●リプレイ本文
●海の家
まだ明けきらぬ早朝。蒼 琉(gz0496)は玄関で靴を履いていた。
「今日から団体の宿泊か‥‥早めに戻らんとだな」
「‥‥朝早いねぇ、ドコ行くの?」
食堂から出てきた刃霧零奈(
gc6291)が、寝ぼけ眼で琉に声をかける。
「ああ、俺のKVの整備にな。ここら辺は近くにできる者がいないから、俺がしているのだ」
KVの整備と聞き少しだけ目が冴えた零奈は、興味あると言い琉についていくことにした。
自覚なし方向音痴は、零奈のおかげで比較的スムーズに浜辺の近くの倉庫にたどり着くが、すでに先客がいた。
長袖に長ズボンの女性、夢守 ルキア(
gb9436)が琉のリヴァイアサンを整備していた。
「やあ琉君。キミを驚かせようと思ってネ。私、整備士資格持ってるんだ。マニュアル通りより、少し癖を持たせると馴染むよ」
そう言うとルキアは手招きし、琉をコクピットに座らせるとテスト起動を開始する。
「指先を弾く感覚で動かしてみなよ」
言われるがまま指先を動かすと――今まで以上にイメージ通りに指先が動かせた事に、琉は驚きを隠せない。
「なるほど、な」
「今までのままじゃ、機体は死んだままだよ。機体が死んだままなら、君も死ぬ――厳しいコト言ったケド、この前の事も含めて、謝罪する気は無い。死ぬ為に機体を駆らせるワケにいかない。私はプロだから」
死なせないのが管制たる自分の役目――ルキアはそれが自分の義務だと思っているのだ。
1人地上に降り、振り返る。
「――君が――私が、生きるタメに、ドレだけの『イノチ』が死んだんだろうね? 生きるコトは、他者を殺すコト死ぬ
コトは、積みあげられた亡骸の山を崩し、命を終えて、何かの一つとなる――それは最早、私のセカイではないケド、世界の在り方」
目を閉じ、胸に手を当てる。
「君の望みは? 話は聞いた――君にあるの? 全てを悲しませ、ねじ伏せても意志を通す、強い欲望が。私はあるよ。 セカイを臨む、そのタメに私は養父を殺した。たとえ何度同じ事になっても何度だって殺し、自分だって棄てる、それでもセカイを求めてる――それが私だから」
整備というのは琉を待つための口実だったのかもしれない――彼女はその言葉を残し、外へと向かった。
途中、今の話を聞いて何かを感じ取り、表情の沈んだ零奈の横を無言で通り過ぎ――チラリと一瞥し砂浜へと向かうのであった。
「‥‥俺にも、ないこともないさ」
呟き、頭を振る琉――しばらくしてから自分に馴染む癖を調整し始める。そんな琉に、何かしらの覚悟を決めた零奈が顔をあげ、声をかけた。
「ねえ蒼さん。蒼さんは海戦は経験豊富なんだよね?」
「――ああ、まあまあ、な」
「じゃぁさ‥‥あたしの師匠になってよ。海戦師匠に。あたし未経験だし、さ」
零奈の提案に、手を置き、身を乗り出して表情を窺う琉。
「弟子なら師匠の重荷を一緒に背負うのは当然でしょ? 背負いたいんだ、あたしが『生きる』為にも、ね? それにお互いの為になりそうだしね」
――長い沈黙。
「‥‥先生も、人に教える事は勉強になると言っていたからな――俺でいいならば、受けよう」
その言葉にパッと顔を輝かせる。
「だが、その師匠というのはやめてくれ。ガラではないだろう」
「そうでもないよ、師匠♪ それとさ、スキューバダイビングしてみたいんだ。水面を見上げるって感覚、味わってみたいな‥‥」
「それなら例の武器商人――おっと、表向きは貿易商人だったか。まあ、その団体御一行様が傭兵ならもれなく御大臣と言ってるから、それに混ざって参加してくれ」
琉の提案に、少々複雑そうな顔をし――わかったよと頷くのだった。
「じゃ、また後でね、師匠♪」
「ただいまー」
「ふむ、おかえりじゃな刃霧。散歩かや?」
食堂で1人、優雅に食後の薔薇茶を頂いている美具・ザム・ツバイ(
gc0857)が上機嫌な零奈に声をかけた。
「まあねー。さーご飯ご飯!」
「すいませーん」
零奈が食卓で手を合わせると同時に、玄関から誰かが声をあげている。それも大勢いる気配だ。
「はいはーい」
パタパタと海がエプロンで手を拭きながら、玄関に出向く。
玄関には、日野 竜彦(
gb6596)、クレミア・ストレイカー(
gb7450)、柚紀 美音(
gb8029)、恋・サンダーソン(
gc7095)、宇加美 煉(
gc6845)、樹・籐子(
gc0214)、アーレイ・バーグ(
gc8261)、リック・オルコット(
gc4548)ロシャーデ・ルーク(
gc1391)、ティームドラ(
gc4522)、ニーマント・ヘル(
gc6494)、ルーガ・バルハザード(
gc8043)、 エルレーン(
gc8086)、そしてルキアの14名で待っていた。
「ようこそ、遠路はるばるお越しいただき――」
「かわいい子発見!」
クレミアのいつもの悪癖が炸裂し、海をその胸に押しつけてグリグリさせている。
「かたっくるしー挨拶はいいからよ、適当に宿帳つけて部屋いこーぜ」
海がもがいている間に恋はさっさと記帳し、予約一覧から自分の部屋番号を勝手に調べ上げ、鍵を手に取って部屋へと向かう。
「あ、待ってくださいよ恋さん」
美音も記帳を済ませ、恋の後をついていく。
各々もどうしたものかと思っていたが、クレミアの魔の手からしばらく海が逃れられなさそうなのを感じ取り、次々と記帳しては部屋へと向かっていく。ティームドラとニーマントだけがじっと黙って、海が解放されるのを待つ。
「よく来たわね、クレミア」
スポーティーな紅いワンピース水着姿に車椅子のメイ・ニールセン(gz0477)が、弄り仲間のクレミアに声をかける。
「うん。メイとリズがここにっていうからさ――メール有難うね。心配かけちゃって本当にごめん」
つい先日、生死の境を彷徨ったクレミア――そんな彼女が一命を取り留めたと聞き、メイはメールしていたのだ。
「いいのよ。それにあたしの方も、さんざん心配かけちゃったし。心配かけてごめんね」
ニコリと微笑むと、それに応えるようにクレイアが微笑み返す――その一瞬の隙をついて海がクレミアの胸から逃れると、そそくさとメイの後ろに隠れてクレミアを睨み付け威嚇する。
「すみません、記帳のご確認お願いいたします」
ティームドラが丁寧に海に声をかけると、正気に返った海が慌てて自分の本来の仕事に戻る。
「さて。これからあたし、リハビリしに行く予定だったけど――クレミアも来た事だし、今日くらいなしにしようかな」
「ん、じゃあ荷物置いてくるわ」
記帳し、鍵を受け取ろうとしたが――。
「あ、ごめん。勝手に相部屋にしちゃったんだ。皆来るって言うからさ」
大部屋にメイの名前があり、クレミアや零奈、美具の名前も書いてあった。
「なんだとぅ。私の、名前が入ってないではないか、メイ」
いつの間にかクレミアの後ろにロイヤルブラックの艶無しフロックコート、ウェストコート、ズボンの3点セットに兎皮の黒帽子、コードバンでできた黒皮靴と革手袋にベルト、パールホワイトの立襟カフスシャツ、スカーレットのタイとチーフに古美術品なカフとタイピンと、やや夏の海にはそぐわぬ格好の男が立っていた。
「‥‥あんた、学会があるとかでとんぼ返りの予定でしょ」
「まあ冗談、だよ」
煙草を咥え微笑むUNKNOWN(
ga4276)。
「ところでメイ――」
しゃがむと、メイの足をさすり、軽く叩いたりなどしている――行動だけを見れば不審だが、全然いやらしさを感じさせない。医者のような手つきだからだろう。
「私は医者ではないのだけど、ね。医学も生理学も、興味があって覚えただけだが――腕力に頼りすぎているようだね。 予想より経過が良くない事くらい、わかる――もっと、手に頼らぬように。海に頼りなさい」
立ち上がったUNKNOWNは踵を返し、日差しの照りつける外へと出ていった。
「わかってるんだけどねぇ‥‥」
「心配無用じゃ、黒衣の旅人殿。そんな遅れなど、美具が巻き返してくれようぞ――というわけじゃ、メイ。
――エミタロストもしておらん奴が、楽隠居など100年早いわ! さあ、今日も特訓の開始じゃぞ。そなたに遊んでいる暇などないのじゃ!」
言うが早いか、白いワンピースにパレオ姿の美具がメイの車椅子を全力で押し、外へと向かう。その後をキャミソールにホットパンツの海が追いかける。
慌てて部屋で黄色地に黒い文字の入ったワンショルダーの2ピースに着替えたクレミアは、すでに食事を終え紅に白いラインのタンキニ姿に着替えていた零奈と共に後を追った――。
「心も鍛えるため! 多少オーバーワーク気味に組み替えたのじゃ!」
つい最近読んだ某ボクシング漫画に感化され、すっかりおやっさん気分な美具が吠える。厳しいようではあるが、彼女なりの友情の表れである。
「でもこれ――思うように前へと進みにくいわね‥‥」
両手を前で縛った状態で海に浮かび、脚を使わずに前へ進もうともがいてはみるものの、そうそう進めはしない。
「でしょー? まあ、だから脚を動かさなければいけない状況を――ゴフッ」
両腕を後ろ手に縛られて浮かんでいたメイの腹に、拳大の石が直撃する。
「さあ! 動くのじゃメイ! 立つんじゃ、メイ!」
「いくらなんでも危ないですよ、美具さん!」
傍らに立っていた海が、楽しそうに熱く燃え上がっている美具に注意する――と、その横には顔はそこそこ、身体はがっちりとした海パン姿の『名もなきナンパ男(以後ネームレス)』美具に何事か話しかけているが――メイに投石をする美具の耳には届いていないようで、歯牙にもかけない。
しばらくするとネームレスはすごすごと、砂浜へと向かって歩き出すのであった。
立ち上がったクレミアが美具に近寄り、手の紐をほどいてもらいながら先ほどのネームレスを話題に出す。
「さっきの男、誰だったの?」
「うん? 今ここに誰かおったかや?」
「あー! やっと見つけましたよ、みなさん」
岩場の陰からひょいっとリズ=マッケネン(gz0466)が顔を出す。
「リズ〜久し振りっ!」
リズをハグるクレミア。ちゃんと今度は息切れに追いやらない程度にがっちりと抱きしめ、胸に押しつけては頭にグリグリと頬ずりする。
「ふふふ、逃がさないわよ?」
「コラー! クレミア! あたしんだって言ってるでしょーが!」
浮かんだままのメイが声を張り上げるが、熱くなっているクレミアの耳には届かない。
「ん、リズさんがここに居るってことは、お嬢が到着してるって事かな? ダイビングの時間だね」
ずっと黙ってリハビリを見ていた零奈が腰を上げる。挨拶したっきり、一言も喋らずにいる零奈に不安を覚えたメイが声をかける。
「――大丈夫? 刃霧」
「うん、あたしは大丈夫だから、メイさんもリハビリ頑張ってね。何かあったら手伝うしさ」
不安を感じさせない、強い笑顔で、零奈は答えたのであった。
「海が綺麗ですね〜。来てよかったと思いませんか♪」
窓から海を眺めつつ、美音が扇風機の前を陣取っている恋に声をかける。
「あっち〜‥‥」
「それなら海に行きましょう! きっと涼しくなります♪」
部屋から動く気配を感じさせない恋を憂い、海へと誘う――そもそも誘ったのは自分なので、何とか楽しんでほしかったのだ。
「はぁ、海? いや、何でこのクソあちぃのに外出なきゃなんねーんだよ」
ぞんざいな恋――だが美音の潤んできそうな瞳をまっすぐ向けられると、弱い。
「‥‥ぁー、行きゃいーんだろ行きゃーよー」
立ち上がって水着を取り出すと、美音は満面の笑みで自分も水着に着替えると2人して海へと向かうのであった。
「2人で戦場以外行くのは少ない。今日はゆっくりしようや? コゼット」
ロシャーデと2人きりで皆から離れたところにシートとパラソルを設置するリック。2人の時は本名で呼ぶ事にしているのだ。
「ええ、オルコット君」
微笑みながらもシートに腰を下ろすロシャーデ。透き通るような白い肌に、白いビキニとパセオ姿の彼女が、リックには非常に眩しかった。
「――海も綺麗だが、ロシャーデの方が綺麗だ」
「何?」
「いや、水着姿のロシャーデも綺麗だなと思ってね」
「コゼット、でしょ? 2人きりの時は」
褒められたことよりも、名前を呼ばれなかったことに不満を感じたようで、口をとがらせるロシャーデ。
「おっと、すまないコゼット――とりあえず、準備は終わったか‥‥飲み物買ってきたらオイル塗ってあげるよ」
荷物をシートに降ろすと、サングラスを直してロシャーデを1人残し、買いに行く。手を振り、1人残されたロシャーデはゆったりと波を見ながら物思いに耽っていた。
(私の過去を思えば、こんな所でこうして好きな男性と共に過ごしている事は奇跡かしらね。‥‥それとも、好きな男性が出来たということからして、かしら)
好きな男性の顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれる。
「おっと、笑顔が素敵な君! 1人かね!」
通すがったネームレスが声をかけると、途端に無表情となり、一瞥してから、無視を決め込む――だが、何かしら反応があるとつけあがるのが、ナンパ男のサガ。
さんざんしつこく誘われ、ロシャーデも流石に鬱陶しくなってきた。
(‥‥少し鬱陶しいかしら。オルコット君が帰ってきてくれたら、渡りに船なのだけれど)
「‥‥やあ、見知らぬ人。俺の女に何か用かな?」
船がやってきた。ネームレスの首筋に指を引っ掛けているリック。
「こういう事だから、他を当たったほうが良いわ」
「悪い事は言わない。この場をすぐに立ち去るんだな。そうしないと‥‥どうなるか保証しないぞ?」
グッと、爪がネームレスの首に食い込む――すっかりサングラスの奥の瞳は、掃除屋としての『仕事の目』であった。
危険を察知し、一目散に逃げていく。
「‥‥変な事されてないか?」
「ありがとう。私は大丈夫よ」
2人の間に優しげな空気が流れる。
「さて、気を取り直して‥‥オイルを塗ろうか?」
「やはり若い頃に比べれば衰えが見られますな」
褌姿で準備運動をしているティームドラは己の筋肉を見てぼやく。到底95歳には見えない身体であるというのに、贅沢な話である。
「では私は少々潜ってきます――あなたも少し楽にするといいのです。せっかくの御主人のお心遣いなのですから」
「はい」
シュノーケルとゴーグルを装着し、海へと歩き出すティームドラ。そしてニーマントはする事もなく、ただブラブラと歩いているだけであった。
海辺でパラソルの下、ビーチソファーでカクテルを片手に専門書に読みふけっていたUNKNOWN。コートだけ脱いで、少し楽にしている。
目の端にティームドラを捕え、少しだけ本から目を離した。
「見事。老いたりと言えど、あの肉体――む、そろそろ。戻らねばならないね」
カクテルを傾け――空になったグラスと専門書を持って、1人、戻るのであった。
「くっくっく‥‥海はいいな! さあ行くぞ、エルレーン!」
自身の体型に自信のある、豹柄のセクシーなビキニ姿のルーガが砂浜で仁王立ちすると、その横を荷物を放ってはしゃぎながら海に駆け出すフリルワンピース(胸が若干貧相なのは置いといて)エルレーン。
「わあーい、海‥‥キレイだねえ! キレイだねえ!」
波打ち際ではしゃぐ愛弟子に目を細め、フッと笑うとパラソルを立て、ビーチチェアを広げると転がり、海と愛弟子を眺めて微笑みながらポツリと呟く。
「‥‥平和だ。この平穏な時が、ずっと続けば‥‥」
「美女の水着姿の眼福お礼と言うことで、揚げなど買ってもらえると喜ぶのです。ご馳走してもらう食べ物は自分で買うのより美味しいのですよぉ」
すでに焼きそばだなんだとずいぶん買い込んでいるツイストスリングショットに近い黒のモノキニを着た煉だが、以前依頼で少しお世話になった漁師に声をかけ、奢らせようとしていた。
栄養は全てここに吸収されているのではと思わざるを得ない凶悪兵器――自身の巨乳を最大限に利用して。
「し、しかたねぇなぁ」
「ありがとうございますなのです」
「君! そんな男よりも私はどうかね!」
ビシっとネームレスがポーズを決めて煉に声をかける――自身のその行動がモテない原因なのには気づいていない。
「一緒にお散歩とかするのでしょうかぁ?」
のへらんとした態度の煉――しかしその目は常に屋台の食べ物に向けられていて、これはダメだと瞬時に悟った彼は方向転換し、背後にいたパラソルの下で荷物を探っていた零奈に声をかける――ナンパした相手の前でナンパとは、いい度胸だ。
「君、私と共にひと夏の――」
「彼氏持ちなんだ、残念だったねぇ?」
荷物の中から「彼」の写真を見せる。彼氏持ちには手を出さない信条――というか、彼女にはならない女性を相手にする気はないだけだが――そんなわけで、泣きながら、優雅にビーチチェアで横になっている大柄ながらもグラマーな豹柄ビキニの女性に声をかける。
「きみぃ、1人なら私と遊ばないかね」
その言葉に豹柄ビキニの女性――ルーガは蒼い瞳をクワッと見開き、ネームレスの頭からつま先までねめつけると肩をがしっと掴み、ずいっと迫る。
「ほう、私に粉をかけようとは‥‥いい度胸だ! 貴様、名は? 職業は? 年収は? 趣味は? 家族構成は? 住まいは一戸建てかマンションか?」
一気にまくしたてる、がっつきすぎのルーガ先生。ネームレスは蛇を前にした蛙の如く、明らかに怯えていた。
「だいたい休日は何をしている? 理想の嫁に求める条件は?」
「る、ルーガぁ…その人、怯えてるよぉ」
「‥‥ぬっ。この程度で怯えるとは、片腹痛い――出直してこい!」
愛弟子の制止に冷静さを取り戻したルーガが恫喝すると、ネームレスはそそくさと退散し――再び戻ってくるとエルレーンの方に声をかける。
「助けてくれた君にお礼がしたい。どうかね、私と遊ばないかーい?」
「え? どうして? どうしてあなたと、私が遊ばなきゃいけないの?」
彼女の世界にはまだ『恋愛』が見えていない。故にごくごく自然に、無邪気ににっこりと笑って断れるのだ。
暖簾のような彼女――というよりは、さすがにものすごい形相のルーガが近くにいる以上、ここは危険と判断し脱兎の如く逃げていった。
「ほらほら〜♪ 楽しまなきゃ損ですよ」
波打ち際であまり色気の感じさせない黒い競泳水着のような水着を着て海にただ座ってるだけの恋に、ピンクの水玉フリルつきビキニの美音はパシャパシャと水をかける。
「わっぷ‥‥いい度胸だテメー!」
美音のような可愛らしいパシャパシャと違って、ドバシャーンと大量の水を投げかける。
不意の反撃に思わず後ろに転んでしまう美音。水飛沫をあげてド派手に倒れ込むと、慌てて恋が立ち上がるが、当人は楽しそうに笑っていた。
「――あ、ビーチバレーしましょう」
「ビーチバレーくれーなら付き合ってやんよ、手加減はしねーけどナ?」
恋が手を差し出し美音が掴んで立ち上がると、2人は砂浜でビーチバレーを始める。
「恋さんボールそっちそっち〜」
「つーか、まともな位置に返せよ!」
美音がそれなりに大きい胸を揺らし、見当違いの所にボールを返されるたびに、必死に恋はジャンピングレシーブで拾っている。とうとう拾いきれないほど遠くに飛ばされてしまい、走って追いかける。
「ついでにジュース買ってくっから、待ってろ〜」
1人残された美音。そこをハイエナが狙う。
「君、1人かねー? 一緒に夏の思い出を作ろう、ゼ!」
「なんですか‥‥? ええと、その‥‥」
押しに弱い美音はネームレスのぐいぐい食い込んでくるナンパに、たじろいでいた。
(ナンかちょっと目ぇ離したらナンパされてんな、美音のヤツ。しゃーねーから、助けってやっか)
「‥‥ン何してんだテメーは!」
ネームレスの側頭部に華麗なドロップキック。ヤバい勢いで何度も地面を転がって、やっと制止する。両手のジュースをこぼさないまま、ドロップキックを頭部に決めれるあたり、さすがは能力者であった。
ぐいっと美音の肩を抱き寄せる恋。
「コイツはボクんだから、さっさと他でも当たってこいよ」
突っ伏している屍が、かばっと起きあがり百合の気配を感じ取ると、がっくり肩を落とし、とぼとぼとどこかへ向う。
「オマエももーちょい言ってやれよなー」
「恋さんありがとう♪ やっぱり頼りになりますよ――それと、さっきの言葉って」
抱き寄せられたまま、ドキドキしながら頬を赤くしつつ問いかける美音。
「んぁ、さっきのボクのってヤツ? ふつーに割り込むよか面白そうっしょー」
その様子を、フロントは大きくカットされた大胆なハイレグTバックワンピースの籐子が、男達の視線を一手に集めながらうんうんと頷いていた。
「眼福眼福なのねー。暑い日差しの下で可愛い子を愛でるのは、人類における最高な快楽の一つよ! さあ、お姉ちゃんはナンパカムカム、年下大集合よー」
両手をあげ、視線にうっとりしつつも大声で宣言すると、男共が群がってくる――もちろん、ネームレスも。
「君‥‥私と‥‥イテテ、ひと夏の‥‥アフン」
並み居る猛者をかき分けれず、はじき出されたネームレスは砂浜に突っ伏し、1人涙するのであった。
潜水を楽しんだティームドラは、クロールで泳いでいた。すると1人の女性が後ろから追いつき、横に並んで追い越していく――白い水着姿の生嶋 凪(gz0497)だ。
(面白い。最近の若者にしてはなかなかやりますね‥‥ならば!)
彼はただのクロールから豪快なクロールに切り替えると、凪を猛追。
追われる凪は自分についてくる男に、ほくそ笑んでいた。
「かか、勝負じゃ!」
「やあ琉君。する事ないし熱いから、ロジーナいじらせてもらうよ」
「ああ、構わんが――熱くて当然なのではないか?」
この照りつける日差しの中、ルキアは長袖長ズボンのままであった。
「日焼けで赤くなるんだ」
「それなら私がオイルを塗ってあげよう!」
ネームレスが割り込み、冷ややかな視線をルキアは投げかけると、コインを取り出す。
「コイントスで表が出れば、きみの勝ち。ん、キス以上もOK。それ以外なら、かき氷とコーラね」
「いいだろう、勝負!」
こっそりと覚醒し、コインを海に放り投げる。これでは裏も表もわからない――わかったとしても今の運の高さで言えば裏に違いないだろうが。
「はい、それ以外。かき氷とサイダー、琉君の分も。ん、見苦しいイイワケしないよね?」
「ちくしょぉぉぉぉ!」
雄たけびをあげ、素直にパシられるネームレス。
「蒼さん、ミルさん達来たよ」
「わかった。今行く――ではな、ルキア」
「ん。がんばって」
「まったく、根性なしめが」
砂浜のパラソルの下、メイの後ろでどっかりと座っている美具がぶつくさ漏らす。
零奈が去った後すぐ、リハビリも切り上げてきたのだ。リズとのんびり話すために。
「リズもお喋りしている暇があったら一緒にダイエットなんかどうじゃ? ほれ、二の腕がたるんでおるわ」
リズの二の腕をつまんでみせると、リズは頬を膨らませて美具の二の腕の肉を掴み返そうとして――まったくつかめない。
「やー君達。誰でもいいから私と付き合わないかい」
懲りてはいないネームレスが突撃してきた。
「ごめんなさいね。先客がいるの」
「あたしも用がないわね」
クレミアとメイはあっさりと断る――視線がまさかの海とリズに向けられる。
「ねー君達――」
「――埋めるわよ」
メイが静かに一言を放つ――だが、恐ろしいほどの殺気が渦巻いていた。
「む?」
「なんですか、この殺気は」
恐ろしい殺気に、遠泳勝負を中断した2人――止まってしまえば、もはやそこで勝負は終わりである。
「‥‥ふむ、この勝負、引き分けじゃな」
それだけを残し、凪は戻っていく――残されたティームドラはざわめく血を押さえるためにも、再び泳ぎ始めるのであった。
ネタで仕込んだのか、囚人服風の水着のミル・バーウェン(gz0475)が砂浜に降り立つ。
「青い海! 白い雲! 夏! って感じがしますね!」
ビシっと海と雲を指さし、テンションの高い春夏秋冬 立花(
gc3009)がミルに並ぶ。水色のワンピース水着が実によく似合う。
「あの男、本当にナンパしていたのか‥‥」
ミル一行を出迎えた琉がぼそりと呟く。その横には零奈もいる。
「知り合いかね」
「たぶんな。名前は思い出せんが」
「つまり彼はネームレス――ネの字か」
ネの字は琉に気付き、メイから逃げるようにこちらへと駆け寄ってくる。
「やあ琉君。それと‥‥ないむねか」
挨拶ついでにナンパするつもりだったのだろうが、ネの字は頭を振り踵を返す。
立花の怒りを察したミルがはっしと立花を羽交い絞めにする。
「止めるな! 殴らせろー!」
「落ち着くのだ、会長!」
そんな2人の耳にさらにネの字の声が聞こえた。
「噂に聞くナイムネ2トップか――やれやれだね」
「会長!」
「同士!」
ミルと立花が左右に分かれると――2人の同時ラリアットが首を挟み込む。
「ぐほぉぉぉ!」
悲鳴を上げ、地面に倒れ伏すネの字。おまけで2人の肘が鳩尾に食い込んでいた――さしもの彼も、コンビネーション攻撃により完全に撃沈する。
「さてと、蒼。ボートを出したまえよ。さっそく行こうではないか」
「沈没船でも探しに行くのでしょうかぁ?」
ミルと琉を見かけ、煉がぶらっと現れる。
「ウェットスーツは壊れるので危険なのですよぉ」
「それは君が規格外だからだ」
目の前でファスナーが弾け飛ぶという偉業を見た事のある琉が、視線を逸らす。
「既製服が着られると言うのはいい事ですよねぇ。ではお邪魔しましたぁ」
ボートをポイントに止めると、立花が燦然と輝くCカード――それもPADIのDMカードだ。言ってしまえばプロの証明である。
「伊達にいいとこのお嬢様じゃないのさ私は! さぁ、カンパネラのイルカの異名がある私の力を教えてやろう! だから蒼さん、同士達は任せてください、とーう!」
あまりいい行為でもないが、勢いよく跳び込むハイテンションの立花。
「そこまでのはないが、我々もCカードはあるのだがね」
慣れた様子でミル達も続く。
「あまり任せるわけにもいかんが――初心者を重点的にみるとしようか」
琉は零奈とともに海へと潜る。
青く澄んだ海――珊瑚と珊瑚に住まうさまざまな色の魚達――上から差し込む太陽の光――地上では見られない幻想的な風景が広がる。
途中、イルカと戯れていた立花がイルカに海深くへ誘拐されたりもしたが、概ね平和な時間が流れた。
立花を琉が助けたあたりで皆がボートにあがると――満面の笑みを浮かべ目を輝かせた零奈が、琉の手を握ってぶんぶん振り回す。
「すっごい感動しちゃった! ライセンス欲しくなっちゃった♪ 蒼さん、ダイビングの師匠にもなってよ♪」
「なんかあっち盛り上がってるねぇ――大丈夫か会長」
「びっくりしたー」
ぜーぜーと肩で息をしていた。
皆が機材とスーツを脱いで、立花は休憩ついでに双眼鏡を覗き込んでいると――泳いでいる凪を発見した。
「‥‥あれは――すごい泳ぎだ! ちょっと同士、私が伊達に流形ボディじゃないって事を見せつけてくる!」
ボートから全力で跳んで、凪の元へと泳いでいく立花。
「うおぉぉぉ! 負けるかぁぁ!」
追いかける立花――だが横に並んだ時点で凪はさらに速度を上げ、立花は追いつけない――あまりボートから離れる訳にもいかず、早々に諦めて立花が止まると、凪も止まって振り返る。
「凄いですね‥‥あなたはまさかっ! 水泳のプロ! 師匠と呼ばせてください!」
一方的に弟子入り宣言をし握手をかわし、軽い自己紹介ののち立花はボートへと戻っていった。
「‥‥とぼけた者もおるものよのう」
「大丈夫でございますか」
「‥‥は!」
ニーマントに声をかけられ、目を覚ますネの字。起き上がると、いかついニーマントをじっくり観察し、確証を得た彼はヘラっと笑顔を向ける。
「君、私と共に遊ばないかね」
ニーマントの目が赤く輝き、さらに筋肉が隆起させると、指をぽきぽきと鳴らす。
「漢女メイドたる、あたしをナンパしようとはいい度胸ね。さぁ、いかなる口説きを行うのか」
「‥‥大胸筋がすばらしいではないか! 是非に見せて――おごわぁぁぁ!」
見せての時点で彼は見事なオクトパスホールドを極められ、再び撃沈する。
ニーマントが立ち去った後、胸と尻がとにかく強調された白のスリングショットのアーレイがしゃがんで声をかける。「大丈夫ですかー?」
「‥‥き、君。私と遊んでくれたまえ――」
「良いですよ? 今日は一緒に遊びましょうか。ボートなんてどうでしょう?」
がばっと起き上がるネの字。そこからの彼は天国であった。
腕を組まれては胸を押しつけられ、ボートに乗っては沖合で波のせいにして密着したり、倒れた拍子にたまたま手が胸の上だったり、唇が重なったりと、偶然が重なっていた――アーレイが内心ほくそ笑んでいるとは知らずに。
「さて、戻ってご飯にしましょうか?」
夕方、再び美具の指導の下リハビリをするしているメイ達。
「お邪魔しに来ましたぁ」
適当に人数分のかき氷と共にやってくる煉。少し人数より多いが、余れば彼女のものだ。
「だいたいご無事のようで何よりなのです。生きているだけでだいたいOKって手品の人も言っているのですからぁ」
海とリズによって海から引き揚げられたメイに、かき氷を渡す。
「何かあったら私以外の誰かが助けてくれると思うのです。私はか弱い人なのでご飯食べつつ応援していますがぁ」
「煉らしいわねぇ」
かき氷を一口。
「ここに居たのか‥‥少しは腹にたまるもの食べなよ。たこ焼きとか奢るからさ」
「それはいい案なのです」
朝からのんびりしていた海パンにパーカーの竜彦が提案し、とすっとメイの横に座る。
「というわけでケガ人の俺達はここで休ませてもらうので、いってらっしゃ〜い」
手をひらひらさせる――美具が人払いをしようとしていると察し――率先して皆を誘導する。
2人きりになるメイと竜彦。竜彦がいきなり切り出す。
「矢神からの遺言、聞きますか?」
「遺言‥‥?」
自分が聞いた最後の言葉は罪滅ぼしだ、までしかない。気になる。
「‥‥すまん‥‥と貴女に伝えてくれと」
短い一言――だがメイは十分理解したようだ。ごろっと横になり、腕で目を覆い隠す。
「――ネマは1人では生きて行けんがお前なら大丈夫だとか言いながら、しっかり気にしてたんじゃないの。いまさらあんたなんか、なんでもないってーの、ばぁか‥‥」
――訪れる沈黙。沈黙を破ったのはガラの悪い地元の男だった。
「朝から声かけてんのに無視してくれちゃった、髪結んでる彼女〜。ちょっと俺と一緒に向こうへ行こうぜぇ」
髪結んでる彼女――もちろんメイではない。そしてこの場にいるのは自分だけ。
「俺か!」
今朝から耳にするナンパは、自分に向けられていたものだとやっと今悟った。腕を掴まれ、無理やり立たされそうになる――つい最近かなりの深手を負ってしまったため、抵抗しようにも抵抗しきれない。
ゴガン!
メイが石を握りつぶすと、辺りが静まり返る。
「――空気読みなさい」
「はい、申し訳ありませんでした――」
そそくさと逃げていくガラの悪い男。むくりと起き上った目が少し赤いメイが、竜彦に声をかける。
「邪魔しない方が、よかったかしら?」
「別にそんな(男にナンパされてアーンな感じの)アバンチュール求めてないっての!」
「肩が凝るかですか? 凝りますよー重いですもん。なんでしたら胸持ってみます? 私はあそこの岩陰で2人きりになって遊びたいなーとか‥‥ダメです?」
いつもより小食で済ませたアーレイが、まさしく誘うような上目遣いで獲物を罠にかける。
もちろんネの字は2つ返事をし、2人は岩陰へと姿を消すのであった――
「感謝する。ずいぶんと手際がいいな」
「いえ、家令としてこの程度の事は出来て当たり前の事ですので」
もてなされる側のはずのティームドラとニーマントは、やはり動いている方が落ち着くと言う事で、バーベキューの準備を全て仕切っていた。
あいかわらず黙々と肉を食べる煉。女性陣(竜彦込み)はまとまっておしゃべりなどを楽しみ、合間合間に花火などしては食事に戻るなど自由に過ごしていた。
その様子を、籐子はうんうんと頷きながら満足げに眺めている。
ふと竜彦が夜空と赤い月を眺めて、ポツリと漏らす。
「これが終ったらまた戦いの毎日か‥‥」
竜彦が憂いている脇を通り抜け、つやっつやなアーレイが肉を片っ端からたいらげていく。
「今日はいっぱい運動したのでたくさん食べます!」
一通りがっついたかと思うと岩場で食後のデザートを頂いてくるのですと言い、それに籐子も便乗し2人は月夜の中岩場へと姿を消すのであった――。
「夜は静かなものだね」
ロシャーデと2人、人のいない離れの浜辺で過ごしているリック。
「みなと一緒でなくていいの?」
「こういう静かな時間は‥‥大切にしたいさね」
肩を寄せ合う2人。
「昼間は一人にして、ごめんね」
「いいのよ――綺麗なものね、星空というのは。とてもあそこで戦争をしているとは思えない‥‥ねぇオルコット君。
この戦争が終わったら――私と一緒になってくれないかしら?」
前触れもなく求婚する、ロシャーデ。リックが息を飲む。
「私は――もう、あなたがいない事は考えられないから‥‥答えは今でなくとも良い。考えてくれると、嬉しいわ」
そっと愛しき人に口づけをかわすリック。そして、力強く抱きしめ耳元で囁く。
「愛している、コゼット」
ほとんど明確な答え。ロシャーデはあふれ落ちる涙もそのままに、抱き返す。
「好きよ、オルコット君‥‥」
その言葉に、リックの目頭が熱くなる。
(愛する人と平和に過ごす一日。ああ、悪くない。前職を考えれば悪くない所か最高だ――こんな時間が長く続く事を切に願う)
「恋さんは、もう可愛いんだから〜。もうがまんできませんっ」
「‥‥オマエはさっきからドコを見てんだ、ドコを」
美音の視線は確実に少々残念な恋の胸に注がれていた。
「美音のテクで大きくしちゃいますよ〜ふふふふ、ほら、力を抜いて‥‥気持ちよくなってきたで――しょ?」
「おーきなお世話だっつーの! コラ、やめ、何処触って・‥‥い、いい加減に‥‥ヤメロつってんだろーがコラァ!」
浴場では美音が百合っ子全開で、髪を洗っている恋の後ろから胸を揉みしだいていると、恋のアッパーが顎を捉え、華麗に宙を舞う。
「よーしよーし、拳か、肘か、溜め凸ピンか?」
頭を流し終えた恋が、指をポキポキと鳴らしながら美音に詰め寄る。
「痛くてもイイ。恋さん可愛いんだもの♪」
「その心意気、よしよー」
油断したいたところを、籐子が恋を後ろから羽交い絞めにする。てっかてかの栄養満点な彼女に付け入る隙はなく、恋は抵抗を続けるが虚しい努力である。
「今のうちよー」
「りょうか〜い♪」
湯船につかりながらその様子を眺めているミル。
「何をしているというのだか‥‥」
「こんばんはぁ、ミルさん」
「ちぇりおー!」
突如現れた巨乳に手刀を振り下ろす。
「なんか言われなき暴力を受けた気がするのですよ」
風呂の主、煉が巨乳で手刀を弾き返しつつも文句を言う――ガラッと突如扉が開いてニーマントが入ってきた。
どこからどう見ても男性の彼女に、女湯は静まり返る――が、湯船に浸かった事でタオルで隠していた巨乳がお湯に浮かび上がり、再び女湯は賑わうのであった。
夜の海。
タキシードのティームドラは若き日の事を思い出していた――マッスルクルセイダーに所属、頂点に君臨。東部戦線にて戦場の兄貴と言われた事を――血がたぎる。
ばっとタキシードを脱ぎ捨て、褌姿になった彼は誰に見せるでもなくモストマスキュラーしながら、腹の底から重低音を響かせる。
「マッスルグローリィィィィ!」
「‥‥なんか聞こえた気がするわ」
「きっと気のせいよ、メイ」
メイの呟きに、横にいたクレミアが答える。大部屋で、メイ、リズ、クレミア、零奈、美具、立花、ルキア、海が床についていた。寝るにはずいぶん早くもあるが、それだけ消耗したと言う事なのだろう。
「次もこういう機会がくるといいわね」
「そうね。だからさ――死なないでね」
「そっちこそ」
メイの拳に拳を当て返す。
「おやすみ」
「ん、おやすみ」
翌朝。
朝一のフェリーに皆は乗り込んでいた。もう少しゆっくりしていたいが――戦場は待ってはくれない。
遠のいていく屋久島。立花は身を乗り出し、誰にでもなく虚空へと向かって叫んでいた。
「バイバイ、しっしょー!」
●後日談
「やあ琉君」
「あんたか――痩せたな?」
LHの食堂で再びネの字に会った琉。ネの字は随分と痩せ細った感じがする。
「う、うむ。もうね――ナンパはこりごりなのだよ」
「そうか。何があったか知らんが、苦労したのだな。お疲れ様だ」
何気ない琉のお疲れ様が、ネの字の心に響き――号泣して琉に抱き着く。
「ありがとう! ありがとう、琉君!」
わりと顔のいい2人が抱き合っている――その様子はしっかりと『それが好物な』女性陣によりカメラに収められ、高値で取引されたとか、怪しげな本が作られたとかとか。
真相は謎であるが、ネの字の夏は(ある意味人生も)こうして幕を閉じたのであった――。
『海だ!夏だ!ナンパだ! 終』