●リプレイ本文
●屋久島町・商店街
「おいおい、逃げるこたぁないだろお嬢。またぞろ宇宙へ行くだろうからと食い溜めしに来ててよかったぜ」
姿を見るなり逃げ出したミル・バーウェン(gz0475)の首根っこを、ぶら下げるようにつかんでいる長谷川京一(
gb5804)。
その口にはいつもの煙草ではなく、屋久杉煎餅が――朝からB級グルメの食べ歩きをしていたようである。そしてたまたま一緒になったのか、その場には春夏秋冬 立花(
gc3009)までいた。
「まったくだよ。せっかく怪我を押してまで参加したんだから、奢ってくれても罰が当たらないよ、同士」
「離せ―京一! たかる気満々じゃないか! それと会長! 参加には感謝だが、役に立ってなかったからね!」
ミルの指摘に立花は腕を組んで、思い返しながら頷いていた。
「いやぁ、私が元気なら勝負も判らなかったんだけどなー‥‥というか、怪我人は安静にさせろっちゅーねん」
くけーとミルに対して威嚇(?)する立花だが、ミルのならすぐ帰れというもっともな言葉に、吐血し怪我がぁと呻いて誤魔化すのであった。
「まあ、いいけどね‥‥ん?」
そしてふと気づいた、ミル。立花の背後で揺れる、日傘に。
「おや、そちらは?」
おずおずと立花の背後から姿を現したのは日傘に真っ白い帽子、小さなショルダーバッグに長手袋、そしてボリューム満点な胸の少女、来栖・繭華(
gc0021)であった。
「うにゅ‥‥来栖繭華、11歳ですの、よろしくお願いしますの」
ぺこりとお辞儀をする少女に、ミルは首根っこを掴まれたままなので、頭をかくりと垂れ下げてお辞儀を返す。
「貿易‥‥いや、雰囲気から察するに、君も傭兵か。
ならば――武器商人、ミル・バーウェンだ。よろしく頼むよ‥‥って、11歳だと?」
驚愕に目を見開き、繭華の胸元に目を落とし、顔を見ては――立花の胸を見る。
「‥‥不公平だな」
「なんでだよ! ていうか同士もだろ!」
がうがうと噛みついてくる立花の言葉に傷つきミルが号泣していると、前髪で目を隠したデニムのホットパンツにヘソだしキャミソールの女性が近づいてきた。
「あれー‥‥あ、やっぱりミルさんだー!」
後頭部でゆらゆら動く麦わら帽子を押さえつつ、高縄 彩(
gc9017)がはしゃいでいた。しかし、それはミルも同じ。
「おお、まいふれんどー!」
京一の腕を振りほどき、がしっと抱き合う2人。色々と顔の広いミルは、本人が言うほど実は友達が少ないわけではなかった。
「ぉぉ、取り合えず商店街とか来てみて良かったんだよー。まさか友達にあえるなんてー」
ぐっと握り拳を作り、笑顔をミルに向ける彩。
「私もまさかこんな所で会えるとは思ってもみなかったよ――やはり買い物に来て正解だったのだな」
「今から買い物行くんだー、じゃあ一緒に行ってもいいかなー。勢いだけで来ちゃったから一人だし、どしよっかなーとか思ってたんだよー」
「うみゅ‥‥バーウェンお姉ちゃんは、買い物ですの‥‥繭華も一緒に行ってもいいですの‥‥?」
「うむ、来たまえ来たまえ。今の私は機嫌がいいぞ!」
滅多に会えない友人に会えた事で気の大きくなったミルが、うっかり口にする――とその背後に胸のはだけた和服美人が立っていた。
「美味しい気配を感じたのです」
いつの間に、どこから湧いて出たのか宇加美 煉(
gc6845)が金蔓を離さまいと、がっちり肩を掴んでいる。
「奢りと聞いて即参上なのですよぉ」
「たかる気満々なのは、かわいげがなさすぎるよ!」
じたばたもがいていると、そっと誰かが煉の手を引きはがし、ミルよりも背は低いがミルを自らの背後にかくまう。
「これで貸し3つな、なのじゃよ」
背中越しに振り返り、男装の麗人美具・ザム・ツバイ(
gc0857)が微笑む。
するとミルを引っぺがされた煉は唇を尖らせ、ナイ人の味方なのですねぇを呟いていた。それを耳ざとく聞いていていた美具は、キッと煉を睨み付ける。
「機嫌を取っておけば、気持ちよく奢ってくれるというものじゃ」
「あれぇ、美具さん? 奢りは決定みたいな?」
冷や汗をたらしているミルの横で、彩が少しだけ驚き、すぐに笑顔を作る。
「え、奢り‥‥あはは、それならミルさんには私が何か奢ってあげちゃうんだよ〜」
「ふれんどよ!」
泣きながら彩に抱き着いているミルの背中を、ぼんやり美具は眺めていた。
(本当は土産を買いに来ただけで、遠巻きに見ているつもりじゃったけど、助けになるかはわからんが世話になったことだし、戦後は共犯者になるかもしれんからこれくらいはの)
ふっと苦笑し、妙に居心地のいい第2の兵舎になりつつある屋久島の空を見上げ、想いをはせる美具だった。
「いらっしゃいませー」
「うむ、失礼するよ――とりあえず、そこからそこまでを試飲用と長期保存と日常用の3本として、各5本ずつ。
あと、日ごろ店に出ていないものも、頼もう。払いはミル――ミル・バーウェン宛に。届け処は、私の住居にだ」
酒屋に入るなり、店の入り口側から店の奥までの棚を指さしてとんでもない事を言いのける黒衣の旅人UNKNOWN
(
ga4276)。値段も何も関係のない、遠慮なしの買い方である。
「ではよろしく頼むよ‥‥さて、お次はと」
メーターを止めたままのハイヤーに乗り、UNKNOWNは次の酒屋目指して出発するのであった。
ミル、美具、繭華、立花、彩、海と歳の近いメンバーは、楽しそうにお喋りしたりふざけあったりして眼鏡屋を目指していた。
一方、京一、煉、シスター、生嶋 凪(gz0497)はさすがに大人だけあって、ポツリポツリと会話を楽しみつつ、ミル達の後をついている――煉だけは時折、肩がこったのですよぉと立花やミルの頭の上に胸を乗せ、からかっていた。
と、そこにクラーク・エアハルト(
ga4961)が主に凪を見て、軽く手をあげて会釈する。
「あ、生嶋さん。どうも――買い物ですか? よければご一緒しても」
「ええ、大丈夫だと思いますよ。どうやら、あの方の奢りのようですけどね」
眼鏡店の扉を押すミルに視線を向け、ニッコリと微笑む凪。つられてクラークも微笑みかえす。
「娘とさほどかわらない方にたかる気はありませんよ――妻も娘も家でしてね‥‥暇なのです」
「なら、ご一緒しましょう。色々と、楽しそうな感じもしますしね――眼鏡屋さんなんて、初めて入りますよ」
クラークと話しながら、ミルの後を追って眼鏡店へと入って行く凪達。
店内は比較的広めで、小奇麗であった。
だがそこに大所帯で、がやがやと押し寄せれば途端に店内は戦場と化す。
「ぉー、眼鏡屋さんとか初めて入るー。目悪くはないから用事ないしねー」
「どこだー! 面白い眼鏡はどこだー! 鼻眼鏡ー!」
明らかに目的をはき違えている立花を無視し、ミルと彩は珍しそうに店内を見回していた。
「うみゅ‥‥バーウェンお姉ちゃんの好みっぽい眼鏡を選んでみたの」
繭華が細い黒フレームの、可愛らしいデザインの眼鏡をミルに見せると、ミルは満足そうに頷いていた。
「ほー可愛いもんだねぇ‥‥親父殿の贈り物はかっこいいだけの感じがしてたが、こう市販品のほうが実に私好みだよ」
「お客様、本日はどのような商品をお探しでしょうか」
店員に声をかけられ、振り向いたミルの目の前に、見覚えのある頂きが飛び込んできた。
金髪に赤目、ゴシックドレスの見事な頂を持つ美女――アルムネ、ミリハナク(
gc4008)であった。
「なぜ君がここで店員の真似事を! というか、何がしたいんだよ!」
「本日のおススメ眼鏡は鼻眼鏡ですわ」
「なんでだよ!」
にこやかな笑顔でミルのツッコミをスルーし、鼻眼鏡を掲げて講釈を続けた。
「これをかけるとあら不思議。ミリたんの少女としての可愛さと、受け狙いのふざけた眼鏡はギャップを際立たせ、あらゆる世代に受け入れられますわ――そう、芸人として」
「芸人じゃないからな! わかってるよね!」
「そんな事は存じませんわ。なぜならば! 眼鏡の神が貴女をもっと輝かせろと囁いているからですわ!」
夏の暑さに負け、いつも以上にイってしまっているミリハナクの脇で、立花が手を叩いてひゃっはーと歓喜している。
「さあさあとりあえずかけておけば、誰からも愛されること間違いなし。やる気と気力と努力と根性と愛嬌と魅力が溢れ出てくるこの一品、買わない手はございませんわ。ございませんわっ。ございませんわ!」
「えー‥‥」
わけのわからない説得に納得しかけてしまっているミル――その前に鼻眼鏡を掲げたミリハナクは、グンニョリと床に横たわり、のろのろとミルの手に鼻眼鏡を握らせる。
「あとは任せた―‥‥私は力尽きましたが、貴女ならきっとどうにかしてくれるはずと信じてー‥‥」
ゴロリゴロリと転がり、冷房の真下に移動する。
「あー‥‥今の私はかなりダメ人間」
「‥‥投げやりだなぁ」
そんな事を言いつつも、ミルの手にはしっかりと鼻眼鏡が残ったままであった。
「ミル殿」
声をかけられ振り返ると、スッとシンプルで小振りな丸眼鏡をかけさせられる。目がやや大きい分、小さな眼鏡はすっきりとした感じを演出させてくれる。
「まあ、普段の礼というやつじゃ。ありがたく受け取っておけ」
腕組みしたまま、レシートを握りつぶす美具がくるりと背を向ける――照れ隠しの一種だと、わりかし長い付き合いになってきたミルには、わかっていた。
「‥‥うむ、ありがとうだね。美具」
「ミルさんミルさん、眼鏡をかけると頭良さそうに見えますかねぇ?」
黒縁のやぼったい眼鏡をミルに見せる煉――だが、はだけた服装のままではどう贔屓目に見ても賢そうには見えない。 しかし繭華だけは見えますのと言って褒めるので、煉の気分は上々である。
「‥‥眼鏡なんか必要なのかね?」
「眼鏡は必要ないのですけどぉ‥‥眼鏡っ娘萌えの人の需要が狙えるとかとぉ?」
首をかしげる煉だが、眼鏡っ娘という言葉に、ミリハナクが一瞬顔をあげ――また突っ伏す。
「宜しい、ならば眼鏡っ子だ」
何点かの眼鏡を抱え、京一がミルの背後に立つ。
「どんな時に入用なんだ?」
「あー‥‥普段はコンタクト使ってるからねぇ――寝る前とか、コンタクトがない時かかな」
「ふむ、常にかけるって訳でもねぇのか‥‥」
手に持っているうちの数点差し出す。金属フレームでレンズをぐるりと囲んでいる眼鏡の色違いが数点である。
「それならメタルのフルリム一択かね。実用的だし『仕事』にかけて行っても硬質さがあるから、侮られにくいだろうしな――それはそれとして」
フレームが下半分にしかない眼鏡を、数点。
「俺個人としてはセルフレームのアンダーリムをお勧めする。お嬢の身長だと上目遣いになる相手の方が多いだろうからな。こっちの方が目線を合わせやすい」
「私としてはハーフリムのブロー型の方のが。色は本人の色が薄いから、赤とか明るい色がいいかな」
京一に合わせたのか、途端に真面目な表情へと変化させ、フレームが上半分の眼鏡を手に取っていた。
「色は‥‥まあ確かに。ワインレッドあたりかな? お嬢の印象が寒色系だからワンポイントで赤系を入れると映えると思う」
2人からそろって赤色系を勧められ、そういうものかと顎に手を当ててどれを買うか、悩んでいた。
そんなミルの悩みを察してか、京一が笑ってワインレッドのセルフレームとメタルのフルリム、両方をチョイスして笑って見せた。
「お気に召したんなら俺からプレゼントしよう。なんなら2個買ったって良いんだし――こういうところじゃ男に見栄を張らせて欲しいねぇ」
「む‥‥いいのかね?」
自腹になると思っていたミルは目を丸くさせていると、くるりと背を見せ、2つの眼鏡を持ってレジへと向かう。
「気にしなさんな、他は全部お嬢にたかるから」
「うぉい!」
思わずツッコむミルだが、さほど嫌そうな顔はしていなかった。と、そこに彩がレザーケース片手に笑ってミルの頭をなでる。
「あははー、ミルさんもてもてだねー。種類は詳しくないから、私は眼鏡ケースをプレゼントしてあげるよ〜」
「おお、ありがとうふれんど!」
ひしっと彩に抱きつき、彩の胸に顔をうずめ、極楽じゃーとぐりぐりさせて呟くおっさん臭いミル。恥ずかしそうにしながらも、彩はミルの頭を撫で続けるのであった。
一団から離れ、まるで別行動でたまたまここで、似合いそうなサングラスを1人黙々と物色していた九頭龍 剛蔵(
gb6650)は、ミル達に話しかける事もなくサングラスを購入、かけたまま外へ出る――見事なまでに、ミルをスルーしきった剛蔵。
「ふむ‥‥眼鏡よりもサングラスはどうです? 海とかで、紫外線避けとか‥‥スポーツタイプの物とか似合いそうですよ?」
クラークはミル達をそっちのけで、凪と2人、話し込んでいた。
「そうですかね――エアハルトさんはかけないんですか?」
「自分は‥‥眼帯してますからね。とりあえず、今日の記念にでも、こちらを贈らせてください」
なにやら2人の世界を作り上げている、妻子持ちであった――。
「うむ、いい酒をこれからもよろしく、だよ」
蔵元の経営者と握手を交わし、UNKNOWNは満足げに頷いていた。
定期購入契約に財政支援を約束し、その見返りになかどりを数点、受け取ったからだ。地元でしか手に入らないような超一級品と言えるだろう――すべてミルの支払いでおいしい所だけをもらう‥‥鬼だ。
「さあ。急ぎ他もまわろうか‥‥」
再びハイヤーに乗って、彼は行くのであった。
満足げに眼鏡店を後にし、時間も時間なので近くのレストランに入ったミル御一行。剛蔵は隣の定食屋で1人だった。
「あれれ? みんなお揃いでどーしたの?」
メニュー表を覗き込んでいた刃霧零奈(
gc6291)が顔をあげ、ミル達の大所帯に驚いていた。
「彼女が御大臣してくれるそうですよ」
にっこりと容赦ない凪の言葉に、零奈はほーほーと、しきりに頷く。
「へぇーお嬢の奢りなんだ? じゃあ、あたしもこれ食べたいなぁ♪ あっ! 食後のパフェも、ね」
極上ステーキ洋食セット(特盛)を指さして笑うと、もはや観念しているのかミルは好きにしてくれと苦笑するしかなかった。
そして零奈は立ち上がり、凪に握手を求める。
「初めまして、あたしは刃霧零奈だよ。よろしくね♪」
「あ、生嶋凪です。よろしく」
すっかり人間のフリが板についてきた凪は、握手をかわす。
各自席に着いて注文を済ませお喋りやらなんやらに興じていると、凪と2人席にいたクラークが立ち上がり、少し離れの窓際の席へと凪と共に移動する。
「ん、こっちのほうが静かですね――騒がしいのは嫌いじゃないんですが、苦手でして」
凪とクラークが意外なほどいい雰囲気の中、騒がしいの代名詞がチーズナンを片手にインドカレーを食していた。
「同士も食べる―?」
「いや、辛そうなのはちょっと‥‥」
「お肉が良いと思うのです」
立花にカレーを勧められて渋っているミルの横で、黙々とステーキを食い溜めしている煉。京一や零奈も容赦なく注文してはどんどん腹に収めていた。
というよりは、軽食程度で済ませているのは、繭華と彩くらいなものであった。
次々と自分の席に伝票が溜まっていき、お会計が怖いよと呟いていたミルの前の席に、伝票とゆず茶のカップを手にしたいつもの黒スーツ姿の秋月 祐介(
ga6378)が腰を掛ける。
「や、PAD社長。こんにちは――おや、今日は詰めてないんですか」
「うるさいよ秋月! あと言いたくはないけど、これでも夢とチボーが詰まってるから!」
ぼかしているが、パッドは詰めていると暴露しているミル――祐介の場合、過去に一度、温泉で全裸を見られてしまっているのでパッドである事を隠しても仕方ないのだ――もっとも、みんな知っているようだが。
飄々ととぼけていた秋月だったが、不意に目つきを鋭くし、身を乗り出してミルに顔を近づける。
「ま、冗談はこのくらいにして――今後に商談もあり得るかと思いましたので、繋ぎを‥‥とね」
「ほう――それは戦後の話かね。それも『武器商人』としての私に話があると」
商売の臭いをかぎ取る能力の高いミルは、即座に感じ取って真顔で祐介にもう少し身を乗り出し顔を近づける。
「つまりはそういう事ですね。軍に食い込むか、隠遁するか、或いは事を起こさざるを得なくなるか‥‥何れにせよ、社長との繋ぎは必要でしょうから」
「事、ね‥‥そのための武器を私が用意しきれるかは、わからんぞ」
「それでも繋ぐだけの価値はあります――それに品物としての武器だけが武器という訳でもないでしょう?」
祐介の言わんとしている事を察し、ミルは小さく舌を出して小さく頷いて見せる。それに満足したのか、いつもの飄々とした祐介へと戻っていた。
「まぁ、良ければ今後の見込み顧客として見ておいて下さいな――さて、良ければ少々手を貸しましょうか? 逃げ切れるかの保証はありませんがね」
「是非もなし」
チラと隣に座っている彩と繭華、それと秋月の横にいる立花と海に目配せをし、ゲーセンで落ち合おうと言い残すとそろりそろりと出入り口をめざし――ガランガララァン――と、祐介がミルの指示通りにトレイを床に落した。
その音のタイミングに合わせ、外へと逃げだすミル。注目がトレイに注がれ、ドアの音も紛れたため、傭兵達はミルがいなくなっている事に気付くのに、数瞬を要した。
「お嬢が逃げた!」
零奈の言葉に、傭兵達が一斉に立ち上がる。
「あぁ、PAD社長ならあっちに行きましたよ」
向かった方向とは逆の方向を示しつつ、少しぬるくなってしまったゆず茶をクイッと飲み干す。その間にも傭兵達はミルを追いかけるのであった。
「ま、逃げ切れるかどうかは社長次第ですがね‥‥」
無理だろうなとは思いつつ、肩をすくめた祐介は伝票の束の中に自分の伝票も混ぜ、ミル・バーウェン宛に請求するよう交渉を始めるのであった――。
「さて、あとは鹿肉1頭購入して。急ぎ帰ろう」
時間を気にしつつ歩を進めるUNKNOWNに、向かっていくように走っているミルが片手を挙げて挨拶――UNKNOWNもとくに会う気もなかったので、軽く手をあげて挨拶だけをかわし――道を譲るのだった。
(あまりゆっくりしている余裕はないから、ね)
そしてUNKNOWNは鹿肉を求め、どこかへとぶらっと――相変わらずであった。
「ミルさんミルさん! アレやろーよー!」
ゲーセンで合流するなり、彩はエアホッケーで挑んでくる。自称ゲーセン番長ミルは、もちろん断るはずもない。
「よかろう、受けて立つ――得意なのかね?」
「え? やー別に得意とかじゃないけどー。たまにフッとやってみたくならない?」
「わからなくもないね――1人で練磨したこの実力、とくと見るがいいさ!」
悲しい事を堂々と叫び、ミルと彩の一騎打ちが始まる――とその頃、初めてゲーセンに訪れた繭華は海と共にクレーンゲームの前に張り付いていた。
「うにゅ‥‥おっきなくまさんがいますの」
「とれそうですよねー‥‥」
2人は両替機で小銭を確保し、いざ!
――謝り続けている彩と、額をさすっているミルが繭華と海を発見し、近寄って背後から観察していると、正攻法で挑み続けているせいで上手くいかず、繭華の小銭はどんどん減っていくばかりであった。
そこにさっそうと会長が現れると、繭華に大きなウサギのぬいぐるみを渡し、繭華の狙っていたクマのぬいぐるみを一発でゲットする。
「さすが会長」
「ほい、同士にこっちあげるね。なんか女の子っぽくなさそうな部屋していそうだから、せめてね」
今しがた捕ったヌイグルミをミルに預け、海と繭華には自力ゲットの喜びを伝えるべく、捕り方のレクチャーを始める立花であった。
「ふむ‥‥確かに間違いではないのだが、ね」
机と、ベッドと、ゲーム、そして写真が数点――それだけしかない自分の部屋を思い返して、なんとなくヌイグルミにヘッドロックをかけていた――と。
「ミル殿、ここにおったかや」
美具がミルを発見すると、ぞろぞろと撒いたはずの皆がそろっていた。
「なんで、ここが!」
「おぬしの部下のシスター殿が、ここにいるだろうと」
「しまったぁ!」
自分の行動をよく理解している部下の存在を、すっかり忘れていた――というよりは傭兵達のアクに隠れてしまっていたのだ。
「抜けてるねぇ‥‥ん、凪さん。一勝負、どう?」
少しはやった事のある格闘ゲーム(いわゆる格ゲー)で、凪に勝負を申し込む零奈。勝負と聞いて黙っていられない性分の凪は、初めてにもかかわらず2つ返事で受けるのであった。
最初の1本目は零奈の圧倒であったが、2本目となると扱いに慣れたのか、凪のキャラは縦横無尽に画面を駆けまわるかと思えば、零奈のキャラにまとわりつくようにチクリチクリと攻撃を重ね、ほとんど一方的に勝利を収める。
運命の3本目――凪は一転し、まるで動かずにじっと構え、最小限の動きで攻撃をかわすというより、当てさせず、逆にきっちりと投げ技でダメージを稼いで、ライフゲージを一切減らさずにパーフェクトで勝利する。
「うっそーん!」
「KVの操縦みたいで面白いですね、こういうのも」
クスリと笑い、凪は満足げに立ち上がる。
「‥‥最近のゲームはよくできてますね――ああ、凪さん。あっちの方にもお付き合い願います」
クラークがクレーンゲーム群に目を向けると、いいですよと凪はクラークと共に向かうのであった。
「あ、これ可愛いな――とはいえ、無理そうですね」
クラークが目を付けたヌイグルミ――確かに一見無理そうであったが、凪が挑戦し、一発で吊りあげてみせた。さすがの空間把握能力と適応力である。
「クッソー‥‥お嬢! 勝負!」
「望むところだ! 返り討ちにしてやんよ!」
息巻く零奈だったが――結果は無残。凪ほどの圧倒ではないにしろ、玄人然としたミルの戦いぶりには勝てる見込みすらないまま、連敗街道まっしぐら――それを見かねた煉が、ピンチヒッターとして零奈の代わりを務める。
圧倒的不利な状況からのスタートであったが――。
「一発入れば気絶するまで地面に落ちないとか、酷いですよねぇ」
「酷いのは君だよ! ノーン! おいらを地上に降ろして!」
ミルのキャラは空中で受け身も取れず、跳ね続けるのみであった。パターンハメというやつだ。
「いいですよぉ‥‥このゲームはぁ、地面に倒れていても当たり判定がこっそりあるからいいのですよぉ」
絶妙な距離からダウンしているミルのキャラを蹴り続け――結局立てずにミルは負けるのであった。
「ぉぉー。不思議なやられ方なんだよー」
「ちきしょー! 反則だろう、それ! あっちのシューティングで再戦申し込む!」
零奈と同じように息巻いて煉に勝負を挑むが。
「確かこの辺に得点になるのがあったのですよねぇ」
と、隠し物や敵パターンを熟知している煉には勝てず、クレーンゲームでは重心やポイントの見極め、そして店員に取りやすい場所へお願いする技術まで駆使され、音楽ゲームでは最近の若者の曲は分からないのですよねぇといいつつ、やりこんでいるミルと互角を演じ、純粋な体力差で勝負は決まった。
果ては脱衣麻雀(女の子がやるものではないかもしれないが)では、牌勢からすでに上がりルートを把握されてしまいレトロゲームマイスターの前にミルはなす術もなく全敗を喫して、がっくりと肩を落としていた。
そこに喫煙スペースから吸い溜めをして戻ってきた京一が、実に気楽に声をかける。
「そういやゲーム得意なんだっけ? ならばこの世紀末スポーツアクションゲームで勝負と行こうじゃないか!」
さっきとは別の『格ゲー』を指している京一。
「さぁ、バスケの時間だ」
「お前もハメる気満々じゃないか!」
格ゲーなのにバスケ――それにピンとこない彩などは、首をかしげるばかりであった――。
ゲーセンから、ドリブル‥‥と呟き涙ながらがっくりとしているミルの両脇を美具と立花が支え、連行――いや、並んで歩いていた。繭華や海は立花の指導により、大きなクマとウサギを、嬉しそうにギュッと抱きしめているのであった。
「おや、ミル君。買い物かね」
露店喫茶で甚平に駒下駄姿でくつろいでいた錦織・長郎(
ga8268)が会釈すると、ミルはおいおい泣きだす。
「聞いとくれよ、長郎。実はだね――」
経緯やサイフ扱いされている事を説明され、流石の長郎も少々気の毒そうな顔をする。
「ほう、それはちょっと拙いかね。流石にどんなに許容量があろうともサイフには限界があるものだしね――ここは少し僕も融通しておくかね」
「おお、おお、ありがとうだよ長郎――その心意気だけでも嬉しいものだよ」
「なに、昨晩は色々と楽しめたのでね。くっくっくっ‥‥潤える日常は良いものさ」
肩をすくめ、チラとシスターに目配せをする長郎だが、当の本人は腕を組んでそっぽを向いている――頬の赤さは隠せないが。
こうして結局長郎も合流するに至ったわけだが、合流してからというものの、シスターはチロチロと長郎を見ては微妙にぎくしゃくとしていた。
(くっくっくっ、実に可愛らしいものだね)
視線で請われては仕方ないと、さり気にエスコートをしている長郎――そんなシスターと長郎の状態に気がついていたのはミルだけであった。
(ほーう‥‥ああいうところはメイにそっくりだね)
随分昔、初めてミルがネマ・エージィーの下にいたメイ・ニールセンと矢神 真一に会った時の事を思い出す――今の長郎とシスターみたいな空気だったなぁと。
そして色々あったが、やっと最終目的地である服屋へと到達したミル御一行。ここでは案外普通だった。
「おい、お前ら、金づるは生かさず殺さずが鉄則なんじゃ無茶するでないのじゃよ」
という美具のありがたーいお言葉が、効いたのかもしれない。
「んん〜‥‥コッチ、いやコッチ?」
ふだん着なさそうなフリルの多い、可愛い服をチョイスしてあてがって楽しんでいる彩。マネキンと化しているミルは苦笑いを浮かべ、それでも素直にどんな服も着てみせた。
「最近の流行りは少しレトロっぽいのだけど、好んで着ているのってある?」
「さて、服に関してはさっぱりだよ――スーツかTシャツくらいしかないのでね」
試着室で着替えながらも、立花の質問に答える。
「私もそうだけど、どっちかって言うと美人さん寄りだからふわふわした服よりシュッっとした服が似合うんだけど」
「私は別に美人ではないよ。会長と違ってね――まあ会長は残念美人だが」
「残念言うな!」
立花の予想通りの反応にウハハと笑い転げている――と、カーテンが開き、たまたま居合わせてミルの服選びに参加した佐賀 剛鉄(
gb6897)がTシャツをよこす。
「うちが見つけた傑作や」
渡してカーテンを閉めると、再び服選びに戻る――彼女の横ではここで待ち合わせをしていた剛蔵が、剛鉄を尻目に自分に似合いそうな服やスーツを購入していた――購入した中には『胸囲の格差社会』『ナイチチはステータス』などのロゴ入りTシャツも混ざっていた。
そしてミルが手渡されたそれも‥‥。
「なんじゃこりゃー!」
Tシャツを着てシャっとカーテンを開けるTシャツ姿のミル――その胸には『ひんぬーは正義』というロゴがでかでかと入っていた。
ブフッと服選びに自信がなくて参加していないで見るだけであった京一が吹き出し、彩ですらも笑いをこらえている。「ぴったりやないか。色々と」
機能的で風通しの良い速乾防臭シャツを差し出す剛鉄が、さらっと正直すぎる感想を述べる。
「俺のはどうやろか、剛鉄」
さっそく購入したてのスーツを着て見せたものの――カッコいいとは言えず、100歩譲ってもチンピラにしか見えなかった。
「チンピラみたいやな――ほな、うちも自分の服買うたろ」
剛蔵の服に触発されたのか、剛鉄も服を選び、露出が多く胸元が広く開いた服や両側にポケットの付いた地味な色合いのスラックスなどをキープしていた――ミルと共同購入と言う事にするために。
「うにゅ‥‥バーウェンお姉ちゃんには清楚系で明るい色のチュニックやジーンズなどをオススメしてみますの」
物静かだった繭華だったが、ここに来て随分と張りきっていた。ミルだけでなく、しっかりと海や凪の分まで見立てていたのである。
「海お姉ちゃんは動きやすいホットパンツやニーソックスなどのポップ系の物をおすすめしますの。凪お姉ちゃんは、チューブトップとかローライズのジーンズとか大人っぽいものや、カジュアル系のものをオススメしますの」
「あ、ありがとうございます、来栖さん」
「うみゅ‥‥繭華でいいですの」
歳とボリューム感もミルよりは近いせいか、繭華と海の仲は急速に深まりつつあった。
凪はというと、繭華に渡された服だけでなくクラークからも手渡されていた――若干ゴスロリ系の服と、若干エロっぽいメイド服が。
「少し、冒険してみましょうか? こういう系統の服、持ってないでしょ? 似合いますよ?」
「そうですか、ね‥‥」
動きやすい服を好む凪。人間としての記憶の方も、こんな系統の服を着ている記憶は、ない。似合うと言われてもピンと来ていないのを察したクラークが、後押しでたたみかける。
「伊達に嫁と一緒に買い物に行っていませんよ‥‥まあコスプレ、趣味でして。執事服とかいろいろ着ましたよ?」
「そういうものですか――」
納得したようなしていないような表情のまま、凪はカーテンの向こうへと姿を消す。クラークの勝ちだ。
そして悩んでいる人間がここに。零奈である。どうしても自分の好みが強く出過ぎてしまうため、赤や露出多めの服になってしまうのである。
「むー‥‥赤って良い色だと思うのになぁ‥‥それに、こういうのは動きやすいし、涼しい」
自分と似たような赤いチューブトップを広げてみるが、隣の美具が首を横に振る。
「赤はミル殿の場合、服では難しかろう。それに露出の多いというより、あれでそれは、酷というものじゃ」
あれとぼかしているが、零奈はどの部分の事か理解すると、チューブトップをしまい、ミルの服は諦める。
「海ちゃんは師匠が好きなチョイスがいいのかな? そういえば、師匠の好み知らない‥‥むぅ‥‥」
「弟子失格じゃのう」
苦笑する美具の言葉に、零奈は頭を抱えるのであった。
「和服とか良いと思うのですよねぇ。胸なし寸胴に似合うように出来ているのです」
悪意はあるような、ないような。
そんな解説にも美具は苦笑するしかない。弁解の余地もないせいだ。
「千早とかあればと思うのですけどねぇ‥‥洋服はよくわからないのです」
首をかしげてうんうんうなっている煉のはだけた胸元を見て、溜息をつき美具はもっともな理由を思いつく。
(試着もできんじゃろうからな‥‥)
「同士、これ着てみて! 渾身だから!」
青ボーダーのチュニックに白ベスト、そして短パンを試着室に放り込む立花。
「着こなしはね、青系統が夏っぽいけど、ワンポイントで目を引くアイテムがなければ薄い色は避けたほうがいいかな?
ピンクなんかも可愛いけど、下手するとドきつくなるから上級者向け。同時に絵が入ったものも合わせる幅が狭いから初心者は止めたほうがベター。青のボーダーやギンガムチェック辺りが合わせやすく流行りでいいんじゃないかな?」
意外とオシャレにこだわりのある立花の説明が終わると、シャッとカーテンが開かれ立花の想像通りのミルがそこに立っていた。おまけで京一の選んだメガネもかけてのお披露目である。
実に、似合っている。
「計画通り!」
「ぉぉー可愛いんだよー、ミルさん」
「うにゅ‥‥似合ってますの」
「馬子にも‥‥いや、なんでもない――だが眼鏡はいい」
「やーやーありがとうだ、皆の衆――本当に、ありがとう」
生まれて初めての友人チョイス。世界に名だたる悪女、ミル・バーウェンはひっそりと涙を流してしまっていたのであった。
大胆な胸開きキャミソールにラッセル編み上げチューブブラ、そしてハーフパンツの一式と、ペイズリー柄のモノキニ水着を自腹で購入した長郎――ミル用にではない。もちろん、自分用というわけでもない。
それらすべてを袋ごと、即座にシスターに渡して肩をすくめた。
「まあ、サイズは承知しているから――きっと似合うはずだね、くっくっくっ‥‥」
語るまでもなく、シスターは顔を赤くして長郎をバシッバシッと、嬉しそうにしながらも何度も叩いていた――。
「さて、帰ろうか諸君」
色々な買い物袋をひっさげ、満足げなミル、海、そして面には出していないシスター。凪はよくわからない。
剛蔵と剛鉄は2人で少しリッチな食事をしに、すでに別れていた(剛蔵が飯屋で行儀がよくないと怒られるのは、また別の話)。
「あ、お嬢。ついでに包帯も奢って♪」
「不思議なたかりだな‥‥そもそも包帯なんてそんなに必要かね?」
「寝る時とお風呂以外は巻きっ放しだから、すぐ汚れちゃって替えが意外と必要なんだよぅ!」
ぶーたれる零奈に苦笑し、薬局を見てみるのも悪くないと言い、みなで移動するが。
「と、すいませんが私はもう帰りますね――今日はありがとうございました」
薬局につく前に凪が頭を下げ別れを告げると、クラークが送っていきますと凪と共に去って行ってしまう。
「僕もそろそろ失礼するよ」
長郎が後にすると――シスターもいつの間にかいなかった。
それでもほとんどのメンバーはミルと共に――ほぼ目的を果たした繭華も、皆との楽しい時間を過ごすのであった。
「やあ。目的は果たしたのかね」
フェリーの最終便、UNKNOWNと祐介が出会い、お互いに軽く会釈する。
「ええ。戦後を考えれば、手札は大いに越したことは無いわけですから――そう考えれば良い機会だったのかもしれませんな」
世界の行く末を見るように、赤い月を見上げて呟く祐介であった。
(ここを離れれば、叉戦いの日々――戦闘支援と情報収集のサイクルを繰り返す訳なのだが、地上も一段落つき――見上げれば赤い月の攻略様相もこちらの手の内に入りつつあり、想定行動も構築しなければならないが‥‥)
「とりあえず、今はいいかね」
赤い月を見上げ、ポツリと漏らした長郎――その背中から、誰かが金髪を揺らし腕を回して抱きついてくる。
「別に、あたしが言っても意味はないんだろうけど‥‥死なないでね」
「海に沈む夕日、綺麗ですね」
「ですよね――私は海が大好きなんですよ」
2人して歩くクラークと凪。凪のその言葉は――きっと本心に違いなかった。
「あ、ここまででいいですよ‥‥今日はありがとうございました。それではまたいつか」
「ええ、それではまた。その服着てみてくださいね?」
ニコリと微笑むと、凪も微笑み返し、もちろんですと言って砂浜へと走っていった。
(穏やかな日々も悪くない)
「――浮気じゃないですよ?」
クラークは誰にでもなく、むしろ己自身に言い聞かせるかのごとく、言い訳染みたその言葉を呟くのであった――。
買い物も終え、民宿に戻っていったミル達――その輪の中から抜け出し、砂浜の小屋で機材を片付けている蒼 琉(gz0496)に零奈は会いに行った。弟子だけあって、師匠の行動はおおよそ把握していると言う事なのだろう。
「やっほ、師匠」
「む、こんばんはだね零奈。どうした?」
もう少ししたら民宿に戻るので、ここに来る必要性は本来はないと言えた――が、それでも零奈はあえて、来たのだ。
「ん、ちょっとね‥‥師匠ってどんな服が好みなのかなと思ってさ」
「好み? さてな――大事と思える人の服装が、俺にとっての好みなのではないかなぁ」
少しだけ遠い目をする琉。誰に思いをはせているかわかってはいるが、そんな琉に零奈は去らん位質問を投げつける。「じゃあさ、今のあたしの服装はどうかな」
赤のチューブラにデニムの短パンと、限界まで露出している服装だ。だがそれでも琉はまじまじと全身を眺めると似合ってると思うが? と、期待していた答えとは違うものが返ってきて、零奈は頬を膨らませ民宿へと戻っていくのであった――。
「お客様、そろそろ閉店時間ですので‥‥」
声をかけられ、ハッと顔をあげるミリハナク。閉店間際まで、ずっと冷房の下で転がっていたと言う事だ――この場合驚くべきはミリハナクというよりは、その時間までずっと好きにさせていた眼鏡屋の方だろう。
その日1日、実に無駄に有意義に過ごしてしまったミリハナクはポツリと漏らす。
「行き当たりばったりって素敵ー」
こうして屋久島での楽しいひと時は、一旦幕を下ろしたのであった――。
(余談だが、酒屋と蔵元から恐ろしい額の請求書に、ミルは目を回したとか回さなかったとか――)
『怒涛のショッピング 終』