●リプレイ本文
「さてさて、今回はよろしく頼むよ。傭兵の諸君」
甲板で仁王立ちのミルが堂々とふんぞり返っている。
彼女の前には時雨・奏(
ga4779)錦織・長郎(
ga8268)群咲(
ga9968)最上 憐(
gb0002)キリル・シューキン(
gb2765)長谷川京一(
gb5804)の6人が並んでいた。
彼らの表情は思い思いで、微かな敵意を感じさせるのはキリルただ1人くらいであった。
「前にも会うたな。わしは時雨や」
「錦織・長郎だ、宜しく頼むね」
「群咲でっす。よろしくー」
「‥‥ん。最上 憐だよ」
「――キリルだ」
短くキリルが答えたあと、京一が一歩前に出る。
「長谷川京一だけど、憶えてねぇかな? 昔ゲリラにとっ捕まってたマヌケなカメラマンなんだが」
「カメラマン?」
京一の問に、ふいとミルは白髪の男を見上げる。
すると白髪の男はポッカと煙草の煙で輪を作り、思い出したように何度も頷いた。
「あーはいはい。支払い踏み倒そうとした馬鹿んトコを潰した時、縛られて床に転がされてたのがいたなぁ」
「ふむ‥‥似たような事あったしねぇ」
「いやはや、相変わらずのモテモテっぷりだね、お嬢。アサルトの時が俺で、他は知らないぜ――お嬢の幾手にゃ揉め事があったからな。追いかけてりゃいい絵が撮れたって訳だ。おかげでずいぶん稼がせてもらったよ」
当時を思い出したのか、アゴに手をあてて笑っている京一。
「ま、その分危険もてんこ盛りで、お嬢の卸す武器のお陰で3回死に掛けて、4回命を助けられたがねぇ」
本人は軽くケラケラと笑っているが、内容は軽い感じではない。だがミルにとっても命のやりとりが日常茶飯事なので、同じくケラケラと笑っていた。
「ダチが死んだ時はさすがに凹んだが、その時の治療でエミタ適性が見つかって、晴れて撮る側から撃つ側って寸法だよ」
「なるほどね。カメラが武器だった人間のその肉体こそが武器になったわけだ」
「そういうこった。お嬢にゃまだ命一個分の借りがあるからな。手が空いてりゃ出来る範囲で手伝うぜ」
差し出された拳に、ミルも小さな拳を勢いよく合わせる。
「さて、こっちの自己紹介もしておこう。わかるとは思うが、私がミル・バーウェンで白髪のがグレイ、鼻に傷跡あるのがスカー、金髪巨乳がシスター、金髪貧乳がボマー、黒人がドライブだ」
ミルの紹介に、彼女の部下たちが思い思いの挨拶をする。
「さて、まず少し打ち合わせがあるからまたあとで話そう。それまで自由にしていてくれたまえよ」
シュタっと手を挙げ、その場を後にするミルであった。
――その場に残された傭兵達は話し合いの結果、本来の目的であるタンカーの護衛をクジ分けして二交代制でする事にした。
「しかし防衛する意味あるんか、このタンカー」
時雨のぼやきに、キリルが薄く笑う。
「むしろ警戒すべきは中だろうな。アレは相当恨まれてるからな。私は不審物がないか、中を調べて回る」
(なるべくアレには会いたくないからな)
返事も待たず、あまり人のこなさそうな地域を中心に、探索を開始するキリル。
甲板では時雨と群咲はする事もなく、ただぼんやりと海を眺めていた。
――と、海から何かが飛び出し、それは回転しながらゆっくりと群咲めがけて、飛来してくる。
当たる直前、手をコマのように回し、それを流して床に叩きつける――ヒトデだ。
「これが飛んでくるって言ってたヒトデキメラかぁ。これなら確かに傭兵でなくてもいいかも」
「あ、ヒトデ拾って籠に集めておいて。わしが纏めて『処分』するわ」
差し出された籠に、群咲はヒトデを拾ってほおリ投げる。
「ここはわし1人でもええみたいやし、艦内見て回ってきてもええで」
煙草を咥えながら、また飛んできたヒトデを拾っては籠に入れる。
「そっかー。じゃあ見てくるよ」
元気よく艦内へと消えていった群咲と入れ替わるように、ミルが甲板に現れた。
「おや、1人? まあヒトデ相手には十分すぎる人数なんだけど――少しいいかね」
「かまへんで」
ミルに飛んできたヒトデをキャッチし、籠に入れる。
「君は2年位前に傭兵以外の仕事をしていなかったかな? それも私の商売敵のところで」
「ああ、そうやで。まあ儲かったわ。傭兵の仕事もワリのええ仕事流してや」
咥えたままだった煙草に火を点け、一息。
「そういえば当時、何故か秘密のお仕事が各方面にばれそうになって、一ヶ月は世界逃げ回ったんやよね。その後、戦場に紛れ込んだわけやが――」
言葉を区切り、煙草を深く吸うとチラッと入り口に立っているスカーを見る。
「追って来た相手が偶然にも『事故死』して助かったわ‥‥アンタのとこのあの人元気ぃ?」
「ま、見ての通りさ。君は運がよかったんだねぇ」
ニヤニヤと白々しいセリフを吐き、煙草に負けじと、棒状の飴を取り出して咥えてみせる。
「ほとぼり冷めて帰ってきたわけやが――なんでばれたんやろうな‥‥まあそれはええ。わし的にはお前さんに文句とか特に無いし。ここで10代の餓鬼1人に恨みつらみ述べて何の意味があるの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「なんのことやら、さっぱりさ。だがまあ、あれだ。秘密でも儲けすぎれば叩かれるって教訓だな。私は細々と稼がせてもらうよ」
表情は変えないが、時雨はフーっと煙草の煙をミルに吹きかける。
「文句が無いならそれに越した事はない。それでは頑張ってくれたまえ」
煙を巻き、逃げるようにミルはその場を後にしたのだった。
「さてさて、お次はっと――ん?」
通路を歩くミルの前方に、長郎とシスターがなにやら談笑している――かと思えば、軽い会釈をして2人は別れた。
「口説いていたのかね」
長郎に近づき声をかけると、長郎はニタリと蛇を思わせる笑みを浮かべる。
「まあ、そんなものだね。見込みなさそうなので、早々に手を引かせてもらったが」
「うちのは趣味が戦闘っというのばかりだからね。恋愛的なものは期待しない方がいいさ――ところで君。確か元内閣調査室所属で、東京陥落時に補給担当していたらしいね?」
「ふむ‥‥経歴は調べたわけか。その通りだよ」
くっくっくと、肩をすくめ笑う。
「バーウェン貿易のことはよく覚えているよ。民間人脱出援護の為に非正規人員を運用するにあたり、諜報組織預かりにしてたからね。その時の補給云々で頼ったわけだよ」
眉をひそめながら、ガリガリと飴を噛み砕く。
「もしかして、その時私と話したかな」
「ああ、政府保証で前払いだからおいしい仕事で感謝感謝と、君は言ってたよ。僕自身も緊急かつ大量の要望に応えてもらえたから、感謝していると話したはずさ。くっくっくっ‥‥なるほど大きくなったものだねえ。年月はこうして経るものさ」
肩をすくめる長郎。ミルも完全に思い出したらしく、ポンと手を打つ。
「そういえばあの時も、うちの親父殿の護衛を口説いていたっけね」
「そうだったかな?」
しれっとしていたが、その瞳がだんだんと伏せられていく。
「ただね‥‥受け取った武器を渡した工作員一同は、ほとんど帰らぬ身になってしまってね。民間人の壁である事を強要した身の上であるとはいえ、心苦しいものさ。まあ、一部は今も生きているのは承知だし、東京も先年に奪還できたばかりであるがね――こうして縁が巡り合えたのだ、いずれ宜しく頼むね」
「うむ、縁があればこそだ」
ニタリと笑みを浮かべ、会釈をして長郎は去っていったのだった。
ひょっこりと厨房に顔を覗かせると、エプロン姿のスカーが丼にカレーを注いで、憐に手渡していた。
「なにやってんの」
「この子がカレーくれって言うから作ってみたんスけど‥‥これはもっと作っておかないとダメみたいっスね」
「見た目に反してすごい食欲なわけか‥‥ん?」
小首をかしげる。
「もしかして昔、悪党街で迷子な上に馬鹿連中に絡まれていなかったか?」
「‥‥ん。そう。前に。お世話になったので。改めて。お礼と。挨拶に。来たよ」
カレーを飲み干し、差し出す。
「ああ、覚えてる覚えてる。食材店や飲食店でチラホラ見かけてるなと思ったら、チンピラに絡まれていた子だ」
差し出された丼にカレーをよそっているスカー。
「‥‥ん。でも。実は。私は。能力者だから。いざとなったら。全力で。逃げるから。大丈夫だよ?」
「ふむ、そうか。私のような真っ黒人間が歩く地域に不釣合いなはずなのに、妙に落ち着いているなと思ってたが、そういうことか」
受け取った丼を即座に飲み干し、再びスカーに差し出す。
「‥‥ん。ミルが。どんな。人間でも。私は。お礼を。言いたいから。来た。それだけだよ。ありがとう」
正面から素直にお礼を言われ、性根が悪党なミルがむず痒そうな顔をして照れた。
「ふうむ、私としては勘違いしてて恥ずかしーって場面なんだがな。お礼を言われたなら、素直に受け取ろうか。ありがとう。私は大食感ではないが、色々な料理を楽しみたいタイプでね。今度君を引き連れて料理店に行ってみたいものだよ」
「‥‥ん。連絡。待ってるよ」
カレーを全てたいらげてしまい、魚肉ソーセージをもっしもっしと食べ続けている憐。心なしか嬉しそうな顔をしていた。
「それじゃ、また後でね」
シュタっと会釈すると、厨房を後にしたのだった。
「あ、ミルさん。ちーっす」
通路でばったり、群咲と出会う。
「ちょっと君に聞きたいんだが、昔親御さんと取引があったと思ったが?」
「なんで今さら?」
群咲が小首をかしげる。
「いやあ、うちはもう完全に滅びちゃってるんで。バグアの襲撃で壊滅したんだよ」
「ほっほうそれはそれは‥‥まあ小規模組織だったしね」
「そうそう。チャカは扱ってもヤクは扱わない。フロは経営しても売り買いはしない。そんなヘンなプライドあったから小規模にならざるを得なくて、25人死んだだけで無くなっちった」
軽くない話だが、本人はあっけらかんとしている。
「おかげで、自由を謳歌してるわけだけどね。まー今のあたしにゃ利用価値は無いよ」
「商売人として利用しようとは思っていないさ。ただ情報があやふやで、ハッキリさせたくてね。地域も地域だけに、色々手が出しにくくて‥‥」
ミルが肩をすくめると、群咲も肩をすくめる。
「だよねぇ。でもまあ、お世話になりましたってとこ。巡り巡ってあたしの養育費とかになったんだろうし、小さな銃でも体力腕力の差をなくして、人を殺すには十分って事を子供の頃から実感できたし、なにより直接的にあたしの命を守ってくれたかもだから――」
ペコリと頭を下げる。
「武器商人全体に対しては敬意があるよ――今は馬鹿力で勝負するようになってるけど‥‥」
可愛い顔でぺロッと舌を出す。その舌に飴玉を乗せる。
「肝心なのは本人の力量さ。武器持った素人よりも、素手のプロの方が万倍怖いからね。傭兵として頼りにしてるよ」
「暇つぶしの相手にも、よろしくね」
ボリボリと大粒の飴玉を噛み砕く群咲に手を振り、ミルは後にした。
「今まで出なかったから今日も出ないなんてのは甘えだろ」
時雨の班と交代した京一が煙草を咥えながら、番天印を飛来するヒトデにあわせ、発砲。床に落ちたところをナイフで刺し、横の憐がキメラ調理セットで丸焼きにしている。
「‥‥ん。ヒトデの。丸焼き。丸焼き。待ってるだけで。飛んで来るので。楽で良いね」
焼けた先からドンドンと食していく。
「‥‥ん。丸焼きも。飽きて来たので。後で。厨房に。押しかけて。調理して。貰おうかな」
「ヒトデ料理か〜。久しく食ってねぇな」
今まさに丸焼きをかじりながら、思いをはせる京一。そこに時雨がやってくる。
「ん‥‥キメラでも喰えるか、よし! ヒトデの旬は2月から4月と聞いてたが、キメラでもそうなんかな。処分方法を変更して、わしが調理したるわ」
「‥‥ん。ヒトデも。調理。出来る?」
「おう、やったるさかい」
「そいつはありがたいねぇ。ところで、何しに来たんだ」
「いやな――中禁煙やん?」
煙草を取り出すと、咥えて火をつけて美味そうに吹かす。
「最近はどこもかしこも禁煙でやんなるねぇ」
「やあ、ここにいたのか」
1人、バーでソフトドリンクを飲んでいたキリルの隣に、ミルが座った。
「甲板にずっといなかったようだが?」
「不審物のチェックをな。お前と一緒の船に乗っているというだけで、船ごと海の底に沈められそうな気がしたのさ‥‥ふん、大方私の経歴でも入手したか?」
「ま、君のも、だね」
オレンジジュースを自分で注ぎ、チビリと飲む。
そんなミルのほうを見ようともしないで、グラスの中に語りかけるようにキリルがつぶやき始めた。
「ある紛争があった。泥沼化して肩入れした一方が武器を山ほど欲しがった。廃棄寸前の軍の小銃すらかき集めてさあ売ろうか、といったところで紛争が停止。残ったのは鉄くずにも等しいカラシニコフの山だ」
黙って聞いていたミル。表情はいつものように口元に笑みを浮かべていて、何を考えているかはわからない。
その態度が癪に障ったのか、キリルがキッとミルを睨みつける。
「お前だろ、西側に軽攻撃機なんて売ったのは! おかげで620万ルーブルの商談がご破算だ!」
「何かと思えば‥‥あの紛争は長く続けば世界に影響を及ぼす、それくらいはわかっていたのだろう? だから私が格安で終わらせた、ただそれだけさ」
キイっと椅子を反転させ、降りる。
「恨むなら引き際を間違えた自分を恨んでくれたまえよ」
「別に。正直、お前を責められないさ。だから恨んでるって程でもないが‥‥傭兵に依頼を落として貢献でもしてろ。報酬がよければどんな危険なリクエストだって答えるとも」
「それはバッチリさ」
その場を去ろうとしたミルの背に、キリルが声をかけた。
「‥‥ああ、そうだ。能力者の1人くらい雇ったらどうだ? 最近のヒットマンは強化人間さえいると聞くぞ」
「ご忠告ありがとう。適合者は1人いたんだけど、逃げられちゃってね。強化人間がいたらケツまくって逃げるさぁ」
後ろ手に会釈し、バーの扉をくぐると――メイが壁に背を預けて立っていた。
「やあメイ――それとも、ナイフと呼ぶべきかな?」
「もう辞めたから、メイでいいのよ。それとも、戻って来いって言うのかしら?」
「いや――愉快そうな職場でなによりだ。ただそれだけだよ」
「ええと、コレは何かな?」
夕食時、目の前の皿には姿がまんまでソテーされた、ヒトデが並んでいた。
「ええの揃うてたたから、ちょっと腕振るってみたで」
「いやそうではなくて、このまんまなやつは何かな‥‥」
「え? 何って毒見やで」
「‥‥文句は無いのではなかったのかね」
隣で憐がドンドンと平らげている中、ツンツンとナイフでつついてみる。
「いや? クレームはつけんが個人的に憂さ晴らしはするで? 意味はわしの心の平和を勝ち取るために」
時雨がしれっと肩をすくめる。
うんうん唸っているミルに、傭兵達は笑うばかりであった――
『彼女に言いたい事がある 終』