●リプレイ本文
●数時間前、海上
空を八羽の鶴キメラが飛んでいた。その内の一羽の背に翁が乗っている。
翁は歯噛みしていた。
「くぬぬ、ええい、あの小僧め‥‥わしの幼女コレクションをことごとく改造しおるとわ‥‥幼女が山盛りをできなくなったではないかっ」
愚痴を呟く。翁は振り返り、鶴キメラ達に呼びかけた。
「お主ら、今回はようさん攫う為に少し荒っぽくいくぞい。お前らだけでも、攫ってもええことにする」
鶴キメラ達はクェーと頷いた。
「よしよし。ならば、善は急げじゃ。いくぞいっ」
●情報収集
「――こんなところ、かな」
クアッド・封(
gc0779)は自らが集めた情報を収めたメモを再度確認する。
事前に得られた情報に加えて、クアッドは依頼主のもとへ直接赴き、さらに情報を集めていた。
そこで分かった事はいくつかある。まず、その日は空に鳥の群れが存在していたこと。
「これはもしかして、かなり上空を飛んでいるのかな? 彼らはそれをキメラだと思ってもいなかったようだし、ね」
どうやら、キメラは普通のサイズにしか見えない程上空を滞空しているようであった。
さらに、攫われた状況の多くが、子供達が一人になったとき、それも、昼間の住宅街であることも判明した。
「ああ、なるほど、ね。仕事で人が出払って、屋内に人が少ない時間を狙わせている、か」
これらの情報で、狙われそうな場所は大体絞れてきた。だが、
「――しかし、キメラに襲われているのに、子供達の悲鳴を聞いた人がいない理由が分からないな‥‥何か、まだ裏があるんじゃないかな」
クアッドは思案に耽りながら、ジーザリオを発進させる。まずは、この情報を持って、皆に合流せねばならない。
●郊外
安原 小鳥(
gc4826)は郊外をバイクで走っていた。
立ち並ぶ家も疎らで、道には電灯等の設備も無い。夜になれば、月明かり位しか頼りになる物はないだろう。
見落としが無い様に、バイクは低速で走らせている。下校には少し早めのこの時間、通学路を帰る子供がぱらぱらと見えた。ちゃんと数人で固まって帰っているが、子供達は自らの身に迫る危険を理解していない様にも見えた。あどけない笑顔で友達と笑いあう。とても穏やかな、心和むひと時。だから、
「誘拐事件の連鎖‥‥ここで、食い止めて見せます‥‥」
その光景は、言葉として小鳥の決意を強めさせる。
そこへ、クアッドから皆に通信が入った。彼から、キメラの狙いは、昼間の住宅街。誘拐までの間は、上空で滞空している模様。そして、地図で確認した住宅の偏っている地域の情報についても伝えられた。
通信を受け、小鳥はバイクを止める。キメラを確認するために空を見上げようとした。
その時、
「――うあああっ!?」
悲鳴に振り返れば、鶴キメラが先程の子供達の一人を咥えようとしていた。子供達は目の前の出来事を理解できず、友達が巨大な鶴に攫われるのを悲鳴もあげれずただ見ているだけだ。
手を支点にしてバイクの上で身体を回転させ、白と黒の羽を舞い散らせて弾ける様に跳び出す。駆け寄りながら、取り出した小銃で鶴キメラが飛び上がらない様に牽制した。
「お子さんに当たらない様に――」
一瞬の虚を突くようにして放たれた弾丸が、飛び立ちかけた鶴キメラの羽を穿つ。
クエェ。
情けない声をあげて鶴キメラが咥えていた子供を落とした。――地面までの高さは2m近く。
だが、子供が地面へ頭をぶつける前に小鳥が飛び込み受け止めた。
「危ない、ですね」
受け止めた子供を降ろし、小鳥は子供達を庇うようにして立つ。銃口を鶴キメラに向けたまま、小鳥は皆に連絡を入れた。
●学校
「すみません、仕事とはいえ無理やり白衣をお借りしちゃって‥‥」
「いえいえ、そのくらいのことでしたら」
学校を訪れた世史元 兄(
gc0520)を教頭がにこやかに応対していた。
「って言ってもこの状況じゃー変装も効果あるか分かりませんが」
傭兵目当てに集まった子供達に白衣の裾を掴まれつつ、兄は苦笑いを浮かべる。
「よくお似合いですよ。――それでは、私はこれから校内放送で一人では帰らない様に呼び掛けてきますので」
「ええ、お願いします」
兄は教頭と別れ、しばし集まる子供達の相手をすることになった。
それからしばらくして、クアッドから通信が入る。情報は小鳥が聞いたものと同じ。
兄が空を見上げれば、成程、鳥の姿が確認できる。その数は七。
「ま、分かっていたがこっちはハズレか‥‥」
兄は嘆息する。そうと分かれば、早速移動の準備だ。
「おにーちゃーん」
兄が準備に立ち上がったところに、さっきまで集まっていた子供の一人が校庭から手を振った。
「うん? なんだ? お前帰っていな――」
手を振る子供に目を向けたその時、空から何かが急降下してくる。それが地上に着くまでの時間は極短時間だった。
目の端に留まったそれに気づき、兄は飛び出した。それとほぼ同時に、小鳥からキメラの一羽と交戦しているとの連絡が入る。
「――皆こっちにもアタリが出た! クソ!! こっちは二羽か!?」
無線で連絡をしながら駆ける。兄の身体は前へ進みながら蛍の光に包まれていく。
――子供の目の前で、3mもの巨大な鶴キメラが鳴き声を上げる。
●図書館
図書館の周辺は、大きな公園があり、住宅が立ち並ぶ街の中心でもあった。
御剣 薙(
gc2904)は図書館の周りをバイク形態のAUKVアスタロトで巡回していた。不審な人物や生き物は今のところ見当たらない。
巡回途中、公園の端にまで行き着き、子供達に混じる最上 憐 (
gb0002)が見えた。ちっちゃな身体に人形みたいな容姿、メイド服姿の憐は子供達の中で一際目立っていた。あちらはあちらで囮を頑張っているようだ。
巡回から図書館に戻ると、レベッカ・マーエン(
gb4204)もまた、近場の周辺状況を調査し終えて、戻ってくるところだった。
「ねえ、レベッカ君。――考えてみたんだけど、これ、鶴が輸送担当で実行犯は別にいるんじゃないかな?」
アスタロトから降りつつ、薙がレベッカに話しかける。
「ああ、キメラだけでそう上手く事が運ぶとは思えない、強化人間が出張っているかもな」
レベッカもその意見には同意だった。
「それで、ボクはそれらしい人物がいないか出入口を見張ることにするけど、レベッカ君は?」
「それは丁度いいな。あたしは館内で狙われそうな子供を護衛するつもりだったしな」
双方は頷きあい、薙は出入口へ、レベッカは館内へと向かう。
「彼我の状況の急変に乗じて子供の誘拐か。陽動や牽制とすると非効率、それに何か北京で指揮を取っている奴の指示とは思えない。海の方角‥‥大陸の東、か」
レベッカが図書館の入り口から振り返れば、丁度東の空が見えた。あの空の向こうに何があるというのか。
確証の得られぬ思考に捉われながら眺めていれば、東の空に鳥の群れが見えた。
「まさか、な」
どちらにせよ、それも確証はない。
図書館に来ている子供のほとんどが親か友達と連れ添っての来館だった。中には一人の子供も見かけたが、帰る時は親が迎えに来ていた。出入口を見張る薙も、それらしい怪しい人物は見かけないまま時間が過ぎ、他の皆と同様にクアッドからの通信を受ける。
レベッカは一度館の外に出て、薙と共にその通信を聞く。
「上空の鳥の群れ?」
「あれだ。――数は、七か? いや、今、減ったな?」
レベッカが今朝東の空に見た鳥の群れがそこにいた。
と、そこへ小鳥、続けて兄からキメラ出現の連絡が入る。
「――学校へ急ごう。世史元さんは今、一人だけのはずだ」
連絡を受けて、薙はアスタロトに跨る。だが、
「いや、待て」
レベッカが上空を注視したまま、薙を制止した。空を見上げる右の瞳は金色に輝いている。
「奴ら、こっちにも来るぞ。駐車場の方だ」
薙がレベッカの言葉に空を見上げれば、鶴キメラが二羽、図書館の裏手に急降下して来るのが見えた。判断は素早く。薙はアスタロトを身に纏い駆け出す。裏手の駐車場へと身を乗り出せば、本に飽きて外で遊んでいた子供を二羽が囲むように立ったところだった。
地面を蹴るアスタロトの細い脚部が火花を散らす。薙は一息に子供の所へ跳びこむ。レベッカが横合いから牽制射撃を行った。鶴キメラがレベッカに注意を引かれたその隙に、薙が子供をその手の中に確保する。
「帰らせてもらうね」
迫る嘴を起ち上がりざまに回し蹴りで蹴り飛ばし、薙はレベッカの方へ跳ぶ。安全な後方で、薙は手の中から子供を降ろした。
「こちらでもキメラの襲撃を受けた。こちらも二羽で、人の援護には回れそうにないな」
レベッカは子供を庇う様に立ち、無線で簡単な連絡を入れる。その後、練成強化で自分と薙の武器を強化する。
「うん。それじゃいこうか」
宣言と共に薙が駆け、一気に間合いを詰めていく。――戦闘が始まった。
●大きな公園
公園の近くには住宅街があり、昼間でも子供を連れた母親達で盛況している。
そんな公園で遊ぶ子供達の輪の中へ、見かけない子供が近寄って行った。
「‥‥ん。私も。仲間に。入れて欲しいかも」
憐だ。見たことのない位可愛らしい、お人形さんみたいな憐に、子供達は戸惑いながらも、いいよ、と仲間に入れる。
「‥‥ん。ありがと」
仲間の輪に入った憐は子供達からさりげなく情報を聞きだし始めた。
その様子を公園脇の路上に停めたインデースに凭れ掛りながら、旭(
ga6764)が見ていた。
「最上さんは大丈夫かな。――コルガイさんの方は」
憐から目線を外し、旭は公園の別の場所に居るニーオス・コルガイ(
gc5043)の方を見る。
「確かに一人になる予定だったが‥‥何か違うな。これのせいか?」
キメラとの戦闘を予期して持ってきた長さ1.8m程の包丁の形をした黒色の大剣がニーオスの背後で光る。ニーオスの背よりも大きなその剣は、明らかにこの公園に不釣り合いだった。囮になっている間は、仲間に預けておいてもよかったのかもしれない。
「まあ、一人遊びには都合がいいか」
しばらくして、クアッドからの通信を受けた旭が、周囲を窺い、怪しげな人が居ないかを探りつつ、憐の所へ向かう。
「最上さん。封さんから連絡が入ったよ」
旭の言葉に、力の手加減に細心の注意を払いながらゴム跳びに混じっていた憐が振り返る。
「‥‥ん。ちょっと。用事が。できたから。帰る」
「えー? もー帰っちゃうのー?」
「また。今度。ばいばい」
憐は手を振って、その場を後にする。後に残された子供達も手を振り返した。
「さて、コルガイさんも呼んで来ないとだね」
「‥‥なるほどな。確かに上空にキメラが見えやがる」
旭から説明を聞いたニーオスが空を見上げて舌打ちをする。
「で、俺達はどうすんだ?」
視線を落とし、ニーオスが尋ねる。
「僕達は封さんと合流して住宅街で囮をするのがいいんじゃないかな? すぐそこだし」
「はん、それが一番か。なら、とっとと行こうぜ」
「あ、ちょっと待って――」
ニーオスが踵を返しかけたその時、空から視線を外さなかった旭がそれに気づく。
鶴キメラが二羽、公園に向かって急降下してきていた。
「公園の方だ!」
旭が駆け出し、ニーオスと憐も続く。
「きゃああああ!?」
公園からは悲鳴が響き渡った。二羽の鶴キメラが降り立ち、人々はその場から逃げようと必死になっていた。
公園に踏み込んだ旭とニーオスが武器を構える。憐も隠し持っていた武器を取りだそうとしたが、旭に手で止められた。旭が憐を見る。
「最上さんは囮を続行だね。封さんがジーザリオで先に向かっているはずだから、最上さんも行って。キメラ単独の犯行とは思えないし、最後の一羽はまだ空の上だから」
つまり、旭は最後の一羽と共にキメラを操る人物が現れる可能性を示唆している。憐は逡巡したが、
「‥‥ん。わかった。任せる」
二人にその場を任せて、憐は住宅街へ一般人を装いつつ歩き出した。
その背を最後まで見送ることなく、旭とニーオスは覚醒し駆け出す。鶴キメラによる混乱は公園の中にどんどんと広がっている。しかも、逃げ惑う子供達の中から、鶴キメラの一羽が一人の子供を咥え、今にも飛び立とうとしていた。
旭が青白い燐光を街灯の柱に足跡として残して迅雷で駆け上り、その頂点から鶴キメラの頭上へと飛び掛かる。旭は空中で盾を器用に使いバランスを取り、狙いを定めた。
「飛ばせないし逃がさないっ!」
飛び立ちかけた鶴キメラへ、旭が天地撃で地面へ叩きつける一撃を放つ。振り下ろされた一撃の威力に、鶴キメラは咥えた子供を離す。子供が宙に放りだされた。旭は身を捻り、その子供を空中で抱きかかえて着地する。
「荒っぽくてごめん、大丈夫だった?」
抱きかかえた子供の心配をする旭に追いついたニーオスが、大包丁「黒鷹」を握り前に出る。
「てめえら、三枚に下ろしてやるぜ」
炎のような赤いオーラを放って、ニーオスが宣言した。
●住宅街
憐は人気のない住宅街の中を歩いていた。共働きの家庭が多いらしく、辺りは静まり返っている。憐は、一人帰宅するふりをして誘いをかけつつ、怪しい人物が追ってきていないかそれとなく窺っていた。そして、相手は罠にかかった。
「おや、嬢ちゃんや、一人でどこへ行くのかね?」
声がして振り向くと、そこに怪しい老人――翁が居た。
「‥‥ん。家に。帰る。ところ」
「ほうほう。家に帰るのかえ」
じり、と翁が距離を詰める。憐も不自然ではない程度に距離を保とうとする。
「お爺さんは。どうするのかな?」
「儂か? 儂もそうじゃのォ。家に帰ろうかのォ」
言いながら憐を見るその目は、まごうことなき変態の目だ。
そこへ、
「や、ご老人。子供に何をしているのかな」
翁の背後からクアッドが姿を見せた。ひょっ? と驚き、翁が振り返る。
「地元の不良少年達にこの辺りの事を聞いて、ね。見事当たりだったみたいだね」
突如現れた第三者に翁は狼狽する。翁はまるで自分が罠にはめられたかのように感じていた。
「むむむ、貴様らも能力者かえ? 鶴七と鶴八に任せたので最後じゃと思うたら、まだ居ったのか‥‥仕方ない。鶴一ッ!」
翁はそう言って急降下してきた鶴キメラの背へと飛び乗る。鶴キメラは翁の意図を理解して空へ舞い上がった。
「ひゃっひゃっひゃ。さーらばじゃー」
閃光手榴弾も間に合わず、その姿は、すぐに小さくなっていった。
●その後
傭兵達は、それぞれキメラは撃退し、感謝を受けた。
――しかし、強化人間らしき老人は逃げていった。それも、北京へではなく、海へ。
嫌な感覚がある。傭兵なら誰もが経験したであろう大規模作戦の最中に感じる緊迫感。
それに似た感覚だ。不意に海からの風が傭兵達の間を吹き抜ける。潮の香りが鼻腔をくすぐった。
この事件は、これで終わりではない。おそらく、単なる嵐の前兆でしかないのだと。
そう、傭兵達の勘が告げていた。