●リプレイ本文
●会敵直前
傭兵達は、艦隊を離れ、戦場へと水を掻き分け進む。水中を映すモニターの視界は悪いが、この先にキメラやワームは確実に居る。そして、奴らの居るその海底には、機械的な日本の古城――竜宮城があるはずだ。
「竜宮城なら竜宮城らしく海の底にひっそり沈んでいればいいものを‥‥やれやれ」
一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)が愛機蒼牙・剛の中で嘆息を漏らす。しかし、北京解放戦の最中で、水中機乗りとしての活躍の場をここに見出したその顔、口の端には僅かな笑みが宿っている。
「日本城型水中要塞か。相変わらず凄い科学力とふざけたセンスだな」
レベッカ・マーエン(
gb4204)は作戦にあたって与えられた資料を思い返し、辟易したように言う。だが、たとえふざけていようとも――
「戦艦を一撃で‥‥あれに当たったらKVなんて‥‥」
その主砲の威力はすさまじい。マヘル・ハシバス(
gb3207)が竜宮城の主砲で第六艦隊が消滅した光景を思い出し、ぞっとする。
「主砲をこれ以上撃たれては堪らないな」
榊 兵衛(
ga0388)が続けて述べる。彼の愛機興覇――その朱漆色の機体は碧く暗い海の中にあって、宝石の様に一際目立つ。
「主砲破壊に向かう別の部隊がベストを尽くせるように、俺達で邪魔になる敵の排除をしなくてはなるまいな」
兵衛達とは別に、主砲の破壊任務についた部隊がある。兵衛達の役目は、主砲周辺の敵戦力の掃討だ。
「お義兄さんが主砲潰すのに頑張ってるんだから、ボクも頑張らなきゃね!」
荒巻 美琴(
ga4863)が勢い込んで言う。主砲破壊任務についた部隊には、義理の兄がいるらしかった。だが、
「あっちは本調子じゃないみたいねぇ‥‥。上手くいけばいいんだけど‥‥」
美琴の言に、レーダーに映る別部隊の味方機の反応を見ながら、ファルリーナ・V(
ga2647)が独りごちた。主砲破壊任務についた部隊の機体の反応が少ない。想定される事態はあまり良いものではなかった。
「まっ、やるだけやってみるしかないよね」
ファルリーナは開き直って言う。
その時、蒼子が操縦席の機器の一つに変化を見て取る。それは待っていた情報だった。すぐにその情報を皆に伝える。
「――投下したソナーブイが音源を探知したわ。方位はこのまま、距離は200もないわね。すぐに会敵するけれど、準備はいいかしら?」
やがて、視界がクリアになる。何もない空間が竜宮城の主砲まで一直線に続いていた。そこは光の龍の通った路。主砲が全てを消滅させた跡が残る海域だった。――敵影と共に、竜宮城が傭兵達の機体のモニターに映る。
「誘拐事件の首謀者も被害者もあそこにいるのか‥‥歯がゆいものだな」
竜宮城の姿をモニター越しに見て、レベッカは歯噛みする。そこへ至るためには、まず、周辺敵戦力の減少と主砲の破壊が必要だった。
機体を進ませ、竜宮城が近づくにつれ、敵キメラとワームの姿が明確になっていく。魚型のキメラが数十。それと、後方に控えたサメワーム、海底からこちらを狙うTWがそれぞれ二匹ずつ。
「今回はまた厄介な連中だな。こんなことなら、イェルムンガルもう少し強化しとくんだった‥‥」
モニターに映る敵キメラとワームを確認して、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は悔やむ。――ま、今更言った所でどうしようもないけど。
そう思って考えを切り替える。悔やんだところでどうしようもない。もう既に戦場に居るのだから。
「‥‥こちらイーリス。生き残りますよ、全員で。撃沈されても、生きてりゃ勝ちってモンですから」
イーリス・立花(
gb6709)が通信で呼びかけながら、モニターを拳で小突く。それは、愛機華王丸の頃から続けてきた願掛け。今の愛機、Randgriz Nachtが、その願掛けに応えるように黒と紫の装甲を水の中で揺らめかせた。
●一斉射撃
「よし、それじゃお掃除開始」
美琴の言葉と共に、仲間達と合わせて300発近くの魚雷が一斉に魚キメラの群れに向かって飛んだ。先行する主砲破壊任務の部隊へと方向転換しようとしていたキメラ達の横腹に魚雷が飛び込んでいく。魚キメラ達を吹き飛ばす様に巻き起こる爆発の華、華、華。間断なく海中に巻き起こる爆発は、魚キメラ達に回避行動を取らせる事を許さず、魚雷を次々と直撃させていく。
「雑魚は雑魚らしく、さっさとやられて海の藻屑になりなさいよっ!」
蒼子が叫び、大型ガトリングを掃射する。魚雷の嵐を潜り抜けたとしても、魚キメラ達を待ち受けるのは、蒼子機とレベッカ機の二機による大型ガトリングの掃射。翠奈と名も無き傭兵の射撃。そして、一匹ずつ狙いを定めるようにして放たれたファルリーナ機のガウスガンによる射撃。群れを為していたほとんどの魚キメラがこれらの連携攻撃に絶命する。
壁となっていた魚キメラ達が散り散りになり、鮫ワームとTWへの道が開いた。
開いた道を対鮫班の兵衛機、ユーリ機、それと対亀班の美琴機、マヘル機、イーリス機が一気に駆け抜ける。
●魚の陰に
大量に生まれた魚キメラの死骸を蹴散らし、突き進んでいく仲間達。その後方から一斉射撃に引き続き、レベッカ機と蒼子機が並んでガトリングによる援護の弾幕を張る。これに翠奈と名も無き傭兵も加わり援護射撃する。死骸の陰に隠れた生き残りの魚キメラが弾幕によって何匹か討ち取られていった。
「近づくしか攻撃の方法が無いんだったら、焦らずに落としていけばいいだけだよね」
鮫班と亀班の行く手を阻もうと突撃する魚キメラが居たが、単純に突撃するだけなので攻撃へ転じる瞬間の挙動を読み取り、先読みするように狙い撃った。ファルリーナによって突撃を繰り返す魚キメラは一匹ずつ仕留めてられていく。
「それにしても、数が多いなぁ。でも邪魔はさせないよ、とっとと消えて」
ファルリーナの手数を突撃する魚キメラが上回りかけた時、レベッカも狙いを突撃する仲間の援護に切り替える。鮫班と亀班に突撃する魚キメラに向けて熱源感知型ホーミングミサイルを撃ち込み、自機に注意を引きつける。レベッカへとその魚キメラが向きを変える。突撃してくる魚キメラにレベッカが大型ガトリングで牽制するが、魚キメラはそれを掻い潜る。大型ガトリングの牽制を抜けられた時、レベッカは慌てることなく機体を人型に変形させ、迎え撃つ体勢を取った。ウエイト代わりに付けていたアンカーテイルで魚キメラの突撃を受け止める。
「お前ではあたしはやれないな」
そのままアンカーテイルで魚キメラを振り払う。振り飛ばした魚キメラをアンカーテイルで薙ぐ様にさらに殴り飛ばした。魚キメラは虫の息となり浮かび上がっていく。
やがて、鮫班と亀班は魚キメラ達が追いつけない程、先へと進み、援護の必要はなくなる。となると、残るは――死骸に隠れた魚キメラの掃討のみ。不意に、死骸の陰から1匹が飛び出して、5機の方へ向かってきた。
「何、いきなりこっちに来てんのよ。危ないじゃないっ!」
向かってくる魚キメラを蒼子機が魚雷ポッドで撃つ。動きを阻害するように放たれた魚雷群をその魚キメラは避ける気配がない。そして、小型の魚雷群が魚キメラに群がった瞬間――魚キメラは爆発した。もし、今のキメラに取り付かれて爆発されていたら、大きなダメージを負っていただろう。危険だ。
「放っておくと問題ありそうだね。一気に片付けるよ!」
ファルリーナが死骸の中に潜む魚キメラ達を睨み、ガウスガンの銃口を向ける。
●駆け往く光
魚キメラが全滅しかけた頃、主砲の方で動きがあった。――主砲の射線上から、キメラやワームが退いていったのだ。
「あれは‥‥」
鮫ワームへ進む最中、意識の一部を主砲に向けていたユーリがそれを見て取った。
「主砲の前からキメラやワームが退いたな‥‥ヤバいんじゃないか?」
同様に主砲周辺の変化に気付いたレベッカが全員に通信を入れる。
「こちらでも確認しています。あれは主砲発射の予兆と見ていいでしょう。通信が聞こえた人は、速やかに射線上から退避をして下さい」
レベッカの通信に返答を返すように、イーリスが警告を発する。射線上から逃れるため、イーリスは機体を急旋回させた。
「上手く避けられなくても、直撃でさえなければ」
イーリスの機体が無理な機動に悲鳴を上げる。
「目の前に敵がいるのにあっちもこっちも意識できるわけが‥‥」
無茶な要求だったが、主砲の直撃をKVが受ければどうなるか。それが分かっているマヘルはTWの砲撃を躱す事よりも主砲の回避を優先し、機体を射線上の外へと無理矢理持っていく。
レベッカとイーリスが警告を発するのと同時にユーリも射線上から逃れ、レベッカとイーリスの警告を受けてから動いた他の傭兵達もほとんどが射線上から逃れた。
だが、射線上から名も無き傭兵の機体だけが逃れられていなかった。主砲の砲口が眩く光る。主砲から放たれた光の奔流が逃げ遅れた名も無き傭兵の乗るビーストソウルを巻き込んだ。悲鳴の一つすら上げる事も出来ず、名も無き傭兵は光の奔流に消え去る。
「――!? この、よくもやってくれたわね‥‥!」
蒼子が跡形もなく仲間の消える様を見て、怒りに吠える。その怒りの矛先は、残った敵達へと向かう。未だ物陰に隠れ続ける魚キメラ達が全滅するのは、蒼子の怒りの咆哮から程なくしてのことだった。
●鮫狩り
光の奔流を躱し突き進む兵衛機とユーリ機が、正面に鮫ワームの一匹を捉えた。
「榊古槍術、榊兵衛、そして愛機、興覇、いざ参る!」
まずは、兵衛機が対潜ミサイルを撃ち込んだ。鮫ワームは回避を試みるが、これを避けきれず尾ビレ近くに被弾する。鮫ワームが背に負うプロトン砲で応射するが、兵衛機はぎりぎりの所を見切って、最小限の動きで躱し進む。
さらに、その鮫ワームが兵衛機に応射している間に、ユーリ機も間合いを詰めていく。離れた所のもう一匹の鮫ワームがユーリ機へ牽制のプロトン砲を放つ。しかし、空戦の動きを基本に置き、水の抵抗等を考慮に入れた三次元機動でユーリ機はこれを躱す。逆にユーリ機が魚雷ポッドを進路上へと撃ち込み、爆圧で退路を制限した。動きを封じられた鮫ワームへと、兵衛機の対潜ミサイルの二発目が直撃する。
「砲台が背中に付いてたら、こちらは狙えないんじゃないかな」
垂直に機体を落とす様にして腹側に回り込んだユーリ機がブーストを起動。人型に変形した上でスクリュードライバーの一撃を叩き込んだ。鮫ワームは腹に突きこまれた一撃に悶絶する。
そこへ、兵衛機が正面から突撃を掛け、間合いを一気に縮めると変形し人型となる。朱漆色の機体が、人型と相俟って武者鎧の様に見える。兵衛機は手に握った槍斧の『ベヒモス』を振るい、鮫ワームの頭へと『ベヒモス』の尖端を突きいれた。
「水中戦とは言え、【槍の兵衛】の名が伊達ではないことを示し続けなくてはならないからな」
兵衛機がもう一撃『ベヒモス』を振るえば、鮫ワームは事切れた。
残るはもう一匹。兵衛機とユーリ機は残ったもう一匹の鮫ワームへと転進する。
●亀の砲台
魚キメラ達と鮫ワーム達の二重の網を潜り抜けて、対亀班の全機がTWをその射程に収めた。
「装甲が厚い相手だからあんまりダメージ期待できないけど、何もしないよりはよっぽどマシ!!」
美琴機が先制に重量魚雷を全弾発射する。海底に並ぶTW二機にそれぞれ一発ずつ直撃した。だが、TWは爆発に巻きあげられた海底の砂埃に、鬱陶しそうに首を振るだけでそれ程効いた様子はない。
美琴機の重量魚雷に続いて、マヘル機がガウスガンで追撃する。が、美琴機の攻撃と同様、分厚い装甲に阻まれ、大きな傷はつけられない。
「物理がダメならこういうのもありますよ」
マヘル機は武器を切り替え、試作型水中用粒子砲『水波』を放つ。この射撃はTWの装甲を貫き、苦悶させた。『水波』が有効なのを確認したマヘル機は、すぐにこれをリロードしつつ、TWに接近していく。
接近する味方機をイーリス機がアサルトフォーミュラBにより出力の増大したブラストシザースで援護、TWを牽制する。そして、その援護を受けて、美琴機がTWへ近づく。
「この距離ならどうだ!」
動きの遅い亀の懐に飛び込み、美琴機がガウスガンで零距離射撃を行う。近距離で放たれた弾は、威力を最大にTWの装甲を削る。仲間の危機に美琴機の後方から迫ったTWが、美琴機をブレードで薙ぎ払った。美琴機は装甲でこれを止めはしたが、ブレードを受けた反動に流され、TW達から引き離されてしまう。
しかし、美琴機の攻撃にTW二機の注意がそれた。その隙に、マヘル機がインベイジョンBでアクチュエータをフル稼働させ、一気に接近すると人型へと変形する。
「あまり練力に余裕がありませんし、離れないように‥‥」
マヘル機はTWの無数のブレードの隙間へ高分子レーザークローを突き立てる。取り付いたマヘル機を振り払おうとTWがブレードを振るった。それを装甲で受け止め、マヘル機はなおもその場踏みとどまる。突き立てたレーザークローで横薙ぎにTWの装甲を切り裂いた。
怒り狂ったTWが狙いを定めず、プロトン砲を発射しようとする。しかし、
「その砲で他の班を攻撃させはしません。抑えさせてもらいます」
接近していたイーリス機が両手の高分子レーザークローで砲身を押さえ込むようにして攻撃する。TWの最期の一撃は海中のあらぬ方向へ発射され、虹色の光線が彼方へと消えていった。
●敵防衛網壊滅
その後、防衛網となっていた敵戦力を傭兵達が一掃し、付近にほんの少しだけ静寂が訪れる。TW達を倒し終えた美琴が、心配そうに主砲破壊に赴いた部隊の方を見る。
「お義兄さん、無事かなぁ‥‥。帰ったら甘えさせてもらうんだから」
先程、主砲の方で大きな爆発があったように思う。なにがあったかは分からないが、その爆発は美琴を不安にさせるのには十分だった。早くお義兄さんに会って無事を確かめたかった。
美琴機の近く、TWの残骸の横にマヘル機が立ち、海底から海面を見上げる。後続の部隊がこちらに向かってくるのが見えた。マヘルは物思いにふける美琴に通信を入れる。
「まだ作戦は始まったばかりです。後は、次の部隊にまかせましょう」
作戦終了後は、各自の判断で動くように指示されている。
マヘルは次の行動へと移るために機体を変形させようとした。――その時、足元の地面が不意に揺れたような気がした。
「今のは‥‥?」
微かに過ぎないそれは、すぐに消えた。
この時の彼らは知る由もなかった。目の前に聳える機械的な日本の古城、それはとても目を引くものであり、十分に異様なものだった。故に、それが竜宮城のほんの一部にすぎないと、地面の下に眠る本体があると、気づけるはずもなかったのだ。
まだこれから竜宮城での死闘は続く。
マヘルの言葉を借りれば、そう、
――まだ作戦は始まったばかり。