タイトル:【海】罠の臭いマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/09 12:21

●オープニング本文


●どこかのバグア基地
「生嶋様とジョンはどこへ?」
 赤いバグアスーツに緑色のショートボブの女性バグア――ジーン・グレイシスが、苛立ちを隠さずに配下に詰問する。
「はっ、オーストラリア方面の海へ、試運転に行っております」
「ああ、あの生嶋様ご執心だった女の‥‥で、いつ戻ると」
「しばらくは無理との話ですが‥‥」
 その言葉にジーンは足を止め、口元に手を当ててしばらく考えこんでいた。
 そしてニィッと妖艶な笑みを浮かべる。
「――ペア連携の得意なのを、何人か捉まえておきな。それと、やっと完成したあたしのあれを発進できるように」

●民宿・海の家
「琉さん、お誕生日おめでとうございます!」
 海の家では海とメイ・ニールセン(gz0477)と蒼 琉(gz0496)の3名で、ささやかながらの誕生日が行われていた。
「ありがとうだ、海――まあ20日から過ぎてしまったがな」
 本来なら20日が彼の誕生日だが、色々あって今日まで伸びてしまったのだ。
「でもあんたって記憶喪失だったんでしょ? 誕生日覚えてたの?」
「20日は、俺が先生に拾われた日なんだ。砂浜に打ち上げられていた俺を拾って、海が目を覚ますまで看病していたとか聞いたな」
「そうですよー。大変だったんですから」
 琉の話に海がうんうんと頷き、唐揚げをフォークで刺して頬張る――行儀が悪いように見えるが、今回ばかりは仕方ない。メインがペペロンチーノなのだから。
「‥‥なんで誕生日のメインがペペロンチーノなのさ」
 ローストガーリックと鷹の爪のみのシンプルなパスタ――あまりにも物悲しい。
「琉さんのリクエストです。琉さんが好きなんですよ、これ」
「といっても、海の作るヤツ以外はいまいちでな。海の作ったペペロンチーノが好きだという事だな」
 琉の何気ない一言に海は顔を赤くし、慌てて琉に顔を見られないように厨房を向いて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと麦茶持ってきますね!」
 パタパタと厨房に駆け出す海。天然を目の当たりにしたメイは目を丸くし、氷もってくるわと言っては海の後を追う。 厨房で胸を押さえてしゃがんでいる海に、メイはそっと近づき耳打ちした。
「‥‥あの朴念仁は危険ねぇ。いつから好きなのさ」
 一瞬驚いて口を開き――観念したのか肩を落として答える。
「お母さんがうちに連れてきた時からです」
「長い一目惚れねぇ‥‥」
 つい最近まで忘れる事が出来なかった一目惚れ相手の顔を思い出し――俄然、海を応援したくなってきた。
「がんばれ、海ちゃん」
「と言っても、まずはお母さん越えからですけどね」
 まだ子供である海でさえも、母が琉に向けていた気持ちと、琉が母に向けていた気持ちが同じである事は知っていた。
 その母はもういないが――それが余計に大きい。
 少しだけ、手で自分の胸を確認し――ため息をつく。
「お母さん超え‥‥」
「いや、その歳の子なら大きい方だから――あんま言うとお嬢が――」
 苦笑いを浮かべていたメイが、ついっと真剣な眼差しで玄関の方向を睨み付ける。
 カラカラカラ。
 誰かが入ってくる。
「夜分、ご機嫌いかがかしら?」
 食堂の琉が立ち上がり応対に出ると、赤い全身スーツの女性が立っていた。
「何かご用でしょうか」
 ヒュン――。
 飛んできたナイフを女性が、がっちりと受け止める。
「――本当に、何の御用かしらバグア風情が」
「あら、案外鋭いのもいるねぇ」
「よく言うわ。色は違えど、バグア戦闘服じゃない――で、何の御用か聞いてるんだけど」
 静かなメイ。だがその静けさからくる威圧感が凄まじい――それを目の前のバグアも感じ取ったのか、一歩だけ後退する。
「軽い挑戦状さ。生嶋様が試食したなら、あたしはつまみ食いってねぇ」
「生嶋‥‥?」
 凪の名字。それが琉の認識であったため、反射的に聞き返していたが、無視される。
「あたしはねぇ、ジーン。北部2km地点の海で待つから、0時までに来な。他にも南と東西にも部下が1人ずついるからあんたらの言う仲間とやらも呼ぶこったね。
 もちろん、あんたは北部のあたしのところに来な。怖かったら1人でなくてもいいんだよぉ?」
 行かなければどうなるか――聞くまでもなかった。
 メイが車椅子で詰め寄ろうとするが、一足早く後ろに跳んだジーンは、何かにつかまり、すいすいと登っていく。
 月夜に照らされる赤い機体――。
「クラーケン、だと‥‥?」
 幾度か見たその機体。その赤いクラーケンは恐ろしいほど静かに垂直離陸をし、空へと消えていった――確実に人類の技術レベルの物ではない。完全バグア仕様と言ったところであった。
「‥‥罠の臭いがプンプンするけど、蒼、皆を呼ぶわよ」
「ああ、頼む――できれば俺の方にも何人か来れるようにしてくれ」
 ゴーレム以上の相手に琉は拳を握りしめる――と、その拳をそっと握る手があった。海だ。
「琉さん‥‥倉庫まででもいいですから、一緒にいていいですか?」
「ああ――では行こうか、海」
 そして琉は月明かりの中、倉庫へと向かうのであった――。

●参加者一覧

威龍(ga3859
24歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
美海(ga7630
13歳・♀・HD
美虎(gb4284
10歳・♀・ST
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
BEATRICE(gc6758
28歳・♀・ER

●リプレイ本文

●屋久島・ULT出張所前
「この海域は臭うのであります」
 メイ・ニールセン(gz0477)から事のあらましを聞き集った、美虎(gb4284)の第一声がそれだ。
「話を聞いた時からずっと考えていたであります。敵は本当に1機ずつなのか、夜間でしかも複雑な海底地形に布陣し、四方に離れているなんて、臭い事この上ないであります」
 美虎の警告に、皆が頷く。
「嫌な感じしかないですね〜。だってあっちのトコにわざわざ行くんでしょ? ぜーったい何かありますですよ〜!」
 そんな事を言いながらも、明らかにウキウキと浮き足立っているオルカ・スパイホップ(gc1882)。彼にとっては水中で戦えるなら、どんな状況でもいいのかもしれない。
「明らかに罠なんだろうが、敵の目的が分からない以上乗ってみるのも一つの手なんだろうな。 まあ、俺は俺の出来る事をするだけだが、な」
 不敵に笑い、威龍(ga3859)がポキッと指を鳴らす。
「海をバグアの好きにさせないのであります」
 美海(ga7630)が息巻いていた。
「『他にも南と東西にも部下が1人ずついる』‥‥ですか‥‥1人‥‥といった事に何らか意味があるのか‥‥」
 ぶつぶつと引っかかっている部分を繰り返すBEATRICE(gc6758)の傍らで、表情を硬くし、海に視線を向けている刃霧零奈(gc6291)が拳をギュッと握る。
「海戦デビュー戦だねぇ‥‥ヘマして師匠に恥かかせる訳にはいかないねぇ‥‥」
「デビュー戦でいきなり無理しないでね、刃霧」
 メイが緊張した面持ちの零奈に声をかける。零奈はヘラッと笑い、メイの背中を強く叩いた。
「大丈夫だって。無理しないさせない、そのための師弟だからね」
「それに。私も行くからね。北に」
 ゆらりといつの間にか黒い正装の男――UNKNOWN(ga4276)が2人の背後に立っていた。
「や、UNKNOWN。水中もいけたんだ」
「あまり海の中は好まんのだが――メンテナンスが大変だから、ね」
 煙草を燻らせ、静かに微笑む。緊張感とは無縁である。
「だけど。呼ばれたからには、がんばらせてもらう、よ――ただし、私も1人、能力者を呼ぼう」
 静かにメイの前に立ち――スッと手を差し出す。
「――メイ。力を貸して貰おう、か」

●屋久島沖
「今回、協力を要請した蒼 琉だ。よろしく頼む」
 暗い海中の中、愛機のリヴァイアサンの通信にて挨拶をかわす蒼 琉(gz0496)。
「噂はかねがね聞いているであります! 長姉より、厳に頼まれたので任せるでありますよ!」
「任せるであります!」
 オロチ改の美虎、クラーケンの美海、2人のシスターズの声がハモる。
「とはいえ今回は気になる事があった故の参戦であります。先日シスターズネットワークから、別地域で城島というバグアが出たと聞いているであります。関連性について、知りたいところであります」
「城島ではなく、生島という名には聞き覚えがある。先の依頼で生嶋が率いる部隊と交戦したばかりで、今回の敵とどういう関連があるかわからないが、それは確かめておくべきなんだろうな」
 生島と言う敵――以前会った生嶋 凪という女性――そして今回の敵。
 この3つに関連性があるのかどうか――琉も確かめておきたかった。
「まっ頑張りましょ〜!」
 場の空気も関係なしに気楽に言いのけ、西へと向かうオルカのリヴァイアサン。
「海底地形および潮流が複雑なのであります。耳抜きなどにしっかりするであります」
「であります」
「北以外の敵種は不明‥‥と‥‥ゴーレムとか‥‥あまり強くない敵を期待したいですね‥‥他方面は強くても何とかなるでしょうが‥‥」
 ロングボウに水中キットをつけての参戦であるBEATRICEは淡い期待を抱きつつも、東に向かって前進し、その速度に合わせて美虎と美海も向う。
「まあまずは終わらせてからか」
 威龍も南へと向けて出発する。
 残されたのは、琉のリヴァイアサン、零奈のビーストソウル、UNKNOWNのK‐111の3機。
「‥‥こちらも行くとするか」
「初めてのKVが補助席ってのも、オツねぇ」
 その声に、琉が首をかしげ――ふと声の主を思い出す。
「メイ、か?」
「うむ。今回は暗いから、ね。目視とレーダーに注意して、皆の通信を繋ぎ続ける努力を頼んだんだよ。
 オペレーターとしての腕前を、だね――あとは暇潰しの話し相手を、だ」
「と、言う事」
 通信の向こうのメイの声は明るい。彼女も戦場に出たいのだ。少しでも早く――自分はもう大丈夫と、命を懸けてくれた友に証明してみせるために。
 最後まで同乗に反対していた零奈も、今は沈黙しているだけである。
「おっと。変な所を触らないでくれよ? 色々とややこしいから、ね」
「あ、ごめん」
 戦場に関しては自分よりもずっと詳しい仲間が3人もいる――その事実は琉の不安を払拭させてくれた。
「――では、行こう」

●北
「海底には足をつけない方がいいだろうね――うん、機体動きが重いな」
 UNKNOWNのK−111も水中キットをつけての参戦であるが――それでもそこいらの水中用KVよりもずっと流麗で、有機的な動きである。
「とっと‥‥やっぱ地上と違うねぇ。とりあえず、ソナーブイ投下しとくね」
 水の抵抗に戸惑いつつ、零奈がソナーブイを投下する。
「さて、時間もまだある――酒でも飲んでいるかね?」

●西
「やっぱり早く着いちゃったか〜。しばらく我慢我慢だね」
 ソナーブイを投下し、潮流の流れをしばし体感するオルカであった。

●東
「水中戦は‥‥未だに慣れませんね‥‥」
 動きにくさに四苦八苦しながらも、やっと指定地域にたどり着いたBEATRICEの第一声が、このボヤキである。
「安心するであります。そのためのシスターズでありますから」
「シスターズの連携は無敵であります」
 そしてここでもソナーブイを投擲するのであった。

●南
「そろそろ時間か‥‥」
 移動しながらも早めにソナーブイを4つを投擲し――さっそく前方に反応があった。それも2つだ。
「やはり正直に1機でいるわけはないな――行くぞ、玄龍!」
 目視はできていないが、ソナーの反応に向けて先制の小型魚雷を発射――だが予定よりも大幅に下に流される。
「この距離ではあそこまでブレがあるのか‥‥理解したぞ」
 ダウンカレントにあわせ、今度はかなり上向きに小型魚雷を発射――それと同時に前へと加速する。
 敵がこちらに気付いたようだが――もう遅い。
 ガウスガンで牽制しつつ前に出ると、敵も足を止めて愚直にも撃ちあってくる――計算通りである。
 潮流の流れをうまく使い、不規則な動きに不規則な軌道――だが敵も雑魚ではないようだ。牽制とは言え、いまだに当たった気配を感じさせない。
 しかし、潮流に乗せた不規則軌道で向かっていた25発の魚雷だけはかわしきれなかったようだ。小爆発が見える。
「まだまだだ!」
 目視できる距離にまで到達――その瞬間に2機は左右に分かれる。ちらっとだけ見えた白い影と黒い影――気のせいではない。
「白と黒のクラーケン――厄介な‥‥ぐぅ!」
 機体が何度も揺れる。夜の海でまだ目立つ方である白いクラーケンにどうしても目がいってしまい、黒いクラーケンへの意識が薄かったせいか、まるで反応できなかった。何よりも多方向からの攻撃が得意な機体。
 しかも、見たところ連携もとれている。
「‥‥だが、まだ動きが硬い!」
 潮流に逆らうためのブーストにより、疑似的な慣性制御で動き、死角にまわりこむと蒼い軌跡を残し、レーザークローで貫き引き裂く。
 1機が撃墜されると――白クラーケンは素早く下降し、人類では追えない深海へと姿を消すのであった。
「‥‥ずいぶん訓練されているようだ、な」

●西
「きゃっほ〜い!」
 潮流の流れに沿ってブーストをかけながら、小型魚雷ポッドをこちらに触手を向けている白クラーケンに撃ち込む。
 ――と同時に、制止し、横に急旋回した。降り注ぐレーザーが右半身に当たる。
 上から黒クラーケンが肉薄していたのだ。
「やったな〜! でも近づいた君の負け!」
 今の一撃で落とせなかったのは、誤算だったのかもしれない。黒クラーケンの触手が動く――だがそれよりも早くアップカレントに合わせブーストをかけたオルカが、触手を掴み引き寄せると大蛇で胴体を一刀両断にする。
 そして小型魚雷をコクピットに直接たたき込む――構造が分かっているからこその弱点である。
 黒クラーケンが爆散する――と、白クラーケンはダウンカレントを使い、オルカに牽制しながらも急速に下降する。オルカが追う間もなく、あっという間に深度200mを突破されてしまう。
「‥‥あっちゃ〜1匹逃げられちゃった――まあいっか〜」

●東
「敵もクラーケンでありますか。相手にとって不足なしであります」
 白クラーケンを相手に、3人は三方から20発の大型魚雷に25発の小型魚雷。逃げ場を奪う。
 爆発を繰り返すが、威力そのものはさすがに低かったせいか白クラーケンはまだ抵抗を続ける。美海に上から回り込むように突撃をかけてきたのだ。
 しかし、その上からの突撃が囮であると、3人は気づいていた。美海が探った結果、海底に隠れるようにもう1機潜んでいる事は、すでに美虎に送り、美虎から3機にデーターが送られていたのだ。
「下から浮上中であります!」
 美虎の警告に、上よりも下に気を配り――美海が下に向けてブラストテンタクルのレーザーを乱射する。
「クラーケンに死角はないのでありますよ?」
 不意うちのつもりが不意をつかれ、動きを止めてしまう黒クラーケン。
 そこにBEATRICEのホールディングミサイルと、美虎の大型魚雷が叩き込まれ、美海も大型魚雷でさらに追い打ちをかけると、あっさりと黒クラーケンが撃沈する。
 美海の上から回り込んでいた白クラーケンが、一瞬にして相方がやられ、慌てて逃げに転じようとする――が、もちろんそんな事はさせない。
 BEATRICEのホールディングミサイルが白クラーケンの後を追い、止めを刺す。
 余裕――数の理も上で、伏兵に気付いていたとあれば当然な結果であった。
「攻め気に逸ると‥‥痛い目に会う‥‥と言ったところでしょうか‥‥」
「他もきっと同じでありますね――行くであります美虎」
「了解であります」
 2機とも浮上し、変形、滑走し上空へと飛び立っていった――残されたBEATRICE。ゆっくりと移動を開始する。
 だがシスターズの速度と比べてしまい、めったに表情を変化させないBEATRICEだが、この時ばかりは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「着いた時には‥‥きっと終わってますね‥‥」

●北
「そこの‥‥赤蛸のレディ。一つ尋ねたい事が、ある――バニーを着たくないかね?」
 現れたジーンの紅いクラーケンを前に、UNKNOWNが通信すると――無言で真っ直ぐUNKNOWNに向かってくる。
「何が悪かったのだろう、メイ。相手の機嫌を損ねる事を何か言っただろうか?」
「色々とねー‥‥」
「まあ、後ろや下からというのに注意してくれ。レディ、彼女のサポートを。HPC内の連続演算容量の一部を利用していい――それと、あの触手。少し気を付けた方が良さそうだしね――いやいや、揺れる」
 AIに指示をだし、UNKNOWNは盾で触手のレーザーを防ぎながらガウスガンで迎撃する。
「忘れてもらっては困る」
「ほらほら、こっちも忘れない‥‥でねぇ♪」
 横合いから琉や零奈も魚雷やガトリングで牽制をかける――が、ジーンのクラーケンは慣性制御を巧みに使い掠らせもしない。
「師匠! 下から反応あり!」
「反応確認、識別開始‥‥クラーケンが海底に張り付いているみたいね」
 ソナーの反応に注意を払っていた零奈の報告に、メイが即座に識別してみせる。
「炙り出す――UNKNOWN、少し任せた。零奈、君は出てきたところを頼む」
 琉が海底すれすれで脚をつけないように止まり、周囲を探す――が視界が悪く、敵影が見当たらない。
「後ろ!」
 零奈が琉の背後に割って入り、レーザーの直撃を受ける。一時的に強化していたとはいえ、直撃はさすがに堪えた。
「師匠に当てさせる訳にはぁ‥‥っ!」
 零奈の真正面から、黒いクラーケンが距離を詰めていく――が、零奈の脇からベヒモスが伸び、黒クラーケンを一突きにする。
 そしてダメージを負った零奈が、レーザークローでコクピット部分を貫通させて沈黙させる。
「‥‥すまん、無理をさせたな」
「役に立たない部下だねぇ!」
 琉と零奈の間にジーンが割って入り、後ろに下がった琉を追いかけようとして、ガクンと止まる。
「残念‥‥そっちには行かせない‥‥ってねぇ♪ 止めの一撃は、主役の役目‥‥ってね」
「邪魔さ!」
 触手が一斉に零奈に向けられ――その背後から漆黒の手が、触手をまとめるように掴む。
「――この時を、待っていたよ」
 UNKNOWNによる連続ブースト――ジーン機を強制的に浮上させる。
「蒼、刃霧――狙え」
「いいタイミングであります!」
「あります!」
 美虎と美海が現れ、気を逃さず大型魚雷を発射する。琉も小型魚雷を、零奈はホールディングミサイルを動けないジーンに向けて発射していた。
 着弾――する直前、先端しか動かせない触手のレーザーで数発焼き払い、誘爆させる。
 辺り一帯、大量の気泡に包まれ全ての視界が奪われる――そこから触手を無くしたジーン機が急速に浮上し、追う間もなく、夜の闇に消えていった
「逃げるために、自らを撃つ――優雅ではないね」
 残された触手を眺めつつ、UNKNOWNは呟くのであった――。

「気に入らない、気に入らないねぇ‥‥」
「――かか、つまらぬ策など弄するからじゃ。帰ったら仕置きじゃぞ?」
 独り言に凪が割って入る――すべて見ていたのだ。
 ジーンは唇をかみしめ、通信回線を切るのであった。

●一湊海岸
「結局、聞けずじまいか‥‥」
 砂浜で1人、煙草を燻らせる琉。みなには民宿で泊まってもらう事にして、先に帰したのだ。
 あらかたこそ撃墜したものの、数機逃げられてしまった――もともとペア機がやられた時点で撤退の予定だったのだろう――だが、当初の目的はちゃんと果たした。それは、成功と呼んでもいいだろう。
「――こんばんは」
 声をかけられ振り返ると、凪が立っていた。問いただそうか口を開いたが――結局琉は口を閉じる。
「‥‥何かあったんですか?」
「いやなに、誕生日に乱入されてね――そろそろ戻るか」
 誕生日という言葉に少しだけ凪は考え――そっと琉の頬に一瞬だけ口づけする。驚いた琉が頬を押さえ、凪を見た。
「お祝い、です。それと、私もつい先日誕生日だったんで、貰っちゃいました――また夜の海ででも会いましょう。それじゃ!」
 駆け出す凪――その表情はいつもより若干愉快そうであった。
(この肉体の記憶にある事を繰り返してみたが、果たして効果はあったものかの――記憶が戻った時が楽しみじゃわい)
 残された琉は、見えなくなるまで凪の背中をずっと眺めていたのであった――。

『【海】罠の臭い 終』