タイトル:あたしの特訓マスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/18 06:32

●オープニング本文


●オペレータールーム
「や、リズっち」
 オペレーターを辞め(引き継ぎ作業が終わってないので、厳密にはまだオペレーターでもあるが)無事にエミタ手術を終えて、フェンサーとなったメイ・ニールセン(gz0477)が、リズ=マッケネン(gz0466)に後ろから抱きしめる。
「こんにちは、メイさん」
 色々と経験し、抱きしめたくらいでは動じなくなったリズが抱きしめられながらも、仕事の手は休めない。
「ちょっとさー、この依頼なんだけど――」
 そう言うと、リズの手を押しのけて端末をいじり、作業を中断してひとつの依頼を画面に表示させる。
 村のはずれを根城にしている大型犬キメラ1頭、中型犬キメラ複数の退治という、ごくありふれた依頼だった。
 新人の傭兵や中位の傭兵あたりには、手ごろな依頼といえるだろう。
「これがなにか?」
「悪いんだけど、報酬上乗せであたしからの依頼と混ぜてほしいのよ」
 首をかしげるリズ。
「キメラ戦に慣れるためにこの依頼、あたし行くつもりしてるんだけど‥‥これにあたしからの依頼を一緒くたにしてほしいの」
「メイさんの依頼って、なんですか?」
 首を動かし、メイの横顔に問いかけ――治りかけの擦り傷だらけな事に目を丸くする。
「ど、どうしたんですか、その傷」
 指摘を受け、頬の傷をひとなでし、リズの前ではなかなか見せない苦々しい表情を作ってつぶやいた。
「あのオバサンめ‥‥」

●数日前・傭兵訓練場
 1人、もくもくと身体作りに励んでいるメイ。今さらここで訓練する傭兵などほとんどいないため、貸切である。
 そこに出発待ちで暇をしていたエカテリーナ・ジェコフ(gz0490)がぶらっと姿を現し、メイの姿を見るなり驚いた様子だった。
 エカテリーナの驚きは感じていたが、無視してナイフを取りだす――と、身体を少し横にずらす。
 立っていた位置横をペイント弾が通り過ぎ、壁を汚す。
「‥‥何の真似かしら?」
 ニヤニヤと銃を構えたままのエカテリーナに、メイは冷ややかに問いかける。
「顔は似てると思ったけどよ、まさかあの殲滅姉妹の『ナイフ』がオペレーターなんかやってるとはな」
「元、よ。今は傭兵になったわ――で、どちら様かしら?」
 危険な臭いを感じ取り、エカテリーナと正面から向き合う。
 凶相を浮かべ、銃にペイント弾を一発ずつ、ゆっくり詰めながら近づいてくる。
「覚えてねぇだろうなぁ。お前さんにとっては、数いる雑魚の1人だったろうからよぉ‥‥ま、昔世話になった事があるってだけだ」
「それのワリに、生きてるのね。仕留めそこなった相手なんて、そういなかったはずだけど?」
 ナイフを自然に構え、慣れないエミタに働きかけ、覚醒までしている。それほどまでに本能が、目の前の仲間を危険と訴えているのだ。
「悪運は強い方でね‥‥でよぉ、今暇なんだ。ちーっと遊んでくれねぇかな?」
 エカテリーナの髪が金色に輝き始める。
「‥‥新米傭兵に、稽古つけてくれるって事なら、歓迎するわ」
 目を細め腰を落とし、身を低くしてエカテリーナへと突撃する――。

「なんだ、今はこんなもんかよ‥‥つまんねぇ。これじゃ弱いモン苛めだ」
 無傷のエカテリーナが銃をしまうと、息を切らせて横たわっているメイを尻目に、声もかけることなく訓練場を後にしようと出口へ向かう――と、聞こえるような大きな声でつぶやいた。
「バケモンみてーだった殲滅姉妹も、もはや過去の話かよ」
 その言葉のみが静かな訓練場に響きわたり、再び静寂が訪れる。
 ――身体中、ペイント跡と擦り傷だらけのメイ。腕で目を覆い、ギリっと歯ぎしりひとつ。
「クソッたれ‥‥!」

●オペレータールーム
「メ、メイさんちょっと苦しいです‥‥」
 名前を呼ばれ、はっとする。
「ああ、ゴメンゴメン。ちょっと嫌な事思い出しちゃってね」
 力を緩め、リズの頭を撫でる。
「それで、依頼ってなんですか?」
 再び問いかけられ、メイは端末をいじり依頼見出しを打ち込むと、リズがそれを声に出して読んだ。
「あたしの特訓‥‥?」

●ブリーフィングルーム
「今のあたしはオペレーターじゃないけど、依頼主の1人として今回の説明をさせてもらうわ」
 汗をたらしながら笑顔のリズを後ろから抱きしめつつ、メイがそう切り出した。
「知ってる人は知ってるでしょうけど、あたしは今、傭兵になったわけね。この中には聞いた事ある人もいるかもだけど、暴力教会の殲滅姉妹なんて昔呼ばれてるから、戦闘経験は十分なつもりだったんだけど‥‥」
 何人かの傭兵は聞いたことがあるらしく、しきりに首を縦に振っていた。
「でも、やっぱり能力者の中では新米ね。ちょっと稽古つけてもらったけど、圧倒されちゃってさ。自信喪失というか、屈辱を食ったわけよ」
「あ、擦り傷はそれですか‥‥」
 メイの腕の擦り傷をなでながら、リズが泣きそうな、それでいて安堵したような表情をしているのが傭兵達にはわかるが、後ろから抱きしめているメイにはわからない。
「で、まず1つ。本来の依頼は、村に今はまだ被害はないが村のはずれを根城にしている大型犬なキメラ1匹と、取り巻きの中型犬キメラ複数の退治だけど、その大型とだけ、あたしは一対一でやりあいたいの。
 強さ的には、ややあたしが劣るかもしれないけど、非人間とやりあうコツを掴みたくてね。それで、取り巻きの方をみんなにお願いしたいのよ。もちろん、あたしがやられそうならサポートしてもらいたいけど、それ以外のサポートはとりあえず抜きでね」
 内容そのものはいたってシンプルなだけあって、うんうんと傭兵達は頷く。
「そしてもう1つ」
 ピシッと指を立てる。
「根城‥‥ま、今は廃村ね。依頼のあった村から徒歩で3日かかるみたいなんだけど、その間、あたしと戦って稽古つけてほしいのよ。戦い方とか、間合いとか参考にしたいからさ」
 その話も納得できるらしく、うんうんと頷く。
「日程や体力的に1日1人か2人、1人1回ずつくらいしかできないでしょうから、かなり本気でお相手願うわ。あたしの売りは学習能力だから、マジバトルであればあるほど、ありがたいわね」
 メイの理屈もわかるのか、やはりうんうんと頷く。
「で、報酬はちゃんとあたしからも上乗せして出すし、そうねぇ‥‥あたしに勝てたら、1回だけ言うこと聞くって特別報酬付ってのはどうかしら?」
 うんうん――と頷いていた傭兵達が特別報酬に色めきだって、一斉に立ち上がる。
「メ、メイさん、そんな報酬は認められませんよ!」
「なに言ってんのよ。あたし個人からの報酬だから、許可貰う必要ないもの――ま、依頼書には書けない報酬だけどさ。それに――」
 ざわついている傭兵達を一望し、メイは不敵に笑う。
「これくらいやる気になってもらわないと、特訓にならないもの。あたしも、負ける気はないからね」

●参加者一覧

鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
黒羽 風香(gc7712
17歳・♀・JG
布施川 逢介(gc7835
22歳・♂・JG

●リプレイ本文

●訓練・1日目
 地上へと降り立つメイ・ニールセン(gz0477)が、体をほぐすように伸ばす。
 刃霧零奈(gc6291)がメイの後に続き、鐘依 透(ga6282)、黒羽 風香(gc7712)、布施川 逢介(gc7835)が次々と降りてくる。
 村にはすでに黒木 敬介(gc5024)、月野 現(gc7488)の2名が待っていた。
 現がメイを見るなり声をかける。
「依頼で一緒になるのは初めてだな。宜しく頼む」
「よろしくね、月野。ま、依頼に出るのはあたしもこれが初めてだから、初めてなのも当然だわ」
 何度か面識があるかもしれない程度だったので、今回が正真正銘のエミタ傭兵としての初陣だとここではじめて理解した現。
「能力者としての初陣か、大切な一歩になるな」
 多くの事を学べるようにサポートしよう――そう決める現。
「そうなんだよねぇ。メイさん、能力者になっちゃったんだよねぇ‥‥まぁ、あたしで役に立てるなら、協力は惜しまないよ」
 メイと拳を突き合わせる。零奈とは友人関係にあるため、お互い、かなりフレンドリーである。
「で、またお前と一緒か‥‥」
 現が逢介を見るなりげんなりとしていた。
 その様子にメイがにっこりと笑い、皆の顔を順番に見て――敬介に目を止める。
 いまだ一言も喋らず、どことなく不機嫌そうな気配をメイは感じ取っていた。
「んー‥‥ゴメンみんな。ちょっと先に行っててくれるかな?」
 色々と察した一同は何も言わず、出発する。
 そしてもう一人、察して残っていた人物が1人。敬介である。
 メイは敬介に近づき、首に腕を回して身体を摺り寄せる。2人は何度か夜を共にし――そしてメイは彼に好意を伝えた事もある――が、そこまでの関係でしかない。
「あたしの特訓に付き合ってくれて嬉しいわ、黒木」
「‥‥ふぅん? まあいいけどさ」
 するりとメイの腕から逃れる敬介。彼の冷たい態度に、メイは訝しむ。
 メイに背を向けたまま敬介が語りかける。
「俺とは一刀勝負でいこうか、メイ。俺の一刀を凌いだら、メイの勝ちでいいよ。短い分、毎日勝負しようか。
 俺は手を抜かないけど、そうだね‥‥一つ言う事を聞くか――じゃ俺に1勝も出来なかったら、今の関係終わらせようか?」
 敬介の提案に、メイの表情が凍りつく。
「やる気、出るでしょ?」
  メイ自身に気に入らない事がいくつもあった、彼なりの警告である。
 そんな彼の目論見に気付いているのかわからないが、メイは眼光を鋭くし、構える。
 ふっと息を吐き、雷光を纏った敬介が腰の刀に手を添え――メイが動く。
 ――勝負は一瞬。
 踏み込んだメイの喉元に、敬介の切先が向けられていた。いつ抜いたのかさえも、メイには判別できなかった。
「‥‥これで、俺の1勝目だね」

 野営地に先についていた一同。透はテントを張っている。
 そして後からやってきたメイと敬介のただならぬ様子に、皆、声をかけるのを躊躇っていた。
 しかし、そんな空気も意に介さず零奈がメイに声をかける。
「さ、メイさん。今日はあたしが相手だよー‥‥どしたの?」
「‥‥なんでもないわ、刃霧――て、ナックル?」
 薙刀を出さずに、炎拳をハメている零奈を見て、思わず疑問が口に出るメイ。
「ん? 元来あたしはナックル系なんだよ。つまりこれが本気モードってね♪」
 一瞬真紅のオーラに包まれ、真紅の瞳をした零奈がニカっと笑って拳を構える。
 思わずメイも笑みを浮かべ腰を落とし、腰のナイフに手を添える。
 じりじりとお互い距離を詰め――同時に駆け出す。
 左を牽制に、右も織り交ぜて左右拳を繰り出す零奈。ギリギリかわせるように手を抜いているのため、メイはその拳をなんとか回避するばかりである。
 だが回避に専念しているうちにだいぶ慣れてきたのか、徐々に動作が小さくなっていく。
 そしてナイフ一閃。
 その一撃を零奈は拳で弾き、顔がくっつくほど密着した次の瞬間、メイの目に火花が飛び散った。ただの頭突きだったが、効果は抜群であった。
 まさかの一撃に反応しきれず、視力を失ったメイは両手を挙げて降参する。
「‥‥参ったわ。まさか能力者がSESのない攻撃をしてくるなんて」
「意外性を狙ってみました――まあ無茶苦茶な敵との戦いを想定って事でね」
 エカテリーナとの一戦を知っている零奈が、額をさすりながら微笑みかける。
「さって、あたしの勝ちだね。勝利報酬は‥‥日を改めての再戦。どうかな?」

●訓練・2日目
 早朝。野営地より少し離れたところで、再びメイと敬介は対峙していた。
 間合いを測り、なかなか動かないメイ――だが。
 敬介の一歩間合いを詰めた一刀に、またも反応しきれなかった。
「これで2勝。言っておくけど、能力者的にはメイの完全上位互換なんだから剣道三倍段の通り、ナイフに拘ったままなら勝てる要素は皆無だから」
 刀を収め、それ以上言葉をかけることもなく敬介は去って行く。

「さて2日目は俺の出番だな」
 訓練用SMGを手に、逢介がサングラスをかける。彼なりの本気を示す証である。
「メイちゃんの特訓で、俺も勉強させてもらうかね」
 無造作にポケットに入れたマガジンがはみ出しているのも構わず、逢介はSMGをメイに向ける。
「訓練用装備でぬるいと思われるかもしれねーが、女の子を傷つけるのは俺の主義に反するんでな!」
「‥‥別に、主義を否定するつもりはないわ。当たらなければ実弾も訓練弾も一緒だしね」
 いつものように腰を落とし、弾を警戒してナイフを抜く。今回は逢介に合わせて、訓練用のゴムナイフである。
 抜くと同時にメイは、逢介に向かって斜めに移動しながら距離を詰めようとする。
 メイを追って、横になぞるように逢介のSMGが火を噴く。
 しかしそんな事は昔から何度もあったので、慣れたもの。
 メイは緩急をつけ、体を左右に振りながらも小さくジグザグに移動する事で徐々に距離を詰めていく。
 その対処を見て、風香が感嘆の声を上げる。
「なるほど、こんなやり方もあるんですね」
「あれが本来の対処の仕方、というべきなんでしょうね」
 透がメイの足運びをじっと見て、学ぼうとしていた。
 当てる気が薄かったとはいえ、いともたやすく距離を詰められた逢介。撃ちつくし、取り出そうとしてポケットからマガジンが地面に転がり落ちる。
 そこを勝機と踏んだメイが一気に接近――そこで逢介が豪力発現させる。
「ふん!」
 全力での震脚。地面が揺らいだ――ような気がしてしまったのだろう。メイの足が止まってしまった。
「あいさーっと」
 足の止まったメイに組み付き力任せに押し倒し、地面に押さえつける。能力が拮抗している、もしくは相手のが強い場合、下になったメイはほぼ死に体であった。
「相手の武装を見て不用意に近づいちゃ、危ないぜ?」
「‥‥そのようね。ガンナーが銃を囮にするとは、参ったわ」
 サングラスを外して胸からぶら下げる。
「じゃま、勝利報酬はだ――個々の力も大事だけど、能力者は身内で協力してこそじゃね? つーわけで、またの機会に複数での模擬選でもやろうや」

●訓練・3日目
 この日もメイと敬介は向かい合っていたが、メイは一向に構えない。
「諦めるのかな?」
「‥‥違うわ。手の内を隠すだけよ」
 手を振り敬介を残し、今日はメイが立ち去った。残された敬介は肩をすくめ、野営地に戻るのであった。
 野営地に戻ると、透が待ち構えていた。
「今日は朝から特訓かしらね」
 塗料付魔剣レプリカと、塗料付ナイフを見て、メイが察する。
「ですね。昼過ぎにはキメラの巣ですから、元気なうちに特訓をと思いまして」
「ん、いいわね。確か体に15回ヒット、もしくは即死性の当たりで敗北だったかしら?」
 塗料付でお願いされた時、訓練の内容を少々聞いたメイがナイフを受け取りながら確認する。
「そうです。少々、体力を使いますでしょうけど、よろしくお願いします」
 右手に魔剣、左手に銃を携え、青い瞳の透がただ佇んでいる。
 定石通り、透の左側に回り込むように足を踏み出すと――メイは一気に魔剣の間合いに踏み込む。
 魔剣を横に一振り、身を低くしてかわしたメイが、足で足を払いにいく。
 メイの足払いの蹴り足を狙って魔剣を振るうが、蹴り足を地面に擦らせて止まると、今度はその足を移動の軸に反転。体をひねりつつ、ナイフで足を狙いに行く――が、後方に飛び退かれ空を切る。
 退きつつ、魔剣を振るう――と見せかけ発砲。だが低い位置から、斜めに弾けるように飛んで回避しながらも距離は縮めていく。
 首へナイフ一閃。
 急所の一撃を銃底で受け止め――次の瞬間には透はメイの前から消えていた。
 迅雷で背後にまわった透。しかし直感なのか、背後に踏み込み振り向きざまにナイフを振るう。
 ――そこが勝負の分かれ目であった。
 高速機動で動きを加速させたかと思えば、残像斬でナイフの一閃よりも早く、魔剣がメイの首筋にペイントをつけ、メイは吹き飛んでいく。
 地面に転がるメイ。
「すみません、大丈夫ですか」
「‥‥ちぇ、やっぱり負けか」
 自ら跳んで大部分の威力を流したメイが、首筋を抑えて起き上がる。無事を確認し、ほっと胸をなでおろす。
「‥‥条件が対等になった時に、またご教授願いたいと思います。それが僕の報酬ということで」
「ん、わかったわ――さあ、昼からキメラ退治ね」

「雑魚は雑魚らしく、邪魔しないようにね♪」
 薙刀を握る零奈が妖艶な笑みを浮かべ、中型犬キメラをばっさばっさと返り血も気にせず派手に斬り倒していく。
 風香と逢介が制圧射撃で足を止めている間に、敬介が斬り捨て、現が群れに突っ込んでは弾幕で犬達を縫いとめる間に、拳銃で牽制して距離を詰めては魔剣で叩き斬る透。
 当然の如く、圧倒的であった。
 一方、メイの方はというと。
 大型犬サイズのキメラは四肢から血を流し、満身創痍でメイに跳びかかり――喉を切り裂かれて絶命する。
「速度も意外性も工夫も思い切りも、全くないわ。出発前のあたしなら厳しかったけど、特訓効果ね」
 意外とあっけなく終わってしまった事に、全員は胸をなでおろしていた。

●訓練・4日目
「今日は俺の番だけど‥‥昨日の疲れもあるだろうし、まだ2人も控えてるんだし、やめておこうか」
 事実、メイの練力はかなり厳しいところまで来ていた。
「まあ‥‥無茶しないように、ね?」
 心配した零奈が声をかけ、結局その日は訓練することなく野営地を後にした。

●訓練・5日目
「本日は私ですね」
 ぺこりとお辞儀をし、風香が両手に銃を構える。
「よろしくね、風香」
 戦闘中でも少し見ていたため、風香の行動が読めたメイが躊躇することなく突進する。
 足元を狙っての制圧射撃に、ピンポイントショットを織り交ぜた的確な銃撃は見事ではある――が、これまでの特訓をこなしたメイには、回避しやすいものであった。
 迅速に距離を詰めきったメイ。
 距離を詰められたことで風香が右の銃を収め、小太刀を抜刀――が冷静に上へと流しながら、ナイフで絡め捕る。
 遠距離主体と見せかけて――逢介で学んだことだ。
 だが小太刀を奪ったことで油断が生じたのか、脚爪の一撃をナイフで防いだものの、距離を離されてしまった。
「ではこれならどうでしょう?」
 二挺の銃で二連射を連続して繰り出してくるが、構わず前に出るメイ――だったが、その背中に衝撃を受ける。跳弾である。
「背中が空いてますよ」
 勝負あったといわんばかりに、風香が銃を収める。
 背中にペイントを確認したメイが肩をすくめ、自身もナイフを収めた。
「そうですね、私からのお願いは――後日お茶でもしましょうか」

●訓練・最終日
「さてさて、最後は俺か。気乗りはしないんだがな」
 実戦で特訓することを望んでいない現が、声を大にして呟く。
 とはいえ、しっかりこれまでのメイの戦い方や成長を観察し、至極簡単な対処法を思いついてしまっていた。
「そんなこと言わないでよ」
 構えるメイ。仕方なしに構える現にメイはいきなり飛び込んだ。
 だが盾で容易に防ぎ、足元、喉元、腕、全ての斬撃を抑え込む。盾で弾けない分は腕で弾き落としと、有効打を与えない。
 しかし一方的にメイが攻めるばかりで、現はただ耐えるだけであった――が、徐々にメイの動きが鈍っている。連日の訓練により、予想以上に消費していた練力が底を尽きかけているのであった。
「持久戦ではこちらが有利だがどうする?」
「‥‥っく」
 メイが振り上げ――途端に、全身が重くなる。そのチャンスを逃さず、現が四肢挫きでメイを完全に抑え込んで地面に張り付ける。
「動けない的では勝負にならないな――1人では限界がある。だから、仲間を信じて戦うんだろ? 仲間と共に強くなれ」
 手を放し、立ち上がった現は寝そべったままのメイをそのままに村へと引き返す。
 少しの間横になったまま動かず、目を開けた時には敬介が覗き込んでいた。
「‥‥やめるかい?」
「冗談。正真正銘、最後の勝負よ」
 立ち上がり、少し間を広げ――構えずに自然体で立ち尽くすメイ。しかしその姿に、敬介は踏み込めずにいた。
(短期間でここまでの進化、か。なるほどね。だけどまだ‥‥)
 隙を窺っていた敬介。突如目の前にメイがいた。予備動作なしに加え、爆発的な速力で距離を縮めてたのである。
 メイのナイフが一閃――ピクリと反応していた敬介であったが、あえて動かず――喉元にナイフが突きつけられる。
「‥‥メイの勝――」
 敬介の言葉が言い終わらぬうちに、頬をメイの左拳がとらえていた――悔しそうに今にも泣きだしそうな表情のメイは、敬介を残して去って行ったのであった――。

●オペレータールーム
「メイさん、心配しましたよ」
 出迎えてくれたリズが、メイの傷を見て泣きそうな顔をしている。
「――私のためにメイさんが傷つくのは、辛いんです。ですから、また一緒に仕事しませんか? もう傭兵になりたいとか、言いませんから」
 リズの言葉で、メイははっと気が付く。初志を忘れかけていた事に。
「ごめんね、リズ。これからも心配かけちゃうけど、リズの護りたいものをあたしに護らせて。そして――あたしも仲間を信じ、護ってもらってリズの所に帰ってくるからさ」
 現の言葉を思い返し、抱きしめ、頭を撫でてリズの暖かさをしっかり感じていた。
(戦いが終わったら、リズの側にいよう。そして――あたしの一番大事な妹だって、伝えよう)

●敬介の部屋
「ふう‥‥今夜からまた寂しい夜か。まあそれだけだけど、さ」
 横になり、眠りにつこうとした時誰かが入ってきた。
「や、こんばんわ」
 メイであった。酒を片手に持っている。
「何驚いてんのよ。そういう関係はともかく、友達まで辞めた覚えはないわよ?」
「へぇ‥‥なにか吹っ切れたのかな」
「そうね。あたしにとって黒木は1番じゃないって、思い出しただけ。ま、これからもよろしくね。トモダチの黒木君?」

『あたしの特訓 終』