、プロであるお前さんらにはできないのかいとか啖呵をきられまして‥‥」
 一般のハンターという件で、一部の傭兵達がピクリと反応する。
「なるほど、そんな言われ方すりゃあこっちとしてはおもしろくねーなぁ」
「そうなんですよ、やたらきっぷのいいお姉さんでして、煽りつつもこっちのプライドをうまくつっついてくるんですよう」
 半泣きのオペレーターを前に、ガタリと、数人の傭兵達が立ち上がる。
「条件の意味はなんとなくわかった。そんなきっぷのいいオネーちゃんも見てみたいし、その依頼、引き受けた!」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
後藤 浩介(gc2631
22歳・♂・HG
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD
エリーゼ・アレクシア(gc8446
14歳・♀・PN

●リプレイ本文

●料亭旅館『WAKAKUSA』
「いらっしゃいませ。本日はお越しいただき、真にありがとうございます」
 終夜・無月(ga3084)、最上 憐(gb0002)、後藤 浩介(gc2631)、犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)、エリーゼ・アレクシア(gc8446)の計5名が料亭旅館『WAKAKUSA』にはいると、鮮やかな色彩の着物に身を包んだ年齢不詳の美人が出迎えてくれた。
「すみません、私たちはお客様じゃないんです」
 エリーゼが、すまなそうに頭を下げる。
「うちらはキメラ収穫を受けた傭兵なんだが、聞いてないか?」
「ああ、あんたらがそうかい。見た感じが傭兵っぽくないから、客かと思ったよ」
 犬彦の粗野な口ぶり以上に、黒髪の美人――涼子の口ぶりは粗野だった。
 とはいえ、今回の彼らの雰囲気も『キメラと死闘を演じるために来た』というよりは『旅館に宿泊しに来た』気配がだだもれ(特にエリーゼ)のために、それもしかたないのかもしれない。
「前のハンターは、ガッチガチの重装備だったからねぇ。ま、見た目はちまくとも、キメラはキメラだから、ただの人間には必要以上に脅威に感じちまうんだろうねぇ」
「あまり脅威に思ってないあんたのが、変わりモンだがな」
 歯に衣着せぬ犬彦の言葉に、涼子は鼻で笑う。
「ビビリすぎなんだよ。ちょっと手でつかんで10秒くらい水に沈めるだけで退治できるんなら、野良犬のがよっぽど怖いじゃないかい。大型キメラも、熊とおんなじ。会ったら洒落になんないが、出会わないうちにビビっても、損するだけさ」
 懐からキセルを取り出し、火をつけてプッカーと吹かす。
「ま、うちの料理人、腕はいいがビビリなもんでね。生きたキメラはどんなサイズでも怖いんだとさ」
「‥‥ん。普通の。反応。あなたが。変わってる」
 憐の言葉に傭兵一同頷くが、涼子は意に介さず、にっと笑う。
「それにしても、傭兵の依頼って思ったより安いんだねぇ。サービスに一泊二食付けても、前のハンターに頼むよりずっと安いってぇんだから。安いからって、手ぇ抜くんじゃないよ?」
「まぁ‥‥プロもアマも関係無く、依頼は完遂させるモノです‥‥」
「そうそう。それに話聞いてるとけっこーチョロいんじゃねえか? ま、この浩介様にかかればスーパーチョロいだろ!」
 目の前のキセルに触発されてか、タバコを取り出して吹かし始める浩介が、どんと自信満々に自分の胸を叩いてみせる。
 その態度に満足してか、涼子は満面の笑みを浮かべていた。
「自信満々で結構結構。成果次第だけど、こっちも最高の料理でもてなしてあげるから、期待しときな」
「‥‥ん。料亭旅館の。ご飯の。為に。頑張るよ」
 くるりと踵を返して、外に向かう傭兵一同。そんな中、エリーゼが再び戻ってきた。
「すみませんが、バケツとスコップ、それとあれば網を貸していただけないでしょうか?」

●現場の森
 ガタガタガタ‥‥
 整備された林道を、犬彦の操るジーザリオが走る。全員の膝の上には、大きなクーラーボックスが乗っかっている。
「それにしても、生で届けて欲しいのに生け捕りは禁止とはな‥‥。ヤドカリが突然、心臓麻痺でも起こしてくれれば出来るかもな――おっと、ここらへんだ。こっからは徒歩でよろしく」

「あれが噂のヤドカリキメラか‥‥こうも数が多いと気持ち悪いな‥‥」
 少し遠めだが実物を確認できた犬彦が、思わずつぶやいた。4m四方にみっちりと、ざわざわ蠢いているので、その表現は的確といえた。
「それに‥‥特定ポイントというのは、ここら辺一体のようですね‥‥」
 すっと無月が指さした先にも、同じようにみっちりと蠢いている。探すとワリといたるところに、ヤドカリキメラは密集していたのだった。
「複数あるなら‥‥分かれて作業した方が効率的ですね‥‥」
「‥‥ん。とりあえず。沢山。居るので。一網打尽に出来そうな。餓死を。狙ってみる」
 ずかずかとヤドカリたちに接近した憐は、ハーメルンの笛吹きよろしく、ヤドカリを引き連れて森の中へと消えていった。
「うちはバケツにざくざく突っ込んでいくか」
 バケツとクーラーボックスを持って犬彦も、森の中へと姿を消す。
「それでは私は、ここに堀を作りますか」
「ああ、それ俺も手伝う。あんなの、ヴァジュラでちまちまやってらんねえし」
 ヴァジュラの代わりに、エリーゼからスコップを受け取って穴を掘り始める浩介。その間にエリーゼは水を汲みに行く。
「では‥‥俺は違うところで掘るとしますか‥‥」
 そういい残し、クーラーボックスだけを持って無月も森の中へ消えていくのであった――。

「‥‥ここらへんで、いいですね‥‥」
 瞳の色が金色に変わり、完全に女性となった無月が『デュランダル』を抜き放つと『豪力発現』と『両断剣・絶』を同時発動させて、地面に向けて渾身の『十字撃』を放つ!
 ズズン――森全体を揺らすような一撃で、地面にはおおよそ人が一撃で作ったとは思えないような穴がぽっかりと出来上がっていた。
 そして近くの湧き水から水を引き込み『デュランダル』を納刀すると、無造作に近くのヤドカリ密集地に近づく。
 真っ先に近づいてきたい一匹に、無言のまま素手で渾身の一撃を叩き込む――が、地面にめり込むだけで、ヤドカリ自身は無傷であった。
「‥‥思った以上に、硬いですね‥‥キメラはキメラ、と言うことですか‥‥」
 悠長に分析している間にも、大量のヤドカリは無月めがけて迫ってきている。
 だがそれらを冷静に、穴めがけて蹴落としたり、投げ入れたりするのであった。

「‥‥ん。お腹。空いた。先に。倒れそう」
 ヤドカリを引き連れて闊歩していた憐だが、自身のお腹を押さえてつぶやいていた。
「‥‥ん。ヤドカリキメラは。美味しいのかな。気になる。気になる」
 チラチラと後ろを振り返りながらも、足を止める事は出来ずにいた。
 ふと前方に、すごい勢いで穴に落としていく無月の姿を確認した憐。
「‥‥ん。こいつらも。落として。いいかな」
「よろしい、ですよ‥‥」
 了解を得た憐は穴の手前で立ち止まり、ヤドカリに接触する間際、穴の向こうへと跳んで着地する。
 憐の後を追いかけようとする腹を空かせたヤドカリたちは、あまりにも愚直に、穴へと落ちていくのだった。

「準備はよろしいですか、浩介さん」
「ああ、大丈夫じゃねえの? 乗り越えてきたとしても、ヴァジュラで突っついておくさ」
 浩介はタバコを吹かしつつ、横長の堀の側に立っていた。
 ヤドカリの群れにエリーゼが近づくと、やはりほとんどのヤドカリが彼女を追っていく。
 彼女が溝をぴょんと飛び越えると、次々に溝へと落ちていくヤドカリ。溝から溢れそうになる前に横の方にゆっくりと、エリーゼと浩介は歩いて誘導していく。
「キメラ退治とは思えねーくらい、チョロいな」
「何を言ってるんですか、今日は旅館の満喫に来たんですよ。旅館の満喫にっ。旅館の満喫に!」
 ぐぐぐっと力説する彼女。
「ヤドカリ狩りにきたじゃなくて、宿を狩りにきたみたいだな。ま、俺は久々に依頼受けるし、これくらいチョロいのからでいいさ」
「それにしても珍しいキメラですよね。こんなにちっちゃくて可愛らしいんですから」
 堀を乗り越えそうになったヤドカリを、浩介がヴァジュラで小突いて堀に落とす。
「小さいだけに溺れるだけでもくたばるんなら、確かに能力者でなくてもできるよな」
「ですね。まあ今回のメインは温泉ですよ、温泉!」
 浮き足立っているエリーゼに、浩介は苦笑するしかなかった。

「地道だな‥‥」
 さくさくとバケツにスコップでヤドカリを入れていく犬彦はつぶやいた。
「しかし繁殖能力がないということは当然有限な訳で、旅館とやらがこいつを利用するのは勝手だが、いずれ枯渇するぞ」
 足にハサミを振りかざしてきたヤドカリに、デコピンを食らわせる。もちろんダメージは与えられないが、コロコロと転がっていく。
 水を捨て、バケツに溜まったヤドカリをクーラーボックスに移す。
 すでにヤドカリでみっちりしている。それが2つある。
「そろそろ戻るぞっ」
 聞こえるかはわからないが、そこそこ大きな声で皆に呼びかけると、クーラーボックスを担ぎ、迫ってくるヤドカリを無視してジーザリオへ走るのであった。

「‥‥聞こえましたか‥‥?」
「‥‥ん。戻る。聞こえた」
 迫ってきていたヤドカリを全て退治し、せっせとクーラーボックスにつめていた2人は、顔を見合わせる。
「まあ‥‥こちらもほぼつめ終わったところですからね‥‥」
 何匹か素手で殴って埋め込んだヤドカリを引き抜き、バケツにいれて憐に渡すと、無月はクーラーボックスを6つ担いでジーザリオのもとへ向かう。
「‥‥ん。お腹。すいたの」

 堀からクーラーボックスにつめていたエリーゼと浩介の下に、犬彦が走ってやってきた。
「そろそろ戻るぞ」
「そうだな。もうだいぶ大量に獲ったしな」
 チョコをひとかけら口に頬リ、立ち上がって伸びをする。しゃがんでの作業は、長身の彼にはなかなかきついようであった。
 すでに4つのクーラーボックスがみっちりである。
「ですねー。戻って温泉にしましょう!」
 こんな作業には不向きな服装のワリに、目立った汚れのないエリーゼが立ちあがり、手を叩いて提案する。
「温泉かぁ‥‥悪くない‥‥」
 エリーゼの言葉に、犬彦の心も温泉の魔力にとらわれていた。
 浩介が4つのクーラーボックスを担ぐと、3人そろってジーザリオへと向かう。
 全員がジーザリオに集まり、クーラーボックスを次々と乗せ、乗せ終えたところで、ふと気がつく。
 人の乗る隙間がないことに。
「ま、観光でもしながら帰ってくるんだな」
 そう言い残し、一人、犬彦は車で『WAKAKUSA』へと向かうのであった。

●料亭旅館『WAKAKUSA』
「おや、観光は楽しんできたかい? とりあえず温泉にでも浸かって来な。その間に料理を用意しとくからさ」
「温泉! そうです温泉です! すーっごく楽しみにしてたんですよね、キャー! どんな感じなんでしょうね!」
 多少疲れ気味だったエリーゼが息を吹き返したようなハイテンションで、パタパタと案内標識に従って温泉に向かっていく。その後を一同、ゆったりとした足取りで着いていくのだった。
 喜んでいるエリーゼに思わず笑みを浮かべていた涼子の裾を、憐がクイクイと引っ張る。
「‥‥ん。魚介系とか。爬虫類系。キメラは。結構。食べて来たけど。ヤドカリは。初なので。食したいかも」
 ぽんぽんと、憐の頭を軽く叩く涼子。
「心配せずとも、今回大量だったからね。たらふく食わせてやるから、温泉に行ってきな」
「‥‥ん。楽しみ。10人前くらい。食べると思う」

「すごいです! 広いです! 景色が綺麗です!」
 露天風呂に興奮するエリーゼ。
 だが実際その規模もすごく、旅館経営の温泉としては桁違いと呼んでも過言ではない広さだった。
 しかも形状豊かな岩風呂が多数あり、その全てが源泉垂れ流し、檜のフロまで用意されていた。
 そして眼前には川があり、森がありと、自然に囲まれている。
「ええ湯やな〜」
 1人、優雅に独占していたのは犬彦であった。
「あれ、犬彦さんて、女性だったんですね」
「エリーゼ、今気が付いたのか? まー仕方なくもあるがな」
 犬彦とエリーゼが談笑している間に、憐がとことこやってきて、肩まで浸かると、一言。
「‥‥ん。温泉。良いね。10歳位。若返りそうな。感じ」

●大広間
「‥‥ん。風呂上がりの。一杯は。格別。五臓六腑に。染み渡る」
 一足先に席に着き、コーヒー牛乳を飲みながらお膳が用意されるのを待っている憐。
 そこに涼子がやってきた。
「おや、もうあがってきたのかい」
「‥‥ん。お腹。すいたから。前菜に。カレー。ほしい」
「ふん――まかないにカレーあったから、それださせるよ」
 一度厨房に戻った涼子が、今度はカレーを手に帰ってきた。カレーには殻こそないが、明らかに先ほどのヤドカリがカラッと揚げられて乗っている。
 受け取った憐は、そのカレーを一気に飲み干す。カレーの食し方には見えないその食し方に、涼子は彼女が大食漢であることを悟った。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。大盛りで。特盛りで。大至急。願う」
 カレーを出している間に、温泉からあがった皆が続々と大広間にやってきては適当に席に着く。
 再び涼子が特盛りのカレーを手に戻ってきて、憐の前に差し出す。
「‥‥ん。おかわり。遅い。プロの。料亭旅館なら。もっと。速い筈だよ」
「言うネェ、嬢ちゃん」
「失礼しまス」
 頭を下げて入ってくる料理人風金髪少年。
「まずはうちの名物料理の1つ、ヤドカリキメラの素揚げ、ご堪能くださイ」
「やっぱり出てきたか。別に悪いとは言わないが、味次第かな」
 味次第、と言った犬彦も出された素揚げを一口食し、目を丸くする。
「伊達に料亭旅館をやってないということか‥‥」
「おいしい! 外側はぱりっと香ばしくて、サイズは小さいながらも肉厚で、引き締まっててぷりっぷりしてますね」
「‥‥なるほど、こういう味ですか‥‥」
「‥‥ん。カレーに。乗っていたの。とは。少し違う。今まで。食べたキメラの。中では。格別かも」
「チョコソースにもよくあうぜ」
 自前のチョコソースをかけて、浩介も満足そうにうなずく。
「じゃんじゃん食べていきな! 今回の漁は大成功だったから、まだまだ余裕あるからね!」
 言われずともどんどん、たいらげていく憐。
「‥‥ん。明日の。朝食も。期待してるよ。沢山。いっぱい。用意しておいてね」

 朝食の時間。女性陣はなにやらボーっとしている。
「どうやら、昨日はあまり寝てないってツラだね」
 涼子がカレーを憐の前におくと、やはりカレーを飲み干す憐。
 飲み干したところで涼子が手を叩くと、昨日の少年がカレーを持って入ってきては、空の皿と換えていく。
「‥‥ん。昨日より。快適な。おかわり。速度。流石。プロ」

「十二分に楽しませていただき、大変、お世話になりました」
 玄関でエリーゼが頭を下げると、涼子は嬉しそうに笑う」
「そう行って頂けると、旅館経営者冥利に尽きるってもんさ。今度は普通にご来客、待ってるよ」
「はい。それでは失礼いたします」
「無月のやつは、どうしたんだ‥‥?」
 旅館を去り際、ぽつりと犬彦がもらすのだった。

「‥‥ヤドカリキメラの壺グラタン、できあがりです‥‥」
 厨房で無月は少年料理人に、創作料理を差し出した。
「――うまいでス。キメラの肉にホワイトソース、熱々のペンネ、そしてトロトロで香ばしいチーズが合わさると、こんな絶品になるんですネ」
「‥‥あなたの料理も、おいしいものでした‥‥ですが、もう少し幅を広げるともっとよくなります‥‥精進してください‥‥」
 ひとつ、伝説を作ってその場を後にする無月であった――。

『あんたらプロでしょうが 終』