タイトル:リズっち、危ない!マスター:楠原 日野

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/09 06:18

●オープニング本文


●地方都市・商店街
 ULTオペレーターのリズ=マッケネンは、休暇を利用し、小さい頃育った街を歩いていた。
 いつもの制服ではなく、青味の入った白い長めのワンピースに、白のシャツを重ね着し、さらにデニム生地ジャケットという出で立ちであった。
「久しぶりに、ここきたなぁ‥‥最近色々あったから、しばらく来てなかったもんね――で」
 どちらかといえば温厚なリズの眉が、ピクピク引きつる。
「なんでメイさんが憑いてきてるんですか」
「あらぁ、なんかニュアンスちがくなかった? 今」
 隣を歩く長身の女性――メイ・ニールセンが微笑みかける。リズと同じオペレーターで、リズの先輩であった。
 黒のノースリーブに迷彩のカーゴパンツと、こちらも私服だが、オシャレという感じは全くしない。
「いやー、リズっちが休みにちょっと遠出するって言ってたから。護衛よ、護衛」
「護衛されなきゃいけないほど、ここは危険でもありませんし――私もそここそこ危ない目に遭ってきましたから、対処できますぅ」
 普段は丁寧な喋りをするリズだが、こと、メイの前では少し生意気な女の子を気取っている。
 リズの言葉に、メイはいつものように柔和に微笑みながらも、多少眉根を寄せていた。
「リズっち――」
「あ、ここです。昔馴染みのお店で、私が気に入りそうないいヌイグルミを入荷したとかで、連絡が来たんですよ」
「‥‥ヌイグルミ、好きだモンネェ。ま、ここなら大丈夫でしょう」
 肩をすくめるメイ。リズはキョトンとしていたが、すぐに気を取り直してショップへと入っていく。
 華やかでファンシーなヌイグルミの世界――かと思えば一角に頭のとがった赤ちゃん人形等もおいてある。
 店内には人がおらず、店員すら見えない。
「すいませーん?」
 返事はない。
「また、在庫置き場の方かな」
 大胆にズケズケとスタッフルームへと入っていくリズ。
 こういう店に似つかわしくないと自覚しているメイが、居心地悪そうにリズの後を着いていく。
 店の奥には、似つかわしくないほどゴツイ、番号入力の必要な扉があった。
「レッグスさん曰く、宝の山だから狙われるかもしれないとかで、防犯対策ですね」
「ヌイグルミって、儲かるモンなのかネェ‥‥」
 正直にあきれているメイ。その間にリズがキーロックを操作し、ガチョンと大きな音を立てて鍵が外れ、重そうな扉が開く。
「なんでリズっちが、知ってるのサ」
「レッグスさんが教えてくれたんです。やさしい方ですよ。晩御飯奢ってあげるよって何度もお誘いいただいたんですけど、父のために帰らなきゃいけないので、何度もお断りしているんですよね」
「リズっち――もっと警戒を覚えるべきよ‥‥」
 メイの言葉に首をかしげたリズだが、ひとまずはその扉をくぐり、メイもくぐると、リズが即座に扉を閉める。
 ガチャンっと、ロックされた音が響く。
「まあ、セキュリティ上すぐ閉めるのは基本よネ‥‥中にも解除装置はあるわけだし‥‥ついてきてよかった――って、ずいぶん臭くない? しかも、どことなく覚えのある臭いのような」
 鼻をヒクヒクさせ、なんの臭いか思い出そうと眉根を寄せる。
「倉庫ですから、こういうもんじゃないですか?」
 リズはそれだけをいうと、ズンズンと進んでいく。修羅場を潜り抜けた自信が、リズの足取りを確かなものにしているのが見て取れた――それにメイは危惧しているが。
 少し進み、十字路で右を向いてリズが立ち止まった。その目がキラキラしている。
 ひょいっとメイも顔を出して、リズの見ている方角を見た。
 そこには50センチほどの茶色い熊のヌイグルミが、二本足で立っていた。
「か、かわいいー! 立ってる!」
 リズの歓声に、その熊は右手を上げる。
「クマノッマーダヨ」
「喋ってるー!」
 キャイキャイとリズが騒いでいる中、メイの警戒心はどんどん高まっていく。
 ふと、メイは臭いがきつくなっている事に気づき、十字路の左に目を向ける――と。
 そこには、すでに乾いた血溜まりに横たわっている男がいた。
 グルンと首をクマに向ける。薄暗くてわかりにくいが、上げた右手の爪が鈍い光りを放っている。
 リズがクマに駆け寄ろうと、一歩踏み出す――その瞬間、クマがリズへと跳びかかっていた。
「リズっち、危ない!」
 とっさに襟元を掴み、力任せにリズを引き寄せ、拳を突き出す。
 それが精一杯だった。
 ズンッ
 メイの身体に鈍い衝撃が走る。
 クマの爪が、メイの腹筋に刺さっていた。拳は当たっていたが、拳がまるで効いていない。
「クマノッマーダヨ」
「ぐ‥‥」
 呻くメイ。ザワリと、背筋が凍りつく。
 ちらっと棚の上を見ると、わさわさと動いている影が相当数いた。
「メ、メイさん!」
「逃げるよ、リズっち!」
 打撃ではなく、突き飛ばすようにクマを放すと、一番近い、十字路正面の扉へとリズの手を引いて逃げ込んだ。
 ガンガンガン!
 閉められた扉の向こうで、何度も叩く音が聞こえる。幸い、扉を突き破る事はできないようである。
「あれって‥‥」
 床にへたり込み、青ざめた表情のリズ。
「キメラ、だろうネェ」
「だって、喋ってましたよ!」
「意思の疎通できなきゃ、喋ったとは言わないわよ。あれは『鳴き声』なんじゃないかな‥‥」
 説明しつつ、腹部を押さえるメイ。ジンワリと血が広がる。
「鈍ったモンネェ‥‥血の臭い忘れた挙句、穴開けられるとか――お嬢に笑われちゃうわ」
 呼吸を荒くし、いつもの微笑みではなく、苦笑いを浮かべて扉にもたれかかる。
 すっくと、床に座り込んでいたリズが立ち上がった。決意の表情を浮かべて。
「外に行って、助けを呼んできます」
「やめときなさい。万全のあたしなら、ナイフでもあれば何とかいけただろうけど、リズっちには無理よ」
 たしなめられた事でリズの鼻息が強まる。
「行けます! これくらいの危機、今までにだって――!」
「落ち着きなさい、リズ=マッケネン!」
 いつにない険しい表情で、リズを抱きしめるメイ。
「危機を乗り越えたのは、あんたじゃなく、傭兵でしょうがっ」
「だって――だって、このままじゃメイさんが‥‥」
 メイに抱きしめられながらも、泣きじゃくる、リズ。彼女の白い服は、まだ止まらないメイの血で汚れてしまった。
「このくらいなら、そうすぐには死なないから。それに、何もするなってわけじゃないの。自分の身の丈にあった事をしなさいって話。リズっちのお仕事は、なに?」
 恐ろしく冷静なメイの言葉に、リズは泣くのをやめ、ゆっくりと離れる。
「私は――オペレーターです。対キメラの傭兵さんに状況を説明する、お仕事です」
「よくできました――ほい、通信機」
 ズボンのポケットから通信機を取り出し、手渡すメイ。
 受け取ったリズは大きくうなずくと、スイッチを入れた。
「こちらULTオペレーター、リズ=マッケネンです。至急、救出願います――」

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
旭(ga6764
26歳・♂・AA
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
荊信(gc3542
31歳・♂・GD
明神坂 アリス(gc6119
15歳・♀・ST

●リプレイ本文

●地方都市・商店街
「お待たせしました。店内見取り図を貰えましたよ」
 懐中電灯を懐にしまい、見取り図を両手で広げ、店の外壁に押し当てる辰巳 空(ga4698)。
「通信機で聞いた寸法どおりじゃのう。棚の位置はこんな感じかの」
 見取り図におおよその棚の位置を書き込む、秘色(ga8202)。
 棚の状況や通路の狭さを見て、旭(ga6764)がうんうんと頷く。
「想像以上に狭そうだね。店の被害も可能な限り軽減してあげたい。荒らされたら‥‥哀しいからね。とにかく、武器や戦い方に制限がありそうだ」
「今回も制約をかけられそうね‥‥蜂の巣にするよりは、ペイントで汚した方がマシだわ」
 溜息混じりにライフルを見上げ、クレミア・ストレイカー(gb7450)がぼやきつつ、ペイント弾を装填していく。
「メイさん達はここに居るということですね」
 一番奥の部屋を比良坂 和泉(ga6549)が指さす。
「どちらにせよ余計な出入り口や窓は、なさそうだな――つくづく、リズの嬢ちゃんは厄介ごとに巻き込まれるな」
 荊信(gc3542)の言葉に、明神坂 アリス(gc6119)がウンウンと頷いていた。
「リズもなかなか落ち着かないねー‥‥と、呑気に言ってる場合じゃないか。結構ピンチみたいだし」
「うむ。今日はレディー達の安全な救出の為、障害となるキメラを迅速に討伐するよ」
 エイミー・H・メイヤー(gb5994)の言葉に、一同が目を合わせる。
「確かに、通信時の様子から楽観はできないでしょうね。速やかな救助を第一に、です」
 顔をパンと叩くと、両の手にトンファーを装着して店の戸を開ける和泉。
「待つんじゃ。メイの怪我を考えると、あまり時間をかけてはおられぬが、念の為、店内から警戒しておくべきじゃの」
 ヘルムにLEDライトを装着し、S−01にペイント弾を装填した秘色が注意を促すと、慎重に店内へと入っていく。
 何事もなく扉の前に辿り着く。
「番号は――」
「お砂糖だから0310だよ」
 可愛げのある語呂合わせを口にしたのは、外見が一番ゴツイ旭だった。
「意外と洒落っ気あるの、おぬし」
 少しツボだったのか、秘色は口元の笑みをしゃもじで隠す。
 気を取り直し、荊信が改めてキーロックを解除する。
 大きな音とともに、鍵が外れた。一同の表情が引き締まる。
「リズ、待っててね。すぐに助けに行くからっ」
 ギュッとシャルトリューズを握り締め、アリスが唾を飲み込む。
 ドアが開いたのを確認すると、空が目を閉じ、バイブレーションセンサーを発動させる。
「‥‥奥に、150くらいのと180くらいの動くもの――目標2名‥‥50センチのが3時方向に1匹――他は何も感じません」
「本物に紛れておると厄介じゃのう」
 入り口近くの狼っぽいヌイグルミを蛍火で軽くつつく――が刃先がまるで通らない。
 その瞬間、飛びかかろうとしてきたヌイグルミ! だがそれより早く秘色の双眸が銀青色に変化し、貫き、振りぬいて切り裂く。
 ヌイグルミは本来ならプラスチックなはずの歯をガチガチならし、綿をぶちまけて無残に地面に転がる。
「ふん、所詮は偽者よの。愛らしさが半端じゃわ」
「ですが、想像以上に見分けできませんね。ペイントは重要かもしれません」
 ラグエルにペイント弾を装填するエイミー。
「灯りはすでに点いてるか‥‥おう、此処は任せろ――嬢ちゃん達のことは頼んだぜ」
 煙草に火をつけ咥える荊信が、颯颯を抜き放つ。
 覚悟を決め、突撃を開始する。
 秘色、旭、エイミー、空がまず踏み込み、十字路まで一気に移動する。
「む‥‥」
 十字路の右側にクマがいた。
「クマノッマーダヨ」
 エイミーと秘色、2人同時にペイント弾を撃っていた。
 しかし見た目とは裏腹に意外と素早く跳躍し、わずかに脚にペイントを受けただけで棚の上へと逃げていく――途端、現場がざわめく。
「急いで!」
 旭の言葉に、和泉、アリス、クレミアも突撃を開始する。
「アリスさんは前進だけ考えて下さい、邪魔者は引き受けますよ」
 暗がりや上方に気を配りつつ、和泉が奥の扉まで一直線に進む。
 空は直進し、秘色が右の通路、旭とエイミーが左の通路に避け、その際エイミーはランタンを棚の上に置く。
 室内がさらに明るくなったため、動いているヌイグルミが確認しやすくなった。
 そこに手当たり次第、クレミアがペイントを当てていく。
「なんでこんな所にこれだけのキメラが‥‥」
 子守唄を唄いながら奥へと進む空に目掛け、棚の上からペイントされた犬のようなヌイグルミが飛びかかってくる――が、朱鳳を突き出し串刺しにして動きを止める。
「う、やば‥‥」
「私も‥‥」
 空の子守唄は、アリスやクレミアにも影響を及ぼしてしまう。そのわりにヌイグルミ達には効いた様子がない。
「アリスさん、こっちですよ!」
 ぐっとアリスの手を引き、犬歯が伸びた和泉が咄嗟に不壊の盾で飛びかかってくるヌイグルミからアリスを護り、同時に不動の盾でヌイグルミたちを弾き返す。
「クレミアの嬢ちゃん、ふんばりな」
 入り口付近でライフルを使っていたクレミアの背中を、ドンと荊信が叩いて目を覚まさせる。
「すみません。どうやら効かないようですね」
 周囲の安全を確認し、スッと目を閉じ、再びバイブレーションセンサーを使う。
「今この部屋に36匹‥‥37匹? 少なくとも動いているのは37匹居ます――向こうには変わらず2名のみです」
「なら、今のうちに!」
 アリスを扉まで辿り着かせ、半身になって立ちふさがるように和泉と空が構えてヌイグルミの襲撃に備える。
 その間に、アリスは中のリズ達に声をかけた。
「リズ、僕だよ! 開けて!」
 アリスの呼びかけに、待っていましたと言わんばかりにすぐ扉が開かれる。
 飛び込むようにアリス、するりと空が室内に入ると即座に扉が閉められる。
「‥‥アリスさんっ」
 救出にきたのが親しい顔である事に、思わず涙ぐんでしまうリズ。
 再開の喜びは共にあったものの『やるべき事』を理解しているアリスは、すぐに行動に移す。
「すぐに治療を開始するよ」
 床で横たわって浅い呼吸を繰り返しているメイの元に駆け寄り、練成治療を試みようとした――が、メイはアリスの手を掴む。
「練成治療は、カンベンして。自分のポカに、ズルはしたくないのよね」
 通信機でそのような話を聞いていたのを思い出し、傷の状態を調べ、コクリと頷くと救急セットを取り出して応急処置を開始する。
 その間、空はタクティカルゴーグルに探索の眼で慎重に室内の安全を確認し、安全と判断するとタイミングを見計らってキメラの居る戦場へと戻っていった。
「これで応急はオシマイっと‥‥まったくもう。アリスお姉ちゃん、今回は本気で心配したんだぞ? ――なんてね」
 メイの治療が終わったアリスは、隣で心配そうに覗きこんでいたリズを抱きしめつつ、安堵の溜息を漏らす。
「ごめんなさい――ごめんなさい――」
 泣きじゃくるリズの頭をなでて宥める、アリスであった――多少、メイは疎外感を感じていたが、雰囲気を壊すほど野暮ではない。
(この子らのほうが、よっぽど姉妹してるわよねぇ‥‥)
 気を張る必要がなくなったメイは、目を閉じ、睡魔に身を任せるのであった――。

 戦場はまさしく、泥沼と化していた。
 広い通路では棚上や足元からわらわらと湧いてくるヌイグルミを、脚甲で蹴りつけ、叩き落としては踏みつける旭。
 トドメに大剣を突き立てる――が、その間にも1匹2匹とピンクのクマヌイグルミが身体にまとわりついてくる。
「ぬいぐるみキメラの仲間のブリキ人形キメラじゃありません。クマさん、じゃれつかないでください」
 まとわりついたのを和泉がトンファーで叩き落し、多すぎるキメラを蹴り飛ばして距離をとる。
「ぬいぐるみだし、打撃に結構強そう?」
「どうやら、そのようです。軽すぎてダメージを与えている感じが、あまりしませんね」
「刃物も、突き刺す方は今ひとつのようですよ」
 空の朱鳳にはヌイグルミが突き刺さっているが、頭部分を貫かれても手足を動かしていて、倒したとは言いがたい状況である。
「ペイントも追いつかないんだけど! そもそも増えてない?」
 先ほどからずっとエミタAIをフル活動させ、援護射撃に即射、プローンポジションを使い続けて撃ち続けているクレミア。当てた数からして、ゆうに40は超えていた。
 彼女の横の棚の中段に、もぞもぞうごめいている者がいる。
 咄嗟にエイミーがクレミアと棚の間に身を投げ出す。
 ゴツンと、GooDLuckのおかげか運良くガントレットに爪が当たってくれる。動きが止まったところを、両断剣を発動させたリアトリスで羊っぽいヌイグルミを切断。
「助かったわ、エイミー」
「レディーを護るのは騎士の務め、危害を加えさせはしませんよ」
 騎士道を貫くエイミーに感激したのか、クレミアがぶるると身悶えながら身を震わせる。
 2人がやり取りをしている後ろ、出入り口では荊信が弾き落としと自身障壁で自らの身体でヌイグルミを止めると、颯颯で斬り払う。
 だが貼りついてくるペースが異常である。
「チッ‥‥ワラワラと出てきやがって‥‥だが、この皆遮盾――遮れねぇモンは無ぇ!」
 タバコを噛み締め、気合と共に渾身防御で身を固める。
「ちぃとばかし、手を貸してくれや!」
 荊信の要請に、彼の周りに淡い光が走った――次の瞬間には、まとわり付いていたヌイグルミの大多数が両断されていた。
 チンっと蛍火を鞘に収める秘色。
「大丈夫かの、荊信」
「ああ、わりぃな」
 残った2匹を引き剥がし、床に押し付けてブリッツェンを押し付け発砲。
 当たり所が良かったのか1匹は沈黙したが、もう1匹は抜け出し、店内へと向かった――ところを苦無が突き刺さり、壁に縫いとめられる。
 盾の裏に仕込んでいたのだ。
「今まで動いていなかっただけか、増えているかのどっちかだな」
 スパーっと一息吹かす――と、紫煙が在庫置き場に向かって吸い込まれるように流れていく。
「風があるか‥‥おい、旭の方に窓か何かは無ぇか?」
「窓‥‥いや、窓は無いけど――あ、天井に換気がついてるね」
 旭が見上げた先には、蓋の開いた換気口があるのだった――。

「く‥‥リズっち、警戒して」
 寝ていたはずのメイが目を覚ます。
「ここは大丈夫ですよ。傭兵さんが、あちらでがんばってくれてますから」
「いや――お嬢ちゃん、構えてたほうがいいわ」
 メイの言葉に何かを感じ取ったのか、光の羽を展開させ、シャルトリューズを構える――と。
 バガン!
 換気口の蓋が弾け、アリス目掛けてヌイグルミが飛びかかってきた。
 だがその程度でひるむはずも無く、難なく1匹を屠る――が、ぞくぞくと換気口からヌイグルミが落ちてくる。
 無線機を取り出すアリス。
「こちらアリスだけど、ちょっと厳しいかも」

 アリスの通信に和泉が動くが、奥へ行こうとすればどんどん集まっていく。
「統率が見てとれるのう。指揮する存在がいるんじゃなかろうかの」
 棚上のヌイグルミをショットガンで狙うが、狙うと同時に引っ込まれてしまい、なかなか撃てずにいる。
「上に潜んでいる可能性は大きそう」
 旭が迅雷を使い壁を蹴り、天井に『着地』する。
「ああ‥‥結構居るな」
 身体を回転させ、蛍光灯を巻き込まないように、円閃で範囲内のヌイグルミをごっそりと蹴り落とす。
 反転して床に着地すると、奇妙な光景を目の当たりにした。
 落下していく脚にペイントされたクマのヌイグルミの下に、他のヌイグルミが集まりその身でクマを受け止めていたのだ。
「あのクマがクイーンだ」
 旭の指摘に、皆が動く――が、コレまで以上のヌイグルミの猛襲で前に進めずにいた。
 悠々と棚を登っていくクマがまるであざ笑っているように、傭兵達に顔を向ける――が。
「遠方は私に任せてっ!」
 実弾を装填したライフルを構え――発砲。
 直撃し、クマが宙に舞う。
 2発。
 3発。
 4発。
 5発――全てを叩き込む。
 他のヌイグルミと違い、そいつだけは血を撒き散らし――完全に動かなくなった。
 それと同時に、他のヌイグルミたちも動かなくなったのだった――。

●病院
「メイさん、お加減いかが――きゃあぁぁ!」
 リズが病室に入ると、メイが腕立てをしていた。
 散々看護師に説教を喰らった後、改めてメイはベッドの上で頭を下げる。
「リズっちを助けてくれて、ありがとね」
「私を助けてくれたのは、メイさんですよ。傭兵さんはメイさんを助けたんです」
 見舞いに来た傭兵達が頷く。
「ぬしの判断がリズを救うた。よう養生するようにの。ほれ、あーん」
 手土産のスライスしたキウイを差し出され、メイは好物を前に、素直にほおばる。
「たいした怪我じゃなくてよかったわね」
 クレミアがポンとリズの肩に手を置く。
「は――」
 振り返り返事をするより早く、クレミアはリズを自分の胸に押し付けながら抱きしめる。
「ああ〜っとってもいい感触よ!」
「ああ! それはあたしのよ、乳魔人!」
 ベッドの上で手を伸ばすが、すでにメイの手の届かない範囲でリズがおもちゃにされている。
 悔しがっているメイ。リズの座っていた席にアリスが座る。
「リズは、僕にとっては親友以上の‥‥お互い境遇も似てるし、どこかほっとけない、妹みたいな存在でさ。だから、リズのこと、体を張って守ってくれて――ホントにありがと」
 恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるアリス。メイは微笑むと――アリスをガッチリ抱きしめる。
「うわわわわっ」
「かわいいかわいい、さすがリズっちのお姉ちゃん!」
 ぐりぐりと胸に押し付けつつ、頭をなでまわすメイ。緊張気味だった和泉の視線が、狂乱の図に泳いでしまう。
「あらあら、君もかわいがられたい?」
「い、いえ、そんな‥‥」
「ま、射程圏内から身長が25センチも飛び出てるから、ないけどね!」
 からかわれ、赤くなってうつむいてしまう和泉。
 クレミアに抱きしめられているリズに、喫煙所から戻ってきた荊信が近づき、頭にポンと手を置く。
「いいか、無謀と馬鹿は別モンだ。今回はあの姉ちゃんが居たから止まった様だが‥‥ま、俺が言ってもなんだ。治った後で怒られとけ」
 ニっと笑みを浮かべ、メイの方へと視線を向ける。
「よう、お前さんもどうにか無事だった様だな。ま、手のかかるのがいちゃぁしょうがねぇか?」
 アリスをかいぐりながら、肩をすくめるメイ。
「あたしみたいのには丁度いいのよ。つなぎ止めてくれる存在なんだから――けど」
 表情を引き締める。
「リズっち、人を助けたい、人の役に立ちたいなら、自分にできる事を増やしなさい。今度からはあなたが人を助ける番だから、よーく覚えておきなさい。以上」
 それだけを言いアリスを解放し、ベッドに横になって目を閉じるメイ。

 賑やかな病室の外では、花を持った大人びた銀髪の少女がフッと笑うと、花を置いてその場を後にした――。

『リズっち、危ない! 終』