タイトル:【MO】シドニー最終決戦マスター:楠原 日野

シナリオ形態: イベント
難易度: 不明
参加人数: 21 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/05 07:04

●オープニング本文


●シドニー・旧ビクトリアバラックス
「――それで、今日も異常なし、ですか」
 部下が頷くと、楓門院静紀はため息をつく――約束の期日を過ぎて3日目。ため息もつきたくなるというもの。
「本当に、やってくれますねミルさんは――」

●カルンバ・UPC駐屯地本部
「やあ失礼するよ」
「‥‥何か御用で?」
 以前に半分脅迫のような形でお願いされただけあって、駐屯地責任者の態度は冷たく、硬かった。
 だがその程度の事は気にしないミル・バーウェン(gz0475)。いつもの薄ら笑いを浮かべ、ずかずかと踏み込んで扉を閉めると、仁王立ちで腕組みをしながら『お願い』しにきた。
「少々お願いがあってね。聞いてもらえるかね?」
「――言っておくが、先のシェルター襲撃作戦に加え、奇襲により戦える者はもうほとんどいない」
「だが動ける者は多いね?」
「負傷兵にも働かせろと言うのか。聞きしに勝る悪女ですな」
 以前はただの小娘と侮っていたが、懲りて彼女の経歴について色々知った彼は皮肉気に笑う。もっとも目の前の小物の囀りなど、ミルには川のせせらぎに等しい。
「いやなに、実に簡単な仕事だよ。奇襲により士気も落ち込んだ君らは別に戦えなくてもいい。ただ単に、軍が動いたという事実が欲しいだけなのだよ」
 コツリコツリと、ゆっくりと彼に近づき、机に両手を乗せる。
「明日、楓門院とは傭兵達だけでケリをつけてもらう――君らは終わるであろう頃にでも、姿を現し、あたかも自分達の活躍だったように人々にアピールしろ。傭兵達の活躍で救ったという事実よりも、軍が動いてオーストラリアを救ったとした方が、お互いに色々と都合がよいだろう?」
「――手柄をよこす、というのか」
「傭兵の中には目立ちたくない者もいるだろうし、私は表向きはただの貿易商人なのでね。表舞台の『英雄様』は君らでいいのだよ」
(なにより傭兵の活躍が目立ちすぎると、いつか来るであろう平和での反動も大きいしな)
 先を見据える能力に長けた商人は、すでに戦後を考え始めているのである。
 そんなミルの目論見には気づきもせず、楽して美味い所がもらえる約束に無能な彼は簡単に飛びついた。
「うむ、よかろうよかろう。では君らが出発の後に我々も出発し、終わったころにでも連絡をいれてくれたまえ」
 いろんな意味でおかしいミルは口元を吊り上げて笑うと、左手を胸にあてて軽くお辞儀をする。
「それではお願いいたしますよ、未来の英雄様」

●カルンバ・ブリーフィングルーム
「私が『たまたま』バカンスに行っている間に奇襲があったようだが、被害が少なくて何よりだ」
 しばらくバカンスを堪能、奇襲後1回戻ってきて被害を確認してまたバカンスと、神経を張りつめている楓門院達とえらく違って自由に楽しんでいたミル。
「何人かの傭兵は知っているだろうが――明日、いよいよ敵さんの最終防衛拠点のシドニーへ踏み込む――まあ移動は今夜からと言う事だがね」
 肩をすくめるミル。
「そんなわけでまた無茶振りをさせてもらおう。なに、警戒しなさんな。楓門院と会わせろとはもう言わんさ」
 横で聞いていたドライブが吹き出し、肘で小突くミル。
「今回、戦闘中に軍は一切介入せん。敵の足が速そうな状況で、敵は壊していいがこちらは壊してはいけない『遮蔽物』が多いなんて願い下げだろうからな」
 兵士を『遮蔽物』と言い切る悪女が苦笑する。
「だが制圧と同時に乗り込んで、手柄は明け渡す予定になっている。私がそう約束した――君らがそろそろ表舞台で活躍しすぎるのは、将来的によろしくないと判断しての事だ。納得できない者もいるかもしれんが、納得してくれ」
 深々と頭を下げる。
「現在楓門院はシドニーの旧・ビクトリアバラックスにいるのは間違いない。あそこだけ陥落後にぐるっと塀を築きあげたのだし、うちの者に偵察もしてもらったからな。
 まず3班――いや、場合によっては4班か? そこは君らに任せるとして――堂々と正面から潜入組と、後ろから無理やり突撃する2班の組。正面組には戦力増強としてエカテリーナと、ケビン君。後方組には爆破役にボマーが加わる」
「宜しくだな」
「お願いします」
「頼むッスね!」
 エカテリーナ・ジェコフ(gz0490)、ケビン=ルーデル(gz0471)、ボマーのそれぞれが傭兵達に会釈する。
「正面から行く場合、もちろん数が押し寄せてくるだろうし、厄介な事に対空用なのか『サイキャノン』とやらが2体いる」
 一部の傭兵はざわめく。レックスキャノンの亜種サイキャノン――決して今の彼らにとっては強いとも言い難い敵ではあるが、状況が状況である。
「まあ落着け。ここでさっきの4班目――KV組が出てサイキャノンとやらの相手をしてもらうというのもあるのだよ。
 本来なら拠点ごとKVで襲えば手っ取り早いが、無差別にやると後々『罪のない人が中には大勢いたのになんて非人道的な』と寝ぼけた事を言い出す自称無力な人々が騒ぎ立てかねんのでね。
 とりあえず、サイキャノンの相手くらいKVに任せても大丈夫だろうとは思うわけだよ。モチロン、生身でも大丈夫だというならこの4班目はいらないわけだが、そこは先ほど述べたように、君らに任せる。
 さて、正面組は陽動とし、後ろからの組の役割は2つ――楓門院撃破組と、拠点爆破組の2つだ」
「‥‥爆破させるのか?」
 エカテリーナが皆の疑問を口にする。
「うむ。楓門院撃破直後、間もなくしてから軍が押し寄せるだろうから、その前に奴らの下らん研究成果を破壊させてもらうためだ。残していては、扱いきれもしないくせして人類がそれを奪い合う恐れもある。
 そんな火種など、軍に見つかる前に隠滅に限るのだ――納得できない者もいるかもしれんが、これは『仕事』であって受けるのであればしてもらいたいのではなく、する事だ。はき違えないでいただこう」
 珍しくミルの表情が消え、冷たい視線を傭兵達に投げかけ――すぐに薄ら笑いを浮かべる。
「ボマーが言うには、地下で建物の四隅と中心に仕掛けるだけでいけるという。その計5ヵ所へボマーの護衛をしながら連れていく。君らも爆破位できるというかもしれんが――その道のみに特化したボマーは次元が違うだろう」
 注目を集め照れているボマーの頭を、スカーがポンポンと叩いている。どう見てもそんなスペシャリストには見えないが――外見から判断できないのは自分達も一緒なので押し黙る傭兵達。
「そしてある意味陽動となりつつもメインである楓門院への突撃班――これはもしかするとだが、全戦力を持って1Fホールで待ち構えられている可能性が非常に高い。雑魚も排除しつつ楓門院も撃破――恐らく最悪なほど厳しい戦いになるだろう」
 重い空気が一瞬辺りを包もうとするが、それよりも早く明るく言葉を投げかける。
「今回私は軍と同行するのでな、現場では君達が主役だ! 君らの手でオーストラリアを奪ってこい! シドニー最終決戦、存分に暴れてこい!」

●参加者一覧

/ 宗太郎=シルエイト(ga4261) / UNKNOWN(ga4276) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / 砕牙 九郎(ga7366) / 錦織・長郎(ga8268) / 逆代楓(gb5803) / 長谷川京一(gb5804) / 御守 剣清(gb6210) / 日野 竜彦(gb6596) / 夢守 ルキア(gb9436) / 湊 獅子鷹(gc0233) / ジャック・ジェリア(gc0672) / 美具・ザム・ツバイ(gc0857) / ミリハナク(gc4008) / 蒼 零奈(gc6291) / モココ・J・アルビス(gc7076) / クラフト・J・アルビス(gc7360) / 月野 現(gc7488) / アクア・J・アルビス(gc7588) / クローカ・ルイシコフ(gc7747

●リプレイ本文

●カルンバ・ブリーフィングルーム
「久々に戦争らしい戦争じゃねぇか、やりやすいな」
 説明が終わり、ブリーフィングルームに残った面々を見渡し、ニッと湊 獅子鷹(gc0233)がこれから起こる戦争を前に不敵に笑うと後にした。
「くっくっくっ‥‥まあ名目上の手柄くらいはくれてやるね」
「ま、軍にいい気になって貰うのは構わないね。別に名誉が欲しくて戦ってる訳じゃないし」
(いよいよ最後か‥‥勝って必ず生きて帰るよ)
 肩をすくめる錦織・長郎(ga8268)と刃霧零奈(gc6291)も準備のために立ち上がると、他の傭兵達もぞろぞろ立ち上がり始める。
「やれやれ、今回は正規軍が『英雄様』か。傭兵と交代でやってりゃ世話は無いよね――」
 ぼやき、立ち去ろうとしていたクローカ・ルイシコフ(gc7747)だったが、1人、壁に背を預けて立っていたエカテリーナ・ジェコフ(gz0490)に声をかける。
「同志ジェコフ、聞いたかい? 今回の作戦はなんと、KVの督戦隊付きだ!」
「そのようだな――なかなか愉快な作戦になりそうじゃないか」
 同郷同士、気が合うのだろう。2人はしばらく立ち話をしてから、別れた。
「奪われたモノは奪い返す、か」
 月野 現(gc7488)がポツリと漏らす。
(俺の故郷だ、他んとこから来た奴らなんかに大人しくあげるなんてことはありえんね)
 現の言葉が聞こえたクラフト・J・アルビス(gc7360)は、通り過ぎざまに思いをはせる。
「クラフトさん、絶対取り返そうね」
 ぼんやり気味だったクラフトの腕に、誰かがしがみつく――クラフトの大事な人、モココ(gc7076)だ。
「うん、そうだねー。宇宙から降りてきて戻る準備も何もなしじゃあれだしね」
 モココの反対側に、もう1人青い髪の女性がしがみつく。
「私、参上!」
「ねーちゃん、来てたんだー」
 ねーちゃんと呼ばれた女性、アクア・J・アルビス(gc7588)は弟にウィンクする。
「オーストラリアの最後の戦いに、私は居ないわけにはいかない! ですー。とはいえ戦うのは得意でないので、後ろでやれることを、ですー」
 わりと重くない空気の中、ミル・バーウェン(gz0475)の前で少々厳しい表情のクラーク・エアハルト(ga4961)が1人、立っていた。
「今、自分の中でUPC軍最悪の軍団は豪州軍に決定しましたよ。前は北米軍でしたがね」
「納得はできんかね?」
 ミルの問いかけ。クラークは頭を振る。
「まあ、良いですよ。正規軍の尻拭いはいつも傭兵の仕事ですからね」
「手間をかけさせるね、エアハルト。無能な輩の尻拭いをさせて」
 悪女の言葉に表情一つ崩さないが、クラークは心の内で悪態をついていた。
(‥‥正規軍と協力して攻めればよいモノを。最後位、彼らにも十分に働いて欲しいものだがね――まあ良いさ。正規軍がアテにならないのはいつもの事じゃないか)
「任務は果たします。それでよいでしょ?」
 踵を返し、足早にクラークはミルから離れていく――その様子にミリハナク(gc4008)はつまらなそうな顔をしてため息をつき、立ち上がった。
(つまらない戦場に気に入らない依頼人‥‥命を賭けるに値しないここは外れだったようですわね)
 信用できない小娘を一瞥し、後にする。
「ミルさん、ちょっといいですか。少しお願いと連絡事項が――」
 クラークが話し終えたところで日野 竜彦(gb6596)が『お願い』の相談をミルにもちかけ、2つ返事でミルは承諾する。
 それから数時間後、いよいよ最終決戦に向けて傭兵は出発するのであった――。

●ビクトリアバラック周辺
 行軍は思った以上に順調であった。決戦期日から4日目だけあって、敵の緊張の糸が緩み始めているせいなのだろう。
 各人員、時折襲いくる犬型キメラを排除しつつ、建物の陰に隠れながらビクトリアバラックを包囲しつつあった。
 アルヴァイム(ga5051)機、クラーク機、竜彦機、クローカ機が配置につく。
「KV担当班、配置完了。陽動班はどうか」
 陽動班の夢守 ルキア(gb9436)、モココ、クラフト、現、エカテリーナ、ケビン=ルーデル(gz0471)がサイキャノンの動向に気を付けながらも、林に身を潜めて待機していた。
「こちら正面陽動班、配置完了したよ。爆破班や静紀班はドウカナ?」
 ルキアが答え、今回の作戦のメインである班に呼びかける。
「こちら。爆破犯だがね。待たせてもらっているよ」
 UNKNOWN(ga4276)が、袖のカフリンクスで応答する――ニュアンスが違うように聞こえたが、皆誰1人としてツッコミはいれない――あながち間違ってもいないからだ。
「‥‥存分に暴れろと、許しは得たけども――この流れは面白おかし過ぎるよなぁ、やっぱ」
 宗太郎=シルエイト(ga4261)が爆破班の面々に、こみあげる笑いを噛み殺す。
 爆破班はボマーと、その護衛役としてUNKNOWN、宗太郎、獅子鷹、ミリハナク、砕牙 九郎(ga7366)、ジャック・ジェリア(gc0672)と、知る人が見ればよくわかる事だが、間違いなく最大戦力と呼んでいい面々なのだ。
「いや、普段通りだ、ね」
「俺はお呼ばれされた身なので、『余計な事』が起きた時の余剰戦力のつもりだがね」
「宜しく頼むッスよ!」
 緊張感なく爆破班は、ボマーに似合う服などまさしく『普段通り』談笑している。
「‥‥楓門院班も待機中じゃ」
 爆破班と違い、やや緊張気味に美具・ザム・ツバイ(gc0857)が応答した。決して倒れぬ――その決意が彼女に緊張をもたらしているのだ。
 楓門院班にはあと長郎、零奈、アクア、御守 剣清(gb6210)、長谷川京一(gb5804)、逆代楓(gb5803)がいる。
「なんというか、珍しい事で。京の字が大物狙いどすか‥‥明日は雪ですやろか? 貸し1どすえ、京の字」
「我ながらなんでこんな所にいるのやら‥‥」
 元カメラマンとして、メインフレームには入らない主義の彼だが――なぜか一番のメインである楓門院班に自分がいる事を不思議に思っていた。
「ま、これも縁か」
「縁、ね‥‥それでいくと御守さんとか直接縁はないよね。楓門院とは」
「この状況、気にならないって言やあ、嘘になりますからね〜」
 苦笑いを浮かべてはいるが、零奈の問いに剣清はいつもと変わらぬ軽い調子で答える。
(本当に倒したい相手程冷静に、ってか‥‥)
「それにしても憎たらしいのう。もともと軍事施設の名残で、内部構造見取り図は入手不可能とはの」
「ふむ。そんな事ならば――左右の増築部分は最近にしても。ジョージア様式後期の名残を受けた。あの建物ならばこんなところ、だね」
 煙草の灰が落ちるよりも早く、さらっと内部見取り図を描くUNKNOWN。
「癖や窓の配置などからの推測にすぎないが。おおよそ合っていると思うよ。まあ道など、作ればいいのだが、ね」
「さすがじゃの、黒衣の旅人殿――ではこれをもとに少し話を詰めようかの」

「これから陽動を始める。互いに生き残ろう」
 現の合図に、皆緊張が走る。
「見敵必殺。シンプルで解りやすい……距離、風向き良し――さあ、開幕のベルを鳴らそうか?」
 ヒュイィィィィンとスルトシステムを発動させ、地に膝をつきM‐181大型榴弾砲を構えるクラーク。
 照準をサイキャノンに合わせる。
(この距離と風――当たれ!)
 榴弾が放物線を描き――サイキャノンに直撃する。
「ん、お見事。初段命中――KV班、一回ギリギリまで近づいて陽動出来ない?」
「俺が行く」
 竜彦機が姿を現し、正面からまっすぐに突撃を開始する。サイキャノンがこちらに気付いたところで、少しだけ斜めに移動する――と、竜彦機に気を取られた1匹にアルヴァイムのスナイパーライフルが、サイキャノンの巨体を弾き飛ばして横倒しにする。半端ない威力である。
「俺が前線は支えてみせる。敵の撃破は任せた」
 サイキャノンが2匹ともひるんでいるうちに、現が先陣を切って駆け出す。
「よし、ケリを付けるよ。オーストラリアは返してもらう」
 全身を黒く染めたクラフトが後に続く。
(今回が最後‥‥絶対に終わらせる‥‥!)
 小声で決意を再び固め――強化人間に対する躊躇いがどんどん薄れていく。彼女の狂気が目覚めた。
「殺して殺して殺して殺しまくる‥‥なんていい日なのかな!」
 豹変するモココを前に、ケビンが怯えていた――が、エカテリーナがその頭をポンと叩く。
「いちいち怯むな。死にたくなければ、な」
「そうだよ、ケビン君。もっとセカイを見てみなよ」
 エカテリーナとルキアも門を潜り――覚悟を決めたケビンも、後を追うのであった。

「これだけの敵を殺し放題なんて‥‥超楽しいっ!」
 愉快そうにターミネーターで、わらわらと群がってくる犬型キメラと並の強化人間の足を止めると、距離を詰めて蛍火で――クラフトが飛びこみ、キアルクローで切り刻んでいく。
 そして2人に強化人間とキメラが群がろうとするが、現が立ち塞がりプロテクトシールドで押し返す。
「敵の注意を引き付けるだけで充分だ。無理はするな2人とも――俺を無視するなよ。背後を見せたら頭をぶち抜くぞ」
 横を通り抜けようとした強化人間の足に、ヴァーミリオンの弾丸が食い込む。
「下がれ!」
 その言葉に現が反射的に下がると、飛び込んできたエカテリーナの拳が地面に突き立てられ、十文字の衝撃波が強化人間をなぎ倒していく。
 外側では竜彦の回避運動に気を取られているサイキャノンが他KVによる集中砲火を受け、こちらどころではない様子が見て取れる。
「これだけ派手に動けば十分か――戦闘状況は伝える。陽動は成功した。一気に突貫してくれ」

「うむ。了解したよ――まあ、あまり緊張せずに、ね」
 ボマーの肩をにポンと手を置くUNKNOWN。
「うい、いくっス!」
 いつもの軽装ではなく、がっしりとしたつなぎを着こんでいるボマーが駆け出す。
「さぁ、オーストラリア、返してもらうですよー」
「さて、いっちょ頑張るとしますかね。‥‥ヘマしたらミルさんに何を言われるやら」
 元気なアクア、ガクガクと身を振るわせる九郎が、傭兵達が、後を追って行く
 こちらの動きに合わせて犬キメラ続々と集まってはくる――が。
「邪魔はしないでもらいたいね」
「近寄らせねーよ!」
 長郎が投げた刺激物を仕込んだハンカチで一瞬ひるんだ犬達に、九郎のアラスカ454が火を吹き、蹴散らしていく。
 ボマーが目いっぱい背伸びをして塀に両手を突け、アーチを描きながら順々に何かを壁に貼り付けている。
「砲撃のタイミングに合わせるっス」

「ありったけを叩き込みます」
 横倒しになったサイキャノンにめがけ、榴弾砲の雨を降らせ、建物の陰から陰へと移動を開始――その間にクローカが誘導の意味も込めて肉薄し、蚩尤で側面、背後と回り込みながら突き――榴弾砲がサイキャノンに着弾。それと同時にクローカは機銃で、足元の犬キメラを掃討しながらずいぶん遠くの林まで下がる。
 そして圧倒的火力の前にサイキャノンは小さく爆散し、自爆すらさせない。
「クローカ君? 爆破班が張り切ってるからね、無線したら0.1秒以内に駆けつけて」
「‥‥我儘言ってくれるね」
 ルキアの無茶な要求にクローカが苦笑すると、ワガママ言える内は余裕なんだよと言って一方的に無線を切る。
 今の無線を聞いていたクラークは肩をすくめ、犬達をまさしく『蹴散らし』ながら、ちらっと建物に目を向けるとおかしな欲求が湧き上がる。
「‥‥300mm砲弾をぶち当てたいな。あの建物」
「砲撃準備、よろしく!」
 無線連絡の直後、敵が密集している庭の中央でパッと閃光が瞬き、モココが離脱するのが見えた。
「あーKV班? みんなぶっ飛ばしちゃって!」
「了解。修正方位+3、仰角−2。座標確認。効力射1、Огонь!」
 クローカがスナイパーライフルを構え、密集した強化人間めがけ砲撃するのであった。

「ここでケリをつけさせてもらおうか」
 緑色に覆われたサイキャノンをエミオンスラスターで姿勢を保った竜彦機が白金で貫き、榴弾砲のダメージのおかげでもあるが、一撃で仕留めていた。
 そして塀の西側へと移動すると地殻変化計測器を設置する。
「さて、この保険が効くと良いけど‥‥周囲の建物の調査は完了しましたか?」
 竜彦が誰かに連絡を入れる――と、すぐに応答が。
「おー。何台かいい車あったから、とりあえず潰しておいたぜ」
 ミルの部下、グレイからの通信。楓門院が逃走用車両を周囲に隠していたりするのではと危惧し、あらかじめお願いしていたのだ。
「ありがとうございます。引き続き精査お願いします――さて、せいぜい派手に暴れて犬を引き付けるとするか」

 クラークの榴弾砲の爆音に紛れこっそりと塀に穴を開け、獅子鷹とジャックが先行する。
「おお〜随分いるなぁ――施設東端の1階、2階、それと2階東から3番目と5番目、まずはこんなところか――よっしゃ撃て撃て」
 林や軍事博物館だったころの名残の展示物に身を潜めつつ、窓から見る限り多数の強化人間がいるポイントを指示すると。
 ズドンズドンズドンズドン!
 4発の砲撃が激しく建物を揺らす。指示されたポイントが的確に、KVによって撃ち貫かれていた。
「おし、お次は様子を見に来るであろう5番と――照明の止まった先を頼む」
 そう言うと懐から照明銃を取り出し――こちらに向かって続々と集まりつつある一団に向かって撃つ。照明弾は駆け寄ってくる強化人間によって、手で撃ち落された――次の瞬間。
 強化人間の一団が、轟音と共に弾け飛ぶ。範囲から逃れたと思ったところに、追い打ちをかけるように次段が撃ち込まれる――が、それでもどうにかかいくぐってきた数人が、獅子鷹に斬りかかろうとする。
「皆の盾、参上ってね」
 前髪の1房が真珠のように多色の色彩に染まったジャックがエンジェルシールドを構えてが立ち塞がり、全ての一撃をその盾で受けきる。そして怯んだところを右目から黒い闘気を流している獅子鷹の獅子牡丹によって、次々斬り捨てられる。
「雑魚は減らしておこうか」
 一方、獅子鷹とジャックが交戦している間に、爆破班と楓門院班は施設の真裏へと到着していた。裏口が特にないのでボマーが動き出す――が。
「よし、そこの壁が良さそうだね」
 UNKNOWNがいち早く、カルブンクルスで壁に30度刻みに円周のヒビをつけると、察した九郎もヒビの間にアラスカ454を撃ち込み、ミリハナクが中央をゲヘナで渾身の一撃をお見舞いさせると、ド派手な音とともに壁が吹き飛ばされ、ぽっかりと円形の出入り口が作られる。
「爆破なんて時間かかるうえに面倒ですからね」
 全面的に依頼人とその部下を信用していないミリハナクの言葉にボマーはカチンと来たのか、いつものへらへらした表情が消え、口をへの字に結んで半眼で陰鬱とした眼へと変化する。 エスコートしようとUNKNOWNが手を差し出すが、その手を払いのけられ、肩をすくめた。
「さあジャック。皆の盾の出番だ」
「あんたは除外だ、UNKNOWN――まあ前には出るけどさ」
 まったく緊張感のない空気の中、合流したジャックが出入り口を一気に突っ走る。
 激しい銃撃音――それから金髪碧眼へと変化した宗太郎が突撃し、まさしく無駄にまとまっている強化人間達に渾身のエクスプロードでまとめて貫き、薙ぎ払う。
「雑魚しか出やがらねぇな。まぁ、仕事は楽にすみそうだが‥‥!」
 反応の遅い他の雑魚もまとめて一掃すると、誰よりも早くボマーが動き出す。
 正面の壁に両手を突けたかと思えば、先ほどと同じようにアーチを描く――ただし、今度はただ手首を壁に擦っているだけなので格段に速く、地面に到達すると同時に手首をこすった跡が火を噴き破裂する。
「‥‥こっちも職人としてのプライドがある」
 低い声でボマーが言い終わらぬうちに、壁には綺麗なアーチ状の穴が出来ていて、軽く押すだけで壁は向こうへと倒れた。その間、2秒。驚くべき早業だ。
 だがその壁の穴のすぐ向こうのエントランスホールに――楓門院が立っていた。
「いきなりだね」
「この前の礼だ!」
「当たっとけ!
 長郎の真デヴァステイター、京一の番天印、九郎のアラスカ454の弾丸が、同時に楓門院に向かって飛来する。
 しかし楓門院の前に盾を構えた強化人間が立ち塞がり、その攻撃を全て受けきってしまう。
「とかく。防御型というやつだね」
 悠長な解説の間に、敵から弾丸の雨の歓迎をうけるが、ジャックと美具の2人によって、こちらも実質被害0である。
 その間に宗太郎は脱力し、呼吸を整え集中――。
「仕方ねぇ‥‥全力で貫くしかねぇか!」
 剣の紋章がエクスプロードに吸収されたかと思えば、ジャっ! と弾けるように地面を蹴ってまっすぐにエクスプロードを構えたまま突撃する!
 隊列を縦並びに変えた防御型――それが仇となる。
「エクスプロード、オーバードライブッ!」
 自身が誇る正真正銘の渾身の一撃は、盾を構えた防御型の盾に突き刺さり、盾ごと4人を貫きその命を断った。
「‥‥名付けて、円明穿」
「ちょっと退いてくださいませ」
 ミリハナクの言葉に不吉な予感を覚えた宗太郎が、横っ飛びに転がる。
 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
 薄く発光しているミリハナクが、M‐183重機関銃を構えけたたましい轟音と噴煙をまき散らしていた。
 周囲の防御型が楓門院に集まるが、盾で防ぎきれるほどの弾数でもなく、辺り一帯の強化人間がまとめてなぎ倒されていく――が、そんな中、楓門院だけは涼しい顔で立っている。弾丸全てが当たる前に逸れているのだ。
「つまらない能力ですこと。気に入らないですわね」
「だけどナイスだ、ミリハナクさん――クローカさん正面玄関、まるごとやってくれ」
 無線で指示を出したその刹那、正面玄関ごと群がっていた強化人間が吹き飛ばされる。
「‥‥あんなものまで持ち出してくるとは、思いませんでしたよ。これまでなるべく使わせなかった、と言う事でしょうかねミルさんは」
 銃弾の雨の中、防御型の死体を杖で突き刺しミリハナクめがけ投げつける。当然それはただの肉塊へと変り果てるのだが、肉塊となった時にはすでに楓門院の姿が消え去っていた。
「2階のロビーにいますので、追ってくると良いのですよ‥‥」
 消える直前に、その言葉だけが響き渡っていた。
「くっくっくっ、つまりはここで分断というわけだね」
「じゃの。まさかいきなりの切り札を使う事になったのは計算の内かは知らぬが――美具らは上に行くしかあるまい」
 肩をすくめリロードしている長郎の横で、美具が上を見上げていた。
「借りは返しておかんとな」
「後ろはおまかせやす、怪我をしたら言うてくださいな。京の字以外の方」
 京一が煙草を投げ捨て、その煙草を踏み消す楓。
「俺も言いたい事というか、言っておかないと気が済まないというか」
「元凶、だもんね。色んな事の」
 剣清と零奈の2人がぎゅっと柄を握りしめる。
「ふむ――ではここを下に行こう」
 先ほどからトントンと床を踏み鳴らしていたUNKNOWNが立ち止り、吸い殻を落す。
「3秒、いただきます」
 ボマーが壁と同じ要領で手首を床にこすりつけ、2周させると火柱が上がり、甲高い爆発音とともに床が抜け落ちる。
「さあミリハナク、つっこめ」
「ヤー♪」
 ゲヘナに持ち替えたミリハナクが、嬉々として飛びこむ。
「俺も続くぜ」
 九郎が後に続こうとして、しれっとした顔のUNKNOWNが足を引っ掛け、九郎は頭から落下する。
「うむ、流石だ砕牙だ」
 ボマーを抱きかかえ、優雅に飛び降りると、ジャック、獅子鷹、宗太郎と続く。
「では、俺達も行きますか」
 柄に手をかけ、剣清が駆け出すと、零奈も続き、美具、長郎、京一、楓が後を追う。
 そして1人、アクアだけはしばらく爆破班の降りていった穴を眺めていた。
(しっかり見たいですけど、壊しちゃうんですね。もったいないですー)
 ほんの少し――いや、かなりもったいないと思いつつも、アクアも皆の後を付いて行くのだった――。

 敵の弾幕を盾で防いではいるものの、多勢に無勢、防ぎきれない部分にだいぶ傷を負い始めている現。太ももに銃弾を受け、片膝が落ちそうになる。が。
「やるべき事がある。俺はこの程度で倒れられないんだっ!」
 気合を入れ、しっかりと足を踏ん張らせる。
「倒させないから、安心しなよ」
 背後のルキアが練成治療を施す。
 弾幕を張っている敵の隊列の横から、モココが強襲。攻撃力だけは高い彼らはかわす事も防ぐ事もままならず、心臓を一突きにされ次々と倒れていく。
 胸を貫き、蛍火を引き抜こうとし――刀身を掴まれ、ガクンと動きが止まってしまったモココ。隙を見せたモココに無情にも刀が振り下ろされる。
 かわせない――思わずギュッと目を閉じるモココ。
「させないよー」
 クラフトが横から全力で腕を蹴りつけ、刀の軌道を逸らさせる。振り下ろされた刀は、モココではなく近くにいた強化人間を両断する。
「大丈夫ーモココ?」
「は、はい、クラフトさん」
 ターミネーターで弾幕を張りながら、体勢を整え直すモココ。蛍火を引き抜き、自分よりもずいぶん怪我を負い、肩で息をしているクラフトの隣に立つ。背中の真新しい傷に、モココが眉をひそめる。
「もしかしてその怪我、今‥‥?」
「うーん、ちょっと無茶しちゃったねー。でもモココは俺の大事な人だからー」
 いつもの屈託のない笑顔。戦闘中だというのに、モココは涙があふれ出そうになる――だが、やはり敵は待ってくれない。弾幕では追いきれない速度で移動する強化人間がこちらに向かってきているのだ。
「なるほど、速いねー‥‥んじゃ、真っ向勝負は避けさせてもらおうかなーっと」
 モココを抱え、一気に後退する。
 そんなクラフトを追撃する足特化型。その目の前に閃光手榴弾が投げ込まれ、まともに食らった彼らの足が止まる。
「音と光よりは速くは無いと思ったんだ」
 ルキアがカルブンクルスで容赦なく焼き払う――がその背後にいつの間にか回り込まれていた。
 ガキィン!
 エンジェルシールドでその太刀を受け止めると同時に、カルブンクルスをお見舞いする。
「行動が転じる刹那、防御が甘くなる。動かないのはね、喰い付くのを待ってるからダヨ。それと少し前に出過ぎ。もう少しペースを落としなよ」
 クラフトに練成治療を施し、エカテリーナを指さす。エカテリーナは随分傷もあるが、それだけ死体の数も多い。
「あんなペースを維持しろって訳じゃないんだし。それに、もうそろそろなんじゃないかな?」

「こんな狭い空間で、ご自慢の脚が生かせるのかしら!」
 ミリハナクのゲヘナが衝撃波を生み出し、通路を二分する。そうなると、二手に分かれるしかない強化人間達。
 九郎が盾を持っている強化人間に斬りかかり、盾を蹴りあげ菫を突き刺すと、引き抜いた傷口に銃口を押し当て発砲。 脚の速いと思われる方には宗太郎がシエルクラインに持ち替え、射線でさらに逃げ道を塞ぎ――獅子鷹が一気に距離を詰め脚を斬りおとす。
「無駄だ、お前たちの牙は届かん」
 首に獅子牡丹を突き立て先の通路に目を向けると、手で5人来ることを示すと、みな物陰に身を潜め、獅子鷹自身は跳ぶように後ろへと下がっていく。
 5人の強化人間が銃を構えたまま、獅子鷹めがけまっすぐに向かってくる。
 複数の発砲音。
「ようこそ、だね」
 獅子鷹の前に現れたジャックが全て弾く。
「足元注意ですわよ」
 薄く笑いながらミリハナクのゲヘナが地面すれすれを水平に薙ぐ。脚を切断された強化人間達は、短い悲鳴を上げる――が。
「骨のあるヤツ、来やがらねーかな?」
 宗太郎のエクスプロードが2人の強化人間の胸を貫く。
「これ以上増えなくてもいいけどな!」
 菫で2人を串刺しにして壁に縫いとめると、頭部にアラスカ454を押し当てて引き金を引く。
 そして最後に、残った1人の首を跳ね飛ばす獅子鷹。
「さすがに攻撃が激しくなってきたな」
「湊。いつもの事だよ‥‥さて、ここがまずは最初の。一か所になるね」」
 新しい煙草に火をつけ、紫煙を吐き出すUNKNOWN。ボマーがこくりと頷き、柱に火薬の設置を始める。
 ジャックも煙草を咥え火をつけようとすると、ジッポから予想外の火柱が上がり、少しだけ驚いていた――無表情っぽい宗太郎の口元が、少しだけ吊り上る。
「‥‥ちょっと緊張感なさすぎじゃね?」
「カテー事言うなよ、砕牙さん。一休み一休みっと」
 苦笑いを浮かべている九郎の横で、周囲に気を配りながらも獅子牡丹を肩に担ぎ首をコキコキと鳴らしている。
 だが九郎の言う事ももっともで、緊張感らしいものはまるで漂っていない。それだけ彼らには余裕があると言う事でもある。
 だが、ミリハナクは別の意味で緊張感を保ったままボマーの後ろに立っていた。
「爆破が失敗すれば上で戦うお友達が大変なことになりますので、余計なことしないで下さいね――もし何かをするのであれば、貴方の飼い主も不幸な事故に見舞われるでしょうから、選択を誤らないことね」
 妖艶な笑みで脅迫――しかし、集中しているのかボマーは身じろぎ一つしないで細工を続けていた。その手元を見ていたUNKNOWNだったが、口を挟む部分はないと判断し、1本吸い終わる前に作業終了となり、煙草を咥えたまま移動を開始するのであった。
 その後の彼らの快進撃は止まらない。
 ジャックが全ての攻撃を受け止め、ミリハナクが、宗太郎が、九郎が、獅子鷹が、斬り捨て撃ち落し、ボマーのエスコートに専念するUNKNOWNは所々注意を促す程度で、散歩するかの如く優雅に歩いている。
 そして最後の1つは――中央の資料室に。
「やあ。宝の山だね、これは」
「これかしらね、モココちゃんの言ってた資料って言うのは」
 ざっと目を通し、面白そうな資料は堂々と内ポケットにしまうUNKNOWNと、服の中に隠すミリハナク。
「自由すぎでしょ、あんたら! 絶対面倒な事になると思うんだけど!」
「面倒事になったら? 面白い方に付くよ。というか、敵に回したくないしな」
「えー‥‥」
 九郎の正論もジャックの発言の前に霞んでしまい、苦笑いを浮かべる苦労性な九郎。
「宗太郎さんは、何してんの?」
 獅子鷹が端末から通信記録を調べている宗太郎に、質問を投げかける。
「念には念をな。もーじきどこの戦場も決戦だ。どこに繋がるにしろ、土壇場で裏切りの一手なんざもらいたか無ぇ」
 作業をしているボマーを一瞥し、ひとしきり記録を見て納得したのか、宗太郎が端末から離れる。
「俺は何も見てねえなっと」
 見ない振りを決めこみ、アイギスで次々とPC関連を叩き潰していく。
「よっし、完了っスよ!」
 細工を終えたボマーが振り返り――ぎゅんと横を向き直って机の上の資料に目を奪われる。
『バグアは何故豊満が多いか?』
 恐る恐るその資料を手に取り、パラリ、パラリとゆっくり目を通し、気がつけば天に向かって突き出していた。
「ふおー!」
 ――しかし、ボマーは知らない。その最後のページに作成者名・UNKNOWNとなっている事実に。
「さて。それではあとは自由に、だね。上に参戦だ」
 軽く言いのけ、気軽に天井へ向けてカルブンクルスを撃つUNKNOWNであった――。

「‥‥っふ!」
 剣清が短い呼気と共に、脚の速い強化人間の攻撃に合わせ、抜刀で一刀両断。
 敵陣に紅い瞳の零奈が飛びこみ、一斉攻撃を受ける――が、それは残像だ。隙だらけの強化人間を静でまとめてなぎ倒す。
「囲んで有利になったと思った? あはは‥‥甘いよぉ‥‥♪」
 前に飛び出しては敵のまっただ中で、相手に合わせて避けつつも、真デヴァステイターをお返しと言わんばかりに叩き込む長郎。傷がついても、アクアがこっそりちゃんと治してくれていた。
「京の字! 味方のフォローをしっかりせんかい!」
「わかってる! 雑魚は失せるんだな!」
 楓に言われるまでもなく、脚特化型を番天印で足止めし、防御特化や攻撃特化は機動力に難がある事をあっさり見破り1階へ突き落す京一。
 まとめて派手に撃破とまでいかなくとも、実にスムーズに2階ホールへとたどり着く。
「‥‥わりあい、お早い――」
 楓門院が口を開く――が零奈は一直線に突っ込むと、不意にスライディングして足元へと斬りかかる。
「一番槍、務めさせてもらうよ」
 杖で弾かれるのは予測済みだったのか、すぐに立ち上がり次の動作を見極めたうえで回避し、纏わりつくように斬りかかっている。以前のように当たりそうな気配は微塵も感じさせない。
「アンタの攻撃になんて、当たってやれないねぇ‥‥」
「うりゃっさ!」
 そこに剣清も混ざる。斬り落しを杖で受け止められるが、引かずに敵意を剥き出しの顔を近づけて睨み付ける。
「今の状況は胸糞悪くてね‥‥結構ムカついてんだ‥‥」
「それは私とて同じ事です」
 がしっと腕を掴み、纏わりついている零奈に放り投げる。
「うおっ」
「っく」
 予想外行動に、足の止まる零奈。そこに楓門院が杖を振りかざし、2人まとめて貫く――事は叶わなかった。
「ぬるいのう。もっと本気を出すのじゃよ」
 盾を構えた美具が、ニッと笑う。
「楓門院、そなたの相手はこの美具・ザム・ツバイがつかまつろう――美具を排除せん限り、誰1人とて、そなたの攻撃は当てさせん」
 全身真紅のネメアに身を包み、盾と、ゼフォンを3本指に挟んで構える、独特のスタイルで楓門院に立ち塞がる。
「小癪ですね」
 グギュっと、杖を握る手に力がこもる楓門院。
 一撃一撃が重い乱打――それでも美具はひるむことなく、盾で受け、受け止めれずに腹に受け、肩に受けようとも、不敵な笑みは崩さず、膝を落とす事すらなく立ち塞がり続ける。
 美具が楓門院を引き付けている間に、余計な取り巻き達を次々に効率よく排除していく。特色がわかってしまえば実に攻略が簡単なのだ。
 しかし短時間と言えども、1人で楓門院の相手をするのは至難であった。時折、アクアか楓のどちらか手の空いた方が練成治療をかけてはいるものの、それでも癒しきれていない。楓門院の攻撃力の高さがうかがえる。
 涼しい顔はしているが、すでに美具は全身ズタボロである。だがそんな事はおくびにも出さない。
「ぬるいわ。貴様の本気はこの程度かや?」
 そこに矢が飛来する――が、矢は軌道を変え、楓門院には当たらなかった。だが次々と矢が撃ち込まれる。
 矢だけではない。長郎の新デヴァステイターの弾も的確に頭部を狙って執拗に撃ち込まれている。
 その全てが軌道を逸らされてはいるものの、遠巻きに見ていた楓だけはその違和感に気がついた――徐々に逸れ方が弱まっている事に。
「仕掛けるなら今どすえ!」
 柄に光らせた手を添えた剣清が納刀したまま動く。
 距離を詰め、目にも止まらぬ神速の抜刀――反応できずに肩を切り裂かれた楓門院。ギシリと杖が悲鳴を上げる。
 突く構え――本気の突きが――いや、前以上の突きが来る。そう察知した美具は――勝利を確信した。
(かかった)
 正真正銘渾身の突きを前に、剣清の前に立ち塞がった美具の盾は弾かれ、身をひねってゼフォンで流し直撃こそ免れたが脇腹をがっつり抉り取られる。
 しかしそれでも杖を脇腹で挟み、両手で抑え込んで叫ぶ。
「今じゃ!」
 零奈が動いた。
 拳を振り上げ、楓門院を殴りつける――と見せかけ、手に持った閃光手榴弾を顔面に叩きつけ炸裂させる。
 つんざく轟音と閃光。
 威力は小さくとも、爆風に巻き込まれた零奈の腕は焼け爛れ後ろに大きく吹き飛ぶが、目を押さえている楓門院を見て口元をゆがめた。
「目の前の光までは防げないでしょ?」
 ここで決める――京一は弾頭矢を番え、1射、2射、3射、そして通常矢で4射。まったく同じ軌道の一直線に並んだ矢が
楓門院の胸へめがけ、飛んでいく。
 まだ視力の回復しない目でそれを払おうとし、手をかざして腕で3本の弾頭矢を受けるが――止められた弾頭矢の矢尻に当たって軌道を変えた矢が、足を地面に縫いとめる。
「燕返し。弓使いの奥の手だ、理を知らんなら防げんさね」
「今こそ、やらせてもらおうか」
 眼鏡を真デヴァステイターの銃口で直し、左手を懐に入れ頭部めがけ発砲しながら詰め寄る長郎。
「ちと柔らかくなっていただきましょか」
「援護するですー。やっちゃえーですー」
 楓の練成弱体が楓門院に、アクアの練成強化が長郎に施される。肉薄する長郎。頭部を両腕で守っている楓門院。
(くっくっくっ、仕込みは上々のようだね)
 笑みを張り付け、赤く光る黒いはずのシャドウオーブを懐から取出し、がら空きの腹に押し当てる。
「終わりだよ」
 持てる力を使い切り、ありったの黒色のエネルギー弾をその腹部に叩き込む!
 ズン。
 長郎の左腕が、楓門院の腹を貫通した。
「‥‥あぅ‥‥はぁぁぁ‥‥」
 楓門院がか細く苦悶の声を漏らし――地面に崩れ落ちる。
 自らの血だまりに倒れ伏し、楓門院は虚ろな眼差しで何かを呟いていた。
「これが‥‥私の――運‥‥め‥‥い‥‥――」
 そして――それきり。

「血が足りないです! 早く治療できる施設に!」
 美具に必死に治療を施している元医者のアクア。練成治療では、ギリギリを保つのがやっとであった。
「お。終わったようだね――む、これはいけない」
 ひょっこり立ち寄ったみたいな雰囲気のUNKNOWNも、美具の状態に気がつくと、そっと抱き上げ、付いてきたミリハナクに預ける。
「よし。急いで逃げるぞ」
「その案には賛成ですわ」
 残す作戦は施設爆破のみとなると、まさしく逃げるしかないのだ。全員、オーストラリアを長い間苦しめていたボスを倒したという感慨にふける暇なく、外へ脱出を図る。
 ――と、京一が足を止め、楓門院に振り返り、少しの間煙草を燻らせて――投げ捨てる。
「あばよ‥‥」

 施設から楓門院班と爆破班全員が出てきた――それが意味するのはただ1つ。
「仕上げの花火ですわよ」
「了解。援護するから退避したまえ」
 ミリハナクの爆破予告に、ずっと身を潜めていたアルヴァイム機が飛び出し、ウルを構えて強化人間達との間に割り込み退路を確保する。
 陽動班、楓門院班、爆破班はみな敷地から離れていく。追いかけようとする強化人間はもれなくクラーク機、クローカ機、竜彦機によって排除されるため、多くの者が被害状況を確認すべく施設内部へと向かっていく。
「ぽちっと」
 ボマーが携帯を鳴らす。
 ドフゥゥゥゥゥゥゥウン!
 鈍い爆破音――ビクトリアバラックスは内側に向けて綺麗に崩壊を始めるのであった――。

「クラフトさん‥‥やっと‥‥やっと終わったね」
「そうだねー。モココのおかげだよ、ありがとー」
 崩れゆく施設に涙するモココ。その涙をぬぐうクラフトは、屈託のない笑顔でモココに感謝する。
「英雄様の到着、か」
 遠くで軍勢が向かってくるのが見え、皮肉気にクラークが呟くと、クローカは口元をゆがめた。。
「果たして道化は誰だったんだろうね」
「この際、奪還できた事を素直に喜びましょう」
「それもそうです」
 杞憂が取り越し苦労に終わった竜彦は疲れたように背を預け、アルヴァイムは周囲の警戒と観察を怠らない。
「美具さん、助かりますかね」
「あのメンバーなら大丈夫だよ‥‥」
 剣清の心配ももっともだが、アクア、楓、UNKNOWN、ミリハナクの4人が美具の付き添い、治療できる施設へと向かっているのだ。零奈の言葉ももっともである――が当の本人は美具が心配でたまらない様子である。
「今回、俺やUNKNOWN、ミリハナクに随分べったりだったな? 獅子鷹」
「さすがに無理はしたくないんでね、泣かしたくないんだ」
「惚気ならいらないヨ」
 ジャックの指摘に獅子鷹が大真面目に答えると、ルキアが間髪入れずツッコむ。
「メンツは面白かったんだが、敵がしょっぱかった」
「‥‥俺、結構必死だったんだけどなぁ」
 苦笑いを浮かべる九郎と、対照的に表情の薄い宗太郎。
 崩れゆく施設を眺めていた現が、誰に言うでもなく――むしろ自分に言い聞かせるべく、呟いた。
「また大地をバグアから奪い返せたな。人類が地球を奪還するまで後少しか」
(ならば、俺も諦めずに戦おう‥‥彼女を救出するその日まで )

 傭兵達各々の思うところは違えども、こうしてやっとシドニーは――オーストラリアの大部分は、奪還できたのだ。
 表にも裏にも影にも『英雄達』の活躍があってこそ、果たせた成果である。
 だがもちろん人類の戦いが終わったわけではない。それでも傭兵達は束の間の喜びを噛みしめるのであった――。

『【MO】シドニー最終決戦 終――完』