タイトル:【MO】とにかくお嬢をマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/24 13:18

●オープニング本文


●ノーマントン・元ネマの屋敷
「発見発見、と」
 ヒョイっとソファーの下の録音機を拾い上げる、UPCの軍服姿の白髪混じりの男、グレイ。
「私はこのシェルター計画の指揮官、楓門院 静紀と申します。短い間ですが、お見知りおきを」
「ふん‥‥シェルター計画というのは、実際何が目的なのだね?」
「よりよいヨリシロを作る為のものですよ。争わせると、実に効率が良いのです――ネマさん、そちらはクックタウン――いえ、私の居るシドニーに連れて行きますので、その間の時間稼ぎをお願いしていいでしょうか?」
「かしこまりました、楓門院様」
「こちらの方が、カルンバ駐屯地の内部へと手引きしてくれることでしょう。していただけないならば、それもまた運命なのでしょうが――悲しい結末ですね」
「‥‥わかったわよ」
「結構です。ではよろしく頼みました‥‥何か言いたそうですね?」
 ゴンッ
「人類‥‥なめ‥‥な、化‥‥」
「私は‥‥クロイドン‥‥タウンズヴィルに‥‥」
「‥‥まりました‥‥ごゆっくり‥‥」
 後半、声が小さくなって聞き取りにくくなったが、ヤバい敵がミルを連れてクロイドンとタウンズヴィル経由のシドニー行であることを理解したグレイ。
「おー、あったっスか」
 同じく軍服姿のちまっこいボマーが寄っていくと、グレイの表情がどんどん険しくなっていく。
「‥‥こいつはやべぇな」
 テープを取り出し、高速録音で複製すると、それをボマーに持たせる。
「ボマー、それを持って全速でカルンバに戻れ。バイク使えば、20分切れるな?」
「言うほど簡単じゃないっすよ、その数字。なんなんスか」
「いいから、行ってこい。お嬢とナイフの生死に関わりかねんからよ」
 グレイのその一言が、ボマーに火をつけ、ボマーは脱兎の如く駆け出したのであった。
「貨物船で待機してるシスターに連絡しとくが、効果はあるかどうか‥‥さて、俺はお嬢の方にまわるとするかねぇ――めんどうだが、我らの愛しい愛しい、雇い主様だしよ」

●クロイドン
「随分のんびりな旅だな‥‥小規模なシェルター、と言ったところか。ここは」
 豪華な一室のソファーに座り、腕組みをしているミル。その隣には楓門院が座っていた。
 誘拐された夜、ノーマントンからさほど離れていない町――クロイドンのシェルター内部、楓門院の部屋にいた2人。
「そうですね‥‥まあここはあまり優秀なところではありませんが――どこでどのような環境であれば、あなたのような変異種を生み出せるか、そのための実験ですね」
「変異種ねぇ‥‥」
 ポーチから大粒の飴を取出し、口に含み複雑な表情をしている。
「褒められているか、わからん表現だな」
「私としては最大級の賛辞のおつもりですよ――ああ、あなたとこうしてお話しするのは運命だったのかもしれません。私はあなたを、気に入りました」
 楓門院は悲愴をかもし出しながらも、実に楽しそうに笑う。
「ほう、それは素直に嬉しいお言葉だね。気に入りついでに、帰してもらえるとありがたいんだが」
「申し訳ございません」
「だろうな‥‥で、私のどこが気に入ったのかね」
 コロコロと飴を転がしながら、コーヒーをすする。
「ネマですらも、私がバグアと分かっただけで泣き叫びました――ですがあなたは、こうして私の隣で飴をなめ、コーヒーまですすっていらっしゃいます」
「おびえても仕方ないさ。殺す気になればほんとに一瞬だろうし、それでも殺さないのは十分に利用価値ありとみなされ、殺さない方が当面は得であると考えてるのだろう?」
 コーヒーに大量の砂糖を溶かし込み、かき混ぜる。
「ならおびえるだけ、損だ」
「‥‥本当に愉快な方ですね。損得で割りきれるものなのですか、人類は‥‥」
「いや、私は商人だからね。なんでも損得でモノを考える思考があるだけさ――それに、私も君が気に入った。ならおびえる理由はないさ」
 再びコーヒーをすすり――悲惨な顔をしてコーヒーを継ぎ足す。
「あら、私たちの味方をしてくれるのですか?」
「いいや、君らは紛れもなく敵だ。だが気に入るかどうかに敵味方もないのが、私の持論でね。そんなわけで今は、少々おしゃべりといこうじゃないか」
 それは本心だ――そう感じとれるほど、ミルの言葉には力があった。楓門院が、大きくため息をつく。
「‥‥本当に、あなたのような人類ばかりでなくて、よかったものです。我々の中でも稀な才能を感じさせます」
「私のような者ばかりだったら、先に人類が死滅しているさ。フフーン」
 ミルが笑い転げると、楓門院もおかしそうに笑っているのであった。

●ノーマントン
「なんだ、お前さんが部隊責任者か」
「なんだ貴様は。下士官がここに‥‥」
 グレイの顔を見るなり、責任者の顔が青ざめる。
「あ、あなたはもしかしてジ――」
 ゆるりと口をふさぐ。
「今はお嬢の私兵のグレイだ。それよりもこれを聞け。お嬢――バーウェン氏は現在タウンズヴィルに運ばれてる最中だ」
 先ほどのテープを聞かせ、ざっと説明する。
「比較的新しいタイヤ痕がクロイドンに向かって伸びていた。陸路ってことはだ――まだタウンズヴィルに着いちゃいねぇ。全軍でないにしろ、先回りさせろ」
「ですが、一日以上の遅れは‥‥」
「まっすぐ走れば、可能さ。通信車両すら走れる道だ、それなりの車でうちの優秀なドライバー様が飛ばせば、先回りできるだろ。俺含め少人数にはなるが、なあに傭兵連れてけば大丈夫」
 傭兵という言葉に軍としてのプライドが傷ついたのか、責任者が眉をひそめる。
「さっきのサイよりおっとろしいバグアの所に突っ込む命知らずは、軍にいないだろ。お前らは動いていたと示すために、ゆっくりでもいいから追いかけてこい。いいな?」
 サイキャノンの脅威を知った今、コクコクと素直に頷く責任者。
「どうしてあなたが、私兵なんかを‥‥」
 テントから去ろうとするグレイは立ち止まり、振り返って笑った。
「バグアに頭突きかます面白れぇ人間なんて、他にいねぇだろ?」

●タウンズヴィル郊外
「‥‥止まりなさい」
「ハッ」
 デラックスバンを止めさせ、後部シートから降りる楓門院。ミルは後部シートに座らせたままだ。
「‥‥ネマ、失敗しましたね。まあ、これも運命でしょうか」
 運転席と助手席にいた黒ずくめの強化人間が車から降り、2人とも両手に銃を構える。
 杖に手を添え、楓門院は土煙の方向をじっと眺めているのであった。

「見えた! あそこの場違いなデラックスバン! あのタイヤ痕だ!」
「了解です、グレイさん」
 運転席のドライブが冷静に答える。
 グレイが後部シートに振り返り、付いてきてくれた傭兵を一瞥する。
「いいか、今回の目的はあくまでお嬢の救出だ。準備も人数も足りない、お荷物も多い今の状況で倒そうなんざ考えるな。とにかくお嬢を救出し、乗せたら一目散に逃げる。これが任務だ。お嬢の命もかかってんだ、きっと弾んでくれるぜ?」

●参加者一覧

藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER

●リプレイ本文


「ところで、お嬢って誰ですか?」
 救出に手を貸してくれと言われ、思わず車に乗り込んでいた春夏秋冬 立花(gc3009)が基本的な事を質問する。
「ミル君の取り巻きが言うのだ。武器商人ミル・バーウェン君の事なのだろうね」
 くっくと笑いながらと肩をすくめる錦織・長郎(ga8268)の言葉に、立夏が大いに反応する。
「同士が捕まった? 助けないと!」
「奪還の、対象は‥‥武器商人さん?」
 同じく対象についての事をあまり知らなかったルノア・アラバスター(gb5133)が呟くと、窓際で煙草をふかしていた長谷川京一(gb5804)が補足する。
「見た目はあんたと同じくらいの歳だ。もっとも裏の世界を10年近く渡り歩いている、ある種の化物だがな」
「ふぅん、私と、同じ位の、方ですか‥‥」
 何を思うのかは分かりにくいルノア。1個、閃光手榴弾から中身を抜いている。
「化物じゃろうが、馬鹿者よ。助けだしたら何が何でも一発殴ってやるのじゃ」
 腕を組みながら、どことなくそわそわしている美具・ザム・ツバイ(gc0857)。誰の目にも心配でならない様子が窺える。
「心配しているなら心配していると、素直に言えばいいじゃないですか」
「やかましいわ、立夏。今美具がここにいる理由はノブレスオブリージュ――高貴たるものの務めじゃ」
 ほんの少し頬を赤くし、顔をそむける美具。立夏がクスリと笑う。
「おっと、そういえば言い忘れたがよ――楓門院とかいう婆さん、強化人間じゃなくバグアのようだぜ」
 お気楽に大事な事を告げるグレイ。車内の温度が一気に下がる。
「そういう肝心な事は、初めのうちに言うてもらいたいものよの」
 車内無線から、並走していた藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)が愚痴を漏らす。
「‥‥ああ、今日は死ぬにはいい日だ」
「縁起でもない事を言う出ない、長谷川殿」
 美具が肘で小突くと、吸い殻を捨て、もう1本咥え、火をつける京一。
「別に自殺志願って訳じゃないぜ? だが男にゃ、手前の安いプライドの為に命をはらなきゃならん日があるってだけだ」
「この際男女は関係ない。死力を尽くすのみじゃ」
 まったく実力も知れていないバグア相手に、人質をかすめ取らなければいけない――それがいかに困難で至難かは、誰もがわかっていた。
「カカ、その通りよの。彼の者を救いたい者がいる。我が命を賭けるにはそれで十分じゃ」
「くっくっくっ‥‥できれば情報収集の一環として詳しく相手と話したい処だが、次回以降とするね」
 事態と情景を考慮し、肩をすくめながら真デヴァステイターをチェックしている。
 話したい――その言葉で何かを閃いた立夏が皆に作戦の追加プランを申し出たのであった――。

 強化人間2人を楓門院静紀は、手で制する。
「待ちなさい。ほんの少々興味があります――見たところ軍ではないようですから、ミルさんに近しい者達かもしれません」
 命令に従い、構えを解く――その様子に余地ありと見たハマーは20メートルほど手前で停車し、傭兵達が降りてくる。ドアは開けっぱなしだ。
「お初にお目にかかります。私、楓門院静紀(ふうもんいんしずき)と申します。短い間でしょうけど、以後お見知りおきを」
 礼儀正しく頭を下げ、ただそこに佇んでいる。気配には敏感な傭兵達ですら、彼女に危険な気配がまるで感じられずにいた。
「名乗られたのなら、名乗りかえすのが礼儀じゃな。藍紗・T・ディートリヒじゃ、よろしく頼む」
「ふむ、高貴たるもの高潔であれ――美具・ザム・ツバイ、よろしくなのじゃよ」
 皆よりも前の位置にアスタロトから降り立つ藍紗と、その隣に、全身赤い鎧に身を包む美具が立つ。
「何を考えているかはだいたい察しがついてるよ。僕は錦織・長郎だね」
 眼鏡をクイッと直すふりをしながら、さりげなく強化人間の位置や仕草などを観察している抜け目のない長郎。
「‥‥ルノア・アラバスター」
 恥ずかしがるようなそぶりで短く自己紹介だけをすると、京一の後ろに身を隠してしまう――できる限り動きを悟られないよう、デラックスバンを凝視しながら。
「俺個人としては対話する気、0なんだが――長谷川京一、しがない元カメラマンさ」
 サングラスをずらして睨み付け、かけ直す。
 ドアの陰で閃光手榴弾のピンを抜き、レバーを押さえたまま猫手にした左手の中にすっぽりと収め、腰に当てて半身のままで楓門院の前に姿を現す立夏。
「はじめまして、春夏秋冬 立花です」
 挨拶する様に、右手の凄皇弐式を自分の額に当てる。
「えっと、同士ミルを返してくれませんか? そうしたらお互いに戦わなくて済むんですが」
「お断りいたします」
 予想通りの回答。
「彼女は我々バグアのよりよい未来のための、優秀な人材となってくれる事でしょう。これも運命なのです――できればあなた方もいじってみたいところですので、無抵抗で捕まっていただけませんか?」
「馬鹿な事を‥‥どうでもいい、おっぱじめるぞ」
 くだらないと言わんばかりに京一が、夜雀に矢を番える。サングラスの奥の瞳は、すでに翠色に薄く発光していた。
 強化人間達も再び銃を構える。立夏も安全レバーを解除。
 柄でドアのガラスをゆっくりと、数えるように叩き始める。
「そうですか。あっ、交渉の材料になるかわかりませんが――」
 突如藍紗が扇嵐で風を巻き上げ、楓門院達と傭兵の間に竜巻を発生させる。
 その直後、竜巻の陰から立夏が閃光手榴弾を投げつけた。
 強烈な閃光と炸裂音が辺りを包む。
 耳を押さえのたまう強化人間達。楓門院は目を閉じているだけで微動だにしない。
 目をつぶっていた長郎はサングラスに差し替え、薄く目を開き強化人間の足元に真デヴァステイターを撃ち込み、注意を惹きつける。
 京一も薄目のまま、車に近い強化人間の足を射抜く。それも何度も、だ。
「遠き者は音に聞け、近き者は目にも見よ。臆する心無くば来るがいい!」
 美具が咆えると、声を頼りに美具めがけ、発砲。だがいまさらそんな工夫もないただの銃撃が彼女に通じるはずもない。
 プロテクトシールドで護りを固める美具――その横をアスタロトにまたがった藍紗が全速で通り過ぎていく。
 アスタロトの前方がまばゆく輝き、光の翼を展開して楓門院に突撃する――が、その場から動く事無く突き出した杖一本で止める。
 だがその隙だけで十分。ルノアが皆の後ろから駆け出し、瞬時にミルの乗るデラックスバンに向かった。
 楓門院の視線がバンに向かう――と、押せないと判断した藍紗は着装と同時に後方へ飛び、視線を逸らしたその一瞬を狙い、朧月に兵破の矢を番って楓門院を射る。
 射抜く――その直前に、楓門院は杖で足に矢が刺さったままの強化人間をすくいあげ、盾にして防いだ。
「カカ、さすがに極悪非道じゃの」
 びしっと鉄扇で楓門院を指し、藍紗は両手に扇を構える。
 3人がほぼまとまった――そこに立夏が一瞬にして躍り出ると、子守歌を歌った――が、一瞬かくんと頭が垂れたが傷の痛みのせいかすぐに目を覚ます強化人間。楓門院はもとより効いていない。
「くっく、足止めには十分だね」
 ほとんど効果はなかったとはいえ、一瞬でも意識が飛んだのは事実。長郎が立夏を援護し、強化人間の腕を吹き飛ばす。
 ルノアがバンに到着したのを確認し、楓門院達の注意がこちらに向いていると判断した京一は、煙草で矢羽の一部を焼き、それを番えた。
「見せてやるよ、和弓の真骨頂って奴をな」
 まっすぐに強化人間めがけて伸びていく矢――その軌道が緩やかに途中から変化し、楓門院の顔へと跳んでいった。
「おや、変わったことができるものですねぇ」
 またも強化人間で矢を受け止め、にこりと笑う。当たり所がかなり悪かったのかすでに1人、強化人間は息絶えている。
「羽根のバランスと会の押し出しでな、矢は曲げられるんだよ――こんな具合にな!」
 次々とさまざまな軌道から楓門院を狙う、京一。時折強化人間にも狙いを定め、軌道を読ませない。
「カカ、やりおるわいのう」
 藍紗が矢の横を通り抜けて肉薄し、楓門院に一撃。その逆からも、バンの間に割り込む形で立夏が凄皇弐式を振るう。
 その同時攻撃で初めて楓門院は下がり、藍紗に杖の一突き――そこに美具が割り込み盾で防いだ。
「楓門院、貴様の敵は美具じゃ。よそ見していると死ぬぞ」
 十二分に気合の乗った美具が、不敵に笑う。
 強化人間の意識が楓門院に向き――その首に矢が刺さり、頭を真デヴァステイターが吹き飛ばす。
「油断大敵、だね」

 皆が楓門院達を相手にしている間に、バンへたどり着いたルノアが車内を確認する。
 ミルは後部シートで腹ばいで伏せていた。ロックはこちら側がかかっているかは不明だが、少なくとも楓門院の降りた側は開いている。
 ドアを開け、深紅の瞳のルノアがミルに声をかけた。
「大丈夫ですかミルさん」
「ああ、すまないね」
 こんな状況でも不敵に笑っているミルに、驚きを隠せないルノア。自分と同じくらいの歳、それも非能力者だというのに、この態度にはいささか度肝を抜かれる。
「私が守ります。走れますか?」
「うむ、幸いにして五体満足なのでね。問題ないよ」
 ずりずりと車から降りるミル。2人は車の陰から様子を伺い――強化人間が2人とも息絶えたのを確認すると、ルノアはミルの手を引き駆け出す。
「全力で車に向かってください。私が合わせます」
 ライオットシールドを構え、楓門院から庇うようにミルと並走するルノア――その前に楓門院が、いつの間にか立ち塞がっていた。
 ガゴォン!
 盾に衝撃が走り、ミルともども弾かれるルノア。
「くぅ‥‥」
 二撃目を振りかぶったところに、ルノアがケルベロスを抜き連射する――が、弾をことごとく払い落していく。
 しかしそれだけの間があれば長郎も京一も、楓門院を狙うには十分だった。
 発射と発砲、それと同時に振り返った楓門院がすべてを叩き落とす。
 藍紗、立夏が再び肉薄――する前に杖によって弾かれた立夏が藍紗ともども飛ばされる。
「うぐぅ!」
「ぬぅぅ」
「貴様の敵は美具じゃと言うたろうが!」
 そこに盾の紋章を己の身体に吸い込ませた美具が盾を構えたまま突撃し、楓門院が繰り出してくる杖を防いでみせる。一撃一撃は重いが、耐えられないレベルではない。
「ゆくのじゃ!」
 その声に立ち上がったルノアはミルの手を引き、ミルに合わせて全力で駆け出す。
 その間も楓門院の攻撃を凌いでいる、美具。
「ぬるい、ぬるいのう。もっと本気を出すのじゃよ」
「あら、そうですか‥‥では」
 それまで払うだけだった杖をまっすぐに構え、ギシリと杖を握りしめる音が響き――美具の盾めがけて貫くような突きを繰り出す。
 ゴォォォン!
「くぁ!」
 盾ごと身体を持っていかれる美具。地面に倒れ伏し、思わず盾を手放してしまった。
「あら、本気を出せとおっしゃったじゃありませんか?」
 倒れている美具に杖を振り下ろす。両腕でなんとかその一撃を受け止める――そこに閃光手榴弾が投げ込まれた。
 楓門院はカンッと撃ち返したが――フェイクだ。タイミングをずらしてルノアの投擲した閃光手榴弾が炸裂する。
「おまけじゃ!」
 炸裂に合わせ、美具も楓門院に投げつけ、盾を手に取って立ち上がる。
 辺りが閃光と轟音に支配される――その間に、ルノアとミルは車に乗り込み、確認した立夏、長郎も急ぎ乗り込んだ。
「おっす、お嬢。いつぞやの借りを返しにきたぜ? 釣りが出るならなにか面白い物でも奢ってくれ」
 窓からミルに声をかける京一。
「あーあー聞こえないなー」
 いつものようにふざけた態度のミルに苦笑し、荷台にひらりと乗り込む。
「それじゃとっととずらかろうか!」
 さらに閃光手榴弾を2つ投げつける京一――だがいい加減にしろと言わんばかりに楓門院はその2個を撃ち落し、地中深くにめり込ませる。
「まったく‥‥もう少し静かにしてもらいたいものです」
 前にいた楓門院が、いつの間にか藍紗と美具の後ろに立っていた。驚き振り返る2人。2人そろって杖でなぎ倒される。
「ちぃ‥‥俺が足止めする、さっさと行け!」
 荷台から飛び降り、矢をうちながら車を発進させる。
「それは‥‥我の役目じゃよ! 皆の者、引くがいい!」
 黄金に明滅する竜の紋章。藍紗が楓門院に肉薄し、これまでにない動きで鉄扇を振るう。
 全身全霊で楓門院の相手を果たす藍紗。楓門院は余裕があるものの、藍紗に目を奪われていた。
 ――そして紋章が霧散すると同時に藍紗は崩れ落ち、アスタロトは自動で除装され、バイク形態へと変化する。
 地面に横たわり、今にも飛びそうな意識の中、車が無事に出発したのを確認すると不敵な笑みを浮かべ、まだ死んでいない瞳で楓門院を睨み付ける。
「目的は達した‥‥我らの勝ちじゃ、煮るなり焼くなり好きにするが良い」
「させんがの」
 誰かが担ぎ上げてくれる。美具だ。
「カカ、お主も物好きよの‥‥では今少し無援の悪あがきに付き合ってもらおうか」
 あまり無事と言えない2人が、楓門院を睨み付けている――と、デラックスバンがこちらに向けて突進してきた。
「乗れ!」
 運転席の京一が叫ぶと、美具が力を振り絞り開きっぱなしの後部座席に飛び乗り、その場から逃走する。
「忘れ物ですよ」
 アスタロトを杖で打ち上げ、バンの屋根に上手く乗せ――静かにバンを見送った。
「なかなか、素材としてはいいものですね――さて仕方ありません、足で向かいますか‥‥」
 去っていく傭兵達に微笑むと、楓門院は1人、タウンズヴィルに向けて歩き出したのであった――。

 かなり距離を稼いだところで、一同はいったん停車する。そこでやっと緊張がほぐれ、立夏がミルに声をかけた。
「同士、大丈夫だった?」
「うむ、親切にしてもらったものだよ、会長」
「同士、会長?」
 2人のやりとりに首をかしげるルノアだが、グレイがちょいちょいと自分の胸を叩いていたので、なんとなく察した。
「それにしても、皆よく助けに来てくれた。感謝だね」
「こう見えても義理堅い性格なんだ。言ったろ? 借りは返すさ‥‥」
 京一が運転席から降りて煙草をふかしている。
「ならば今度は貸し1つじゃな。殴るのは勘弁してやろう」
 珍しくダメージが身体に沁みたのか、後部シートにもたれかかったまま動かない美具。その膝の上では精根尽き果てた藍紗が眠っている。
「くっくっく、相変わらず高くついてばかりだね」
 肩をすくめる長郎。
「まあその分、収穫はいろいろあったがね。小規模シェルターの事、楓門院の目的、居場所、それと女狐――ネマは洗脳されていない、と言う事だ」
「洗脳されてないのに、協力してるってのか? お嬢」
 グレイの言葉に頭を振る。
「いや、あれなりの抵抗だよ。考えが正しければネマ、君は私以上の馬鹿者だ――」
 オーストラリアの広い空を見上げ、ポツリと寂しそうにつぶやくミルであった――。

『【MO】とにかくお嬢を 終』