タイトル:【MO】人類をなめるなマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/10 21:11

●オープニング本文


●カルンバ駐屯地
「やあメイ。怪我は治ったかね?」
「‥‥なにか、厄介事かしら。お嬢」
 色々とミル・バーウェン(gz0475)を知っているメイ・ニールセン(gz0477)が嫌そうな顔をする。
「はっはっは、なあに簡単な護衛だよ。うんむ」

●ノーマン川・下流域
「お嬢、本当にこっから行くの?」
 モーターボートに座ったまま飴をなめているミルに、ボートを着水させているメイが疑問を投げかける。
「うむ。ここが最短ではあるからね」
 明るく朗らかに笑って見せるミル。ただし、もちろん腹の中はそんなに明るくもない。
(なにより、部隊で行く分には襲撃があってもおかしくないが、私とメイ、2人だけでならば恐らくはネマもすんなりと会ってくれるだろうしな)
 ぶつくさと鰐が出るとかぼやいているメイは放っておいて、ミルはこれから起こるであろう事を想定し、そればかりをずっと考えていた。

●ノーマントン・ネマの屋敷
「やあやあ、ここだけは別世界だね」
 以前訪れた時と違い無人となり、ほぼ廃墟と化しているノーマントン市街とはうって変わって、久しぶりに訪れたネマ・エージィーの屋敷は以前と変わらぬまま、美しい姿を保っていた。
 外では庭師が手入れをし、使用人たちがせわしなく動いている。まさしく、ここだけは何も変わっていなかった。不自然なほどに。
「‥‥いいから、さっさと要件済ませて帰りましょ」
 疲れた表情でずぶ濡れのメイ。6メートルサイズの鰐と戦い、クタクタであった。キメラでなくとも、水中で鰐とやりあって無事なあたりは高位な能力者ならではであった。
「うむ。そうだな」
 ズカズカと我が物顔で屋敷へと踏み込んでいくミル。使用人や執事の静止など、気にも留めない。むしろメイの方が常識的で、ごめんなさいねなどと謝りながら付いていく。
 突き進んでいくミル。そして紺のストライプのクラシックをまとった筋骨隆々な男が立っている部屋の前で、立ち止まる。
「矢神、ネマはいるかね? いや、いるね?」
「‥‥ああ。中で待っている」
 静かな男の声。チャッとドアを開け、ミルに入るよう促す。
 矢神を見てから表情の硬いメイの背中を1回叩き、それからミルは室内へと姿を消した。
 ドアを閉め、矢神が腕を組んで目を閉じると、メイはその横で壁に背を預ける。
 しばらくの沈黙の後、矢神が口を開く。
「‥‥暫くぶりだな」
 メイに反応はない。
「まだ、こだわっているのか。俺がネマを選んだ事を」
 沈黙。矢神がふうとため息を吐き、それから口を開くことはなかった。

「いらっしゃい、子狸さん」
 きらびやかな装飾の室内、黒革のソファーに深く腰を掛けている黒髪、褐色肌の美女が妖艶に笑う。
「失礼するよ、女狐」
 腕を組んで偉そうにふんぞり返るミルが、見下ろすような高圧的な態度で接する。
 2人の間に火花が飛び散っているのは、明白である。
「あいかわらずでなによりだ。シワの一つも増えないとは、さすが魔女だな」
「あら、それを言うならあなただって16とは思えない発育ぶりじゃない」
 ニッコリと、サバを読んでまで誤魔化していたミルの痛いところを突いてくる。
 口を開き、反論しそうになるが、それを押しとどめて咳払いひとつ。
「まあ、それはともかくだ‥‥こちらの方はどなたかね?」
 ミルに背を向けてソファーに座っている、和服姿の老女を顎で指し示す。
「私の上司にあたる方よ」
「ふむ、つまりはだね――」
 ミルがポーチの中に手を入れ、飴を取り出す――かと思えば拳銃を取り出し、老女の後頭部めがけて発砲していた。
「‥‥そういう失礼は、感心しないわね」
 いつの間にかミルの正面に立ち、ミルの首を左手でつかみ、右の掌で弾丸を受け止めていたネマ。その手には明らかにFFが。
「やはり、強化人間にされていたか。おかしいとは思っていたんだよ。君ほど優秀な人間が、先のないバグアに手を貸すなどね」
「先のない、ですか‥‥そうかもしれませんね。我々バグアの運命だったのでしょうか」
 ソファーから腰を上げ、立ち上がる老女――とそこへ。
 バン!
 ドアから一陣の風が飛び込んで、老女に一閃。
「‥‥惜しい強さです。この場に私がいなければ、逃げおおせたでしょうに」
 メイの全力で振るったナイフを、優雅に指でつまんでいる老女。初手に失敗したメイは、ミルの事もあり、ナイフから手を放して小さく両手を挙げた。その背後に矢神が立つ。
「私はこのシェルター計画の指揮官、楓門院 静紀と申します。短い間ですが、お見知りおきを」
「ふん‥‥シェルター計画というのは、実際何が目的なのだね?」
 人質でありながらもその態度を崩さないミルに、老女は近づく。
「よりよいヨリシロを作る為のものですよ。争わせると、実に効率が良いのです――ネマさん、そちらはクックタウン――いえ、私の居るシドニーに連れて行きますので、その間の時間稼ぎをお願いしていいでしょうか?」
「かしこまりました、楓門院様」
 ミルを覗き込み、かしずくネマの前にメイの背中を押して立たせる。
「こちらの方が、カルンバ駐屯地の内部へと手引きしてくれることでしょう。していただけないならば、それもまた運命なのでしょうが――悲しい結末ですね」
 ミルの胸に右手の爪を食い込ませる。笑顔を保っているミルではあるが、脂汗ばかりは誤魔化せない。
「‥‥わかったわよ」
「結構です。ではよろしく頼みました‥‥何か言いたそうですね?」
 楓門院がさらにミルに顔を近づけると、ゴンッとミルが頭突きをかまし、こっそりとソファーの下に何かを投げ込んでいた。
 顔のくっつきそうな距離で睨み付ける。
「人類をなめるな、化物」

 ミルとメイがノーマントンに向かった次の日の朝。
 ミルの部下はUPC軍に、状況的にではあるがバグアに捕まったと推測されるので救出してほしいと説明し、スポンサーでもあるミルに恩を売ろうとUPC軍は普段は重い腰をあげ、たった2人の救出にかなりの戦力を向かわせた。
 金の匂いを感じ取ったり、ミルやメイの安否を気遣った傭兵達も、その進軍に何名かついていった。
 広い陸路を行軍し、ノーマントンが目と鼻の先にある唯一の橋に差し掛かったころ、そいつは現れた。
 ドッドドッドドッドドッ!
 全長10メートルほどある『ソレ』は突撃し、数台の戦車を空高く舞い上げる。
 ドドドォンッ!
 空に舞い上がった戦車が閃光に包まれ、爆散。
 突撃してきた『ソレ』は巨大なサイの形をしており、その背中には長大な主砲が備わっている――レックスキャノンの亜種とも呼べるものであった。
「プ、プロトン砲だとぉっ? キメラじゃないのか!」
 かろうじて突撃に巻き込まれなかった兵士が、悲鳴に近い声を上げる。
「下がれ! あんなもの人間では相手にできん! 無謀すぎる!」
 戦車隊、歩兵、全てのUPC軍が後退する中、前に出る者達がいた。
 無謀に挑む――それが傭兵なのだ。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
御守 剣清(gb6210
27歳・♂・PN
日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
D‐58(gc7846
16歳・♀・HD
エリーゼ・アレクシア(gc8446
14歳・♀・PN

●リプレイ本文

「生体ワーム‥‥私は初めて会いますが‥‥大きいですね」
「ホント、でっかいねぇ‥‥助けに行くのに邪魔だから、さっさとくたばって欲しいもんだよ」
 ポツリと漏らす、エリーゼ・アレクシア(gc8446)に同意する、刃霧零奈(gc6291)。
「‥‥敵は強大ですが単機です。数の有利を活かせれば勝機はあると判断します」
 2人の言葉に、淡々とD‐58(gc7846)は告げる。
「レックスでも亀でもない、中途半端な存在ね‥‥だけど、両方の特性を持っているとも言えるわ」
 少し遠巻きに橋の惨状を見ていたケイ・リヒャルト(ga0598)が、冷静に分析する。
「こう正規軍が意気込んでる時、何かが起こるのってお約束だよね。敵を倒して人質を救出だけの簡単な任務って‥‥やっぱり、こういう事になるか」
 貫通弾を込め、装備のチェックをしながら日野 竜彦(gb6596)誰にともなくぼやいている。あえていうなら正規軍に、かもしれない。
「ふん、でかぶつめ。この美具様がかたづけてくれるわ。タンクだかダンプだか知らぬが、美具の前進を阻むとは身の程知らずめ」
 赤いネメアに身を包んだ美具・ザム・ツバイ(gc0857)が、腕組みをしながら『キャノン』を相手に不敵に笑う。
「そして、ミル殿もミル殿じゃ。敵地に乗り込むのにも腹心一人のお付という迂闊さは言語道断の仕儀。心情はわからんでもないが、到底看過は出来ぬ相談。再会したら折檻してやるのじゃよ」
「素直に心配してるって言えばいいのに」
 ぽつりと竜彦が洩らすが、美具は聞こえないフリをする。
「ミル・バーウェン‥‥。いえ、ただ顔を知っているというだけです――任務には関係ありません」
 表情こそ崩さないものの、自分に言い聞かせるように依頼に集中するD‐58は、アスタロトを装着し、エネルギーキャノンMk−2を両手に携える。
 ピッと吸い殻を投げ捨て、踏み潰す長谷川京一(gb5804)が、サイキャノンのはるか後方に目を向ける。
「死ぬにはいい日だ、と嘯くにはちと早いかね。借りたモンは返さねぇとな、待ってろよお嬢。
 にしても、即座に落さないあたりバグアも橋に未練ありか。なら気が変わる前に潰させてもらうかね」
「‥‥そうですね。うっすらと赤、か――さて、相手に遠慮はいらなそうですけど、問題は‥‥」
 御守 剣清(gb6210)が刀を抜き、橋の状態を遠目で確認して負担をかけるとヤバそうなところをざっとチェックし、皆に伝える。
「敵さんもそろそろしびれを切らしてきたかな。装備から分析するに、美具子は盾、エリーゼ・零奈・剣清は近接、俺・ケイが中近接、京一・D‐58が後方というところかな」
 橋の向こうのサイキャノンがしきりに足を踏み鳴らしているのを見ながら、リンドヴルムを装着し、各自の分野を把握、確認する竜彦。
「初手は任せて下さい。ここから届きます」
「なら、撃って1発プロトン砲を誘発させてから、次弾を撃たれる前にあたしが全力で踊らせてあげるわ」
 アラスカとエネルギーガンを抜き放ち、両腕を交差させる。
「ならそれと同時に、俺は視界を潰させてもらおう。それから盾のおでましだな」
「うむ、任せるがよい。一騎討ちで止めてみせようぞ――美具が足止めをしている間に皆で突撃じゃな」
 煙草を咥え夜雀に弾頭矢を番える京一の言葉に、美具はドンと胸を叩くと、竜彦が正面から見据えた。
「ああ、信頼してるよ‥‥あまり人の事は言えないけど、怪我するなよ」
「隊長殿、気遣いに感謝じゃよ」
 剣清が橋の右を指し示す。
「じゃ、俺とエリーゼさんはこっちまわりにしますか」
「ならあたしと日野さんは反対から、だね。身体が無駄に大きくて邪魔だねぇ‥‥即座に助けに行きたいんだから、さっさと死んで欲しいね‥‥♪」
 一瞬全身が真紅のオーラに包まれ、真紅の瞳をした零奈が妖艶な笑みを浮かべる。
 大まかな連携が決まった今、全員頷き、行動を開始した――。

「さて、固定砲塔なのか旋回砲塔なのかね?」
 プロトン砲に目を向け、京一が呟く。
「この一撃で見定めます」
 最大射程に入ると同時に、D−58はエネルギーキャノンを構え一直線にサイキャノンへ発射していた。
 太く長い閃光がサイキャノンに直撃するが、赤いフィールドによりほとんどが分散されてしまう――それと同時に、その背中の砲塔にエネルギーが収束される。
 ヒュドォォォォンン!
 プロトン砲がD‐58めがけて放たれるが、まっすぐしか撃てないのか大きく左に動いただけで、悠々と回避できていた。
 プロトン砲が放たれると同時に紅い瞳のケイが疾走し、自分の射程になるまで距離を詰める。
 次弾を撃つために、エネルギーが収束されている砲塔。だが遅い。
「先手必勝‥‥さあ悲鳴を聞かせて頂戴」
 相手がまばたきした一瞬の隙に、平行に構えたアラスカとエネルギーガンを同時に、それも一瞬のうちに撃てるだけの弾丸を砲口に向けて放っていた。
 ゴゴォォン!
 大きな音を立て、背中の砲身からエネルギーが噴き出して砲身がひしゃげる。
 サイが上体を起こし泣き叫ぶと、ケイは恍惚な表情で身を震わせ、ガトリングに持ち替え、牽制しながら横へと移動する。
 目を翠色に薄く発光させた京一が弓を天へと向けた。
「まずは目を奪わせてもらう!」
 上体を起こして上を向いたサイの片目に矢が刺さり、煙をまき散らす。とてもではないが、銃では狙えない角度である。むろん、弓であっても一点に曲射で宛てるというのはかなりの命中精度であった。
「火力じゃ銃には後れを取るがね、弓にはこう言った使い方もあるのさね」
 おまけに3本、放っておく。足場の代わりになる可能性もあるからには、なるべく刺しておきたい。
 辺り一帯が煙に包まれ、風で煙が流されると――煙の中から盾に赤い布をかぶせ、すっかりマタドール気分の美具が、眼帯の奥に青白い炎のオーラを吹き荒れさせて橋の中央にどっしりと立っていた。
「遠き者は音に聞け、近き者は目にも見よ。貴様と美具の一騎打ちじゃ。臆する心無くば来るがいい!」
 赤い布の効果か、言葉が通じたのか、単純に仁王咆哮のせいなのかもしれないが、すっかり興奮したサイが前足で地面をかき――全力で美具へと突進!
 戦車をも弾き飛ばすその突撃を、美具はプロテクトシールドで受け止め、輝いたその盾は、サイの巨体を逆に後退させる。
 地面には美具の足がめり込んでいる。だがそれだけで済んでしまうあたり、驚異的としか言いようがない。
 そこに後方からの閃光ががサイの顔に直撃し、大したダメージにはならなかったが、それでもひるませるには十分だった。
「今のうちに‥‥いくよぉ‥‥」
 駆け出していた4人。
 先に動いたのは脚に淡い光をまとった剣清と、目にも止まらぬ銀色の粒子をまとったエリーゼが少しタイミングをずらしサイの前足にまで到達。その勢いのまま、正面から足関節に一撃を加える。だが、正面からの一撃は皮膚を削るだけに過ぎなかった。
 すぐさまエリーゼは距離を置き、他の攻撃に対して備える。だが背中の火器はプロトン砲しかないようであった。
「攻撃方法は多彩ではなさそうですね」
「物理耐性が下がっているのにこれか‥‥硬いか、特殊だぞ、こいつは!」
 エリーゼと剣清の推測に、一拍おいて突撃してきた零奈が赤い唇をなめる。
「硬いと言っても、ここまでは‥‥ね♪ 足たたっ斬っちゃえば‥‥あは、歩けなくていたぶり放題ってね‥‥♪」
 躊躇なく接近し、真横を通り抜ける――と見せかけて薙刀で横一閃。膝関節の裏の皮膚に静を突き刺し、一瞬でもう一度突きを繰り出し、捻じってえぐる。深々と突き刺さった、静。
「さぁ大盤振る舞いだ、派手に持ってけ!」
 静とほぼ同じタイミングで、サイの側面に通常よりも速い京一の矢が次々と刺さり、何本かが煙をまき散らす。
「失礼」
 足元にスパークをまき散らし、竜彦が零奈の静の柄尻で蹴上がり、矢が刺さったままのサイの目に紅炎を突き立てる。
「デカくて硬くても、探せば隙間はあるもんだよな」
 紅炎を抜き、蹴って離れる竜彦。
「さあ、踊ってみせて‥‥」
 剣清が斬りつけた前足に、ケイがアラスカを集中放火させ着実にその膝を壊しにかかる。
 雄叫びをあげると、体にまとうFFを緑に変化させ、怒り狂ったサイは足元に群がる小さな生き物を踏み潰そうと、上体を起こす――そこにエネルギーキャノンが直撃し上体をさらに後方へと押し上げる。
「踏ませませんから」
 その隙を狙って、美具が後ろ足をがっちりと掴み、直立に近いままで動きを止めてみせる。
「今のうちじゃ!」
「さっすが美具さん♪」
 その言葉に真っ先に反応したのは零奈であった。
「耐性変化しているからな!」
 剣清の警告に零奈は静を地面に突き立て、風鳥を抜き放つと正面から下腹部に潜り込み、斬りつける。
 一撃、二撃、三撃、四撃――美しい軌跡はいつまでも輝いて残っていた。
 しかし斬りつけても効果が少ない事に気が付いた零奈。もしやと思い突き刺すと、深々と突き刺さりそこを横一文字に切り裂く。大量の血飛沫が、零奈を濡らす。
「あは、突き刺せば簡単に調理できるよ、こいつ」
「ッハ!」
 その言葉を確かめるように、鴉羽を残っている後ろ足に突き立てるエリーゼ。物理耐性が働いているわりには、比較的容易に突き刺さる。そして瞬時に手首を返し、斬り裂く。
 重い手ごたえ。ぱっくりと開いた傷口から血が噴き出し、エリーゼの白い肌を赤く染める。
 さすがに距離があり、零奈の呟きが聞こえなかった京一。だが問題はない。
「今は物理耐性っぽいな、なら次の手はっと」
 冷静に百鬼夜行に切り替え、矢を放つと、悠々刺さる。
「つまりは銃もよく効きそうだね」
 腕と脚にスパークをまとった竜彦が、直立に近いサイの体に刺さった矢を足場に駆け上がり、通り抜けざまに砲門の稼働部へクルメタルを放ち、さらに駆け上がって耳に押し当てて発砲。
 続けざまに剣清も駆け上がると、背中の砲門の稼働部――竜彦と同じ位置に刀を突き刺し、強引に斬り裂いてみせた。
「オレの無茶に付き合ってんだ、ヤワじゃねぇぞ、この刀は‥‥!」
 切り開いた傷口に全力で振りかぶり、刀を振り下ろす。返し刀でさらにもう一撃。
 砲塔どころか、肉を切り裂く感触。
 地上に竜彦と剣清が降り立つと、さすがの美具も堪えきれずに足から手を放す。
 3本の足、片目、片耳、背中と至る所から血を吹き出しているサイは、闇雲角を振り回し、突進を開始する。
 一旦距離を置く、傭兵達――だが、気が付いてしまった。優勢と判断した血気盛んなUPC軍の若手が、サイの先にいる事に。
 誰よりも早く動いたのは、エリーゼだった。そんな事態を想定していたからだ。
 一瞬にして前に躍り出ると、その一本角に鴉羽を突き立て切り落としてみせた――が、サイの勢いは止まらずに鼻面でエリーゼの体を軽々と弾き飛ばした。
「かはっ‥‥!」
 角で刺される事もないただの一撃だが、生身で受けるには十分重い一撃。呼吸が止まり、涙がにじみ出た。そして、空に舞い上がるエリーゼ。
 だが上を向いた事で、隙だらけのサイに悲劇が訪れる。
 開いた口に、両腕が突っ込まれる。
「たんと召し上がりなさい」
 ガンガンガンガンガンガン!
 ありったけの弾と光線が叩き込まれる。
 もんどりをうって、後退するサイ。
「鉛の飴玉のお味は如何?」
 クスリと笑い悠々とアラスカをリロードし、もう一歩踏み込んで血まみれの口腔内にアラスカを突っ込んでみせる。
「遠慮しなくても、まだあるわよ」
 再び発砲。物理耐性でも物理が効くとなると、遠慮なしに鉛玉をプレゼントするケイ。その表情は実に妖艶であった。
 その間、落下してきたエリーゼを京一が抱きとめる。
「す、すみません」
「放っておけばいいものを‥‥」
 逃げ帰っていく兵士の後姿を一瞥し、エリーゼを立たせる京一。
「守れたなら、守るべきなんです」
 ふらつき、足元のおぼつかないエリーゼに、地面に落ちていた鴉羽を渡す。
「‥‥まあ大事な感情だ。大切にするんだな」
 同僚が殺された時の事を思い出した京一が優しい言葉をかけ、矢を番える。
「ケイ・リヒャルト、長谷川京一、エリーゼ・アレクシア、横にそれてください」
 D‐58の言葉に反応する3人。
 3人が避けると、脚にスパークをまとったD‐58がサイの正面に現れ、口の中にその長大な武器を突っ込んで発射する。
 口の中が閃光で満たされ、己の体重も支えるのがやっとなサイは威力に押され、よろめき、弾かれる。
「鉛以外の味も、いいものですよ」
 少々ずれたことを口にする。
 すでに満身創痍、ぼろぼろのサイ。だが、その目からは決意のようなものが感じ取れた。
 その覚悟を感じ取った美具。 つい最近感じ取った、あの覚悟である。
「貴様と美具の一騎討ちじゃと言うたろうが! たわけめ!」
 橋の欄干に立った美具が赤い布を構え、叫ぶ。
 呼応し、雄たけびをあげ最後の突進。
 接触する直前――最初の一撃と違ってひらりと身をかわした美具。
 サイは止まれずに、橋の外へと跳んでいく――。
「弾けるだけ、弾くのじゃ!」
 その言葉にD‐58は腕をスパークさせありったけの練力を注ぎ込み、エネルギーキャノンを発射。
 突進の勢いも残っていたサイに閃光が直撃すると、はるか彼方へと押し運んでいく――。
 轟音と爆音、閃光と爆炎をまき散らせサイは木端微塵に爆発したのであった‥‥。

 煙草に火をつけ、煙を深く吸い――吐き出す。
「邪魔するって事は今来られちゃ不味いって事。なんとか間に合わせねぇとな」
「その前に、まずは死傷者の確認と立て直しだな」
 リンドブルムを除装し、髪を結い直している竜彦が再集結しつつある軍に目を向けていた。
「ですけど‥‥時間を取られた、か‥‥こりゃ」
「やはり、囮かいのう」
 剣清の呟きに、美具も薄々感じていた事を苦々しく吐き出す。
「増援もありませんでしたわ。重要ならば、もう少し戦力があってもよかったでしょうね」
「それじゃあミルさん達は‥‥」
 腕組みをし、さして関心もなさそうなケイに、思案顔のエリーゼ。
「‥‥もう、いない可能性が、濃厚」
 練力を大量消費し、除装してエネルギーキャノンを重そうに運んでいるD‐58。
「まあだろうなぁ」
 傭兵達の側に立っていた白髪交じりの兵士がぼやく。
「‥‥グレイ、お前さんもいたのか」
 ミルの私兵とも顔見知りな京一が、少々驚いていた。
「おお。今回は助かったぜ。だが、たぶん屋敷にはお嬢もメイもいない。でもま、何かしらの痕跡はあるだろうから、紛れたって訳だ。お嬢だしよ」
 ノーマントンに目を向け、グレイが続ける。
「勘だが、お前さんらは一刻も早く駐屯地に戻った方がいいかもな――じゃあな、ご苦労さん」

 傭兵達が生身でサイキャノンを落とした――その話はすぐにネマに伝わり、時間稼ぎの『時間稼ぎ』に失敗したのであった。