タイトル:彼女に言いたい事があるマスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/19 08:48

●オープニング本文


●高級ホテルの一室
 ゴロゴロゴロゴロ――ゴロゴロゴロゴロ――ゴロゴロゴロゴロ――
 銀髪の少女が、広いキングサイズのベッドを転がって往復していた。
「おー、お嬢が転がってる」
 ウェーブのかかった金髪の女性が、室内に入るなり、ベッドの上の珍事を見つけていた。
 だがそれを無視し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、豪華なデザインの椅子に腰掛けて、昼間だと言うのに酒を飲んでいる白髪の男の向かいに座った。
「何を悩んでるんです?」
 チラッとベッドの上の少女に目を向け、視線を横隣に座ってタバコを吹かしている鼻に傷のある男に向ける。
「さてね。何かを思い出せずにいるみたいだけどね」
「この前の傭兵絡みみたいだけどな」
 酒を呷っていた白髪の男が話しに入る。
「グレイさん、突撃して聞いてみてください」
「やだよ、めんどくせぇ。どうせあとで喋ってくるから、待ちゃあいいだろ。もしくはシスター、お前さんが聞けよ」
「聞きたくないから、聞かせようとしてるんじゃないですか。スカーさんでもいいですよ」
 ごほっとスカーと呼ばれた鼻に傷のある男が、咳き込む。
「嫌な事を人に任せるなって」
 突如、がばっと銀髪の少女――ミル・バーウェンが起き上がる。
「今度、海路で遠方への大量運送だったね」
「うーっす」
 スカーの返事にミルは枕に顔をうずめ、手足をバタバタさせ――再び顔を上げる。
「傭兵に護衛、依頼してもいいかな」
「ああ? そんな危険な航路はとらないって言ってたろ、お嬢」
 グレイが怪訝な表情を浮かべる。
「いやね、予定が詰まっちゃいそうだから、少し危険を顧みない航路を――」
「嘘だね」
 シスターがツッコミをいれた。その手には携帯ゲーム機が握られている。
「正直に話さないと、セーブデーター上から順に消してくよ」
「それはご勘弁を‥‥この前、興味が湧いてULT傭兵の名簿を入手したわけよ。そしたら、経歴とかからなんとなぁく知っていそうなのがチラホラいるわけだ」
「ま、お嬢は悪女ランカーだし、こっちの世界ではそれなりに有名で顔も広いから、いても不思議じゃないッスね」
「でも、思い出せないわけよ。知っておかないと色々ポカやりそうだし、どうにか知っておきたいところ」
 ベッドの上で胡坐をかいて、大玉の飴を包み紙から取り出し、口にほおりこむ。
「そこで、口実つけて依頼を出して直接話をしたい、という事ですか」
 シスターがゲーム機を開いて電源を入れると、ポチポチ、順々にセーブデーターを消していく。
「うむ、そういうことだ」
「なら手配してきますか」
 ゲーム機を閉じ立ち上がると、ミルにほおリ投げて踵を返し部屋を後にする。
 後にした部屋からは、悲痛な叫び声に愉快な笑い声が混じって廊下まで響いてきた。
 廊下を歩きつつ、シスターは悲鳴に破顔している。
「どうせバックアップはしてあるくせに、あれだけ騒げるってのも羨ましいわ――さて、メイももう退院して復帰してるでしょ」

●ブリーフィングルーム
「今回の任務は、護送だけど――表向きに近いと先に言っておくわ」
 普段柔和な笑みを浮かべているメイだが、今回はどことなく面白くなさそうな顔をし、ペラっと資料をめくって、溜息をひとつ。
「航路からして、襲ってくるキメラは『ヒトデ型』だけで、ごくたまに回転して飛んできては甲板に落下するくらいなので、拾って海に捨てるか、飛んでる最中に迎撃するか程度のお仕事です」
「能力者でなくてもいいじゃんか」
 傭兵がツッコミを入れる。
「そうね。本当の目的は――みんな、ミル・バーウェンの名前に心当たりはある?」
 ミル・バーウェン――その名前で、数人の傭兵が微かに反応を示すが、平静を装っている。
「彼女の目的は、彼女と昔なんらかの形で禍根や感謝を抱く傭兵と平和的に『お話』するつもりね。彼女に言いたい事がある傭兵を募集、と言ったところだわ」
 深々と溜息をつく、メイ。
「そして、今回はあたしも通信士として借り出される事になったわ。縁のある人間の1人として、ね――」
 珍しく遠い目をして悲しげな顔をしている。
「そんなわけだから、この話、乗り気じゃなければ断ってもらっても大丈夫。でももし話したいと言うのであれば、参加してね。以上です」

●参加者一覧

時雨・奏(ga4779
25歳・♂・PN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
群咲(ga9968
21歳・♀・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG

●リプレイ本文

「さてさて、今回はよろしく頼むよ。傭兵の諸君」
 甲板で仁王立ちのミルが堂々とふんぞり返っている。
 彼女の前には時雨・奏(ga4779)錦織・長郎(ga8268)群咲(ga9968)最上 憐(gb0002)キリル・シューキン(gb2765)長谷川京一(gb5804)の6人が並んでいた。
 彼らの表情は思い思いで、微かな敵意を感じさせるのはキリルただ1人くらいであった。
「前にも会うたな。わしは時雨や」
「錦織・長郎だ、宜しく頼むね」
「群咲でっす。よろしくー」
「‥‥ん。最上 憐だよ」
「――キリルだ」
 短くキリルが答えたあと、京一が一歩前に出る。
「長谷川京一だけど、憶えてねぇかな? 昔ゲリラにとっ捕まってたマヌケなカメラマンなんだが」
「カメラマン?」
 京一の問に、ふいとミルは白髪の男を見上げる。
 すると白髪の男はポッカと煙草の煙で輪を作り、思い出したように何度も頷いた。
「あーはいはい。支払い踏み倒そうとした馬鹿んトコを潰した時、縛られて床に転がされてたのがいたなぁ」
「ふむ‥‥似たような事あったしねぇ」
「いやはや、相変わらずのモテモテっぷりだね、お嬢。アサルトの時が俺で、他は知らないぜ――お嬢の幾手にゃ揉め事があったからな。追いかけてりゃいい絵が撮れたって訳だ。おかげでずいぶん稼がせてもらったよ」
 当時を思い出したのか、アゴに手をあてて笑っている京一。
「ま、その分危険もてんこ盛りで、お嬢の卸す武器のお陰で3回死に掛けて、4回命を助けられたがねぇ」
 本人は軽くケラケラと笑っているが、内容は軽い感じではない。だがミルにとっても命のやりとりが日常茶飯事なので、同じくケラケラと笑っていた。
「ダチが死んだ時はさすがに凹んだが、その時の治療でエミタ適性が見つかって、晴れて撮る側から撃つ側って寸法だよ」
「なるほどね。カメラが武器だった人間のその肉体こそが武器になったわけだ」
「そういうこった。お嬢にゃまだ命一個分の借りがあるからな。手が空いてりゃ出来る範囲で手伝うぜ」
 差し出された拳に、ミルも小さな拳を勢いよく合わせる。
「さて、こっちの自己紹介もしておこう。わかるとは思うが、私がミル・バーウェンで白髪のがグレイ、鼻に傷跡あるのがスカー、金髪巨乳がシスター、金髪貧乳がボマー、黒人がドライブだ」
 ミルの紹介に、彼女の部下たちが思い思いの挨拶をする。
「さて、まず少し打ち合わせがあるからまたあとで話そう。それまで自由にしていてくれたまえよ」
 シュタっと手を挙げ、その場を後にするミルであった。

 ――その場に残された傭兵達は話し合いの結果、本来の目的であるタンカーの護衛をクジ分けして二交代制でする事にした。
「しかし防衛する意味あるんか、このタンカー」
 時雨のぼやきに、キリルが薄く笑う。
「むしろ警戒すべきは中だろうな。アレは相当恨まれてるからな。私は不審物がないか、中を調べて回る」
(なるべくアレには会いたくないからな)
 返事も待たず、あまり人のこなさそうな地域を中心に、探索を開始するキリル。
 甲板では時雨と群咲はする事もなく、ただぼんやりと海を眺めていた。
 ――と、海から何かが飛び出し、それは回転しながらゆっくりと群咲めがけて、飛来してくる。
 当たる直前、手をコマのように回し、それを流して床に叩きつける――ヒトデだ。
「これが飛んでくるって言ってたヒトデキメラかぁ。これなら確かに傭兵でなくてもいいかも」
「あ、ヒトデ拾って籠に集めておいて。わしが纏めて『処分』するわ」
 差し出された籠に、群咲はヒトデを拾ってほおリ投げる。
「ここはわし1人でもええみたいやし、艦内見て回ってきてもええで」
 煙草を咥えながら、また飛んできたヒトデを拾っては籠に入れる。
「そっかー。じゃあ見てくるよ」
 元気よく艦内へと消えていった群咲と入れ替わるように、ミルが甲板に現れた。
「おや、1人? まあヒトデ相手には十分すぎる人数なんだけど――少しいいかね」
「かまへんで」
 ミルに飛んできたヒトデをキャッチし、籠に入れる。
「君は2年位前に傭兵以外の仕事をしていなかったかな? それも私の商売敵のところで」
「ああ、そうやで。まあ儲かったわ。傭兵の仕事もワリのええ仕事流してや」
 咥えたままだった煙草に火を点け、一息。
「そういえば当時、何故か秘密のお仕事が各方面にばれそうになって、一ヶ月は世界逃げ回ったんやよね。その後、戦場に紛れ込んだわけやが――」
 言葉を区切り、煙草を深く吸うとチラッと入り口に立っているスカーを見る。
「追って来た相手が偶然にも『事故死』して助かったわ‥‥アンタのとこのあの人元気ぃ?」
「ま、見ての通りさ。君は運がよかったんだねぇ」
 ニヤニヤと白々しいセリフを吐き、煙草に負けじと、棒状の飴を取り出して咥えてみせる。
「ほとぼり冷めて帰ってきたわけやが――なんでばれたんやろうな‥‥まあそれはええ。わし的にはお前さんに文句とか特に無いし。ここで10代の餓鬼1人に恨みつらみ述べて何の意味があるの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「なんのことやら、さっぱりさ。だがまあ、あれだ。秘密でも儲けすぎれば叩かれるって教訓だな。私は細々と稼がせてもらうよ」
 表情は変えないが、時雨はフーっと煙草の煙をミルに吹きかける。 
「文句が無いならそれに越した事はない。それでは頑張ってくれたまえ」
 煙を巻き、逃げるようにミルはその場を後にしたのだった。

「さてさて、お次はっと――ん?」
 通路を歩くミルの前方に、長郎とシスターがなにやら談笑している――かと思えば、軽い会釈をして2人は別れた。
「口説いていたのかね」
 長郎に近づき声をかけると、長郎はニタリと蛇を思わせる笑みを浮かべる。
「まあ、そんなものだね。見込みなさそうなので、早々に手を引かせてもらったが」
「うちのは趣味が戦闘っというのばかりだからね。恋愛的なものは期待しない方がいいさ――ところで君。確か元内閣調査室所属で、東京陥落時に補給担当していたらしいね?」
「ふむ‥‥経歴は調べたわけか。その通りだよ」
 くっくっくと、肩をすくめ笑う。
「バーウェン貿易のことはよく覚えているよ。民間人脱出援護の為に非正規人員を運用するにあたり、諜報組織預かりにしてたからね。その時の補給云々で頼ったわけだよ」
 眉をひそめながら、ガリガリと飴を噛み砕く。
「もしかして、その時私と話したかな」
「ああ、政府保証で前払いだからおいしい仕事で感謝感謝と、君は言ってたよ。僕自身も緊急かつ大量の要望に応えてもらえたから、感謝していると話したはずさ。くっくっくっ‥‥なるほど大きくなったものだねえ。年月はこうして経るものさ」
 肩をすくめる長郎。ミルも完全に思い出したらしく、ポンと手を打つ。
「そういえばあの時も、うちの親父殿の護衛を口説いていたっけね」
「そうだったかな?」
 しれっとしていたが、その瞳がだんだんと伏せられていく。
「ただね‥‥受け取った武器を渡した工作員一同は、ほとんど帰らぬ身になってしまってね。民間人の壁である事を強要した身の上であるとはいえ、心苦しいものさ。まあ、一部は今も生きているのは承知だし、東京も先年に奪還できたばかりであるがね――こうして縁が巡り合えたのだ、いずれ宜しく頼むね」
「うむ、縁があればこそだ」
 ニタリと笑みを浮かべ、会釈をして長郎は去っていったのだった。

 ひょっこりと厨房に顔を覗かせると、エプロン姿のスカーが丼にカレーを注いで、憐に手渡していた。
「なにやってんの」
「この子がカレーくれって言うから作ってみたんスけど‥‥これはもっと作っておかないとダメみたいっスね」
「見た目に反してすごい食欲なわけか‥‥ん?」
 小首をかしげる。
「もしかして昔、悪党街で迷子な上に馬鹿連中に絡まれていなかったか?」
「‥‥ん。そう。前に。お世話になったので。改めて。お礼と。挨拶に。来たよ」
 カレーを飲み干し、差し出す。
「ああ、覚えてる覚えてる。食材店や飲食店でチラホラ見かけてるなと思ったら、チンピラに絡まれていた子だ」
 差し出された丼にカレーをよそっているスカー。
「‥‥ん。でも。実は。私は。能力者だから。いざとなったら。全力で。逃げるから。大丈夫だよ?」
「ふむ、そうか。私のような真っ黒人間が歩く地域に不釣合いなはずなのに、妙に落ち着いているなと思ってたが、そういうことか」
 受け取った丼を即座に飲み干し、再びスカーに差し出す。
「‥‥ん。ミルが。どんな。人間でも。私は。お礼を。言いたいから。来た。それだけだよ。ありがとう」
 正面から素直にお礼を言われ、性根が悪党なミルがむず痒そうな顔をして照れた。
「ふうむ、私としては勘違いしてて恥ずかしーって場面なんだがな。お礼を言われたなら、素直に受け取ろうか。ありがとう。私は大食感ではないが、色々な料理を楽しみたいタイプでね。今度君を引き連れて料理店に行ってみたいものだよ」
「‥‥ん。連絡。待ってるよ」
 カレーを全てたいらげてしまい、魚肉ソーセージをもっしもっしと食べ続けている憐。心なしか嬉しそうな顔をしていた。
「それじゃ、また後でね」
 シュタっと会釈すると、厨房を後にしたのだった。

「あ、ミルさん。ちーっす」
 通路でばったり、群咲と出会う。
「ちょっと君に聞きたいんだが、昔親御さんと取引があったと思ったが?」
「なんで今さら?」
 群咲が小首をかしげる。
「いやあ、うちはもう完全に滅びちゃってるんで。バグアの襲撃で壊滅したんだよ」
「ほっほうそれはそれは‥‥まあ小規模組織だったしね」
「そうそう。チャカは扱ってもヤクは扱わない。フロは経営しても売り買いはしない。そんなヘンなプライドあったから小規模にならざるを得なくて、25人死んだだけで無くなっちった」
 軽くない話だが、本人はあっけらかんとしている。
「おかげで、自由を謳歌してるわけだけどね。まー今のあたしにゃ利用価値は無いよ」
「商売人として利用しようとは思っていないさ。ただ情報があやふやで、ハッキリさせたくてね。地域も地域だけに、色々手が出しにくくて‥‥」
 ミルが肩をすくめると、群咲も肩をすくめる。
「だよねぇ。でもまあ、お世話になりましたってとこ。巡り巡ってあたしの養育費とかになったんだろうし、小さな銃でも体力腕力の差をなくして、人を殺すには十分って事を子供の頃から実感できたし、なにより直接的にあたしの命を守ってくれたかもだから――」
 ペコリと頭を下げる。
「武器商人全体に対しては敬意があるよ――今は馬鹿力で勝負するようになってるけど‥‥」
 可愛い顔でぺロッと舌を出す。その舌に飴玉を乗せる。
「肝心なのは本人の力量さ。武器持った素人よりも、素手のプロの方が万倍怖いからね。傭兵として頼りにしてるよ」
「暇つぶしの相手にも、よろしくね」
 ボリボリと大粒の飴玉を噛み砕く群咲に手を振り、ミルは後にした。

「今まで出なかったから今日も出ないなんてのは甘えだろ」
 時雨の班と交代した京一が煙草を咥えながら、番天印を飛来するヒトデにあわせ、発砲。床に落ちたところをナイフで刺し、横の憐がキメラ調理セットで丸焼きにしている。
「‥‥ん。ヒトデの。丸焼き。丸焼き。待ってるだけで。飛んで来るので。楽で良いね」
 焼けた先からドンドンと食していく。
「‥‥ん。丸焼きも。飽きて来たので。後で。厨房に。押しかけて。調理して。貰おうかな」
「ヒトデ料理か〜。久しく食ってねぇな」
 今まさに丸焼きをかじりながら、思いをはせる京一。そこに時雨がやってくる。
「ん‥‥キメラでも喰えるか、よし! ヒトデの旬は2月から4月と聞いてたが、キメラでもそうなんかな。処分方法を変更して、わしが調理したるわ」
「‥‥ん。ヒトデも。調理。出来る?」
「おう、やったるさかい」
「そいつはありがたいねぇ。ところで、何しに来たんだ」
「いやな――中禁煙やん?」
 煙草を取り出すと、咥えて火をつけて美味そうに吹かす。
「最近はどこもかしこも禁煙でやんなるねぇ」

「やあ、ここにいたのか」
 1人、バーでソフトドリンクを飲んでいたキリルの隣に、ミルが座った。
「甲板にずっといなかったようだが?」
「不審物のチェックをな。お前と一緒の船に乗っているというだけで、船ごと海の底に沈められそうな気がしたのさ‥‥ふん、大方私の経歴でも入手したか?」
「ま、君のも、だね」
 オレンジジュースを自分で注ぎ、チビリと飲む。
 そんなミルのほうを見ようともしないで、グラスの中に語りかけるようにキリルがつぶやき始めた。
「ある紛争があった。泥沼化して肩入れした一方が武器を山ほど欲しがった。廃棄寸前の軍の小銃すらかき集めてさあ売ろうか、といったところで紛争が停止。残ったのは鉄くずにも等しいカラシニコフの山だ」
 黙って聞いていたミル。表情はいつものように口元に笑みを浮かべていて、何を考えているかはわからない。
 その態度が癪に障ったのか、キリルがキッとミルを睨みつける。
「お前だろ、西側に軽攻撃機なんて売ったのは! おかげで620万ルーブルの商談がご破算だ!」
「何かと思えば‥‥あの紛争は長く続けば世界に影響を及ぼす、それくらいはわかっていたのだろう? だから私が格安で終わらせた、ただそれだけさ」
 キイっと椅子を反転させ、降りる。
「恨むなら引き際を間違えた自分を恨んでくれたまえよ」
「別に。正直、お前を責められないさ。だから恨んでるって程でもないが‥‥傭兵に依頼を落として貢献でもしてろ。報酬がよければどんな危険なリクエストだって答えるとも」
「それはバッチリさ」
 その場を去ろうとしたミルの背に、キリルが声をかけた。
「‥‥ああ、そうだ。能力者の1人くらい雇ったらどうだ? 最近のヒットマンは強化人間さえいると聞くぞ」
「ご忠告ありがとう。適合者は1人いたんだけど、逃げられちゃってね。強化人間がいたらケツまくって逃げるさぁ」
 後ろ手に会釈し、バーの扉をくぐると――メイが壁に背を預けて立っていた。
「やあメイ――それとも、ナイフと呼ぶべきかな?」
「もう辞めたから、メイでいいのよ。それとも、戻って来いって言うのかしら?」
「いや――愉快そうな職場でなによりだ。ただそれだけだよ」

「ええと、コレは何かな?」
 夕食時、目の前の皿には姿がまんまでソテーされた、ヒトデが並んでいた。
「ええの揃うてたたから、ちょっと腕振るってみたで」
「いやそうではなくて、このまんまなやつは何かな‥‥」
「え? 何って毒見やで」
「‥‥文句は無いのではなかったのかね」
 隣で憐がドンドンと平らげている中、ツンツンとナイフでつついてみる。
「いや? クレームはつけんが個人的に憂さ晴らしはするで? 意味はわしの心の平和を勝ち取るために」
 時雨がしれっと肩をすくめる。
 うんうん唸っているミルに、傭兵達は笑うばかりであった――

『彼女に言いたい事がある 終』